片付けられない女
2008年 05月 10日
ふたりのメモには記述がなくて、ひとりだけが書き留めている事柄があったのです。
早速彼に電話を掛けて、そのわけを聞いてみました。
「ああ、それですか。講演された先生が、本題から脱線するからメモは不要とわざわざおっしゃったのですが、つい書き留めてしまいましたので。」
ほかのふたりはメモがなかったよと伝えたら、彼はすこし慌てていました。
書き留めたこと自体は、いかにも彼らしい律儀な判断だと感心しましたが、しかし、神経質な先生なら、自分がそうまでクギをさしたのだから、それでもメモをとっている観客を見たら、あるいは不快感を持たれたかもしれません。
その辺は彼にヤンワリと注意しました。
堅苦しいみたいですが、相手の気持ちが分からないようでは、営業なんてできるものではありません。
普段なら、ここは若手社員の教育のためにはいいチャンスなので、ヒトクサリ「人の道」の訓戒をたれるところですが、やめました。
というのは、その余分に書かれたメモというのが大変面白かったからでした。(本論がつまらなくて、余談の方が余程楽しい先生というは、よくいらっしゃいますものね)
メモの冒頭には「片付けられない女」と書かれていました。
その横に「ADHD」とあり、矢印で「注意欠陥多動性障害」につなげてあります。
付近には、「発達障害」「行動障害」などと、ごちゃごちゃ書いてありました。
ここまでなら、なんだか小難しそうな感じがしますが、難しいのはここまでで、あとは箇条書きで具体的な事柄が列挙されているだけでした。
それがとても面白いのです。
*注意力が散漫で落ち着きがない。(小学校の頃に、よく言われ続けました。)
*強い貧乏ゆすりや早口で喋る。(自分に自信がないからだと担任の先生に言われたものです。いまとなっては詮無いことですが「余計なお世話だ」と言い返せばよかったと思います。こういうことのひとつひとつが、知らず知らずにトラウマになってしまっているんですよね。どうしてくれるワケ?)
*思いついたことを黙っていられず、つい喋ってしまう。(授業中だぞ。少しは黙っていられないのかと、「このお!」とチョークを投げつけられたこともありました。いまなら、サッと受け取ってしまうのですが。)
*相手の話が終わる前に、さえぎって喋ってしまう。(なかなか友達ができなかったわけが分かり掛けてきました。)
*不注意、気が散りやすい、忘れ物をしやすい。(年中です。つい最近も携帯を落としてしまいました。「信じランナイ」と会社の女の子から冷笑を浴びせられました。)
*先延ばし。(期日までにしなければならない仕事や用事があるのに、目先のことや自分の興味のあることに気を取られて、すぐに取り掛からなかったり、つまらない言い訳をつけて先延ばしにする、そう、これはまさに「自分」です。)
そのあとは、加速がついたみたいに、惨憺たる言葉群が(「僕の性格が」といってもいいくらいなのですが)、記されていました。
*だらしない、整理整頓ができない、ミスが多い、刺激が多い道を選ぶ、物を無くしやすい、金銭の管理ができない、遅刻が多い、不器用、危険な行為をする、仕事が完成しない、退屈に耐えられない、気分がかわりやすい、気ぜわしい、
そして、ここまでの箇条書きがすべて大きく丸で囲まれて、先ほどの「ADHD」に矢印でつなげられています。
「症状が重くなると対人関係がうまくいかず、摂食障害やリストカットにまで及んでしまうこともある。」
いままでは僕に対する罵りの言葉でしかなかったあれら忌まわしい言葉の数々は、僕の人間性の欠陥に起因すべきものではなくて、すべてはその「病気」のせいだったんですね。
いままではただ闇雲に「だらしない自分」を責めていたわけですから、随分可哀想なことをしてくれました。
病気なら仕方ないじゃないですか。
そうなんだ、そうなんだ、なんだか自分が解放されたような近年にない爽やかな気分です。
このメモの執筆者の好青年に、なんかご馳走しなくっちゃな。