世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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「一番美しく」と「真空地帯」のあいだ ①

話の前後のイキサツは、すっかり忘れてしまいましたが、ある人と数十年前に交わした会話の中で聞いたひと言が、折りに触れて、唐突に甦ってくることがあります。

それは、

「黒澤明だって、『一番美しく』という国策映画を撮っているじゃないか」

というものですが、それまで、「一番美しく」をそんなふうに考えたことがなかったので、まあ、それなりの「ショック」を受けたのだと思います。

つまり、「国策映画」の方にではなくて、あの作品を「そんなふうに考える人がいる」ということに対してです。

だいたい自分は、その頃だって、そして今でも、別に「国策映画」だろうと「迎合映画」だろうと別に全然構わないと思っていました、映画など、撮る機会があればトニカク撮ればいいし、そこでスポンサーからなんらかの要求があれば従う方向で検討するのがフツーだし、そこはできるだけ反映させてあげればいいくらいに思っていました。

そういうものは、ただの「条件」にすぎなくて、きっとほかにもクリアしなければならないもの(状況)なら、たぶん幾らでもあるだろうし、「スポンサーの要求」も「国家権力からの圧力」も変わることのないそのうちのひとつ(リスクかストレスかの違いだけで、もとよりそこには軽重の別などありません)いちいち律儀に負い目など感ずるほどのものでもないくらいに考えとけばいいので、重要なことは「映画を撮り切ること」であって、それがどんな作られ方をしようが、映画の本質とはなんら関係なく、その作品の本当の価値は、きっとその内部から自ずから立ち上がってくるものだと考えています。

黒澤明もこの「一番美しく」に対して、国家権力から執拗に干渉と検閲を受け、改変を強いられて憤ったという資料を読んだことがありますが、たとえそのような「改変」を強要されたとしても、それでも、自分は「一番美しく」がこの世の中に存在してくれていて本当に良かったと心から思っています。これは、映画を心から愛する者の本音です。

これはまたあらゆる映画づくりに関していえることだと思いますが、結果的に「国策映画」だろうと「迎合映画」だろうと、そんなものは自分的には全然構わないのです。

そのような無意味なレッテル貼りなど「映画」そのものにはなんの影響もおよぼさないし、作品そのものがすべてと考えている自分にとっては、作品を見もしないうちからそのような偏見で仕分けして作品に対するなど、むしろずいぶん失礼で臆病な見方だなと考えているくらいです、どんなカタチで撮られた映画であろうと、「実際に見れば」作品の優劣などすぐに分かるはず、しかし、そこはまあ、個人の好みというものもあるので、一概に「優劣」などと決め付けてはなりませんが。

「黒澤明だって、『一番美しく』という国策映画を撮っているじゃないか」と言った人に対して、当時、これだけのことを伝えられたかどうか、記憶も自信もありませんが、最近このことを思い出させてくれた出来事がありました。

話は少し飛びますが、わが社には、1年毎の持ち廻りで各職場から一名委員として代表を出して、会社のいろいろな問題を話し合う「職場改善プロジェクト」なるものがあります。

このプロジェクト、社長直属の秘書課がすべてとり仕切っている委員会ですので、いい加減にあしらったりすると、「あとで」怖い目に遇うおそれがあります、寒冷地への「異動」とかね。

「いろいろな問題」というのは、最近新聞などをにぎわせている事件を取り上げて、「わが社では、どうなってるの、大丈夫よね」とか話し合う意見交換会みたいなものです。

最近で言えば、歴代三社長のパワハラ圧力の恫喝に屈して虚偽の利益をでっちあげた「帳簿改ざん問題」とか、自分の財布と他人の財布の区別がつかない「守銭奴都知事問題」(そのセコさなんか、あの野々村でさえもマッツァオです)とか、女とみればすぐに手を出す桃色の噂が絶えなかったジャーナリスト気取りのおっさんが遂に秘事を暴かれて抗弁もできないという「色魔都知事候補問題」だとか(髪型も変だし、なにかというとしゃしゃり出てくる色情狂の女坊主が背後でうろついてなんだか薄気味悪いです)、責任者不在どころか押し付け合いの醜態を演じている「伏魔殿盛り土問題」とか(あっ、そういえばこれって都庁ばっかりじゃないですか。まさにお金の匂いにハエと蛆虫が群がる典型的な構図ですよね、そのうちに議会のお偉いさんの収賄事件にでも発展しそうな勢いです、どうもアヤシイゾー。
でも、怒って税金返せコノヤローって誰も騒がないのがなんだか不思議ですよね、どうなってるんでしょうかね、都民は?)、まあ、こんな感じで、「職場改善プロジェクト」は、はっきりいって一時間程度のなんてことない雑談で終わるのですが(もっとも、どの「問題」にしても恐れ多くて私らあたりが結論など出せる問題でもありませんが)、こんなダレた無意味な会議でも出席率は常に
100
%、社長も大満足です、というのは建前、皆さん、そのあとの「呑み会」(経費は、会社の「会議・研修費」として予算に計上されているそうです)が楽しみで、かえってオフレコのこちらの寄り合いの方がよっぽど有意義な話が交わされていて、自分などは、最初からここで話をさせて録音でもとれば、すごい成果があがるのではないかと常に思っているくらいです。

しかし、なにせ「予算」で呑もうというタカリ精神なのですから、「高級」とか「小ぎれい」とか「おしゃれ」などという店を期待してはなりません、また、そういう場所が似合うような面々でもありませんしね。

むしろ、汚いくらいの方が気の落ち着く貧乏性の私らですが、それにしても「程度問題」ということもあります、むやみに息をすれば悪い空気を吸って肺でも悪くしてしまうのではないかとか、手で触れたりすれば手から体にばい菌がうじょうじょ沁み込んできて悪い病気にかかって鼻でも落ちてしまうのではないかなどと危惧するくらいの、それはもう汚れ放題の楕円のカウンターの周りに、明らかに尻の幅より小さく作ってある椅子が隙間なくびっちりと並べられた席で(常識的な寸法なら二尻に三脚は絶対必要なはずの過酷な寸法です)、切り詰められた空間に押し込まれ、どうにも身動きのとれない一同が肩を並べて一斉に呑み始めるという壮絶な図ですが、これでもし火事でもおこったら端から静かに人間が燃えてくるのを、ジョッキ片手にただ眺めてじっと待っているしかないくらいの覚悟が必要な、微動だにできない殺人的な鮨詰め状態です。

冷静に考えればこれってシゴク恐ろしい話ですが、しかし、それを上回る「呑みシロ・ロハ」の圧倒的な魅力の前に皆の危機感は完全に麻痺して、死の恐怖も克服し、まさに死んでもいいやくらいの気持ちで(あっ、これって黒木華がCMで言っているフレーズと同じだ)、逆上気味に浅ましく、嬉々として憑かれたようにジョッキをあおり始めています。

自分の席は、経理の門口さんと資料課の大橋さんに挟まれていて、このおふた方とも既に65歳の延長雇用期間もとっくに過ぎており、さらに70歳まで勤めあげようかと頑張っている鉄人です(聞くところによると、70歳が年金加入のできる限度の年齢だそうで、それまでは働き続けて掛け金を払い続け、残された余生をできるだけ安心できるものにしようという計算なのだそうです、その見上げた了見というか魂胆というか、蟻さんのような堅実な心がけには尊敬とともに畏怖さえ感じますが、薄らぼんやりした自分などには、到底及びも付かないことで、願わくば、その70歳到達以前に皆さんの寿命が尽きることのないよう陰ながら切にお祈りを申し上げるばかりです)。

特に、資料課の大橋さんは、若い女の子には絶大の人気があって、女性だけの聖域・洗い場やトイレなどでは「死霊課のゾンビちゃん」という愛称で慕われているご仁です。
しかし、それって蔑称じゃね、などと若い男連中は眉を顰めますが、ご本人は一向に意にかいすることもなく、むしろ、そんなことは十分承知のうえで、ソトメには大変に喜んでおられるように見受けられ、たとえそれが会社にしがみつき続けるための涙ぐましい言い訳と健気なポーズだったとしても、それはそれで爽やかで凄いことじゃないですかと感心していますが、大橋さんの心の闇の深淵をのぞいたわけではなく、本当はどう感じていらっしゃるのかまではちょっと判断がつきませんが。

その大橋さんと隣り合って座れば、よく映画の話をしています。

会話していても変な緊張感がなく、大変話しやすいので、自分もついつい話し込んでしまいます。

ほら、よく若い人たちと話すと、お互いに「知識のひけらかし合戦」みたいになって、ストレスばかり溜まってしまうあの寒々しい感じがとても嫌で、話した後の後味も悪く、そんな思いをするくらいならと、できるだけ若い連中の話の輪には入らないようにしていますし、ましてや彼らと「映画」の話などすることは滅多に、いや、絶対にありません。

それに比べると、(小心なくらいに)なにかと気配りをしてくれる大橋さんと話すのは、実に快適です、話の合間にうつ相槌も的確にして絶妙そのもので、とても優しくて、つい話しに夢中になってしまうのです。

あるとき、やはり例の「会議・研修費」持ちの呑み会でのこと、いつものように大橋さんと隣り合わせました(一説では、私らが皆から煙たがられているので、自然にこの組み合わせに落ち着いてしまうのだとか、たぶんそういうことなら、それで十分と最近はその「自然のなりゆき」に身をまかせています。


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Commented by さすらい日乗 at 2017-04-04 09:24 x
『一番美しく』は、立派な戦意高揚映画だと思います。公開当時に見た奥野健男が大変に感動したと書いていますから間違いありません。
恐らく、これの監督と引き換えに黒澤明の徴兵を延期してもらったのだと思います。彼は35歳ですから、兵役に付かなかったのは大変におかしいのです。ではなぜ、そのようなことができたのでしょうか。
東宝は戦時中は「軍事企業」だったからです。
秘密スタジオの航空教育資料製作所では、真珠湾攻撃のマニュアル映画などを円谷特撮で作っていたのです。『ハワイ・マレー沖海戦』がうまくできたのは当然のことなのです。開戦前に作っていたマニュアル映画の応用に過ぎなかったのですから。
このスタジオは、戦後の東宝の大ストライキの後は、新東宝スタジオになります。今は、日大商学部と東京メディア・シティになっています。
by sentence2307 | 2016-09-19 21:04 | 映画 | Comments(1)