世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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隣の八重ちゃん

島津保次郎作品「隣の八重ちゃん」をインターネットで鑑賞しました。

この作品は、1934年という戦前に製作されたものとは思えないほど、交わされる八重子(逢初夢子が演じています)と恵太郎兄弟(大日方傳と磯野秋雄が演じています)の会話がとても自然な軽快さで、ストーリーのなかで生き生きと躍動しています。

そして、この「生き生きと交わされる自然な会話」というのは、公開当時から現在に至るまで、この作品に捧げられた歴史的賛辞でもあります。

冒頭、キャッチボールをしている兄弟が、ボールを受け損ねて隣の家の窓ガラスを割ってしまう場面からこの映画は始まりますが、ガラスの割れる音に驚いて飛び出してきた隣家の娘・八重子は、「びっくりするじゃないの」と抗議はするものの、その言い様はやわらかく、べつだん激怒したりしているようには見えません。

兄弟のキャッチボールがいつものことなら、ときにはボールを逸らして八重子の家の窓ガラスを割ることも日常の一部にすぎないこと、そして、そうしたことすべてが、家同士お互いに許容し合っている関係の親密さを一瞬のうちに観客に分からせてしまうという巧みさで語られています。

その卓越は、たとえば会社から帰宅した夫(八重子の父親です)が、妻に会社での噂話を聞かせる場面にも及んでいます。

夫は、背広を脱ぎながら上司の噂話をし、妻は、その話に適当に相槌をうちながら着替えを手伝っています、手伝いながら湯道具と湯銭を渡して夫を銭湯に送り出すというその一連の動作を、特にセリフで補足したり暗示したりすることもなく、世間話は世間話として話されながら並行して進行します。

思えば、現在でも多くの映画の中で語られる「セリフ」が、往々にして、その登場人物の行く末(運命)をひそかに仄めかすような含意で、いわばストーリーの方向を示唆するような進行役を課せられてしまっていることを思えば、この映画のなかで交わされるセリフの「自立」は、とても新鮮に感じられました。

それは、この現実を生きる僕たちもまた、日常で話す「言葉」を、なにも自分の行為を説明したり弁解するために使うわけではなく、行為とはまったく関係のないことを自由気ままにべらべら喋り散らしていることを思えば、このリアルな描写の「気づき」は、日本映画がようやく「肉声」を得たトーキーの初期に、すでに「セリフ」が物語の進行の補足説明の役割(字幕的発想)から解放され、「無意味・無関連」という自立と自由を獲得し、生命を与えられたというまさに革新的な作品だったのだと実感しました。

それまでは絵空事を描いていた映画(技量的にまだまだ「絵空事」くらいしか描けなかった映画です)をさらに前進させて、これだけの「日常」を描き出す映画文法=力強いリアルを獲得できたこの作品「隣の八重ちゃん」の発想の革新は、真に「歴史的賞賛」に値するものだと心から納得できました。

その頃の島津監督の順風満帆ぶりが伺われる一文が、吉村公三郎「評伝・島津保次郎監督」のなかにありました、助監督として吉村公三郎が初めて撮影所で最盛期の元気のいい監督・島津保次郎と会い、ガツンとお説教される場面です。

「とにかく、さっき言ったように、助監督は芸術的なお上品な仕事じゃねえ。
なんでもやる労働者だ。
オレも監督になるまでそうやってきた。
この部屋のカシラはオレだが、オレの助監督だった五所(平之助)や五所組の助手のほか、オレの組の助手、今度監督になった豊田四郎、西尾佳雄らがいる。
オレのことは先生と呼べ。
だがべつに手をとって教えたりなんかしねえ。
自分で仕事を覚えろ。
それにオレはうるせえぞ。
怒ったり怒鳴ったりはしょっちゅうだが、短気で癇癪持ちだから、小突くくらいはする。
だが恨んじゃいけねえ。
自分の修行のためだと思え、いいか。
てめえはまだ若けえからそういうことはないと思うが、女優に興味を持っちゃいけねえ。お店の品だ」

しかし、その快挙を日本映画史に刻印した島津保次郎監督その人が、それにもかかわらず、やがて活躍の場を松竹から東宝に移し、そのために明らかに精彩を欠いて、やがて失速の感を禁じえない東宝での消沈を知るにつけ(当時東宝は、社運をかけて「戦意高揚映画」作りに積極的に乗り出すために、製作上作品の偏りを防ぐ「その他の映画」を撮らせることが、島津保次郎や山中貞雄を招聘した主たる意図だったとされています)、あれほど肌にあっていた松竹をなぜ離れたのか、その理由というのが分からず、ずっと気に掛かっていました(このことについては、後述します)。

さて、作品「隣の八重ちゃん」の描写の革新性に戻りますね。

恵太郎が学校から帰ってくると、家に鍵が掛かっているので入れず、そのまま垣根を飛び越えて隣家へ上がり込みます。

そんな恵太郎の突然の闖入にも別段気にするふうもない八重子の母親(飯田蝶子が演じており、居間で仕立物の仕事をしているふうです)に、恵太郎は「おばさん、腹へっちゃった。何か食べさせてよ」と無遠慮にねだり、八重子の母親も「お茶漬けにしてあげるから、留守番でもしてておくれ。私がいちゃあ、気詰まりで食べられないだろう」と応じ、市場に買い物に出掛けていきます。

現在の日本の冷え切った近隣関係からは見れば、到底あり得ない恵太郎の「無遠慮」ですが、この一連の恵太郎の行為にも、そんな「無遠慮」という形容などハナから介在する余地のないくらい、飯田蝶子の演技からは家同士の許容と深い信頼関係がうかがわれます。

恵太郎がアグラをかいてお茶漬けを食べ始めていると、「ただいま」と入れ替わりに八重子が女学生の友だち(高杉早苗が清楚に演じています)を伴って帰ってきます。

恵太郎の存在をしきりに恥ずかしがる友だちに、八重子は「差し支えない人よ」と言いながら自分の部屋に招じ入れます。

恵太郎の存在を盛んに気にする女友達(八重子の「帝大の独法よ」が効いています)に、「八重ちゃんのいい人なんじゃないの」と冷やかされても、「なんだか家の人みたいよ」などと面白くもなく応じている彼女たちのガールズ・トークに興味津々で聞いている恵太郎の耳に、更にこんな遣り取りが聞こえてきます。

「あら、八重ちゃんのオッパイの形、とってもいいわ」

「私のは、ぺちゃんこだわ」と、明け透けな少女たちの話にうろたえた恵太郎が、着替えが終わり様子を見に来た八重子に抗議します。

「お乳の話なんかして。いかんね、男性のいる前で」

八重子「別にいいじゃないの、女同士なんだから。恵太郎さんたら、最近そんなこと考えているの。いやねえ」と別に気にもとめていない様子で、軽くイナシます。

少女から女性へと成熟をとげていく微妙な年頃にある多感な女性の言葉を、なんの飾り気もなく、こんなにも自然に、そして、そのままの明るさと繊細さで描いたこれほど素直なシーンを、自分はいままで見たことがありません。

自分が、いままで見てきたスクリーンのなかの少女たちといえば、その徐々に成熟していく肉体に、心の方が追いつかず、その成熟のあまりの早さに不安におちいり、あるいは幼さを卑下し、恥じ入り、焦燥に駆られた動揺のなかで無理やりに背伸びをして、まるで自傷行為のような無残さで性にのめり込んでいくという、そんなタイプの映画ばかりだったような気がします。

しかし、実際の思春期を生きる多くの少女たちの誰もが、そのような性急さでもって生き急ぐなどということは、現実には到底ありえることではなく、おそらく、まさにこの映画そのままに、ふくらみ始めた胸を友達と比べ、くすぐったそうにクスクスと笑い、異性には「意識過剰」の分だけの距離をとりながらも、しかし、成長の時間と同じだけの時間をかけながら異性に少しずつ近づいていくという、そういう姿をこの作品「隣の八重ちゃん」は精密に描き出しています。

この作品に映し出される八重子と恵太郎の会話を重ねる2人だけの幾つものシーンは、互いに距離を縮めるための恐る恐るの歩みを辛抱強く描いている名場面と感じました。

この「隣の八重ちゃん」について書かれた評論を片っ端から読んでいくと、必ず遭遇するお約束のような文言があります、岡田嘉子演じる姉・京子の扱いが、全体の物語の流れからすると随分に違和感があるという指摘です。

「夫に憤慨して飛び出してきた若妻(姉・京子)が実家へ駆け込んできてヒステリックに泣くあたりは、たとえ日常あり得ることにしても岡田嘉子の演技は芝居がかっていて自然な運びというこの映画の流れから大きくずれてしまった。
演技だけでなくドラマとしても、この女性を隣の大学生にしなだれかかっていくような女にしたりして均衡を破っている。
彼女が家を飛び出して行方不明のままで映画が終わるのもなんだか割り切れない。・・・この後半のアンバランスは実に惜しまれる」

だいたいこんな感じのものが多かったように思います。

夫の横暴に耐えられずに家を出てきた女が、実家の援助を受けて自立しようというとき、その心細さから、誰でもいいから頼りになりそうな男にしなだれかかったとしても、設定としては、それほどの違和や不自然とかも感じないのですが、「全体の映画の流れを崩している」といわれれば、なんだか弁解したいような気持ちになってきます。

彼女が家を飛び出して行方不明になるのは、恵太郎に拒絶されたので恥ずかしさのあまり遁走したという理由で、十分に説明できると思います。

それなら、作劇上、その描き方が、物語のバランスを崩すほどの不自然さなのかというと、恵太郎をめぐる姉妹の確執(連れ立って映画を見終わったあとの食事の場面で、恵太郎に甘えかかる姉の態度に対する八重子の嫌悪の思いが明確に描かれているのですから、「確執」は当然あったと思います)を考えれば、姉の行方不明に対する八重子の不自然な素っ気無さや、しなだれかかる京子に対する恵太郎の揺るぎない拒絶も、ふたりの関係を考えれば十分に説明することができると思います。

さて、島津保次郎監督が、長年馴染み、実績を残した松竹をなぜ離れなければならなかったのか、その理由というのを、吉村公三郎が書いた「評伝・島津保次郎監督」という論評のなかにみつけました。

引用しますね。

「『兄とその妹』を終えて、次作『暖流』の撮影準備にかかっている途中、島津は突然大船撮影所をやめることになる。
これは仕事のことが直接の原因ではない。私生活上の問題である。
島津には5,6年前から愛人がいた。
私が紹介された頃、この愛人なる女は、銀座の三越裏の「ゴンドラ」という大型の酒場で妹と一緒に働いていた。
当時、「サロン春」とか「銀座会館」とかの大型の酒場が銀座で繁盛していたが、「ゴンドラ」もそのひとつである。
私は島津が大した酒飲みではなく、酒場へ行くにしても大型なのは好きではなかったので、こうしたところに愛人を見つけ出したのは意外だった。
彼女は品の良い美人で、読書もしている聡明な人に見受けられ、こうした場所の女としては似つかわしくなかった。
彼女は島津を心から尊敬しており、島津も彼女を必要としていた。
もちろん島津は妻帯者で子供もふたりいた。
細君は神田錦町の米問屋の生まれで、娘に成長した頃、父親が米相場に手を出し失敗し、一家が没落すると生活のため蒲田撮影所の結髪部へ入って働くようになり、島津と知り合って結婚した。
私の印象では極くお人好しだが、下町的江戸っ子の陽気すぎるのが少々気になる女である。
愛人とはまさに対照的だった。
彼女は自分との関係が島津の負い目になったり、仕事や私生活のワザワイにならぬよういつも気を遣っていたが、すでに男の子が生まれていたし、後日いろいろの噂話を総合すると、突然彼女の一家に何かがおこり大金を必要とすることになった。
島津はその借金を申し入れたが松竹に拒否され、たまたま東宝が引き受けたので東宝へ移ることになったのである。
やはり結果として彼女が案じていたようになった。宙に浮いた『暖流』の仕事は、この年監督になったばかりの私にお鉢が回ってきた。」

論評は、その後しばらくして街で偶然、島津監督に会ったときのことが書かれています。

生気の失われ見るからに元気のない島津監督を見かねた吉村公三郎が、「景気のいい国策映画でもやったらどうですか」と勧めたところ、「そういう勇ましい映画は、君たち若い者がやったほうがいいよ」と言い残して立ち去った、と書かれています。

正確には、こうです。

「島津は力なくいい、三十間堀に舫う舟の焚火をじっと見ていた。
そのモンの前で別れ、夕暮れ近い銀座裏を新橋の方へ歩いて行くうしろ姿を見送ったのが最後である。」

そして、昭和20年、149本目の作品「日常の闘い」を撮っている途中で体の不調を訴え、軽井沢で静養後も益々悪化し、診察を受けたときには、もはや手の施しようもない末期の癌でした。

敗戦からわずか1ヶ月後の9月18日、永眠します。

享年49歳。

最後まで頭脳明晰のままで、「さあ、自由の時代になった。病気が治ったら、五所、豊田、吉村、木下らを集めてプロダクションをやるんだ」と言っていたといいます。

島津監督の末期の目には、親しい弟子たちに囲まれ夢中で映画を撮っていた松竹の日々が映し出されていたに違いありません。

(1934松竹蒲田)監督脚本原作・島津保次郎、助監督・豊田四郎、吉村公三郎、清舗彰、佐藤武、撮影・桑原昴、撮影助手・寺尾清、木下恵介、蟹文雄、小峰正夫、作詞・大木惇夫、作曲・早乙女光、独唱・矢追婦美子、指揮・高階哲夫、美術・脇田世根一、美術助手・木村宣郎、三田秀雄、三島信太郎、中村二郎、石原幾、録音・土橋晴夫、橋本要、録音助手・神保幹雄、西山整司、配光・高下義雄、現像・納所歳巳、阿部鉉太郎、字幕・藤岡秀三郎、
出演・岩田祐吉(父・服部昌作)、飯田蝶子(母・浜子)、 逢初夢子(娘・八重子)、岡田嘉子(姉・京子)、水島亮太郎(父・新海幾造)、葛城文子(母・杉子)、大日方傳(長男・恵太郎)、磯野秋雄(次男・精二)、高杉早苗(真鍋悦子)、阿部正三郎(ガラス屋)
1934.06.28 帝国館 9巻 2,171m 79分 白黒
 
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隣の八重ちゃん : 映画収集狂
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by sentence2307 | 2013-05-22 22:01 | 映画 | Comments(3)