世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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2006年 04月 29日 ( 1 )

この作品の出演者たち(子供とは限りません)のたどたどしいセリフ回しとか、ぎこちない演技を「なんだ、これ」などとみくびって見ていると、最後には、とんでもない感動に叩きのめされてしまいます。

今回は、正編とともにこの「その後の蜂の巣の子供たち」も一緒に見ることができました。

ですが、この両作品、タイプとしては両極端と言いたくなるほど異なっていて、例えば正編が安住の地を求める苦難の旅を描いたロードムービーなら、続編は少年たちが定着の地を得たあとの「安定」を協力しながら築き上げていくという葛藤が描かれています。

子供たちが、その安住の地で自分たちの生活の基盤を作り出そうと一生懸命になればなるほど、そこには自ずから共同生活を維持していくための制約と厳しいルールが生まれ、そのルールを守ることのできない放浪癖の抜けない子供たち(見ていると、少し可哀想になってしまいます)は排除されてしまうという、いわば子供たちが「社会」を形成していく過程で、自分たちの生活を守るために選択される「不適応者の排除」が、厳しく描かれています。

少し前までは同じ浮浪者同様の戦災孤児だったはずの子供たちが、ルールに馴染めない「仲間=不適応者」をシビアに見捨てる姿が、罪悪感なしに、ここでははっきりと描かれていて、この生きていく厳しさと苦渋を真正面から描いた続編の免れがたい重苦しさを考えれば、たぶん当時評価を受けたのは、きっと軽やかで爽やかなロードムービーの正編の方だったのだろうなと容易に想像することができました。

こんなふうに言ってはいけないのかもしれませんが、映画としては、正編の「自由気儘に生きる戦災孤児たち」のどこまでも自由で快活な旅を生きた少年たちを見た目で、続編の品行方正で規律正しい分別くさい少年たちを見ることは、はっきり言って苦痛です。

ちゃんとした生活に馴染めず、疎外されて不貞腐れ、友達の衣服を盗み、再び「戦災孤児」の群へと舞い戻ってしまう少年たちの孤独に、つい同情を感じてしまう自分を諌めながらも、映画の中から、親や社会や国家に「見捨てられた孤児たち」の孤独の深さを繰り返し考えてしまいました。

「その後の蜂の巣の子供たち」の中に、こんなエピソードが描かれています。

冒頭で、この「子供たちの村」を取材に来た女性記者が、あの雑誌の特集記事を見た生き別れた母親が、子供(よし坊)にひと目会いたいと申し出てきたことを伝えてきます。

駅で落ち合う段取りをつけ、いよいよ子供を駅に連れて行くとき、しかし、子供は母親に会えるという話をハナから信用せず、大人たちは自分をからかっているに違いないと言い続けながら、無表情のまま列車の到着を待っています。

やがて到着した列車から降り立ってきたのは女性記者ただひとり、彼女は、その母親が来なかった理由をこんなふうに語ります。

母親が既に別の男性と結婚していること、会えば別の子供たちがひがむだろうし、「生きていさえすれば、いつでも会える」から会いに来なかったのだと。

自分が産み落とし、生き別れたわが子とようやく会うことが出来るというそのとき、それを諦めなければならない理由というのが、本当にこのコメントの中に存在しているのか、結局僕には分からずじまいでした。

ただ分かることは、実の母親が、彼女の現在の幸せを守るために、子供の自分に会うことを拒んだということ、子供は見捨てられたというその記憶の痛みを抱えながら大人へと成長しなければならないという惨たらしさだけでした。

終始無表情の「よし坊」は、「やっぱり、大人は自分をからかっただけなんだ」とぶっきらぼうに言い残し、海岸まで走って、海に向かって3度「お母さん」と叫び、このシーンは終わります。

十分に訓練された職業俳優なら、たとえ子役だとしても、ここは入念に「悲しみの演技」を誇張せずにいられないところだったでしょうが、しかし、そのような僕たちの思い込みに反して僕たちをさらに深刻な感動で叩きのめしたのは、きっと、あの醒めたような無表情にあったのだと思います。

この社会の大人たちが差し伸べる好意や善意の、その裏側にある嘘と悪意に満ちた偽善に傷ついた者たちだけが持つに違いないあらゆる感情を殺した「無表情」、二度と騙されまいと決意し、誰にも頼ることなく一人だけで生きていこうと決意した底深い孤独の、当事者だけしか持つことのできなかった静かな「無表情」だったのだと思います。

(48蜂の巣映画部・東宝)製作・清水宏、製作同人・古山三郎 関沢新一 杉山新一 大庭勝 高田輝子 山本茂樹 高村安治 林文三郎、監督脚本・清水宏、撮影・古山三郎、音楽・伊藤宣二、演奏・管弦楽郡青社、録音・杉山政明 金谷常三郎、擬音・木村一、
出演・島村修作、夏木雅子、御庄正一、伊本紀洋史、多島元、矢口渡、植谷森太郎、久保田晋一郎、岩本豊、三原弘之、平良喜代志、硲由夫、中村忠雄、川西清、千葉義勝
1948.08.24 10巻 2,350m 86分 白黒
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by sentence2307 | 2006-04-29 17:35 | 映画 | Comments(1004)