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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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思春の泉

原作は石坂洋次郎の「草を刈る娘」という小説だそうですが、題名は「思春の泉」と換えられています。

この題名、やや抽象的すぎるキライはあるものの、原題よりも余程いいと思いました。

後年の中川信夫=新東宝作品というマッチングから僕たちが思い浮かべるイメージの、良質の上澄みの部分だけを抽出したような感じの作品です。

「青い山脈」だって、この「思春の泉」みたいに描くことも可能だったのではないかと思わせるくらいの中川信夫の力量を感じました。

実はこの「思春の泉」を書き残しておきたいと思いついた理由は、僕のこの直感にあったといってもいいかもしれません。

「青い山脈」がスマートに整理された爽やかな啓蒙作品だったとすると、中川作品「思春の泉」はその「啓蒙的」部分を押さえながら、放置しておけば交合を始めかねない若い男女の切羽詰った「性」が、太い線となってこの物語を貫いています。

その、ほったらかしにしておけば暴走しかねない若い男女のアヤウイ性衝動もふくめて、村のしきたりとか周囲のメンツとかも損なうことなく、いかに上手に収めていくかというのが民主主義なのだと描いているのがこの作品です。

随所に描かれている開けっぴろげの村民たちの泥臭い描写も、民主主義に欠かせないものとして描かれているあたりなども、なんか好感が持てます。

好き合って交合に至るという人間のごく自然な成り行きを阻むものが村の旧封建思想だとするなら、その男女の「自然な成り行き」を助けるのが民主主義なのであるという実に分かりやすい解釈が、この映画を支えています。

それに加えて、この映画の中でたびたび使われる男女の交合をあからさまに仄めかす土俗的な言葉も、いい効果を出していると思いました。

周囲では若い男女を結び付けようとして、わざと二人だけを一緒の仕事場で働かせるという企みを(当初は、老婆たちは積極的に「くっつけ合わせよう」としています)謀ったのに、そして、そこには十分に「性的」な要素が織り込まれているというのに、いざ時造がムラムラときてモヨ子を押し倒しキスしようとしたことから(モヨ子も抵抗して時造の指を噛み返したことから)、村中を巻き込んだ大騒動に発展します。

しかし、このキスと指噛みから端を発した「大騒動」が、やがて底抜けの明るさで歌われる大合唱のラストに至るまで、この映画に登場するすべての人物を包み込む優しさと温かさは、あの「青い山脈」には決してなかったものかもしれません。

原題「草を刈る娘」から不意に吉永小百合の同名の主演作品を思い出しました。

残念ながら未見なのですが、偶然にも最近、その吉永小百合のデビュー作なるものを見る機会があったのです。

「ガラスの中の少女」60です。

大学教授の義父は、「女は結婚するまで純潔を守る」ことばかり言い続けている男です。

そして、娘がかつての同級生(浜田光男)と心中するに及んで、最後にこんなことを言うのです。

「心中までしたのだから、まさか純潔でいるわけがないか」と。

娘の死を差し置いて、そこまで「純潔」に拘るグロテスクさに、その部分を巻き戻して何度も聞き返したのですが、多分間違ってはいないと思います。

手放しで性を謳歌した素晴らしい「思春の泉」を撮った日本映画が、そして日活が、10年も経たないうちに、グロテスクな「ガラスの中の少女」を生み出したという失速に少しショックを受けました。

吉永版「草を刈る娘」が、どんなふうに変質させられているか、なんだか知るのが怖くなってきました。

豊かになる、成熟するということが、いったいどういうことだったのか、一度ゆっくり考えてみなければならないかもしれませんね。

あ、そうそう、デビュー作といえば、この作品が宇津井健のデビュー作なのだそうです。

あらためて、大器は最初から、やはり完全無欠の大器だったのだなと、その堂々たる演技を見て、変な納得の仕方をしてしまいました。

誤解されると困るので、ひとこと付け加えておきますが、「堂々たる演技、あるいは構え」というのは、演技や台詞まわしの巧拙を言っているのではなく、自分が被写体として十分な存在感を持っていることを知っていて、だから周囲も、安心してカメラを向けることができる、今ではすっかり絶滅したそういう「二枚目的な存在」なのだと思います。

それから、言わずにはおれない薀蓄をもうひとつ、この「思春の泉」が公開された1953年11月3日は、奇しくも小津安二郎の名作「東京物語」の公開されたのと同じ日でした。

(53新東宝・俳優座)製作・高木次郎 山崎喜暉 佐藤正之、監督・中川信夫、脚本・館岡謙之助、原作・石坂洋次郎、撮影・横山実、音楽・斎藤一郎、美術・北川勇、録音・中井喜八郎、照明・関川次郎
出演・左幸子、宇津井健、岸輝子、高橋豊子、永井智雄、東野英治郎、辻伊万里、阿部寿美子、花沢徳衛、小沢栄、永田靖、千田是也、東山千栄子、成瀬昌彦、松井博子、城美穂、城よし子、
製作=新東宝=俳優座 1953.11.03 10巻 2,420m 88分 白黒
by sentence2307 | 2007-08-08 08:48 | 中川信夫 | Comments(0)