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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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ゴッド・ファーザー

幾つかのお得意さん廻りを午前中でいっきに済まして、午後は、滞っている書類を片付けてしまおうなどと自分なりに計画をたてて、マイペースでせっせと仕事に没頭していると、同じ会社内にいながら、ずっと顔を合わせないままでいるなんて人が結構います。

そんな時たまたまトイレなんかで隣り合わせになって、「やあ、お久しぶり。どうしてる?」なんて挨拶を交すのですが、実は同じフロアーのごく近くの背中合わせみたいな場所で仕事をしていながら、忙しさにかまけて互いの存在に気が付かないだけなんてことが結構あるみたいで、最近は「やあ、お久しぶり。どうしてる?」という言葉を少し気をつけて使うようにしています。

相手はしっかりピンピンしているのに、自分がその存在に気が付かなかっただけのことで、それをいかにも堂々と訝しげに「元気にしてる?」なんて聞くのは、考えてみれば自己中もいいとこで、これってかなり失礼な言い方=行為なのではないか、なかには「長い間、顔を見かけなかったけど、病気でもしてたの?」みたいに捉える人がいたら、相手の存在を無視したような不快な思いを与えてしまうのではないかと気が付いたからでした。

そんなふうに思っていた矢先、秋の終わりの頃、同期でいまは違う課に配属されている渡辺さん(仮名です)と昼休みにトイレで隣り合わせになって、その「お久しぶり」を言ってしまい、冷や汗をかきました。

でも、渡辺さんは、本当に1週間、ギックリ腰で欠勤していたのだそうです。

なるほど、よく見れば、かばうように少し腰をかがめ気味にして慎重に歩いています。

「少しは良くなりました。この姿勢でいると幾らか楽で、どうにか歩けるんですよ」などと言いながら。

朝の電車では実に大変だったそうです、ほかの乗客はみんな寒そうに青い顔をして震えているのに、自分ひとりだけ腰の激痛のために冷や汗がとまらない「汗だく」状態で、ワイシャツの襟なんかぐっしょりと濡れてしまって、周りの人は気味悪気に少し身を避けるようにして、恐る恐る自分の方を目の端で窺っている感じだったそうです。

腰痛なので坐らせて欲しいと言えばよかったのですが、言い出せないまま立ちっぱなしで会社まで激痛に堪えてきたそうです。

格好は悪くとも腰を「へっぴり腰」風に突き出しているととても楽なので、ずっとその姿勢で吊り革にぶら下がってきたということです、まあなんですな、これで足がエックス脚になっているかいないかが、腰痛とゲリピーの「見極めどころ」なんでしょうな、なんて軽口がきけるくらいですから、まあ深刻な状態はどうにか脱しているのでしょうね。

「どうです、お茶でも・・・」ということで、昼休みにそのギックリ腰のいきさつを聞くことになりました。

渡辺さんのところは、奥さんと小学生の男の子(4年生くらいです)の三人家族というとてもシンプルな家庭です。

一人息子ということもあって渡辺さんは、とてもその息子さんを大切に育てていることが傍目にもよく分かります。

「子供が父親を必要としている限り、子供の手助けをしてあげるけど、必要とされなくなったら潔く静かに身を引く」なんて、滝の白糸みたいなことを日常会話の中で平気で言うほどの子煩悩ですので、近い将来、いずれ子離れをしなくてはいけないパパさんの方が、むしろ気掛かりですが、とにかく、奥さんもとても大事にしている理想的なお父さんです。

季節は、ちょうど少し冷え始めるようになった秋の終わりのことでした。

朝、奥さんと息子さんの言い争っている声で渡辺さんは目が覚めました。

親子喧嘩などいまだかつてしたことのないという穏やかな家族、のはずです。

「どうしたの」と訊くと、奥さんが「夜、この子が私の布団を無断で剥いでいった。あやうく風邪をひくところだったじゃないの」と怒っています。

息子「だってとっても寒かったんだもの」、

奥さん「寒かったからって、あんたね、ひとの布団を黙って持っていくなんて法はないでしょう、ひどいじゃないのよ」

だんだん話が見えてきました、この家には、必要な枚数の布団が家族に行き渡っていないらしいのです。

「買ってくればいいだろ」

「だって忙しくて行く暇ない」

「じゃあ、オレが会社帰りに、近くのスーパーに寄って頼んでくる」ということになりました。

渡辺さんは会社帰りの夕方、某スーパーの寝具売り場に布団を買いにいきました。

とにかく掛け布団が1枚ありさえすればいいのです。

ところが売り場に行って驚きました。

セールでもないのに、予定していた予算をはるかに下回る安さなのです。

布団てこんなに安いのか、と驚いたというのです。

それほど上等な物でなければ、用意してきた予算内で「掛け敷き布団」がセットで買えてしまいます。

これなら買わない手はない、と渡辺さんは嬉しくなってきました。

店員さんを呼んで、配送してもらうための住所を注文書に書き込みながら、不図、そこに記されている「配送料」が意外に高額なのに気が付きました。

この配送料を加えたらこの布団を安く買う意味がなくなる、と思ってしまうほどの額なので、住所を書く渡辺さんの手が一瞬止まりました。

「自分で持って帰れば、配送料は払わずに済む」という考えが頭の中を瞬時に満たしました。

性分もあるのでしょうが、そう考えてしまった以上、そうするしかありません。収まるべくして収まる処に収まった当然の思考経路だったと思います。

「持ち帰ります」

「お車でございますか」

「ええ、まあ」などと受け答えながら、手で持てるように店員さんに取っ手をつけてもらった大仰な等身大の包装を抱え持ってみて、これが意外に重いのにちょっと不吉な予感を感じながらも、普通に歩けば10分足らずの道を歩き始めました。

思えば、そこからすぐに引返して店員さんに改めて配送を頼めば、あの大変なギックリ腰などにならずに済んだのですが、あの場面で引き返す決断をすることは、素人にはなかなか難しいのは、僕にも実感としてよく分かります。

ナビのない頃、旅行先などで車を運転していて道に迷ったことに気がつきながらも、戻るに戻れず、ずんずん走ってしまって傷を大きくしてしまうことは、結構普通の心理なのだと聞いたことがあります。

足の甲に乗せるようにして、散々な思いで家まで重たい布団を運んだ渡辺さんは、結局そのために腰をやってしまい、それから1週間、自分の買ってきたその布団で寝込んでしまったそうです。

同情しながらも、失礼とは知りながら、つい笑ってしまいました。

1枚の予算で2枚買えてしまう誘惑にあがらえないまま、渡辺さんは不必要な「もう1枚」を選び、その不必要な1枚分の利益を守るために配送料を拒否せざるを得なくなり、もしそれが掛け布団だけだったなら持ち帰ることが十分できたはずの重さだったのに、格段に重さが違う敷き布団をも持ち帰ったために渡辺さんは、ギックリ腰になってしまいました。

でも、どうしてこの話のタイトルが「ゴッド・ファーザー」なのか、直感で名づけたとはいえ、その理由が自分でもよく分からないのです。

しかし、家族を守るために銃弾に倒れ死んでいくマーロン・ブランドのあの感じが、今回の渡辺さんに似ているとは我ながらどうしても思えません。

自分が買ってきた布団のためにギックリ腰になってしまい、その布団にへたり込む因果応報というか、情けない感じは、マーロン・ブランドのイメージからははるかに隔たったものですし、正直言って。

むしろ、欲に目の眩んだ因果応報話の「花咲かじいさん」とか「舌切り雀」の方がふさわしいような気がしないでもありませんが、それではあまりにも渡辺さんが可哀相すぎます。

僕としては、この話を根底で支えている家族を思う渡辺さんの誠実さに着目して、ここはまず名優マーロン・ブランドの雄々しい最後のイメージが相応しいはずと勝手に考え、「ゴッド・ファーザー」というタイトルを選択した次第であります。
Commented by おっぱいで射精 at 2011-09-25 17:09 x
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by sentence2307 | 2005-12-17 18:44 | フランシス・F・コッポラ | Comments(1)