IE9ピン留め
わが愛は山の彼方に
ここのところ「日本映画専門チャンネル」で、この豊田四郎監督作品「わが愛は山の彼方に」48が繰り返し放映されていることは知っていました。

成瀬監督作品「白い野獣」を見たばかりだったので、三浦光子という女優のもっと違ったタイプの作品を見られることを楽しみにしていて、「わが愛は山の彼方に」は是非とも見ておきたい1作でした。

そんなわけで気にかけてはいたものの、片方で、いずれフィルムセンターの「豊田四郎監督特集」でも見るチャンスがあるだろうという軽い思い込みがあって、格別チェックするということもなく遣り過ごしていたのでした。

ところが、つい最近何気なくフィルムセンターのプログラムを見返していてびっくりしました。

今回の豊田四郎監督特集として上映される42作品の中には、この「わが愛は山の彼方に」が含まれていないことがわかり、慌てて録画、かろうじて見ることができました。

ああ、よかった。

フィルムセンターの上映予定表では、1941年製作の「若き姿」から、一挙に1950年作品の「女の四季」に飛んでいます。

この時期、おそらく豊田監督の撮影本数が少ないということもあったかもしれませんが、「わが愛は山の彼方に」が省かれていたことには、不意をつかれた感じでちょっと意外でした。

しかしまあ、冷静に考えてみれば、50年代から60年代にかけての豊田四郎監督のピークにおける充実した作品群をひとつひとつ押さえていけば、当然「42作品」という枠からはみ出していく作品もあるわけで、それが40年代以前の幾つかの作品に跳ね返ってしまうのは、やはり致し方のないことかもしれませんね。

この作品「わが愛は山の彼方に」を見ようとした目的のひとつには、三浦光子という女優の演技がみたいという思いが念頭にあったのですが、その演技の凡庸さと、何の工夫もないきんきん声には少なからず落胆させられてしまいました。

それに引き換え、医師をひそかに慕う看護婦の役を演じた中北千枝子のひたむきな演技には衝撃をうけました。

彼女が、こんなにも艶っぽく生々しい「女」を演じ切った作品を、僕は他に見たことがありません。

理想に燃えた若い医師夫婦(池部良と三浦光子)が、東北の辺境の村の診療所に赴任してくるところからこの物語は始まります。

満足な医療施設がないことに加え、貧しさと迷妄に囚われている村民にとって「肺病=結核」と宣告されることは、村という共同体のなかの居場所を失うということを意味しています。

それは例えば、「わが青春に悔いなし」で、左翼思想のために検挙され獄死した息子の実家が、村中から八部にあって無視されるという厳しく描かれていた場面などよりも、はるかに貧しい農民にとってはリアルな問題だったろうと思います。

つまり「結核」の罹病を暴かれ公表されるという集団検診の方が、村民にとっては深刻な問題を孕んでいたということが、幾つかの痛ましい自殺のエピソードを描きこむことによってさり気なく、そして切実に示唆されていたと思います。

貧しい農民に近代医療の必要性を啓蒙し、自分が病気(結核)であることをこそこそと隠すよりも、堂々と結核に立ち向かい打ち勝つべきだという骨太のドラマの支柱に並び立つように描かれているのが、若き医師・池部良と看護婦・中北千枝子の官能的に描かれる清らかで狂おしい交情の場面です。

医師の妻が健康を害して里帰りしている独居に花を届けに来た看護婦は、医師のノートの片隅に走り書きした自分の名前を見つけてしまいます。

医師の彼女に対する熱い思いが、彼女の中のなにかとも確実に共鳴し、怯えるように彼の部屋から立ち去ろうとするときに彼に呼び止められ、躊躇しながら少しずつ彼の傍まで近づいていく場面です。

丹念に描かれているこの短い場面に、彼女が戸惑いながら、その抑制された感情が徐々に崩れ、もしいま求愛されたら抱かれてもいい、という熱い思いに徐々に満たされていく女の官能の高揚が細かい仕草のなかで悉く描き尽くされていました。

そして続く彼の妻の影に怯えながら、必死に彼への熱い思いを抑えつける小川の畔の美しい場面は、いままで見た女優・中北千枝子の最良の演技だと確信しました。

(48東宝)監督・豊田四郎、製作・田中友幸、脚本・山形雄策、撮影・三浦光雄、音楽・早坂文雄、美術・久保一雄、録音・長岡憲治、照明・田畑正一、原案・伊藤貞助

出演・池部良、三浦光子、志村喬、中北千枝子、河野秋武、小杉義男、河崎保、下条正巳、谷間小百合、三浦和子、岩田祐吉、中村栄三、鈴木左衛門、久松保夫、藤間房子、菅井一郎、久我美子
モノクロ、102分1948.05.25 10巻 2,772m 白黒
by sentence2307 | 2005-05-22 23:33 | 映画 | Trackback | Comments(0)
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