まだ人気のない明け方の道を、同じひとつの方向に向かって追い立てられるように走る日雇い労務者たちの、殺気立ったシルエットの疾走を望遠で撮らえるところから、この映画は始まりました。
やがてそれが、その日限りの仕事を得るために、夥しい労務者たちが粗末な職業斡旋所に血相変えて殺到し、僅かな仕事を奪い合う場面に繋がっていくことがすぐに分かります。
一点に向かって蝟集するこの冒頭の迫力に満ちた労務者たちの異様な「熱気」の正体が、一日でも働かなければ食えないという切羽詰った思いに追い立てられたぎりぎりの人間たちの途方もなく無残な活力であることを、この映画は徹底的に僕たちに見せ付けてくれます。
失業者・毛利修三は、その日の日雇い仕事にあぶれ、落胆しながら、目ぼしい落し物がないかと街中をさまよい歩き、どぶ川を浚い、そしてなんの収穫もないまま帰宅すると、彼を待っていたのは、既に人手に渡り取り壊しの決まった家からの追い立ての催促です。
家を失うことが、貧しい者にとってどれほどの痛手か、ここからこの映画は、ひとりの失業者の、そしてその家族の痛ましい破綻を静かに語り始めます。
失業者・毛利修三は、家族が再び一緒に暮らせるだけの金を稼ぐまで、妻の実家に家族をかえして、自分は木賃宿に寝泊まりしながら仕事を探します。
そして、ようやく町工場の旋盤工のクチを見つけながらも、しかし就職できない顛末を、今井正監督は、さりげなく語っています。
日雇い労働者がなぜ安定した職業につけないのか、いささかの蓄えもないその日暮しの日雇い労働者にとって、給料がでるまでの一月のあいだを、どのようにして食いつないでいけばいいのか、万策尽きた毛利は仕方なく工場主に給料の前借を申し出ますが、その申し出の断わりが、同時に解雇の言い渡しでもありました。
小奇麗に身だしなみを整えるなど職に就くために必要な余裕のある金など、そもそも最初から持ち合わせてないその日暮らしの人間にとって、みすぼらしい自分自身こそが就職するための「障碍」になってしまっているのです。
結局毛利は、日銭の入る日雇い仕事を選択するしかなく、安定した給料が保証されている月給取りになど到底なれない自分を悟ります。
この地獄のような悪循環が彼らを見舞い続けます、この映画はそのほんの一巡りの地獄絵を僕たちに垣間見せてくれたのだと思います。
そして途方にくれた毛利は、日雇い仲間の花村のすすめで鉛管の切り取りに手を貸し、その盗みの現場を見咎められて追いかけられます。
ようやく逃げ帰った木賃宿で、待っていた警官から、田舎にやっていたはずの家族が、東京へ帰ってくるために無賃乗車で捕まり、留置されていることを知らされます。
働く機会のすべてを奪われ、もはや八方塞りになった毛利にとって、やっと一緒になった家族に自分ができることといえば、盗みで手に入れた不浄な金で家族を養うしかなく、自分たち家族が、もはやそういう薄汚い金によってしか生きていくことしか出来ないのだという惨めさに堪えることができません。
絶望のどん底で、毛利は、その不浄の金を使い切ったうえで一家で死んでしまおうと妻に言い出します。
このシーンは、この緊迫した作品の中の白眉ともいえる優れた場面です。
(テープを幾度も巻き戻して台詞を必死で書き留めました。)
「おい、ミカンだよ。なんだ、もう寝たのか。よし、布団敷いてやろう。」
「あんた、こんなことして、どうしようっていうの? そんなお金があるなら渡して。」
「金なんか、みんな遣ってしまうんだ。」
「そんなことして、明日っからどうするのさ。」
「どうにもならねえんだよ。もう、やっていけねえんだよ。おらあもう腹を決めたんだ。」
「死ぬんだね。そうなんだね。だれが、だれがそんなこと。いやだ、いやだ、いやだ。そんなこと、させるもんか。」
「静かにしろよ、おい。聞こえるよ。のたれ死にだよ。親子4人して乞食にでもなるしかないんだよ。」
「アカ拾いでもゴミ拾いでも何でもやる。」
「散々やったじゃねえか。幾らやっても、この様だ。」
「違う違う、私どんなことでもやってみる。」
「お前、この金も泥棒した金なんだぜ。子供をこれ以上惨めにしたくねえんだよ。お前だってそうだろう。分かってくれ、分かってくれよ、分かったか、分かってくれたね。」
納得できないながらも、妻は顔を伏せたまま、それ以上夫の「一家で死のう」という意思の固さの前に何も言い返すことができません。
この映画の解説書が存在していたら、このラストのクライマックスを、きっとこんなふうに書いているのかもしれません。
「翌日一家心中を決意して遊園地で子供を遊ばせていたとき、池で溺れかけた長男雄一を咄嗟に毛利が救ったことによって、子供の生命の尊さを悟り、その翌日から再び毛利の姿が職安の窓口に見られるようになった。」
今井正がこの「どっこい生きてる」を作るにあたって、触発されたといわれるイタリア・ネオリアリズム映画の傑作「自転車泥棒」をどの程度までなぞろうとしたか、僕には大変興味があります。
きっとそこには、日本とイタリアの国情や国民性の違いを超えた映画そのものの考え方の違いが示唆されているかもしれませんよね。
「自転車泥棒」のラストは、それがなければ仕事に就けない大切な自転車を盗まれてしまい、街中を必死に駆けずり回った挙句ついに見つけ出せなかった絶望のどん底で、思い余って他人の自転車を盗むことを決意し、そして失敗し、大勢の人々から罵られ小突き回されながら、まさに警察に突き出されようとしている父親へ、子供は泣きながら縋り付いて、いわば父親のために「命乞い」をすることで同情をかい、かろうじて盗みの罪を許してもらうという痛切なラストです。
おそらくこの作品の卓越しているところは、父親が、子どもに自分のした「盗み」と、その屈辱的な成り行きのすべてを見られてしまったという惨めさに加え、子供にとっても、父親のために泣きながら(あるいは、「泣く振りをしながら」)自分たち親子の惨めさを人々に訴えて「同情」と許しを乞うという行為によって、子供心に父親と同じような屈辱の記憶を生涯の傷として持つことで、父と子が固い絆を共有したからでしょうか。
父と子がかわす絆の正体が、普通なら「尊敬」と「情愛」だとするなら、この「自転車泥棒」の父子が共有するであろう絆は、他人には決して語れないような、ただ痛ましいばかりの「共感」だったはずです。
では、「どっこい生きてる」の場合はどうでしょうか。
毛利は、家族みんなを道連れに殺して、自分も死のうと決意します。
貧しい暮らしを続ける彼は、「子供をこれ以上惨めにしたくねえんだよ」と思いつめながら、子供には死ぬこと(殺すこと)を伝えようとはしません。
きっと子供の不意を突いて殺してしまい、そしてその後で自分も死ぬ積りでいます。
子供は何も知らされないまま、殺されようとしているのです。
しかし、その思惑は、はからずも子供が溺れ掛けるという不慮の事故によって、死の瀬戸際にいる子供に「息子よ、生きてくれ」と願う気持ちを毛利に起こさせ、死の意思はついえさり、毛利を生きていく方向へと導くことになりました。
しかし、助かったとはいえ、たまたま手に入れたこの「生」は、殺されかけたことを何も知らされていない子供たちとって、依然として不安定なものであることには変わりありません。
父・毛利が、精神の均衡を崩して再び一家で死のう(殺そう)と「決意」するかもしれない危険な要因は、一切取り除かれないままで、父親は厳しい競争社会に出て行こうとしています。
そこは、一度は死を決意したほどの挫折を味わった厳しい社会です。
思えば「自転車泥棒」における父子の濃密な関係と比べたとき、日本のこの父子のあまりの希薄さには、少なからず戦慄めいたものを感じてしまいました。
これは、とてつもなく大きな違いだと思わずにはいられませんでした。
(51前進座・新星映画社)製作・松本酉三、宮川雅青、監督脚本・今井正、脚本・平田兼三、岩佐氏寿、撮影・宮島義勇、中尾駿一郎、植松永吉、美術・久保一雄、音楽:大木正夫
出演者・河原崎長十郎、中村翫右衛門、河原崎しづ江、岸旗江、飯田蝶子、木村功、河原崎労作、町田よし子、市川笑太郎、今村いづみ、寺田勝之、寺田健、中村梅之助、中村公三郎、坂東秀弥、瀬川菊之丞、川路夏子、河原崎国太郎
1951.07.04 10巻 2,805m 103分白黒4:3スタンダード
キネマ旬報ベストテン5位・ブルーリボン賞4位・NHK映画賞8位