世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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電車通勤をするサラリーマンにとって、滅茶苦茶なラッシュの中で厚い本を携えるのは、もっとも避けなければならないことのひとつなのですが、今朝は我慢できずに「小津安二郎全集・下」を出勤の際に持って出てしまいました。

「理想的な女性・紀子」の、理想的に描かれている場面をじっくり読み返すためです。

なにせ遠距離通勤なので、幸か不幸か読書にあてる時間ならたっぷりあります。

ここのところozuさんのご教示を得ている「晩春」の京都の夜の場面は繰り返し考えているところなので、今日はちょっと目先を変えて「麦秋」のあの珠玉の場面、杉村春子演じる矢部たみが、恐る恐る紀子に胸の内を告白するクダリを精読してみようと思ったのです。

「実はね、紀子さん怒らないでね。謙吉にも内証にしといてよ。」で始まるあの素晴らしい場面です。

僕の長い間の疑問は、あの場面の矢部たみに、はたして最初から狡猾な計算があったのだろうか、という点です。

まあ、邪気というか、すけべ根性半分の駄目モトみたいな気分で水を向けたところ、ひょんななりゆきで、「紀子さんを落とせた」といったような感じを持っていました。

息子の栄転先・秋田行きを間近に控えたたみが、実際のところ破れかぶれの苦し紛れで言い出したことには違いないのでしょうが、しかし、紀子の方も「非の打ち所のないいい縁談」に、もはや逃げ場を失い、追い詰められたカタチになっていたことも見逃すわけにはいきません。

意外な紀子の決断は、結局、肉親を含め自分の周囲にいるすべての人々の期待を裏切るような結果になり、それを受けて紀子が泣き伏す場面が強烈だったので、メンタルな部分ばかりに気を取られ幾分感傷的に考えていました。

つまり、たみにしろ紀子にしろ、男に従わざるを得ない女であるがために住む場所の定まらない生き惑う孤独な女同士の共感、みたいなものを何となく考えていたのです。

しかし、僕のこの固定観念を打ち破る一文に「絢爛たる影絵」のなかで出会いました。

《溝口健二がこの作品を手がけたと想像すれば、依田を叱咤して次のような(紀子の)科白を書き込まさずにはおかなかったろう。「縁談だ、結婚だと気楽なこといわないでよ。誰のお蔭でこの家が成り立ってるの。世間体つくろっていられるのは誰の力なのよ。」》

まさか紀子がこんなセリフを言うとは思えませんし、こう露悪的になると小津映画ではなくなってしまうでしょうが、しかし、この指摘は魅力的です。

この家庭が紀子の収入に頼っていたこと、そして、その「保つため」の延長線上のひとつの方策として真鍋氏との縁談があったこと、それを衝動的ともとれる決断によって紀子が意想外のたみの提案を受け入れたということは、自分の収入を当てにしていた「家」にたいする反逆でもあったのではないかと解釈できること、これらの可能性は、小津が意識して「美」によって否定し隠し切ったものの実態へ異なる側面からアプローチすることの余地が残されていることを示しているような気がします。

紀子が、京都の旅館で叶わぬと承知している求愛を「何故」父に告白したのか、それがどういう意味に繋がっていくのかが問題なのかもしれません。

さて、電車の中で読み始めた「小津安二郎全集・下」の「麦秋」ですが、

「ほんと? おばさん」、
「なにが?」、
「ほんとにそう思ってらした? あたしのこと」、
「ごめんなさい。だから怒らないでって言ったのよ」、
「ねえおばさん、あたしみたいな売れ残りでいい?」

「?」の問いを「?」で受ける畳み掛けるような見事な会話のやり取りです。

自分の立場を相手の下へ下へと貶めながら相手の気持ちを汲み取り進めていくふたりの女の優しさが胸を打ちます。

人ごみの中で不意に泣きそうになってしまいました。
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by sentence2307 | 2005-09-28 23:56 | 映画 | Comments(113)
委ね凭れ掛かることを無条件で許してくれて、更にすべてを受け入れてくれる父親(肉親)の愛とその穏やかな生活に較べると、そのような「お嬢さん」にとって、過剰な保護から離れて自立と自己責任を問われることとなる「結婚」は、遥かに過酷な境遇と言わねばなりません。

お嬢さん・紀子がお父さんを好きだと言明する背景には、何の責任も伴わないこの穏やかな生活をこのまま続けていたいと願う彼女の、現実に対峙することを恐れる「怯えと逃げ」をも加味する必要があるように思います。

小津監督が、父娘の別離の場面を情感たっぷりに描いているこの場面からは、そこに密かに描き込まれている女の狡さ(現実から目を逸らし女ひとり精一杯生きるためにどうしても必要な「怯えと逃げ」をそんなふうに言ってはいけないかもしれませんが)は見つけにくいかもしれません。

いずれの紀子も理想的な女性です。

少なくとも小津監督は、そのように彼女を描いている。

しかし、その美しさを見るのと同じように紀子の狡猾さをもまた見い出すことも必要なのではないか、そのときこそ孤独の中で生き惑う紀子が生きた女として立ち上がってくるのではないかと考えてしまいます。

「いいえ、そうなんです。あたくし猾いんです。お父様やお母様が思っていらっしゃるほど、そういつも昌二さんのことばかり考えているわけじゃありません。」

小津監督は、この世のすべてのものをこよなく美しく描きました。

それは、醜いもの忌まわしいものもまた、すべて美しく描いたということです。

多分それはとても残酷なことだと、最近つくづく思います。

つまり、いかに美しく描こうとも、厳しい現実や狡猾な人間は厳然としてそこにあり、いたこともまた美しく描いたのですから、時として僕たちは、その「裂け目」を垣間見せられてしまう。

「自分たちは、まだまだいい方なのだ」、
「幸せな方さ」

と繰り返されるたびに、老父や老母、そして老夫婦たちを囚えているあまりにも厳しく残酷すぎる現実が、次第に露呈し明らかになっていくという、あれです。

否定的に反復される「是認」、繰り返されることで形骸化していく「肯定」、交わされる度に虚無化され続ける「同意」、まあ、そこはどのような言い方をしてもいいのですが、小津映画のなかで表面上取り交わされる「会話」の意味するものが、反復されることで次第に色褪せ、空洞化し、形骸化し、虚無化し、そしてあるいは否定にまで達してすっかり変質してしまう局面に、僕たちは多くの作品のいたる所で既に接してきました。

過酷な現実は厳然としてそこに存在しているのに、そして内心お互いにそのことは十分に認識していながら、せめて言葉だけでも飾り立てずにいられないのは、きっと懸命に確認し合あわなければどうしょうもない絶望感に囚われているからだろうと思います。

もちろんそれは厳しい現実に身構えてどうにか生きていこうとする庶民に許された知恵と優しさだろうとは思いますし、同時にそれは小津監督の「優しさ」に通じているものなのかもしれませんね。

小津安二郎に「優しさ」など、およそ似つかわしくないかもしれませんが、戦後の混乱期に本音丸出しの「風の中の牝雞」を撮った優しさと同質のものだと考えれば、それほどの違和感はないような気がします。
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by sentence2307 | 2005-09-25 23:41 | 映画 | Comments(2)
「風の中の牝雞」について、ずっと昔から僕には、ひとつの疑問がありました。

すごく突飛なので、誰かに話せばおそらく笑われてしまうのではないかというような気がして、いままで誰にも話したことがありません。

というのは、「風の中の牝雞」は、デ・シーカの「自転車泥棒」の影響を受けているのではないか、というまるで根拠のないぼんやりとした疑問です。

インターネットに繋いでもう何年にもなるのに、公開日時を今日まで確かめようともしなかった自分の躊躇いが、なんだか分かるような気がします。

きっと、心のどこかで否定的な事実が明らかになるのが恐かったのかもしれませんね。

モロモロの映画を、自分の妄想の中に取り込んで、あれこれうだうだと考え続けているのがとても好きタチなので、はっきりいって自分に都合のいい事実だけが身近にあればそれで十分、あえて僕の妄想を打ち壊すような種類の「真実」など自分には全然必要ないという思いが、きっと、この2作品の公開日時の確認を躊躇わせていたのだと思います。

そのくらい僕にとって、「風の中の牝雞」が「自転車泥棒」の影響を受けているに違いないという「図式」が凄く気に入っているのだろうな、と今更ながら思っています。

しかしまあ、論を進めるうえで、まずは「風の中の牝雞」と「自転車泥棒」の公開日時の確認をしなければなりませんよね。

わが「風の中の牝雞」は、昭和23年9月20日国際劇場で公開されており、かたや「自転車泥棒」の方は、田中純一郎の「日本映画発達史」3巻によると、昭和25年9月8日ということですから、やはり僕の不吉な予感はドンピシャだったみたいです。

つまり、「自転車泥棒」にアリバイなし、というところでしょうか。

「風の中の牝雞」にアクセスするために「自転車泥棒」のシチュエイションが欲しかったのですが、でも逆に、そうでないなら別にそれで構わないという気持ちはあります。

子供の医療費のためとはいえ売春をした妻・時子の行動を確認するために夫・修一は、妻が体を売った曖昧宿に訪れます。

「自転車泥棒」の圧倒的な撮り方と比較すれば、ささやかな描写といわざるを得ませんが、この部分は戦争によって荒廃した東京月島の圧巻のシーンが伝説のように語り継がれている部分です。

戦争で荒廃した街を主人公に彷徨わせることによって、人々の心の荒廃を描き、売春婦・房子の救済~時子を許すまでの物語の筋道にメリハリをつけようという意図があったのではないか、と考えていました。

この辺は、いつか機会があれば、斉藤寅次郎監督の「東京五人男」などを絡ませながら同じ視点で論じてみたいと思っています。

今回、「風の中の牝雞」を改めて見直してみて、修一が曖昧宿に着くなり、女将に「時々来るのかい、あの女」と聞き、「いいえ、あの時一度きりでした」という返事に「そうかい・・・」と答える場面で、すでに修一は時子を許そうと思っていたに違いないと感じました。

それは、同僚の佐竹に「そりゃ俺だって許してるんだよ、仕様がないと思ってるんだ」と語っていることからも窺えます。

しかし、さらにもっと早い時点で時子があのような行為をもって子供の医療費を工面したことを修一が「仕様がない」ことだと思っていたのではないか、と推測できる部分を見つけました。

戦地から帰還した修一が、時子に子供の様子を聞く場面です。

「留守中病気しなかったかい」から「金なんかどうしたんだい」まで、この部分は息も切らせず問い詰めていく感じで修一は、簡潔にして適切な言葉をもって、「金」の問題を問いただしています。

この一気に核心を突くセリフ運びが不自然とみるか、それとも、日本に残した妻子に何ひとつしてあげられなかった疚しさが修一にあったからこそ、「金の工面」という一気に核心を突くセリフ運びがあり得たのだとするのか、僕なら確実に後者をとるだろうなという気がしてきました。
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by sentence2307 | 2005-09-20 00:16 | 映画 | Comments(0)

手元に十分な資料がないので、不確かな部分は、頼りない記憶と推測で補いながら「風の中の牝雞」と、それが撮られた時代的な位置づけを書いてから、懸案の「本当の夫婦」について検討したいと思っています。

小津監督が戦後第1作として「長屋紳士録」を発表したとき、映画批評家を始め大方の世論は、新しい民主主義の時代へと世の中が大きく転換しようとしているこうした激動のときに、巨匠(きっと、嘲笑を込めたカッコつきで書かれたことでしょう。)小津安二郎は、相も変らずこんな呑気な「喜八もの」を撮り続けるのかという批判を浴びたという記事を以前どこかで読んだ記憶がありました。

ときあたかも、日本映画界の名匠・巨匠たちが衝撃的な問題作を次々に世に問うていた時期です。

木下恵介が「大曽根家の朝」を撮り、黒澤明が「わが青春に悔なし」を撮り、今井正が「民衆の敵」を撮り、吉村公三郎が「安城家の舞踏会」を撮り、山本薩夫と亀井文夫が「戦争と平和」を撮っていたというそういった時期です。

このような熾烈な状況にあっても、相も変わらず、かつて撮った作品のリメイクめいた気の抜けた作品(この作品「長屋紳士録」を見たとき、そのストーリーの組み立てが、僕にさえ「出来ごころ」33との連関性を直感させました。そして「気の抜けた」というふうな言い回しも、そうした記事の揶揄的な文意を反映して使われていたように記憶しているので、一応「原文ママ」)を、堂々と発表するというアナクロニズムを、マスコミは嘲笑をこめて書き立てたという記事を幾度か読んだ記憶があります。

しかし、こうして列挙された壮絶な作品群を俯瞰して共通して受ける印象、「民主主義」を一応に謳歌するという不自然な大合唱は、かつて日本の映画人が、戦前、「軍国主義」の精神を巧みに作品中に織り込むことを強いられた踏絵的な時代を生きた状況と、奇妙に符合してしまうのではないかという印象を禁じ得ません。

まるで、「あの暗黒時代」を改めて生き直させられているかのような、強いられた窮屈な感じを受けてしまうのは、僕だけでしょうか。

まさに、新たかもしれないけれども、結局「○○主義」というもうひとつの踏絵の時代が到来したにすぎない、いわば一種の時代的ヒステリーを忠実に反映している作品群に見えてしまうのです。

そして、それにひきかえ、東京下町の貧民窟で起こったささやかな庶民の日常のなんということもないささやかな事件を温かく精密に描いた「長屋紳士録」こそが、つまり小津安二郎がどこまでも「反時代的」であったということこそが、むしろ物凄いことなのだということに気付くまで、僕たち日本人は、この作品が作られてからはるかな時間を費やし=経済的な成熟を経て閉ざされた価値観の意識の固陋から解放されるまでの50年という時間をいたずらに費やさねばなりませんでした。

しかも、その解明には、残念ながら海外の権威ある映画人の評価によって、やっと気が付いたというなんとも遣り切れない無惨な事実も見過ごしにするわけにはいきません。

あの「羅生門」から晩年の諸作品に至るまでの黒澤明の評価をめぐる一連の事象を見るまでもなく、日本人の閉塞的な固陋さと価値の迷妄を打開するのに、みずからの「欧米に対する根深いコンプレックス」によって始めて耳を傾けさせたというなんとも皮肉な顛末が、「無」の一文字の下で安らかに眠り続ける小津監督を苦笑させているかもしれませんね。

さて、戦後の激動期に際して、小津安二郎は、相変らずこんな呑気な「喜八もの」を撮り続けるのかという世の批判に対する答えとして「風の中の牝雞」が撮られたのだとしたら、この作品は小津作品中、稀有ともいえる生臭い「時代」感覚を意識して反映させようとした特別な作品といえるかもしれませんね。
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by sentence2307 | 2005-09-18 21:21 | 映画 | Comments(0)
いま東京国立近代美術館フィルムセンターでは、9月13日~25日にわたり小ホールでポーランド映画の古典的秀作と新作を組み合わせた企画「ポーランド映画、昨日と今日」が上映されています。

いわく「1950年代の「ポーランド派」に代表されるポーランド映画の輝かしい伝統と、優秀な新世代の台頭する現代、この二つの時代から選ばれた12作品を上映し、変わることのないその豊かな映画文化に迫る」そうです。

【パートI 1954~1979】

★フリギアの星の下で Pod gwiazda frygijska 1954
監督:イェジー・カヴァレロヴィッチ(1922- )、原作:イゴル・ネヴェルリ、脚本:イゴル・ネヴェルリ、イェジー・カヴァレロヴィッチ、撮影:セヴェリン・クルシンスキ、美術:ロマン・マン、音楽:スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ
出演:ユゼフ・ノヴァク、ルツィナ・ヴィンニツカ、ハリーナ・プシブィルスカ、スタニスワフ・ヤシュキェヴィチ
戦間期の共産党弾圧時代。主人公シュチェンスヌィ(通称ビダ)は活動家マグダとの恋を通して人間的に成長してゆく……。51年にデビューしたカヴァレロヴィッチの第3作で、繊維素(セルロース)工場労働者を描く二部作の後編。続けて、世界的に評判を呼んだ『影』(56)『戦争の真の終り』(57)『夜行列車』(59)『尼僧ヨアンナ』(61)『太陽の王子ファラオ』(1961)を撮る。監督の創作黄金期の先駆けとなった作品である。(白黒 112分 日本未公開)

★鉄路の男 Czlowiek na torze 1956 
監督:アンジェイ・ムンク(1921-1961)、原作:イェジー・ステファン・スタヴィンスキ、脚本:イェジー・ステファン・スタヴィンスキ、アンジェイ・ムンク、撮影:ロムアルト・クロパト、美術:ロマン・マン
出演:カジミェシュ・オパリンスキ、ジグムント・マチェイェフスキ、ジグムント・ジンテル、ジグムント・リストキェヴィッチ、ロマン・クウォソフスキ
1950年代初め、老機関士オジェホフスキが夜行列車の鉄路に身を投げた。駅舎の一室で事故調査委員会が開かれ、関係者の証言から、彼の高潔な人間性が浮き彫りにされてゆく。ムンクは、ワイダ、カヴァレロヴィッチと並ぶ、<ポーランド派>の代表監督。『白い決死隊』(55)『エロイカ』(57)『やぶにらみの幸福』(59 未)『パサジェルカ』(63)と、現代史にさまざまな方法論で取り組み、稀有の完成度を示した。(白黒 80分 日本未公開)

★エヴァは眠りたい  Ewa chce spac 1957 
監督:タデウシュ・フミェレフスキ(1927- )、脚本:タデウシュ・フミェレフスキ、アンジェイ・チェカルスキ、台詞:イェレミ・プシボラ、撮影:ステファン・マティシュキェヴィッチ、美術:ロマン・マン、アダム・T・ノヴァコフスキ、音楽:ヘンリク・チシ
出演:バルバラ・クフャトコフスカ、スタニスワフ・ミクルスキ、ステファン・バルティク、マリア・カニェフスカ、ロマン・クウォソフスキ
入学式前夜に高校に着いたエヴァが、寄宿舎での宿泊を許されず、泥棒や警官や売春婦たちと触れ合いながら、奇妙な街を歩いてゆく。摩訶不思議な事件が続発して、彼女はなかなか眠れない。フミェレフスキ30歳のデビュー作で、この後も戦争・社会喜劇の人気作を撮り続けたが、本作の可笑しさは不滅!主役のクフャトコフスカは、数千人が応募した主役コンクールで選ばれた。(白黒 94分 日本未公開)

★水の中のナイフ Noz w wodzie 1962 
監督:ロマン・ポランスキ(1933- )、脚本:ロマン・ポランスキ、イェジー・スコリモフスキ、ヤクプ・ゴルドベルク、撮影:イェジー・リプマン、美術:ボレスワフ・カムィコフスキ、音楽:クシシュトフ・コメダ
出演:レオン・ニェムチク、ヨランタ・ウミェツカ、ジグムント・マラノヴィッチ
湖沼地帯に向かって外車を走らせるアンジェイとクリスティナは、途中で若い男を乗せ、さらに自家用ヨットの航行に誘う。三人三様の精神的空虚を暴くポランスキの長編デビュー作。以後『戦場のピアニスト』(02)までの40年間、祖国で映画を撮ることはなかった。無国籍性と消費文化肯定が当時の共産党第一書記の逆鱗に触れたが、作品は国際的評価を受け、逆にポーランド映画の高い芸術性を世界に知らしめた。(白黒 101分)

★アマチュア Amator 1979 
監督:クシシュトフ・キェシロフスキ(1941-1996)、脚本:クシシュトフ・キェシロフスキ、台詞:イェジー・シュトゥル、クシシュトフ・キェシロフスキ、撮影:ヤツェク・ペトリツキ、美術:アンジェイ・ラファウ・ヴァルテンベルゲル、音楽:クシシュトフ・クニッテル
出演:イェジー・シュトゥル、マウゴジャータ・ゾンプコフスカ、イェジー・ノヴァク、タデウシュ・ブラデツキ、クシシュトフ・ザヌッシ
娘の成長を記録する目的で8ミリカメラを買ったフィリップは、勤務先の工場の記念行事を撮影するよう命令される。アマチュア映画が成功し、彼の中に眠っていた芸術家・社会活動家が目を覚ます。キェシロフスキ監督の長編劇映画第3作で、<モラルの不安をめぐる映画>(ザヌッシやホラントが属する)の代表作。主演・台詞協力のシュトゥルは、90年代からは演出にもたずさわり次々と秀作を発表している。(カラー 117分)

★ヴィルコの娘たち Panny z Wilka 1979 
監督:アンジェイ・ワイダ(1926- )、原作:ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ、脚本:ズビグニェフ・カミンスキ、撮影:エドヴァルト・クウォシンスキ、美術:アラン・スタルスキ、音楽:カロル・シマノフスキ
出演:ダニエル・オルブリフスキ、アンナ・セニュク、クリスティヌ・パスカル、マヤ・コモロフスカ、スタニスワヴァ・ツェリンスカ、クリスティナ・ザフファトヴィッチ、ゾフィア・ヤロシェフスカ、タデウシュ・ビャウォシンスキ、ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ
親友の死に打ちのめされたヴィクトルは、叔父夫婦が住む村を訪れ、隣家の6人姉妹に会いに行く。しかし、彼が密かに愛していたフェラは夭逝し、歳月はほかの姉妹にも人生の陰影を刻印していた。ツィブルスキ死後ワイダの秘蔵俳優になったオルブリフスキが、戦間期知識人の典型像を演じきる。多彩な女優陣に加えてワイダ夫人、舞台美術家のザフファトヴィッチが次女を演じ、原作者本人も登場する。(カラー 116分)

【パートII 1999~2004】

★パン・タデウシュ物語 Pan Tadeusz 1999 
監督:アンジェイ・ワイダ、原作:アダム・ミツキェヴィッチ、脚:アンジェイ・ワイダ、ヤン・ノヴィナ・ザジツキ、ピョートル・ヴェレシニャク、撮影:パヴェウ・エデルマン、美術:アラン・スタルスキ、音楽:ヴォイチェフ・キラル
出演:ボグスワフ・リンダ、ダニエル・オルブリフスキ、グラジナ・シャポウォフスカ、アンジェイ・セヴェリン、マレク・コンドラト、ミハル・ジェブロフスキ、アリツィア・バフレダ=ツルシ、クシシュトフ・コルベルゲル
19世紀初頭のリトアニア。青年タデウシュには出生の秘密があった。育ての親の判事と謎の司祭、清らかな少女ゾーシャとの恋。ロシアを目指すナポレオン軍を迎え、人々は祖国解放という大きな理想に力を合わせるが……。民族叙事詩を見事に映像化したワイダ監督渾身の作。熱狂的に迎えられ、国民の5人に1人が映画館に足を運んだ。最高の俳優と撮影・音楽・美術スタッフに支えられた文芸作品の傑作である。(カラー 147分)

★借金 Dlug 1999 
監督:クシシュトフ・クラウゼ(1953- )、脚本:クシシュトフ・クラウゼ、イェジー・モラフスキ、撮影:バルトシュ・プロコポヴィッチ、美術:マグダレナ・ディポント、音楽:ミハウ・ウルバニャク
出演:ロベルト・ゴネラ、ヤツェク・ボルツフ、アンジェイ・ヒラ、ツェザリ・コシンスキ、ヨアンナ・シュルミェイ、アグニェシュカ・ヴァルフルスカ
工場建設資金の調達に保証人が必要になったアダムとステファンは、旧友ゲラルトの助けを借りる。だが彼は、歩合と必要経費の支払いを求め、日に日に増大する架空の<借金>返済を迫る。追いつめられた彼らは………。クラウゼの第3作で、99年グディニャ・ポーランド劇映画祭グランプリ作品。実在の殺人事件をもとに、監督とルポライターが共同で脚本を書いた。体制転換期ポーランドに急激に浸透する資本主義を、迫真的に追求している。(カラー 97分 日本未公開)

★エディ Edi 2002 
監督:ピョートル・チシャスカルスキ(1964- )、脚本:ヴォイチェフ・レピャンカ、ピョートル・チシャスカルスキ、撮影:クシシュトフ・プタク、美術:ヴォイチェフ・ジョガワ、音楽:ヴォイチェフ・レマンスキ
出演:ヘンリク・ゴウェンビェフスキ、ヤツェク・ブラチャク、アレクサンドラ・キショ、トマシュ・ヤロシュ
屑鉄を売って生計を立てているエディに、思いがけない出来事が襲いかかった。ボスの妹が、エディの子供を生んだというのだ………。02年グディニャ・ポーランド劇映画祭審査員特別賞。チシャスカルスキのデビュー作で、実際に目にした男と仏教説話を重ね合わせたという。主演のゴウェンビェフスキは70年代に子役だったが、肉体労働者を経て90年代に復帰、『借金』『仕返し』にも出演している。(カラー 98分 日本未公開)
*04年SKIPシティ国際Dシネマフェステバルで作品賞を受賞。

★仕返し Zemsta 2002 
監督:アンジェイ・ワイダ、原作:アレクサンデル・フレドロ、脚本:アンジェイ・ワイダ、撮影:パヴェウ・エデルマン、美術:タデウシュ・コサレヴィッチ、マグダレナ・ディポント、音楽:ヴォイチェフ・キラル
出演:ロマン・ポランスキ、ヤヌシュ・ガヨス、アンジェイ・セヴェリン、カタジナ・フィグーラ、ダニエル・オルブリフスキ、アガタ・ブゼック、ラファウ・クルリコフスキ
城を半分ずつ所有している二人の鰥夫。相手の意地悪への〈仕返し〉のつもりがそれぞれの姪と息子の結婚式で終結し、めでたしめでたし。『パン・タデウシュ』と同時期に書かれた古典喜劇を映画化し、〈ポーランド性〉の解剖に挑んだワイダの最新作。ポーランド演劇映画界の名優たち、ポランスキ、オルブリフスキ、ガヨス、セヴェリン、クルリコフスキが楽しみながら演技合戦を繰り広げる。(カラー 100分 日本未公開)

★ワルシャワ Warszawa 2003 
監督:ダリウシュ・ガイェフスキ(1964- )、脚本:ダリウシュ・ガイェフスキ、マテウシュ・ベドナルキェヴィッチ、撮影:ヴォイチェフ・シェペル、美術:エルヴィラ・プルータ、音楽:グループ〈コルモラヌィ〉
出演:アグニェシュカ・グロホフスカ、ウカシュ・ガルリツキ、ドミニカ・オスタウォフスカ、レフ・マツキェヴィッチ、スワヴォミル・オジェホフスキ、アンジェイ・シェイナフ、ウメダ・トモホ
恋人と暮らそうと上京したクララ、職探しのパヴェウ、フラメンコ・ダンサー志望のヴィクトリア、自称実業家アンジェイ、家出した娘を探す父、記憶を失ってさ迷う元蜂起兵。彼らが冬のワルシャワですごす早朝から深夜までの18時間を同時進行で描く。ガイェフスキの劇映画第1作で、03年グディニャ・ポーランド劇映画祭のグランプリ受賞。ワルシャワの反=観光映画、地図を持たない彷徨を体験させる作品。(カラー 105分 日本未公開)

★笞の痕 Pregi 2004 
監督:マグダレーナ・ピェコシュ(1974- )、原作脚本:ヴォイチェフ・クチョク、撮影:マルチン・コシャウカ、美術:ヨアンナ・ドロシュキェヴィッチ、エヴァ・スコチコフスカ、音楽:アドリアン・コナルスキ
出演:ミハウ・ジェブロフスキ、ヤン・フリチ、アグニェシュカ・グロホフスカ、ヴァツワフ・アダムチック、ボリス・シツ、ヤン・ペシェク
母の死後、厳格な父に育てられた少年ヴォイチェフは、30歳になっても周囲と決して妥協せず、洞窟探検に没頭する。しかしターニャとの出会いが奇跡のような愛と再生をもたらす。女性監督ピェコシュのデビュー作で、04年グディニャ・ポーランド劇映画祭のグランプリ受賞。若い小説家の原作も高い評価を得た。主演は、『パン・タデウシュ物語』のジェブロフスキと『ワルシャワ』のグロホフスカ。(カラー 91分 日本未公開)
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by sentence2307 | 2005-09-17 23:49 | 映画 | Comments(264)

魔女狩り裁判

部屋が手狭なので、読み終わった本は、すぐに近所の古書店か図書館のリサイクル棚に置きにいっています。

古書店の方は買い叩かれるあの雰囲気と、目の前でわずかな金額を執拗に値踏みされるのを馬鹿みたいにボーっと突っ立って待っているあの独特の時間が耐え難く、あんな気まずい思いをするくらいならと足が遠のいてしまい、結局は図書館のリサイクル棚の方を利用しています。

こういう所があることを知る以前は、読み終えた本は、おもに「燃えるゴミの収集日」に棄てていたのですが、本を愛する者にとって、そのたびに遣り切れない気持ちでいっぱいになっていたので、少しでも本を愛する人の手に渡るのなら、棄てるよりはその方が余程いいと感じています。

とにかく、雨の日など、ゴミ同然に乱暴に括られた本が、ぐっしょりと濡れて水をいっぱいに吸っているのを見るのは、本好きにとっては、たまらなく胸が痛くなるものですからね。

さて、本をリサイクル棚に置きにいくと、僕と同じようにここを利用している人の読み終えた何冊かの本が既に置かれていて、ときどきその中に物凄く魅かれる本も混じっており、思わず持ち帰ってしまうことが、しばしばあります。

そもそも部屋が手狭という理由で、自分の本をココに置きにきているくらいですから、いかに魅力的な本であろうとアリガタク頂いてしまうという本末転倒に、我ながら自分につくづく愛想が尽きてしまいます。

しかし、そういう本の中に結構面白い本があるのです。

その中の1冊に、「オカルティズムへの招待-西欧“闇”の精神史」(文春文庫)というのがあって、その日のうちに一気に読了してしまいました。

自分では決して買うことのないタイプの本なので、自分の行動規範に囚われていたら決して出会うことのない本です。

黒魔術、錬金術、秘密結社、魔物、悪魔、吸血鬼とけれんみたっぷりで、とにかく内容が物凄いのですが、なかでも魔女狩りの部分は、異端審問や拷問や火刑など相当な迫力のオンパレードです。

なかでも面白いなと思った部分を紹介しますね。

激しい異端審問と魔女狩りを繰り返したことで知られるスペインの魔女裁判官ピエール・ド・ランクルという人の紹介部分です。

とにかく、魔女狩り裁判によって600人の少女を火刑に処したと言われ、またご本人もためらうことなくその数を豪語したとか。

その著書「堕天使と悪魔どもの変節の図」は、600頁に及ぶ大作で、裁判官として立ち会った膨大な魔女裁判の記録が記されており、当時にあっても未踏の魔女裁判・悪魔学への道筋を開いた既にして古典の風格をそなえた労作だったそうです。

しかし、ランクルの扱った数々の仰々しい魔女審問とその告白記録は、現代では当然のことながら、すべて荒唐無稽なつくり話、審問官ランクルが、その妖術法廷で取り扱った審問は、屈折した性的サディズムの嗜好に支えられた審問官自身の空想を満足させるだけのものでしかなかったといわれています。

ランクルは、魔女の嫌疑で召喚した少女たちに、必ず悪魔との性交渉についての尋問を行い、しかし、いまだ性経験を持たない少女たちにとって、いかなる拷問の苦痛のなかであっても審問官が期待するような悪魔との性交渉を具体的に自白(創作)することができるわけもなく、つまり審問官の誘導尋問によってしか書かれるしかなかった告白書に記されている数々の生々しい性交渉=情事の描写は、まさに審問官ランクル自身の性的妄想に基づいた創作であるというのがどうも真相らしいのです。

面白いでしょう、この話。
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by sentence2307 | 2005-09-17 10:37 | 映画 | Comments(8)

流れる

長い間、この成瀬巳喜男作品を母と娘の葛藤の物語だと思い続けて見てきたような気がします。

芸者置屋という商売を傾かせてまでも男に入れ揚げては裏切られ、今は苦境にある芸者の母親と、そんな母を批判的に見つめる娘という図式です。

しかし、最近、この作品をそんなふうに見るのは少し違うかもしれないなという気がしてきました。

たとえば母と娘の葛藤の物語といえば、すぐに思い浮かぶのは木下恵介監督作品「香華」でしょうか。

母親のふだらさや男に対するだらしなさを冷たく見据えて憎み続けた潔癖な娘の、あの凄まじいまでの母親に対する憎悪に匹敵するようなものが、はたしてこの成瀬作品「流れる」の、高峰秀子演じる娘・勝代に少しでも描き込まれていると言えるでしょうか。

娘・勝代が、一応母親を批判的に見てはいるものの、しかし、そこには「憎しみ」というよりも、頼りなげに揺れる母親を不安気に見守り続け、さらには情愛をこめて「気遣っている」と見る方がなんだかしっくりします。

勝代は、結局母親を棄てきれないまま、傾きかけた芸者置屋に踏み止まり、2階にミシンを持ち込んで、芸者という職業に染まり切れない不器用な自分にも出来る母親への、せめてもの罪滅ぼしのような助力を模索するという暗示的なラストが用意されているだけです。

どこまでも「母と娘の葛藤の物語」という図式に囚われて見るなら、この憎悪なきまま・葛藤なきままに終わろうとする母子の設定は、随分と不徹底で煮え切らない終わり方であって、きっと誰もが拍子抜けし、そして、まさにこの作品に対する僕の積年の物足りなさもまた、そこにあったのだと気が付きました。

今にして思えば、この映画が「母と娘の葛藤の物語」でない以上、その「拍子抜け」は謂われのないものだったのだと思います。

「香華」との対照によって浮かび上がってくるものは、杉村春子演じる染香が勝代に食って掛かるラストの「女には男なんていらないんだってさ」という吐き棄てるように語られる悲痛な絶叫に明確に語られていると思いました。

それは、女性の性欲の全的な肯定です。

たとえば「香華」は、木下恵介という人の高潔な倫理観に貫かれた作品だと思います。

女性の「性」にまつわるふしだらを決して許そうとしない冷ややかな眼差しに見つめられた木下恵介の息苦しいまでの潔癖な倫理観によって貫かれていると思いました。

それぞれが男運に恵まれないまま、うらぶれた芸者置屋で精一杯生きる不運な凋落の女たちへ注ぐ成瀬の温かい憐憫の眼差しという温度差が、大きく作用していたのかもしれません。

言い換えれば、それは深い部分で女たちの「性欲」を許容しようとした成瀬巳喜男の考え方が、明確に示されたからだったに違いありません。

杉村春子演じる初老の芸者・染香が絶叫する「女に、男なんか必要ないとさ」という言葉にそれは、はっきりと込められていると見ていいと思います。

ちなみに「潔癖」という心情的「疵」が、むしろ異常性愛に直結するものであることを僕たちはフロイトによって、あるいは経験によって学んできたのですが。

さて、この作品を「母娘の葛藤」という呪縛から解き放たれたとき、そこに見えてくるのが、きっと田中絹代と杉村春子の葛藤でしょう。

この視点を獲得できれば、この成瀬作品の凄さを初めて理解できたと言い得るのかもしれません。

田中絹代の女中さんの、ほろびゆくものに向けた慈愛の眼差しは、そのまま成瀬監督自身のものに違いありません。

(56東宝) (監督)成瀬巳喜男(製作)藤本真澄(原作)幸田文(脚本)田中澄江、井手俊郎(撮影)玉井正夫(美術)中古智(音楽)齊藤一郎(録音)三上長七郎(照明)石井長四郎(衣裳考証)岩田専太郎(監督助手)川西正義(編集)大井英史(製作担当)島田武治(清元指導)清元梅吉(特殊撮影)東宝技術部(現像)東宝現像所
(出演)田中絹代、山田五十鈴、髙峰秀子、岡田茉莉子、杉村春子、栗島すみ子、中北千枝子、賀原夏子、泉千代、松山なつ子、宮口精二、加東大介、中村伸郎、、仲谷昇、、仲谷昇、音羽久米子竜岡晋、南美江、上田、上田吉二郎、松尾文人、大村千吉、松山なつ子、佐田豊、堤康久、鉄一郎、河辺昌義、平凡太郎、上野明美、江幡秀子、
(116分・3194m、11巻35mm・白黒)
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by sentence2307 | 2005-09-13 21:11 | 映画 | Comments(0)

「風の中の牝雞」

(これは、ozuさんへの返信です)

正確に記憶していないので細部の言い回しについては心許ないのですが、「風の中の牝雞」を見た野田高悟が、

「こんな作品を撮っていたら、小津安二郎は駄目になる」

と述べたことが契機となって、以後の作品を撮っていくうえでの小津監督の重要な意味を持つ発言だったことは周知の事実です。

しかし、一方でこのような決定的な痛撃を受けた作品「風の中の牝雞」は、小津作品中「らしからぬ」悲痛な失敗作という手痛い評価が定まってしまったこともまた事実でした。

僕の知る限り、小津監督自身も同じような趣旨のことを言っていたという記事を読んだことがあります。

そして、この作品に対して野田高悟が漏らした危惧が、やがて小津映画の象徴のような洗練の極致「晩春」へと結実するのですから、確かに野田の認識の正しさが立証されたといってもいいかもしれません。

しかし、そのために、「小津監督の失敗作」という最悪の烙印を押されてしまった「風の中の牝雞」について、後世の評者が真剣に論じようとする意欲も余地も、その酷な評価によって、ことごとく殺いでしまったのではないかという印象ももっています。

つまり、あの作品を論ずるとすれば、すでに監督自信が否定的なコメントを漏らしている以上最悪な前提から論陣を張るしかなく、最初からピエロ的な役回りを担わされることを覚悟のうえで絶望的なひとことからスタートしなければならないという立場しか許されていなかったでしょうしね。

だから結局、語るのも憚られるというような雰囲気が形成されてしまったというのが、むしろ当然の成り行きだったのかもしれませんね。

そうなると、この作品は、まるで封印された呪われた作品ということになります。

一作一作全霊を込めて作品を撮り続けてきた小津作品に、封印に値するような呪われた作品などあるわけがない、というのが僕の持論です。

ですので、僕には、「風の中の牝雞」を「小津らしからぬ作品」と切り捨てる野田説をまるっきり鵜呑みにすることに、少なからず抵抗があるのです。

確かに、あの映画には、小津映画に共通する癒される独特の心地よさとか、美しく上品な女優たちの優雅な立ち居振る舞いを堪能する楽しみとか、あるいは胸を締め付けられるような家族愛とか肉親愛とか、さまざまに語られる小津作品の良質な特性が、この作品「風の中の牝雞」には、ことごとく失われているというのは確かだと思います。

しかし、いままで繰り返し聞かされてきたそれらの否定的な世評と、小津監督自身が表明した「失敗作」というコメントの間には、ある微妙な差のあることが僕には気になって仕方ありませんでした。

不運な出自を背負わされることとなった作品「風の中の牝鶏」は、病気の子供の治療費のために、やむに止まれず妻が犯した不倫を、どうしても許せない夫の苦悩を描いた作品です。

全編を通して描かれる妻を責める夫の執拗さは、そのまま小津安二郎という人が「女性」に求め続けた異常なまでの潔癖さ(それは、同時に女性への根深い失望をも示しているのですが)を現しているように思えてなりません。

妻が他の男とカラダの関係を持ったこと自体、夫には生理的にどうしても許せないでいます。

行為のひとつひとつを、どこまでも執拗に問い詰め続ける尋常でない偏執的な嫉妬(嫉妬と言ってよければ、ですが)は、むしろ狂気に近いものを感じます。

男の欲望に否応無く応じてしまう女の肉体そのものの成り立ちと在り方、罵っても打ち据えても階段から突き落としたとしても、消せるわけもない・どうしようもなくそこに存在し続ける「女の肉体に巣食う性欲」を、夫はひたすら憎み続けているように見えます。

怒れる夫がアヤマチを犯した妻に与える執拗な暴力描写を見ていると、夫には、妻と妻の体を買った男とが剥き出しの肉体を絡ませながら互いの肉欲をせっせと満たしている生々しい具体的な性的妄想に苛まれることの苦しみが、妻に加えられる暴力の原動力になっているようにさえ窺われます。

この作品「風の中の牝鶏」は、「女の『性』なんて、所詮あんなものさ」という小津監督自身の素直な心情(女性に対する落胆と嫌悪感と恐れと)を率直に包み隠さず吐露して描き込んでしまった剥き出しの作品だったからこそ、小津監督はどうしても「失敗作」と否定するしかなかったように思えます。

そして、このこと(女性に対する落胆と嫌悪感と恐れ)が、後年の女優が殊更に美しく描かれていくことと無縁ではないように思えてなりません。

遠くから見ている限りは、ひたすら美しがっていればそれで済む「女性」たちも、親しくなり近づきすぎれば、その狡猾さ・その生臭さにただただ幻滅させられた小津監督の、女性に対する失望の証しのような気が以前からしていました。(川島雄三や増村保造や今村昌平なら、至上の美として女のマタグラにのめり込んで描いたというあの女の欲望です)

小津作品の描く女性たちの美しさの秘密が、生活臭の感じられないクールさにあって、それが同時に現実に生きる女性に対する嫌悪と恐れに帰するものだとしても、しかし、その「架空」を愛する気持ちは、映画にのめり込んでいく心情とどこかで繋がっているような気がして、そういう部分に、僕は小津監督に惹かれています。

小津監督が、終生結婚を拒んだことの理由は、女性を美しく見続けるためだった、身近で醜悪な部分を見たくなかったためだったのではないか、結婚は女性とのいい関係を保つ「距離感」を失わさせられてしまうものと考えたのではなかったかというのが、一応の僕なりの結論です。
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by sentence2307 | 2005-09-11 17:22 | 映画 | Comments(52)

ある日の職員食堂

本日は、僕がいつも昼食をとっている職員食堂にまつわるエピソードを書きますね。

ある日、そこで食事をとっていたときのことです。

たまたま隣に座っている40歳くらいの男性が、もう食事はすんでいるのに、いつまでも席を占拠して読書をしていました。

そんなに広い食堂でもないし、用が済んだ客がいつまでもグズグズしていられるそんな悠長な雰囲気の食堂ではありません。

だいたいの客は入れ替わり立ち代り、ただ食事だけをモクモクとたいらげ、用がすんでしまえばさっさと出て行くしかないような、そういった感じの食堂です。

「吉野家」を思い浮かべてください。

まさに、あんな感じです。

食事が終わったのに「吉野家」で、読書をすることを想像してみれば分かると思うのですが、相当な神経じゃないとまず出来ないことですよね。

既に食事を済ましてしまった僕は、なにももっともらしい渋面を作る理由もありませんので、(一応読書好きということもありますが)話しかけてみました。

話してみると、ごく普通のひとで、わずかな時間でしたが話しもはずみました。

前後の脈絡はすっかり忘れてしまいましたが、その会話のなかで、その人は、読書にまつわるこんな面白いことも話してくれたのを覚えています。

暮らしている部屋が狭いこともあって読み終わった本は、どんどん捨ててしまう。

読書するときは、鉛筆片手に、気にかかる箇所に傍線を引きながら読むのが習性になっているのですが、あるとき、ふと考えました。

自分はなんのために本に線を引いているのだろうと。

読み終えれば、ただちに捨ててしまい、二度と読み返すことのないような本です。

しかし、線を引く習性から逃れられないまま、読書のたびに頭の片隅で彼はずっとそのことを考え続けていたそうです。

そんなあるとき、押入れの奥から偶然ダンボールいっぱいの本が見つかりました。

一昨年、読み終えたので、捨てようと思ってまとめておいた30冊近い本でした。

捨てるのを忘れてしまっていたのでしょうか、その辺りのいきさつも含めて、ことごとく記憶がありません。

彼は、初めて、かつて読書しながら自分が引き続けたという傍線の箇所をつぶさに読み返すという機会を持ちました。

そして、その線の引かれた箇所がなんの意味も持たない見当違いなつまらない箇所ばかりなのを、ひとつひとつ確認してショックを受けたというのです。

自分の愚かさを見せ付けられるよりも、徒労を嘆いていた以前の状態の方がまだましだった、と話してくれました。

そういえば、僕の目の前の読書を続ける彼の手には、鉛筆はありませんでした。
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by sentence2307 | 2005-09-06 13:12 | 映画 | Comments(0)

運動会の思い出

この台風が過ぎたら、きっといっぺんに涼しくなって、意外に秋も早まるかもしれませんね。

ここのところ平日には、近所の中学校から運動会の予行練習の歓声やら賑やかな音楽が聞こえてきたりして、自分とは別に何の関係もないのですが、つられて何となくウキウキしてしまいます。

子供の頃のことを振り返ると、運動会の思い出で、あまり芳しいものはありません。

反射神経は人並みはずれ鈍い上に、動作ものろいときています。

さらに、根が小心者で、極度に緊張したりすると、すぐトイレに行きたくなるという情けない生理的ハンディの持ち主なので、それはもう大変でした。

並の人なら闘志を掻き立てずにはおられない例の「位置について、ヨーイ・ドン」という威勢のいいスターターの掛け声も、トイレの近い僕には「尿意・ドン」と聞こえてしまう有様です。

しかも、その「ドン」がめいっぱい下腹部あたりに危なく響いて、思い出すだけでも散々の仕儀でした。まさに、ハ、ハ、ハです。

でも小学生の頃の思い出って、どんなことでも、なんか切なくって甘酸っぱいものですね。

ブログを始めようとした最初の頃は、こういういろんな思い出話=映画の話もその中のひとつとして含まれるに過ぎないもの、を書ければいいなと考えていました。

しかし、どこかでそれが、だんだん反れてしまったみたいですね。

追伸、100m走の予行練習を垣根越しに見ていたら、生徒たちの全力疾走を見ていただけのこちらの方が、足をつってしまいました。いくら運動不足とはいえ、見てるだけで足をつるなんて、なんと情けない・・・。
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by sentence2307 | 2005-09-05 12:43 | 映画 | Comments(0)