素朴な願望というか、ずっと僕の気持ちの中で果たされずに蟠っているひとつの思いがあります。
それは、いままで撮られたすべての「忠臣蔵」をリストアップしてみたいという願いです。
なぜそういう思いを抱いたかというと、ひとつには、いままであまりにも多くの「忠臣蔵」を漫然と見過ごしてきてしまったことへの悔恨みたいなものがあるからでしょうか。
しかし、漫然と見てきた映画なら、なにも「忠臣蔵」に限らず他にも幾らでもあるわけですし、見てすぐに忘れてしまったような映画だって絶望的なくらいの本数が上げられるはずです。
予備知識もなにもなく漫然と見始めても、それでもそれが優れた映画なら、強烈な印象を残さずにはおかないでしょうし、それを、見たことさえ忘れてしまうというのは、その作品が、本来的にインパクトに欠けた凡庸な作品だったからだと思います。
では、それがなぜこの「忠臣蔵」に限って、リストアップしたいと僕が思ったかというと、ひとつには「忠臣蔵」というジャンル(もはや、ひとつの「分野」ですよね)が一種特別なものとして日本映画史上に屹立した特別なものであるからかもしれません。
そして、もうひとつの大きな理由は、実は、かなり以前に御園京平の労作「映画忠臣蔵目録」という魅力的な資料との出会いがあったからでした。
いつもそうしているのですが、魅力的な資料に出会うと、まずは付箋をつけて後日まとめて複写をとっておくことにしています。
そして、それがある程度まとまれば、分類してインデックスをつけて保管棚に収納しています。
こんなふうに書くと、あたかも資料を駆使して日本映画史でも研究しているみたいな「できる人」のように思われてしまうかもしれませんが、実は、これも本を漫然と読み飛ばしていることの虚しさから少しでも逃れたいという足掻きみたいなものなので、複写して保管した書類を読み返すなどということは、本当は極めてマレなことなのです。
仕舞ったまま、活用どころか、そのこと自体を忘れてしまい、単なる紙屑として風化させてしまうというのが、いつものことなのです。
というわけでこの複写という行為も、漫然と映画を見ること(その反省から、映画の感想を書き始めました)や、漫然と読書することとなんら変わることのない一種の自己満足というか、言い訳みたいなものにすぎないことは、誰よりも自分がいちばんよく分かっているからこそ、御園京平の「映画忠臣蔵目録」を、従来の複写してそのまま「仕舞い殺し」にしてしまうことではなく、まず自分でパソコンに打ち込みながら、少しずつオリジナリティを加えていき、自分なりのものを作ってみたいというのが、僕の抱いた素朴な願望でした。
しかし、独自の調査どころか、「映画忠臣蔵目録」の入力自体が満足に進んでいってないのが実は現実です。
至宝のようなこの膨大な資料を自分の血肉化して余すところなく吸収するためには、まずは全文の忠実な入力行為は欠かせません。
これから毎日少しずつでも努力して打ち込んでいこうと思っています。