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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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溝口健二伝説

仕事の鬼・溝口健二には、役者いびりとか、スタッフ泣かせの唖然とするようなエピソードが幾らでもあります。

口癖は「貰っているギャラだけの芝居はしてください」だったそうですが、もともと手取り足取りの懇切丁寧な演技指導など全然せずに、ダメを出し続けて、役者をぎりぎりまで追い詰めていくタイプの監督だったので、テストを延々と繰り返して役者を錯乱ギリギリまで追い詰めていくという話が、たしか新藤兼人の「あの映画監督の生涯・溝口健二の記録」にもありました。

役者は、いろいろな工夫をしながら演技していくうちに、ダメを出され続けて頭に血が上り、訳が分からなくなって、思いあまったすえに、監督に「どうしたらいいのでしょうか。」などと聞こうものなら、「キミは役者でしょ。自分で考えなさい。」と、もっとひどい言葉で剣突を喰らわせられるのがオチだったそうです。

ついには、スリッパで頭を叩かれた上に、「こんなセリフひとつ喋れないようでは、頭にきています。脳梅毒です。医者に行って診てもらいなさい。」などと壮絶なことを言われた役者もいたそうですよ。

1949年の松竹京都作品「わが恋は燃えぬ」の菅井一郎に発せられた言葉だとある本に書いてありました。

凄まじいでしょう?

さすがに、スリッパで叩かれたという人は、そうはいなかったでしょうが、いびられた役者なら菅井一郎ばかりではなく、随分いたと思います。

まずは、「雨月物語」の森雅之、「死相が表われる役なのですから、メシを食わずに痩せてください。」と宣告されたそうです。

つづいて「山椒大夫」の田中絹代、立ち回り中に後頭部を打って気絶しているところを、「頭のひとつくらいなんですかっ!」とドヤされました。

「残菊物語」の当時未婚の新進スター北見礼子には、子供を抱く演技が気に入られず、「だいたいキミは、子供を産んだことがないからダメなんですっ!」とどやされて、「残菊物語」から下されてしまったということです。

そして、唖然として、なんとも言葉を失うような逸話が、「雨月物語」の水戸光子、輪姦されるシーンでダメを出し続けられた挙句に浴びせられた言葉というのが、「どうも感じがでませんねえ。キミは、いったい輪姦された経験がないんですかっ!」と、輪姦された経験のないことを監督から責められてしまいました。

やれやれ、なんともはや、ですが、しかし、ここまでくると、なんか微笑ましいような感じもしませんか?

引き続いて、スタッフ泣かせのエピソードを幾つか。

「浪華悲歌」撮影中の徹夜明けに、いっせいに鳴き始めた撮影所前の養鶏場の鶏の声に業を煮やし、「ぜんぶ買ってツブしなさい」と叫んだ話。

「西鶴一代女」のロケーション先、春のシーン用にあたりの雪消しを命ぜられたスタッフがようやく消し終わってホッとしていると、「まだ、あそこに見えます」と遥か比叡山の白い山並みを指差した話とか、同じ「西鶴一代女」で、スタッフが必死になって作った街道筋の家並みを見るなり「下手を一間だしなさい。」ということで、徹夜で直したところ、翌朝「上手を一間下げなさい。」(何のことはない、元通り)と言って、スタッフ一同が大いに憤慨してヘコんだというオープンセット事件として知られる話。

「夜の女たち」のシナリオ・ハンティングでパンパン嬢の収容先を訪れたときのこと、「皆さんがこうなったのも男の責任です」というのが高じて、ついには「ボクの責任です」と言って泣き出した話。

ヴェニス旅行の帰路立ち寄ったルーブル美術館のゴッホの絵の前で、いきなり「一人前の芸術家になるには、気が狂わなければダメです。」と荒い息を吐き出して言ったとかいう話。

急ぎのシナリオを注文しておきながら、採用しないことに抗議に来た旧友の作家川口松太郎に対し、「なにもボクは、キミを世界的文豪とは思っていませんからね。」と言いのけてクサらせた話。

どこまでが本気で、どこからが冗談なのか、あるいは、すべてが本気で言ったことなのか、興味が尽きません。

ただの凡庸な監督なら、どんな奇行にふけろうが、また蛮行に走ろうが、それがいったいどうした、というだけで、別に気にも留められなかったかもしれません。

多かれ少なかれ、人それぞれの個性や癖から、そういうことは誰にでもありがちなことだとは思います。

そこはそれ、世界の巨匠・溝口とあってみれば、奇行蛮行のひとつひとつが、かえって一層の「勲章」になってしまうのは、また当然のことなのかもしれません。

しかし、それらの逸話のすべてが、天才のみに許された「奇人の奇行」だったわけではなかったみたいで、それぞれのエピソードには、ひとつひとつ、それなりの裏と理由とがあったようなのです。

例えば、「山椒大夫」の高名な場面、「厨子王~!」と冬の荒海に向かって叫ぶだけのシーンで、田中絹代は、なんと420回のNGを出し、やり直しをさせられたことは有名ですが、しかし、そこには、監督がそうせずにはおられなかったようなウラがあったというのが、事実として今では広く知られています。

実は、クランクアップを間近にしてホッと気をゆるめた田中絹代が、溝口監督の「減食令」を破って、昼食にこっそりビフテキを食べたために声が活き活きして艶が出てしまい、それを溝口監督が聞き逃さなかったためというのが、どうもその真相のようです。

一作中三度はゴネると言われる溝口健二ですが、そこには、聞けば納得できるだけのそれなりの理由があったのかもしれないな、とこのエピソードを読みながら感じました。

「スタッフ泣かせ」とは、撮影中の「ゆるみ」を極度に嫌った溝口のスタッフや役者に対する鼓舞と叱咤のひとつの姿勢だったのかもしれませんね。

一種の有名税みたいなものなので仕方のないことなのでしょうが、やはり言われっぱなしでは、なんか可哀想ですから、逆に、溝口自身が他の監督のことをどう思っていたか、という記事を探し出しました。

まずは、ジョン・フォードについてですが、「男騒ぎのうまい人」と言っています。

なんか雰囲気的にはよく分かりますが、しかし、この意見には、全面的には、ちょっと承服できかねる部分もあります。

というのは、男たちばかりでなく、フォード作品に登場する気性の強い女性たちが、これがまた物凄くいいのです。

なよなよした女性など、ひとりとして登場したことがありません。

男と互角に渡り合い、殴りかかり、殴り返されれば、更に喰らいついていくような気性の激しい女たちです。

フォードは、きっと、ジョン・ウェインのような気性を、そのまま女性に置き換えた人間像を描きたかったのかもしれませんね。

そして、そういう女性を、男は、まるで荒馬を押さえ込むかのような無骨なやり方で愛を告げるという場面を、僕たちはフォード作品の中で数多く見てきました。

モーリン・オハラは、その典型的な女性像だと思いますし、また、「怒りの葡萄」のジェーン・ダーウェルも、そういう女性たちのひとりのタイプと見ていいですよね。

話しが横道に反れてしまいましたが、溝口が挙げているもうひとりの監督はウイリアム・ワイラーです。

彼については、「ソロバンを持って監督しているような人」と言っています。

あの、なにを撮っても格調高い仕上がりをみせるワイラーの器用さが、溝口のような、生涯多くの矛盾欠陥を抱えながら血みどろになって映画と格闘した「叩き上げの天才」には許せないくらいに妬ましかったのでしょうか。

ワイラーのような洗練された才人に対して、おのずと評価が厳しくなったのも、なにかうなづけるような気がします。

宮川一夫の逝去を報じた記事を読んだとき、本当に何かが決定的に終ってしまったんだと感じました。

「無法松の一生」や「手をつなぐ子等」の稲垣浩との仕事や、黒澤明の「羅生門」の世界の先端をいくような実験的な手法を駆使した仕事、そして市川崑や篠田正浩との仕事とともに、何よりも忘れられないのは、やはり溝口健二と組んだ数々の仕事だと思います。

溝口健二のピークの時期をカメラマンとしてカヴァーしたのは、宮川一夫でした。

フィルモグラフィーを照合すると、かかわった溝口作品は「お遊さま」、「雨月物語」、「祇園囃子」、「噂の女」、「山椒大夫」、「近松物語」、「新・平家物語」、「赤線地帯」など溝口健二晩年の重要な作品ばかりです。

その宮川一夫が溝口健二の死後のインタビューの記事が「溝口健二集成」に掲載されていました。

職責として、カメラマンは監督に、画面構成や、前のシーンとのつながりを説明しなければなりません。

例えば、「溝口さん、前のシーンはこういうふうに終っているのですけど、このシーンの頭は、このままの気持ちでつながった方がいいか、それとも、スパッと切り換えてやったほうがいいですか」という具合です。

カメラマンとして、流れっぱなしのままがいいのか、止めてしまうかの判断がつかないから、訊くわけですが、だいたいは「君が決めたまえ」と言われたそうです。

以下は宮川氏の言です。

「溝口さんは、こう撮らねばならないということはなかったのでしょう。だから、絵コンテはおろか、カット割りさえなかった。初めからそのシーンを一カットで芝居をしてしまう。カットを割ると芝居が壊れてしまうということが溝さんのどこかにある。・・・動きで分かるものは寄らなくてよろしい、ということが基本にあり、芝居が的確であれば大きく撮るということも必要ないということなのです。溝口組には特定のスタッフがいて、彼らに溝さんは、雰囲気を大事にして下さい、お芝居は的確にやって下さい、とそれだけを言っていました。」

「残菊物語」での花柳章太郎の「熱演」に、溝口健二がミズをさしたという有名な話があります。

お徳が死ぬ場面で、花柳章太郎が自分でも最高だと思う演技をやり終えた時のこと。

「カット」がかかったとたん、ガタンと小道具が崩れ、それで撮り直しということになりました。

すべてを出し尽くした花柳章太郎が「もうできねえよ、帰りますよ。」というと、溝口監督は「いや、もう一度、もう一遍」と言い張ります。

「でもね、あのガタンて音、入ってないよ。大丈夫だよ。聞いてみりゃ、わかるじゃねえか。」

「聞くまでもありません。入ってますよ。」

「なんだなあ」というわけで、結局もう一度やらされました。

実は、花柳章太郎が熱演しすぎて、芝居がミエミエだった。

溝口監督にとっては、「やるぞ!」というその気合が気に入らなかったんだと思います。

だから、ずーっとやらせておいて、カットをかける前に、近くにある小道具を溝口監督自身が足で蹴ったというのが真実だそうです。

そうでもしなきゃ花柳章太郎、その役にすっかり入っちゃって、そういう仕方で中断でもしなけりゃ納まらないってやつだったのでしょう。

そして、もう一度撮り直したわけですが、そのほうがやっぱりずっとよかったそうです。

溝口監督の口癖です。「はい、分かりました。じゃ、本番いきます。感情の出し過ぎです。いっぱいに出したやつを九分がた引いて下さい。何もしなくていいんです。はい、本番。」

役者は、サッと血が引いて自然体になる。

感情を極限まで高めておいてから落とす溝口健二独特の演出法だったそうです。

考えてみれば、モンタージュ理論から背をむけたような(当時にあっても溝口健二の方法は、保守的で古臭いと見られていました)溝口の諸作品が、フランスの若きヌーヴェルヴァーグの理論家たちに賞賛されたということは、なんとも不思議で皮肉な気がします。

当時にあって、最も力のあった方法論といえば、なんといってもソヴィエト映画風のモンタージュ理論だったわけですし、また、僕たちが教科書で習ったあの、メリエスでモンタージュが開始され、ポーターがフラッシュバックを発明し、グリフィスによってクローズアップの洗練された形を受け継いだソヴィエト映画の観念的モンタージュ理論が、それに続くドキュメンタリー映画とアヴァンギャルド作品によって映像モンタージュの完成をみたという「常識」からすると、それをこともなげに「モンタージュなんて、ただのお遊びで、コントラプンクトなんて、とんでもない錯覚だ」とばかり、かたくなに「反時代的な」、映画史の流れを真っ向から否定してしまうような自分のやり方に固執し、押し通した極東の黄色い肌をした東洋人の監督溝口健二の方法論が、世界の映画理論をひっくり返してしまうような契機となる刺激的な作品を残したということに、ただ驚かされるばかりです。

たとえ、そこにいささかの誤解があったとしても。

日本人の眼から見ると、ゴダールの作品のどこが、溝口の作品と共通するのか、どうしても首をひねってしまいます。

共通しているらしいものといえば、まあ、ニセモノは許さないとかリアリズムの執念とか、そして「よく解釈すれば」の話ですが、ショットを細かくわらない凝視的・ドキュメンタリー風な視点でもってウソのない生の現実をそのまま活写しようとした、というあたりでしょうか。

しかし、溝口健二が目指したものは、ショットをこまかく割ると、役者の芝居がバラバラになってしまい、ますます薄っぺらになマネゴトに終ってしまう、ひとつのシーンは、ひとつのショットで、延々と役者をカメラが追い回し、鍛えに鍛えたリアルな芝居を、寸分のゆるみも、そして飛躍もなく捉えていくという手法こそ最上であるとし、そこには、なにもかも完成度の高い作り物を目指していた以上、ヌーヴェルヴァーグの世代が理想としていたものとは、些かの齟齬(勘違い)を生じてしまうのではないかと、つい思ったりしてしまいます。

「羅生門」に衝撃を受けたベルイマンが、「処女の泉」を撮るときに、「よし、クロサワでいこう」と言ったというエピソードを、繰り返し幾つかの解説書で読んできた記憶があります。

それを受けた一文が、「溝口健二集成」内の、岡田晋「アストリュックと溝口健二」に出てきます。

《ベルイマンの「処女の泉」を見たとき、彼が直接影響を受けたという黒澤明以上に、溝口作品の独特のクリマを連想した。
年若い処女を輪姦し、叩き殺す残酷さ。
森の中にころがされた彼女の死体に、雪が花びらのごとく降りそそぐ。
娘の仇を討とうとする父親が、憎しみにみちた静けさで、一本の白樺を押し倒す。
その美しいスタイルが内部に秘めた、人間の殺意。
僕たちを戦慄させる幾つかのショットは、確かに溝口作品の特質であった。
ベルイマンと溝口の近親性はいま世界の新しい映画に、大きな啓示を与えている。
フランスの批評家エリック・ロメールが、「雨月物語」紹介の冒頭に書いた言葉(映画史上、最も美しい映画)は、空虚なお世辞や外交辞令ではないようだ。
彼らは、真実、溝口健二を最高の映画人―最も純粋な演出家だと思っている。》

文章の調子の高さに魅かれて、つい引用してしまいました。

この一文は、ヌーヴェルヴァーグの先駆的な作家アレクサンドル・アストリュックが、自らの演出論を模索するにあたって溝口健二の演出法の精神に求めた「演出とはなにか?」の紹介にあたっての前振りの部分に記されています。
Commented by fhdmkr at 2011-03-16 06:26 x
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