世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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名刀美女丸

溝口健二が「食うために作るんです」と言ったと伝えられているこの作品「名刀美女丸」の封切りが1945年2月8日とありますから、公開されたのは、もう本当に終戦の直前だったわけですよね。

なにしろむらっ気の多い溝口健二の作品のなかでも、特に迷いの時期に撮られた作品という固定観念があって、見る機会をたびたび逃してしまっていた作品です。

特に意識してそうしたわけではないと自分では思っていたのですが、きっと知らず知らずのうちに僕自身も敬遠していたのかもしれませんね。

まあ、僕のその固定観念を作った元凶(あまり、いい言い方ではありませんが、正直なところ、このニュアンスがぴったりきます。)というのは、やはり新藤兼人が書いた「ある映画監督―溝口健二と日本映画―」(岩波新書)の中のこんな一文でしょうか。
(もちろん、ここで言いたいのは、この本から受けた僕の影響のされ方であって、この本自身が名著であることには何の異義もありません。)

「溝口健二はつづけて『宮本武蔵』原作菊池寛、脚色川口松太郎。河原崎長十郎、田中絹代、中村翫右衛門主演。
『名刀美女丸』脚色川口松太郎。花柳章太郎、山田五十鈴主演を撮る。
この2本はひどい作品となった。
演出料稼ぎの早撮り映画である。
太平洋戦争が暗い様相を呈し始めて人心は落ち着かず、映画どころではなかったようだ。
こうしたとき、稼ぎのための荒稼ぎに突如踏み切るのも、溝口健二の一面である。」

この文章は、著作を貫いている新藤兼人の溝口健二に対する距離感というか考え方を象徴している一文だと思います。

小津安二郎について書かれた著作のほとんどが、心地よいばかりの不世出の天才監督に対する尊敬と、神格化された小津崇拝に満たされているのに比べて、新藤兼人の溝口論に一貫しているものは、溝口の生涯にわたる奇矯な行いをつぶさに観察して、天才と狂気の間に位置する行動と思索と言動のすべてを白日の下に引きずり出し、冷静な観察者の目でひとつひとつ見極め検証したうえで、辛辣に批判を下していこうという天才を読み解く行為のなかに、溝口に対してもっと切実な人間的共感(という意味を込めて「同業者的共感」と書きたいところだったのですが)を得たいという新藤兼人の愛情を感じるのですが、しかしただ、その「溝口の映画は、こんなものじゃない」と切り捨てられた幾つかの作品群のひとつとして、この仇討ち映画(というよりも、何度も失敗を重ねながらも娘の生霊に守られながら苦労して刀を打ち上げるという幽玄な場面からすると、ただの「芸道もの」とも少し違うような気もします。)「名刀美女丸」の名が上げられたことに何か複雑な感じがします。

確かに、この「名刀美女丸」には、とりわけて女の哀しさとかが描かれているわけではありませんし、溝口映画を愛する者の目からは、溝口健二がわざわざ撮るような映画ではないかもしれません。

刀鍛治の清音が、恩ある小野田小左衛門に献刀した刀が、主君が暴漢に襲われた際に折れてしまい十分な働きができなかったことで蟄居謹慎させられて窮地に追い詰められ、やがて企みによって斬殺されてしまいながら、しかし身分の低い清音には仇討ちもままならないという男の苦悩がしっかりと描かれていて、僕としてはとても楽しく見ることの出来た作品でした。

それにしても、冒頭部分の欠落がとても残念な、溝口健二70作目の作品です。

(45松竹京都撮影所)企画・牧野満男、製作・マキノ正博、演出・溝口健二、脚本・川口松太郎、撮影・三木滋人、美術考証・甲斐荘楠音
出演・花柳章太郎、山田五十鈴、大矢市次郎、柳永二郎、伊志井寛
1945.02.08 白系 8巻 1,829m 67分 白黒

【参考】
溝口 健二(みぞぐち けんじ)
1898年5月16日/東京市本郷区湯島新花町
父・善太郎は屋根葺き職人とも大工ともいわれ、日露戦争を当て込み軍隊用の雨合羽の製造に乗り出すが、戦争終結で破産し家は競売される。
母・まさ。姉・寿々は養女に出され芸妓になるが、後年は松平忠正子爵の正妻になる。
弟・善男がいる。
幼少時より貧苦をなめ、石浜小学校では同級に川口松太郎がいた。
6年の時、盛岡の親戚にやられ転校先の小学校を卒業。
15歳で浴衣の図案屋に奉公。
学歴コンプレックスは生涯つきまとう。
15年、母と死別。
姉の援助で黒田清輝主宰の葵洋画研究所に学ぶ。
父とは晩年まで不和で、母と姉への思慕は彼の作品に深く投影されている。
18年、神戸又新日報の広告図案係の職を得るが1年でやめ、姉の家に居候をして浅草オペラや活動写真に熱中。
モーパッサン、ゾラ、トルストイ、鏡花、紅葉、荷風などを読みあさる。
日活向島の俳優・富岡正を知り撮影所に出入りするうち、監督助手として正式に入社。
小口忠につき、田中栄三の「東京襟店」が最初の助監督作となる。
24歳で監督昇進した「愛に甦へる日」(23年)は、貧乏生活の描写がリアルすぎると検閲でカットされ、琵琶劇にして公開する。
5作目「敗戦の唄は悲し」(23年)は男に騙された出戻り娘が義理の父とともに漁村に住めなくなり故郷を出ていく。溝口映画の女性像の原型が見られるというのが定説。
ルパンの翻案「813」(23年)、「アンナ・クリスティ」の翻案「霧の港」(23年)、表現主義の野心作「血と霊」(23年)、岡本一平の漫画から中国の雇兵を題材に戦争風刺「無戦不戦」(25年)は上映禁止になるが、メロドラマなどなんでも手掛けている。
「大地は微笑む」(25年)で中野英治がデビューし、続いて「赫い夕日に照らされて」(25年)を撮影中、愛人の一条小百合と痴話喧嘩で背中を斬られる事件が起こり、三枝源次郎監督で完成。
スキャンダルになり謹慎処分を受けるが、「紙人形春の囁き」(26年)がキネマ旬報ベスト・テン7位に入り、女を描いて随一の定評を得る才能を発揮。商家・糸半の娘と象牙細工屋の息子が結ばれるが両家は没落。夫婦とも不幸のどん底に突き落とされる悲劇で下町情緒が抜群と評される。
「狂恋の女師匠」(26年)は清元の女師匠が顔の腫物から無惨な姿で死ぬが、恋する三味線屋の新吉と内弟子お久の仲を嫉妬し亡霊となって出る。
泉鏡花原作「日本橋」(29年)は姉を通して溝口もよく知った芸者の世界を情趣あふれる描写で捉え、意地の張り合いに愛欲が絡む悲劇。
27年8月、ダンサーから京都の劇団で女優をしていた嵯峨千枝子(本名:田島千恵子)と結婚。
法政大学を出た実弟・善男はマルクス主義に傾倒し、その影響もあり、傾向映画「都会交響楽」(29年)と「しかも彼等は行く」(31年)を発表。
検閲で切られながらも彼がリアリズム作家へ転身していく気迫にあふれ、「唐人お吉」(30年)でも写実に全力を注ぐが思想弾圧の嵐は厳しく、溝口は極端なまでに警察を恐れたといわれ動揺する。
トーキーへの挑戦「ふるさと」(30年)は歌手出世物語で藤原義江が『鉾をおさめて』を歌うシーンが好評だが、試作の域を出ず、32年は転向して、国策メロドラマの超大作で入江たか子プロの第1作「満蒙建国の黎明」(32年)を2か月の現地ロケで撮るが大失敗。
続く「滝の白糸」(33年)で名誉挽回しベスト・テン2位に入る。入江の水芸人が若い法学士に献身し殺人まで犯し裁かれる鏡花の世界を情緒的に描き、西南の役に至る政治劇「陣風連」(34年)が彼女との最後となった。
34年、永田雅一が設立した第一映画社で山田五十鈴主演で4本撮る。
鏡花原作「折鶴お千」(35年)は回想形式をとった意欲的な語り口。売春までして尽した男は医学博士になるが、再会した時、女は脳梅毒で廃人になっている。
「マリアのお雪」(35年)はモーパッサンの『脂肪の塊』の翻案で西南戦争の話にし、九州ロケ・ハン中に父の訃報を受ける。
「浪花悲歌」(36年)はシナリオに依田義賢との最初のコンビで家族の犠牲になって妾になり、株屋を脅迫し警察につかまるが誰ひとり味方になってくれず“私は一体どこへいったらいいのや”と社会への反抗込め町に消えていくアヤ子。大阪の金がらみ打算と冷たい人間関係をとらえベスト・テン3位。
同年1位となった「祇園の姉妹」は京都を舞台に昔気質の祇園の芸者の姉と、男は利用するものと割切った妹芸者“おもちゃ”が玩具ではない強烈な自己主張を持ち、彼が創造したヒロインの中でも画期的なものでリアリズムの傑作になる。
この間、夏目漱石原作「虞美人草」(35年)は成功せず、ベスト・テン3位の「愛怨峡」(37年)は宿屋の女中が男で失敗し旅芸人になり自分の半生を漫才にして回る人生流転。山路ふみ子が好演し、彼女主演で軍国調失敗作「露営の歌」(38年)、東北のホテル経営に失敗した父娘が東京へ出ていく「あゝ故郷」(38年)の3本を撮った後、松竹で芸道3部作を完成させる。
「残菊物語」(39年)は歌舞伎の5代目菊五郎の養子・菊之助に献身するお徳との悲恋。
田中絹代と初顔合わせの「浪速女」は文楽の三味線名人・豊沢段平に尽す性格の強いお千賀が、盲目の人形遣い夫婦の姿を見て本当の情愛の意味を知っていく。溝口映画の献身する女の情感が見事に昇華した作品と評価されベスト・テン4位。
初代中村鴈治郎伝「芸道一代男」(41年)が続く。
討入りシーンがない真山青果の戯曲の映画化「元禄忠臣蔵・前後篇」(41~42年)は松の廊下を原寸大に復元し美術は懲りに懲ったが超大作だが、封切は真珠湾攻撃直前の12月1日。社会情勢は映画どころでなく興行は大失敗するが文部大臣特賞受賞。
建築担当の新藤兼人が『ある映画監督』(岩波新書)に当時のことを書いている。
壮大な失敗作といわれるがワン・シーン=ワン・カットの長回しロング・ショットを徹底させ、溝口美学が光る。
撮影中から千恵子夫人に精神の異常が見られたがついに入院。38年には弟が拒食症で死去し不幸が続く。
43年、軍報道部の要請で日中提携映画製作のため依田義賢らと上海に行くが中止。
「団十郎三代」(44年)は団十郎に仕えたお加納の犠牲的精神を描き、20歳の京マチ子が出ており、「宮本武蔵」(44年)は“五輪書”の兵法探求が主題でどちらも前進座俳優と絹代主演。
五十鈴との最後のコンビ「名刀美女丸」(45年)は仇討もの。
国民歌宣伝映画「必勝歌」(45年)は田坂具隆など4巨匠の“失笑歌”と評された珍品で戦中の苦渋がにじむ。
戦後第1作「女性の勝利」(46年)は絹代演じる弁護士が男性従属の封建主義を糾弾するが、観念的で彼の主題ではなく、「歌麿をめぐる五人の女」(46年)は歌麿のモデルになった女たちの愛欲をエロティシズムをあふれさせて映像化。
東宝競作「女優須磨子の恋」(47年)は島村抱月との不倫愛の末、後追い自殺した松井須磨子伝。
「わが恋は燃えぬ」(49年)は自由民権運動の女性闘士・影山英子を通して自由恋愛、女性解放のテーマに取り組むがスランプを脱せない。
敗戦直後の大阪で夫は戦死し、息子も病死し生活苦から街娼に転落していく女性像に厳しい現実描写で迫った「夜の女たち」(48年)でベスト・テン3位を取り復活舟橋聖一原作の官能小説「雪夫人絵図」(50年)、谷崎潤一郎原作『蘆刈』から「お遊さま」(51年)、フランス心理小説の影響を受けた大岡昇平のベストセラー「武蔵野夫人」(51年)と文芸作品が続き、評価は高くないが、リアリズムから耽美の世界への模索の時期で部分的に息を飲む絵画的な映像美が見られる。
「西鶴一代女」(52年)は34年から企画していたもので、フランスのヌーヴェル・ヴァーグ一派に絶大な影響を与える。50歳の夜鷹まで身を堕したお春が、五百羅漢の仏像の顔に恋し別れた男たちをしのぶ人生の生々流転と無常の美学を極めた日本映画最高級の傑作になる。
「雨月物語」(53年)はさらに幽玄の美を極める。戦国時代の陶工・源十郎が戦乱を利用して一儲けし、朽木屋敷の姫君に出会い歓待され結ばれるが姫は亡霊で、わが家に戻ると妻の宮木が暖かく迎える。だが、妻もまた落武者に殺された亡霊だった。ヴェネチアで銀賞を受賞するが、映画祭にはプラトニックな恋をしていた田中絹代を同伴した。
森鷗外原作「山椒太夫」(54年)もヴェネチアで銅賞連続受賞の偉業を果たす。人買いにさらわれ母は佐渡へ、安寿と厨子王の姉弟は荘園で奴隷にされるが、姉の犠牲で逃亡に成功し国主になった厨子王は盲目の母と再会。感傷に流れない見事なクライマックスで、安寿入水自殺シーンなど傑出した演出を見せ、奴隷解放の話は西欧でも理解されやすくドラマトゥルギーも強烈。
「近松物語」(54年)は不義密通で引き回しにされ刑場に引かれていくおさん=茂兵衛の恋のパトスが、スタティックな映像美の中に燃え上がる。
この間、得意の京都物「祇園囃子」(53年)と「噂の女」(54年)を手慣れた演出で巧妙にこなすが、後者は絹代との最後のコンビとなる。彼女が「月は上りぬ」を監督するのを批判したことから、死の1週間前に会うまで絶交が続いた。
不得手な中国史劇と王朝もの「楊貴妃」「新・平家物語」(55年)を続けて撮るが、大映重役に就任し、商売になる作品を求められての大作だった。どちらも国内では不評ながら海外では意外に評価は高い。
遺作「赤線地帯」(56年)は売春禁止法直前の吉原の娼婦たちのぎりぎりの生きざまを厳しく見据えている。
56年5月、西鶴の「大阪物語」を準備中に京都府立病院に入院。8月23日、単球性細胞白血病で死去。享年58歳。紫綬褒章、勲四等瑞宝章受章。池上本門寺と京都・岡崎の満願寺に分骨される。戒名・常光院殿映徳日健居士。千恵子夫人の弟・田島松雄は日映のカメラマンだったが、43年にマライ半島で殉職。残された娘・宝と嶺、未亡人を引き取り、彼女とは入籍しなかったが死水を取ってもらい晩年に結ばれる。千恵子夫人は精神病院に入ったまま79年に死去。姉・寿々も81年に85歳で死去した。
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by sentence2307 | 2006-02-25 11:59 | 映画 | Comments(5)

嫁ぐ日まで

会社の同僚と雑談している際に、その人に映画を見るという習慣がまるでないことを知った時など、つい瞬間的に「えっ?」みたいな反応をしてしまい、相手に不快な思いを与えてしまっているのではないかと心配になることがあります。

極力気をつけているのですが、一年にただの一本も映画を見ないという人がいたとしても、そんなに驚くにはあたりませんよね。

むしろ1年のうちに映画を100本も200本も見るということの方が、異常といえば異常なのだという感じで、会社内の対人関係をいい形に持っていければと心掛けています。

まあタテマエとしてはそうなのですが、話の加減でその人が映画好きだと分かり、結構意識的に映画を見ていると知ると、ついつい嬉しくなって思わず話しに夢中になってしまうのも、常日頃自分を抑圧している一種の反動の現われかもしれません。

これなども気をつけなければいけないことのひとつと肝に銘じています。

ある宴会で映画好きの同僚と隣り合わせになったときのことでした。

話は、たまたま小津作品の名作中の名作「晩春」に及びました。

自分としては自然な流れの積りで、関連する作品としてナニゲに島津保次郎監督の「嫁ぐ日まで」の話を持ち出したのですが、だんだん会話が進むうちに相手の生返事に気が付き、一瞬「しまった」とあわて口篭ってしまいました。

監督・島津保次郎の名前など知らなくて当たり前だし、それにその名前を知らなければ、小津安二郎と比較するなんてなんの意味もないことは明らかだし、する必要もありません。

実際よく似ていて(小津監督のご母堂が、この「島津保次郎」という名前を見て、映画界に入った自分の息子の変名と思ったという逸話さえ残されています。-安二郎は、映画界に入ったことが恥ずかしいとみえて、名前まで変えた-と言ったと伝えられています。)、ましてその映画といえば、昭和15年に作られた超マイナーな東宝作品です。

僕たちが見る機会をかろうじて得られたのも、「原節子出演作」という細い糸でこの「現代」にやっと繋がっていたからだと思います。

僕としては、むしろ、島津保次郎と小津安二郎を取り違える錯覚をあげつらって、マニア以外の人を嘲笑するような異常さの方をこそ避けたいと思っている方なので、同僚にもその錯覚を悟られないようにやんわりと修正をほどこしました。

気づかれないように話題を「嫁ぐ日まで」から「晩春」へと徐々にすり替えたので、こと無きを得たのですが、しかし自分としては島津保次郎作品「嫁ぐ日まで」について話したかった分だけ胸がつかえた感じのままで、何だかすっきりしません。

こういうときにこそ、このブログの存在意味があるというわけですよね。

「嫁ぐ日まで」は、島津保次郎監督が東宝へ移って2作目のオリジナル脚本の作品で、原節子の美しい花嫁姿がクライマックスで用意されているという、当然小津作品を引き合いに出したくなるような作品なのですが、研究文献が豊富な小津作品と違い、物凄くマイナーなこの「嫁ぐ日まで」という作品には資料や解説など全然といっていいほど存在していません。

例えば、この作品についての紹介文といえば、こんなものしかないのです。
「ラストの原節子の嫁入りなどは、しみじみとした市井の生活描写が繊細な、いかにも松竹調のトーンを残した島津監督の佳作」などという、考えてみれば随分と無責任な一文があるくらいです。

このような僅かな手掛かりにつられて見たこともあって、こんな曖昧な先入観のお蔭で、小津作品とは似ても似つかない違和感と失望だけが残ってしまった映画でした。

母親を無くした父親(汐見洋)と姉妹の三人暮らしの家庭で、長女好子(原節子)が婚期を迎える年頃になっているために父親は後添えを貰う、というのがこの物語の発端です。

そして、新しい母を迎える娘たちの、特に次女浅子(矢口陽子)の動揺が描かれていくのですが、小津作品に親しんでしまった目からすると、この映画に登場する人物の誰もに、掘り下げの足りない腹立たしさを禁じえませんでした。

なにが腹立たしいかといえば、すべての登場人物の驚くべきステレオタイプの空々しさだと思います。

父親は何の疑いもなく後添えを貰い、その新しい妻の手前もあって、継母に打ち解けようとしない娘たちに対して厳しい小言を繰り返します。

それでも、もうすぐ嫁ぐという長女の方は、後々独りきりになってしまう父親を心配して後添えを貰うことに賛成しており、父の再婚を嫌がる妹を説得する側にまわっています。

しかし、どうしても新しい母親を受け入れることができない次女浅子は、ひそかに隠し持っている亡き母の写真にひとり語り掛けて淋しさを紛らわすような毎日を送っており、そのことに気づいた父親がその写真を取り上げ、その仕打ちに抵抗する麻子と衝突します。

新しい母に一向に親しもうとしない次女に対して父親は厳しく叱責します。

父親のこの逆上のシーンは、それまでは全編を通して穏やかに描かれてきた父親像とはどうしても繋がらない随分と突飛な印象でこの作品に一貫して流れていた雰囲気を大きく乱し、この作品を明らかな破綻に導いてしまったと思います。

これではまるで安手の「先代萩」の図式そのままで、見ている方が恥かしくなるくらいでした。

父の叱責を受けた次女は、誰にも理解されない淋しさから家を飛び出して夜の街を彷徨しますが、姉に発見されて連れ戻されてしまいます。

次のシーンは、いよいよ姉・好子の艶やかな花嫁姿です。

観客としては、妹の唯一の理解者だった姉がこの家から去ってしまうことによって、いまだ父との和解が成立していない妹・浅子が、孤立したままこの家に取り残されることが気になるはず、とドラマの自然ななりゆきに身を委ねたいところなのですが、映画は見事に観客の思惑を裏切って、突然、姉・好子が、新婚旅行先から妹宛に出される手紙の忠告「新しいお母さんに感謝して心を開いてください」で、この映画は不意に終わりが告げられてしまいます。

この作品を見終わって、僕は感動するどころか、妙に空々しく、寒々しい救いようのない絶望的な印象しか抱けませんでした。

小津の「晩春」とは、えらい違いです。

このふたつの作品の、どこがどう違うために、これ程の差が出来てしまうのか、つくづく考え込んでしまいました。

思えば「晩春」も婚期を迎えた妙齢の娘と老いた父親との物語でした。

この美しすぎる深い信頼で結ばれた父娘の物語は、しばしば小津監督が奇麗事ばかり描いて、目の前にある現実を直視していないと非難される象徴的な設定でもあります。

しかし、「奇麗事」とは、逆に言えば、そうありたい、そうあって欲しいという人間の理想の世界なのかもしれません。

父親は、妻亡き後、娘のために独身を通した誠実な男性で、そのことを娘もよく知っています。

子供に淋しい思いをさせまいとの一心から、娘のために再婚をためらってきた老父が、やがて娘が成長したいま、今度は自分の世話のために婚期を逃しかけている娘の行く末を案じ、娘を思い遣る同じ理由から、偽りの再婚話を仄めかして、躊躇う娘の背中を押してあげるというこの物語「晩春」に対して、この島津作品「嫁ぐ日まで」に描かれている世間体や御しきれない自らの性欲のためにさっさと再婚し、あまつさえ新しい母親に懐かないという理由で娘を叱責するような父親の、人間として比べるに値するものが、いったいどこに描かれているといえるでしょうか。

そして、お互いを思い遣り、そのためには自分のことなど二の次、愛する者のためには自分の欲望など何ほどのものでもないという優しく誠実な人々の自己犠牲の姿のどこが「絵空事」なのか、僕には到底理解できません。

小津映画は、古きよき「時代」が生み出したものではないと思っています。

昭和15年につくられたこの島津作品との比較から敷衍して考えてみれば、これら多くの監督たちと向き合って一定の孤高を保ち得た小津監督の資質の、ここにあるものではなく、もっと彼方にいるはずの人間を見つめた高潔なモラルの問題を扱った作品であることは歴然としています。

(40東宝映画・東京撮影所)監督製作脚本:島津保次郎、撮影:安本淳、編集:今泉善珠、音楽:谷口又士、製作主任・谷口千吉、演奏・P.C.L.管弦楽団、装置・中古智、録音・三上長七郎、照明・横井總一
出演:原節子、矢口陽子、御橋公、沢村貞子、清川玉枝、汐見洋、英百合子、杉村春子、大川平八郎、永岡志津子、御舟京子、三邦映子、河田京子、大日方伝
1940.03.20 日比谷映画 8巻 1,950m 71分 白黒


【参考】

島津保次郎
1897年東京日本橋に下駄用材商と海産物商「甲州屋」を営む父・音次郎の次男として生まれた。
英語学校在学中から映画にのめり込み、逓信省の宣伝映画の脚本募集に入選。
映画狂いを苦々しく思っていた父に文才を認めさせた。
しかし、親は下駄問屋を任せ、下駄用材を選別するため保次郎を生産地の福島へとやってしまう。
しかし金持ちの道楽息子である彼は好きな乗馬をして山中を飛び歩いていたという。
そんな折、松竹が映画事業進出のため従業員や俳優募集のため広告をだしたところ、松竹入社を熱望し、父の紹介で小山内薫のキネマ俳優学校(のちキネマ研究所)に入門した。
同じ頃の門下生には牛原虚彦などがいた。
日本映画史初期の記念碑的作品、キネマ研究所第一回作品の『路上の霊魂』(村田実・21年)の照明係/助監督を、また同研究所第二回作品『山暮るる』(牛原虚彦・21年)の助監督をつとめた。
同年『寂しき人々』でデビューするがこの作品は封切られずじまいだった。
『山の線路番』『自活する女』『剃刀』(共に23年)などで認められ、松竹蒲田のトップクラスの監督になる。
23年の関東大震災によって撮影所が壊滅し、野村芳亭はじめ多くの映画人が京都へ移り住んだが、東京に残って映画製作のチャンスを窺っていた島津は、新しく松竹の撮影所長となった若き城戸四郎と運命的な出会いを果たした。
生粋の江戸っ子で、当時で言うモダンボーイだった二人はすぐに意気投合して酒を酌み交わし映画と人生について語り合った。
それまでの古めかしい新派悲劇ではなく、サラリーマンや庶民の日常生活を描くことによって新しい「蒲田調」を築き上げようとした。
ここにいわゆる「小市民映画」が誕生するのである。
島津は新派の舞台の延長に過ぎなかった当時の現代劇映画のなかで、演劇の模倣から抜けだし、映画の視覚的表現と演技の指導を確立した監督の一人であった。
サイレント時代の代表作に『村の先生』『大地は微笑む』(共に25年)『多情仏心』(29年)『麗人』(30年)『生活線ABC』(31年)などがあるが批評的には芳しくなく、むしろトーキーになってから新境地を開き『上陸第一歩』『嵐の中の処女』(共に32年)『隣の八重ちゃん』『その夜の女』(共に34年)などの初期トーキーではいち早く独自のトーキーリアリズムを完成させた。
そして『お琴と佐助』(35年)『婚約三羽烏』(37年)を経て本作『兄とその妹』(39年)ではその技法は円熟の境地を極め、ホームドラマの一つの到達を見せている。
『兄とその妹』を撮った直後松竹を去って東宝へ移籍した島津だったが製作本数が半減する。
戦時下の日本映画では島津のようなメロドラマ的作風が手腕をふるうことができなかった。
敗戦の年の1945年、島津は一本も作品を撮ることなく9月に49歳で逝去した。
日本で最初の映画学校出身の島津だが、彼もまた自らシナリオ学校を作り新しい作家の育成に力を注いだ。
さらに彼の下で修行を積んだ助監督は数多く、松竹蒲田時代には五所平之助、豊田四郎、吉村公三郎、木下恵介らがおり、東宝時代には谷口千吉、佐伯清、関川秀雄らがいた。
松竹ホームドラマ=蒲田調の体現者であった島津の作風は、こういった弟子たちに受け継がれ日本映画の本流を形成してゆくことになる。
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by sentence2307 | 2006-02-19 14:34 | 映画 | Comments(6)

ニューヨークの恋人

飛びっきりの美人というわけでもないし、「キュート」というのともまたちょっと違うメグ・ライアンの魅力をうまく言葉にできないまま、最近は彼女の映画をあまり見る機会がなくなって残念に思っていたちょうど昨夜、未見だった「ニューヨークの恋人」をTVで放送していたので、久しぶりに彼女の繊細な演技をじっくりと堪能しました。

そこで、はじめて彼女の演技の魅力が、一言でいえば「他人の顔色を読むリアクション演技の繊細さ」にあるのかもしれないなと感じました。

つまり、役に没頭してしまう独走型の演技者に対するカウンター・パンチャー型の演技者という意味なのですが、それが彼女の魅力でもあり、また、それが演技の弱さにも繋がっているような気もします。

それは、相手の演技を受け返す際の絶妙微妙なリアクションの妙というか、つまり相手の不意の言葉や突飛な動作に対して、咄嗟には受け入れがたい一瞬の戸惑いと違和感を、表情と仕草の微妙な「停止」で表現する繊細さと滑稽さ、というべき魅力かもしれません。

しかし、その演技には、観る者を安らげさせるような相手への気遣いとか思い遣りとかまでは感じ取れないのは、きっと彼女の演技に無防備な優しさが欠如(意識的にそうしているのでしょうが)しているからだろうと思いました。

そして、さらにその演技のもっと深いところには、あらゆる他人に対する恐怖心=怯えがあって、それが演技から、手放しの優しさと安らぎの表情を奪い取っているのだという気がします。

誰をも受け入れず、また心の底から誰とも打ち解けられないまま、ひとり都会で肩肘張って暮らしているキャリアウーマンたちの深い孤独が、そんなカタチで知らず知らずに表現されていて、きっとそこが多くの女性ファンの共感を得ているところだろうなと思いました。

だからでしょうか、メグ・ライアンの印象といえば、膝を抱えてベッドに横たわり、泣き顔を枕に深く埋めて目を開けたまま静かに涙を流しているというイメージが強くて、この「ニューヨークの恋人」の中にもそういったシーンがありましたものね。

映画は、軽いラブ・コメディーでしたが、その「めでたし、めでたし」に少し気になるところがありました。

メグ・ライアン演じるケイト・マッケイは、愛するレオポルドに逢いにいくために、時空を超えて1876年にタイムスリップしてしまうのですが、この部分、なにしろ俗世間にどっぷりと浸かり、今後とも1876年には、到底行けそうにもない僕たちにとって、やはり彼女が惜しげもなく棄てていった「あとに残された現世」と、そこでの成功の方が、どうしても気になって仕方ありません。

彼女ケイト・マッケイは、いままで「その」ためにこそ多大な犠牲を払い、ようやくのことで手中に収めかけたニューヨーク支社長という地位を、まさにその土壇場で放棄するという、あえて愛の方を選んだ理由が、1876年当時を写した写真(元恋人がアチラへ行って写してきたのです)に自分が写り込んでいたからだということなのですが、あの彼女の犠牲に対する理由にしては、まるで説得力がありませんでした。

たとえ、それまでレオポルドの彼女に対する優しさが十分に描かれているとはいっても、それと彼女自身の彼に対する恋心とは別のものと考えるのが普通だと思います。

女性に対する形式的な優しさや礼儀正しいマニュアルどおりのマナーなどの物珍しさに惹かれるというのなら、それこそ「誰をも受け入れず、また心の底から誰とも打ち解けられない孤独」な状態から脱するための手立てになるとは思えませんし、もしかすると、それは逆に彼女にとってもっと悪い状態をもたらす可能性さえあるように思えてなりません。

写真に自分が写っていたということだけで心を動かされたという驚くべき自主性の欠如は、あの「プリティ・ウーマン」のオファーを蹴ったというエピソードに象徴される出演作を選ぶ能力の欠如にどこか通じるものがある、いかにも受身の印象が強いメグ・ライアンらしい役どころというべきかもしれませんが、しかし、この映画を見て「仕事か愛か」の選択を迫られたことのある苦い経験を持つキャリアウーマンたちにとって、この現実逃避的な宿命論は、いささか癇に障るものがあったのではないかという気がします。

どんな理屈をつけようと、これではまるで、課せられた重責のプレッシャーに耐えられず、社会的責任を放棄して、卑怯にもすごすご逃げ出す許しがたい女性像が描かれている映画だと見られてしまっても仕方のない思慮の足りない結末ということができるのかもしれません。

(01米)監督ジェームズ・マンゴールド、製作キャシー・コンラッド、製作総指揮ケリー・オレント、ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン、メリル・ポスター、原作スティーヴン・ロジャース、脚本ジェームズ・マンゴールド、スティーヴン・ロジャース、撮影スチュアート・ドライバー、音楽ロルフ・ケント、美術マーク・フリードバーグ、編集デイヴィッド・ブレナー、衣装(デザイン)ドナ・ザコヴィスカ、

出演メグ・ライアン、ヒュー・ジャックマン、リーヴ・シュレイバー、ナターシャ・リオン、フィリップ・ボスコ、ブレッキン・メイヤー、ブラッドリー・ウィットフォード、

【参考】
メグ・ライアン
本名Margaret Mary Emily Anne Hyra。1961年11月19日生まれ。
アメリカ・コネティカット州フェアフィールド出身で、ニューヨーク大学の夜間コースのジャーナリズム科を専攻した。
初めての映画出演はキャンディス・バーゲンの娘役を演じた『ベストフレンズ』81、しかし、その後しばらく作品に恵まれなかったが、86年のトム・クルーズ主演の「トップガン」で戦闘機乗りの妻を演じて映画ファンと批評家の注目を集め、87年の「インナースペース」で人気を獲得した。
そして89年、ロブ・ライナー監督、ノーラ・エフロン脚本でビリー・クリスタルと共演したロマンティック・コメディ「恋人たちの予感」でキュートなサリー役が見事にハマり大ヒット、コメディの才能が花開いたこの作品で彼女はゴールデン・グローブ賞にノミネートされて、現在に至る彼女のキャリアを決定的にしている。
その後ノーラ・エフロンが監督し大ヒットとなったロマンティック・コメディ『めぐり逢えたら』93でトム・ハンクスと共演し、再度ゴールデン・グローブ賞ノミネートを受けた。
その後も話題作に立て続けに主演、記憶に新しいヒット作としては、ニコラス・ケイジと共演した『シティ・オブ・エンジェル』98、ノーラ・エフロンと再び共演したノーラ・エフロン監督の『ユー・ガット・メール』98などのロマンティック・コメディを中心に多くのヒット作に主演し、長らく“ロマコメの女王”の称号が冠せられることになる。
ドラマティックな役柄を演じ賞賛を浴びた作品には、女性兵士として初めて名誉勲章を受ける役を演じた、エド・ズウィック監督、デンゼル・ワシントン共演の『戦火の勇気』96、ひどいアルコール依存症の女性を演じた、ルイス・マンドーキ監督、アンディ・ガルシア共演の『男が女を愛する時』94がある。
またキーファー・サザーランドと共演したサンダンス・インスティチュート作品『プロミスト・ランド/青春の絆』87ではインディペンデント・スピリット賞のノミネートを受けている。
最近では『プルーフ・オブ・ライフ』00でラッセル・クロウと共演した。
1991年2月にデニス・クエイドと結婚し、1992年一男ジャックをもうけるが別居生活を経て、00年7月離婚した。
「プルーフ・オブ・ライフ」で共演したラッセル・クロウと一時熱愛が伝えられ、離婚の一因ではとも言われた。
近年は「イン・ザ・カット」で大胆なヌードに挑戦するなどロマコメのイメージからの脱却を図っているが、未だ模索の状態が続き女優としての壁に直面している。

日本での人気ももっぱら急降下中とか。人気回復の最終手段は、やはり彼女が一番生き生きと見えるラブコメ路線なのかもしれませんね。身長173㎝。髪はブロンド、目はブルー。
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by sentence2307 | 2006-02-18 18:07 | 映画 | Comments(130)

憎いもの

笠智衆が小津作品にはどうしても欠かせない役者だとしたら、まったく同じ意味において藤原釜足も、黒澤作品には絶対欠かせない役者だと思います。

あのぶっきら棒な台詞まわしのたどたどしさとか、無骨で融通のきかない如何にも頑なで一途なところなど、黒澤明はこういうタイプの男を好ましいと思っていたのだろうなと思います。

藤田進とか、三船敏郎なんかもそうでしたものね。

きっと黒澤監督ご本人が、そういうタイプだったからだと思います。

藤原釜足は、35年の成瀬作品「乙女ごころ三人姉妹」に酔っ払いの役で出演しているとネット検索で知ったのですが、そういう場面があったかどうかさえ、咄嗟には思い出すことができません。

もしかしたら暗い寂しい路地裏で細川ちか子に因縁をつけていた与太者役か、あるいは「通行人」の役だったかもしれませんが、いまは確信が持てません。

はっきり印象に残っているのは、やはり成瀬作品「妻よ薔薇のやうに」35なのですが、出演履歴をつらつら眺めていて少し意外に思ったのは、初期の出演作と思い込んでいた「秀子の車掌さん」が、ずっと後年の41年だったことですね。

きっと、「妻よ薔薇のやうに」の老け役と、「秀子の車掌さん」の若々しい運転手役とがごっちゃになって前後が混乱し、そんな錯覚を起こしのだと思います。

だいたいが老けて見える人だったので、時間が経過してもあまり年齢のギャップを感じさせないという証しなのかもしれません。

この映画「憎いもの」は、まず62分といういやに尺の短い映画だなという印象のほかには、これといった予備知識もなく見た映画です。

そうそう、「藤原釜足→黒澤作品」という先入観だけは、きっとアタマの隅にあったと思いますが、とりあえず予備知識といえばそれくらいでした。

その尺の短さが取り付きやすい印象を与え、身構えたり緊張することなく、すんなり見始めることができたのだと思います。

言い方を換えれば「舐めて掛かって見始めた」ということなのでしょうか。

しかし、この作品は、そんなダレた僕を根底から揺さぶるような珠玉の名品でした。

地方で雑貨商を営む村井(藤原釜足)が、もうすぐ来る祭りを当て込んで、仕入れ値が当地の半値で済む東京で品物を揃えて大儲けしようと企んでいます。

資金は、東京で働いている娘(安西郷子)から毎月送金してくる金が、かなりの額になっているらしく、夫婦の会話からすると、当初は店舗の改築資金にする積りだったというくらいの相当な額と察せられます。

気のいい老妻と、親孝行の娘を持った慎ましい平凡な男が、金儲けというささやかな企みを抱いたことによって、やがて彼の人生は大きく狂わされていきます。

東京で過ごす最後の夜、村井は市議会議員の木山に強引に遊びに誘われ、あいまい宿で娼婦を買うはめになりますが気が進まず、帰りを促すためにドアを開けた木山の部屋で娼婦となりはてた娘と鉢合わせします。

逆上して娘を罵り、失意のなかで飛び出した村井は夜の街でしたたかに飲んで酔い潰れ、やがて偶然に木山と出会って共に宿に帰り、更に飲み直したのちに、泥酔している木山を絞め殺してしまいます。

刑事から「娘を犯した木山への憎しみから殺意を持ったのだろう」と問われる村井は、木山への殺意を否定します。

「ただ、憎らしいものがあったのだ」と述懐しながら「ひょっとこ」の面を思い浮かべるというこの不思議な終わり方が、いつまでも僕の脳裏にちらついていました。

会社での会合のはねた後、とり散らかった書類をまとめながら、映画好きの友人と雑談しているときに、彼もたまたまこの映画「憎いもの」を見ていたことを知り、少し話が盛り上がりましたが、しかし、この映画のあの終わり方について、少しばかり見解の相違があることにも気が付きました。

彼いわく「ラストが、実のところよく理解できなかった。あれって不条理劇みたいなものなのか。」というのです。

見方によっては、この抽象的なラストは、アルベール・カミユの「太陽の日差しが眩しかったから」みたいな、観客に疑問符を投げ掛けるような終わり方という印象を受けるかもしれません。

しかし、僕は少し違う考えを持ちました。

社会にがんじがらめに縛られ、身動きできない村井には、怒りをぶつけるべき相手がいなかったのだ、つまり彼は八方を封じられている存在なのだと思いました。

木山が自分の娘を夜の相手として抱いたとはいえ、それは知らずにしたことで、「娼婦」と信じて買った木山には罪はないと、村井は無理にでも自分自身を納得させようとしていますし、そのことを木山に対して伝えてもいます。

もとより村井にとっては、日頃世話になっている市会議員の木山に対して、許すことしか選択の余地がなかったのかもしれませんが、そういう論理で木山を許してしまえるのなら、たとえ娼婦に堕ちたとはいえ、その稼ぎを家に送金し続けてきた娘に対しては、なおさらのこと村井には娘を詰ることのできない立場に追い込まれたと考えるべきかもしれません。

そのやり場のない怒りと殺意は、ぼろ儲けを企んで悲惨を招いた自らの欲望の象徴でもある「ひょっとこ」の面に向けられたとしても、あながち外れてはいないように思われます。

その「ひょっとこ」の面をたまたま木山がかぶっていたにすぎなかったということだったのではないか、と友人に話してみました。

うまく伝わったかどうか、あれ以来友人とは、いまだ話す機会を持てないでいます。

この作品は、橋本忍の脚本で東宝のダイヤモンドシリーズの第4弾として製作された作品で、名匠、名優を惜しげも無く起用した、力のこもった短編映画を次々に発表していったうちの1本として作られた作品です。

そして、このダイヤモンドシリーズには、あの千葉泰樹の「好人物の夫婦」がありましたよね。

(57東宝)製作・宇佐美仁、監督・丸山誠治、監督助手・松森健、脚本・橋本忍、原作・石坂洋次郎、撮影・西垣六郎、音楽・伊福部昭、美術・浜上兵衛、録音・西川善男、照明・猪原一郎、スチール・田中一清、製作担当者・鈴木政雄、

出演・藤原釜足、賀原夏子、安西郷子、若原亘、東野英治郎、小泉博、中田康子、佐田豊、千石規子、若宮忠三郎、水の也清美、江幡秀子、宮口精二、
1957.05.28 6巻 1,680m 白黒
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by sentence2307 | 2006-02-11 22:55 | 映画 | Comments(2)
【第26回 ロンドン映画批評家協会賞】
一般的に、アカデミーがイギリスに対して持っている姿勢というか、スタンスみたいなものは、(一概には言えないということを十分に承知した上で言うのですが)「貸しがある」という感じでしょうか。

アカデミー賞に限らず、各演技賞をシェイクスピア俳優が掻っ攫っていってしまうことに、大変ナーバスになっている部分があるように感じます。

この「ロンドン映画批評家賞」も従来なら、ある距離をもって冷ややかに接するところなのでしょうが、今年は揶揄や冷笑をしようにもできないくらい、アカデミー賞の振幅を展望できるような、一部を除いて極めて刺激的な評価をしているのではないかと思います。

★作品賞
◎ブロークバック・マウンテン(フォーカス・フィーチャーズ)
The Constant Gardener(フォーカス・フィーチャーズ)
クラッシュ(ライオンズゲート)
A History of Violence(ニューライン)
キング・コング(ユニバーサル)

★監督賞
◎アン・リー(ブロークバック・マウンテン)
デヴィッド・クローネンバーグ(A History of Violence)
ポール・ハギス(クラッシュ)
ピーター・ジャクソン(キング・コング)
フェルナンド・メイレレス(The Constant Gardener)

★男優賞
◎ブルーノ・ガンツ(ヒトラー 最期の12日間)
ドン・チードル(ホテル・ルワンダ、クラッシュ)
ジョニー・デップ(チャーリーとチョコレート工場)
ヒース・レジャー(ブロークバック・マウンテン)
ヴィゴ・モーテンセン(A History of Violence)

★女優賞
◎ナオミ・ワッツ(キング・コング)
マリア・ベロ(A History of Violence)
ジュリエット・ビノシュ(Hidden)
ローラ・リニー(愛についてのキンゼイ・レポート)
カタリーナ・サンディノ・モレノ(そして、ひと粒のひかり)

★脚本賞
◎ポール・ハギス、ボビー・モレスコ(クラッシュ)
ラリー・マクマートリー、ダイアナ・オサナ(ブロークバック・マウンテン)
ジェフリー・ケイン(The Constant Gardener)
ベルント・アイヒンガー(ヒトラー 最期の12日間)
シェーン・ブラック(Kiss Kiss, Bang Bang)

★外国語映画賞
◎ヒトラー 最期のの12日間(ドイツ)
真夜中のピアニスト(フランス)
コーラス(フランス)
Hidden(オーストリア)
海を飛ぶ夢(スペイン)

イギリス部門
★イギリス映画賞
◎The Constant Gardener(フォーカス・フィーチャーズ)
The Descent(ライオンズゲート)
Mrs. Henderson Presents(ワインスタイン・カンパニー)
プライドと偏見(フォーカス・フィーチャーズ)
ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!(ドリームワークス)

★監督賞
◎ジョー・ライト(プライドと偏見)
スティーヴン・フリアーズ(Mrs. Henderson Presents)
テリー・ジョージ(ホテル・ルワンダ)
ニール・マーシャル(The Descent)
クリストファー・ノーラン(バットマン・ビギンズ)

★製作者賞
◎サイモン・チャニング(The Constant Gardener)
マーク・ブース、ラス・キャレブ(Bullet Boy)
クリスチャン・コルソン(The Descent/Separate Lies)
アンドリュー・イーストン他(A Cock and Bull Story)
ピーター・ロード(ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)

★主演男優賞
◎レイフ・ファインズ(The Constant Gardener)
クリスチャン・ベール(マシニスト)
キウェテル・イジョフォー(Kinky Boots)
リーアム・ニーソン(愛についてのキンゼイ・レポート)
トム・ウィルキンソン(Separate Lies)

★主演女優賞
◎レイチェル・ワイズ(The Constant Gardener)
ジュディ・デンチ(Mrs. Henderson Presents)
キーラ・ナイトレイ(プライドと偏見)
クリスティン・スコット=トーマス(Keeping Mum)
エミリー・ワトソン(Separate Lies)

★助演男優賞
◎トム・ホランダー(プライドと偏見)
パディ・コンシダイン(シンデレラマン)
ブレンダン・グリーソン(ハリー・ポッターと炎のゴブレット)
ジェームズ・マカヴォイ(ナルニア国物語)
キリアン・マーフィ(バットマン ビギンズ)

★助演女優賞
◎サンディ・ニュートン(クラッシュ)
ブレンダ・ブレッシン(プライドと偏見)
ソフィー・オコネドー(ホテル・ルワンダ)
ロザムンド・パイク(プライドと偏見)
ティルダ・スウィントン(ナルニア国物語)

★新人賞
◎ケリー・ライリー(Mrs. Henderson Presents)
ジュリアン・フェローズ(Separate Lies)
アニー・グリフィン(Festival)
マシュー・マクファディン(プライドと偏見)
ジョー・ライト(プライドと偏見)


【第6回 ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞】
かつてこれほど各映画賞を圧勝した作品があっただろうか、なんて考え込んでしまうくらいの評価ぶりです。
それにいままで、今年は不作だ、なんて声も聞いていません。
アカデミー賞との直結度が高いとはいえ、やはり「カナダはカナダ」という側面も、正しく認識していないといけないかもしれません。
注目の「C.R.A.Z.Y」、主要6部門のうち4部門を独占しました。
今年のアカデミー賞外国語映画賞にカナダ代表としてエントリーしており、トロント国際映画祭でもカナダ映画賞を受賞しています。
カナダ映画史上でも歴史的な高評価の作品であることがうかがわれます。

■ 作品賞★ ブロークバック・マウンテン(フォーカス・フィーチャーズ)

■ 監督賞★ アン・リー(ブロークバック・マウンテン)

■ 主演男優賞★ フィリップ・シーモア・ホフマン(カポーティ)

■ 主演女優賞★ フェリシティ・ハフマン(トランスアメリカ)

■ 助演男優賞★ テレンス・ハワード (クラッシュ)

■ 助演女優賞★ エイミー・アダムス (Junebug)

■ 外国語映画賞★ Paradise Now (パレスチナ)

■ British Columbian 映画賞★ It's All Gone Pete Tong



カナダ映画部門
■ 作品賞★ C.R.A.Z.Y.

■ 監督賞★ ディーパ・メータ (Water)

■ 主演男優賞★ マーク=アンドレ・グロンダン (C.R.A.Z.Y.)

■ 主演女優賞★ リサ・レイ (Water)

■ 助演男優賞★ ミシェル・コテ (C.R.A.Z.Y.)

■ 助演女優賞★ ダニエル・プルー (C.R.A.Z.Y.)



【2005 アニー賞】
全米で公開されたアニメ映画を対象とした賞で、当然、アカデミー賞長編アニメ部門を占う上で重要な位置を占めています。
長編アニメ部門開設以来4年間、アニー賞受賞作品のオスカー受賞確率は100%で、アニー賞の勝者・イコール・オスカー受賞といわれているくらいです。
今回、最多16部門でノミネートされた「ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!」がオスカー受賞に99パーセント接近したといえますよね。
「ウォレスとグルミット」のこの全部門受賞の圧勝が証明しています。

★作品賞
◎ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!
チキン・リトル
ティム・バートンのコープスブライド
ハウルの動く城
マダガスカル

★監督賞
◎ニック・パーク、スティーブ・ボックス (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
ティム・バートン、マイク・ジョンソン (ティム・バートンのコープスブライド)
宮崎駿 (ハウルの動く城)

★声優賞
◎ピーター・サリス (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
ヘレナ・ボナム=カーター (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
レイフ・ファインズ (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
ニコラス・スミス (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)

★脚本賞
◎ニック・パーク他 (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
トニー・レオンディス他 (ラマになった王様2 クロンクのノリノリ大作戦)
宮崎駿 他 (ハウルの動く城)

★美術賞
◎フィル・ルイス (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
イアン・グッディング、ダン・クーパー他 (チキン・リトル)
デニス・A・グレコ (リロ&スティッチ2)
ヨリコ・イトウ (マダガスカル)
ウィリアム・ジョイス、スティーヴ・マーティノ (ロボッツ)

★作曲賞
◎ジュリアン・ノット (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
ハンス・ジマー (マダガスカル)

★キャラクターデザイン賞
◎ニック・パーク (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
カルロル・グランゲル (ティム・バートンのコープスブライド)
ウィリアム・ジョイス (ロボッツ)
クレイグ・ケルマン (マダガスカル)
ジョー・モジャー (チキン・リトル)

★キャラクター・アニメーション賞
◎クレア・ビレット (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
スパイク・ブラント (Tom & Jerry: The Karate Guard)
ジェイ・グレイス (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
クリストファー・サドラー (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
マット・シャムウェイ (ナルニア国物語/ライオンと魔女)

★視覚効果賞
◎ジェイソン・ウェン (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
マット・ベア (マダガスカル)
リック・グルマック (マダガスカル)
デイル・マエダ (チキン・リトル)
マーティン・ユジーク (マダガスカル)

★ストーリーボード賞
◎ボブ・パーシケッティ (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
トム・マクグラス (マダガスカル)
クリス・オオツキ (ラマになった王様2 クロンクのノリノリ大作戦)
キャスリーン・ユー・レイダー (マダガスカル)
マイケル・サルター (ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!)
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by sentence2307 | 2006-02-11 22:47 | 映画 | Comments(2)

世界の母

「世界の母」ですか、タイトルも凄いけれども、物語も半端じゃありません。

これくらい、タイトルから内容を想像できない映画も珍しいです。

もし、このタイトルから、リーフェンシュタールの映画だと言われれば、あるいは信じてしまうかもしれません。

これは小津安二郎なら決して撮らないタイプの映画だと思いますが、しかし、世の中、小津監督作品や黒澤作品ばかりだったら、息が詰まって堪らないかもしれませんよね。

上品で知的で善良で、そのうえ絶世の美女とか、生きることの根源的な意味を問い続けてばかりいるような真摯な人物ばかり見せ付けられていると、たまにはホッと息抜きがしたくなるときがあるものです。

その点、新東宝の映画に出てくる人間は、考えられる限り最悪な選りすぐりの悪党たちばかりです。

卑猥で悪辣で狡猾で、ときには人殺しなんか平気でやってのけてしまう自尊心のカケラもない物凄い人物たちです。

若い女性とみると、いやらしい目つきでチラチラと全身を舐めまわすように観察した後、ときには観客の期待通り飛び掛っていって強姦に成功したりします。

新東宝映画は、見ているうちに、いつの間にか自分もまた「強姦」を期待してしまうような、つまり被害者の女性の足くらい押さえつけてその強姦に協力しかねないような、下卑た人間にされてしまっていることに気がつくという大変な映画なのです。

まあ、その辺は、やくざ映画を見て健さんに成り切ったり、座頭市を見て日夜逆手斬りの練習をして腱鞘炎になったり、ブルース・リーの真似をして股関節を痛めたりと経験を重ねてきた身なので、それくらいのことでは動じませんが。

さて、この映画に登場する没落した旧家の老地主は、自分の家がのっとられるという企みを知って、怒りのあまり闇夜に乗じてその悪党(背後から闇討ちするのですから、自分だって相当な悪党なのですが)を後ろから丸太棒でコノヤローとばかり殴りつけ、瀕死の重傷を負わせてしまいます。

しかし、家を乗っ取られることに怒ったとはいえ、幾らなんでも丸太棒で殴りつけるという短慮な地主なんて聞いたことがありません。

現場近くにいた次男は、頭を抱えて苦しんでいる被害者を見て、とっさに父親の犯行と判断し、罪をかぶって身代わりになることを決意するのですが、この大変な事件を脚本家自身最後まで覚えていたかどうか結局ラストまで疑問として残りました。

というのは、そもそもこの次男が身代わりになった老父の傷害事件について、真相を知ろうとする者が誰一人登場しないまま(恋人の三ツ矢歌子が父の墓に語りかけている次男の呟きを聞いて、目の演技ですべて察したように端折って描かれていただけで、そんなのズルイぞと誰もが思うに違いないまとめ方です)、里帰りした老婆が夫の墓参りをしている所にかつて頭を殴られた被害者のオヤジがのこのこ現れて「この村にはお前ら一族は住まわせねえ」とかなんとか間抜けたことを言うだけの場面が、唯一この事件に関し登場人物が言及した部分でした。

無実の罪で身代わりになったのですから、物語的にも有耶無耶にせず、どこかでけじめを付けてもらわないと、観客としては気になって仕方ありませんが、あるいは、このくらいのことにこだわっていたら、新東宝映画を楽しむことなんかできないぞ、もっと本質の部分で愉しめとご注意を受けてしまうかもしれませんね。

このエピソードは、この映画のほんの発端部分にすぎないので、本当のテーマは、まだまだもっと先に位置しています。

夫を亡くし、家も失った老母が、子供たちの家々を盥回しにされたうえ、結局は邪魔者扱いにされて行き場を失い、養老院に入るという話なのですが、こう書くとなんだか物語の筋だけは「戸田家の兄妹」と「東京物語」を合わせたような映画なのだと、いまにして気が付きました。

そして、ここまで書いてきた部分を少し読み返してみました。

この映画に関して僕が書いたことは、悉くこの映画がいかにいい加減な映画かという罵詈雑言の類いの言葉で綴られているわけですが、しかし言葉が、かくも豊饒に溢れ出て、いかにも自分が楽しそうに書いているということも、また事実です。

人をこれだけ饒舌にさせるのですから、この映画って本当はとても素晴らしい映画かもしれないなと、書き綴った罵詈雑言をぼんやり眺めながら、「我が罵倒」になんだか自信がもてなくなってきました。

この映画を演出した野村浩将監督は、今年生誕百年を迎えます。

(58新東宝)製作・大蔵貢、監督・野村浩将、脚本・館岡謙之助、企画・島村達芳、撮影・平野好美、音楽・伊藤宣二、助監督・勝俣真喜治、美術・朝生治男、録音・道源勇二、照明・矢口明、製作主任・高橋松雄、スチール・米田信行

出演・宇津井健、三ツ矢歌子、小畑絹子、江畑絢子、松本朝夫、小峯千代子、宮田文子、江見渉、林寛、二本柳寛、国創典、花岡菊子、鈴木久弓、亀谷雅敬、田辺稔、五月藤江、
1958.02.11 9巻 2,281m 83分 白黒
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by sentence2307 | 2006-02-04 17:38 | 映画 | Comments(1)

父と暮らせば

たまたま暇な時間ができても、映画を見始めるためには何かの切っ掛けが欲しいという腰の重い人間なのですが、いざ見始めると今度は止められなくなるという面倒くさいタイプでもあります。

そんなわけで、まだ見ていなかった黒木和男の「父と暮らせば」をやっと見たついでに、その勢いを借りて新東宝の映画「世界の母」という作品とスティーヴン・ソマーズの「ヴァン・ヘルシング」を続けざまに見てしまいました。

このちぐはぐな選択に対して、いったいどんなポリシーがあるのかと聞かれたら、単にテープに入っている順番に見ているだけとミもフタもないような答え方しかできません。

もともと映画が好きなだけで、ポリシーなんか最初からないのです。

「ヴァン・ヘルシング」の方は、まさに「そうだろうな~」という映画です。

「すごい」とか「びっくりしちゃった」とか、もうその辺はどんな感嘆詞でも当て嵌まってしまいますが、要するにそれだけで、まとまったコメントを残しておけるようなものは、この作品のなかに見つけることはできません。

「父と暮らせば」の場合は、逆にそう簡単にコメントできるようなタイプの映画ではありません。

ズシリと重くて、僕なりの理解が形成されるまで、自分のなかでもう少しそっと熟成させておきたいような作品です。

あの牛の反芻ではありませんが、いい映画の愉しみ方というのは、その「反芻」までがワンセットになっていると考えたいと思っています。

感動した作品をいつまでも自分のものにしておきたい、いつまでも繰り返し思い出しては愉しみたいという思いが僕の場合人一倍強いのかもしれませんね。

原爆病の再発にびくびくしながら、死を待つような不安と失意の日々をかろうじて生きている婚期を逸しかけた娘、その娘の傍に「父」がいます。

映画が進むにつれて、この父親が原爆によって既に死んでしまっている人物であることが、やがて分かります。

かつて娘は火炎に包まれた瀕死の父親を助けられずに、父の命令で彼を見捨てて戦火を逃れたこと、そしてさらに戦後の時代まで生き延びたことに深い罪悪感を持ち続けています。

おそらく、原爆病が再発し、深刻な状態になるかもしれないという怯えがこの娘にあまり感じられないどころか、むしろ死の恐怖に対して希薄な印象さえ受けるのは、彼女が父親の死に対して深い負い目と贖罪の気持ちがあり、みずから積極的に死を選ばないにしても、自分が幸福になるためのすべての可能性を断ち切って世捨て人のように暮らしているからだと思います。

そんな娘のそばに「父」は寄り添うように暮らしをともにしています。

死に少しずつ近づこうとしている失意の娘を、生きていかなければいけないと必死に励ますこのやり取りの感動的なところは、これらの会話が、すべてさりげない日常会話の中に込められていることでしょう。

いつの間にか人を傷つける言葉しか発せられなくなってしまった僕たちにとって、生きなきゃ駄目だと励ます忘れかけていた優しい語感に久しぶりに接し、鳥肌が立つ思いがしました。
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by sentence2307 | 2006-02-04 14:48 | 映画 | Comments(4)
このポーリン・ケイルの映画評論集「明かりが消えて映画がはじまる」のなかに「夢の国から来た男・ケーリー・グラント」が収録されています。

全体のほぼ4分の1を占めている分量で、しかも巻頭に掲げてあるくらいですから、もちろんこの評論集のなかでは一番の力作と考えていいと思います。

好き嫌いがはっきりしすぎている映画評論家(ほとんどが「そう」なのですが)の文章を読むのは、はっきり言って辟易するほど疲れることが多いのですが、この本の場合、ポーリン・ケイルという女性の飾らない率直さがそれを救っています。

なかでも、この「夢の国から来た男・ケーリー・グラント」は、グラントへの手放しの賞賛と愛情とに満ち溢れており、女性の「恋は盲目」的な、幾分ヒステリー気味の高揚した快感の同じ心地よさに浸れる、男にとっては滅多に経験できない稀有なエクスタシーが体験できた感じでした。

もうこうなると、ほとんどSEXと同じですよね。

例えば、こんな部分がありました。

「後期のグラントの映画で彼に恋するヒロインたちは、みな彼が生きた伝説であることを知っていた。
わたしはいま伝説を誘惑しているんだ、と心得ていた。
『ここの鬚はどうやって剃るの?』オードリー・ヘップバーンは、『シャレード』でケーリー・グラントのあごのV字型のくぼみに指をやってうっとりと言ったものだ。
彼女が演じる女はグラントの魅力に射すくめられて、すっかり惚れてしまうことになっている。」《p.81-82》

これなどは、オードリーがではなく、ポーリン・ケイルこそが、ケーリー・グラントのあごのV字型のくぼみに指をやって性的にうっとりとしていることがよく分かる部分です。

そういえば、先日tsubakiさんがおっしゃっていたケーリー・グラントがランドルフ・スコットと数年間同棲していたという記事も、そのポーリン・ケイルの映画評論集の中に見つけました。

こんな感じです。

「ケーリー・グラントが『新婚道中記』に次いで再びアイリーン・ダンと組んだ『僕の愛妻』は、またまた大当たりしたが、ここでの彼の演技は『新婚道中記』の時ほど溌剌としていない。
この結婚喜劇はとにかく話が陳腐で(原作は、アルフレッド・テニソンの長編叙事詩「イノック・アーデン」で、1908年以来少なくとも1ダース以上の映画化がある。)、妻に振り回される夫になるグラントの演技は、困惑や一呼吸遅れてびっくりしてみせるダブル・テイクという決まりきった技巧で笑わせるだけなのだから淋しい。
共演者のなかに親友のランドルフ・スコット(数年間同居していたという間柄)がいて、グラントの恋敵を演じているために、グラントは演技に集中することができなかったのではなかろうか。
一人の人間を本当らしく演じることにさえ失敗している。
この映画のグラントは、コンディションの悪い名人というところだ。
月並みな役と錯綜したプロットが彼から何も新しいものを引き出していないのである。」《p.50-51》

この文章を素直に読むと、昔の「恋人」の目の前で、異性に対する偽りのラブシーンを演じなくてはならない居心地の悪さで緊張して硬くなってしまっている不器用な同性愛者の姿が見えてきてしまいますし、後者なら、オードリーの為すがままに弄ばれているダッチハズバンド?みたいな像しか見えてきません。

引用したこのふたつの文章を読んでケーリー・グラントという俳優がどういう人だったのか、複雑な内面を持っていた人なのか、それとも不気味な空虚さを抱えて生きた人だったのか、見当がつかなくなりました。
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by sentence2307 | 2006-02-04 09:51 | 映画 | Comments(1)

ニュースの天才

邦題があまりにも突飛なために、ついつい原題を確かめてみたくなるようなことってありませんか。

そして、いざ確かめてみると、案の定意訳を遙かに超えた担当者の越権行為とでもいいたくなるような奇想天外奇妙奇天烈、原題とは似ても似つかない邦題に書き換えられていて、その命名者の思い入れの頑迷固陋さに、ほんとうに愕然としてしまうことがあります。

内容を一方的に曲解して、それを観客に押し付けてくるような傲慢さは、作品をまっさらの状態で愉しみたいと考えている映画愛好家にとっては、まさに大罪に値する愚劣な行為といっても言い過ぎではないと思いますし、タイトルの観客に与える影響の重大さを、もう少し慎重に考えてほしいと思いました。

この「ニュースの天才」なんか、まさに「それ」だなという感じです。

この映画を見終わったあとで、再びその邦題に立ち返ってみると、この映画のタイトルを命名した担当者のアサハカな意図が分り、少し腹立たしい思いにかられました。

この原題「SHATTERED GLASS」のSHATTEREDは、辞書検索によると「衝撃を受けた、とか、くたくたの」くらいの意味らしいので、それが「ニュースの天才」という押し付けがましいタイトルになってしまうと、明らかにこの作品の想像力の広がりの可能性を予め限界付けてしまったと思います。

「ニュースの天才」という語感がつくるタイトル・イメージは、多分ニュースを面白おかしく巧みに捏造することのできる詐欺師まがいの天才記者という程度のイメージなのでしょう。

それは、たぶん命名者自身がこの作品からその程度の感興しか得ることが出来なかったことを証してもいるのだと思いますが、しかし、はたして「そう」でしょうか。

作中、次第に記事の捏造が明らかになっていく過程での記者スティーブン・グラスの動揺と取り乱し振りが、きっとそのことの明らかな証明として指摘されるかもしれませんし、スティーブが繰り返すミエミエの抗弁も、未練がましい言い訳としか見えないかもしれません。

しかし、それにしても、この映画を見た後の後味の悪さは、ただならぬものがあると思います。

たぶん、いままで僕の見ることのできた限られた映画のなかにおいてさえも、近年ではちょっと類のないくらいの後味の悪さだったと思います。

それは、この記者スティーブン・グラスが、それほどの悪だったのかという断定を避けるかのようなこの映画の作り方にあったと思います。

黒が黒と描かれていたなら、きっとそのような後味の悪さを観客に与えるはずもなかったでしょう。

そして、もしかしたら、その「後味の悪さ」にこそこの映画の主張が込められているのかもしれないと思うようになってきました。

この映画では、同僚の誰一人、スティーブン・グラスを非難しているように描かれてはいません。

それどころか、グラスを同情し、かばい、まるで彼のした捏造が「仕方のないこと」のようにさえ見えてきます。

さらに奇異といえば、スティーブン・グラス自身、自分の捏造が次第に発覚していく過程で、新編集長に何故自分のことをかばってくれないのか、と逆に抗議しています。

逆ギレの「甘え」もいいところで、世間知らずの未熟さの現われと見る違和感に満ちた多くの感想を僕も読みました。

しかし、この空気感が、むしろ、グラスに同情を寄せた同僚たちと共通している感情であることに気が付き始めたとき、この映画の主張が見えてくるように思いました。

読者が要求する「面白い記事」に匹敵するだけの現実がそこにはなく、あるのは、読者の要求に値しない面白味に欠ける陳腐な現実、それを切り口の斬新さで面白く読ませる記事に仕上げるのが記者たる者の条件であるとするならば、スティーブン・グラスの選択が、必ずしも破天荒な突拍子のないものではなかったことが察せられます。

誰を悪役と決め付けていいのか最後まで分からなかったというこの作品の後味の悪さの理由というのが、例えば、悪が滅びて正義が栄えるごとき安定した完結を持っていないことにも由来するからかもしれません。

ここにあるのは、白か黒かの二極に分割できるような、つまり、単純な価値観によってすんなり判断できるような世界ではなく、限りなく黒に近い灰色と、限りなく白に近い灰色の間に揺らぐ無数の「多かれ少なかれどの記者も為す可能性のあった」、まさにこの微妙なニュアンスの揺らぎにこそ、この作品のもっとも言わんとしているものがあるのだろうなと思いました。

記事捏造記者スティーブン・グラスは、実は大衆の妄想が作り出したモンスターだったのではないかというメッセージを僕はこの映画から受け取りました。
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by sentence2307 | 2006-02-03 23:11 | 映画 | Comments(0)
ここのところずっと、ケーリー・グラントとロック・ハドソンをごっちゃに覚えていたことが、どうも気に掛かって仕方ありませんでした。

まあ、取り違えていたとか単なる錯覚なら、それこそ今に始まったことでもないし、そんなことをいちいち気にするようなデリカシーなども、まるで持ち合わせていないのですが、「ケーリー・グラントvsロック・ハドソン」というこの字面の組み合わせだけは、はっきり覚えているのに、つまり「記憶がある」ということだけは、はっきりしているのに、その中身が全然思い出せない、そんな感じです。

それだけに、気になって仕方ありませんでした。

ほら、よくあるじゃありませんか、例の「既視感」(間違っていたら、スミマセン)とかいう、過去に同じようなものを見た気がするとか、なんか前世で経験していたことが突然立ち上がってくるみたいに、その記憶という入れ物だけが甦ってくるのだけれども、その中身がどうしても思い出せないのです。

今回のそれは、「どこかで読んだ気がする」なのですが、しかし、それが、どこに書いてあったことなのか、皆目思い出せません。

僕の読書のスタイルは、1冊を読み切るのではなく、知りたい箇所だけを何冊も同時に拾い読みするタイプなので、時間が経ってから、その特定部分を探そうとすると、これがもう実に大変です。

同じような部分の微妙に異なる箇所をいちいち当たるわけなので、「あっ、あった!」みたいにスッキリしたかたちの発見ということには繋がらなくて、だいたいは「そうだっけ?」という無理やりの納得というなし崩しの終わり方を余儀なくされてしまう場合がどうしても多いのです。

もしこれが、一冊の本の最初のページから終わりまで、順序正しく読む人なら、きっと後から何かを探すにも、それほどの苦労はしないのではないかという気がします。

そんなわけで物置に放り込んでおいたままの映画本を数日掛けて片っ端から眼を通しました。

そして遂に発見しました。

「ニューヨーカー」誌に書いていた映画評論家ポーリン・ケイルの映画評論集「明かりが消えて映画がはじまる」の中の一節に、こんなクダリがありました。

「興行的に見れば、彼は『ミンクの手ざわり』のドリス・デイの相手役の方が成功していた。しかし、ありていに言って、それはロック・ハドソンで十分間に合う役であった。この役にグラントは、もったいないのである。」

映画評論家ポーリン・ケイルが、このように書いているところを見ると、ケーリー・グラントとロック・ハドソンは、たとえ俳優の格は「月とスッポン」だったとしても、この二人には引き合いに出されるだけの共通した「なにか」があったからだったのではないかという気がします。

今回は「思い出せない」ことを必死に辿って、やっと探し当てることの出来た稀な例だったのですが、久々にスッキリした気持ちになれました。

ところで、このポーリン・ケイルの映画評論集「明かりが消えて映画がはじまる」は、僕としては結構熱心に読んだ本だったのであちこちに線が引いてあり、時間も忘れて、しばしその部分に読み耽ってしまいました。

読みながら、だんだん思い出してきました。

この人ポーリンの3番目の亭主というのが映画館の経営者で、ポーリンは、そこの映画館のプログラムの編成を担当していたらしいのです。

そこのところを読んだとき、僕は、自分が一番したかったことが、映画館のプログラムの編成の仕事だったのではないかという思いに天啓のように囚われたことを思い出しました。

現実では、もう手遅れなのですが。

しかし、それ以来、自分が映画館を経営していたら、どういうプログラムを編成しようか、などという思いにすっかり心を奪われ、しばらく空想の快楽に耽り込みました。
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by sentence2307 | 2006-02-03 21:36 | 映画 | Comments(0)