IE9ピン留め
ノルウェイの森
この村上春樹作品「ノルウェイの森」には、僕自身の原作への愛着もあり、大いに期待して見たのですが、その分だけ、実際以上の失望感の相乗効果に見舞われて、おそらく実態以上に、さらに低く見てしまったかもしれません。

正直、これは僕が読んだ「ノルウェイの森」なんかではないという苛立ちを強く感じました。

そして、もし、村上春樹の小説が、この映画に撮られたように、こんなにも暗く陰鬱なだけのものだったなら、きっと僕は、いままで村上春樹の愛読者でいつづけることはなかっただろうという気がします。

いや、むしろ、この映画を見てはじめて「ノルウェイの森」という小説が、こんなにも深刻で絶望的な「あらすじ」を持っていることを「発見」したといってもいいくらいです。

しかし、小説は、決して「あらすじ」なんかではありません。

そして、小説を読むということが、ただ「あらすじ」を追うことであってはならないと同じように、その映画化となれば、映像表現を駆使して映画独自の表現の高みを目指すべきものという、アカラサマに結果を問われるなら、この作品は、僕にとっては、もう二度と見返す必要などない作品という気がします。

いくらセリフを忠実になぞっても、そこに「時代」が描かれていなければ、ただ無残な空回りを見せ付けられるだけの話です。

そして、映画「ノルウェイの森」において、もっとも忌避すべき点は、小説において作品全体を覆う「陰鬱さ」を凌駕してしまうように書き込まれた村上作品独特な「奇妙で醒めた軽さ」の欠如です。

若さの陰鬱と苦渋を強烈に打ち消して、まるでバランスをとるかのように描き込まれているその「奇妙な軽さ」の輝きをつかみ損ねたこの映画は、バランス感覚を欠いて一層の貧弱さを見る者に強く印象づけたのではないかと感じました。

それは、1960年代末から1970年代初頭にかけて、あの過酷な「時代」と否応なしに青春を併走させなければならなかった世代が、身につけねばならなかった他人に対する距離のとり方、状況への絶望を回避するために必要な「バランス感覚」の生きる姿勢の認識がなければ、この映画は、きっと見るに耐えない身勝手なエゴイストたちの裏切りの物語にすぎない愚劣な作品に堕してしまうに違いないと思いました。

当時の切迫した時代性を描き込むこと(しかし、実際に描かれていることといえば、せいぜいチマチマした学内デモ風景程度です)に失敗したこの程度の映画では、新しい世代に、例えば、他人を愛することが同時に傷つけてしまうことの「生きることの不全感」みたいなものを理解させることは、当然ながら難しかったに違いありません。

多くの若い観客が、この映画の「性」の描き方に対して生理的な拒絶をあらわにしたコメントをいままで数多く読んできました。

あるいは、この物語が、なぜ、これほどまでに「性交」にコダワルのかが、その観念的な「性」に対する考え方がどうしても理解できないしつまらない、「馬鹿みたい」という趣旨でした。

考えてみれば、僕たちを取り巻いていた当時の映画状況といえば、健さんが怒りを炸裂させて斬りまくる「仁侠映画」と、異性・同性はおろか犬・馬・羊とさえ交わるという歯止めを失った「ポルノ映画」の暴走と氾濫でした(それこそ、観念の暴走にすぎなかったのですが)。

そして、これらの状況が僕たちに示唆し・強いたものは、当然のことながら、「暴力による解放」と「自由な性(交)」であり、そうした「時代」に囚われ、あと押しされながら、旧態依然の観念を抱いたままの僕たちは、必死に「時代」に合わせるために稚拙な恋を無理やりに背伸びさせたり(性交までしなければ今風な恋愛ではないみたいな思い込みのもとで)、大切な人間関係を悉く壊し、失ってしまった苦い経験を積み重ねてきました、シチュエーションはどうあれ、それは「ノルウェイの森」に描かれたとおり、「観念」に引きずり回されたあげくに、しかし、結局はそのようになど生きれるわけもなく蹉跌し傷つき諦念のはてに、ある者は精神の均衡を崩して沈黙し、また、ある者は早すぎる老成の準備をはじめた世代といえるかもしれません。

この映画においても、最後に語られる直子の述懐が胸を打つのは、女として愛する人の性器を受け入れることができない体の不全を嘆きながらも、しかし同時に、「不全」のまま生きる選択も有り得たかもしれない途を、みずから断たねばならないという「その時代」の要請から逃れられない者たちの限界と絶望をも語っているからかもしれません。。


【参考】
直子の告白(抜粋)

「彼のが入ってきたとき、私痛くて痛くてもうどうしていいかよくわかんないくらいだったの」って直子が言ったわ。「私初めてだったし。濡れてたからするっと入ったことは入ったんだけど、とにかく痛いのよ。頭がぼおっとしちゃうくらい。彼はずっと奥の方まで入れてもうこれくらいかなと思ったところで私の脚を少し上げさせて、もっと奥まで入れちゃったの。するとね、体中がひゃっと冷たくなったの。まるで氷水につけられたみたいに。手と脚がじんとしびれて寒気がするの。いったいどうなるんだろう、私このまま死んじゃうのかしら、それならそれでまあかまわないやって思ったわ。でも彼は私が痛がっていることを知って、奥の方に入れたままもうそれ以上動かさないで、私の体をやさしく抱いて髪とか首とか胸とかにずっとキスしてくれたの、長いあいだ。するとね、だんだん体にあたたかみが戻ってきたの。そして彼がゆっくりと動かし始めて・・・ねえ、レイコさん、それが本当に素晴しいのよ。頭の中がとろけちゃいそうなくらい。このまま、この人に抱かれたまま、一生これやってたいと思ったくらいよ。本当にそう思ったのよ。」
「そんなに良かったんならワタナベ君と一緒になって毎日やってればよかったんじゃないの?」って私言ったの。「でも駄目なのよ、レイコさん」って直子は言ったわ。「私にはそれがわかるの。それはやって来て、もう去っていってしまったものなの。それは二度と戻ってこないのよ。何かの加減で一生に一度だけ起こったことなの。そのあとも前も、私何も感じないのよ。やりたいと思ったこともないし、濡れたこともないのよ」

(2010東宝)監督脚本・トラン・アン・ユン、原作・村上春樹、エグゼクティブプロデューサー・豊島雅郎、亀山千広、Co.エグゼクティブプロデューサー・マイケル・J・ワーナー、バウター・バレンドレクト、製作統括・寺嶋博礼、石原隆、プロデューサー・小川真司、共同プロデューサー・福島聡司、撮影・リー・ピンビン、美術・イェンケ・リュゲルヌ、安宅紀史、音楽・ジョニー・グリーンウッド、音楽プロデューサー・安井輝、主題曲主題歌・ザ・ビートルズ、録音・浦田和治、照明・中村裕樹、編集・マリオ・バティステル、キャスティング・杉野剛、アソシエイト・プロデューサー・松崎薫、池田穣、ライン・プロデューサー・宿崎惠造、製作担当・田口雄介、アシスタントプロデューサー・小川未央子、助監督・片岡章三
出演・松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、霧島れいか、初音映莉子、玉山鉄二、柄本時生、糸井重里、細野晴臣、高橋幸宏、
# by sentence2307 | 2012-01-22 18:30 | 映画 | Trackback | Comments(0)
はたして「みぞゆう」は、読み誤りか
もう何年も会っていない友人から、久しぶりに電話が掛かってきました。

嫁いだ娘さんが無事男の子を出産し、初孫ができたのだそうです。

すこし高齢出産だったということで、彼も随分心配したらしいのですが、母体も赤ちゃんも何事も無く出産できたので嬉しかったのだと思います。電話の声が小躍りしていて、終始上ずっていました。

さっそく、お祝いの席をもうけ、久しぶりに旧交を温めました。

最近彼は、日本に在住する外国人たちを相手に日本語を教えるボランティアにはげんでいると聞いていました。

充実した忙しい日々をおくっていることと、初孫誕生の嬉しさも加わって、羨ましいほど生き生きしていました。

まずは初孫誕生の祝杯をあげ、病院での誕生の様子などを聞いたあとで、話は当然、お孫さんにつけた名前をさっそく聞いてみました。

彼は、「それがさあ」と言いながら、目にも止まらぬ早業で、カバンからタブレット端末を取り出すやいなや、パッパッバッと手馴れた指さばきで「最近の男の子の命名ランキング」という画面を表示させ、ぼくの目の前に突き出しました。

なるほどなるほど、この「命名ランキング」という人気の名前をサカナに、お孫さんの名前の話をしようというわけですね。

とにかく、これを見れば、最近の人気の名前の様子が一目瞭然です。

ちなみに「最近の人気の男の子の名前」というのは、以下のとおりだそうです。

大翔、蓮、颯太、樹、大和、陽翔、陸斗、太一、海翔、蒼空、翼、翔、翔太、歩夢、湊、優真、悠真、悠斗、陽向、一輝、海斗、悠太、陽、陽斗、颯介、一真、光希、蒼真、蒼太、蒼大、大雅、優、悠人、悠翔、颯、颯斗、レン、瑛太、瑛斗、航、春馬、潤、蒼、大空、大智、歩、優斗、陸、琉生、玲央、煌、颯人、愛斗、一翔、健太、仁、拓真、隼人、唯斗、優希、悠馬、遥斗、遥翔、陽太、陸翔、琉斗、龍之介、諒、琥太郎、颯真、颯汰、伊織、瑛翔、空、圭吾、慶人、健、康太、皇成、航輝、航大、春輝、駿、駿介、匠、真聖、迅、奏太、奏輔、爽、蒼介、太陽、大芽、大希、大輝、大地、智久、智也、柊真、彪雅、風雅、歩武、優月、勇斗、勇翔、悠雅、悠希、悠仁、悠大、遥輝、陽希、陽大、理人、璃空、亮、亮太、遼太、蓮介、蓮斗、和希、和真、昊、琥珀、翔太郎、翔斗

・・・それでね、と彼「婿さんが付けたのも、ほら、ここにちゃんとあるだろ。これこれ」と指差したのを見ると「蒼空」とあります。

ランキングでいうと、だいたい10位くらいですから、かなり人気の高い名前なのでしょう。

ただ、コレってどういうふうに読んだらいいのか、とっさには読めませんでした。

というのは、この字面から、このまえ北京でちょっと話題になった女優の蒼井そらの艶かしいイメージが瞬間的に過ぎり、やや動揺してしまい(あとから思えば、動揺する理由などなにもなかったのですが)、しかし、とにかく彼にとっては可愛い初孫の名前なのですから、迂闊な読み方をするわけにはいきません。

ここは慎重のうえにも慎重に、恐る恐る「あおぞら・・・くん?」と聞くと、

「だろ。でも、これで『そら』って読ませるらしいんだ。役所では、常用漢字や人名漢字でありさえすれば、読みはどうであれ受理するんだと。」

そうそう、自分もそんな話、どこかで聞いた覚えがありました。

しかし、漢字はそれだけガチガチに規制しておいて、「読み方」を野放しにするなんて、考えてみれば随分ルーズな規制だなという気がします。

「それでさ、オレいまボランティアで外国人に日本語教えているんだけど、時と場合によって微妙に使い分けなければならない漢字の読みを理解させるのが、これがまた、なかなか大変なんだよなあ」

日本人が、何気なく使い分けている漢字の読みを、改めて外国人に教えようとすると、この場合にはコレ、あの場合にはアレ・・・みたいな極めて煩雑なその規則性がよく分かるということらしいのです。

(以下は、彼の話したことの概略です。)

数年前に麻生首相が「未曾有」を「みぞゆう」と読み間違えて、みんなで笑いものにしたことがあったよな。

確かに、日本では、仏教語は呉音で発音することになっていて、例えば、有名、有限などは漢音で「ユウ」と発音するけれども、仏教語の有為、有無などは呉音で「ウ」と発音することになっている。

したがって、仏教語である「未曾有」は「ミゾウ」と呉音で読まなければならない。

その辺の漢音と呉音の使い分けができないと(それが「教養」ということになるのでしょうが)、呉音で読むべきところを、謝って漢音で「ミゾウユウ」などと読み、笑いものになってしまうということになんだ。

しかしさ、そもそもの原因は、日本語における漢字の読み方が複雑すぎることにあるのであって、それからすれば「未曾有」を「みぞゆう」で読んでしまうというのも仕方のないことのように思える。

中国語では「有」という字には「ヨウ」という読み方しかないのに、日本語では有無や未曾有の時は「う」、保有、有機、有償などの時は「ゆう」と読み分けなければならない。

同じ「有為」でも「有為の青年」と書いてあれば「ゆうい」と読まなければならないし、「有為転変」と書いてあれば「うい」と読まなければならないという具合で、およそ規則性というものがなんだな。

こう見ると、どうやら大勢は「ゆう」で、仏典に出てくるような言葉は「う」という使い分けになっているのらしいと推測できるが、要するにどの場合も「ある」という意味なのだから、あえて読み分ける必要など本来ないのではないかと思えてしまう。

繰り返すけれども、中国語では、ほとんどの字は一つの読み方しかない。

もともと一つの音しかないはずの「有」という漢字に、日本語を反映させるために日本人が「あ(る)」という訓読みを付け加えたのはいいとしても、なぜ漢語を表すときに「ゆう」と「う」という二つの読み方(音読み)が存在するようになったのかといえば、それは日本人が飛鳥時代から室町時代に至るまできわめて長い時間をかけて中国語を日本語の中に取り入れてきたために、中国の様々な地方と時代の読み方がそれぞれに伝わってきたからなんだ。

「有」という字の「う」という読み方は呉音と呼ばれ、奈良時代以前に長江下流域の言葉が朝鮮半島経由あるいは直接に日本に伝わってきたものとされている。

一方、「ゆう」という読み方は奈良時代末から平安時代にかけて遺唐使や留学生として唐に赴いた人々が伝えた長安の発音で、漢音と呼ばれる。

ただし、呉音が実際どの程度正確に呉の地方の発音を写し取っているかは疑問だといわれている。

いずれにせよ、「有」という字には本来一つの意味→音しかなかったものが、日本人が長い間に中国語を様々な地方の中国人、あるいは中国語を知っている朝鮮人などいろいろな人たちに教わったために、各地の方言が混ざってしまったということらしい。

つまり、そういう成り立ちの「読み」に、それほどこだわることがあるだろうかということなんだが、どうだろう。

奈良時代の末に、遣唐使が伝えた漢音に漢字の読み方を統一すべきだという勅令がだされたことがあったらしいが、「仏教語は呉音で発音しなければならない」的な既にそれなりの勢力を得た教養派閥が、そういう是正案を潰したであろうことは、想像に難くないと思う。

麻生首相は、あのとき、本当は、日本語にとって、とても深刻な問題提起を為したのであって、少なくとも僕たちは、彼を笑うべきではなかったのかもしれない、と彼はポツリと言いました。


ちなみに、男の子の名前のランキングだけ掲げるのでは片手落ちなので、女の子の名前のランキングも載せておきますね。
陽菜、結愛、結衣、杏、莉子、美羽、結菜、心愛、愛菜、美咲、葵、心結、凜、愛莉、杏奈、希、咲希、柚希、玲奈、莉央、さくら、愛奈、花音、心優、美桜、優月、美優、優衣、あかり、愛美、愛梨、芽依、七海、心菜、美空、未来、莉奈、こころ、ひなの、叶愛、琴音、結月、彩葉、心美、美月、百花、夢、優芽、優菜、優奈、陽愛、陽向、里桜、栞奈、ひなた、華音、芽衣、芽生、菜々美、桜、心花、真央、美結、楓、萌愛、優香、和、和奏、莉桜、あおい、愛桜、綾乃、杏樹、光希、彩羽、彩花、咲、紗希、朱里、心音、心陽、桃音、桃花、日和、美海、穂香、萌々香、陽菜乃、璃桜、瑠菜、怜奈、凛、莉菜、莉乃、ひかり、ひまり、りん、愛乃、音羽、花帆、花歩、花梨、結花、結華、結子、光、彩華、彩乃、菜央、咲良、紗那、紗良、春花、心春、心寧、真奈、晴、蒼依、虹心、美音、美緒、美陽、萌花、望愛、優亜、優羽、優花、柚咲、柚奈、遥、陽葵、陽莉、梨乃、璃子、里咲、里奈、琉愛、瑠愛、瑠花、麗、麗奈、和花、莉愛
# by sentence2307 | 2012-01-10 22:49 | 徒然草 | Trackback | Comments(0)
夜の緋牡丹
京橋のフィルムセンターでは、1月6日から約1ヵ月かけて、1949年~1960年に製作された「新東宝映画」作品をニュー・プリントで特集上映しています。

それらの作品は、今回新たに収集され、いままで見ることのできなかったもので、新しくライブラリーに加えられる作品だそうです。

そうそう、特集のメイン・タイトルには「映画保存のための特別事業費によるよみがえる日本映画」とあるとおり、ナニシロ国家予算がらみの重々しい公的プロジェクトと銘打つ真摯な企画で、思わず膝を正したくなるような仰々しい取り組みですが、しかし、上映作品されるという当の作品が新東宝作品というところが、ちょっと笑っちゃうじゃないですか(当然笑ったりしてはいけませんが)。

いえいえ、なにもメジャー作品が良くて、新東宝作品などマイナー作品が悪いなんていっているわけではありません。

むしろ自分は、新東宝作品大好き人間で、しばしばチャンネルnecoなどで珍しい作品が放映されていれば、積極的に録画して見るようにしているくらいですが、もっとも、同じ時間帯で他社の未見作品などが放映されていたりすると、あっさりと宗旨替えしてしまう程度の信用のおけない大いに薄いファンではありますが。

まあとにかく、見てみなければ分からないというタテマエと、一方経験則から、だいたいは「期待」が裏切られ肩透かしを食わされるに違いないことを前提にそれなりに身構えたうえで、一作ずつ慎重に見ていきたいと考えています。

しかし、そうはいうものの、新東宝映画をこだわって見てきたおかげで分かったこともありました。

「映画とは、こういうものでなければならない」という頑なな思い込みというか、狭い固定観念(芸術的でなければならないとか、勧善懲悪でなければならないとか、深刻的でなければならないとか、道徳的でなければならないとか)から解放され、自由な立場で映画をもっと気楽に見てもいいのだ、というか、「もっと芸術的な作品を見たい」という欲求と、「もっと淫乱な映画を見たい」という欲求は、それほど隔たったものでないことが分かりました。

いまでは、それが映画を見る上でのぼくの指針です。

要は、見るこちら側の問題に過ぎないのであって、映画は、芸術的であろうと、淫乱であろうと、それらはそのままで全然構わない、その総体こそが映画という生きものであることに気づかせてくれたような気がします。

今回の上映作品は、以下のとおりですが、このなかでは、島崎雪子のデビュー作であり、また、「島崎雪子失踪事件」で話題になった千葉泰樹監督の「夜の緋牡丹」が入っていて、ぜひ見たいと思っている作品です。

ちなみに、フィルムセンターのこの「新東宝」カタログの第一面の表紙は、「夜の緋牡丹」のスチール写真が使用されており、それは、島崎雪子が真っ白い太ももをあらわに天井から逆さにブラ下がって(それだけでもズイブン変態的で異様です、とっさに衝撃的な体位なのかという妄想にとらわれました)、いままさに伊豆肇と接吻しようという扇情的・官能的な場面です。

島崎雪子のプロフィールには、「島崎雪子失踪事件」前後の事情についてこんなふうに紹介されています。

《25年、新東宝製作【山のかなたに】のフレッシュガール募集に応募し、トップで合格。【青い山脈】の原節子の役名を芸名とし、オキャンな女子軍団の1人に扮し十数名のグループの中の1人だったが存在感を示した。
藤本プロダクション専属となり、続いて【夜の緋牡丹】に出演が決まった。
当初、主役の「芸者・たい子」に抜擢されたが、突然、轟夕起子に変更になるとの報道が流れ、その後スタッフ・会社間のゴタゴタなども起こり、一連の騒動に島崎雪子は精神的なショックを受けて失踪した。
これが有名な『島崎雪子失踪事件』だが、事件は新聞の三面記事で大きく扱われ一時騒然となったものの、結局のところ藤本プロデューサーが仕組んだ新人売出作戦だったともいわれ、ほかにも共演者の伊豆肇が島崎雪子に恋をしたなどというゴシップもアエテ流したらしい。
当の島崎雪子は、騒動中、撮影所近くのアパートに潜んでいたという。
ていよく利用されたカタチとなった轟夕起子は大いに激怒したが、島崎雪子の謝罪で納まったらしい。
結局、無事「たい子役」を得た島崎雪子は、伊豆肇を相手に大いに官能的演技を披露した。》

当時ポスターに使われた宣伝惹句は、
・泥まみれの愛! ぎりぎりの欲! 屋根裏に燃えあがる熱っぽい女の体質
・男を殺す眼! 狂わせる肢体! ぎりぎりの愛欲が火と燃える!
・娼婦の肉体と少女の感情を持つダンス芸者・瞬間の刺戟を求めて男を漁る奔放女性
・泥まみれの恋情が火と燃える!! 
・晩秋のエクランを飾る芸術巨篇! 日本版「情婦マノン」!! 
・赤裸々になげだされた女の体臭と真実! 胸打つ情炎の大メロドラマ!
という「これ以上もうない」というくらい相当なものでした。

(1950銀座ぷろだくしょん・新東宝)監督・千葉泰樹、製作原作脚本・八田尚之、撮影・鈴木博、美術・下河原友雄、音楽・早坂文雄、制作補・島村達芳
出演・伊豆肇、島崎雪子、千明みゆき、田崎潤、月丘夢路、龍崎一郎、山本禮三郎、北澤彪、勝見庸太郎、高堂國典、澤蘭子、志村喬、小島洋々、菊地双三郎、山室耕、伊藤雄之助、冬木京太、
 1950.12.08 11巻35mm 2,890m 105分 白黒


★フィルムセンター 新東宝作品上映作品
1 【流星】(1949新東宝)(監督脚本)阿部豊(原作)富田常雄(脚本)館岡謙之助(撮影)山中進(美術)進藤誠吾(音楽)服部良一(出演)山口淑子、大日方傳、山村聰、若原雅夫、野上千鶴子、千明みゆき、伊澤一郎、中村彰、鳥羽陽之助(82分・35mm・白黒)
2 【湯の町悲歌(エレジー)】(1949新東宝)(監督)野村浩將(脚本)佃血秋(撮影)横山実(美術)梶由造(音楽)古賀政男(出演)山根壽子、近江俊郎、清川荘司、田中春男、宮川玲子、千石規子(60分・35mm・白黒)
3 【恐怖のカービン銃】(1954新東宝)(監督)田口哲(監督脚本)浅野辰雄(撮影)井上莞(美術)吉山雅治(音楽)伊藤宣二(出演)天知茂、三原葉子、村山京司、加藤章、三砂亘、児玉一郎、上野綾子、有馬新二、倉橋広明、川部守一、近藤宏(45分・35mm・白黒)
4 【帰國 ダモイ】(1949新東宝)(監督)佐藤武(監修)渡邊邦男(脚本)岸松雄(撮影)山崎一雄(美術)伊藤寿一(音楽)飯田信夫(出演)井上正夫、野上千鶴子、和田信賢、堀雄二、大日方傳、莊司肇、山室耕、田中春男、山口淑子、堀越節子、泉麗子、池部良、藤田進(90分・35mm・白黒)(90分・35mm・白黒)
5 【憧れのハワイ航路】(1950新東宝)(監督)斎藤寅次郎(原作)サトウ・ハチロー(脚本)八住利雄(撮影)友成達雄(美術)加藤雅俊(音楽)上原げんと(出演)岡晴夫、美空ひばり、花菱アチャコ、キドシン、古川緑波、柴田早苗、吉川満子、清川玉枝 (78分・35mm・白黒)
6 【夜の緋牡丹】(1950銀座ぷろだくしょん)(監督)千葉泰樹(原作脚本)八田尚之(撮影)鈴木博(美術)下河原友雄(音楽)早坂文雄(出演)伊豆肇、島崎雪子、田崎潤、月丘夢路、龍崎一郎、山本禮三郎、北澤彪、勝見庸太郎、高堂國典(105分・35mm・白黒)
7 【桃の花の咲く下で】(1951新東宝)(監督脚本)清水宏(脚本)岸松雄(撮影)鈴木博(美術)鳥井塚誠一(音楽)服部良一(出演)笠置シヅ子、日守新一、柳家金語樓、花井蘭子、中川滋、大山健二、北澤彪、鳥羽陽之助、清川玉枝、伊達里子、堀越節子、江戸川蘭子、花岡菊子(73分・35mm・白黒)
8 【惜春】(1952新東宝)(監督脚本)木村惠吾(撮影)小原讓治(美術)下河原友雄(音楽)飯田三郎(出演)上原謙、山根壽子、笠置シヅ子、齊藤達雄、清水将夫、田中春男、伊藤雄之助、東野英治郎(97分・35mm・白黒)
9 【ハワイの夜】(1953新東宝・新生プロ)(監督)マキノ雅弘、松林宗惠(原作)今日出海(脚本)松浦健郎(撮影)三村明(美術)進藤誠吾(音楽)渡辺弘(出演)鶴田浩二、岸惠子、水の江滝子、御園裕子、水島道太郎、三橋達也、小杉勇、江川宇礼雄、横山運平、田中春男、滝花久子(84分・35mm・白黒)
10 【アジャパー天國】(1953新東宝)(監督)齋藤寅次郎(原作)サトウ・ハチロー(脚本)八住利雄(撮影)友成達雄(美術)加藤雅俊(音楽)服部正(出演)花菱アチャコ、伴淳三郎、古川緑波、田端義夫、堺駿二、清川虹子、南壽美子、高島忠夫、田中春男、星美智子、キドシン、トニー・谷、泉友子、柳家金語楼(84分・35mm・白黒)
11 【もぐら横丁】(1953新東宝)(監督脚本)清水宏(原作)尾崎一雄(脚本)吉村公三郎(撮影)鈴木博(美術)鳥井塚誠一(音楽)大森盛太郎(出演)佐野周二、島崎雪子、日守新一、宇野重吉、若山セツ子、森繁久彌、和田孝、片桐余四郎、千秋實、磯野秋雄、杉寛、田中春男、堀越節子、天知茂、尾崎士郎、壇一雄、丹羽文雄(93分・35mm・白黒)
12 【戰艦大和】(1953新東宝)(監督)阿部豊(原作)吉田満(脚本)八住利雄(撮影)横山実(美術)進藤誠吾(音楽)芥川也寸志(出演)藤田進、舟橋元、高田稔、佐々木孝丸、小川虎之助、見明凡太朗、伊沢一郎、片山明彦、高島忠夫、三津田健、中村伸郎、宮口精二、竜岡晋(101分・35mm・白黒)
13 【日本敗れず】(1954新東宝)(監督)阿部豊(脚本)館岡謙之助(撮影)横山実(美術)進藤誠吾(音楽)鈴木靜一(出演)早川雪洲、藤田進、山村聰、柳永二郎、齋藤達雄、小川虎之助、髙田稔、小笠原弘、舟橋元、沼田曜一、細川俊夫、丹波哲郎、宇津井健、北沢彪、安部徹、佐々木孝丸(102分・35mm・白黒)
14 【忍術児雷也】(1955新東宝)(監督)萩原遼、加藤泰(脚本)賀集院太郎(撮影)平野好美(美術)鈴木孝俊(音楽)高橋半(出演)大谷友右衞門、若山富三郎、田崎潤、瑳峨三智子、新倉美子、利根はる惠、大河内傳次郎(80分・35mm・白黒)
15 【逆襲大蛇丸】(1955新東宝)(監督)加藤泰(脚本)賀集院太郎(撮影)平野好美(美術)鈴木孝俊(音楽)高橋半(出演)大谷友右衛門、若山富三郎、田崎潤、瑳峨三智子、新倉美子、利根はる恵、大河内傳次郎(70分・35mm・白黒)
16 【番場の忠太郎】(1955新東宝)(監督)中川信夫(原作)長谷川伸(脚本)三村伸太郎(撮影)岡戸嘉外(美術)伊藤壽一(音楽)淸瀨保二(出演)山田五十鈴、若山富三郎、桂木洋子、森繁久彌、鳥羽陽之助、阿部九州男、伊澤一郎、三井弘次、滝花久子、光岡早苗、花岡菊子、坪井哲、冬木京三(86分・35mm・白黒)
17 【母の曲】(1955新東宝)(監督)小石榮一(原作)吉屋信子(脚本)笠原良三(撮影)岡戸嘉外(美術)朝生治男(音楽)飯田三郎(出演)三益愛子、安西郷子、宇津井健、田中春男、增田順二、淸川玉枝、花岡菊子、坪井哲、上原謙、木暮実千代(98分・35mm・白黒)
18 【アツカマ氏とオヤカマ氏】(1955新東宝)(監督)千葉泰樹(原作)岡部冬彦(脚本)笠原良三(撮影)西垣六郎(美術)朝生治男(音楽)三木鶏郎(出演)小林桂樹、上原謙、久保菜穂子、三原葉子、遠山幸子、花井蘭子、細川俊夫、井上大助、上田みゆき、相馬千恵子、森繁久彌、三遊亭金馬、美舟洋子、沢村昌之助、関三十郎(85分・35mm・白黒)
19 【風流交番日記】(1955新東宝)(監督)松林宗惠(原作)中村貘(脚本)須崎勝彌(撮影)西垣六郎(美術)黑澤治安(音楽)宅孝二(出演)小林桂樹、宇津井健、加東大介、多々良純、丹波哲郎、高田稔、志村喬、安西郷子、阿部寿美子、野上千鶴子、花岡菊子、千明みゆき、英百合子、御木本伸介、天知茂(91分・35mm・白黒)
20 【リングの王者 栄光の世界】(1957新東宝)(監督)石井輝男(脚本)内田弘三(撮影)鈴木博(美術)小汲明(音楽)齊藤一郎(出演)宇津井健、池内淳子、中山昭二、細川俊夫、鮎川浩、小髙まさる、若杉嘉津子、伊沢一郎、林國治、米山廣人、旗照夫、天知茂(75分・35mm・白黒)
21 【女の防波堤】(1958新東宝)(監督)小森白(原作)田中貴美子(脚本)小山一夫、村山俊郎(撮影)岡戸嘉外(美術)鳥居塚誠一(音楽)古賀政男(出演)小畑絹子、荒川さつき、筑紫あけみ、細川俊夫、三原葉子、城実穂、万里昌代、鮎川浩(87分・35mm・白黒)
22 【黒線地帯】(1960新東宝)(監督脚本)石井輝男(脚本)宮川一郎(撮影)吉田重業(美術)宮沢計次(音楽)渡辺宙明(出演)天知茂、三ツ矢歌子、三原葉子、細川俊夫、瀬戸麗子、矢代京子、魚住純子、鮎川浩、宗方祐二、大友純(80分・35mm・白黒)

# by sentence2307 | 2012-01-09 22:44 | 映画 | Trackback | Comments(4)
左ききの狙撃者 東京湾
この1962年作品「左ききの狙撃者 東京湾」を見ていて、野村芳太郎監督が後年(1974年)に撮ることとなる「砂の器」が、いかに野村監督にとって生涯の集大成となる重要な作品だったかということを今回あらためて思い知りました。

しかし、この「左ききの狙撃者 東京湾」を、「砂の器」が撮られるための布石的な準備作品だとか、野村監督の映画作家としての「方程式」にあてはめた作品にすぎないとか、あるいはまた「定番」的な作品だなどというミもフタもない話をしようとは思いません。

出世とは縁の無い下積みの刑事の視点を借りて、事件を捜査していく過程で明かされていく陰惨な「犯罪」と名づけられた「現象」のなかに、社会の底辺に追いやられ、抑圧され虐げられ続けた差別に苦しむ無力な者たちの怒りの反映としてある「犯罪」にこめられた苦しみと悲しみを、痛切な共感をもって見つめる野村監督のドラマツルギーを正当に評価したいという衝動にかられました。

製作されて既にかなりの時間がたってしまった現在から、「砂の器」を意識しつつ(当然「そう」なりますが)、おびただしい予備知識をまといつかせながら「左ききの狙撃者 東京湾」を見るしかない僕たちにとって、その作品独自の価値を正当に見定めることなど、やはり、かなり困難なことに違いありませんし、ただただ絶望的なことだろうと思います。

しかし、その不運な状況にあっても、「左ききの狙撃者 東京湾」を撮られたことによって、「砂の器」の完成度がさらに深められたという予定調和的な視点とかではなく、あるいはまた、「砂の器」の成熟を明かすために「左ききの狙撃者 東京湾」の未成熟さを貶めるというような、時間を逆行するという倒錯した認識の限界を避けて、この野村芳太郎作品にアプローチしたいと考えました。

「左ききの狙撃者 東京湾」において、刑事・澄川(西村晃が好演しています)が、かつての戦友であり、そして、射殺事件の容疑者としてきわめて重い嫌疑のかかっている井上(玉川伊佐男が演じています)に対して、その「情」と「職務」のハザマで、澄川がどのような行動をとったかが、「砂の器」との違いの意味を知る手立てになるのではないかと考えました。

はたして、容疑者・井上に対して、刑事・澄川は「逮捕」をためらうような何らかの「情」みたいなものがあっただろうかということです。

例えば、澄川は、捜査を共にする若い刑事・秋根と妹・ゆき子との結婚を反対し続けています。

その理由というのが、彼だっていまに刑事の仕事が面白くなって捜査に夢中になって当然家庭など顧みなくなり、やがては自分がそうだったように早晩家庭崩壊をまねく、だから妹には、刑事となど結婚はさせない、というのが理由です、というか、理由にならない理由です。

しかし、ここで語られている重要なことは、妹の結婚如何などてはなく、むしろ「いまに刑事の仕事が面白くなって捜査に夢中になる」と語らずにはおられない犯罪捜査に取りつかれた澄川のマニアックな部分です。

いままで多くの映画の中で見た治安維持法にもとづく捜査の陰惨な拷問の場面を支えていたものは、悪を憎む「正義感」であるよりも、「権力の後ろ盾を得た捜査の異常な加虐嗜好」のような気がします。

黒澤明の「野良犬」においてさえも、その雰囲気が充満していたような気がしています。

あの作品においても、戦争によってなにもかもを失った青年復員兵の為した犯罪に対して三船敏郎の刑事は、一応の理解は示したものの、同情とか、ましてや共感などは決してあらわしてはいませんでした。

「砂の器」全編において明らかにほのめかされていたあまやかな「同情」など、この「野良犬」や「左ききの狙撃者 東京湾」には、いささかの気配もありはしません。

「犯罪者」への理解や同情など、随分近年の話にすぎないのです、社会が豊かになり、人の道義感が緩み、価値観が多様化したことによって(「多様化」とは、実に便利な言葉ですが、要は「凋落」とか「堕落」の隠蔽程度の意味合いしかなく)生じただけで、「死刑廃止」同様「社会の進歩」や「知性」の問題とは、なんら関係ありません。

この作品「左ききの狙撃者 東京湾」を貫いている理念は、「犯罪に対する確固たる憎悪」です。

たぶん、その象徴的な場面は、逃亡をはかった容疑者・井上を列車の中に追い詰め、遂に井上の持つ「現金」という物的証拠をつかんで逮捕におよぼうとする場面に描かれています。

澄川は、刑事として容疑者・井上に手錠を掛けたのであり、そこには恩ある戦友への配慮など微塵もありません。

そして、もみ合いの末に手錠につながれたまま、列車のデッキからともに転落する凄絶な場面と、そのあと、一対の轢死体として鉄橋にぶら下がっている無残なラストシーンに、刑事としての執念が象徴的に描かれているのだと感じました。

(1962松竹大船)製作・白井昌夫、企画・佐田啓二、監督・野村芳太郎、脚本・松山善三、多賀祥介、撮影・川又昂、音楽・芥川也寸志、美術・宇野耕司、録音・栗田周十郎、照明・青松明、編集・浜村義康、声・田口計
出演・石崎二郎、榊ひろみ、葵京子、三井弘次、玉川伊佐夫、西村晃、織田政雄、細川俊夫、高橋とよ、加藤嘉、富田仲次郎、浜村純、佐藤慶、穂積隆信、上田吉二郎、末永功、山本幸栄、今井健太郎、山本多美、水木涼子、
1962.05.27 6巻 2,261m 1時間23分 白黒 シネマスコープ
# by sentence2307 | 2012-01-04 23:19 | 映画 | Trackback | Comments(0)
日本映画史叢書 第①巻から第⑤巻
う~ん、さて、どれを読むかとなると迷いますねえ

論考のタイトルだけぼんやり眺めているだけでは、どうしようもありません。

具体的に大まかな内容に当たりをつけて実際に読み始めるしかないのですが、最初自分は、このシリーズが通史的な時系列で編まれていないのだとしたら、なにもわざわざ第①巻から読みはじめることに必ずしもこだわる必要はないかと考えていました。

しかし、それを崩して、自分から優先順位を探すとなると、逆にもっとややこしいことになるのではないかと気が付きました。

まずは、定石どおりに第①巻から順を追って第⑤巻くらいまでのタイトルをリストアップして検討してみることにしました。

以下は、各巻の目次です。

【森話社刊・日本映画史叢書】

第①巻 日本映画とナショナリズム 1931-1945(岩本憲児編)
ナショナリズムと国策映画(岩本憲児)
小春日和の平和における非常時-映画「非常時日本」のイデオロギー(宜野座菜央見)
風景の(再)発見-伊丹万作と「新しき土」(山本直樹)
身体の「無力さ」と「声」としての権力-「五人の斥候兵」論(岩槻歩)
「路傍の石」と文部省教化映画-出世ならざる吾一の出世譚(米村みゆき)
長谷川一夫と山田五十鈴-戦時下におけるロマンチシズムの興隆(志村三代子)
《日本》の二つの顔-「医者のゐない村」と日中戦争期の農村(藤井仁子)
戦時下のニュース映画-「同盟ニュース」再考(奥村賢)
アヴァンギャルド映画の受容をめぐる左翼と天皇主義者(那田尚史)
日本映画と全体主義-津村秀夫の映画批評をめぐって(長谷正人)
木下映画における国策と逸脱-男性たちの「男性性」(藤田亘)
音楽映画の行方-日中戦争から大東亜戦争へ(笹川慶子)

第②巻 映画と「大東亜共栄圏」(岩本憲児編)
アジア主義の幻影-日本映画と大東亜共栄圏(岩本憲児)
満鉄記録映画と「満州」-異郷支配の視線(小関和弘)
抗日救国運動下の上海映画界-満州事変から第二次上海事変へ(張新民)
上海・南京・北京、-東宝文化映画部《大陸都市三部作》の地政学(藤井仁子)
「大東亜映画」への階段-「大陸映画」試論(晏妮)
映画人たちの帝国-大東亜映画圏の諸相(マイケル・バスケット)
戦時下の台湾映画と「サヨンの鐘」(洪雅文)
日本植民支配末期の朝鮮と映画政策-「家なき天使」を中心に(金京淑)
1940年文化空間とエノケンの「孫悟空」(垂水千恵)
漫画映画の笑いと英雄-「桃太郎」と戦争(秋田孝宏)
南方における映画工作-《鏡》を前にした日本映画(岡田秀則)
ナショナリズムとモダニズム-「あの旗」は撃ち落されたか?(岩本憲児)

第③巻 映画表現のオルタナティブ-1960年代の逸脱と創造(西嶋憲生編)
アヴァンギャルドとオルタナティブ(西嶋憲生)1950~60年代を中心に
劇場の三科とダダ映画(西村智弘)
戦後アヴァンギャルドの映像と身体(越後谷卓司)
可能性の映画-滝口修三の「北斎」シナリオとシュルレアリスム(倉林靖)
松本俊夫の実験としての映画形式(広瀬愛)
日本映画の60年代と金井勝(那田尚史)
寺山修二の映画的実験-「審判」の場合(広瀬愛)
日本映画の新しい波-1960年代(岩本憲児)
時代を証言する-大島渚「日本の夜と霧」論(御園生涼子)
「砂の女」再読-レズビアン・リーディングの新たな可能性(溝口彰子)
増村保造から純愛映画劇運動へ-「イントレランス」公開(滝浪佑紀)
日本映画の他者ドナルドリチー-占領下における反=啓蒙者の肖像(高崎俊夫)
もう一人のクロサワ-フランス映画批評における「黒沢清」の受容(御園生涼子)

第④巻 時代劇伝説・チャンバラ映画の輝き(岩本憲児編)
時代劇伝説(岩本憲児)
歌舞伎から映画へ-「芸能史」としての時代劇映画前史(児玉竜一)
時代劇の誕生と尾上松之助(田島良一)
「旧劇」から「時代劇」へ-映画製作者と映画興行者のヘゲモニー闘争(板倉史明)
マキノ映画時代劇-反射しあうメディア(冨田美香)
東映時代劇論(田島良一)
「任侠もの」の水脈(神山彰)
ヴァンプ女優論-鈴木澄子とは誰だったのか(志村三代子)
忍者映画の変容-松之助からninjaへ(横山泰子)
大川橋蔵という「正統」-衣裳と化粧のドラマトゥルギー(神山彰)
サムライ・イメージの変遷-宮本武蔵からたそがれ清兵衛まで(岩本憲児)

第⑤巻 映画は世界を記録する・ドキュメンタリー再考(村上匡一郎編)
方法としてのドキュメンタリー・現実に向かうカメラをめぐって(村上匡一郎)
台頭期のドキュメンタリー映画と記録映画(岩本憲次)
アマチュア映画のアヴァンギャルド(西村智弘)
誰がいかに語るのか・帝国の自民族中心主義(宜野座菜央見)
科学映画の興隆と迷走・文化映画論序説(奥村賢)
スポンサード映画の光と影(江口浩)
1950年代の岩波映画製作所・戦後記録映画の転回点(上村実)
アート・ドキュメンタリーの美学(越後谷卓司)
映像人類学の現在(村尾清二)
テレビ・ドキュメンタリーの新しい相貌・虚構と現実のあいだで(竹村紀雄)
ビデオ・ジャーナリズムの現在(佐野博昭)
ビデオ・アクティビズムの闘い(土屋豊)
山形国際ドキュメンタリー映画祭とアジア(矢野和之)

# by sentence2307 | 2011-12-29 22:35 | 映画 | Trackback | Comments(1)
日本映画史叢書
さて、いよいよ今日から1月3日まで正月休みです。

時間に拘束されるサラリーマンにとって、一週間というまとまった休暇など滅多にありませんので、とてもありがたいし素直に嬉しいです。

そう、今回こそは、漫然と過ごすのではなく、あとで後悔しないような有意義な過ごし方をしたいと考えています。

別段、とりたててこれといった予定も入っていませんしね。

もうずっと前の話ですが、正月休みのすべての時間を使って、島崎藤村の「夜明け前」を読み切ったことがありました。

起きている限りのすべての時間を読書に当てました。

食事のときも、買い物のときも、入浴中も、片手に文庫本を捧げ持つスタイルで、可能な限り読み続けました。

ある意味とてもマニアックな小説ですので、読む側としても相当マニアックになって読みました。

しかし、時折、こんなことをしていて、果たしていいのかと不図気がつき、もっといろんなことをした方がいいのではないかという迷いに始終捉われ、そのたびに、もういい加減やめようと決心し、しかしすぐに、折角ここまで読んできたのだから、ここで止めるというのもなんだか惜しい気がして、再び読み始めるということの繰り返しで、ようやっと全編読み切りました。

だいたい正月といえば旅行や近親者の集まりや観光施設などに行ったりと、休暇をフルに楽しく過ごしてきたつもりなのに、しかし、思い起こそうとして鮮明に思い返すことのできる「正月休暇」といえば、まさにあの「夜明け前」を読み切った充実のあの「休暇」だけだったような気がします。

つまり、時間の無いサラリーマンにとって、まとまったものを読むということは、とても贅沢なことなのだとそのとき気がつきました。

そんなこともあって、今回の休暇の過ごし方について、ちょっと前からある計画を立てていました。

それというのは、ひと月くらい前でしょうか、ある新聞の書評欄で森話社という出版社が「日本映画史叢書」というシリーズ15巻を完結させたという記事を読み、ぜひ読んでみたいと思っていたのです。

ネットで内容を眺めたり、カタログを取り寄せたりして、各巻の内容を確認したのですが、まあ映画史とはいえ時系列で映画史をたどるという通史形式ではなく、むしろ、あるテーマについての論文を集中的に収録するタイプのものであることを知りました。

むかし岩波書店から出版された「講座・映画」(正式名称は分かりません)のような感じなのかなと思います。

とにかく、今回出版されたのが「日本映画の誕生」というのですから(新聞の解説には「映画が発明されて間もない19世紀末、米エジソン社と仏リュミエール社が、日本の風俗を撮影するために争って来日した様子から説き起こし、初期の製作形態や映画館の建設、弁士などの活動などを詳しく分析」とありました)推して知るべしです、それならなにも杓子定規に第1巻から読み始めるというのも、なんだか芸の無い話かもしれません。

ということで、とにかく①巻からのタイトルを順に調べてみました。

①「日本映画とナショナリズム」
②「映画と大東亜共栄圏」
③「映像表現のオルタナティブ」
④「時代劇伝説」
⑤「映画は世界を記録する」

なるほどなるほど、そういうことですか。

随分難しそうじゃないですか。

それとも、「あっち」系?

まあ、それはそれとして、その先は、と。

⑥「映画と身体/性」
⑦「家族の肖像」
⑧「怪奇の幻想への回路」
⑨「映画のなかの天皇」
⑩「映画と戦争」

やっぱ、「戦争」の影が大きく覆いかぶさってますね。

まあ、「映画史」ですから、当然ですが。

そして、⑪以下もざっとこんな感じです。

⑪「占領下の映画」
⑫「横断する映画と文学」
⑬「映画のなかの古典芸能」
⑭「観客へのアプローチ」
⑮「日本映画の誕生」

さて、これだけの量ですから、いくらなんでも一度に全巻は読めません。

何から読み始めるか、ビールでも飲みながら、これから、ゆっくり考えるとしますか、こういうのも読書の楽しみのひとつですからね。

# by sentence2307 | 2011-12-29 19:06 | 映画 | Trackback | Comments(0)
コリヤー兄弟
いよいよ今年も押し詰まってきました。

家人から「手伝ってとまでは言わないけど、せめて自分の部屋くらいは、きれいにしておいてよね」という催促は、日増しにとげとげしくなり、ほとんど恫喝みたいな脅迫口調に変わってきています。

表面的には、多忙な仕事のせいにして逃げ回っているのですが、実をいうと12月に入ったあたりから、家人のいないところで、何度もその「大掃除」とやらを試みました。

しかし、結果は惨憺たるものでした。

まずは読み掛け・読み散らした本の散乱です。

なぜ本がこんなに溜まってしまうのか、答えはごく簡単です。

まだ読んでいない本は、当然棄てられないし、読んだ本は愛着が湧いてなお棄てられません。

それに次々に出版される本への欲求は抑えられないし、しかし読むスピードには限りがあるしで、それじゃあ、誰が考えたって溜まる一方ですよね。

そんなふうな「癖」なものですから、本だけではなく雑誌やDVDやCD(それに、服にもちょっとしたこだわりが・・・)の堆積が、もう大変な状態になってしまいました。

これを一言でいうと、「手の付けられないオテアゲ状態」です。

ここにきてやっと気が付きました、棄てられなければ「掃除」というものは成立しないんだなあって。

家人は、この部屋を、「ゴミ屋敷」と呼んでいますが、その言葉を口にするあたりから、「テキも諦めの境地に入ったな」と自分勝手にタカをくくって、今年もこのまま現状維持で押し切れるなという確信を得るに至ります。

しかし本当は、自分はそんな小ずるい人間なんかではなくて、ちゃんとキレイにしたいと切望している真人間であるのだと実は弁解したいのですが、それを言ってしまったら「なぜキレイにできない?」と問い詰められて、自分が「癖」などではなく、ほとんど「病」であることを自認しなければならなくなってしまう恐怖があるからかもしれません。

まあしかし、コリヤー兄弟が残したという100トンのゴミに比べたら僕のなんか(ゴミじゃありませんが)可愛いものではないですか。

とはいうものの、「ゴミ屋敷」という「病」は、そもそも重量の多寡の問題などではなく、そういう状況を手をこまねいて呼び込んでしまう怠惰というか、無気力というか、日常生活に対応していくために必要ななにかがバランスを失ったり崩れたりしてしまうことなのだとしたら、そのためには、やはりきちんと「棄てる」ことを果たしていかなければならないんだろうなと痛感している歳の暮れです。

できるかな?

【参考】
ホーマー・コリヤー(Homer Lusk Collyer,1881.11.6~1947.3.21)と、ラングレー・コリヤー(Langley Collyer,1885.10.3~1947.3推定)の、この元海事裁判所の法律家と医師の兄弟は、ニューヨークのマンハッタンに住んでいましたが、母親の死を切掛けに1909年ごろから家に引き篭もるようになって、外界から遮断された生活を送ることとなります。

兄のホーマーは引き篭もり中に病気により失明し、世話をしていた弟ラングレーが事故死(ゴミの山が崩壊し、それに埋もれて窒息死)したために餓死したとされています。

住んでいたマンハッタンの治安が悪化しても屋敷を離れずにいた彼らは家中に罠を仕掛けて侵入者を撃退していましたが、最終的にはその仕掛けが元で、1947年邸宅内のゴミに埋もれて死んだとされています。

「警官が二階の窓から屋敷に入り死後およそ10時間経ったホーマー・コリヤー(65歳)の死体を発見した。暴力の形跡はなく、手元にはしなびたリンゴの芯が一個残されていた。だが、弟のラングレー(61歳)が発見されるまでに、毎日数百人から数千人にふくれあがった野次馬に見守られながら、2週間以上の捜索を要してゴミの中から発見された。」

状況から見て弟のラングレーが兄ホーマーに食事を運ぶ途中、堆積したゴミの落下の下敷きになり、自力で脱出する事が出来ずそのまま死んだものと思われ、そのため弟の世話を受けていた兄ホーマーも、弟の死によって餓死あるいは衰弱死したものとみられています。

この兄弟はそれぞれ医師、弁護士の資格を持ちながら60歳代になるまでの38年間、ずっと屋敷に篭りきりの生活でした。

ともにかなりの蒐集癖があり、引きこもりの中で彼らが溜め込んだものは、ピアノ14台、T型フォード、15,000冊の医学書など、死後この屋敷から運び出されたものは130トンにも及んだといわれています。

コリヤー家の跡地は、現在では公園になっています。

コリヤー兄弟の謎の生涯を描いたE.L.ドクトロウの小説Homer & Langley: A Novel には、第一次世界大戦の戦場で毒ガスを浴びて帰ってきたラングレーが「人類の歴史は際限ない反復であり、あらゆるものは代替可能である」と唱えるようになり、人間社会の真の姿を伝える恒久不変の新聞を作り上げるために古新聞を集めはじめながら、徐々に荒廃していく兄弟の人生と、それとは裏腹にラングレーの奇説が説得力を増していく過程が迫真のドキュメンタリータッチで描かれています。

# by sentence2307 | 2011-12-25 13:01 | 徒然草 | Trackback | Comments(1)
女優須磨子の恋
いよいよ年末になって、また映画のベスト10が選ばれる季節になりましたね。

そのベスト10の季節になると、決まって考えることのひとつに、こんなことがあります。

映画を見ていると、なんでこの程度の作品が、当時そんなにも高い評価を受けたのか、よく分からないというようなこと・・・。

自分の安易な推測ですが、ベスト10選出の審査員(映画評論家とか業界関係者なんですよね)が、たまたま映画界の不作の年で、それでもあと1本どうしても選ばなければならないというとき、ただ、候補として残された作品のどれもが、自分にはまったく関心も興味のない作品ばかりだったとしたら、仕方なく数合わせのために、可もなく不可もないある程度のレベルをクリアした作品「まあ、このあたりなら無難なところか」とばかり選んだ作品が、他の審査員たちの判断ともダブって、結局その「安全作」が予想以上の票を集めてしまう結果となって、上位に食い込んでくるというような現象が結構あるのではないか、それによって、「なんでこの作品が」的な印象を与えるのではないか、と。

多数決が生み出す奇妙な「名作」という幻影の怖さみたいなものを感じます(芸術作品を多数決でランクを決めるなんて、考えてみれば奇妙な話しですが)。

いやいや、そういう作品だからといって、なにも因縁をつける積もりは毛頭ありません。

その作品にとっては、それは大いにラッキーなわけで、しかし、同時に、やがて時間の経過のなかで次第に話題性と装飾が剥がされ、徐々に作品本来が持っていた(あるいは、元々無かった)それなりの格としての姿を暴かれ、露わにされ、中身を失った(あるいは見限られた)虚しいタイトルだけが晒し者のように記憶の荒野に取り残されて、時の冷笑を浴びせ掛けられ、永遠に無視の刑罰を受けるわけですから、身に過ぎた評価は、むしろ、その作品にとって「災禍」なのかもしれません。

しかし、本当のところは、多くの優れた作品が無視され、冷や飯を食わされることの方が、ずっと多いわけで、そういう意味からすると、溝口健二の「女優須磨子の恋」(1947松竹京都)は、そのなかでも際立って「不遇な作品」だったと思わずにはいられません。

同じ年に競作となった東宝作品「女優」(1947東宝、衣笠貞之助監督・山田五十鈴主演)が、女性解放・自由恋愛をのびのびと描いて、さらにど派手な、監督対主演女優という驚嘆の「熱愛」スキャンダルも味方して話題性を一挙にさらってしまい、かたや、観客の共感を得るにはあまりにも硬質で生真面目すぎる須磨子を演じた田中絹代の演技は、その作品とともに無視される憂き目に会いました。

佐藤忠男は、その著書で「田中絹代の須磨子がひたすら深刻に努力するだけのあまり魅力的と思えない女性だったのに対して、山田五十鈴の須磨子は、おのれのエゴイズムも明るく肯定して堂々とわが道を行く魅力的名女性になっていて、この勝負は山田五十鈴の方に分があった」と書いています。

しかし、それは、「女優須磨子の恋」という作品の本来の評価といえるでしょうか。

そして、「戦後風俗の上っ面をなでているだけで、溝口独特の凄みが感じられない」などというような評価のどこに、この作品の本質を正確に見極めようという姿勢や誠意が感じられます? 

田中絹代は、どう間違っても山田五十鈴の演技に比肩したり比較したりすることなどできはしません、それは、絹代の演技が、山田五十鈴の演技とはまったく異質なものだからです、たぶんそれは、ただそれだけのことでしかない。

作品の価値は、その作品の中にしか存在しないし、だから、そこから見出すしかないのです。

溝口作品に描かれた絹代の演じた須磨子の渇えは、男との自由恋愛や、社会の束縛から放たれて奔放に生きることなどには明らかに向かってはいません。

それを溝口が「時代を理解できなかった」といってしまっては、ひとりの創作者を評価するに際して、評者としてあまりにも能がなさすぎると思わないわけにはいかない。

家庭を築くことに何度も失敗した須磨子は、社会人としての失格者として演劇に出会い、そして、演劇の中でこそ初めて自分が社会人として生きることができると感じ、演技者になっていきます。

島村抱月への愛は(もし、そういうものがあったなら、という話にすぎません)抱月の演劇への情熱を加味したうえでないと、きっと、須磨子の気持ちも行動をも見誤るおそれがある。

映画で仄めかされている抱月との最初のSEXの場面は、性交場面特有の、女性の側の快楽への淡い期待感や、甘い羞恥心など一切描かれていない極めて素っ気無い、まるで強姦場面と見まがうほどの殺伐とした印象のシーンです。

そして、須磨子と抱月が男女の性の世界に耽溺していったとはいえ、それが二人を結び付けていたとは思えない。

抱月の演劇への情熱を共有したいがために、須磨子は彼との同衾を繰り返していたにすぎません。

なぜなら、それは須磨子が抱月のいる「場所」でしか生きられないことを知っていたからだと思います。

劇中劇で演じられる「人形の家」の絹代の稚拙な演技に失笑した評文も読んだ記憶がありますが、しかし、まさにあの熱狂し、逆上し、激昂をまるだしにする稚拙さこそが、絹代が演じようとした須磨子という人間の魅力だったのだと思います。

(1947松竹京都)監督・溝口健二、助監督・酒井辰雄、岡田光雄、企画・糸屋壽雄、原作・長田秀雄『カルメン逝きぬ』、脚本・依田義賢、撮影・三木滋人、照明・寺田重雄、録音・橋本要、八田亥三郎、美術・本木勇、編集記録・坂根田鶴子、スチール写真・三浦専蔵、装置:高須二郎、舞台背景・丹羽親、装飾・山口末吉、衣裳・中村ツマ、床山・井上力三、結髪・木村よし子、製作進行・久保友次、製作担当・清水満志雄、主題歌作曲・中山晋平、音楽監督作曲編曲・大澤壽人、演奏・シルバーシリーズ合唱団及交響楽団、劇中劇指導・千田是也、舞踊指導・峯エミ(伊藤道郎舞踊研究所)、風俗考証・甲斐荘楠音、時代考証・加藤精一、劇中劇出演・俳優座一同、資料提供・早稲田大学演劇博物館
出演:田中絹代、山村聰、毛利菊江、東山千榮子、朝霧鏡子、東野英治郎、岸輝子、小澤榮太郎、青山杉作、佐伯秀男、南光明、千田是也、黒井洵、永田光男、月丘千秋、南部章三、富本民平、永井智雄、小久保久雄、濱田寅彦、木村功、美甘駿、保瀬英二郎、加藤貫一、田中謙三、瀬川美津枝、河合光子、葵邦子、瀧瑛子
1947.08.16 10巻  2,622m  96分 白黒
# by sentence2307 | 2011-12-17 21:30 | 映画 | Trackback | Comments(0)
ギリシャ危機
このところの金融市場は、お先真っ暗で散々な状態です。

ギリシャの問題はどうなる、に端を発した欧州通貨危機が、まるっきり先行き不透明のまま、他の欧州各国の国債にも不安定感が飛び火して、日本も含め、なんだか世界がグチャグチャになってしまいました。

ちょっと前までは、近いうちに景気(震災の少し前もそうでしたが、その後も震災景気なんて言葉もありました)は必ず上向くぞみたいな楽観が世界の市場を覆っていたのに、いまにして思えば、それもほんの一瞬のことだったんですね。

でも、年がら年中、悪い冷や汗をかきながら右往左往している自分にとって、「景気」なんて、いつでも実感の伴わない掴みどころのない感じだったような気がします。

あの時こそ好景気の真っ只中だったんだとか、あとで言われてみて、そうだったかあなんて間抜けっぽく始めてぼんやり思い当たるくらいで、その最中にいるときは、やっぱり乱高下する相場に振り回されながら、無我夢中で駆けずり回っているだけの、実感としてはむしろ、いつだって崖っぷちの切迫感しかなかったような記憶しかありません。

しかしそれも、いまの深刻さに比べたら、まだまだノドカな「右往左往」だったんだろうなと懐かしいというか哀しい、そんな感じしかしませんね。

いまは、「もう今度こそ、いよいよ本当に息の根を止められてしまうんじゃないか」という断末魔の気分みたいな、もう二度と再起できないかもしれない最後感とでもいう危機感でいっぱいです。

みなさんなら、今頃はとっとと株式市場から早々に資金を引き上げて、とっくに守りの態勢に入っていることと思いますが、自分を含めて逃げ足の遅かった人間は、まあ当分のあいだ首を縮めて嵐をやり過ごすしか方法がありませんかね。

むかしは、株が良くなければ債券へ、なんていわれましたが、グローバル化したいまの時代、もうそんな古臭い鉄則などこなごなに砕け散ってしまい、もはや通用しないのは、はっきりしてます。

素人考えで思うのですが、欧州における実力も国情も違う国々を単一通貨ユーロで統一しようとすること自体無理があって、その理想のツケというかヒズミみたいなものが、一挙に表面化してきたんじゃないかと思います。

かつてのアルゼンチンみたいに、さっさとデフォルト(はっきりいえば借金の踏み倒しです)でもして、ユーロを離脱し、独自通貨を取り戻して切り下げし、国力にあった為替レートで国内産業を盛り立て国際競争力をつけていくしかありません(かくいう日本も他人事ではありません)。

デフォルトもできない、ユーロ離脱も許されないでは、これではまさに蛇の生殺し状態ですよね。

もし独自の通貨を有していたら、一時的には緊縮財政など過酷な状態に陥っても(いままで楽な思いをしてきて、さらにその赤字を隠してきたツケを払って)、そうでもしない限り、いまのユーロの過保護なひも付き状態のままでは、いつまでも自立の道は開けてこないだろうなと思います。

なんて、鬱憤晴らしにクドクドとつまらないことを書き散らしましたが、実はこのことを考えていたら、むかし聞いたある落語を思い出しました。

その噺というのは、酒好きの二人の男が、酒のナミナミと入った大きな樽を天秤棒でかついである場所まで運んでいくという道中記みたいなものでした。

しばらく歩いていくと、後ろの方の男が言います。

「お前は前で担いでいるからいいだろうが、後ろで担いでみろ、酒の匂いがプ~ンとモロに鼻にきて、たまったもんじゃない。この酒は売り物なんだから、金を払えば呑んでもいいわけだろう。一杯呑ませろ」

「そりゃあ道理だ。なんでも金を払えば誰だって客だ、呑んで悪いわけがない」

というわけで、男は酒代を払い、うまそうに酒をあおります。

それを見ていたら片方の酒好きの男も、我慢できなくなって、いま受け取った銭を相手に渡して酒を呑みます。

それを見ていたら、先の男は再びたまらなくなって、いま受け取った銭を相手に渡して酒を呑むというお話です。

このようにして同じ銭をやったり取ったりしながら、ついに大樽の酒を二人で呑み尽くしてしまうという落語でした。

金のやり取りはあっても、結局は富を生むことができない、なんだかこれって、統一通貨ユーロの根本的な欠陥を言い当てているような気がしてなりませんでした。

さて、気になって、後日、この落語の題名を東大落語会編の「落語事典」で探してみたのですが、結局みつけることができませんでした。

噺の印象からすると「ふたり酒盛り」みたいな題名なのかなとあたりをつけて探したのですが、もちろん、そんな題名の落語などありませんでした。

ただ、「一人酒盛り」という落語ならありました。

円生がよく語った噺らしいのですが、概略を読むと大分内容は違います。

まあ、暇な時に「酒」のつく題名の落語を片っ端から探してみるとしますかね。

この落語の題名、どなたかご存知の方がいらしたら、ぜひ教えてください。
# by sentence2307 | 2011-11-26 18:45 | 徒然草 | Trackback | Comments(2)
最後の忠臣蔵
子供の頃から忠臣蔵が大好きで、年末になって町の映画館に忠臣蔵の映画が掛かると、必ず親に連れられて見に行ったものでした、などと言いたいところですが、しかしそれは、なにもウチに限ったことではなくて、その当時は、日本国中が「年末には忠臣蔵」というのが普通のことだったわけで、その国民的な年末の定番行事・忠臣蔵の映画鑑賞にうちの家族も従ったにすぎなかったのだと思います。

各映画会社が威信をかけて、競うように「忠臣蔵」を製作していた時代です。

各社の抱える専属俳優のうちの主役級から人気急上昇中の新人俳優まですべての役者を揃えて製作されていました。

長い時間をかけて歌舞伎の当たり狂言として練りに練られた「忠臣蔵」というストーリーは、惚れ惚れするほど、それぞれの役に、ぴったりの泣かせどころが用意されており、実に行き届いた物語で、子供心にも感心させられたものでした。

どんな端役も生き生きとしていて、それらのエピソードが丹念に積み上げられ、最後の華麗な「討ち入り」というクライマックスに怒涛のように雪崩れ込んでいくという群像劇は、いつのにか血生臭い殺戮の復讐劇を忘れさせられてしまうくらいのレビューのような様式美にウットリと見入っていました。

あの討ち入りの場面で展開される立ち回りの、まるで踊りのような華麗さも、きっと無関係ではありません。

そんなふうに毎年当然のように見てきた「忠臣蔵」という映画の印象は、自分の中では、もはやほとんど固定観念のように確立されたものになっていたのですが、学校を卒業して社会人になったとき、その固定観念が打ち砕かれる衝撃的な話を友人から聞きました。

それは彼が数年間駐在していたイギリスでのこと。

駐在してはじめての年末を迎え、日本に帰る切っ掛けを失ったまま、仕方なくひとりでさびしいクリスマスを迎えようとしていたとき、それを知った取引先の営業マン(イギリス人です)から、優しさの満ちた強引さで彼の家族のパーティーに誘われました。

ビジネス以外のプライベートでは、礼儀正しく一線を画され、やんわりと無視されることも多かったイギリス人の冷たい対応を幾度も経験してきた彼にとって(それまでは彼らにとって自分が結局は黄色い肌をした極東の「東洋人」でしかないことを常々思い知らされていたといいます)、そのサプライズは、涙がでるほど嬉しかったそうです。

いまにして思えば、それも随分卑屈な反応だったかもしれませんが、当時の彼にはそれが正直な気持ちだったと話していました。

その決して裕福とはいえない中流のイギリス人家庭の、心温まる家族パーティーもそろそろ終わろうかというとき、子供たちが親にせがんで、普段なら見ることもない遅い時間帯のテレビドラマを見始めていました。

クリスマスという特別な夜の、きわめて寛容で例外的な措置であることをイギリス人の奥さんは、まるで弁解するかのように日本人の彼に説明していました。

放送していたのは、「クリスマス・キャロル」です。

その取引先のイギリス人によると、イギリスでは、年末になるとテレビやラジオで「クリスマス・キャロル」が、さかんに放送されるということです。

強欲で偏屈な金持ちの老人スクルージが、いままでコキ使ってきた貧しい使用人や市井の人々が、実は自分のむごい仕打ちに善意で報いようとしていることを始めて知って、深く悔い改め、はじめて心を開いていくという感動的できわめて教訓的な物語です。

こう話しながら、その取引先の営業マンから、日本でも同じようなケースはあるのか、と逆に質問されました。

とっさに彼はあの「忠臣蔵」を思い浮かべたのですが、正直に答えていいものかどうか一瞬躊躇しました。

イギリスの子供たちが、人に施す善意の意味を「クリスマス・キャロル」から学んでいるとき、日本人の子供たちは、その年中行事のように見ている「忠臣蔵」から何を学んでいるのか、血であがなう執念深いあだ討ちや不意打ちの奇襲をこのイギリス人にどう分からせることができるかと躊躇したのだと思います。

このストーリーをただ分からせるだけなら、なんとか話せるにしても、日本の子供たちがこの物語から何を学び取っているのかをイギリス人に分からせる自信が、友人にはなかったというのもひとつありました。

彼の危惧のなかには、きっとこの忠臣たちの奇襲作戦の正当性を説明していく先には、当然パールハーバーの奇襲攻撃をも弁護しなければならなくなる立場に追い込まれてしまうような不吉な予感がヨギリ、まだまだ英語力の乏しかった彼には、イギリス人たちの前で不意打ちの正当性など説明する自信も無く、結局、諦めざるを得なかったと話していました。

公儀の片手落ちの措置や不公平な処分によって主君・浅野匠之守だけが切腹を強いられことに憤った家来たちが、長い年月をかけて、その恨みを晴らすため、喧嘩相手・吉良上野之介をカタキとして執念深くつけ狙い、ついに警備の手薄な雪降る深夜、完全武装して急襲し、吉良上野之介を討ち果たすという小気味良い爽快な復讐物語です。

しかし、その「小気味良く爽快な復讐物語」と感じてきたのは、単にそういう作られ方をしてきた物語を、そのままの形で受け入れてきただけということもいえるわけで、それが果たして、真実「小気味良く爽快な復讐物語」だったかどうかはスコブル疑問です、彼の話から、それ以来「忠臣蔵」の物語に爽快さだけを持てなくなりました。

それ以来、僕のそういう思いに寄り添うように、徐々に「小気味良く爽快」なだけではない忠臣蔵が幾つか作られるようになりました。

この「最後の忠臣蔵」もそうした時代の変化を受けて作られた一本だと思います。

しかし、そうだとしたら、忠臣蔵に小気味よさを感じていた子供の時と同じように、疑心暗鬼で忠臣蔵の暗黒面だけを見るいまの自分の感性もまた、結局は時代の要請に添っているだけにすぎないのか、という思いに一瞬囚われました。

それでも、まあいいか。

映画は、時代を映す鏡なのですから、その時代の「忠臣蔵」を鑑賞するというダイナミズムに身をゆだねるのも一興というわけで、それを「時代に振り回されている」なんて思わない方がいいかもしれませんよね。

(2010)監督・杉田成道、脚本・田中陽造、音楽・加古隆、原作・池宮彰一郎『最後の忠臣蔵』(角川文庫刊)、製作総指揮・ウィリアム・アイアトン、スーパーバイザー・角川歴彦、成田豊、製作・小岩井宏悦、服部洋、椎名保、酒井彰、名越康晃、井上伸一郎、喜多埜裕明、川崎代治、大橋善光、企画・鍋島壽夫、プロデューサー・野村敏哉、岡田渉、宮川朋之、撮影監督・長沼六男、美術監督・西岡善信、美術・原田哲男、照明・宮西孝明、録音・中路豊隆、整音・瀬川徹夫、音響効果・柴崎憲治、編集・長田千鶴子、衣装デザイナー・黒澤和子、装飾・中込秀志、スクリプター・中田秀子、製作・「最後の忠臣蔵」製作委員会、ワーナー・ブラザース映画、電通、角川映画、日本映画衛星放送、レッド・エンタテインメント、角川書店、Yahoo! JAPAN、メモリーテック、読売新聞、製作プロダクション・角川映画、配給・ワーナー・ブラザース映画
出演・役所広司、佐藤浩市、桜庭ななみ、山本耕史、風吹ジュン、田中邦衛、伊武雅刀、笈田ヨシ、安田成美、片岡仁左衛門、北村沙羅、福本清三、柴俊夫、佐川満男、田畑猛雄、芝本正、芹沢礼多、片岡功、鈴川法子
# by sentence2307 | 2011-10-23 08:51 | 映画 | Trackback | Comments(0)
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