世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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女ごころ


夫に浮気をされた妻・原節子が、意を決して家を出て行く際や、夫の裏切りに離婚を決意したときなど、この映画の随所で原節子が口にする「試験別居」なるセリフが、映画の流れにそぐわず違和感を覚えるほど浮いてしまっていたので、この言葉いったい何なんだと訝しく思っていたら、これは原作の由起しげ子著「試験別居」という小説のタイトルだったのですね。

映画を見た後でそのことを知って、ちょっと複雑な気持ちになりました。

例えば、この映画をリアルタイムで見た人たちには十分に理解できたことでも、時を経てこの言葉が持っていた共有感覚みたいなものもすっかり色褪せ、多分「死語」同然になっていて、いまでは何を意味しているのかさえ分からない抜け殻のような言葉にときたま遭遇することがありますよね。

僕にとってリアルを欠いた「試験別居」という言葉が、まさにそういう言葉でした。

そしてまた、「試験別居」という「死語」を幾たびも口にする原節子に対しても同じような気持ちを抱いてしまい、きっと僕が感じた「複雑な気持ち」とは、そういうことだったのかもしれません。

大学教授の夫が、雑誌社の若い女性社員に心魅かれ肉体関係を持ち、その裏切り行為を憤った妻が子供を連れて家を出て自活していく。

夫婦の前に突然若い女が出現し、倦怠期にさしかかっていた夫婦間の亀裂が明らかになり破綻の危機にさらされるというあの成瀬巳喜男の「めし」の傑出した演技に与えられた評価以来、原節子が繰り返し演じた役柄でもありました。

しかし、皮肉にもその評価によって、原節子は、そういったタイプの役、つまり、もはや自分には、夫を夢中にさせ自分に繋ぎとめておくだけの美貌も若い肉体もない、という「中年の妻」の役柄を図らずも演じ続けなければならなくなり、そのとき、それほどの工夫も必要ない、次第に地のままで演じられることに気づき始めてしまったとき、こうした役柄が、かつて美貌で売っていた女優にとって耐え難いものでないはずがない、などとつい余計なことを勘繰ってしまいました。

この作品は、1959年度の作品ですが、この類いまれな美貌に恵まれ戦前戦後を通して日本映画界の第一線で華々しい足跡を残した大女優は、その3年後の1962年の「忠臣蔵・花の巻、雪の巻」を最後に映画界を去っていくこととなりました。

(59東宝) 製作:藤本真澄、監督:丸山誠治、脚本:田中澄江、原作:由起しげ子、撮影:小泉福造、音楽:斎藤一郎、美術:浜上兵衛、録音:渡会伸、整音:下永尚、照明:石川緑郎

出演:原節子、団令子、江原達怡、森雅之、佐原健二、三井美奈、丹阿弥谷津子
1959.02.10 6巻 1,612m 白黒 東宝スコープ
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by sentence2307 | 2005-03-27 20:14 | 映画 | Comments(120)
最近、友人から聞いて驚いたことがあります。

スコセッシが監督したこの作品の驚くべき人気の無さです。

とっさに出た僕の言葉は、もちろん、嘘!でした。

彼の知る限り、あの映画をまともに評価する人に今まで逢ったことがない、などと、なんだか、仮面うつ病の淀長さんみたいなことを言うのです。

それはもう絶賛とか酷評とかのレベルではなく、まとまったコメントそのものが「ない」という状態だそうです。

さらに加えて、ビデオ・レンタル屋のおやじまでが、ツマランと断言していた、などと余計なダメまで押しました。

「あんなオヤジに、映画の何がわかる!」と喉元まで出掛かった言葉を自制した瞬間に、思い出しました。

すっかり忘れていたのですが、以前、僕が、彼にこの作品を褒めたことがあったのです。

人が褒めると、必ず、けなすヤツっていますよね。

そうなんだ、という訳です。

しかし、それは兎も角、そのヘンな噂は、聞き捨てなりません。

この作品、まあ、ヴィスコンティの「山猫」という訳にはいきませんが、決していい加減な作品ではありません。

細部にまでちゃんとした時代考証の目配りの効いた豪華で緻密なしっかりとした作品です。

出演は、もはや名優と言ってもいいダニエル・デイ・ルイス、そして、ぞくぞくっとするほど妖艶なミシェル・ファイファーと、今まさに美しさの絶頂にあるウィノナ・ライダーという物凄い顔合わせです。

彼らの熱演に酔わされっぱなしだった僕にとって、この作品の評判の悪さ(もし、ホントならばの話ですが)は意外というほかありませんが、それにしても、いったいどうして「ウケ」なかったのか、この作品の名誉のためにも考えない訳にはいきません。

描かれている時代は1870年代、世間体ばかり気にする閉ざされた上流社会で、既にメイという婚約者がいる若き弁護士ニューランドと、不幸な結婚から逃れて欧州から帰って来た幼なじみのエレンとの間に交わされる不倫の恋の顛末が、物語の中心に据えられています。

正義感に燃える繊細な青年をダニエル・デイ・ルイスが演じ、イワクありげな過去とその奔放な性格のためにニューヨークの社交界から拒まれて孤立している女性をミシェル・ファイファーが、ともに熱っぽく演じています。

このシュチエイションのどこに観客の共感を拒むものがあるのか、ひとつには、それぞれの役柄のキャラクターが、上流階級の人物と言うこともあり、あまりに現実離れしたリアルさを欠いた設定ということが挙げられると思います。

ここに登場する誰もが、現代から見れば、優柔不断で世間知らずで身勝手な人物ばかりです。

世間体とか、あるいは富や名声や社会の評判を失うことを極度に恐れる男女の不倫の恋が、なし崩し的に中途半端な壊れ方をするという煮え切らなさとか、そして、なによりもニューランドの不甲斐なさとともに、彼自身、この恋のために何ひとつ犠牲にすることもなく、ただ周囲の圧力に流されているばかりの弱々しい生き方への失望にあったからだと思います。

どこまでも純粋な恋を貫いてほしいと願う僕たち観客の期待を裏切って、周囲から阻まれたとは言え、エレンをあっさりと諦めてしまうニューランドに、ドラマチックな愛の物語を望んでいた観客は肩透かしをくらい、そして「引いて」しまったことが、もしこの作品が不人気だというのなら、この映画から観客の気持ちを大きく引き離してしまった原因になったのだろうと思います。

しかも、この不倫の禁じられた関係を決して許さなかった社交界の冷たく厳しい掟に引き裂かれ排除されていくという物語ですから、その辺にも共感しにくいものがあったのかもしれませんね。

この作品の不人気をわざわざ僕に教えてくれた友人が、頼んでもいないのに、さらなる親切ついでに、その人気のなさの理由というのも読み解いてくれました。

まずは、メイを演じたウィノナ・ライダーの扱いが実にひどすぎる、というのです。

「あれじゃあ、お前。まるっきりの悪役じゃねえか。だろ」と、多くのライダー・ファンを代表すると自認する彼は、憤懣やるかたないという、抑えきれない激昂で、言葉を荒げて言い募ります。

言葉の裏に隠された人間の複雑な心理の襞など、いささかも意に介さず、眼に見えるものだけをまともに受けて善悪の二極で判断を下し、なにもかも実にスンナリと理解してしまう彼の、メイの役柄を「悪役」と嗅ぎ分けたその臭覚こそ、あるいは、この作品の本筋を理解するうえで最も相応しいアイテムだったかもしれません。

確かに、不倫の恋人たちを中心にして描かれているこの物語では、夫に浮気されて散々のメイが、あらゆる手段を用いて、不倫の恋仲にある夫と従姉の引き離しを画策するというその一連の行為の一方的な描き方から見ると、メイという役柄はどうしても「悪役」という典型的なタイプにしか見えないのは当然かもしれません。

しかし、妻メイのとった行為は、夫を失いたくないと思う妻としては当然の行いですから、何故それが観客の思い入れを拒むことに繋がってしまうのかというあたりに、どうもこの作品の不人気の秘密が隠されているような気がします。

それは、つまり、夫に浮気され、無視される妻が、本来なら観客の同情を受けて当然という立場にあるはずなのに、ライダーの演技は、不自然なくらいに実に堂々と演じられていて、それは憎々しげでさえあることに、なにか「ちぐはぐ」な違和感に満ちた印象を僕たちに与えてしまうということと、無関係ではないようなのです。

そして、それは、なぜニューランドがエレンへの恋を諦めたのかという部分に深く関連しているだけに、そのメイの役柄についての説明不足が、この作品を理解するうえでの大きな障碍となっており、それは、そのまま、ラストシーンで老いたニューランドが、欧州のエレンの家まで訪れながら、結局逢わずに立ち去っていくという重要な場面を一層分かりづらくさせ、観客の(僕も、ですが)理解を十分に得られなかったという不可解な結果を残すこととなったのだろうと思います。

ナルホド、前節②で、僕は、メイの役柄について、スコセッシが説明不足だったとかなんとか、結構はっきりと書いていますね。

送信を焦ったわけではなかったのですが、思わず筆が先走って、ついつい、というところだったのかもしれません。

演出と言うものが、何から何まで「作為」の行為を役者に求めるものだという僕の思い込みが、そこには無残にも露呈しています。

不作為を演技指導する演出というものだって、当然あり得る訳ですから。

というのは、ここに、まるで僕の軽率な断定を冷笑するかのようなウィノナ・ライダーの、この作品におけるスコセッシ演出についてのコメントなるものがあるのです。

「私、演技らしい演技は、ほとんどしなかったの、ホントよ。
それでもマーティは、もっともっと抑えて演ずるようにと言い続けてたわ。
私は、まるで、自分が人形か何かになってしまったかと思ったくらいなの。
でも、この映画では、これまでのどの映画よりも、とても多くのことを学ぶことが出来たと思うわ。
マーティは、早口なだけじゃなく、こっちの心を穏やかに、気持ちよくしてくれたの。
彼のお陰で、ありのままの自分を出せれば、それでいいんだという、なんか演技と言うものに自信が持てるようになったと思うの。
とにかく、最高の気分で仕事ができたわ。
朝の6時に衣装合わせに出るのが、毎日楽しくてしょうがなかったもの。」(ウィノナ・ライダー・スクラップブック、1997年)

撮影中のもうひとつのエピソードは、更にスコセッシ演出の方向性を明確に示しています。

ミンゴット夫人が発作で倒れたというシーンのあと、ニューランドが、エレンを駅に迎えに行こうとするために、別の出張(これもエレンに逢いに行くための口実でした)があると言っていた手前、その言い訳に、彼がシドロモドロになるという場面です。

エレンとの仲を既に勘づき、夫の裏切りの何もかもを察しているくせに、そのことはオクビにも出さず、また夫の不実に動じることもなく、ニューランドの言い訳の矛盾を、眉ひとつ動かさずに、あどけない少女のようにその嘘を、実に静かにじわじわと問い詰め追求していくという、考えてみれば空恐ろしい場面です。

続くメイがその場から立ち去るシーンでのスコセッシ演出は、メイの仕草や視線など何も強調することなく、表情を作らないままに、ただ視線を右方向に流す、というものでした。

ウィノナ・ライダーは、スコセッシに提案します。

「もう一度、ニューランドをチラッと見やりたいんだけど、いいかしら。」

彼女の意図は、ニューランドに向けて「なにもかも知ってるのよ。」という暗黙の演技を目線で示したかったのかもしれませんが、スコセッシは、断固言い渡します。

「絶対にだめだ。メイは、そんなことは、しないんだ。」

この言葉には、すべてを知りながらメイがニューランドに何を求めていて、何を求めていなかったのかが、恕実に言い表されています。

社交界という後ろ盾を持つ彼女は、社交界でしか生きることが出来ないニューランドが、結局は追い詰められて自分の元に返ってくるしかないことを十分に分っているからこそ、彼女は何もせず、堂々と、ただ待っていたのです。

僕が書いた「メイの役柄についてのスコセッシの説明不足」という部分は、こう書き直さなければならないかもしれません。

「スコセッシの演出意図を理解できなかった僕の不分明」と。

何事においても熟慮を欠いた軽率な断定は、つとに慎まなければなりません。

閉ざされた社交界でしか生きられないということなら、ニューランドもメイも立場は同じだったはずです。

しかし、ニューランドが、堅苦しい慣習やマナーに敢然と背く自由な雰囲気を持つエレナに強く魅かれていったことを見ても分かるように、彼の気持ちはニューヨークの社交界から既に離れており、外の世界に向っていました。

遠くを見たいと願うその眼差しが、実際には、毎夜催されるパーティで声を潜めて交わされる噂話や同情の意匠をまとった皮肉や冷笑など、閉鎖的なニューヨーク社交界の耐え難い現実を見せつけられているだけなのです。

嫌悪に満ちたうんざりするような旧態依然の閉ざされた社交界を脱して自由の地へ逃れたいという、その止むに止まれぬニューランドの旅立ちの願望は、ラストでメイによって完膚なきまでに叩き潰されることになりますが、この彼の気持ちを作品の根底に据えて考えていけば、ストーリーの大きな流れであるエレナとの成就されない恋も、メイとの暗闘とも言える確執も、そしてメイという娘がどういう女性かも、はっきりと見えてくると思います。

社交界から庇護され、育まれ、そして、自分もまた慎重に選ばれたひとりの構成員として公認されているメイにとって、社交界こそが彼女の素晴らしい才能を花開かせることのできる、また、認められもする唯一の場であるということは、同時に彼女が、ここ以外の他のどこに生きていく場所を探す必要があるだろうか、と考える至極当然な理由のように思われます。

そして、おそらく、それらの慣習や規律やマナーに公然と背くことは、同時にこの社交界から締め出されることを意味していることを、彼女は十分に認識していたことは、そのことを悟られない優雅な嗜みをマナーとして備えているとはいえ、例えば、ニューランドと淡々と交わされる会話の折り目正しさとか、パーティの出口ですれ違うエレナをチラと見る眼差しなど、いささかも動揺することなく対していることによって察することができます。

心は、石のように冷え切っているのに、煮えたぎるような気持ちを抑えて優雅に振舞い社交に努める残酷な姿は、衝撃的と言うしかありません。

メイは、礼儀正しい優雅な微笑で目礼を返しながら、社交界の戒律によって、いままさにエレナから引き裂かれようとしている夫と、そして追放される夫の愛人エレナを、どんな気持ちで見ていたのかと想像すると、ぞっとする思いがします。

ラストで、エレナを追い、ニューヨークを離れようとする「切れた」夫に、メイは、「残念だけど、お医者さまが旅行を許してくれないわ。」と妊娠を告げます。

この一言によって、ニューランドが、狭い社交界でしか生きていけないことをメイに思い知らされる静かで壮絶なラストシーンでした。
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by sentence2307 | 2005-03-26 15:11 | 映画 | Comments(6)

にっぽん零年

文献を読んで、この映画の企画の話を大塚和プロデューサーに持ちかけたのが、「私が棄てた女」の撮影が中断していた際の浦山桐郎だと初めて知って少し驚きました。

浦山監督のイメージからは、ちょっと結びつかないような気がしたのです。

そのあとで斎藤光正、河辺和夫、藤田敏八ら新人3監督に声をかけ、この映画の企画がいよいよ現実味を帯びてきます。

そのとき会社側が考えていた題名は、「日本の若者たち」というタイトルで、きっと、前年に興業的にヒットした森川時久の「若者たち」を十分に意識したネーミングだったと思います。

資料には、この映画を製作するにあたりそれぞれの監督の担当が記録されていて、斎藤光正監督が性風俗嬢、河辺監督はフーテン少女と自衛隊員、藤田監督は学生運動家、浦山監督はデモ用のヘルメットを作っている青年、という役割分担になっていて、それぞれが撮影し編集作業を経て一本のドキュメンタリー映画にまとめようという構想だったそうです。

作品のコンセプトは、「安保闘争という緊迫した時代性をそのままの雰囲気で撮って、生の状況の空気を後世に伝える」といった気宇壮大なもので、大きな時代のうねりに対してまともにぶつかっていくなり、無関心をよそおうなり、とにかくそれぞれの異なった環境にある青年たちの生き方を多面的重層的に製作しようとしていたことがよく分かります。

そういう意味ではこの映画、三十数年間倉庫に眠らされていたのですから、「後世に伝える」という役割は十分に果たせたかもしれませんね。

しかし、予期していた以上に、学生運動が激化して、1968年の秋には状況がエスカレートし暴動・内乱化していくなかで、会社側はその事態を危惧するに至り、「国民に急進な左派的思想を浸透させる恐れがある」という理由で映画製作の中止を決断した日活・会社側は、突然製作中止命令を発しました。

しかし、大塚プロデューサーは、会社側のこの決断に抵抗してそのまま撮影を続行したわけですが、やがて編集段階で4監督の意見が対立して、議論の末、浦山・斎藤の2監督が降板し、藤田・河辺両監督がゲリラ的に製作を続行していくことで映画を完成させました。

つまり、斎藤光正監督の性風俗の部分と、浦山監督のデモ用のヘルメットを作っている青年を描いた部分を含んでいない作品が作られたというわけです。

残念ながら、浦山・斎藤両監督の撮ったフィルムは消失し、この2監督の名前もクレジットから外されました。

また、藤田・河辺両監督の編集版も公開された版以外のものは廃棄されてしまったらしいと報じられています。

そして、この作品が封印されたまま、なぜ34年間も公開されることなかったのかという理由については、よど号ハイジャック事件・連合赤軍事件に見られる学生運動の過激化・先鋭化が公開を躊躇させたうえに、ロマンポルノという日活の路線変更という状況の変化もあって公開の時期を失したのだろうとみられています。

いずれにしても、会社側の製作中止命令につらなっている一連の流れにそった措置だったろうと考えるのが自然のような気がします。

この映画は、結局正式には一度も公開されることがなく封印され、1995年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に突然登場することとなりました。

きっと、「光の雨」や「突入せよ! あさま山荘事件」などの作品の一応の興業的成功という周辺事情の成熟がなかったら、この作品の公開もなかっただろうという見方が多分当たっているかもしれません。

とにかく、この作品は、まさに、いわく付きの幻のドキュメンタリー映画といえる作品であることは確かです。

このドキュメンタリー映画について、ジャーナリストと自称している人のコメントを読んだことがありました。

それは、《『にっぽん零年』は、私たちに、自分で何かを変えるという夢を持つことの重要性と、その夢がやがて社会をも変える夢へとつながる可能性を思い出させてくれる。》とかいうような趣旨のことを大真面目に書いているのです。

この人、実際にこの映画を見たうえで、本気でそんなこと言っているのだとしたら、ちょっと暗澹たる気持ちにさせられて落ち込んでしまいました。

例えば、よく僕たちが、会社の会議などに、あらかじめ読んでおくべき資料を読まずに臨んでしまい、予備知識のまるでない重要案件について意見を求められたときなどに、とりあえず差し障りのない公式的な見解を述べておいて、ひとまずその場を逃れるという「あの手」のいい加減さと、この所信表明はなんら変わりありません。

このドキュメンタリー映画から、もし本当にこんな誠意のない感想を引き出したのだとしたら、そういう偽善的なことを平気で言えるこうした評論家の言葉など、信用しない方がいいかもしれませんね。

あの1968年という年につながるこの「いま」という現実のどこに、「何かを変えるという夢を持ったこと」が、「やがて社会をも変える夢へとつながる可能性を思い出させてくれる」ようななにが存在しているなどと言えるのか、現実を直視せず、本音を隠してスローガンや看板だけの公式見解をぬけぬけと言い放つこうした良識面した厚顔無恥な「公式人間」が、大手を振ってぬけぬけと生き得るこの現実に対し、苛立ちや怒りを通り越して深い失望と虚脱感にとわられ、しばし呆然とさせられてしまいました。

このドキュメンタリー映画に描かれているのは、語るべきものはおろか自分の言葉さえ持ちあわせず、大きな状況のうねりの前で、ただ時代に翻弄されるがままに、ワケも分らずびくびくと駆けずり回っていただけの若者たちと、なすすべもなくそのような増長を許した無様な親たちが描かれていくというその一方で、鮮明に浮かび上がってくる後半部分に、このドキュメンタリー映画の魅力のすべてがあるといってもいいと思いました。

それは、運動方針を巡って延々と続く議論とセクト抗争に明け暮れる虚しさの中から、学生活動家が、そういう生き方に迷い疑問を抱きながら、母が被爆した広島へ旅立ち、そこで暮らす被爆者たちを前にして「常套句」を喋れば喋るほど被爆者たちの生活実感から発せられる重い言葉に押しつぶされ、沈黙を強いられて、ついには押し黙ってしまうという苦渋に満ちた場面の迫力が、そのことを明確に示していると思います。
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by sentence2307 | 2005-03-22 00:21 | 映画 | Comments(1)

ドッグ・スター

とにかく、この作品のラストの意味するところがよく分からなくて、その訳を数人の友人に聞いて回りました。

友人たちの答えは、そのまんま、人間になりたかった犬が、最後の最後に願いが叶って人間になれたっていう話なんだろう、というものでした。

それなら、やっぱりこの映画、唐突だったにしろ最後はハッピー・エンドで終わる単なるファンタジー映画と思っていればそれでよかったのか。

でも、それじゃあ、なんかおかしくないか。

その最後のシーンには、死んだはずの泉谷しげるまで出ていたぞ、あの親父、話の途中で確か車の屋根から落ちて死んだはずだよな。

しかし、僕の更なる疑問には誰も答えてくれずに、逆に友人たちは、「お前、こんな映画マジで見てるワケ?」って、ややアザケリ気味に言われてしまいました。

彼らは言うのです「とにかく、どっちだっていいじゃないか、そんなこと。まともに考えるような映画じゃないだろう」っていうわけなのです。

しかし、なんか気になって仕方ありません。

そこで、こういう疑問を持ったときに、いつもお邪魔している「あの映画のココがわからない・まとめサイト」というところでこの「ドッグ・スター」が掛かっているかどうか検索してみました。

疑問は提出されていましたが、答えの方はなにもアップされていません。

そうか、誰かが何かを疑問に思うにしろ、その答えを誰ひとり答えることのできない、これはそういう不思議な領域を持っている映画なのだ、となんか変な納得の仕方をしてしまいました。

これは決して皮肉ではありません。

ひとまず、パソコンの前に座りました。

この映画は、盲導犬が人間の姿をかりて(それを犬自身が本当に望んだことなのか、確かなことは画面からは判断できません)、むかしの飼い主の少女ハルカ(いまは成人していて井川遥が演じています)に会いに行くという物語です。

犬が少女に会いに行こうとしている動機は、きっとハルカが飛行機事故で両親ともに失いひとりぼっちになってしまった現在、元気で暮らしているかどうか、むかし可愛がられた犬が見極めようとしている忠犬映画なのだな、とは考えられます。

しかし、盲目の元ボクサーの飼い主・石橋凌に物語の中で「お前は老犬で、寿命もあと僅かで尽きる。そんなお前が彼女を幸福にすることなんて出来やしないんだ」と言われているように、豊川犬には最初から彼女を幸せにすることが出来ないという絶望的な条件を抱え持ってこの物語は始まっています。

悲恋物語には必須条件のこの絶望的な宿命を持った豊川犬という設定が、一定の緊張感をもって最後まで維持できるかどうかが、きっとこの映画を成功に導くか、そうでなくさせるかのこれが分かれ目だったと思いますが、僕にはある妄想がちらついて、その緊張感を保つことができませんでした。

それは、ハルカを探し求めるために豊川犬が、自転車のサドルに鼻を押し付けて臭いを嗅ぎ分けようとしている、見ようによってはちょっと扇情的な場面からの連想です。

以前、「伊東家の食卓」で、犬に吠え立てられたとき、その犬をおとなしくさせる裏技というのをやっていました。

答えは、人間の尻の臭いを嗅がせるという生々しいものです。

そのモデルさんには男性もいましたが、たしか女性もいたような気がします。

映像的にもちょっと放映の時間帯を間違えたような衝撃的で生々しく、妙齢の女性などとその番組を一緒に見てなくてホントよかったとそのときつくづく思った記憶が鮮明に残っています。

その記憶から、突如妄想は大むかし新宿ミラノ座に飛びます。

当時やたらに流行っていた「獣姦もの」とかいう映画に、この「ドッグ・スター」がぴったりと重なってしまい、もう、僕の中では、この「ドッグ・スター」という映画のイメージは、散々なものになってしまいました。

ホント、みんなは素晴らしいラブストーリーとか評価しているのに、よりにもよって「獣姦」なんかとダブらせてこの映画のイメージを目茶目茶にしてしまい、豊川悦司のファンの皆様、ならびに井川遥のファンの皆様におかれましては衷心より深くお詫び申し上げます。

しかしまあ、監督が瀬々敬久なので、きっと許してくれるだろうとは信じています。
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by sentence2307 | 2005-03-19 17:18 | 映画 | Comments(0)

プリック・アップ

ここのところストックしているテープを、片っ端から引っ張り出しては見ています。

嫌な言い方かもしれませんが、ストックを片っ端らから「消化」しているといったそんな状態です。

それというのも、週明けから「日本映画専門チャンネル」で成瀬巳喜男特集が始まるので、そのために空きテープを少しでも用意しておこうと思い、未整理のまま任意に収納棚に放り込んでいたテープをざっと見たところ、ちょっと呆然となってしまいました。

無定見に録画しまくった報いとでもいうべきか、大部分はまったく知らないタイトルばかりの作品で、当時どういう考えで録画したのだったか自分でもさっぱり思い出せないような作品がずらりと並んでおり、戸惑いを通り越して呆然自失という感じです。

まあ、戸惑うほどの未知な作品群なのですから、多分、そういったタイトル作品は録画したあとでも見ようという食指が動かないまま、結局ポピュラーな作品を優先して見るということになり、当然にそれらのマイナーな作品は後回しにした挙句、こうしてお蔵入りしてしまったのだろうと思います。

そういう中の1本に87年度のイギリス映画、スティーブン・フリアーズ監督の「プリック・アップ PRICK UP YOUR EARS」という作品がありました。

結論的にいえば同性愛者の痴情事件を扱った作品で、タイトルもきっと隠語で物凄いことを意味しているに違いありません。

特に「UP」あたりなんか調べるのも憚られるような空恐ろしい言葉の響きなので見るのを辞めようかとも思いながら、念のためにガイド・ブックを読んでみて、ちょっと認識を改めました。

カンヌ映画祭最優秀芸術貢献賞というのを受賞しているのです。

なにも別に氏素性を知ったからといって、見る態度を改めるというわけではありませんが、とりあえず見る上での励みにはなります。

物語は、同棲している同性愛者のカップルの力関係が逆転し、相手の成功を妬み、憎しみから殺害してしまうという破綻物語ですが、嫉妬に狂う男の方は、なにも相手の男の社会的な成功だけを妬んで殺意を抱いたわけではありません。

自分という「愛人」がいながら、自分とのSEXは絶無になっているのに、夜の街を彷徨い歩いては男漁りを続け浮気していることが、彼にとってなによりも我慢ができないのです。

しかし、この手の話にまるっきり無知なのを曝け出すみたいな初歩的な疑問なので、開陳するのさえ少し憚られるのですが、毎夜性交のお相手を求めて街を彷徨うこの男、どうしてこうも毎晩SEXせずにはいられないのか、理解できないのです。

きっと個人差もあるのでしょうが、異性愛者(だと思っています)の知人たちの性生活を観察しても、あんなに毎晩「いたしている」ようには見受けられません。

相手を求めて街を彷徨うなんてことも考えにくいです。

そこで、女友達にその辺の感想を昼休みに聞いてみました (あえて男に聞くのは避けました)。

彼女は言いました。
「きっと、そういう人って、なにもかもが過剰なのだと思うわ。生きることとか、愛することとか。与えることも、求めることも。」

なるほどね。

するってえと、なにかい。

俺たち異性愛者は、生きすぎず、愛しすぎず、与えもせず、求めもせず、自分だけを大事にしながら、一人ぼっちで適当に命を永らえてるってだけなわけ?

それも随分淋しい話ではあるけどね。
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by sentence2307 | 2005-03-13 21:20 | 映画 | Comments(3)

山の音

例えば、この作品の主人公を不幸な結婚生活に耐えている妻の物語として見るか、あるいは、その嫁を優しく見守る義父の物語として見るかというのが、この映画を論ずる多くの解説書の立ち位置だろうと思います。

そうだとすれば、妻を顧みずに得体の知れない放蕩に耽る薄気味悪い「夫」の像はひとまず遠ざけられ、優しく嫁をかばう義父と、義父を信頼して慕う嫁というふたりだけの関係図がひとまず出来あがり、この映画が安定した見易いものになるだろうという気がしますが、はたしてこういう作品を成瀬巳喜男が最初から本当に目指していたのかというのが、長い間の僕の疑問でした。

このことについて山村聡が「成瀬巳喜男演出術-役者が語る演技の現場」という本の中でこんなことを言っていました。

いよいよ「山の音」をやると決まったとき、原作を読んだことのある山村が川端作品独特のあの性的な雰囲気をどう意識して表現したらいいのか、成瀬巳喜男に相談したというのです。

そして、成瀬巳喜男の答えというのが、「いやらしいから、そういう話はやめにしましょう」と言ったというのです。

この答えには、ちょっと驚かされました。

以前、小津監督の「晩春」の解釈として、オリベイラの、父と娘の「近親相姦願望」的な分析に遭遇したとき以来の驚きです。

僕にとって、あの崇高な「晩春」という作品から、どうしてあのような性的な匂いを嗅ぎ分けられることが出来るのか、そのアクロバット的発想と観念の曲芸にはどうしても納得できないものがあったのと同じように、監督する際に成瀬巳喜男が最初から性的なモノを悉く排して臨もうとしたことが、とても意外だったのです。

この「山の音」という作品は、どう見ても全編噎せ返るような性の匂いで充たされています。

子供にはちょっと見せられないような夫婦の性生活の危うい部分が、きわどい会話によって生々しく描かれています。

なぜ、僕が、あえて「子供にはちょっと見せられない」というかと言えば、実は、僕は子供時分に親に連れられてこの映画を見てしまっているからなのですが。

例えば、朝の場面、出勤の支度をしながら夫が妻に当てこするように「菊子は、まだ子供だからな」というような皮肉を家人の前で幾度も口にし、そのたびに妻は顔を曇らせます。

夫の異常な性向は、事務所の女子事務員を伴って愛人宅を訪れるという不自然なシチュエーションに加えて、さらに、その愛人と同居しているという女友達をも巻き込みながら、酔って荒れるという「乱交」的な異常さを連想してしまうような部分に簡潔に描かれていると思います。

そうした異常な余韻を受けて、観客は「娼婦の真似など出来ない」妻を追い詰める夫の冷ややかな朝のシーンの皮肉な言葉に、夜の寝間での夫婦の性的なやり取り(ある性技の要求と拒絶、あるいはその延長にある無理矢理の性交)という秘められた淫らなイメージがどこまでも広がっていき、だからこそ妻は、自分に宿った命を殺すという堕胎によって、そういう夫に対する拒絶の意思を明らかにしたのだと思います。

当時子供だった自分がこの映画をどこまで理解したか明確な線引きなどできるわけもありませんし、また、成熟した大人の性欲のことなど具体的にどこまで解し得るのかと疑わしく思われる方もいるかもしれませんが、子供が本来的に持っている未知のものへの恐れや怯えや好奇心は、大人の世界のことを大体は察してしまうものだと考えています。

とりわけ「欲望」に関することなど、思春期の成長過程において自分が性欲を獲得していくことの同じ範囲で、大人への畏敬の念が軽蔑に変わる経験を必然的に取り込んでいくものだと思います。

妻が夫の性欲を受け止められずに、夫がほかに女を作っていることを容認せざるを得ない妻の寂しさとか、酔って帰宅した夫が寝床に臥せりながら妻を呼び寄せる際の原節子の嫌悪と諦念の表情など、原節子の演技からかなり正確に成瀬作品のエッセンスを感じ取ったと思いますが、こんな風な感じ方をしていた僕も、随分とませた嫌なガキだったんだなあとつくづく自分でも感心してしまいます。

そして極め付きのシーンは、その翌日の早朝、原節子が洗面所で蹲って鼻血を押さえている場面です。

舅・信吾は労わりながらも鼻血を押さえている嫁・菊子をじっと見つめています。

それは、労わりの気持ちから息子の嫁を気遣って心配そうに見ているという傍観者というより、明らかにその場面の舅・信吾は、「性」の対象として血を滴らせている「女」への官能的な観察者といった演技(観察の異常な快楽を描く川端作品への急接近)を感じないわけにはいきませんでした。

「娼婦のような真似ができない」菊子の、おそらく嫌悪と失意のうちに過ごしたに違いない夜に続く「その朝の鼻血」は、きっと何かが象徴的に描かれているのだと子供心にも感じたのだと思います。

いまなら、その空欄に「気持ちは拒んでも肉体が応じてしまった一夜の性的な高揚のなごりとしての鼻血」みたいな模範解答を書き込んでしまう恐れもありますが、しかし、ここに描かれている「鼻血」というものが人間にとってどうにもできないものの象徴であることだけは、薄々感づいたかもしれませんね。

横山博人の「眠れる美女」を見たとき、誰もが成瀬巳喜男の「山の音」に感じたに違いないもどかしさに、ひとつの明確な見方を示した、そんな直截な感慨を覚えたのではないかと思います。

不幸な結婚生活にじっと耐えている嫁と、それを哀れにも痛ましく見守る義父との関係が、やがてあんな風に性的に成熟していくと見るのも、これもまたあり得うべきひとつの可能性として面白いとは思いました。

この川端の原作そのものに色濃く漂う性の気配からは、どのようにでも物語的な発展を遂げる余地があるだろうとは思いますが、しかし、この年老いた義父と嫁とが、出生の秘密を抱えた赤子を挟んで幸せそうにすんなりと記念写真に納まるという単純化されたグロテスクには、やはり耐え難いものがありました。

(54東宝) 監督:成瀬巳喜男、製作:藤本真澄、脚本:水木洋子、原作:川端康成、撮影:玉井正夫、美術:中古智、音楽:斎藤一郎、録音:下永尚、照明:石井長四郎、編集:大井英史、監督助手:筧正典、 製作担当:馬場和夫

出演:原節子・上原謙・山村聡・長岡輝子・杉葉子・中北千枝子・金子信雄・丹阿弥谷津子・角梨枝子・十朱久雄、北川町子、斎藤史子、馬野都留子
1954.01.15 10巻 2,592m 白黒94分 キネ旬ベストテン第6位
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by sentence2307 | 2005-03-12 11:36 | 映画 | Comments(1)

好色一代男

「市民ケーン」にとって、薔薇の蕾とは一体何だったのかというあの手法で、不世出の活動屋・溝口健二の波乱の、しかし総毛立つような孤立の生涯を夥しい関係者の証言を収集して作られた新藤兼人監督「ある映画監督の生涯」で、最も印象的だった場面は、増村保造の述懐の部分でした。

「インタビューをして、溝口さんのことを悪くいう人はいない」という新藤兼人一流の対話者からの聞き出しの巧みさに促されるように、増村の語りだす「楊貴妃」演出における勝手の分からない分野に戸惑う誠実さを剥き出しにした哀れな程のうろたえの溝口を辛辣に語る場面でした。

そのとき、不意にこの作品「好色一代男」が浮かんできたのでした。

この映画を見て以来、僕の中にわだかまり続けていたものとは、溝口健二の「西鶴一代女」との奇妙な相似と、背反の不思議な拮抗のかたちでした。

そして、あの「ある映画監督の生涯」における増村の述懐を聞いた時、この「好色一代男」こそ「西鶴一代女」に対する増村保造のメッセージが込められているのに気がついたのでした。

溝口健二の仕事に携わりながら、その仕事振りを凝視して、「俺ならそうは撮らないぞ」と心中密かに期して、やがて撮られた「好色一代男」は、アンサー・ムービーだったのだと思い至りました。

男たちに翻弄される性遍歴のあげく、夜鷹にまで身を堕す女の哀れを描きつくした「西鶴一代女」は、まさに溝口健二の独壇場といえるものでした。

妖気ただようばかりの怨念を込めて、自分を弄んだ男たちに擬した百仏羅漢を睨み据えるある形相こそ、ひとり社会への怨情を女の底知れぬ不幸に託して映像美にまで高め得た溝口健二の気魄そのものでした。

しかし、それはどこまでも、単に人形でしかない者の悲しみでしかありません。

増村保造は、放蕩無頼の女狂いの行脚を続ける世之助に、日本的無常観ではなく、ナポリ男の底抜けに明るい陽気さと活力を込めて、いわば、生命力謳歌の愛欲の巡礼に旅立たせたのです。

同じ絶望するなら、人形のようにただ運命に引きずり回されるだけの受身の失意ではなく、あえて絶望をも自ら選び取り、その不運も精一杯生き抜くべきではないのか、女護が島へと船出するラストの底抜けの明るさは、溝口健二作品とは、あまりに好対照です。

人間の悲惨や絶望は、暗く悲愴感に満ちたそのままの表情をしているとは限らない。

陽気さや明るさの中にこそ、密かに飼いならすどす黒い憤怒がうごめいていることだってあり得るのだ、と言い切る背後には、生命力というものの確信さえ感じられるのですが、しかし、それが手放しの賛辞とばかりという訳にはいかないみたいです。

生き続けねばならないという人間の遣り切れないような絶望感が、性にのめり込んでゆくその背後に仄見えるように思えてなりませんでした。
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by sentence2307 | 2005-03-10 00:09 | 映画 | Comments(0)

ブレイブハート

メル・ギブソンの「ブレイブハート」を見ながら、妙な連想に捉えられてしまいました。

愛する人ミューロンを殺されたウィリアム・ウォレスが復讐を誓って抵抗軍を組織し、スコットランドの解放のためにイングランドと戦い続け、やがてスターリング・ブリッジの戦いで英国軍を撃破したのち、同胞と信じていた貴族たちの裏切りにあってイングランド国王エドワード1世との戦闘に敗れ、危ういところで難を逃れ生き延びるという場面です。

イングランドに抵抗を続けるウォレスたちは、その後、封じ込められたかたちで孤立無援の戦いを強いられています。

どうにも出来ないその膠着状態のなかから、打開の途を見つけようとしているときに、かつて自分たちを裏切った貴族たちから同盟の誘いがあり、ウォレスはその誘いに応じようとします。

もちろん仲間たちは、それが危険な罠でしかないのは明らかなので貴族たちに会うことに強く反対しますが、ウォレスは、この膠着状態を打開するためには、微かでも希望があれば当たってみるべきだと貴族の元に単身乗り込んで行きます。

結果的には、それがやはり罠であって、彼はいとも簡単にイングランドの権力のもとに拘束され、残酷な拷問の果てに内臓を引きずり出され、首を刎ねられたあと全身を切り刻まれ、みせしめのためにスコットランドの各地で晒されたとナレーションされていました。

まさに敵地に乗り込んでいこうとしているあの場面のウォレスに、はたして些かでも希望があったのだろうか、という疑問が僕にはあります。

そのときの貴族たちの置かれていた状況は、既にイングランド国王の狡猾な買収によって懐柔されており一度は裏切っているという「前科」もあって、どう考えてもあの状況では、貴族たちの誘いは罠だと考えるのが普通のような気がします。

では何故、死ぬかもしれないと分かっている「死地」に、あえてウォレスは自ら赴いていったのか、そこがどうしても分かりませんでした。

そんなとき、二つの作品が思い浮かびました。エリア・カザンの「革命児サパタ」51とフレッド・ジンネマンの「日曜日には鼠を殺せ」64です。

この2作、むかしからとても好きな映画です。

なぜ魅かれたのか、「ブレイブハート」を見て分かりました。

死ぬかもしれないと分かっているのに、あえて立ち帰っていく孤立した抵抗者の誇りと絶望が、あの作品には、鮮烈に描かれていたからだと思います。
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by sentence2307 | 2005-03-07 23:23 | 映画 | Comments(0)

指導物語

「日本映画専門チャンネル」の原節子特集の中の1本として、長い間見る機会がなかった1941年度の東宝作品・熊谷久虎監督の「指導物語」をやっと見ることができました。

なるほど、この作品、いままで単に読んだり聞いたりの耳学問から勝手に作り上げていた想像を遥かに凌駕する作品で、SLが併走して驀進するシーンのド迫力などは、聞きしに勝るものでした。

この映画が作られた1941年度のキネマ旬報ベストテンでは、第1位が小津監督の「戸田家の兄妹」、第2位に山本嘉次郎監督の「馬」がランクされ、この作品「指導物語」は、堂々第10位にランクされています。

この作品「指導物語」が、時局に沿って急速に右傾化していった熊谷監督が、まさにその絶頂期に、国策に沿いながら気負いに満ちて撮った力強い作品であるという評価(「キネ旬10位」が証しています)と同時に、また一方では、批判性も抵抗性も持たない作家不在の、事大主義的な単なる時局迎合映画でしかないと退けられ、これ以後映画から離れていく契機となったといわれる、ある意味で記念碑的な作品ということもできますね。

例えば、今井正は、こんなエピソードを残しています。

抗日ゲリラとの戦いを描いた「望楼の決死隊」を撮っていた頃、今井監督のもとに、原節子が熊谷久虎(この頃は既に、国粋主義思想団体「すめら塾」の教祖的存在だったといわれています)の手紙を届けにやってきます。

「その手紙には、日本は全勢力を挙げて南方諸国に領土を確保しなければならない。
その時に日本国民の目を北方にそらそうと目論でいるのはユダヤ人の陰謀だ。
この『望楼の決死隊』は日本国民を撹乱しようとするユダヤの謀略だから即刻中止されたい、というようなことが書いてあった。」
というのです。

しかし、軍部の強圧的な要請を無抵抗に受け入れ、それをそのまま社員に課した当時の東宝という会社の体質を考えれば、このエピソードが醸し出す独特の印象を額面通り素直には受け入れ難い部分もあります。

熊谷久虎は「戦争の時代」を生きた映画人として、日本映画史において独特の地位を占めた映画監督です。

上海事変時の海軍陸戦隊の苦闘をセミ・ドキュメンタリー・タッチで描いた「上海陸戦隊」や、軍用列車を運転する機関兵の訓練の葛藤ぶりを真摯に描いたこの作品など、「時代精神」に強く共鳴したという紛れもない事実は、同じような国策的主題を扱いながら戦後社会に適応していった多くの映画人とともに、ひとつの厳然とした事実として歴史に刻印されるべきものだと思います。

さて、この作品は、千葉陸軍鉄道連隊・補充隊の新兵(いずれ戦線で軍用列車を運転する「機関員特業」と呼ばれる兵士たち)が省線機関区に配属されて、厳しい3ヶ月の速成教習訓練を受けたのちに出征していくという、ジャンル的には所謂「師弟もの」に分類されていいかもしれない映画です。

機関員特業の青年兵を熱情を込めて指導に当たる老機関士に丸山定夫が、その同僚機関士を藤輪欣司が演じており、指導を受ける農村出身の逞しい青年兵を藤田進と、そして東大出身でかつて左翼運動にも関係したことのあるという設定のインテリ兵を実際に東大出身の映画俳優第1号・中村彰が演じて、両者を対比的に描いています。

どんな身分の者であろうと、いかなる思想を持っていようと、軍隊というところは、そのすべてを受け入れる度量の広さと、そして貧しい農民の子も豊かなインテリ学生も、おしなべて総ての者がみな等しく平等なのだというイデオローグを、ひ弱な「学生」が厳しい機関士の訓練に耐えて「人間的」に大きく成長していく過程を通して描かれていきます。

きっと、その「完全平等主義」のひとつの表れとして、老機関士・丸山定夫の娘・原節子は、あえて農村出身の朴訥で逞しく誠実な青年兵・藤田進に、ほのかな思いを寄せていくというラストが用意されているのかもしれません。

多分、すぐれた映画に共通していえることは、作品中の各所で心配りの効いた緻密なディテールと出会うことでしょうか。

この作品でいえば、石炭使用量の節約を競い合ったり、汽車の走行中、速度計を見ないで速度を言い当てるという訓練を延々と続ける場面です。

戦場にあっては、列車運行の正確さが作戦遂行上欠くべからざる条件となるのですから、この訓練の重大さを意識すればするほど、極度の緊張に晒されて焦る若き訓練兵には、どうしても現在の正確な速度を言い当てることができません。

幾度も言い間違え、そのたびに帝国軍人たる者がどうしてこれくらいのことができないのかと老機関士は言葉を荒げ恫喝し、苛立ち詰り続けます。

景色の流れや、車輪のレールの継ぎ目を刻む音から速度を計ろうと焦れば焦るほど訓練兵にはどうしても言い当てることができません。

「どうしてこれくらいのことが自分には出来ないのだ」という劣等感と自己嫌悪で彼は深刻に悩みます。

また、東大出の訓練兵の方は、恐慌に囚われ「こんな下らないことに何の意味がある」という思いにまで追い詰められて、楽しかった学生時代のことなどを逃避的に妄想しているときに事故を起こし重傷を負ってしまいます。

彼は自分の不注意を深く反省し、担当機関士に今まで甘えていたこと、迷惑を掛けてきたことを謝り、人が変わったように訓練に精励し、優秀な機関員として成長を遂げていきます。

この部分には、当時の国民に向け、国策映画として表明すべき重大な教訓が描かれています。

うんざりするほど単純な作業を延々と繰り返させ、その作業をとおして彼自身の中で湧き起こる軍務に対する嫌悪や忌避の思いと存分に葛藤させ、徹底的に悩ませ、ある諦念の思いに自ら至らせるまで待つ、そしてその葛藤した過程の成就、つまり考えることを止めたその時こそ死を恐れない「使いものになる兵士」に育て上がるのだという極めてシビアな教訓です。

あるいはこれを、「悟り」と言い換えるなら、そういうことになるかもしれません。

この作品が公開された2ヶ月後、真珠湾攻撃によって日本は太平洋戦争に突入しています。

(41東宝東京)(製作)森田信義(監督)熊谷久虎(製作主任)佐伯清(指導)勝見栄二、青鹿謙三 (原作)上田広(脚本)澤村勉(撮影)宮島義勇(美術)北猛夫、平川透徹(音楽)早坂文雄、スメル音楽研究所(演奏) P.C.L.管弦楽団(独唱) 牧嗣人 (大道具) 稲垣円四郎 (録音) 片岡造 (照明) 平田光治 (編集)後藤敏男(現像)西川悦二(後援) 鉄道省 陸軍省報道部

(出演)丸山定夫、原節子、若原春江、三谷幸子、藤田進、馬野都留子、北沢彪、藤輪欣司、中村彰、汐見洋、津田光男、横山運平、小杉勇、深見泰三、榊田敬治、山川ひろし、真木順、龍崎一郎、坂内永三郎、沼崎勲、柳谷寛、高松文麿、岬洋二、佐山亮、大杉晋、光一
(13巻 2,923m 107分 白黒) 1941.10.04 
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by sentence2307 | 2005-03-06 19:25 | 映画 | Comments(1)

甘い生活

このブログを始めようとした理由のひとつは、日記を書くみたいに映画の感想文を書き続けられたらいいなと思ったからなのですが、でも、そもそもの最初は、「日記を書く」ということの方に重きを置いていました。

というのは、いつものことなのですが、年頭から書き初めようとした日記が、必ず1月3日で途切れ、あとは空白というのが毎年繰り返している僕の年中行事だからです。

弁解するわけではないのですが、書くぞと思って日記に向かうと、小学生の夏休みの絵日記みたいに、「今日も何もなかった」状態で書くことが何も思い浮かばず、しばし呆然と時間を無為にすごし、ため息をついて空白の頁を閉じ、それを何日か繰り返して、やがて日記を放棄するということを毎年続けてきています。

だいたいがズボラで日記向きの人間ではないのにもってきて、人並みに日記を書きたいという執念だけはしっかりとあったというのがすべての悪の種子だったのですが、こんな自分でもどうしたら書く習慣が身に付くのかと考えた結果、映画鑑賞という趣味とコラボしてみようと考えてみました。

これが、意外にうまく回転できました。

実際に書いてみると、私事について書くのではなくて映画についての感想が主体なので、とても気楽にパソコンに向かえます。

こんなことに今更ながら気付くということ自体がウッカリなだけなのかもしれませんが、「自分自身についてのことは書きたくない」という気持ちと、「日記を書きたい」という憧れがガチンコしていて、そもそも最初から不可能の要因を抱え込んでいたのだと、遅ればせながら最近になってやっと分かりました。

さて、映画の感想を書く上で、自分に課したひとつのテーマがあります。

このブログには、自分が本当に好きな映画のこと、本当に感動した映画のことだけを書き込もう。そうすることで昼間のストレスから自分を遮断し、解放できる空間というかリラックスの場を作り、このブログを自分の好きな映画に向けてのラブ・レターで満たし、好きな監督たちへのオマージュだけで埋め尽くそうと考えていました。

しかし、実際に始めてみると、心から感動できる映画とか、自分の感性と響きあうような作品は極めて少なくて、むしろ、耐え難いほどの嫌悪や苛立ちから「なにかを言いたくなる」という最悪な作品ばかりと出会うことが分かってきたのでした。

当然かもしれませんが、気が付いてみると、僕のブログは、そのような作品群に向けられた苛立ちや皮肉や嘲笑で満たされているブログです。

これでいいのかという思いと、これでいいのだという両方の思いがあります。

好きな作品のことだけに絞ってしまえば、きっと書かれるべき作品は、過去の作品ばかりになってしまうでしょうし、厳しい現実から目をそらし、自分に心地よいものばかりに取り巻かれるという望ましくない結果が招来される危険もありますし。

しかし、最悪な作品について書いていくにつれて、考えてみれば、世の中には、愛を伝える言葉は、あまりにも少なくて、バリエーションにも乏しいのに、怒り罵倒し、蔑み揶揄し、嘲笑する言葉のバリエーションのなんと豊富なことか、うんざりするほど実感させられて、そして同時に、僕がこのブログで目指していたものからの「ズレ」を意識し始めていたちょうどその頃、中津川市の市営老人保健施設の事務長が親族5人を殺害するという事件に遭遇しました。

不可解で、そしてあまりにも陰惨すぎる事件です。

しかし、この事件で、まず最初に僕が想起したことは、フェリーニの「甘い生活」のなかの一場面、爛れ切った都市生活に絶望し切っていたマルチェロが、尊敬を寄せ唯一心の支えにしていた詩人スタイナー(アラン・キューニー)が、突如家族を巻き添えにして無理心中をはたし、マルチェロが絶望のどん底に叩き落され自暴自棄に至るというラストの前触れとなる重要な場面でした。

それは、そと目には調和と安らぎに満ちたアカデミックで穏やかな生活を送っていたと見えていた詩人の心の中の荒廃した風景画が、突如僕たちの眼前に無理心中というグロテスクな姿で立ち現れた衝撃の場面です。

僕のこの映画日記に、また望んでいない背日性の陰惨な一文が記るされそうな悪い予感がするとともに、現実の事件を映画の一シーンを通して受け入れようとしているオタク的な自分もまた、意識せずにはおられませんでした。
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by sentence2307 | 2005-03-05 12:01 | 映画 | Comments(1)