世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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溝口健二の嫉妬

新藤兼人監督が書いた溝口健二に関する著書を読んでいると、溝口健二にとって田中絹代との関係を明らかにすることが、いかに大きな部分を占めていたか、つくづく実感されます。

そもそも「ある映画監督の生涯」や「小説・田中絹代」など、あのような大きな仕事を為し得た原動力になったものが、この不世出の天才監督と名女優との恋愛関係の存否を極めようとする一点にあったのではないかと思われるくらいです。

しかし、その繋がりを、単に「恋愛」の存否だけに拘っていると、この二人の関係の実態はなかなか掴め切れないかもしれません。

「ある映画監督の生涯」や「小説・田中絹代」などで新藤兼人が執拗に試みている関係者へのインタビューによって次第に明らかになってくるふたりの人間性の間には、色だの恋だのという浮ついたものとは程遠い強烈な自我を張り合う「確執」だけが明確に浮き出してくるだけで、恋愛関係に不可欠とされる感情-情愛とか譲歩とか敬愛とかのような種類のものが何一つ存在しないことでも分かるような気がします。

二人の間に浮かび上がってくる最も明らかな感情は、同じ時代・同じ次元で覇を競って譲り合おうとしない芸術家同士が抱くであろう、おそらくあからさまな「嫉妬」です。

しかし、僕には長い間、素朴な疑問がありました。

なぜ、このような二人の関係を知ることが斯くも重要なことなのか、いや、そもそも新藤監督のあの情熱の意味するところが僕にはよく分からないというのが本当のところでした。

「受け狙い」で、有名人のゴシップを興味本位に追いかけるにしては、あまりにも時間が経ちすぎています。

それとも常人には想像もつかないストイックな天才の恋を知ることが、ミゾグチ・ワールドを解析することの何かに役立つとでもいうのでしょうか。

きっとそれは、溝口健二という天才監督のもとで血の出るような苦しみのなかで仕事をし、その暗中模索・五里霧中のなかから魔術のように・奇跡のように次々と素晴らしい作品を生み出していく至福の瞬間を同じ現場で目の当たりにした者だけにしか分からないものかもしれません。

しかし、溝口健二と田中絹代との関係を探求するということは、つまりは、この二人の関係の「破綻」を探り出すということでもあるわけですから、その「破綻」がどのようにしてもたらされたかということが重要になってくるのではないかと思いはじめました。

多分その「破綻」は、田中絹代が初めて監督業に手を染めようとした時の溝口健二のあの有名なコメント「絹代のアタマでは、監督はできません」のひとことによってもたらされたのだと思います。

新藤兼人は書いています。

「『絹代のアタマでは、監督はできません』と、溝口健二が言ったと聞いて、絹代は真っ青になってふるえた。
言い方があるだろう。
絹代のアタマでとはなんだ。」

この溝口健二の辛らつで屈辱的な一言に即座に反応した激昂のリアクションには、恋愛関係にあるかもしれない男と女の特殊で微妙な感情など、些かも窺うことはできません。

ここには、同じ分野で成功を対等の立場で競い合っているライバルからの侮辱に対して、敏感に反応するナーバスでぴりぴりとした苛立ちがあるだけです。

このことがあって以来、このふたり溝口健二と田中絹代は、文字通り溝口健二が死の床に横たわるまでずっと逢うことがなかったといわれています。

溝口健二が京都府立病院で死を数日後に迎えようとしている時になされた再会は、ふたつの才能がぶつかりあって火花を散らし続けた末の破綻とは根本的に無関係な接点だったと考えるべきかもしれません。

ただ、僕は、この事件のすべての元凶とされている溝口健二のあの言葉「絹代のアタマでは、監督はできません」を額面どおり受け取ってもいいものか、長い間疑問に思っていました。

溝口健二は、田中絹代の前に出ると赤面し禄に顔も見られないほどだった、そこまで思いを募らせていたと伝えられています。

それほど惚れている女になら、男として良く思われたいためのお世辞や、ある程度の嘘くらいは当然許されてもいいように思います。

新藤兼人は、溝口のこの苦言を「出来ない監督業なんかやって、いままで築いてきた女優としての田中絹代の名前を汚すことはない。」という思いがあったからだと解釈していました。

そして、その言葉の裏には、田中絹代が名前を落とすことによって、自分の作品の評判が落ちることをなによりも恐れたのだとしています。

しかし、カッとくると前後の見境がなくなって何を言い出すか分からないといわれた短気な溝口健二が、そこまでの深謀遠慮を尽くしての物言いをするとは、僕にはどうしても考えられないのです。

ここは、どうしても、溝口健二が前後の見境がなくなりカッとして「絹代のアタマでは、監督はできません」と言ったという方を信じたいと思っています。

この暴言を吐いた当の相手は、小津安二郎でした。

監督協会の理事をしていた小津安二郎が、協会の資金稼ぎの責任をはたすために、自分が松竹で撮るために用意していたシナリオ「月は上りぬ」を田中絹代の監督でやることを提案し、協会理事の小津自ら監督交渉を田中絹代に持ちかけています。

田中絹代がこの小津安二郎の依頼を、初監督作「恋文」が評価されたと受け取り喜んだと想像するのは、それほど困難なことではありません。

戦争直後の田中絹代の出演作は、溝口健二監督と木下恵介監督が交互に撮っているのですが、その中に混じって小津安二郎は「風の中の牝鶏」を撮っています。

野田高悟が、このひたすらに暗い作品を見て小津安二郎の監督としての将来に危機感を抱いたと言われている重要な作品です。

しかし、溝口健二がこの作品を見てどう思ったかは、どの資料にも書かれていません。

「風の中の牝鶏」が小津安二郎らしからぬ作品だったとしても、もしあの作品を溝口健二が撮ったといわれたとしたら、はたして溝口健二らしからぬ作品といえたかどうか。

ラストで描いた夫婦の和解を、妻の更なる堕落と描き変えたら、それこそ溝口健二作品としてもいいくらいだと思いました。

そして、きっと田中絹代の演技をあそこまで引き出した小津の力量に溝口健二は瞠目し、恐れもしたのではないかという気がしてなりません。

「風の中の牝鶏」が撮られた同じ時期に、溝口健二が田中絹代で撮った作品「歌麿をめぐる5人の女」、「女優須磨子の恋」、「夜の女たち」、「わが恋は燃えぬ」などのどの作品と比較しても、小津演出の田中絹代が、はるかに(溝口健二の演出では果たせなかった)「ナマの女」を演じ切っているような気がします。

電話口で溝口健二が小津安二郎に吐いた「絹代のアタマでは、監督はできません」という激しい言葉は、溝口健二の中で小津安二郎に対して長い間燻っていたものが、ある切っ掛けを得て噴出しただけのような気がしてならないのです。

田中絹代監督問題がたまたま「そこ」にあったから、「絹代のアタマでは・・・」という言い方になっただけで、吐き出した内容よりも、ここでは「小津に対して吐き出す」という行為そのもの、あえて言えば「激しい言葉を吐きかける行為自体」を溝口は抑制できなかったのではないかという気がしています。

もちろん、この得体の知れない苛立ちが「小津安二郎への嫉妬」に基づくものであることなど、溝口健二自身にも分かっていたはずもないでしょうが・・・。

ただ、その繊細すぎる暴言を電話口で小津安二郎がどう聞いたかといえば、その辺のところは十分に察していたであろう小津安二郎は、多分静かで寛容な笑みを浮かべていたと考えるのが至当かもしれません。
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by sentence2307 | 2007-05-04 21:42 | 映画 | Comments(8)