世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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心あらば今ひとたびの


先日の朝起きて、窓のカーテンを開けたら、目の前に見たこともない「レンガ色」が大きく視野を塞いだので、びっくりしました。

窓の向こうには、4階建ての会社の社宅が建っていて、色はそこらでよく見かけるなんの変哲もないベージュ色のはずだったのですが、その見慣れていたはずの色が一夜にして色変わりしてしまったのかと錯覚し、一瞬パニクッてしまったのでした。

古い譬えで恐縮ですが、「秀吉の一夜城」を目の当たりにした錯乱といった感じです。

よくよく見れば、その社宅の庭に植えられている複数の八重桜の葉が、一夜にして紅葉し、それを壁の色かと見間違えただけのことだったのですが、そのときふっと藤原忠平の「小倉山峰のもみじ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ」という歌を思い出していました。

風流というのでもない、異次元空間にワープしてしまったような不思議な感じです。

日常生活のなんということもないところで、何かの連想でだと思うのですが、こんなふうに、むかし懸命になって覚えたいくつかの和歌が、とうに忘れかけていた過去の情景を伴って不意に甦ってくることがあります。

きっと郷愁とでもいうのかもしれませんが、そこに和歌が介在しているあたりが、おもしろいと思いました。

そういえば、百人一首なんて、ここ何年もやっていないなあ。もっとも、一緒に興する相手もいないのですが。

あの紅葉も、幾日もたたないうちに無残に色褪せてしまいました。

もう冬は、すぐそこまできているのでしょうね。
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by sentence2307 | 2005-11-30 21:28 | 映画 | Comments(1)
電車の長距離通勤がそれほど苦ではないのは、きっとある程度まとまった読書ができるからだと思います。

家にいて、たっぷり時間があっても、本を読む気になかなかならないのは、やたらと別の誘惑が多からかもしれませんね。

まず、だいたいは映画を見てしまいますし、次には普段は買い込むばかりで、ろくに聞かないで溜め込んでしまったCDを片っ端から聴きまくるなんて方に優先的に時間を割いてしまうからでしょうか。

だから、読書くらいしかすることのない軟禁状態の電車通勤は、かえって本当は貴重な時間なのかもしれません。

いままでも、普通なら気後れするくらいの長い小説や取っ付きにくい難解な本など、一応読了できたというのも、あの「軟禁状態」があったからだと思います。

そんなわけで、読む本が途切れないように、いつも「次に読む本」を机の脇に置いています。

時間のない出勤前に慌ただしく適当に選んだ本がつまらなかったときなど、時間を無駄にしてしまったなあと後悔することが結構ありましたから。

しかし、この「適当に選ぶこと」で思わぬ収穫にあずかることも、たまにはあるのです。

あるとき、慌ただしい出勤前に、その辺にあった高峰秀子の執筆した文庫本を鞄に突っ込んで家を出たことがありました。

それは、「いっぴきの虫」というタイトルの、高峰秀子が親交を深めた著名人について書いた人物評みたいな著作です。

ずっと前、この本について書かれた書評を読んで以来、この本の読む気をすっかり失っていました。

いわく、「有名人との交際を自慢気に書いた鼻持ちならない本」みたいな書評です。

別に僕としては、著名人との交際を自慢気に書くことに対して偏見はありません。

別にいいじゃないかとという感じです。

むしろ、下卑た嫉妬に満ちた悪意だけのそうした書評(まあ、はっきり言えば、この本は、「私はこれだけの有名人の知り合いを持っている」といった感じの単なるヨイショ的な自慢本だと言う非難でしょうか。)に嫌悪感を覚えましたし、そんなものを平然と掲載した雑誌編集者の見識も疑います。

そういうことなら、つまり罪が本にないなら、この「いっぴきの虫」を読んでもよさそうに思われるかもしれませんが、一旦ケチをつけられた本に向かう気の重さが、僕にはクリアできませんでした。

これが、いままでこの本を遠ざけていた理由です。

さて、前置きが長くなりました。

この本を読んで得た「思わぬ収穫」というのを書きますね。

電車に乗り込んで、「いっぴきの虫」を取り出してざっとページを繰ってみてみました。

いちばん面白そうな部分から読んでしまうのが僕の行き方なので、まずは「美味しいところ」から入っていきます。

数々の著名人の名前の羅列の中に「『二十四の瞳』の子役たち」というひときわ目立つタイトル(字数の多さで)がありました。面白そうです。

文庫本のページにして20ページに満たない短さですから、たとえ詰まらなくて、そのときはすぐに止める積りで読み始めました。

前半は17年振りに会った「二十四の瞳」に出演した子役たちと思い出を語り合う楽しそうな座談会です。

しかし、あれこれの懐かしい思い出話のあとで、不意に、アメリカ人夫婦の養女になって渡米したひとりの少女のことに話が及んだところで、この座談会は不意に途絶えます。

高峰秀子のこんな述懐とともに。
「あの子は日本が好きだったのよ。アメリカへ行っちゃって・・・。私、なんだか可哀想なことしちゃったみたい。」

高峰秀子のこの述懐には、映画の中で肺病を病んで物置小屋で死んでしまうコトという幸薄い役を演じた少女の像と、アメリカへ貰われていった寂しげな実在の少女の面影とが、高峰秀子の贖罪の思いの中でほとんど区別されることなく語られているからでしょうか。

母をなくし、面倒見切れなくなった少女の父親から相談を受けて、養子を探していたアメリカ人夫婦に少女を紹介した高峰秀子が、なぜ罪の意識を持ったのかというと、きっとその独り残された孤独な少女が、母親のぬくもりを自分に求めていたことが分かっていたからではないかという気がします。

高峰秀子は、こんなふうに書いています。

「ねえ、コトやん。小石先生も小さいときお母さんが死んで、新しいお母さんのところに貰われてきたのよ。
でも、そんなことは、たくさんたくさんあることなの。
自分だけがこんな悲しい目に遭うなんて思っちゃ駄目よ。
生きているお母さんをお母さんだと思って元気に暮らすのよ。
小石先生だってホラ、こんなに元気でしょ。
コトやん。もう七つだもの、分かるわね。
新しいお家へ行って、うんと勉強してアメリカへ連れてってもらって元気に暮らす? 
東京にいる間は小石先生も遊びに行くし、寂しくないと思うけど・・・」
私は、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。
涙でガラス窓がにじんで見えた。
コトやんは、じっと前を見詰めてまばたきもせずにコックリコックリとうなずいていた。


ここには、この少女の薄幸さと共鳴する高峰秀子という女優のクールさの秘密、つまり、こんなふうに他人を拒んできた彼女の生き方が、その贖罪感と共にありつづけていたことが、はからずも語り尽くされているのかも知れませんね。
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by sentence2307 | 2005-11-26 12:09 | 映画 | Comments(113)

木下恵介特集 NHK・BS2

木曜日の朝は、朝刊と一緒に届けられる1週間分の番組表をひとあたり眺めるのを、なんとなく楽しみにしています。

まあ、眺めるとはいっても放送予定の「映画」をチェックするだけなのですが。今日のそれを見ていたら、11月末から12月初旬にかけてしばらくの間、NHK・BS2で木下恵介作品を連続放映するみたいじゃないですか。

楽しみですねえ。

まず皮切りは、木下惠介監督86年の人生で残した映画49本を短くまとめた「名匠・木下惠介の軌跡」というのを11月25日(金)後7:30~7:45と、11月27日(日)後7:45~8:00で放送されるそうです。

ちっとも知りませんでした。

心覚えのために、まずはネットで放送予定をざっと抜き出しておくことにしました。

忘れては大変です。

でも、こうしておいても、いつも3分の1くらいは見逃してしまうのですが。

<懐かし映画劇場>
花咲く港(43松竹大船)          ★11月28日(月) 後1:00~2:23
テンポある軽妙な演出で木下恵介の類い稀な才能を既にして縦横に示し得た衝撃のデビュー作。
昔、ある男が九州の港町に造船所を造ろうとし、その人柄から人々の尊敬を集めたが、不況のあおりで実現かなわず、男は南方に旅立ったまま歳月が過ぎる。それから15年、彼の遺児を装った2人のペテン師が島に現れ、島民に造船所建設をもちかけ、ひともうけをたくらむが… 。人を疑うことを知らない善良な島の人々のなかで、ペテン師たちが巻き起こす騒動をユーモラスに描いた佳作。
〔監督〕木下惠介〔原作〕菊田一夫〔脚本〕津路嘉郎〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕安倍盛
〔出演〕小沢栄太郎、上原謙、笠智衆、東野英治郎、東山千栄子、村瀬幸子 ほか
〔白黒〕

陸軍(44松竹)               ★ 11月29日(火) 後1:00~2:28
第二次大戦末期、新聞に連載された火野葦平の同名小説の映画化。西南戦争から日清、日露、大東亜戦争にいたる富国強兵政策の時代、忠君愛国に身をていした一家族の3代にわたる年代記。戦意高揚映画として製作されながら、出征する息子の部隊をいつまでも追っていく母親の姿に感動的なヒューマニズムを描き出し、木下作品の系譜を語るうえで重要な作品となったが、そのため当時軍部からにらまれる結果となった。
〔監督〕木下惠介〔原作〕火野葦平〔脚本〕池田忠雄〔撮影〕武富善男
〔出演〕田中絹代、笠智衆、杉村春子、上原謙、東野英治郎、三津田健  ほか
〔白黒〕

大曽根家の朝(あした)(46松竹)    ★11月30日(水) 後1:00~2:22
劇作家・久坂栄二郎の脚本により、演劇的演出を試みた木下惠介監督の戦後第1作。未亡人の母親と子供たちが平和に暮らしていた大曽根家に、戦争の悲劇がふりかかる。思想犯で検挙される長男、次々に出征する次男と三男、家出する長女、わが物顔で家に乗り込み一家の上に君臨する軍人の叔父。杉村春子演じる母親が、息子を失った悲しみと怒りを胸に、横暴な軍人の叔父に戦争責任を糾弾するラストシーンが印象的な反戦映画の力作。
〔製作〕細谷辰雄〔監督〕木下惠介〔脚本〕久坂栄二郎〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕浅井挙曄
〔出演〕杉村春子、三浦光子、小沢栄太郎、徳大寺伸、大坂志郎 ほか
〔白黒〕

わが恋せし乙女(46松竹)         ★12月1日(木) 後1:00~2:16
血のつながりのない妹への報われない愛情を胸に秘め、妹の幸せを願って身を引く兄の切ない恋を描く。美しい牧場で、とある夜明けに発見された赤ん坊。その子は亡き母の遺言から「美子」という名であることがわかり、牧場主草三郎の妻おきぬは、美子を実の息子甚吾とわけへだてなく大切に育てた。その名の通り美しく成長した美子に恋心を抱く甚吾は、美子に告白しようとするが・・・。音楽担当の木下忠司は木下監督の実弟。
〔企画〕細谷辰雄〔監督・脚本〕木下惠介〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕原保美、井川邦子、東山千栄子、増田順二  ほか
〔白黒〕

<衛星映画劇場>
喜びも悲しみも幾歳月(57松竹)     ★11月28日(月) 後7:45~10:26
木下惠介監督が時代背景と各地の風俗を織り込みながら、灯台守夫婦の半生を描いた感動作。上海事変がぼっ発した昭和7年、新婚夫婦(佐田啓二・高峰秀子)は神奈川県観音埼灯台に赴任する。そして北海道石狩にある灯台に勤め、長男と長女に恵まれる。その後も、長崎県の孤島から佐渡島、静岡県の御前埼灯台など、各地の海を守る夫婦の姿と、子供たちの成長、家族が味わう悲しみと喜びを映し出す。同名の主題歌が大ヒットした。
〔監督・原作・脚本〕木下惠介〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕高峰秀子、佐田啓二、中村嘉葎雄、桂木洋子 ほか
〔カラー〕

少年期(51松竹)               ★11月29日(火) 後8:00~9:52
心理学者・波多野勤子と息子との交流書簡をまとめた、同名ベストセラーを木下惠介監督が映画化。苦難の時代に生きる少年の心の成長を、母子の愛情を通して描いた感動作。戦時中、敬慕する先生の戦死に大きな衝撃をうける少年・一郎。その後、信州の学校に転校し軍国主義教育に直面した彼は、反戦主義者のらく印を押された学者の父の生き方に反感を抱くが、やがて父を理解する日が訪れる。自由主義の父を笠智衆が演じている。
〔製作〕小倉武志〔監督・脚本〕木下惠介〔原作〕波多野勤子〔脚本〕田中澄江〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕田村秋子、石浜朗、笠智衆、三國連太郎、小林トシ子  ほか
〔白黒〕

野菊の如き君なりき(55松竹)      ★11月30日(水) 後8:00~9:33
伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を、「二十四の瞳」、「楢山節考」などで知られる名匠・木下惠介が映画化。何十年ぶりに故郷である信州の美しい川を訪れた老人が、遠く過ぎ去った切なく、美しい恋の思い出を語る。封建的な昔の思想によって引き裂かれた若い男女の恋、そして訪れる悲しい別れを描いた純愛映画の傑作。後に、「野菊の墓」として山口百恵や松田聖子主演でドラマや映画となった。
〔製作〕久保光三
〔監督・脚本〕木下惠介〔原作〕伊藤佐千夫〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕有田紀子、田中晋二、笠智衆、杉村春子 ほか
〔白黒〕

永遠の人(61松竹)             ★12月1日(木) 後8:00~9:48
日本映画を代表する映画監督、木下惠介が雄大な阿蘇山を舞台に描く叙事詩。高峰秀子演じるさだ子には隆という恋人がいたが、大地主の息子・平兵衛の暴力によって体を奪われ、結婚することになる。子供を3人もうけながらも、さだ子は隆を忘れられずに夫を憎み続けるのだが・・・。仲代達矢が夫役を演じ、さだ子の息子役で田村正和が出演している。
〔製作〕月森仙之助〔製作・監督・脚本〕木下惠介〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕高峰秀子、仲代達矢、佐田啓二、乙羽信子、加藤嘉  ほか
〔白黒〕

二十四の瞳(54松竹)           ★12月2日(金) 後7:30~10:07
瀬戸内海の島にある分校を舞台に、新任の女性教師と生徒たちとの交流を描いた名匠木下惠介の代表作で日本映画史に残る名作。女学校を出たばかりの久子は、分教場で新入生12人と出会った。ハイカラな先生と生徒は唱歌を歌ったり、野原を駆け回ったりと美しい日々を過ごす。やがて戦争が始まり、それぞれに辛い現実と悲しみが訪れるのだった・・・。主人公の教師役を高峰秀子が好演し、生徒役は地元の子供達が出演している。
〔製作〕桑田良太郎〔監督・脚本〕木下惠介〔原作〕壷井栄〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕高峰秀子、笠智衆、夏川静江、天本英世、明石潮  ほか
〔白黒〕

お嬢さん乾杯(49松竹)          ★12月5日(月) 後1:00~2:30
新藤兼人が脚本を担当し、佐野周二と原節子という豪華キャストで送る純愛喜劇。自動車修理業で成功し、若くして財を成した圭三のもとに、没落華族の令嬢との縁談が舞い込んだ。熱心にすすめられて見合いをしてみると、彼女は高慢な所のない、賢く美しい女性だった。そんな彼女と結婚が決まり、交際がスタートするが・・・。あまりにも違う価値観をもったちぐはぐな二人を明るくコミカルに描き、さわやかな感動を誘う一編。
〔製作〕小出孝〔監督〕木下惠介〔脚本〕新藤兼人〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕佐野周二、原節子、佐田啓二、坂本武、村瀬幸子 ほか
〔白黒〕

破れ太鼓(49松竹)             ★12月6日(火) 後1:00~2:30
頑固親父とその家族が繰り広げる家庭騒動を描いた人情喜劇。時代劇スター阪東妻三郎の強烈な個性を、木下惠介監督が現代劇で見事にいかした秀作。戦後の混乱の中で財をなした土建業の津田軍平は、無教養でわがままな暴君。四人の息子と二人の娘が母を中心に仲良く過ごす団らんも、軍平の前ではさんざんなことに。そんな日々のなか、長男と長女が軍平と衝突して家出したことをきっかけに、家族全員が軍平に反旗をひるがえす。
〔製作〕小倉浩一郎〔監督・脚本〕木下惠介〔脚本〕小林正樹〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕阪東妻三郎、村瀬幸子、森雅之、木下忠司、大泉滉、小林トシ子 ほか
〔白黒〕

カルメン故郷に帰る(51松竹)       ★12月7日(水) 後1:00~2:30
日本初の全編カラー作品という歴史的一編。東京に出てストリッパーとなった娘おきんが、リリー・カルメンと名乗り、同業の女友達とともにふるさとに錦を飾りに帰ってきた。派手な衣装とふるまいで村中を驚かせたふたりは、やがて村でストリップの公演を行い、大成功をおさめ東京へ戻る。二人の公演は、思わぬ人助けにもなり・・・。底抜けに明るいおきん役の高峰秀子が名コメディエンヌぶりを見せる。
〔製作〕月森仙之助〔監督・脚本〕木下惠介〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕木下忠司
〔出演〕高峰秀子、小林トシ子、佐野周二、笠智衆 ほか
〔カラー〕

カルメン純情す(52松竹)         ★12月8日(木) 後1:00~2:30
「カルメン故郷に帰る」で初めて高峰秀子と組んだ木下監督が、カルメンの東京での後日談をつづった姉妹編。前作で一緒に故郷に帰った朱実が、赤ん坊を抱いてカルメンのもとに飛び込んできた。男に捨てられ、到底育てるめどがたたないため、ふたりは泣く泣くとある家の前に赤ん坊を置き去りに。その家の主はパリ帰りの芸術家で、カルメンはほのかな恋心を抱くが・・・。カルメンの泣き笑い人生の中に悲しい女の性を描き出す。
〔製作〕小倉武志〔監督・脚本〕木下惠介〔撮影〕楠田浩之〔音楽〕黛敏郎、木下忠司
〔出演〕高峰秀子、若原雅夫、淡島千景、小林トシ子、北原三枝 ほか
〔白黒〕
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by sentence2307 | 2005-11-24 20:49 | 映画 | Comments(1)

映画を見た後で、その原作である小説を読むというのは、僕の場合、まず「ない」のですが、逆のケースなら(偶然ですが)結構あります。

原作の伊藤永之介(未知の作家です)の小説「鶯」は、たまたま少し前に読んでいました。

中央公論社から刊行された「日本文学全集79・名作集3」という文学全集のシリーズ中の19作のうちの1作として収載されている作品です。

私的な事情で恐縮ですが、僕の所蔵している本の量が収容スペースをはるかに上回る過剰な状態にあり、本はどんどん読んでどんどん処分しており(まあ古本とはいえ、買った手前、読まずに処分するとなると、気持ち的にどうしても抵抗がありますし、いったい何のために買い込んだのか我ながら馬鹿馬鹿しいとは承知のうえで必ず眼を通すことを自分に課しています。)その一環として、以前この作品「鶯」を読んでいたのでした。

実は、この本に収録されている作品に、北条民雄の「いのちの初夜」と金史良の「光の中に」があるために(ともにとても素晴らしい作品です)、すでに本自体は読了していたのですが、未練もあって棄てることもできずに、ぐずぐずと持ち続けていたという事情のある1冊でした。

読了したときの印象としては、はっきりいってさしたるものはありません。

極貧の中で生きる農民の悲惨としたたかさとが軽妙な東北弁によって訥々として語られており、その不思議な感覚の対比がステレオタイプの「悲惨さ」を抑えて、味わい深い独特な軽みを出しているというくらいの印象だったでしょうか。

しかし、豊田四郎作品「鶯」を実際に見て、原作をはるかに超えている仕上がりに感動しました。

この作品は、多分グランド・ホテル形式とでもいうのだと思うのですが、様々なエピソードを織り込みながら人間が重層的・同時進行的に描かれていくというなかで、ある程度ストーリーが固まっている部分(杉村春子のもぐりの産婆の話とか、霧立のぼると清川虹子の親子のエピソードなど)は、それなりに制約を受けるという限界もあので別にしても、禁猟の鳥と知らずに鶯を警察に売りにくる女(堤眞佐子が演じています)のエピソードの部分は、原作にはない豊田四郎の哀しみを押し殺したような独特な軽味の叙情が漂っていました。

たまたま鶯を手に入れた(家に迷い込んできたと話しています)女が、警察署にその鶯を買ってくれないかと現れます。

家には腹をすかせた子供たちが、幾らかの金を手にした母親の帰りを待っているというのに、しかし、食うや食わずの近隣の貧しい農村では鶯を買うなどという余裕のある悠長な人間などいるわけもなく、そこで女は、この貧しい農村地域で唯一安定した給料を得ている官吏のいる警察署に出向いてきたというわけです。

そこで、ふた言三言交渉のやり取りが描かれた後で、エライ警察職員に鶯は禁猟の鳥だから放してやれと脅かされます。

女は、この鶯は「採った」のではなく、たまたま家に飛び込んできたのだと説明しますが聞いてもらえず、仕方なく警察署の玄関先で鳥籠の扉を開けて鶯を放すことになる場面です。

いままさに、当面唯一の生活の糧といってもいい大切な「飯のタネ」を失おうとしている貧困にあえぐ女の描き方に心惹かれました。

多分、この小説からすれば、きっと、飛び去る鳥の行方を追いながら、貧しい女は、無念さとか、やりきれない悲しみとか、それに伴う怒りとか、そして諦めの表情や仕草などが描かれるというのが予想される普通の行き方だろうと思います。

しかし、この豊田作品では、驚くべきことに、飛び去る鶯の行方を追いながら、鶯野の鳴き声に思わずうっとりと聞き惚れてしまう女の美しい顔をアップで捉えていました。

自分の絶望的な状況の只中でも、唯一の生活の糧を失おうとしているその時に直面して、美しい鶯の声に思わず聞き惚れてしまうということは、いったいどういう心理なのか、戸惑いました。

豊田四郎作品というと、何故かすぐに井伏鱒二作品を連想してしまうのですが、これはなにか深く関係しているものが潜んでいるのかもしれませんね。

この作品は、豊田四郎監督が「冬の宿」を撮影中の合間をぬって、わずか16日間で撮り上げたといわれている珠玉の名編です。

(38東京発声=東宝)製作企画・重宗和伸、監督・豊田四郎、原作・伊藤永之介、脚本・八田尚之、撮影・小倉金弥、音楽・中川栄三、美術・進藤誠吾、装置・角田五郎、録音・奥津武、照明・馬場春俊、
出演・勝見庸太郎、御橋公、伊達信、鶴丸睦彦、押本映治、北沢彪、藤輪欣司、汐見洋、霧立のぼる、清川虹子、堤眞佐子、村井キヨ、文野朋子、杉村春子、水町庸子、藤間房子、堀切浪之助、江藤勇、恩田清次郎、平陽光、大友純、木浦柴雄、田辺若男、原田耕一郎、榊田敬治
(73分・9巻 1,975m 白黒)
1938.11.09 日比谷劇場
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by sentence2307 | 2005-11-19 18:05 | 映画 | Comments(5)

ジョーン・フォンテーン

ある人からデボラ・カーとジョーン・フォンテーンの印象が、区別がつかない程とてもよく似ているという話を聞きました。

そういえば、このふたり、繊細なところが本当によく似ていると思います。

ところで、ヒッチコック作品の印象が強いあのジョーン・フォンテーンが、実は東京生まれで、聖心女学院に通っていたということを初めて知りました。

しかも、お姉さんが「風と共に去りぬ」でメラニーを演じたオリビア・デ・ハビランドです。

しかし、印象に反してこの姉妹、オリビア・デ・ハビランドとジョーン・フォンテーンの仲の悪さは伝説的です。

その象徴のように語り伝えられているのが1941年のアカデミー賞での授賞式のとき。

この1941年という年は、映画史上でも滅多にない豊作の年で、それは、作品賞にノミネートされた作品群をみればよく分かると思います。

ジョン・フォードの「わが谷は緑なりき」、オーソン・ウエルズの「市民ケーン」、ウィリアム・ワイラーの「偽りの花園」、アルフレッド・ヒッチコックの「断崖」、ハワード・ホークスの「ヨーク軍曹」、ジョン・ヒューストンの「マルタの鷹」、マービン・ルロイの「塵に咲く花」、アレクサンダー・ホールの「幽霊紐育を歩く」、アービング・ラバーの「わが道は遠けれど」、そして「Hold Back the Dawn」でした。

世界の映画人が選ぶいままで撮られた映画の中でベスト・ワンの評価を受けている「市民ケーン」ですが(しかし、後年のこの高い評価は、その当時政界の有力者などから様々な圧力があって無念にも作品賞を逃した事情も影響している判官びいきの部分もあるのではないかと、つい考えてしまいます)、僕としては「わが谷は緑なりき」がとても好きなので、この評価には異論ありません。

さて、そういう中で、主演女優賞をめぐって、この二人オリビア・デ・ハビランドとジョーン・フォンテーンの姉妹が名優たちに混じってそれぞれノミネートされ、まさに姉妹対決の様相を呈しました。

オリビア・デ・ハビランドは、「Hold Back the Dawn」、ジョーン・フォンテーンは「断崖」、そのほかには「偽りの花園」のベティ・デイビス、「塵に咲く花」のグリア・ガースン、「教授と美女」のバーバラ・スタンウィックという錚々たるメンバーです。

受賞したのは、「断崖」のジョーン・フォンテーン。

勝者となった妹ジョーン・フォンテーンが、敗者の姉オリビア・デ・ハビランドに握手を求めたのに、オリビアは不快さを隠そうともせずに顔を背けたと映画雑誌が書きたてたことで、さらに姉妹の確執を煽ったといわれています。

実は、フォンテーンは、前年の「レベッカ」で高い評価を受けたものの(ヒッチコックの「レベッカ」は、10部門にノミネートされながら、受賞したのは作品賞と撮影賞のたったふたつだけでした。)、あえてジンジャー・ロジャースに主演女優賞を送ったのは、このダンシング・スターの演技派への転向をアカデミーが祝福したことによるプレゼントだったというのが定説になっています。

ですので、その翌年にアカデミーは、フォンテーンに主演女優賞受賞を送ることによって、前年の「借り」を返したといわれています。

「断崖」と「レベッカ」のジョーン・フォンテーンの演技を比較してみれば、どちらのフォンテーンが主演女優賞にふさわしい演技だったか、一目瞭然だと思います。

そうでなければ、アカデミーも、「恋愛手帖」のジンジャー・ロジャースに情実によって主演女優賞を贈ったことを「借り」とは感じなかったでしょう。

こんなかたちで、いろいろな周辺事情によって素晴らしい演技を示した作品ではない別の(あるいは、次の年の)作品の凡庸な演技に贈られる場合のあることもあるという演技賞なので、その辺の事情というかなりゆきに精通していないと、ただ記録を眺めているだけでは首を傾げたくなるような演技賞の記録がたくさん残されています。

例えば、ジョーン・フォンテーンが「レベッカ」で最高の演技をしたのにもかかわらず主演女優賞を逸した1940年という年の主演男優賞は、「フィラデルフィア物語」(ジョージ・キューカー監督)のジェームス・スチュアートでした。

映画の一般常識として、「独裁者」のチャールズ・チャップリンや、「怒りの葡萄」のヘンリー・フォンダや、「レベッカ」のローレンス・オリビエの名演技を知らない人はいなくとも、「フィラデルフィア物語」とかいうジェームス・スチュアートの演技を記憶している人がどれ程いるかは疑問ですよね。

そもそも「フィラデルフィア物語」という作品自体どういう作品だったか、知っているという人は余程のマニアだと思います。

厳しい時の洗礼を受けて凡庸な作品は忘れ去られ、優れた作品だけが人々の記憶に残るのは当然にしても、それはとても残酷なことだと痛感します。

しかし、これが、ジェームス・スチュアートという俳優が凡庸な俳優だった証しかといえば、そうではありません。

彼にしても、この不可解な受賞は、前年1939年の「スミス都に行く」の最高の演技を評価されなかったことへの「お返し」だったといわれていますから。

そしてさらに面白いことに、この1939年、多くの主演男優賞候補の有力者たち(「風と共に去りぬ」のクラーク・ゲイブル、「嵐が丘」のローレンス・オリビエ、そしてジェームス・スチュアート)を抑えて受賞したロバート・ドーナッツという人は、前年の「城砦」によって高い評価を受けながらも僅差で賞を逸したことに対するアカデミーの遅ればせながらの「見返り」だったらしいことを考えれば、なんとも皮肉な「因縁話」のような感じがしてしまいます。

正当な演技が、同時代的に評価されにくい事情が、この辺にあるのかもしれませんね。

ジョーン・フォンテーンが主演女優賞を逸したのは、いってみれば「レベッカ」以外の他の有力作(怒りの葡萄、チャップリンの独裁者など)に対する時代的な「冷遇」の「生贄的な見返り」だったという説が有力です。

第2次世界大戦に参戦を決めたこの年、アメリカにとって独占資本と軍事力の強化を必要としていた時期に、資本主義・独占資本に鋭い批判のメスを入れた「怒りの葡萄」や、帝国主義・軍部独裁への警鐘を打ち鳴らした「チャップリンの独裁者」が決して好ましい作品ではなかったことで、無難な「レベッカ」に作品賞の票が流れ、いわばその疚しさみたいなものもあって、ジョーン・フォンテーンに主演女優賞を与えにくかったのではないか、と伝えられているからです。
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by sentence2307 | 2005-11-19 09:30 | 映画 | Comments(137)

第三の男

JRの駅を降りてから、会社に行くまで間に大きな公園があって、ほんの僅かな時間なのですが、その中を突っ切って朝の散歩気分でゆっくりと会社まで歩いていきます。

人気のない秋の終わりの薄靄のかかった公園の、朝の冷気のなかをぶらぶら歩く物悲しい雰囲気が、とても気にいっています。

その公園の散策路の途中に、テーブルや椅子を屋外に出して食事をさせるというちょっと洒落たレストランがあって、僕も昼休みには散歩がてら、ちょくちょく食事に来ることがあるのですが、早朝、このレストランを借り切って、よくテレビ・ドラマのロケ撮影の現場に遭遇することがあります。

最初のうちは物珍しく野次馬気分で見物していたのですが、それが度重なると、珍しくも何ともなくなって、それでなくとも通勤の足を止められるわけですから、なかには不快感をあからさまに口にする人だってでてきます。

そんな事情からでしょうか、そのうちに、通行止めをせずに本番中に、エキストラとともに一般の通行人もどんどん歩かせながら撮影をするようになりました。

多分ドキュメンタリー的な要素を取り入れたのかもしれませんが、本当のところは、一般人ならノー・ギャラでいいくらいのところかもしれません。

「いいですよ、通ってください」と言われて、カメラの回っている前を通り過ぎるのは、やっぱり緊張もし、面映いものです。

「これ、いつ放送されるのですか」とスタッフに訊いている通行人もいます。

幾度か通行人をやっているうちに、あるとき、自分はなにも俳優ではないのだから、上手に演じようとする必要や義理などまるでないし、むしろ、カメラが回っているときこそ「緊張している一般人」そのままでやるほうが野次馬としての自分のあるべき姿なのではないか、と気が付いたのでした。

そして、あるとき試みに多くの通行人のひとりとして、自分だけ足と手を同時に出して歩いてみました。

「カット」の声はありません。

物凄い快感です。

放送の日、主たるドラマが展開する背景の遠い通行人のなかに、手と足を同時に動かして歩いている奇妙なオヤジの姿を、誰か見つけてくれるでしょうか。

なんか胸のときめくような快感です。

アイデンティティを求める一種の知的なテロリズムのような感じもします。

あれから、僅かのチャンスに少しずつ芸域を広げてきました、カメラ目線のまま突然何かに蹴躓くなんてのを芸域といってもいいのか分かりませんが。

そして、あるとき、村上弘明が主演のテレビ・ドラマの撮影に遭遇しました。

向こうから村上弘明が歩いてきて、幾人かの通行人とすれちがってレストランに入るというだけのシーンです。

その撮影をしばらく立ち止まって見ていた僕たち通勤者にADらしき若者が「どうぞそのまま通ってください」と盛んに勧めます。

すこし躊躇ったのですが、その若者は、こちらの逡巡などお構いなしに、「じゃあ、本番いきましょう。」とスタッフ・キャストに声を掛けています。

その叫び声に背中を押されるように、僕たちもつられて歩き出しました。

長身の端正な二枚目・村上弘明が、足早に颯爽と僕たちとすれ違っていきます。

すれ違うときに、ほんのパフォーマンスで何気なく自分のお尻を掻いてみました。

カメラ効果を十分に計算した背中の演技です。テロリズムです。

同時に、「カット!」というスタッフの悲鳴に近い叫び声が聞こえてきました。


あれからしばらくは、あの場所を避けて通勤しています。

これって、やっぱ雰囲気的には「第三の男」のラスト・シーンというべきですよね?
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by sentence2307 | 2005-11-06 17:02 | 映画 | Comments(1)
高峰秀子の独占インタビューが掲載されている「キネマ旬報」9月上旬号というのを買い忘れていたのに気が付いて、あわてて図書館の購読予約に登録したのは、まだ暑い盛りの頃でしたから、昨日図書館の人から電話があったとき、何のことだか咄嗟には分からなかったのは、当然だったかもしれません。

それくらい予約してからの時間が経ちすぎていました。

僕に順番がめぐってくるまで、なんと季節が変わってしまうくらいですから、きっと、物凄い数の予約が入っていたのだろうと思います。

それだけで高峰秀子の人気の高さが分かります。

きっと、「成瀬巳喜男生誕100年」の影響もあるのかもしれませんが、ほかの女優たちとは明らかに違う、「高峰秀子」という女優らしからぬ女性のもつ魅力が、そこにあるからだろうと思います。

インタビューのなかで、「浮雲」の雪子を演じたあと、女優をやめようと思ったという発言が繰り返しでてきます。

それまで自分が演じてきた役(意志の強い道義的な女性)とは、あきらかに違うひとりの男にこだわり続けて破滅していく女という役が自分には相応しくないからだと発言しています。

しかし、いまにして思えば、「雪子」を男にだらしなく、ただふしだらな女という解釈で演じていたら、(そういうタイプを演じることのできる女優なら、もっと相応しい女優がたくさんいたと思います。)こんなにも僕たちを感動させることも、また映画史上の残る不朽の名作の地位を得ることもなかったでしょう。

まず高い道義心が描かれなければ、雪子が、処女を捧げた「はじめての男」にこだわり続けるという「一途さや健気さ」の意味も、きっと見つけにくくなってしまうかもしれません。

高峰秀子は、ここで演じられた雪子に、「二十四の瞳」の大石先生となんら変わらない女の「なにか」を見つけてしまったのだと思います。

気高い女教師も、さいはての島でのたれ死ぬ元売春婦も、なんら変わらない貴賤を超えた女の本質的な「なにか」を。

女優という職業にどっぷりと浸かりこんで自分と女優の境界線がなくなってしまう女性が多いなかで、高峰秀子という人は、「女を演じる」という本質を分かっていたクールな人だと思います。

そこが彼女の魅力です。

図らずもこのインタビュー記事のなかで最も傑出している箇所もそういう部分でした。

(抜粋)
―そのうちボックス席に2人で向かい合わせになって、眠っている加山さんの顔を見ている高峰さんの目に、いかにも若い義弟をいとおしく可哀相に思う心情が。そして涙を流すじゃないですか、高峰さんが。

高峰  そうだった? 忘れちゃった。

―ああいう場面は演じていて思わず感情移入して自分も悲しくなるということはないんですか。

高峰  ないです。芝居です、芝居。

―でもああいう時の涙は本物の涙?

高峰  うーん・・・。まあ、あんまりないね。目薬だな。

―ハぁー。

この絶妙な受け答えが、高峰秀子の魅力を余すところなく言い表していると思います。

物凄くシャイで、自分の気持ちを決して人前には晒さない、まさに「目薬」で悲しみを演じたと言い放つ高峰秀子にとって、「女優」とは本当に天職だったのかもしれませんね。
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by sentence2307 | 2005-11-05 09:07 | 映画 | Comments(0)

恐怖の報酬

うちの会社は、創業何年というやたら歴史の古い、まあそれくらいしか話題にすることのない実に面白味に欠ける会社なのですが、しかし時代の最先端をゆくカッコいい会社などでは滅多に聞かれないようなレトロな話がゴロゴロしています。

例えば会社の備品など、そのままでも十分に骨董品的な価値がある物凄く時代のついたシロモノが幾つもあって(多くは昭和初期の物だという話です)、その中のひとつに、昔ながらの金庫があります。

大震災や空襲の業火にも耐えたという満身創痍のツワモノです。

分厚い扉に物々しいダイヤルが付いていて、それを右に何回、左に何回、右に何回、更に左に何回と、気が触れたようにグルグル廻わし続ける、例のあれです。

ガタイだけは大きく場所ふさぎの邪魔もので、本当に物凄く迷惑しているのですが、そんな本心を表立って口に出すような無謀な人間はわが社にはひとりもいません。

なにしろ伝統を否定したら、即自己否定に繋がってしまうような古い会社なので、「伝統」のお蔭で食べていける我々社員は、その辺のところは十分に認識している積りでいます。

しかし、金庫が「そこ」に在り続けている真の理由は、なにも伝統を愛しているからではなくて、この金庫がやたら重すぎるために、動かすだけで相当な費用がかかりそうだと見積もった上層部が、経費節約の折から決断できないでいるというのが真相らしいのです。

結果的には、伝統を守るという社風に適っているので、これはこれでOKということになっています。

それならこの金庫、ただの飾り物かといえば、そんなことはありません。

貰い物のビール券から始まって文房具類や共同購入のコーヒーのストックとか、金目のものも少々、50円切手と80円切手のシートが複数枚収納されているという実に名状しがたい不思議箱になっています。

この金庫の開け閉めは原則的には管理職か、もしくは管理職の立会いを要するという厳しい規則が定められているのですが、実際は誰もが勝手気ままに開け閉めしているのが現状です。

普段はダイヤル自体を動かさずに、ただ鍵を差し込んで捻るだけで開け閉めが出来るので(しかし、偶然にダイヤルに触れたりして少しでも動かした場合、扉はロックされてしまい、その時こそダイヤル自体を回して開けなければならなくなりますが。)、普段は金庫のダイヤル番号などまったく必要なく、「ダイヤルを使って開ける」という行為は有名無実化しているのが現状なのですが、ある日それが「有名無実」でなくなる事件がシュッタイしました。

誰かがダイヤルを廻してしまったらしく、その扉が突然開かなくなってしまったのです。

当初は、緊急を要する重要な物など入っているはずもないので、部長には内緒で、そのままほっておくことにしました。

必要になったときに、いずれ誰かが部長に話せばいいということになりました。

というのは、金庫の開け方が書いてある紙(例の「右に何回左に何回」というアレです。)は、代々部長職が引き継ぐことになっていて、つまり、そのメモの引継ぎが、なんとなく部長職のステータスのような象徴的な意味を持っているので、もし、誰かが「金庫を開けてほしい」と依頼すれば、普段は何となく無視し、本人も無視に甘んじているようなそういう関係が、そのステータスを擽ることで部長職という役職をカレに思い出させ、一時的にではあれ、お互い面白くない身分関係をあらわにしてしまう恐れがあるからでした。

しかし、本当のところは、そのメモどおりにダイヤルを回しても、いままで一回ですんなりと金庫が開いたことなんてないのです。

右に3回とか左に4回とかいうあれが実に難しいので、どの数字に合わせて、それをどう回せば1回に相当するのか、やればやる程ドツボに嵌り、回す部長は、扉が開かないことに少しずつ苛立ち、不機嫌になり、焦れば焦るほど更に開かなくなり、冷ややかな皆の視線を浴びて遂に逆上に至るというのが、いつものパターンなのです。

部長に「金庫を開けてほしい」と依頼することを渋る理由が、実はここにあるのでした。

そして、「それ」は、昼休みが終わって部屋に戻ったときでした。

新採(新卒採用のことです)の女の子が、金庫の前でゴソゴソやっています。

「どうしたの」と聞くと、金庫に○○請負契約書という重要書類を入れておいたのに扉が開かないというのです。

部の浮沈を賭けた数千万円の大仕事です。

すぐにでも出しておかないと、とても面倒なことになります。

一時はパニック状態になりましたが、結局誰かが部長に金庫を開けることを頼むしかないという結論に達し、それを誰が「やる」かということになりました。

そうなれば、いつものことですが、一番年長の僕が当然今回も割を食う立場にいます。

部長は、「誰がダイヤル回したんだ」から始まり、日頃無視されている鬱憤がこの時とばかり噴出して、出勤時間が遅いの、ダラダラ残業が多くなったの、ホウレンソウ(報告・連絡・相談の略称です)が徹底してないの、果ては僕の数年前の取引上のミスのことまで持ち出して散々いやみを言った末に、やっと開けてもらうことができました。

そして、最後の決めセリフです。

大切な契約書を不用意に金庫に仕舞った女の子に
「重要な書類は、金庫に入れちゃ駄目だぞ!」
と厳重に言い渡していました。

笑う者など、誰一人いませんでした。
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by sentence2307 | 2005-11-02 22:11 | 映画 | Comments(0)