世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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「山の音」ふたたび

成瀬巳喜男作品「山の音」のなかで、なぜか強く印象に残っているセリフがあります。

老妻・長岡輝子が、夫の山村聡にむかって「菊子(嫁・原節子)に対するあなたの気遣いが、却って菊子には残酷な仕打ちになっている」となじるところです。

このセリフは、僕の気持ちのなか深くに残ってしまい、その意味するところを、事あるごとに何度も思い返しては考えています。

嫁に対する舅の中途半端な優しさが、却って彼女の不満のはけ口を押さえ込み、結果的に彼女に無理な我慢を強いることとなって、むしろ可哀想なことをしているのだと姑の立場から嫁をかばっている言葉のように感じられます。

しかし、あの場面は、夫との仲がうまくいかなくなり子供を連れて婚家を飛び出してきた長女・房子(中北千枝子)の行く末を案じながら発せられた言葉であることを考えれば、嫁・菊子への思いやりの気持ちよりも、実の娘を「いじけた娘だ」と言い捨てながら、いわば他人の関係でしかない嫁・菊子の方をかばおうとする夫の薄情な冷たい仕打ちに苛立った老妻の非難のニュアンスが込められていると解釈した方が、なんだかしっくりくるような気がします。

そのうえで、この老妻の難詰の言葉の更に奥に、長男夫婦(上原謙と原節子)間のぎくしゃくとした夫婦関係をも暗に仄めかしながら、その責任の一端が夫・山村聡にもあるのだと言い及び、嫁ばかりを庇ってどこまでも長男の放蕩を一方的に責める夫・山村聡に対し、実の子供たちばかりをないがしろにする不快感と不信感を募らせているように感じられました。

しっかりと夫の気持ちをつかんで家庭に向かわせられない不甲斐ない嫁にこそ問題があるのだ、なぜそっちの方を考えずに自分の(私の)子供たちばかりを責めるのかと老妻は言いたかったのかもしれません。

自分の生んだ子供にはことごとく冷たく接し、まるで当てこするように赤の他人の嫁に優しく接する夫に、老妻は限りない憎しみを抱いたであろうことは容易に想像がつきます。

そして、それ以上に、夫の方にも、妻への根深い憎しみが存在していたことが、あの老妻・長岡輝子に対して軽侮を込めてアタマから無視したようなやり取りの中には、はっきりと現れていました。

修復など望めそうもない夫婦の積年の不和が、さらに次の世代の夫婦の不和を生み出して引き継がれていくというこの絶望的な物語の核にあるものこそ、すべて舅・山村聡自身の人間不信から発せられていることを思えば、映画としてその視点が、個人の歪んだ一視点に過ぎないという原作の特異性を取り込んだうえでどこまで表現することが出来たのか、この日本映画史上燦然と輝く至高の名作「山の音」においてさえ、それはいささか疑問かもしれません。

小説の映画化について困惑と若干の困難を感じてしまいました。
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by sentence2307 | 2005-04-30 20:53 | 映画 | Comments(409)

白い野獣

成瀬巳喜男監督生誕100年記念企画のお蔭で、これまで見ることをほとんど諦めかけていたマイナーな作品にもどんどん接する機会ができ、むしろ見る方が追いつかないくらいで、ホント嬉しいかぎりです。

小津監督や成瀬監督に関する限り、下手をすると、却ってフランス人の方がマイナーな作品も含め、偏見なく多くの作品を観ているように思うことがあるので、こんな機会にこういう「白い野獣」(なにしろ今まで「成瀬的でない」という評価がわざわいして滅多に見る機会がありませんでした)のような作品を見られるということは日本人たる者、心から幸せに感じます。

「白い野獣」という物凄い題名(イメージは増村保造作品ですよね)は、僕たちがよく知っている晩年の抑制のきいた成瀬監督の作風からはちょっと想像しにくい「らしからぬ」大胆なネーミングで、監督がスランプの最中という迷いの時期ではあったにしろ、むしろそこに希少価値を感じてしまう魅力的な嬉しい一作なのですが、当時の映画雑誌などを読むと、この頃の作品も含めて成瀬監督は、まるっきり「過去の人」扱いされている印象を強く感じます。

この作品が撮られた背景には、「こなかったのは軍艦だけ」といわれたあの東宝大争議があったようで、きっとその影響を受けたことが、見る人が見ればきっと随所にそのホコロビが現れてしまっているのかもしれませんね。

例えば、この作品は、1947年に撮られた「春のめざめ」の次回作として企画されていたらしいのですが、東宝大争議のために70%ほど撮ったところで中断されてしまい、さらに主演の三浦光子が夫の進駐軍将校と渡米したために(のちに離婚、帰国の費用を永田雅一に借りたため松竹大船の看板女優だった彼女が以後大映作品にも出演する契機になったということで、この「白い野獣」の次の出演作が大映京都作品「銭形平次捕物控・恋文道中」となっています。余談ですが48年作品「わが愛は山の彼方に」が5月1日に日本映画専門チャンネルで放映されるそうで楽しみにしています。)残りが撮れなくなり、仕方なく岡田英次と中北千枝子の部分を新たに加えるなどして脚本に手を入れようやく完成に漕ぎ着けたと伝えられています。

フィルムグラフィを参照すると、「春のめざめ」と「白い野獣」の間には、なにせ「不良少女」49、「石中先生行状記」50、「怒りの街」50が作られているのですから、戦後すぐの混乱期から、それがようやく終息を見せ始めている微妙な時間的なズレが生じて当時の観客に時代錯誤のような違和感を与え、そういうこともあって「過去の人」という芳しくない評判が定着したのかもしれません。

例えば小津監督作品の中でも「らしからぬ」作品としてスコブル評判の悪かったという戦後すぐに撮られた「風の中の牝鷄」と比べ人物描写があまりにも類型的だといわれたそうなのですが、しかし、現代の僕たちが、そうした批判から自由な場所でこの作品を堪能できることは幸せだと思っています。

なにしろキャメラマンが「浮雲」で組むことになるあの名手・玉井正夫です、それだけでも、この映像にどっぷりと浸かって心ゆくまで酔い痴れるという貴重な愉しみが僕たちには残されていますよね。

そうそう、この映画を見ていてある友人から聞いた話を思い出しました。

多分ここで描かれている施設というのは、現在でいえば八王子の中野にある「東京婦人補導院」という所がそうらしいのですが、そこに収容する該当者というのが物凄く限定された条件(友人は「馬鹿げた」という形容詞を付けました)があって、結局そこの収容者が、常に1人とか2人とかの状況なのだそうです、だからといって別に日本から売春というものが絶滅したというのではなく、つまりその収容条件というのが「売春防止法第5条の「勧誘等」に該当する罪(現在主流の「派遣形」は外れます)を犯し、そして補導処分に付された満20歳以上の女子だけ」だという時代に取り残されたような不自然な限定がそのまま適用されているからなのだそうです。

つまり公道で堂々と客を勧誘して検挙された20歳以上の女性で、なおかつ補導処分にならなければこの施設には入れないという難関なのですから、ここの収容者が常に数人という特殊な事情も頷けるというのです。

この現状にそぐわないまま軌道修正できない「融通のきかなさ加減は、法律の悪しき慣習」なのだと友人は言っていました。

だからでしょうか、この映画から受けた印象に女性たちの年齢層がやや高めかなと感じたのは。

それだけに梅毒の恐怖に見舞われるトウのたった彼女たちに、一層の痛ましさを感じてしまうのかもしれませんが、しかし結末でその恐怖を克服し彼女たちに心の平穏をもたらすものとして出産を描き、「母性」を前面に出すという安直なまとめ方が、きっと当時不評をかってしまった原因だったのかもしれません。

なにを撮ってもうまくいかない低迷期にあった成瀬監督のちょっと残念な作品だったかもしれませんが、僕には三浦光子の美しさのピークを玉井正夫の映像によって心ゆくまで堪能できた素晴らしい作品ではありました。

(50東宝)製作 田中友幸、監督 成瀬巳喜男、脚本・西亀元貞、成瀬巳喜男、撮影 玉井正夫、音楽 伊福部昭、美術・平川透徹・武田正夫、録音・三上長七郎、照明・島百味
出演・山村聰、三浦光子、木匠久美子、飯野公子、岡田英次、中北千枝子、北林谷栄、千石規子、登山晴子、河野糸子、馬野都留子、長浜藤夫、矢の島秀子、戸田春子、出雲八重子、石黒達也
1950.6.3、10巻 2,526m 93分、モノクロ
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by sentence2307 | 2005-04-29 09:07 | 映画 | Comments(1355)

花とアリス


女の子同士で楽しそうにジャレ合っているところを遠くから眺めているだけで、いつの間にか笑顔になってしまっている自分が、しっかりオヤジだなあと最近つくづく思います。

岩井俊二も、きっと同じようなオヤジ的な気持ちからこの映画を作ったに違いないと感じたりもしています。

ここに描かれている少女たちの「キュートな可愛らしさ」も「ひたむきな健気さ」も、それがリアルからは程遠いオヤジ的な視点から見た少女像だと思う気持ちがあるからでしょう。

いままで接した多くの感想の中で、感動はしたけれど実際の女子高生はこんなじゃない、という違和感を敏感に感じ取った人たちの苛立ちのコメントを幾つか見掛けたのは、きっとそういうことだったからだろうと思います。

でも、こう言ってはなんですが、個人的には、リアルにこだわった中学生たちのイジメと殺し合いを描いた寒々しい映画なんかよりも、女の子たちがキャッキャッとはしゃぐ恋の噂話そのままに、まるっきり空想から出来上がってしまったこちらの作品の方が、遥かに爽やかな気持ちにさせてくれたことは事実でした。

もちろん映画本来の作りとか出来とか、そういうこと以前の話という条件を付けても、それって映画にとって本質的で、とても大切なことのような気がします。

さて、評価の低い作品のなかから優れた部分を見つけることよりも、多くの人たちの支持を得ている作品から欠点を見つけ出す方が、はるかに難しいとはかねがね思っていることで、いままで「花とアリス」についてのおびただしい感動のコメントに接してきて、そのことを痛感しています。

たまに出会う批判めいた感想も、結局のところ、先入観があって(多分、少女趣味とか岩井俊二への反撥とか)、あらかじめ身構えながらこの作品を見、そして、いとも簡単に感動してしまったことに対する戸惑いや照れ隠しなどがきっと根底にある、つまり少し言い方を代えただけの「ひねくれた賞賛」でしかないということが、すぐにも分かってしまうタイプの感想でした。

それはきっと、嫉妬からの可愛い言い掛かりみたいなものなので、多分それだって単なる愛の告白の一変種だと、分かる人には分かってしまう程度の批判だったと思います。

ですので、どのような形であれ、この作品のコメントを書くということは、多くの人たちが既にどこかで言い尽くしている感動の言葉を、ただなぞるだけで終始するかもしれないという危惧がどうしても付きまといます。

しかし、感動したというこの思いだけは、どうしても言葉にして残しておきたいと、あるコメントを呼んで痛切に思いました。

それは、ラストのオーディションのシーンで、アリスがなぜバレエを踊るかどうしても分からない、アリスがモデルの仕事にそんなにも執着を持っているようには思えなかったと書かれているコメントでした。

紙コップをつま先にガムテープで巻き付け、トウシューズのようにして彼女がバレエを踊る美しいシーンに、この映画のすべての魅力が込められているといってもいいかもしれません。

幾つものオーディションを受け、そして、その数だけ落ち続けてきた彼女にとって、アリスはその度に「私のことを何も分かってないくせに」という悔しい思いを抱え、落ち込んでいきます。

だからこそ、あのオーディションで、アリスは自分のことをちゃんと分かって欲しいために、「ちゃんと踊ってもいいですか」という言葉をどうしても言わずにはいられなかったのだと思います。

そして、自分のすべてを表現したいという彼女のそういう舞いが、美しくないわけがないので、きっと誰もが「自分」というものを十分に表現し尽くすことができたら、「有名」になるとか、そんなことはそれ程の問題ではないのだ、とこのシーンは言っているように思いました。

この映画を少女2人と落研のトッぽい男の三角関係の物語と見れば、おそらくラストのアリスのバレエのシーンは不可解という感想も当然あり得るかもしれませんが、この映画は、花と宮本、アリスと(母親を含めた)別居中の父親との、2組の物語と見ることで、はじめて見えてくるものがあるような気がします。

アリスにとって宮本先輩の失われた記憶(実は虚偽なのですが)をたどるデート・コースは、実は、失われてしまった自分の家族の記憶を辿る思い出のコースだったことを思えば、あのオーディションで踊ったバレエが孤独なアリスの悲痛な「自己主張」だったと考えていいかもしれませんよね。
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by sentence2307 | 2005-04-27 00:03 | 映画 | Comments(107)

秀子の車掌さん

愛らしい小品、という見方も当然あり得ると思います。

バスを1台しか所有していないウダツのあがらないバス会社の社長は、新興のバス会社に押され気味ということもあって、こんな赤字続きのボロ会社などさっさと売り払って処分してしまおうと思っています。

そして、そこで働くバスの運転手と車掌も、なにかと評判の悪いこんな会社なんか、いつでも辞めてやると思いながら、一方ではせめて仕事に誇りを持ちたいと痛切に思う車掌のおこまさんは、どうにか会社の業績を上げようと、ラジオで聞いた名所案内のバスガイドのアイデアを取り入れ奮闘するというなんとも愛らしい地方色豊かなバスの車掌さん(なんてったって17歳の高峰秀子です)の物語です。

しかしまあ、高峰秀子の初々しさを加味しても、巨匠・成瀬巳喜男がわざわざ撮るほどの作品だったのか、という先入観を抱えながら見始めました。

それはきっと後年のこのゴールデン・コンビが次々と放った珠玉の名品の数々を考えれば、なんだかもったいほど気の抜けた作品なのだろうなという先入観を僕でさえ持たされていたからでしょうし、この起伏に乏しく、つつましいほど軽々しい映画の佇まいが、なんだかこの二人の類いまれな才能の無駄遣いのような気がして仕方ないという思いもありました。

僕なんかが思うまでもなく、この映画「秀子の車掌さん」は、成瀬作品のなかでは、あまり芳しくない評価を受けていたらしい作品だそうです。

その批評というのは、まあ、だいたいはこんな感じなのでしょうか。
「後年、成瀬映画の中心となる高峰秀子との初コンビ作品だが、バスの車掌の話ということもあり、当然ロケーションが多い人畜無害な娯楽作品だが、手堅いだけの気迫に乏しい作品である」というわけです。

随分とひどい言い方だと思いませんか。

見る前から、散々こんな映画評を読まされていたら、どんなにいい作品でも、まっさらな素直な気持ちで映画を鑑賞することなんか出来ませんよね。

ひたすらなヨイショ評もみっともないけれども、偉そうな知ったかぶりの酷評も読んでいて気持ちのいいものではありません。

それを考えると映画評って本当に難しいと思います。

例えば文芸評論みたいに、それ自体で自立したものとして読むに堪えるような成熟したものが映画評論にまだまだ少ないのは、きっと論ずべき対象としての作品世界の奥深い所まで踏み込んで論じようという姿勢そのものの批評があまりないからかもしれません。

作品の周辺事情の「お噂紹介」くらいで充足しているメディア側が、小難しい評論なんか最初から必要と認めておらず、また求めてもいないからでしょうか。

だから当然そこには書くようなスペースなど与えられるわけもなく、そもそも映画それ自体にこそ、「手堅いだけで気迫に乏しい作品」ばかりしかないからなのかもしれません。

その辺の事情は複雑すぎて分かりませんが、とにかく「秀子の車掌さん」のような誠実な作品を「手堅いだけの気迫に乏しい作品」の一言で片付けるというのはあまりにも酷だと思いました。

さて、この映画の中に、名所案内の原稿を無償で書いてくれる「井川」という小説家が登場します。

この映画のベースが井伏鱒二の小説と知った途端、この映画のもつ地味で素っ気ないほど淡々としたつつましさが、たちまち、なんだか飄々とした魅力的なものに見えてきました。

バスの運転手・藤原鶏太(釜足)と車掌さん・高峰秀子が、当地を去っていく小説家・井川の乗った列車を、踏み切りの前で待っていて見送る場面があります。

きっと小説では、小説家としての井川の視点から、自分を見送るために踏み切りで立つ二人が「一瞬見え、たちまち遠ざかっていく」みたいな感じで、おそらく描かれているのかもしれません。

残念ながら未読の小説なので想像で言うしかないのですが、この逆転させた視点に、僕としては妙に成瀬巳喜男らしさを感じてしまいました。

ローカルな地方のオンボロ・バスで健気に立ち働くバスガイドの可愛らしい少女に、ちょっと興味を持った東京の小説家が、名所案内の原稿を好意で書いてあげたり、親切にもガイドの指導をしてあげたりという視点は、行きずりの少女の純潔に惹かれる「伊豆の踊り子」のシチュエイションとどこか似ています。

その小説世界で描かれているラストシーンは、少女への関心や興味が、同時に、やがて彼女が周囲の劣悪な環境や熾烈な運命に巻き込まれて、そう遠くない将来、やがて「穢される女」にならねばならないという、少女の儚くつかの間の「純潔」を、哀しみのなかからじっと見つめる視点と共通するものを感じます。

つまり、あの別れの場面は、失われ行くものの絶望と虚無感の象徴として描かれているのではないかと。

しかし、その失われてしまう純潔とか女の哀しい運命とか、そして儚い美しさのどれもが、ただ作家自身の感性を証すために便宜的功利的に利用されるだけの道具でしかないように思えてきました。

「その後、女はどう生きたか」という視点は、突き詰められることもないまま、悲しみの余韻だけを残して途切れるように完結されます。

「伊豆の踊り子」がそうでしたよね。

しかし、むしろ、女のシビアな「その後」の日常を、憎悪や悔恨のなかから描き続けた成瀬巳喜男作品にとって、悲しみの余韻に浸るなどというタイプの情感など見つけることはとても困難なことだろうと思います。

この映画で言えば、会社が売り払われてしまったとは知らず懸命に名所説明に精を出すラストにそれは端的に描かれているのかも知れません。

まあしかし、愛らしい小品、という見方も当然ある得るとは思いますが。

作品のなかに、はっきりと甲州街道、青梅街道、笛吹川の地名がでてくるので物語の舞台は甲府付近と分かります。

なんだか太宰治(「だざい」と打ったら、まず最初に「堕罪」と出てきて驚きました)の影を感じてしまいました。

それから、いつもかき氷にラムネをかけて食べているバス会社の社長の役をやっている勝見庸太郎が素晴らしいと思いました。

従業員の給料は社長が自分の財布から「君に先月分の給料をくれてやる」などと言って直接手渡すセリフも凄いのですが、こんなところから「社長」というものの権威が相当強大なものだったことは、あの勝見庸太郎の尊大な態度の演技からよく分かりました。

面白いセリフに、「この文案は園田さんから社長に検閲してもらってください」というのもありました。

この辺は、昭和16年という時代相を反映している部分でしょうか。

(41南旺映画) (監督脚本)成瀬巳喜男(原作)井伏鱒二(撮影)東健(美術)小池一美(音楽)飯田信夫
(出演)藤原鷄太(釜足)、夏川大二郎、清川玉枝、勝見庸太郎、榊田敬治、山川ひろし、松林久晴、林喜美子、馬野都留子 (54分・35mm・白黒)
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by sentence2307 | 2005-04-23 16:07 | 映画 | Comments(1)

歌行燈


ある作品が貶されている映画評に出会うと、指摘されている欠点がどういう欠点か自分の目で直接見て、逆にその指摘が当を得ているかどうか、どうしても確認しなければいられませんでした、もうずっと以前の話ですが。

根が天邪鬼にできているので、そういう鑑賞の姿勢は、逆に「それなら、どこかいい所を見つけ出そう」という弁護の姿勢で見ることとなり、多分そういう見方が僕を「映画」に近づけていったのかもしれませんね。

喜劇を見るなら、あらかじめ顔面の括約筋を緩めた待機状態で最初から笑う準備をして待っているくらいの喜劇の味方です。

多少面白くなくっても一向に構いません。

こちらとしては、心と体の準備はいつでもスタンバっているので、切っ掛けさえあれば簡単にお誂えの笑いで応じられる、つまり初夜を迎えた花嫁状態です。

友人に言わせると「お前は褒めることしかしない」と非難もされますが、映画を楽しむ秘訣は、あるいはこの辺りにあるのかもしれませんね。

淀長さんも言っていました。

だからまあ、「褒め倒し」という場合も時にあるわけですが。

しかし、その元気も最近はとみに衰え、評判の高いものは抵抗なく見られるのに、少しでも貶しの入った作品は、あえてその抵抗を押し返してまで見ようという気力がなくなっていることも確かです。

「歌行燈」の感想を書くのに、なにをウダウダ書いているのかとお思いでしょうが、この作品の昔から言われているある評価がどうしてもひっかかり、いままで見ることを躊躇し、その機会を先伸ばししてきたのだと思います。

この作品の否定的な評価というのは、まずは「新派」総出演のこの作品が、新派俳優の芝居をなぞったにすぎない舞台的様式性の再現に終わったと評されていることと、当時49歳の花柳章太郎が白塗りで二十台の主人公・恩地喜多八を演ずる不自然さに、成瀬の目指す日常的リアリズムの追及を放棄したものにすぎない、という芳しくない評価でした。

しかし、新派のユニットを使うことと花柳章太郎の起用は、長い間あたためてきたこの企画を実現するための基本的な条件だったことも忘れてはならないことであって、逆に、本来もっと自由であってもいいリアリズムという考え方でさえ成熟していく過程で硬直化を余儀なくされ、「○○というものは、こうでなければならない」風の一種の様式化を避けられなかった当時の世評の時代的限界というものを実感しないわけにはいきません。

その本末転倒な評価の在り方に何か皮肉な感じを持ちながら、確かにこの作品「歌行燈」に成瀬巳喜男らしい持ち味が生かされている部分があったかどうかという視点でこの作品を鑑賞しようと思いました。

成瀬巳喜男が残した仕事のピークは、一般的にいうと、1951年の「めし」から始まって、1955年の「浮雲」までの5年間だといわれています。

その間に撮られた「おかあさん」1952、「稲妻」1952、「夫婦」1953、「妻」1953、「あにいもうと」1953、「山の音」1954、「晩菊」1954は、どれも高い評価を受けていることは、キネマ旬報の年間ベスト10を見れば一目瞭然です。

例えば、「めし」の第2位を皮切りに、「おかあさん」の第7位、「稲妻」の第2位、「あにいもうと」の第5位、「山の音」の第6位、「晩菊」の第7位、そして成瀬作品の頂点とされる極め付きの「浮雲」が第1位を獲得するという充実ぶりで、これがたったの5年の間に成し遂げたひとりの監督の仕事とは、とても信じられません。

女を、ただの置物の人形のように美しく撮るだけの器用な監督なら幾らでもいる中で、成瀬の描く女たちは、フシダラで男にひたすらだらしなく、しかも求めることに貪欲であることを隠そうとしないにもかかわらず、しかし、だからといって男運には恵まれるというわけでもなく、不甲斐ない男のために裏切られ続け、報われない苦労を抱え込んだまま、じりじりと堕ちていく女たちです。

脂粉の沁み込んだ女の体臭を、顔を背けたくなるような悪臭として描ける映像作家は、今後も出ないかもしれないと思わせるほどの鬼気迫る迫力に満ちています。

そしてまた、その虚構を支えるために、それらの女たちを嫌悪に眉をひそめながら冷ややかに見据える第三者の存在を描き込むことで映像的な立体感を持たせるテクニックには一部の隙もありません。

例えば、「妻」の冒頭、高峰三枝子の妻が朝食の食卓の食べ残しの漬物を摘まんで口に入れ、クチャクチャと醜く咀嚼するシーンに、それは端的に描かれていました。

上原謙の夫が新聞越しにちらっと妻を見たあとで、再び新聞に視線を戻すその嫌悪に歪むうんざりした表情には、もうこのシーンだけで夫婦の倦怠を通り越した妻に対する夫の嫌悪が恕実に描かれ、やがて若い楚々としたタイピストの丹阿弥谷津子に急速に惹かれていくという根太い伏線となっています。

成瀬巳喜男の描く「何気ない日常的な描写」の質とは、こういった繊細な描写を示しているのだろうと思いますが、果たしてこの「歌行燈」にそのような描写があるのかどうか、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

成瀬巳喜男が松竹蒲田にいた時、その小市民の生活を描く作風を撮影所長・城戸四郎から「小津は2人はいらない」と評されたという有名な逸話があります。

この逸話を成瀬の監督昇進が遅れていたことと照らし合わせると、当時の彼の置かれていた状況が良く理解できるかもしれません。

成瀬より後に入社した清水宏、五所平之助、斎藤寅次郎、小津安二郎など、彼を飛び越して次々と監督昇進を果たしていく中で、成瀬だけが大幅に監督への昇進が遅れていました。

松竹で撮った作品は、栗島すみ子主演の「夜ごとの夢」と「君と別れて」が一定の評価を得ただけで、成瀬は「のがれるように」P・C・Lに移籍します。

そして、そこでのびのびと撮った「妻よ薔薇のやうに」1935でキネマ旬報年間第1位を獲得するのですが、しかしその華々しい第1歩が、実は成瀬巳喜男の長いスランプの始まりでもありました。

成瀬巳喜男の復活を感じさせたのが「めし」1951ですから、実に15年という並みのスランプではありません。

しかし、スランプとはいえ時期的には戦時下でもあり、撮れるテーマも限られていたという条件を加味したとしても、撮られた作品の百花繚乱、異様なまでのテーマの多岐さ加減は気になります。

そこには「何を撮っていいか分らない」という成瀬巳喜男の戸惑いがごく素直に表されていると見るべきで、つまり、どの作品もあえて成瀬が撮らなくてもよかったものばかりだった、というのがどうも通説として定着しているようなのです。

そういうスランプの中で撮られた芸道物「歌行燈」1943は、成瀬作品のなかでも芳しくない評価を得ている作品群に仕分けされているということのようなのです。

円熟期にある諸作品と、この「歌行燈」とを同一の価値基準で判断するのは、一応は避けるべきだと考えています。

ただ定説をなぞるだけの「この作品の中に成瀬のリアリズムはどこにある」式のアクセスでは、きっと不毛な結論しか得ることができないでしょうし。

後年の円熟した作品群をもってして、模索時代の作品を裁断する愚だけは犯すまい、つまり、スランプのさなかにあって、その手探りの模索的行為のなかに、成瀬らしさの萌芽を見出すことこそが、肯定のなかで映画を見ていこうとする僕の姿勢だと思うからです。

この作品を紹介している多くの解説や批評に、この映画の名場面として、朝靄立ち込める松林の中で7日という日限を切って恩地喜多八がお袖に舞を教える卓越したシーンが絶賛のなかで紹介されています。

僕としても、このシーンが作品中の白眉であることは否定しません。

淡い木漏れ日の中、山田五十鈴の気品に満ちた舞を、しなやかに追う中井朝一のカメラの流麗さには、もう誰もがうっとりしてしまう名場面だと、確かに思います。

しかし、こういうタッチは中井朝一の撮り方ではあっても、はたして、あの冷ややかな射るような眼差しで女を追い詰めるようにして撮る成瀬監督の撮り方かといえば、それは明らかに違います。

成瀬巳喜男らしからぬ点を褒め上げておいて、その作品の価値を計るような矛盾した論じ方だけは避けたいと考えています。

では、どこに成瀬巳喜男らしさが出ているかといえば、この物語で3度繰り返されることとなる「ひと(男)のおもちゃになるな」という台詞にあると考えています。

能楽の名流・恩地喜多八が、伊勢で謡の名人と名乗る按摩・宗山を侮辱・屈服させ、彼の家を立ち去る際に初めて会ったお袖に発せられるのが、まず1度目の「ひとのおもちゃになるなよ」という台詞でした。

しかし、喜多八が立ち去り際に吐き捨てたこの「男のおもちゃになるなよ」という台詞は、彼が、お袖を宗山の「持ち物」であると誤解した上で発せられた精一杯の棄てセリフだったと考えるのが正当で、その言葉の裏には、お袖に対する喜多八の並々ならぬ関心が最初からあったことが示されています。

いわば、懸想した娘が、よりにもよって老按摩の妾に甘んじていることに対する苛立ちと無念さの激白とでもいうべき喜多八の心情が吐露されていたわけですが、しかし、お袖の気持ちに残り続けるその言葉「ひとのおもちゃになるなよ」は、言葉それ自体の意味合いだけが自立して、無芸な芸者として苦労しているお袖を支えていきます。

2度目に語られるこの言葉は、芸者として苦労しているお袖を喜多八が偶然を装って逢いに行く場面で語られています。

お袖が「兄さん(ここはまだ三人称と解すべきでしょうか)のあの言い付けを守って、どんなに苦しくっても体だけは売らないでいるのです」という言葉が契機となって、喜多八は彼女に舞を伝授することになりますが、その題目は、彼女の父を自殺に追いやった張本人であることを暗に告白するかのような、宗山が最後に語ったのと同じ「松風」という因縁の曲でした。

こうしてストーリーは、幾つもの偶然の糸に結ばれ、離れてはまた引き寄せられながら大団円に向かって雪崩れ込んでいくわけですが、「おもちゃになるな」という言葉もまた、喜多八とお袖の間でどんどん変質していくのがわかります。

お袖の舞いが手掛かりとなって師・恩地源三郎からの勘当の許しがでるラストでお袖の口から語られる3度目のその言葉は、もうほとんど喜多八に向けられた愛の告白となっています。

しかし、このラストを新派独特の手放しのご都合主義と解することは、僕にはどうしてもできません。

薄幸な女に向かって投げかけられた「ひとのおもちゃになるなよ」という成瀬巳喜男の激烈な言葉が、戦後どのような映画となって結実していくこととなるのか、幸い僕たちは十分に知悉しているからです。

製作・伊藤基彦、監督・成瀬巳喜男、原作・泉鏡花、脚本・久保田万太郎、撮影・中井朝一、美術・平川透徹、照明・岸田九一郎、調音・道源勇二、音楽・深井史郎、編集・長沢嘉樹、時代考証・木村荘八、能楽考証・松本亀松、演出助手・古賀稔、

出演・花柳章太郎、山田五十鈴、柳永二郎、大矢市次郎、伊志井寛、瀬戸英一、村田正雄、南一郎、吉岡啓太郎、渡辺一郎、山口正夫、中川秀夫、春木喜好、島章、花田皓夫、辰巳鉄之助、松宮慶次郎、柳戸はる子、明石久子、清川玉枝、10巻2555m
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by sentence2307 | 2005-04-21 22:42 | 映画 | Comments(0)

冷飯とおさんとちゃん

この田坂具隆監督作品のオムニバス映画「冷飯とおさんとちゃん」を見ながら、前後の2作品に比べて「おさん」の部分だけが、いやに突出していることに少し驚きました。

「冷飯」と「ちゃん」は見ているだけでこちらが赤面するくらい、全編ことごとく善意に満ちたヒューマニティ溢れる作品です。

「冷飯」は、武家の四男坊の「冷飯食い」が、分家もならぬ生涯部屋住みという理由で、町で見初めた娘(実は彼女の方も彼に恋焦がれていたことが、あとで分かります)との結婚を一度は諦めるものの、やがてひょんなことから禄をはむこととなり、事態は急変して恋が実るというほのぼのとした物語ですし、「ちゃん」は一本気の職人が時勢に背を向けて金儲けとは程遠いこだわりの仕事を、家族の愛情に支えられて貫徹していくという、これまた赤面ものの感動作でした。

多分、同じテンションのこうした作品が、3本ただ並んでいるだけなら、それなりに感動して「控帳」かなにかに、○でも△でも印を付けて「見ました!」みたいな感じで、あとはすんなり忘れてしまったかもしれません。

しかし、「おさん」には、驚きました。

妻がSEXの絶頂でイッてしまうそのとき、聞いたことのない男の名前を口走り(あとで聞けば、それは父親の名前でした)、男はそれがどうしても気になって妻を抱くのが怖くなり、2年の間ひとり大阪で離れて暮らしているうちに、女は次々に男を変えて、やがて性質のよくないやくざな男にひっかかり、しかし、その男にも例の「男の名前」のうわ言を聞かせて、身に覚えのない(まあ、最初はそうではなかったにしろ、その頃の彼女は「身に覚えのない」とは考えにくかったかもしれません)嫉妬を受けて男に刺し殺されるというお話です。

男から男に渡り歩き、その度によがり声で男の名前を口走ると言うのですから、ご清潔な他の2編に比べると、この「おさん」は、少なくとも「道徳」や「公民」の教科書には載せにくい物語です。

しかし、ここに登場する「おさん」が並の女なら、この物語はきっと成立しなかったかもしれません。

おさんに去られた男たちが、身を持ち崩しながら彼女のことを忘れることが出来ないまま口々に言うのが、おさんという女の性交時における素晴らしい肉体に対する官能的な賛美です。

こんなふうに言葉を連ねると、思わずちらっと、男を食い物にしてますます美しくなるという増村保造作品「刺青」を思ってしまいますが、女性の側が人間的にあれほど意識的でないどころか、まったく逆向きなところが、きっと田坂監督との決定的な違いかもしれません。

あの「五番町夕霧楼」において、娼婦・夕子を抱きに来た客が、好色そうにスケベ心いっぱいにして、夕子の類いまれなるカラダのつくりを手放しで賛美する場面と共通するなにかを強烈に感じました。

(65東映京都)製作・大川博、企画・岡田茂 小川三喜雄 三村敬三、監督・田坂具隆、助監督・鳥居元宏、脚本・鈴木尚也、原作・山本周五郎、撮影・飯村雅彦、音楽・佐藤勝、美術・鈴木孝俊、録音・中山茂二、照明・和多田弘、編集・宮本信太郎、進行主任・浜田剛、スチール・諸角義雄、宣伝プロデューサー・塀和昭吉、製作宣伝・中島実、

【第1話】中村錦之助、木暮実千代、原田甲子郎、岡田千代、中村錦司、小沢昭一、花沢徳衛、入江若葉、唐沢民賢、山乃美七子、千秋実、不二和子、河原崎長一郎、浜村純、藤原釜足、東竜子、宮園純子、前川良三、源八郎、五十嵐義弘、矢奈木邦二郎
【第2話】中村錦之助、新珠三千代、安中滋、佐藤慶、大坂志郎、富永佳代子、赤木春恵、中畑道子、市川有二、畑中伶一、三田佳子、
【第3話】中村錦之助森光子伊藤敏孝岡田由起子藤山直子渡辺美佐子北村和夫三木のり平坂本武都賀静子高橋漣中村時之助塩崎良子
(1965.04.10 15巻 4,862m 177分 カラー シネマスコープ)
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by sentence2307 | 2005-04-18 00:21 | 映画 | Comments(0)

殺人の追憶

思い込みがかなり強い方なので、画面を読み過ぎてチョンボをやらかすことが結構あります。

例えばこの映画「殺人の追憶」のラストで、ソン・ガンホが二十数年前の猟奇殺人事件による最初の犠牲者が発見されたかつての現場に立ち寄るシーンで、通りすがりの少女から、自分が来る少し前に、犯人とおぼしき「普通の顔」をした男が、同じように現場を訪れていた事実を知らされた際の「カメラ目線」となった彼の複雑で意味ありげな表情から、僕は加藤武の「よし、分かった!」を思わず連想してしまったというのもそのうちのひとつでした。

もちろんあのシーンは、「よし、分かった!」などと言っているわけではなく、もう少し奥の深い含蓄に富んだ意味があったわけで、そこがまたこの作品を傑出したものにしているのだと思います。

事件から20年近く経過し、当時の関係者にとって最早あの猟奇事件が「過去の遠い思い出」として風化しかけていたとき、少女のひと言によって生々しい現実=犯人の影がぐっと接近し、遥かに隔たった時間を一瞬のうちに飛び越えて、犯人がその辺りをうろついているという生々しい現実として切実に実感させた優れた場面でした。

当時、事件を解明することができなかった元刑事のガンホが、見えざる猟奇殺人犯と図らずも不意に向かい合わされることで恐怖と驚愕によって恐慌をきたす緊迫した表情を微妙な顔だけの演技によって見事に表現したシーンだったのですが、同時に、僕には、犯人(映画の中では、終始「顔の見えない殺人者」として描かれています)の方もまた、そのとき深い喪失感と悔恨に囚われていたのではないかと思ってしまいました。

映画のこのラストのメッセージをそのまま受け取るなら、きっと「凄惨な数々の猟奇殺人を犯した異常者が、何食わぬ『普通の顔』をして僕たちの日常社会に溶け込んでいて、すぐ傍で同じように生活しているという恐怖」を描いているのだと思いますが、このラストの部分から以前犯罪について書かれたある本のことを思い出しました。

多くの犯罪事例を研究したというその著者は、すべての犯罪は常習性を伴った病気であると結論し、その象徴的な犯罪行為として例えば万引きを例に挙げて説明していました。

普段は善悪の判断も十分にできる理性的で良識的な社会人が、ひとたび「環境的なある条件が整う」とムラムラと湧き起こる盗みの衝動を抑えられず、監視のスキをついて本能的に万引きをしてしまうというのです。

そこには、どうしてもアレが欲しくてたまらないとか、盗んだ物を転売してひと儲けしてやろうなどという功利とか狡猾な打算とかではなく、もっと切実な止むに止まれぬ衝動、つまり「つい手が動いてしまう病気」として万引きを説明していました。

そこには最初から犯意や悪意というものが存在しているわけではないので、犯してしまったあとには当然のように罪悪感と深い後悔の念が彼を襲いますが、そうした罪悪感を抱えながらも、再び「環境的に条件が整」ってしまえば、またもや「つい手が動いて」万引きを繰り返して彼には自分のその行為を自身では決して制御することができない、いわば心神喪失の中でなされるにしろ常習性を備えた病的行為だと解説されていました。

この映画「犯罪の追憶」を見て、その本のことを不意に思い出しました。

そこには、見咎められて捕縛され、何らかの罰を科されないかぎりその行為を際限なく反復してやまない彼らが、やがて逮捕されたとき、「もうこれで盗まずにすむ」とほっと安堵するというエピソードまで紹介されていました。

逮捕時の一見奇妙なこの感慨は、僕たちに、凄惨な死体解体工場たる自宅で逮捕されたとき「もうこれで人を殺さずにすむ」と言ったという連続猟奇殺人犯エド・ケインのことを思い出させます。

この映画「殺人の追憶」のラストから考えると、かつての殺害現場を訪れた「顔なき猟奇殺人者」が逮捕を免れたことを「ざまあみろ」とほくそえんでいたとはどうしても思えません。

ラストで大写しになったガンホのあの複雑微妙な表情にいざなわれるままに、むしろ、僕には、環境的な「ある条件」が整った不安定な時期の中でもたらされる動揺によって、自分ではどうすることも出来ないままに数々の猟奇殺人を引き起こした男が、時を経て闇の季節に為されたそれらの罪深い行為を深い後悔の念をもって現場を訪れたのではないかという気がしてきました。

その「ある条件」とは、きっと南北の分断を背景にした韓国軍事政権下で不安定ながらも諸矛盾を抱えたまま急速な経済発展を遂げた混乱期の中で心の拠り所を失った人心の喪失感みたいなものを意味していたのでしょうか。

街には灯火管制が引かれ、訓練の空襲警報が鳴り響いて、救護訓練をする少女たちの姿や捜査に当たるべき機動隊が民主化を求める民衆のデモ鎮圧のために出払うなど、当時の高度経済成長の急激な体制変動のもとで、光の届かない影の部分・社会の片隅で生きる「忘れられた人々」(「兵役を終えた異常な殺人者」という設定も物語の視野に入っていたのでしょうか)の心の歪みと動揺の象徴みたいなものとして、連続猟奇殺人が連続して起こったのだと、この映画は、この闇の季節の時代を暗く抑えた独特のトーンに統一した映像によってドキュメンタリーふうに描いていました。

これは1986年から6年間に10人の女性が犠牲者となり、180万人の警察官が動員され、3000人以上の容疑者が取調べを受けたという犯人未逮捕の韓国中を震撼させたファソン連続殺人事件をモデルにしているのだそうです。

この作品に登場する2人の刑事は、容疑者を特定できないまま、いたずらに時間を空費していく中で次々と猟奇的になぶり殺され続けるうら若い女性の犠牲者たちを前にして、殺人を止めることの出来ない苛立ちと鬱屈した思いを、更に強引な拷問による取調べを疑わしい参考人たちにぶつけていくことで、ますます混迷の泥沼に足を取られ、人間そのものも見失ってしまう混迷とリアルな焦燥感に満ちた優れた描写など、事件が未解決であることや、刑事たちの労苦がすべて徒労に終わることはあらかじめ分かっていながらも、緊迫したストーリー展開(容疑者とされていた精神薄弱者が目撃者だったと分かったあと轢死する展開や容疑者と事件を結ぶ唯一の拠り所だったDNA鑑定の結果に躓くところなど)と全編に怒り漲る力のある映像に押さえ込まれるという、僕たちが忘れ掛けていた土俗的な映画的感動とか映像体験の心地よさを久々に思い出させてくれたポン・ジュノ監督の意欲的な力作でした。

ちなみに、どれくらい評価されたのか、ネットで拾ってみました。

第16回東京国際映画祭「アジアの風」公式参加作品・アジア映画賞、第51回サン・セバスチャン国際映画祭・最優秀監督賞、新人監督賞、国際批評家連盟賞、第21回トリノ映画祭・脚本賞、観客賞、第40回大鐘賞[韓国アカデミー賞]・作品賞、監督賞、主演男優賞、照明賞、第2回大韓民国映画賞・最優秀作品賞、最優秀監督賞、主演男優賞、脚本・脚色賞、撮影賞、編集賞、第24回青龍映画賞・撮影賞などなどです。

(2003韓国)監督:ポン・ジュノ、製作:チャ・スンジェ、ノ・ジョンユン、脚本:ポン・ジュノ、シム・ソンボ、撮影:キム・ヒョング、照明:イ・ガンサン、音楽:岩代太郎、小説:「殺人の追憶」薄井ゆうじ
出演:ソン・ガンホ、キム・サンギョン、キム・レハ、ソン・ジェホ、ピョン・ヒボン、パク・ノシク、パク・ヘイル/チョン・ミソン
130分、カラー、1:1.85、ドルビーSR、
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by sentence2307 | 2005-04-17 10:58 | 映画 | Comments(8)

精神純化のひとつの描き方、精神増強映画のテーマは、「勤労の美しさと勤労団結の楽しさ」となった。

そしてこれが一旦軌道に乗り出すと、この基本的な物語構成上の定式から逸脱する映画はなくなった。

すなわち、
①政府が工場に軍需製品の生産増加を要請する。
②これを達成するにあたって主人公が様々な障害にぶつかる。
③この問題の解決方法をめぐって、意見の衝突がおこる。通常この衝突は「科学的な正攻法」を主張する保守的な技術者陣営と、奇跡的な突破を目指す過激な精神主義陣営の間で展開される。
④主人公が甘いロマンチックな関係に巻き込まれる。
⑤最後に、主人公の属する精神主義陣営が、増加されたノルマを見事に達成して勝利する。

山本薩夫の「熱風」は、この定式に従った最初の映画であり、1943年の秋に封切られた。

幕開けのドキュメンタリー風のシークエンスでは、中国の鉄鉱石採掘現場が映し出される。
苦力クーリーたちが鉄鉱石を船に積み込む。やがて船は日本に向かって出港する。見張り番が敵潜水艦を発見。爆雷が次々に発射される。潜水艦は逃げる。

船が日本の港に到着する。キャメラは、大勢の白人捕虜たちを丹念に捉える。彼らは休憩時間でタバコを吸っている。次のショットでは、白人捕虜たちが鉄鉱石の山をシャベルで掘っている。

一連のショットが、溶鉱炉を映し出す。

実は、この映画の物語的発端はここにある。

現場監督が所長の事務所にやってきて、第4溶鉱炉がうまく働いていないと訴える。

会議のシーンで所長は、溶鉱炉は「赤ん坊」のようなもので、よい「母親」を必要とするのだと説く。

若い技師の菊地(技術者陣営の代表)が、溶鉱炉の「母親役」をやらせてほしいと立ち上がる。

所長は彼を、深い精神主義的な眼差しでじっと見つめてから、「よし!」と言い放つ。

溶鉱炉で火事が発生し、数人が重症を負う。

技師の柴田(藤田進)は、必死で消化にあたり、ついに消し止める。

柴田は、第4溶鉱炉を再び生産可能にするのは自分のほかにいないと宣言する。

「僕は命を投げ込む積もりなんだ」こうして、菊地と精神主義陣営の代表柴田との衝突は不可避となる。

藤田進の演じる柴田は、数ヶ月前に作られた黒澤の映画で姿三四郎を演じたときに開発した同じ仕草を多く用いている。

姿とちょうど同じように、褒められると、はにかんだ謙遜の笑みを浮かべて、短く刈った頭をなでる。

しかし、姿が口数の少ない男であるのに対し、柴田はしばしば部下たちに、あるべき「勤労精神」について説教をする。

部下たちが、溶鉱炉を再利用不可能として「あの化け物め!」と罵るとき、柴田は自分のモットーに従って、「できない仕事はない、できない人間がいるだけだ! もっと度胸を!」と励ます。

彼は、白紙で召集された徴用工に対して、特に要求がきびしい。

「徴用工は召集兵と同じだ。何もかも捨てて、お国のために働かなきゃいかんのだ!」

別のシークスエンスの柴田は、明らかに彼に恋をしていると分かる久美子と並んで歩いている。

一列に並んだ捕虜たちが二人の方へ歩いてくる。

久美子が気の毒そうに、「どんな気持ちかしら」と言うと、柴田は皮肉っぽく「お可愛そうに、か」と答える。

この箇所は明らかに、数ヶ月前に新聞で報道された実際の出来事を踏まえたものである。

やつれ切ったアメリカ人捕虜たちの列を見て、ひとりの女性が、「お可愛そうに」と声を上げたのである。

彼女はその場で激怒した市民に取り囲まれ、「非国民な感情」を抱いたとして罵倒された。

「よして頂戴。『お可愛そうに』はあなたですから」と謎めいた答えを返している。

精神主義戦争映画の主人公のように、柴田にも、吉野という現場監督が「導き手」として付いている。

吉野は、「溶鉱炉の神様」として知られている。

溶鉱炉で停電が起こり、溶けた鉄の表面が冷えて固まってしまったときも、吉野だけはそれを救う方法があると主張する。

彼の案は過激である。ドイツで奇跡的な結果をもたらした「非常策」で、溶鉱炉にダイナマイトを仕掛け、固まった「かさぶた」を吹き飛ばすのである。

科学的合理主義者の菊地は震え上がって、吉野に言う。

「君たちは単純だよ。監督として、科学者としての僕の立場を了解してください。断然反対だ!」

所長もやめさせようとするが、吉野と柴田は、ひそかに計画を推し進める。

そして溶鉱炉の最上部で老いた吉野は、発作で倒れ、落下して死んでしまう。

菊地はその死を柴田のせいにして責める。

「あの男の無鉄砲な情熱が吉野を殺したんだよ。」

暗い裏通りで、柴田は菊地に決闘を挑む。

素手での殴りあいは、壮絶な根競べになっていく。

二人とも、殴り倒されては立ち上がり、再び殴りかかるがついに両者とも付かれきって地面に寝そべり、はあはあと息をつく。

そして、互いに見詰め合ったとき、猛烈な闘争心は解けるように消えうせて、相手に対する賞賛の気持ちが湧き出してくる。

雲の向こうから太陽が現れるように、柴田の顔に笑みが溢れる。

それは、深い理解と仲間意識の笑みであり、戦場で兵士たちが見せる精神主義の笑みでもある。

菊地も大きく笑みを返す。

これはもちろん、今や菊地が柴田の爆破計画に協力することを意味している。

ダイナマイトが仕掛けられ、精神主義の勝利である奇跡がまたひとつ成し遂げられるのである。

(43東宝)製作:松崎啓次、監督:山本薩夫、脚本:八住利雄、小森静男、原作:岩下俊作、撮影:木塚誠一、音楽:江文也、美術:戸塚正雄、録音:安恵重造、照明:大沼正喜、特殊技術:円谷英一
出演:藤田進、沼崎勲、花井蘭子、原節子、菅井一郎、黒川弥太郎、清川荘司、進藤英太郎、高野由美、花沢徳衛
1943.10.07 白系11巻 2,773m 101分 白黒
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by sentence2307 | 2005-04-11 22:31 | 映画 | Comments(1)

つづり方兄妹


先週の朝刊で俳優の頭師孝雄さんご逝去の記事を読み、はじめて自分が弟の頭師佳孝と取り違えて認識していたことを知りました。

例えば、つい先日「日本映画専門チャンネル」で見た久松静児監督の「つづり方兄妹」58に次男の文雄役として出演していた俳優が、てっきり頭師佳孝だとずっと思い続けていたのもそのうちのひとつです。

あの映画「つづり方兄妹」は、小学校の映画教室で見たような記憶がうっすらとあったので、懐かしさから録画して見るのを楽しみにしていた作品です。

多分、それまでは山本嘉次郎監督の「綴方教室」と取り混ぜて記憶していたところもあったかもしれませんが、少し先立つフィルムセンターの「女優・高峰秀子特集」において既に「綴方教室」を見ていたので、「つづり方兄妹」の記憶だけが差し引かれたかたちで、かなり鮮明に小学生の頃の記憶を辿ることができたと思います。

しかし、いま見ると、こういう作品を小学生に見せて、どういう効果を子供たちに期待したのか、教育行政に携わった担当者の思惑にいまひとつ理解できないものがありました。

この作品は、極貧の家庭の子供たち兄妹が揃いも揃ってみな作文が上手で、幾度も表彰されて話題になったというエピソードがベースになっています。

この映画を見た小学生だった自分が、「貧しさ」と「作文で表彰される」ことの隔たりをどのような認識によって埋めようとしたのか、きっと苦労しただろうなと、どうしても考えてしまいます。

おそらく「貧しさ」と「作文がうまい」こととは、本質的にまったく別のものだからでしょう。

しかし、映画の随所に、取材に来た新聞記者たちが発する心無い言葉として「作文が上手な子供を持つといいよな。子供に稼がせて羨ましい限りだ。」というようなセリフが出てきます。

映画館で見るならともかく、学校で行われる映画教室でこのような大人の悪意を露わにするような映画を見せて、子供たちにどういう教育的効果を期待したのか理解に苦しみます。

実は、この小文を書こうと思い立った直接の動機となったある解説書のこんな一文がありました。

「貧しさにも苦しさにも悲しみにもめげず、清らかな心と、両親の愛情の中に育っていく子供の視点から生活体験が描かれている」というのです。

例えば、ここに描かれている父親というのがまったくといっていいくらい生活力のない男で、仕事につけないことを社会や他人のせいにし、また、あればあったで意に沿わいという口実をつけて結局働かず、家で酒ばかり飲んでゴロゴロしているような、そうした彼の生き方のどこを探せば「両親の愛情」などという誠実さのカケラでも見つけだせるのか、ちょっと躊躇してしまうかもしれない程の、ぐうたらで無責任な父親です。

そのような不当な「貧しさ」の中で育つ子供たちが、そういう父親でも「一般概念としての親」に向ける信頼を持ち続けながら、無防備な澄んだ眼差しでシビアな現実を精密に観察するという痛ましくも歪んだ結実が「作文」というかたちで表出され、さらにそれが公的に表彰されるということは、いったいどういうことなのか、汚物がいつの間にか清らかなゲテモノに捏造されてしまうそのような凄惨な意識構造が、きっと小学生だった僕のアタマをパニックに陥れたのだと思います。

これが教育というものなのかと、きっと訝しく考えたかもしれません。

貧しさの責任は、少なくとも子供たちにはない、と思います。

子供たちは、大人たちの社会のルールを懸命になって理解し読み取ろうとしています。

大人たちの世界の薄汚い歪みや矛盾もまるごと受け入れ、現実にそぐわない自分の「未熟さ」や「甘さ」を打ち棄てて、大人の世界の立派な一構成員になるために自分をある型に当て嵌め、汚物で全身を汚すことに躍起になっています。

その悲しい努力の結実たる「作文」が、もし多くの大人たちを感動させたのなら、その「感動」は、歪みが更に捻じれた反吐のようなものでしかないでしょう。

悪環境に晒され、より巧みに歪み捻じれることのできるテクニックを習得した子供たちの「優れた作文」を楽しむという異常な現実が、この「つづり方兄妹」には、(きっと、図らずも)描かれていました。

小学生から持ち続けていたはずのこの映画「つづり方兄妹」に対するかすかな記憶が、決して甘やかでも美しいノスタルジーでもなく、ただ僕を深く痛めつけた作品だったかもしれないことを自身の手で白日の下に晒してしまい、結果的に、多分大切にしていた映画の記憶を自分から消してしまったみたいで、いまは釈然としない気持ちでいっぱいです。

これは単なる期待的妄想なのですが、大島渚がこの映画を撮るなら、文雄の病死で終わるこの映画の結末を、きっと文雄の反逆的自殺で終わらせてしまうかもしれないななどと思いながら、せめてもの妄想的鬱憤晴らしに、ちょっとにんまりしてしまいました。

大島渚が、挑発的なデビュー作「愛と希望の街」を撮ったのは、ちょうどこの映画「つづり方兄妹」が作られた翌年の1959年だったと記憶しています。

(58東宝)製作・滝村和男、企画・松本常保、監督・久松静児、監督助手・板谷紀之、脚本・八住利雄、原作・野上丹治、野上洋子、野上房雄、撮影・高橋通夫、音楽・斎藤一郎、美術・北猛夫、安倍輝明、録音・西尾昇、照明・今泉千仞、製作主任・横田保、スチール・橋山愈

出演・織田政雄、望月優子、藤川昭雄、竹野マリ、頭師孝雄、藤川清子、上田智子、香川京子、津島恵子、森繁久弥、菅井きん、乙羽信子、左卜全、二木てるみ、池田栖子、小笠原恭子、長谷川茂、桑名亮輔、 森田哲章、徳田考、 国友和歌子、滝田裕介、中原成男、酒井茂、浜田寅彦、(1958.08.23 11巻 2,820m 白黒 東宝スコープ)
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by sentence2307 | 2005-04-10 16:18 | 映画 | Comments(247)

追悼・野村芳太郎監督

「砂の器」という作品は、業病に見舞われた父親を、いわば止むに止まれず棄てねばならなかった息子の贖罪の物語、といったらとても酷なような気がします。

極寒の海岸を父子ふたりして歩き続けるあの厳しいシーンには、父子にとって最も幸福だった瞬間をもまた映し出していました。

業病に取り付かれた父親が病院に収容されるという、もし、あのとき父親と引き離されなければ、少年は、きっとどこまでも、命ある限り父親と巡礼の旅を共にしていただろうと思うと、父親を棄てた罪の意識に苦しむというあのラストは、本当に心痛みました。

すぐれた作品は、「そうでない場合もあり得た」なんてことを考えさせる余地を持たせない宿命みたいな必然性を強烈に感じさせる緊張感がありますよね。

「砂の器」とは、まさにそういう作品だったと思います。

「張込み」は、社会の片隅に追い詰められた無力な者たちの悲しみに満ち、僕を打ち据えました。

野村芳太郎監督が、8日午前零時15分、肺炎のため東京・新宿の都立大久保病院で肺炎で死去した。

85歳。通夜は11日、午後6時から。

告別式は12日午前10時30分から、東京都文京区大塚5ノ40ノ1、「護国寺・桂昌殿」。

喪主は、次男の芳樹(よしき)氏。

6月には、松竹110周年特別企画として、「砂の器」がデジタルリマスター版で上映される予定で、野村監督がメガホンを取った全88作品中60本でコンビを組んだカメラマン・川又昴氏が監修し、13日の完成を待つばかりで、監督も完成を心待ちにしていたそうですが、その願いもかわずご逝去されました。

父は大正、昭和期に活躍した映画監督・野村芳亭、映画セットを遊び場に育った生粋の映画人で、「面白くなければ映画じゃない」を信条にエンターテインメントにこだわり続けた監督でした。

ご冥福をお祈り申し上げます。
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by sentence2307 | 2005-04-10 00:13 | 映画 | Comments(0)