早分かりのための「アカデミー賞入門」編
2005年 02月 01日
1月下旬にノミネーションが発表され、その中から2月下旬に受賞者が発表されることとなりますが、映画芸術科学アカデミー会員は、アメリカで映画製作に関わっている俳優、監督、プロデューサー、撮影監督、美術監督、音楽監督など、各部門で実績を積んだプロたち、約5700人から構成されているといわれいて、彼らがアカデミー賞の投票権を持っていますから、個々の各組合(Guild)で顕彰され、認められるということは、同じ投票権がそのままアカデミー賞に直結しているので、賞に反映される可能性が極めて大きいといえるわけですし、高確率でアカデミー賞と受賞作品が重なる、いわば当然の結果を来たすというわけなのです。
ですから逆に、批評家賞で大勝したような玄人受けする芸術作品が、アカデミー賞ではさっぱり振るわなかったという結果も大いにあるわけですね。
僕たちは、アカデミー賞を、いつの間にかコスモポリタンな賞と錯覚しがちですが、実は狭いアメリカ映画界の同業者が、身内を褒め合うみたいな側面もあって、ひと昔前、シェークスピア劇で鍛え上げた英国(外国)の練達の俳優たちが賞を攫って行くたびに、ハリウッドの映画人たちは、「外国映画の振興のためにアカデミー賞があるわけではない」と不満を漏らしたという記事をよく見かけたものでした。
奇麗ゴト風にいえば「映画人の、映画人による、映画人のための賞」というのがタテマエなのでしょうが、ホンネのところは、あくまでも生粋のハリウッド育ちの映画人に賞を贈りたいという底意が見え見えみたいなところもあり、ジュリア・ロバーツが不自然なまでに愛されている理由なども、その辺の事情が分かってくると、なんだか全米の映画人が子供っぽくて可愛いらしく思えてきてしまいます。
まあ、それが、黒人俳優やコメディ系俳優がノミネートされにくいという一種の「偏見」に反映されているのだとすれば、面白がってばかりいるわけにもいきませんでしょうが。