熱風(ピーター・B・ハーイ「帝国の銀幕」より)
2005年 04月 11日
精神純化のひとつの描き方、精神増強映画のテーマは、「勤労の美しさと勤労団結の楽しさ」となった。
そしてこれが一旦軌道に乗り出すと、この基本的な物語構成上の定式から逸脱する映画はなくなった。
すなわち、
①政府が工場に軍需製品の生産増加を要請する。
②これを達成するにあたって主人公が様々な障害にぶつかる。
③この問題の解決方法をめぐって、意見の衝突がおこる。通常この衝突は「科学的な正攻法」を主張する保守的な技術者陣営と、奇跡的な突破を目指す過激な精神主義陣営の間で展開される。
④主人公が甘いロマンチックな関係に巻き込まれる。
⑤最後に、主人公の属する精神主義陣営が、増加されたノルマを見事に達成して勝利する。
山本薩夫の「熱風」は、この定式に従った最初の映画であり、1943年の秋に封切られた。
幕開けのドキュメンタリー風のシークエンスでは、中国の鉄鉱石採掘現場が映し出される。
苦力クーリーたちが鉄鉱石を船に積み込む。やがて船は日本に向かって出港する。見張り番が敵潜水艦を発見。爆雷が次々に発射される。潜水艦は逃げる。
船が日本の港に到着する。キャメラは、大勢の白人捕虜たちを丹念に捉える。彼らは休憩時間でタバコを吸っている。次のショットでは、白人捕虜たちが鉄鉱石の山をシャベルで掘っている。
一連のショットが、溶鉱炉を映し出す。
実は、この映画の物語的発端はここにある。
現場監督が所長の事務所にやってきて、第4溶鉱炉がうまく働いていないと訴える。
会議のシーンで所長は、溶鉱炉は「赤ん坊」のようなもので、よい「母親」を必要とするのだと説く。
若い技師の菊地(技術者陣営の代表)が、溶鉱炉の「母親役」をやらせてほしいと立ち上がる。
所長は彼を、深い精神主義的な眼差しでじっと見つめてから、「よし!」と言い放つ。
溶鉱炉で火事が発生し、数人が重症を負う。
技師の柴田(藤田進)は、必死で消化にあたり、ついに消し止める。
柴田は、第4溶鉱炉を再び生産可能にするのは自分のほかにいないと宣言する。
「僕は命を投げ込む積もりなんだ」こうして、菊地と精神主義陣営の代表柴田との衝突は不可避となる。
藤田進の演じる柴田は、数ヶ月前に作られた黒澤の映画で姿三四郎を演じたときに開発した同じ仕草を多く用いている。
姿とちょうど同じように、褒められると、はにかんだ謙遜の笑みを浮かべて、短く刈った頭をなでる。
しかし、姿が口数の少ない男であるのに対し、柴田はしばしば部下たちに、あるべき「勤労精神」について説教をする。
部下たちが、溶鉱炉を再利用不可能として「あの化け物め!」と罵るとき、柴田は自分のモットーに従って、「できない仕事はない、できない人間がいるだけだ! もっと度胸を!」と励ます。
彼は、白紙で召集された徴用工に対して、特に要求がきびしい。
「徴用工は召集兵と同じだ。何もかも捨てて、お国のために働かなきゃいかんのだ!」
別のシークスエンスの柴田は、明らかに彼に恋をしていると分かる久美子と並んで歩いている。
一列に並んだ捕虜たちが二人の方へ歩いてくる。
久美子が気の毒そうに、「どんな気持ちかしら」と言うと、柴田は皮肉っぽく「お可愛そうに、か」と答える。
この箇所は明らかに、数ヶ月前に新聞で報道された実際の出来事を踏まえたものである。
やつれ切ったアメリカ人捕虜たちの列を見て、ひとりの女性が、「お可愛そうに」と声を上げたのである。
彼女はその場で激怒した市民に取り囲まれ、「非国民な感情」を抱いたとして罵倒された。
「よして頂戴。『お可愛そうに』はあなたですから」と謎めいた答えを返している。
精神主義戦争映画の主人公のように、柴田にも、吉野という現場監督が「導き手」として付いている。
吉野は、「溶鉱炉の神様」として知られている。
溶鉱炉で停電が起こり、溶けた鉄の表面が冷えて固まってしまったときも、吉野だけはそれを救う方法があると主張する。
彼の案は過激である。ドイツで奇跡的な結果をもたらした「非常策」で、溶鉱炉にダイナマイトを仕掛け、固まった「かさぶた」を吹き飛ばすのである。
科学的合理主義者の菊地は震え上がって、吉野に言う。
「君たちは単純だよ。監督として、科学者としての僕の立場を了解してください。断然反対だ!」
所長もやめさせようとするが、吉野と柴田は、ひそかに計画を推し進める。
そして溶鉱炉の最上部で老いた吉野は、発作で倒れ、落下して死んでしまう。
菊地はその死を柴田のせいにして責める。
「あの男の無鉄砲な情熱が吉野を殺したんだよ。」
暗い裏通りで、柴田は菊地に決闘を挑む。
素手での殴りあいは、壮絶な根競べになっていく。
二人とも、殴り倒されては立ち上がり、再び殴りかかるがついに両者とも付かれきって地面に寝そべり、はあはあと息をつく。
そして、互いに見詰め合ったとき、猛烈な闘争心は解けるように消えうせて、相手に対する賞賛の気持ちが湧き出してくる。
雲の向こうから太陽が現れるように、柴田の顔に笑みが溢れる。
それは、深い理解と仲間意識の笑みであり、戦場で兵士たちが見せる精神主義の笑みでもある。
菊地も大きく笑みを返す。
これはもちろん、今や菊地が柴田の爆破計画に協力することを意味している。
ダイナマイトが仕掛けられ、精神主義の勝利である奇跡がまたひとつ成し遂げられるのである。
(43東宝)製作:松崎啓次、監督:山本薩夫、脚本:八住利雄、小森静男、原作:岩下俊作、撮影:木塚誠一、音楽:江文也、美術:戸塚正雄、録音:安恵重造、照明:大沼正喜、特殊技術:円谷英一
出演:藤田進、沼崎勲、花井蘭子、原節子、菅井一郎、黒川弥太郎、清川荘司、進藤英太郎、高野由美、花沢徳衛
1943.10.07 白系11巻 2,773m 101分 白黒
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