生誕100年特集 監督・豊田四郎 ①
2005年 05月 15日
前回の稲垣浩監督につづいて「生誕百年記念」の上映は、いよいよ名匠・豊田四郎監督の特集です。
永井荷風、志賀直哉、川端康成から坂口安吾、谷崎潤一郎、井伏鱒二に至る数々の著名な文芸作品の映画化に取り組み、珠玉の名作を遺した豊田四郎ですが、個人的な感じからすれば、違和感なく流れるような印象で見ることができたのは、井伏鱒二作品のような気がしています。
そういえば、豊田監督の最高傑作といわれている「夫婦善哉」の原作者・織田作之助の飄々としたあの感じも、どこか井伏鱒二と共通するものがあるような感じがしませんか。
豊田四郎が最も力量を発揮できたのが、こうしたタイプの作品だったような気がしてなりません。
【若い人】
1929年に一旦デビューしながら、その後松竹の撮影所で修業を積んだ豊田四郎が31歳で発表した清新な出世作。父親を知らぬ女子学生(市川春代)をめぐって理知的な男女の教師(大日方伝と夏川静江)が対立し、やがて親密さを育んでゆく。この原作はその後も3度リメイクされた。
(37東京発声映画製作所)(監督)豊田四郎(原作)石坂洋次郎(脚本)八田尚之(撮影)小倉金弥(美術)河野鷹思(音楽)久保田公平
(出演)大日方傳、市川春代、夏川靜江、英百合子、山口勇、伊藤智子、林千歳、押本映二、鹿島俊策、松林清三郎、春日章、松田宏一、吉川英蘭
(81分・35mm・白黒)
【泣蟲小僧】
母親(栗島すみ子)から相手にされなくなって親戚の家をたらい回しにされ、安住の場所を持たぬ「泣虫小僧」の悲哀を淡々と綴った小品。大人たちにもそれぞれの事情があり、そうした描写の丁寧な積み重ねが演出家としての豊田の成長を物語る。
(38東京発声映画製作所)(監督)豊田四郎(原作)林芙美子(脚本)八田尚之(撮影)小倉金弥(美術)河野鷹思(音楽)今澤将矩
(出演)藤井貢、林文雄、栗島すみ子、逢初夢子、市川春代、梅園竜子、山口勇、一木禮司、高島敏郎、藤輪欣司、吉川英蘭、品川眞人、横山一雄
(80分・35mm・白黒)
【冬の宿】
木下恵介「女の園」と並んで、作家・阿部知二が原作者として残した名作。ムーラン・ルージュの水町庸子、清楚なタイピストを演じる原節子などの女優陣も見所である。フィルムは長らく行方不明とされていたが、近年可燃性の原版が発見され、2003年に復元初上映が行われた。
(38東京発声映画製作所)(監督)豊田四郎(原作)阿部知二(脚本)八田尚之(撮影)小倉金彌(美術)進藤誠吾(音楽)中川栄三、津川主一
(出演)勝見庸太郎、水町庸子、原節子、北沢彪、藤輪欣司、林文夫、島絵美子、堀川浪之助、押本映治、伊志井正也、田辺若男、伊田芳美、平陽光、青野瓢吉、南部邦彦、一木禮司
(84分・35mm・白黒・不完全)
【鶯】
東北の田舎町の警察に、捜索願を出しにきた老婆、ニワトリ泥棒、無免許の産婆、鳥売りの娘などの人々が次から次へと現れて騒動を起こす。はかどらない「冬の宿」の撮影の合間を縫って11日間で撮影された小品だが、迫力のある集団劇になっている。
(38東京発声映画製作所)(監督)豊田四郎(原作)伊藤永之介(脚本)八田尚之(撮影)小倉金弥(美術)進藤誠吾(音楽)中川栄三
(出演)勝見庸太郎、霧立のぼる、清川虹子、御橋公、伊達信、鶴丸睦彦、押本映治、堤眞佐子、村井キヨ、藤輪欣司、北沢彪、汐見洋、文野朋子、杉村春子、水町庸子、藤間房子、堀川浪之助
(71分・35mm・白黒)
【小島の春】
瀬戸内に面するハンセン氏病の療養所で働く女医と、入所を拒む人々との葛藤を描いた当時の話題作。世間の目を恐れる桃畑の女、杉村春子の熱演が評価され、本作を観た高峰秀子もこの演技に「雷に打たれたようなショックを受けた」と述べた。その年の「キネマ旬報」で第1位を得た。
(40東京発声映画製作所)(監督)豊田四郎(原作)小川正子(脚本)八木保太郎(撮影)小倉金弥(美術)園眞(音楽)津川主一
(出演)夏川静江、菅井一郎、杉村春子、清水美佐子、水谷史郎、勝見庸太郎、林幹、英百合子、田中筆子、菊川郁子、中村メイコ、三津田健、小島洋々、二葉かほる
(88分・35mm・白黒)
【大日向村】
この頃の豊田は「奥村五百子」や「小島の春」など時事的なテーマの作品を続けて発表したが、これも長野県の寒村で貧困を強いられてきた農民が、満州に新天地を求めて移住する姿を記録映画的なスタイルで描いた一本。前進座の俳優が多数出演している。
(40東京発声映画製作所)(監督)豊田四郎(原作)和田傳(脚本)八木隆一郎(撮影)小原譲治(美術)園眞(音楽)中川栄三
(出演)河原崎長十郎、中村翫右衛門、杉村春子、伊藤智子、藤間房子、藤輪欣司、生方賢一郎、林幹、中村鶴蔵、坂東調右ヱ門、市川菊之助、市川笑太郎、助高屋助蔵、市川莚司、橘小三郎、瀬川菊之丞、原緋沙子
(84分・35mm・白黒)
【わが愛の記】
陸軍病院の看護婦であった女性が、前線での負傷のため下半身不随となった兵士と結婚したという「軍国美談」から生まれた作品。主演の山岸美代子は後に女優・岩下志麻の母親となった新劇女優、遠藤慎吾は後に演劇評論家となった俳優座の若手である。
(41東京発声映画製作所)(監督)豊田四郎(原作)山口さとの(脚本)八木保太郎(撮影)小倉金弥(美術)園眞(音楽)深井史郎
(出演)遠藤愼吾、山岸美代子、三桝万豊、林千歳、矢口陽子、小高たかし、三原純、横山運平、横田儔、林幹、石黒達也、杉村春子、志村アヤコ、末弘美子、関志保子
(99分・16mm・白黒)
【若き姿】
日本支配下の朝鮮を舞台に、日本の勝利を信じて厳しい軍事教練に励む中学生たちを描く。1942年に設立された国策会社、朝鮮映画の第1回作品で、女優文芸峯(ムン・イェボン)など現地の名優も出演したが、スタッフはほとんど内地から派遣された。冒頭が欠落している。
(43朝鮮映画)(監督)豊田四郎(脚本)八田尚之(撮影)三浦光雄(美術)五所福之助、高垣昇
(出演)丸山定夫、月形龍之介、高山徳右衛門、佐分利信、龍崎一郎、永田靖、東山千栄子、三谷幸子、黄澈、文芸峯、金玲、清川荘司、中村彰、森赫子
(81分・35mm・白黒・不完全)
【女の四季】
引揚者の女性画家(若山セツコ)が、恩師や知り合い、親戚の家を転々とする中で、戦後のすさんだ世相を思い知らされる。とりわけ、図々しい老女に扮した杉村春子の演技に圧倒させられる。豊田は本作で、後に不動の右腕となる脚本家・八住利雄と初めてコンビを組んだ。
(50東宝)(監督)豊田四郎(原作)丹羽文雄(脚本)八住利雄(撮影)木塚誠一(美術)久保一雄(音楽)飯田信夫
(出演)若山セツコ、杉村春子、池部良、東山千榮子、薄田研二、荒木道子、藤原釜足、赤木蘭子、渡辺篤、谷間小百合、小杉義男
(100分・35mm・白黒)
【せきれいの曲】
自分の作曲した旋律によって、音楽学校の学生(轟夕起子)と結ばれた作曲家(山村聡)。だが、離別の果てに不自由な身体まで背負った彼は、ラジオから流れてくる娘(有馬稲子)の歌声に乗ってそのメロディに再会する。この時有馬稲子はまだ宝塚に在籍中、映画界入りする前の17歳。
(51東宝)(監督)豊田四郎(脚本)水木洋子(撮影)三浦光雄(美術)北川恵笥(音楽)大木正夫
(出演)轟夕起子、有馬稲子、山村聰、立花満枝、斎藤達雄、御橋公、村上冬樹、南美江、本間文子、三條利喜江、左卜全、大山健二、石黒達也、有馬是馬
(100分・35mm・白黒)
【風ふたたび】
大学教授である父(三津田健)の旅行中の急病をきっかけとして、離婚した香菜江(原節子)に二人の男が好意を寄せるが…。前年に黒澤「白痴」、小津「麦秋」、成瀬「めし」という名作に立て続けに出演し、女優としてのピークを迎えた原節子の主演作である。
(52東宝)(監督)豊田四郎(原作)永井龍男(脚本)植草圭之助(撮影)会田吉男(美術)河東安英(音楽)清瀬保二
(出演)原節子、池部良、山村聰、浜田百合子、三津田健、杉村春子、龍岡晋、南美江、御橋公、菅原通済、十朱久雄、村上冬樹
(88分・35mm・白黒)
【春の囁き】
瀬戸内から上京してきたジャーナリスト志望の学生が、慣れない都会生活と新しい恋心の芽ばえに悩む。デビュー間もない岡田茉莉子が、主人公と行動をともにする才気煥発な新聞部員を演じる。東京映画目黒撮影所の第1回作品でもある。
(52東宝)(監督)豊田四郎(脚本)植草圭之助、古川良範、豊田四郎(撮影)三浦光雄(美術)安倍輝明(音楽)芥川也寸志
(出演)三國連太郎、岡田茉莉子、遠山幸子、青山京子、久保明、鈴木孝次、三津田健、中村是好、千石規子、荒木道子、浦邊粂子、二本柳寛
(93分・35mm・白黒)
【雁】
父を養うため高利貸の妾となった娘(高峰)は、いつも無縁坂を散歩する大学生(芥川比呂志)に秘かな想いを抱く。この坂は、伊藤熹朔の指示を受けた木村威夫が、大映東京撮影所の3つのスタジオを貫通させて作ったもので、豊田四郎と三浦光雄の妥協しない姿勢に感化されたと木村威夫は後にその著書で述懐している。
(53大映東京)(監督)豊田四郎(原作)森?外(脚本)成澤昌茂(撮影)三浦光雄(美術)伊藤熹朔(音楽)團伊玖磨
(出演)高峰秀子、芥川比呂志、宇野重吉、東野英治郎、飯田蝶子、田中榮三、浦邊粂子、小田切みき、三宅邦子、伊達正、山田禪二、町田博子
(104分・35mm・白黒)
【或る女】
有島武郎の名作を翻案、息子の森雅之が主演した格調ある作品。明治30年代を舞台に、自由奔放に生き、男からの自立を望みつつ、それでも男との間に深い情愛を求めてしまう痛ましい女を京マチ子が熱演した。アメリカ行きの船のセットも素晴らしい。
(54大映東京)(監督)豊田四郎(原作)有島武郎(脚本)八住利雄(撮影)峰重義(美術)木村威夫(音楽)團伊玖磨
(出演)京マチ子、森雅之、船越英二、芥川比呂志、若尾文子、沼田曜一、丸山修、信欣三、近衞敏明、高松英郎、浦邊粂子、夏川靜江、岡村文子、滝花久子、小田切みき、星ひかる
(134分・35mm・白黒)
【麦笛】
原作は室生犀星の自伝的短篇「性に眼覚める頃」。大正時代、詩作に励む二人の少年が一人の少女をめぐって恋心を抱く。原作の舞台は金沢だが、撮影は古い蔵屋敷や掘割の残っていた倉敷で行われた。久保と青山は、前年の「潮騒」で評判となった当時大人気の青春コンビ。
(55東宝)(監督)豊田四郎(原作)室生犀星(脚本)池田一朗、豊田四郎(撮影)三浦光雄(美術)河東安英(音楽)団伊玖磨
(出演)久保明、青山京子、太刀川洋一、越路吹雪、志村喬、中北千枝子、三好栄子、浪花千栄子、浜田百合子、藤原釜足、塩沢登代路、左卜全、三条利喜江、東静子
(103分・35mm・白黒)
【夫婦善哉】
俗にまみれた放蕩息子(森繁久弥)と、そんな男を捨てられぬ芸者上がりの女(淡島千景)の腐れ縁。上方情緒を濃密に匂わせながら、男女のあっけらかんとしたデカダンスを描いた日本映画屈指の名篇である。淡島千景は「途中で降りたかった」と漏らすほど大阪弁の訓練で苦労したという。
(55東宝)(監督)豊田四郎(原作)織田作之助(脚本)八住利雄(撮影)三浦光雄(美術)伊藤熹朔(音楽)團伊玖磨
(出演)森繁久彌、淡島千景、司葉子、浪花千栄子、山茶花究、小堀誠、田中春男、田村樂太、森川佳子、志賀廼家弁慶、萬代峰子、三好榮子、上田吉二郎、澤村宗之助、谷晃、若宮忠三郎、三條利喜江
(120分・35mm・白黒)
【白夫人の妖恋】
中国の民話「白蛇伝」をベースに、青年・許仙(池部良)と実は白蛇の精である白娘(山口淑子)が織りなす恋物語で、日本・香港の合作となった豊田初のカラー映画。洪水や妖術合戦のシーンでは、東宝のお家芸である円谷英二の特殊撮影(日本初のブルーバック合成を含む)も使われている。
(56ショウ・ブラザーズ=東宝)(監督)豊田四郎(原作)林房雄(脚本)八住利雄(撮影)三浦光雄(美術)三林亮太郎、園眞(音楽)團伊玖磨
(出演)池部良、山口淑子、八千草薫、德川夢声、上田吉二郎、清川虹子、田中春男、東野英治郎、小杉義男、谷晃、小泉澄子、宮田芳子、沢村いき雄、左卜全、河崎堅男、山田彰
(103分・35mm・カラー)
【猫と庄造と二人のをんな】
なまけ者の庄造(森繁久弥)が溺愛する猫を盗み出して、後妻(香川京子)の鼻をあかそうとする先妻(山田五十鈴)。「夫婦善哉」に続いてダメ男を演じた森繁がまたも絶品だが、試写を見た谷崎潤一郎は、君じゃなくて猫が良かった、と森繁に語ったと伝えられる。
(56東京映画)(監督)豊田四郎(原作)谷崎潤一郎(脚本)八住利雄(撮影)三浦光雄(美術)伊藤熹朔、園眞(音楽)芥川也寸志
(出演)森繁久彌、香川京子、山田五十鈴、浪花千栄子、萬代峰子、三好栄子、南悠子、芦乃家雁玉、林田十郎、田中春男、山茶花究、横山エンタツ、環三千世、春江ふかみ、都家かつ江、内海突破
(135分・16mm・白黒)
【雪国】
すでに文学作品の映画化で世評の高かった豊田が、川端康成の国民的名作に挑んだ作品。スマートで洗練された雰囲気を持つ岸恵子にあえて雪深い温泉場の芸者を演じさせ、そこから新しい駒子像を誕生させた演出家の力量に瞠目させられる。
(57東宝)(監督)豊田四郎(原作)川端康成(脚本)八住利雄(撮影)安本淳(美術)伊藤熹朔、園眞(音楽)団伊玖磨
(出演)池部良、岸惠子、八千草薫、久保明、森繁久彌、加東大介、田中春男、中村彰、浪花千榮子、多々良純、万代峯子、浦辺粂子、中田康子、東郷晴子、千石規子、三好榮子、谷晃、若宮忠三郎、市原悦子
(133分・35mm・白黒)
【夕凪】
アメリカ留学から帰ってきた涼子(若尾文子)は、冷淡な母親(淡島千景)と衝突しながら、自らの出生の秘密を知ろうとする。八住利雄のオリジナル脚本で、「太陽族」盛んなりし時代、ベテランの豊田・八住なりに若者たちの旧世代への反逆を描いている。
(57宝塚映画)(監督)豊田四郎(脚本)八住利雄(撮影)安本淳(美術)伊藤熹朔(音楽)芥川也寸志
(出演)淡島千景、若尾文子、志村喬、池部良、千石規子、河津清三郎、小沢栄太郎、中田康子、多々良純、浪花千栄子、市原悦子、万代峯子、谷口香、高見ありさ、杉狂児、堤康久、川内まり子、桂美保
(114分・35mm・カラー)
【負ケラレマセン勝ツマデハ】
納税を頑として拒んでいる自動車修理工場の社長(森繁久弥)が、家族と一丸になって、冷酷な税務署員(小林桂樹)に対抗する。税金問題を風刺的に描写した喜劇だが、坂口安吾が差し押さえ反対闘争をエッセイ風に記した原作とは大きな変化が見られる。
(58東京映画)(監督)豊田四郎(原作)坂口安吾(脚本)八住利雄(撮影)安本淳(美術)河東安英(音楽)芥川也寸志
(出演)森繁久彌、望月優子、野添ひとみ、淡島千景、三遊亭小金馬、伴淳三郎、乙羽信子、小林桂樹、有島一郎、内海突破、左卜全、一龍斎貞鳳
(106分・35mm・白黒)