世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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2006年 04月 23日 ( 3 )

愛と希望の街

貧しい少年が、売った先から戻ってくる鳩を再び繰り返し売り続ける「詐欺行為」を、果たして非難することが出来るのか、この作品の衝撃的なラスト、富める者が貧しい少年の生活の糧である鳩を撃ち殺すという行為が、「決して融和することの出来ない階級の断絶」を象徴しているのだと、学生の頃、多くの「進歩的な」人たちから、賞賛の言葉とともに聞かされ続けてきた大島渚監督の衝撃のデビュー作です。

その過大とも思える評価は、あの「政治の季節」という時代が言わせた部分もあったのでしょうが、その手の押し付けがましい決め付けをあまりに度々聞かされてきたので、多分うんざりし、それでなくとも、そういう政治的な主張だけの作品というものが僕にはちょっと苦手なこともあって、見る機会を先送りにしてきた作品でした。

しかし、今回実際にこの「愛と希望の街」を見て、あの頃聞いていた印象とは、随分違っていたので驚きました。

まず、最も意外だったのは、主人公の少年です。

僕が自分なりにイメージしていたこの物語の少年像は、もっともっと抑圧された陰鬱で反抗的な少年でなければならないような気がしていました。

多分、「絞死刑」の少年Rや、日本全国を渡り歩いて各地で交通事故を装いながら示談金を詐取して回った当たり屋一家のあの「少年」のイメージが、この「愛と希望の街」の少年とダブってしまっていたのかもしれません。

しかし、この作品で描かれている少年は、異常なほどの母親思いで、言いつけを素直に聞いては忠実に実行する、いわば母親の言いなりになっているだけのただの孝行息子です。

しかも、この作品の「売り」である「鳩を売る」という極めて挑発的で悪意に満ちた発案も、実は少年ではなく母親から出たものであることを思えば、少し複雑な気がしてきました。

当の少年は、そのいささか不正な商売に疑問を感じながらも、母親の唆しを拒みきれずに渋々言いなりになっている従順で小心な孝行息子にすぎません。

その極めて消極的な彼の中に、貧しさの底辺にあって豊かな社会を絶望的に仰ぎ見、「階級闘争」という意識的な敵愾心を「報復→テロ」にまで燃え上がらせているという、憤激を自らの内部で肥大させている過激な反抗者の姿を見つけることは困難です。

もし、この少年に怒りらしきものがあるとすれば、社会の善意に甘え掛かろうとする屈辱感に根ざした自身への憤激でしょうか。

しかし、もし鳩好きの貧しい労働者が、なけなしの金をはたいて鳩を買っていってしまったらどうなるのだ、それこそ「同じ階級の者に対する裏切り行為」ではないかという素朴な疑問も残りました。

つまり、どう見ても「詐欺」としか思えないこの犯罪行為は、「貧しさ」を盾に取った社会への甘えを正当化している独善でしかなく、きっとどのような体制であっても、この「商売」を思想的に正当化するには、やはり重大な欠陥があるとしか思えません。

むしろ、最初から破綻しているこの「商売の論理」を、「貧しさ」を理由に強行に言い張り、少年に実行を強いる望月優子演じる母親にこそ問題があるのではないかと思えてきました。

僕にとって、望月優子といえば、すぐに思い浮かぶのは、木下恵介監督の「日本の悲劇」です。

苦労してようやく育て上げた子供に裏切られ、見捨てられた絶望から鉄道自殺を遂げるという悲惨なラストを持つ衝撃作です。

同じ母親でも「愛と希望の街」の母親とは随分違うという印象を持つかもしれませんが、とても似通っているところもあります。

子供たちの前で、自分がいかに犠牲になって苦労したかを、くどくどと愚痴り続け、恨めしげに泣き口説いて子供をおびやかし、その結果子供たちに母親を悲しませることを何よりも恐れさせて罪の意識=強迫観念を抱かせるという部分です。

それを受け止める子供たちの側に、見捨てる非情さを設定するか、あるいは追従する気の弱さを設定するかの違いだけが、この2作品(悲劇と喜劇?)の分かれ目だったように思えます。

これは「階級差」への怒りをウンヌンする前に、なによりも母親の反社会的な歪んだ申し出に疑問をもちながらも、拒みきれない不自然な母子関係を論ずるべき映画ではなかったかと考えざるを得ません。

観念だけで構築された「超えられない階級の断絶」という奇妙奇天烈な設定を、大真面目に恋愛関係に持ち込んだあまりにも不自然なシーンが、たとえ失笑をかったとしも、それは仕方のなかったことかもしれません。

考えてもみてください、付き合っている彼女から突然、二人の間には超えがたい「階級差」の深い溝があるのだから別れるしかないのよ、サヨナラ、なんて突拍子もない宣告をされて去られるところを。

言いたい放題のことを言うだけ言って、さっさと立ち去っていく彼女の堂々たる後姿をただ呆然と見送るしか為すすべがないにしろ、彼女が視野から消えるまで冷静に彼女と同レベルの「深刻さ」を保っていられるかどうか、きっと、彼女には失礼かもしれませんが、彼女の後姿が消えない前に、吹き出してしまうことを僕自身我慢できるとも思えません。

この「愛と希望の街」という未成熟な作品は、きっと誰もが同じ深刻さを持つに違いないと妄信した独善が作らせたそういう映画だったのかもしれないなという気がしてきました。

(59松竹・大船撮影所)製作・池田富雄、監督脚本・大島渚、助監督・田村孟、撮影・楠田浩之、撮影助手・赤松隆司、音楽・真鍋理一郎、美術・宇野耕司、装置・山本金太郎、装飾・安田道三郎、録音・栗田周十郎、録音助手・小林英男、照明・飯島博、照明助手・泉川栄男、編集・杉原よ志、現像・中原義雄、衣裳・田口ヨシエ、進行・沼尾釣
出演・藤川弘志、富永ユキ、望月優子、伊藤道子、渡辺文雄、千之赫子、須賀不二夫、坂下登
1959.11.17 5巻 1,705m 62分 白黒 松竹グランドスコープ
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by sentence2307 | 2006-04-23 09:57 | 映画 | Comments(6)

少年

ある女流作家が、ジャン・ヴィゴの「新学期・操行ゼロ」を、それこそ読む側が気恥ずかしくなるくらい褒めちぎっていました。

この映画を、少年映画の原点と書いています。

ヴィゴが、その生涯にたった4本しか作品を残さずに夭折したことも母性本能だか悲愴感だかをくすぐる一因になったのかもしれません。

確かに、既成の概念に囚われない自由奔放な精神は、その生き生きと躍動する映像からも十分に感じ取ることが出来ますし、その辺の事情や雰囲気は、ジュリアン・テンプル&アン・デブリン監督の映画「ヴィゴ」でよく分かりました。

しかし、そんな風な「褒め倒し」を目の当たりにすると、逆に、その気取った「おフランス」が鼻について、ひとこと反撥したくなってきます。

だいたい、ヴィゴの生き方にしろ、その作品「新学期・操行ゼロ」にしても、あるいは、この作品に影響を受けたといわれる諸作品が描いているフランスの少年たちの反抗や非行にしても、結局のところ豊かな社会から甘やかされて増長した甘えか、さらには、媚びでしかないという思いが常に僕の中にあって、結局「いい気なもんだ」という苦々しい思いから自由になれないのです。

なぜそんなふうに考えるかというと、それはきっと僕の中に大島渚の「少年」阿部哲夫が、いまも大きな領域を占めているからかもしれません。

大島渚にとって、創造社における仕事のうちで「少年」という作品は、その「普通さ」において、極めて異質です。

「新宿泥棒日記」や「東京戦争戦後秘話」、「儀式」などと同時期に撮られた作品と比べるとき、この「少年」には、信じがたい程の確固とした物語性が保たれています。

映画を撮り続けていくことの困難と真正面から対峙し、あらゆる方法論を模索しながら、それらの選択肢の中から選び取られた実験的手法によって、閉塞した時代を切り開こうとした大島作品の奇を衒った挑発的な自己解体の要素が、この作品には微塵も見られません。

静かな怒りを内向させながら、受身でしか生きられなかった無力な少年の、自分を傷つけることでしか表わし得なかった深い絶望と哀しみの果ての怒りを、簡潔なリアリズムの深い静けさにおいて、「少年」は、他の作品を圧して、より強烈なメッセージ性を備えることに成功した作品といえると思います。
交通事故をよそおい示談金を詐取しながら、日本縦断の旅を続けた当り屋一家のこの映画の中で、悪夢のように繰り返し甦ってくるひとつのシーンがあります。

少年が、堕胎する継母に付き添い、病院に行く一連の場面です。

その日の生活費にも事欠く毎日を、示談金でどうにか食い繋いでいる状態下での妊娠です。

夫に堕胎をしぶしぶ納得させられた継母は、病院には来たものの、もとより堕胎する気は全然ありません。

少年を、2時間したら戻って来いと言い含めて追い払い、立ち去ったのを確認してから自分も病院から立ち去ろうとします。

しかし、まだそこらにぐずぐずしている少年を見つけ、継母は、出産を許さない父親に命ぜられて少年が自分の中絶を見届けに来たと邪推します。逆上した彼女は、日頃の憎悪をもあからさまにして少年の頬を打ちます。打ちながら、しかし、彼女は、少年も自分も同じような悲惨な境遇のサナカにあることを徐々に理解し始める場面でもあります。

これが、この悲惨な物語の中で、ほとんど唯一と言ってもいい少年が「他人」と始めて気持ちを通わせる(ように見える)場面です。

疑いを本音で少年に叩きつける継母、口汚い罵りを吐きつくすことによって、少年に少しずつ心を開いていく重要なシーンなのです。

映画もその方向で作られたのだろうと思いますが、しかし作品の意図を裏切って、固く表情のない阿部哲夫少年の顔からは「継母と絆を深めていく」痕跡を見出すことはできませんでした。

僕はこの少年・阿部哲夫の表情に、誰からも愛されたことのない、誰に対しても心を開いたことのない無残なほど痛ましい少年の深い孤独を見ました。

残されたスチール写真の彼の表情はどれも感情をあらわにすることなく、ただじっと他人を見据えています。他人との距離を測りながら人間関係をつなぎとめるために、自分の位置を定めようと努めたり、また、とりつくろうことも必要としなかった少年の、孤独のうちに生きてきたうち棄てられた者の眼差しだと思いました。

しばらくあとで知ったことですが、養護施設にいた阿部哲夫少年がこの映画に起用され、撮影の終わりに撮影チームのスタッフから養子の申し出があったのを断わり、再び養護施設へ戻ったと記されていました。
実は、前回、病院前で継母が少年に駆け寄り殴りつける部分のセリフをシナリオから拾い書きしたのですが、なにせ少年を激しく「誹謗中傷」するその言葉のあまりに激しさに、このまま忠実にリライトしていいものかどうか迷いました。

迷った結果、やはり引用した全文を削除し、代わりに、それらの言葉を「口汚く罵り」という一言に言い換えることとしました。

そこには、父親と息子という一般的な概念に対しての継母の嫉妬が、暴力を伴って土佐弁丸出しの激しい言葉で少年に投げつけられた訳ですから、そこは、どうしても生の言葉の開示が必要だったのですが、どうしても思うに任せずに、その強烈な言葉群の提示を欠きながらの「繰り返し悪夢のように甦る」場面の紹介は、迫力に欠けた不十分なものとなってしまいました。

社会の片隅で犯罪者としてゴミのように生きる人間同士の無残なぶつかり合いを、セリフ抜きで説明的に書かなければならなかったことで、田村孟が残した作品群における映画「少年」が位置する意味を検証するとっかかりも失いました。

しかし、いまとなっては、むしろそれで良かったのかなとも思っています。

ひとつは、差別的言語などに満ちたそれらのセリフを、ストーリーの流れを欠いたまま記したところで、脚本の真意を伝えられずに、不愉快な印象を与えるままで終るかもしれないこと、その部分のみのセリフの提示は、激烈なだけに、もしかすると、田村孟の意図に反する懼れもあると思えてきました。

もうひとつは、年譜をみながら思ったことですが、創造社解体以後の田村孟の、なにか拠り所を失ってしまったような元気の無さが後半生の印象として得たことでした。

ひとつの時代が終わり、その時代の最先端で、あらゆる勢力と対峙し前衛の役割を担った誇り高い充実期にあったひとりの芸術家も、創造社解体以後その役割を終えて退場していくような、そんな寂しさを感じてしまったからでした。

「少年」は、そのような田村孟の仕事のピークを示すものと思っています。

(69創造社=ATG)製作・中島正幸 山口卓治、監督・大島渚、助監督・小笠原清、脚本・田村孟、撮影・吉岡康弘 仙元誠三、音楽・林光、美術・戸田重昌、録音・西崎英雄、編集・浦岡敬一
出演・渡辺文雄、小山明子、阿部哲夫、木下剛志
1969.07.26 7巻 2,676m 97分 カラー シネマスコープ
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by sentence2307 | 2006-04-23 09:52 | 映画 | Comments(3)
改めて「二十四の瞳」という作品を見て、あることに気が付きました。

この映画から受ける感動は、他の多くの木下恵介作品から受ける印象とは、どこか大きく違うような気がします。

確かにこの作品も、他の多くの作品と同じようなパターン化した類似点はあります。

たとえば戦争の時代に翻弄されたひとりの女教師の年代記風なタイプの作品とか。

まあ、それはそのとおりなのでしょうが、「二十四の瞳」は、そうした木下作品のパターン化されたストーリーの枠を大きく踏み越えるような、まるで絶叫するみたいに驚くほどの強い調子で、戦争から子供たちを守りきれなかった「不甲斐ない大人」のやりきれない悲しみが見事なほど率直に描かれた物語なのだなと改めて感じました。

いつも感じていることなのですが、木下作品に特徴的なことは、主人公が自分の悲しみに夢中になって恍惚と浸り込んでしまうような自己陶酔的なひとりよがりの部分があり、時には観客を置き去りにしてまでも独走していってしまって、僕などは、そのナルシズムに付いていけなくて、常にストーリーから「置き去り」にされてしまう組でした。

しかし、この「二十四の瞳」の印象は、明らかに他の木下作品とは違う異質の感性を感じました。

「子供を守り切れなかった」という大石先生の視点を通して、そこにはまず、戦争で傷ついた子供たちに対して何もできなかった大人たちの率直な気持ちが表明されています。

このような、「不甲斐ない」、「すまない」という思いを顕わにした大人が、かつて日本の映画の中で描かれたことがあったのか、寡聞にして推測で書くことしかできないのがとても残念ですが、この「二十四の瞳」は、木下作品が持つ自己陶酔的なあの独特な「くさみ」から幸いにもまぬがれることができた稀有な作品だと思いました。

実は少し前、観客に若い世代が多いある上映会で、とてもショッキングな場面に立ち会ってしまいました。

上映された作品は、木下恵介監督の「日本の悲劇」53です。

ご存知のように、この作品は、戦争未亡人が、戦後のきびしい時代に女手ひとつで子供を育て上げること、ただそれだけを楽しみに、懸命になってどんなにいかがわしい仕事にも耐えて頑張ってきたというのに、成長した息子は、そんな堕落した母親を責めて、さっさと資産家の養子になってしまい、見捨てられた母親は絶望して鉄道自殺をとげるというなんとも衝撃的な作品で、公開当時はかなりの評価を得た作品でした。

この年のキネマ旬報ベスト10をみると、

①にごりえ(今井正)
②東京物語(小津安二郎)
③雨月物語(溝口健二)
④煙突の見える場所(五所平之助)
⑤あにいもうと(成瀬巳喜男)
⑥日本の悲劇(木下恵介)
⑦ひめゆりの塔(今井正)
⑧雁(豊田四郎)
⑨祗園囃子(溝口健二)
⑩縮図(新藤兼人)

となっているくらいですから、この作品「日本の悲劇」がいかに高い評価を得たかが分かろうというものですよね。

しかし、この上映会における雰囲気には、この作品のそうした過去の栄光に敬意を払うという空気など、残念ながら微塵もありませんでした。

敬意のかわりにあったものと言えば、そう、しいて言えば「冷笑」でしょうか。

こよなく「映画史」を愛する者にとっては、物凄いショックでした。

大げさではなく、自分の過去の一部を辱められた気分にもなりましたが、しかし、「場の空気」というものは、その拒否反応の理由を分からせてもくれるものなのですね。

その上映会における木下恵介監督作品「日本の悲劇」に浴びせられた若い世代からの「冷笑」の意味を自分なりにしっかりと納得しておかないと、そこで受けたショックから二度と立ち直れないような暗澹たる気持ちになったのは確かでした。

大げさではなく、自分の過去の一部を辱められたような気分にもなりました。

それは僕自身の価値観の切実な問題だったからでしょうか。

だから、混乱する頭を必死になって整理しながら、「その場の空気」から、考えうる幾つもの拒否反応の理由を探しだそうとしたのだと思います。

たとえば、息子に見放された母親の置かれた状況が、はたして自殺を考えねばならない程の「不幸」だったのか。

たとえば、見返りを期待して子供を育て上げるという感情に何か歪んだものがなかったのか。

たとえば、子供の自立を、自分への裏切りとしか思わず、また、子供が自分の言いなりになる奴隷やロボットだったのなら、親としてそれで満足だったのか。

たとえば、曖昧宿で酔客相手にきわどい商売をしている母親が客にまとわり付いて媚を売っているあのシーン、それを見た子供たちが母親を軽蔑する契機になる問題のシーンをどう見るか、とか。

酔った好色そうな客に体中をまさぐられ、媚を売りながらも一方で嫌悪をあらわにするというあのなんとも複雑な表情を映し出すあの場面です。

子供を育てるために自分のことはすべて犠牲にして、嫌悪しかもよおさないような嫌な仕事に耐えながら、結局は子供に裏切られて自殺するというこの母親の惨憺たる最後に、それでも感情移入できなかったのは、彼女が抱え持っている、そして、木下恵介が抱え持っているすっかり古びた奇妙な道義心にあり、その女性像がいまではすっかり普遍性を欠いているからかもしれないことを痛切に感じました。

独りよがりの古臭い道徳観がすたれるのと同じ速度で、木下作品のある部分(この母親の道義心)が確実に若い世代から拒まれ、やがて忘却されてしまうのではないかという恐れもそのとき感じました。

若い世代の冷笑を受けてみると、いままで「悲劇のヒロイン」の美しい死も、結局は、自分だけの悲しみに酔うという自己陶酔の延長として、思うように周囲を動かせない憤懣を、そのまま身勝手な「あてこすり自殺」につなげただけの愚劣なものに見えてきました。

「二十四の瞳」がそうした古臭さからまぬがれているのは、きっと自己陶酔から距離を置いた主人公・大石先生の子供たちへの謝罪の気持ちを、まず前面に押し出たからだと思います。

いままで撮られた映画の中で最も美しいシーンは何かと問われたら、僕は躊躇なく「二十四の瞳」の前半のシーン、櫻の花びらが舞い散る下で、大石先生が幼い子供たちとともに汽車ごっこをして遊んでいるあの場面を挙げると思います。

高峰秀子演ずる大石先生は、子供たちの先頭を駆けながら、軽く振り向いて笑顔で子供たちを見守っています。

縄をしっかりと握った子供たちは、連なって満面の笑顔で先生のあとを追っています。

この映画「二十四の瞳」を最初に見たときは(今ではすっかり忘れてしまっているのですが)、きっと最後のシーンの、教え子から自転車を贈られる感動的な場面で泣いてしまったのだろうなという気がします。

しかし、幾度も繰り返して見るうちに、逆に、この冒頭の場面のあまりにも美しく、それだけに一層悲しい追憶の残酷さが僕の胸を締め付けずにはおかなくなりました。

その子供たちの幾人かは戦場で命を落とし、あるいは病没し、あるいは行方知れずとなることを既に知っている僕たちには、楽しそうに遊び興じる子供たちの笑顔の無邪気さを、一層哀切なものとして感じずにはおられないのでしょう。

人が生きていくうえで、何が大切で、何が愚劣なことか。

優れた映画は、本質的なことを一瞬のうちに分からせてくれます。

この映画には、大声で叫ぶようなアジテーションも、激昂した怒りの主張もありません。

辺境の孤島の小さな分教場で、女教師と子供たちとの間に交わされた日々の小さな喜びと悲しみ、その何気ない日常の描写のひとつひとつを、すぐ背後に迫り来る戦争の暗い影を怯えのように感じ取りながら、まるで残された一瞬一瞬を惜しむかのように大石先生との平穏な日々の永遠を切実に願う幼い子供たちのささやかな、そしてあまりにも儚い祈りのように思えました。

心に残る二つの場面があります。

ひとつは、2里の道を歩いて見舞いに来てくれた子供たちに、大石先生がバスの中から気づく場面です。

自分たちが仕掛けた悪戯のために先生に怪我を負わせた罪悪感に泣いている子供たちへ、大石先生は「あなたたちのせいではないのよ」と言いながら抱き締めます。

もうひとつは、貧しさのために、学校を諦めて家のために働いているかつての教え子に逢いに行く場面です。

大石先生は、ただ「がんばってね」と励ますことしか出来ません。

否応なく大人たちの世界に呑み込まれていく幼い子供たちへ、何もしてあげられない自分の無力を大石先生は、悲しむことしかできません。

しかし、何も出来ないと嘆く彼女の深い悲しみにこそ、心から子供を思う人間の本質的な愛情の姿を感じます。

この映画は、これからも鋭い刃のように僕たちの胸を刺し、幼い者たち、力ない無力な者たちへの愛を忘れ掛けた時にはいつでも、人を愛する力の在り場所を教えてくれる作品だと思いました。

   *       *

あるとき、慌ただしい出勤前に、その辺にあった高峰秀子の執筆した文庫本を鞄に突っ込んで家を出たことがありました。

それは、「いっぴきの虫」というタイトルの、高峰秀子が親交を深めた著名人について書いた人物評みたいな著作です。

ずっと前、この本について書かれた書評を読んで以来、この本の読む気をすっかり失っていました。

いわく、「有名人との交際を自慢気に書いた鼻持ちならない本」みたいな書評です。

別に僕としては、著名人との交際を自慢気に書くことに対して偏見はありません。

別にいいじゃないかとという感じです。

むしろ、下卑た嫉妬に満ちた悪意だけのそうした書評(まあ、はっきり言えば、この本は、「私はこれだけの有名人の知り合いを持っている」といった感じの単なるヨイショ的な自慢本だと言う非難でしょうか。)に嫌悪感を覚えましたし、そんなものを平然と掲載した雑誌編集者の見識も疑います。

そういうことなら、つまり罪が本にないなら、この「いっぴきの虫」を読んでもよさそうに思われるかもしれませんが、一旦ケチをつけられた本に向かう気の重さが、僕にはクリアできませんでした。

これが、いままでこの本を遠ざけていた理由です。

さて、前置きが長くなりました。

この本を読んで得た「思わぬ収穫」というのを書きますね。

電車に乗り込んで、「いっぴきの虫」を取り出してざっとページを繰ってみてみました。

いちばん面白そうな部分から読んでしまうのが僕の行き方なので、まずは「美味しいところ」から入っていきます。

数々の著名人の名前の羅列の中に「『二十四の瞳』の子役たち」というひときわ目立つタイトル(字数の多さで)がありました。面白そうです。

文庫本のページにして20ページに満たない短さですから、たとえ詰まらなくて、そのときはすぐに止める積りで読み始めました。

前半は17年振りに会った「二十四の瞳」に出演した子役たちと思い出を語り合う楽しそうな座談会です。

しかし、あれこれの懐かしい思い出話のあとで、不意に、アメリカ人夫婦の養女になって渡米したひとりの少女のことに話が及んだところで、この座談会は不意に途絶えます。

高峰秀子のこんな述懐とともに。
「あの子は日本が好きだったのよ。アメリカへ行っちゃって・・・。私、なんだか可哀想なことしちゃったみたい。」

高峰秀子のこの述懐には、映画の中で肺病を病んで物置小屋で死んでしまうコトという幸薄い役を演じた少女の像と、アメリカへ貰われていった寂しげな実在の少女の面影とが、高峰秀子の贖罪の思いの中でほとんど区別されることなく語られているからでしょうか。

母をなくし、面倒見切れなくなった少女の父親からに相談を受けて、養子を探していたアメリカ人夫婦に少女を紹介した高峰秀子が、なぜ罪の意識を持ったのかというと、きっとその独り残された孤独な少女が、母親のぬくもりを自分に求めていたことが分かっていたからではないかという気がします。

高峰秀子は、こんなふうに書いています。

「ねえ、コトやん。小石先生も小さいときお母さんが死んで、新しいお母さんのところに貰われてきたのよ。
でも、そんなことは、たくさんたくさんあることなの。
自分だけがこんな悲しい目に遭うなんて思っちゃ駄目よ。
生きているお母さんをお母さんだと思って元気に暮らすのよ。
小石先生だってホラ、こんなに元気でしょ。
コトやん。もう七つだもの、分かるわね。
新しいお家へ行って、うんと勉強してアメリカへ連れてってもらって元気に暮らす? 
東京にいる間は小石先生も遊びに行くし、寂しくないと思うけど・・・」

私は、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。
涙でガラス窓がにじんで見えた。
コトやんは、じっと前を見詰めてまばたきもせずにコックリコックリとうなずいていた。


ここには、この少女の薄幸さと共鳴する高峰秀子という女優のクールさの秘密が、語り尽くされているのかも知れませんね。

*日本の悲劇(53松竹大船撮影所)
製作・小出孝 桑田良太郎、監督脚本・木下恵介、撮影・楠田浩之、音楽・木下忠司、
出演・望月優子 桂木洋子 田浦正巳 上原謙 高杉早苗 高橋貞二 佐田啓二
1953.06.17 13巻 3,172m 白黒

*二十四の瞳(54松竹大船撮影所)
製作・桑田良太郎、監督脚本・木下恵介、原作・壺井栄、撮影・楠田浩之、音楽・木下忠司、
出演・高峰秀子、天本英世、夏川静江、笠智衆、浦辺粂子、明石潮、高橋豊子、小林十九二、草香田鶴子、清川虹子、高原駿雄、浪花千栄子、田村高廣、三浦礼、渡辺四郎、戸井田康国、大槻義一、清水龍雄、月丘夢路、篠原都代子、井川邦子、小林トシ子、永井美子
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by sentence2307 | 2006-04-23 09:51 | 映画 | Comments(123)