世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

<   2006年 07月 ( 12 )   > この月の画像一覧

たけしメモ Ⅱ 海編


【こんな人は「海の若大将」になれない!】
*家から海が異常に遠い。
*陽射しに弱い。
*外国の警備艇に撃たれたことがある。
*水に弱い。

【沖縄の海でこんな光景はイヤだ!!】
*ペットにハブを連れてきている。
*海パンを交替ではく。
*昼寝して、はみ出している。
*首まで砂で埋められても立っているのが分かる。
*チャイナドレスで泳いでいる。
*貝とヒモで作った水着である。
*ケツの穴を「イソギンチャクだ」と言い張っている親父がいる。
*海に向かって「オヤジを返せ」と叫んでいる。
*学生服を着て座っているヤツがいる。
*自衛隊が機雷を回収している。
*死んでいるのに相手にされない。
*皮膚病を治そうとしている。
*海に骨をまいている。

【こんなサーファーはイヤだ!!】
*塩水に弱い。
*浮き輪を離さない。
*理屈っぽい。
*足がボードよりデカい。
*「ポックリ」を履いている。
*いつも立っている。
*カツラである。
*準備体操が異常に長い。
*潜水服を着ている。
*塩水につかると体が縮む。
*波に名前をつけている。
*すぐに友達になって金を借りようとする。
*ふだんはアワビを採っている。

【こんなサーフボードは困る!!】
*サメが噛んだ跡がある。
*鼻緒が付いている。
*ふたつに分かれる。
*空気でふくらます。
*お経が書いてある。
*お線香が刺さっている。。
*沈む。
*野菜をのせて売りに来る。
*横にしか進まない。
*全く進まない。
*盗品。
*ハンドルがついている。
*船にひいてもらう。
*ウンコが付いていて裸足で乗れない。
*「笹カマボコ」と書いてある。

番外編【こんな人は牧場にお嫁に行けない!】
*インディアンが攻めてくると思っている。
*馬の種付けだけが見たかった。
*牛と馬の区別がつかない。
*馬糞と肥料の区別がつかない。
*動物愛護の団体に入っている。

番外編【こんなボディービルダーはイヤだ!!】
*頬がたるんでいる。
*顔が面白い。
*「坊ちゃん刈り」である。
*胴より首が太い。
*肌を見せたがらない。
*ポーズのかたちを知らない。
*仲間に泥棒がいて、おちおちポーズをとれない。
*背が異常に低い。
*歯ぐきの筋肉も鍛えている。
*体に不吉な斑点が出ている。
*元捕虜である。
*お灸の後が多い。
*寝たきりである。
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-24 23:51 | 映画 | Comments(1)

たけしメモ

天気もぐずついているので、折角の日曜日ですが、今日は外出をやめて、一日中部屋の掃除でもしようと思い立ちました。

まずはじめは読み散らかした本の整理からです。

これから手をつけないことには、なにも始められません。

とにかく場所ふさぎなので、不要な本や小冊子類はひと括りにして図書館のリサイクル棚に持っていく積りです。

床に散らばった本をそのまま積み上げていくだけでも随分整理できたように見えるものですよね。

一冊一冊取り出しては「これは不要」・「これはもう少し」と選り分けていきます。

そんな中に珍しい本を見つけました。

「たけしメモ」です。

確か日曜日の8時に日本テレビでやっていた「天才たけしの元気が出るテレビ」を書籍化したもので、パラパラとめくって拾い読みしていくだけで、あの頃のことをだんだん思い出して、腹を抱えて笑ってしまいました。

例えば、こんな感じです。

【これが時代劇の悪役だ!】
*必ずスケベである。
*殺されると、必ず池に落ちたり、障子を破ったりする。
*拳銃を持っていると、必ず手を撃たれる。
*他の奴は殺すが、主人公だけは殺さず、自分の罪を長々と語る。
*顔を見て分からないのに、イレズミを見て分かってしまう。
*必ずカメラに近づいて死ぬ。
*一回ターンしてから死ぬ。
*斬っても斬っても死なない。
*ヤクザの役を本物がやっている。
*一度斬られていなくなってから、帽子を被って出直す。
*初めて台詞を貰い、徹夜で練習したら声が出なくなった。
*どうしても本気で闘ってしまう。
*主役を本名で呼んでしまう。
*悪役なのに十手で闘っている。
*「御用だ」と叫んでいるのにピストルを持っている。
*「御用」のちょうちんの中に「おでん」がいる。
*セットの長屋に家族が住んでいる。
*常に主役にぴったりくっついている。
*掛け持ちしすぎて自分の役がわからない。

【こんな人は悪人になりきれない!】
*妙に色白である。
*おちょぼ口である。
*髭が薄い。
*ほっぺが赤い。
*声が甲高い。
*絵が好き。
*肉・魚がまったく駄目である。
*名前が「一郎」である。
*やけに姿勢がいい。
*目が常に笑っている。
*エクボがある。
*八重歯がある。
*妙に人なつっこい顔である。
*睫毛がやけに長い。
*襟足がかわいい。
*たまに血を吐く。


まあ、こんな本を読み耽っていたら、掃除はまた来週になると思います。
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-23 21:13 | 映画 | Comments(86)

愛する

この映画を見る前に、いろいろな人から「主演の酒井美紀は、ミスキャストだ」ということは聞かされていました。

役の解釈があまりに表面的で、幼く演じすぎているというのです。

確かにそうだったかもしれません。

しかし、その「幼さ」は、ラストで彼女が再びハンセン病療養所に舞い戻る場面に繋がっていくことを思うと、その決意の浮世離れした純粋さとか優しさとで、逆に納得させられる部分でもあるような気がしています。

むしろ、思わせ振りたっぷりに演じて、観客に「なにかあるのか」と思わせてしまうような過剰な演技が目立つ渡部篤郎の方が、ミスキャストといえばミスキャスト(あるいは、それ以前の問題)だったかもしれません。

男は、少女と出会ったその日、強い酒で酔わせておいてから連れ込み宿に誘いますが、彼女に頑なに断られると、怒ってひとり立ち去ろうとします。

しかし、男はヨロケテ道端に倒れ込む、駆け寄った少女に「大丈夫!?」と抱えられると、さも哀れそうに子供のときに小児麻痺を患って足や肩がときどき痛むのだと告白します。

少女は「可哀想」と同情して、見事「床入り」とアイなる場面です。

この作品には、こんなふうに男が哀れっぽく女の同情をかっているとしか思えないようなミエミエのセリフが随所に出てきます。

幼いときに父に死なれ、母は自分を棄ててアメリカへ去り、いままで一人ぼっちで生きてきたのだとか。

これではまるで、女を誑し込むために嘘八百を並べる結婚詐欺師の手口です。

あるいは最初のそういう気持ちが徐々に変わっていったとしても、その境目のない一本調子の渡部篤郎の過剰な演技(あるいは、大切なものを欠落させていることに気づかない無駄な自己顕示)が、底辺で生きる少年と少女の悲恋物語を嘘っぽく台無しにしてしまった元凶だと感じました。

しかし、こんなふうに書いてしまうと、幾人かの女友達から、また物凄い非難を受けてしまいそうです。

すべての作品について言えることだと思うのですが、ある作品に対して、女性が受ける印象と男性が受ける印象とでは、根本的に全然違うのかもしれないなと思うことがあります。

それは、普段ならそのようなことを意識することもないのに、ことさら意識させられてしまうタイプの映画というべきかもしれません。

まさにこの「愛する」がそういう作品だったからでしょうか。

それは、物語の焦点を絞り切れないまま自己分裂してしまった証拠でもあるのかもしれません。

大学病院でハンセン病の診断を受けた少女は、検査のために穂高近くの療養所に入ります。

検査の結果、ハンセン病でないことが判明して安心し、退院を素直に喜び、一度は恋人の住む東京に帰りかけますが、再び少女は病院に舞い戻ります。

彼女は、帰京するための「あずさ」を胸をときめかせて待ちながら、ふと同室だった女性から贈られた指輪を見つめ、彼女がその指輪に込めた思いに困惑し、自分がそれをつけていることの意味に戸惑います。

「帰る場所」と「置去りにする場所」とのあいだでの葛藤は、同時に、これから自分が「帰っていく人」と「置去りにする人々」とのあいだでの葛藤となって、彼女はホームで蹲って苦悶して、やがて療養所に帰ることを選択し決心する、このシーンのなかで語られる彼女の「決意」とは、まさに東京にいる恋人を諦める選択のうえでなされた「決意」だったのだと思います。

彼女は、棄民政策をとる国家や、未熟で傲慢なだけの医療や、国民の悪意に満ちた偏見によって公的に見棄てられ、強制的な拘束を余儀なくされ、人生を奪われた病める孤立した老人たちのために、身を挺して嬉々としてつくします。

作品中、東京にいる恋人を思い出し、彼から贈られたマフラーに顔を埋めて慟哭する場面も挿入されたりしていますが、作品の流れからすると、そのトーンはあまりに唐突すぎて(取って付けたような彼女のイマワノキワの一言なんて、最たるもの)、その部分だけ浮いて見えてしまうくらいでした。

むしろこの映画は、女性が「男」を看棄て、そして忘れ去ってしまうというシビアな映画です。

彼女が事故死したことを知った男が墓前で彼女の冥福を祈りながら、最後に語りかける「また逢いに来るからな」の一言が、いかに空しく聞こえてしまうかに、すべてが語り尽くされているでしょう。

「私が・棄てた」哀れな女の物語のはずが、いつの間にか「私が・棄てた・男」に変質してしまった映画だったのかもしれませんね。

(97日活)製作総指揮・中村雅哉、製作・山口友三、監督脚本・熊井啓、助監督・竹安正嗣、原作・遠藤周作、撮影・柳沢正夫、音楽・松村禎三、美術・木村威夫、録音・久保田幸雄、照明・島田忠昭、編集・井上治、衣装・岩崎文雄、スクリプター・小山三樹子、スチール・目黒祐司、
出演・酒井美紀、渡部篤郎、岸田今日子、小林桂樹、上條恒彦、三條美紀、松原智恵子、宍戸錠、岡田眞澄、西田健、絵沢萠子、梶原美樹
1997.10.04 114分 カラー ビスタサイズ
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-23 12:17 | 映画 | Comments(0)

狂った果実

「狂った果実」56は、たったの17日間で撮り上げたといわれている中平康監督の驚くべきデビュー作です。

そして、中平監督は、つねづね、「ゴダールは、オレの作品を真似した」と、ヌーヴェルバーグの登場を既に先取りしていたことを豪語していたという話は有名ですよね。

いや、姫田眞左久キャメラマンが記したものの中には、もっと辛辣にヌーヴェルバーグを嘲っていたみたいな一文を読んだ記憶があります。

しかし、この「豪語」は、あながち大ボラとは言えない確かな信憑性があるのですが、ただ、華々しいデビューに較べて、失速著しい「荒れた晩年」の中平監督の性癖に照らして、幾分そうした大風呂敷の虚言みたいな印象を持たれてしまったことは、残念ですが否定できなかったのでしょう。

中平監督にふれた誠意あふれる姫田眞左久キャメラマンのその一文にも、言下に「眉ツバ」的な論調を感じ取ってしまうのは考えすぎかもしれませんが。

しかし、「狂った果実」のスピード感あふれる才気に満ち満ちたカットつなぎにトリュフォーが驚嘆して、彼の推薦によってシネマテークに保管された日本映画の第1号になったというこの作品が、ゴダールに深刻な衝撃と、そして大きな影響を与えた可能性は、大いにあり得たことだろうなと思います。

石原慎太郎が、裕次郎との思い出を綴った「弟」の中にこんな部分があります。

1962年、日仏独伊ポーランド5カ国の若い監督たち、つまりアンジェイ・ワイダ、フランソワ・トリュフォー、レンツォ・ロッセリーニ、石原慎太郎、マルセル・オフュルスたちが競作したオムニバス作品「二十歳の恋」の打ち合わせのために、日本篇を監督する石原慎太郎がパリを訪れた際に、フランス篇と総集編を担当するフランソワ・トリュフォーとの対話のなかで、トリュフォーは、自分のヌーヴェルバーグ・タッチは、「海辺の情熱」という日本映画のストーリーの設定や展開、そして畳み掛けるようなカッテッングのタッチに強く影響されたものだと告白されました。

トリュフォーにそれ程までに強い衝撃を与えたというその「海辺の情熱」という作品に、まったく心当たりのなかった石原慎太郎が、さらに具体的に話の筋を聞いてみると、なんとそれは自分がストーリーを書き下した裕次郎の主演第1作「狂った果実」だったということが分り、その評価に、却って自分のほうが驚いたという部分です。

帰国後、さっそく裕次郎にそのことを伝えると、「そりゃそうに決まってらあな」と当然のように答えたと記されており、そして、また、ある席で中平監督に同じように伝えたところ、もはや、映画への情熱をすっかり失っていた中平監督の冷ややかな無反応な態度が、裕次郎の反応と好対照に記されている部分には、複雑な思いを禁じ得ません。

そして、その文節の締め括りに石原慎太郎は、こう記しています。

「いずれにせよ、あの映画は、偶然と奇跡に満ちた青春という、人間にとってたった一度の季節を表象していたと思う。
あの時代にしか、あのようにしかあり得なかった私たちの青春を、あの映画はほとんど完璧に代表してくれている。
同じ世代だったトリュフォーが感じ取ったものもまさにそれただったに違いない。」

(1956日活)(監督)中平康(原作脚本)石原慎太郎(撮影)峰重義(美術)松山崇、辻井正則(音楽)佐藤勝、武満徹
(出演)北原三枝、石原裕次郎、津川雅彦、東谷暎子、藤代鮎子、深見泰三、岡田真澄、木浦昭芳、島崎喜美男、加茂嘉久、近藤宏、山田輝二
(85分・35mm・白黒)
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-23 12:13 | 映画 | Comments(116)
なんだか最近、映画鑑賞にも検定試験があるらしいことを聞きました。

確かに、自分が持っている細かい映画の知識を試してみたいという興味はありますし、そこで「知らないこと」を知る機会にも繋がるかもしれないという前向きな考えもないではないのですが、その反面、カチンコチンの「検定試験」という杓子定規な構え方が、どうも面白くありません。

「英語」や「漢字」の知識を試す試験とは同列に並べにくいものが「映画」にはあるはずだと信じているし、そうまで言わなくとも、たかが映画を見るくらいのことで検定試験もないだろうにという気が僕に強くあるからでしょうか。

映画を鑑賞する醍醐味は、自分の感性を思い切り揺さぶられたり刺激されたりすることを愉しむことと考えているので、どうでもいい映画の中の細かい部分や知識をホジクリ返して自慢し合うようなマニアックな鑑賞の仕方がどうも邪道な気がして馴染めないでいます。

でも、そのマニアックな愉しみ方は、あらゆる趣味に通じるものでもあることを考えると、全部を否定するのも、なんか大人気ないかなという気がしてきました。

そんなわけで、時々思いつくままに適当に問題を考えて、そして自分で解いたりしています。

例えばこんな感じの問題です。

「永遠のスター・石原裕次郎を誕生させたものとは何か」

きっと僕の答えは、「五社協定」ということになると思います。

戦後日活の自主制作開始と撮影所建設に伴い、危機感を募らせた大手五社が自社のスタッフ・キャストの引き抜きを警戒して結んだという例のアレです。

仕方なく俳優を独自で賄わなければならなくなったときに彗星のように登場したのが石原裕次郎でした。

この辺はちょっと鳥肌ものだと思いませんか。

撮影所建設という大きな賭けに出て、実際に発足後3年で3億円の欠損を出してそろそろ限界が見えてきた矢先の石原裕次郎の登場でした。

田中純一郎の「日本映画発達史Ⅳ」には、この辺の事情をこんなふうに記述しています。

「昭和33年の正月興行は、テレビの家庭浸透による影響を受けながらも一応の客足はついたが、前年暮れから興行した日活の裕次郎映画『嵐を呼ぶ男』は他社系各館を吹き飛ばした。
文字通り嵐を呼んだこの裕次郎映画を興行した浅草日活劇場は、6日間で3万8000人の入場者があり、次位の東映劇場を5000人も引き離した。
凄まじいブームである。
前年度に57本の劇映画を作った日活は、この年7月から2本立て製作に張り切り、年間87本を配給、同業6社中、前年の第5位より3位に進んだ。
また東映の専門館製作に対応して、日活もこれに重点をおき、毎月1本は必ず裕次郎映画を配給するということで興行者を勧誘し、前年末160だったのが本年末には399となった。
ひとりの裕次郎が日活企業の全面的回復に役立ったわけで、裕次郎映画はこの年も2億円から4億円の配給収入を連続的に上げている。
一俳優でこのような連続記録を上げた例は今までの現代劇に例がない。」

養成したり訓練したりして生み出されたわけではない非俳優「裕次郎」がこういう記録を打ち立てたことが「映画」という文化の重要な一面を物語っていると思います。

このクダリを読んでいたとき、たまたま京橋のフィルムセンターの夏休み企画で「日活アクション映画の世界」というのをやることを偶然知りました。

1953年の裕次郎初主演の「狂った果実」から1971年の「八月の濡れた砂」までの56本をほぼ2ヶ月にわたり上映するということです。

無国籍アクション映画のオンパレードというところですが、リストを眺めながらふたつの感想が湧き起こりました。

ひとつは、撮影所建設から裕次郎によって日活が大ブレイクするまでの間、3億の欠損を出したといわれている映画群(この中には、好青年の警官役の宍戸錠が見られる「警察日記」などもありました)がまぼろしとなって忘れ去られてしまっていること、そして、きっとそれと無関係でない裕次郎以後の日活映画にいわゆる「芸術作品」が皆無なこと、です。

日活という映画会社の独特な体質がうかがわれるような気がしますね。
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-22 15:17 | 映画 | Comments(0)
【野獣の青春】
大藪春彦の「人狩り」を原作とし、宍戸錠が主演する鈴木清順監督によるハードボイルド・アクション。懲戒免職を受けた元刑事ジョーが、自分をかばってくれた元同僚の奇妙な死に疑問を抱き、真相究明に走るというストーリーが、鈴木清順の作り出す奇妙な空間で展開される。
(1963日活)(監督)鈴木清順(原作)大籔春彦(脚本)池田一朗、山崎忠昭(撮影)永塚一栄(美術)横尾嘉良(音楽)奥村一
(出演)宍戸錠、渡辺美佐子、川地民夫、香川美奈子、平田大三郎、郷鍈治、上野山功一、小林昭二、阿部百合子、木宝郁子、柳瀬志郎、青木富夫、木島一郎、三木正三、花村彰則
(91分・35mm・カラー)

【夜霧のブルース】
長崎港の荷役を支配する組織の事務所に男(石原)が拳銃を持って現れる。緊張が高まる中、男は妻について、そしてある事件について語り始めた。一見つながりを持たぬかに見える事務所の空間と男の回想場面の空間が、男の話の展開とともに結びつけられてゆくのが興味深い。神戸で羽振りをきかせていたヤクザの幹部・西脇純三(石原)は、素人の娘・みち子(浅丘)に恋したことから足を洗おうとするが、親分の執拗ないやがらせに怒り、親分を刺してみち子と共に逃亡する。西脇とみち子は貧しいながら幸福な日々を送り、みち子の胎内には新しい生命が育っていたが、ふとした事件に捲き込まれ、みち子は殺されてしまう。今は堅気となった西脇だが再びドスを手に殺人者を追う。
(1963日活)(監督)野村孝(原作)菊田一夫(脚本)国弘威雄(撮影)髙村倉太郎(美術)木村威夫(音楽)伊部晴美
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、岩崎加根子、沢本忠雄、郷鍈治、田中明夫、土方弘、上野山功一、天坊準、深江章喜、髙田敏江、木島一郎、弘松三郎
(103分・35mm・カラー)

【狼の王子】
東京で知り合った新聞記者(浅丘)と愛を育みながらも、組の危機を救おうと“狼”に戻ってゆく若きやくざを描く。主演は、青春路線とかけもちしつつ、任侠アクションで人気を得た高橋英樹。松竹ヌーヴェルヴァーグ一派の書き下ろしらしく、階級差のテーマが強くにじみ出た。
(1963日活)(監督)舛田利雄(原作)石原慎太郎(脚本)田村孟、森川英太郎(撮影)間宮義雄(美術)千葉一彦(音楽)伊部晴美
(出演)高橋英樹、浅丘ルリ子、石山健次郎、加藤嘉、川地民夫、鈴木瑞穂、垂水悟郎、田中明夫、河野弘、浜口浩造、篠原守、新沢輝一
(102分・35mm・カラー)

【関東無宿】
平林たい子の「地底の歌」の2度目の映画化作品。「渡り鳥」シリーズを終えた小林旭はいくつかの任侠映画風のアクションものにも主演するようになる。本作もその一つで、鈴木清順の濃厚な美的センスは古風な場所設定とともに一層強烈さを添えている。
(1963日活)(監督)鈴木清順(原作)平林たい子(脚本)八木保次郎(撮影)峰重義(美術)木村威夫(音楽)池田正義
(出演)小林旭、松原智惠子、平田大三郎、伊藤弘子、中原早苗、髙品格、進千賀子、江角英明、木島一郎、野呂圭介、河野弘、衣笠眞寿男、長弘
(92分・35mm・カラー)

【赤いハンカチ】
麻薬密輸の容疑者を誤って銃殺した元刑事(石原)は、4年間罪の意識とともに貧乏生活を送る一方、その相棒であった男(二谷)はなぜか大金持ちに。事の真相をめぐって横浜の街は突如騒然とする。本作は、裕次郎の歌う同名の主題歌ととも大人気を博した。凶悪な麻薬ルートを追っていた三上次郎(石原)・石塚(二谷)両刑事は容疑者・平岡を護送中に誤って射殺してしまう。三上は退職して遠く放浪していたが、石塚が平岡の遺児・玲子(浅丘)と結婚、実業家としても成功していることを聞き横浜に戻る。玲子への恋を断ち切れぬまま横浜にとどまった三上は、石塚が麻薬組織から買収されていて、昔の射殺事件も証言を封じる為に彼が仕組んだ罠である事を知る。
(1964日活)(監督脚本)舛田利雄(脚本)小山英、山崎巖(撮影)間宮義雄(美術)千葉和彦(音楽)伊部晴美
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、二谷英明、川地民夫、笹森礼子、金子信雄、森川信、芦田伸介、清水将夫、桂小金治
(98分・35mm・カラー)

【花と怒濤】
鈴木清順による小林旭主演の任侠アクションとしては『関東無宿』に次いで2作目。大正時代の東京を背景としながらも、妙に西洋風の装いをした殺し屋(川地)が登場するなど、そうした鈴木清順らしい荒唐無稽ともいえるディテールがストーリーにスパイスを加えている。
(1964日活)(監督)鈴木清順(原作)青山光二(脚本)船橋和郎、阿部桂一(撮影)永塚一栄(美術脚本)木村威夫(音楽)奥村一
(出演)小林旭、川地民夫、松原智惠子、久保菜穂子、髙品格、深江章喜、嵯峨善兵、野呂圭介、江角英明、玉川伊佐男、宮部昭夫、柳瀬志郎
(92分・35mm・カラー)

【河内ぞろ どけち虫】
大阪という場所設定とその地域的気質が生かされた異色の任侠アクション「河内ぞろ」シリーズの2作目。並々ならぬケチぶりを見せる3人兄弟(宍戸、川地、山内)が三者三様の人生を歩みつつも、財産争いで団結したり対立したりする様子がユーモラスに描かれる。
(1964日活)(監督)舛田利雄(原作)今東光(脚本)笠原良三(撮影)萩原憲治(美術)千葉和彦(音楽)伊部晴美
(出演)宍戸錠、川地民夫、山内賢、伊藤雄之助、笠置シヅ子、南田洋子、安田道代、上田吉二郎、谷村昌彦、神戸瓢介、山田吾一
(102分・35mm・白黒)

【黒い賭博師】
さすらいの賭博師氷室浩次(小林)を主人公に据えた「賭博師」シリーズの第6作。本作に続く2本も含む「黒い賭博師」作品は、氷室が国際的なギャンブラーと対決し、このシリーズにさらなるスケールの大きさが加えられている。賭博の技の描写が重視され、それまでの同シリーズ作品と一線を画した。
(1965日活)(監督)中平康(原作)野村敏雄(脚本)小川英、中西隆三(撮影)山崎善弘(美術)大鶴泰弘(音楽)伊部晴美
(出演)小林旭、富士真奈美、小池朝雄、益田喜頓、横山道代、谷村昌彦、榎木兵衛、野呂圭介、玉川伊佐男、天坊準、高橋昌也、シェーリー・ヘレン、ペドロ・フェルナンデス、深江章喜
(86分・35mm・カラー)

【刺青一代】
『関東無宿』、『花と怒濤』と同様、清順特有の美学が露わになった傑作で、鈴木自身、歌舞伎の様式性を強く意識して作ったという。その美意識は本作に、様々な日活アクションの中でも強烈な個性を与えている。ラストの殴り込みシーンは特に見物。
(1965日活)(監督)鈴木清順(脚本)直居欽哉、服部佳(撮影)高村倉太郎(美術)木村威夫(音楽)池田正義
(出演)高橋英樹、和泉雅子、小高雄二、花ノ本壽、伊藤弘子、松尾嘉代、小松方正、高品格、日野道夫、野呂圭介、河野弘、柳瀬志郎、長弘、久松洪介、千代田弘、嵯峨善兵
(87分・35mm・カラー)

【二人の世界】
時効を目前に殺人事件の犯人らしき男(石原)が雑誌記者(二谷)の前に現れた。真相をめぐって男が、男の安否を懸念して女(浅丘)が、そしてネタをめぐって記者が動く。語られるべき自己の真実をめぐって繰り広げられる、日活指折りの傑作ムード・アクション。無実の罪を着せられ、国外逃亡した北条修一(石原)は、フィリピン人ヴァルガとして暮らしていたが、時効直前に無実を証明するために帰国する。偶然にも船の中で彼の正体を知った雑誌記者・川瀬(二谷)は、スクープのチャンスと必死で修一を追い、船中で知り合った玲子(浅丘)は彼を慕い、真犯人探しに協力する。そして、孤児の自分を育てた恩人・関根(山形)が真犯人と知り、修一は愕然とする。
(1966日活)(監督)松尾昭典(脚本)小川英、松尾昭典(撮影)岩佐一泉(美術)中村公彦(音楽)嵐野英彦
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、二谷英明、深江章喜、浜村純、嶋計昭、山形勲、富田仲次郎、大坂志郎、榎木兵衛、大滝秀治、木島一郎
(91分・35mm・カラー)

【東京流れ者】
渡世の義理から離れようと旅に生きる“不死鳥の哲”を演じ、渡哲也の出世作となった一篇。鈴木清順の演出は、ドラマの流れよりもシーンごとの色使いや様式性に重きを置き、監督自身も、特に外国の観客に好まれる自作としてこの映画を挙げている。
(1966日活)(監督)鈴木清順(原作脚本)川内康範(撮影)峰重義(美術)木村威夫(音楽)鏑木創
(出演)渡哲也、松原智恵子、川地民夫、二谷英明、郷鍈治、浜川智子、吉田毅、玉川伊佐男、江角英明、北竜二、日野道夫、玉川駿太郎、緑川宏、長弘、久松洪介、柴田新三、木浦佑三
(82分・35mm・カラー)

【帰らざる波止場】
日活アクションも爛熟期に達した頃の、裕次郎とルリ子のコンビ作品。世界的ジャズ・ピアニストから囚人へ転落し、出所後も妙な罠で再び刑事に捕らえられる男(石原)。真相究明と復讐に燃えるその男を中心に、ストーリーが巧妙な空間構成のうちに展開される。世界的なジャズピアニスト・津田史郎(石原)は、自分を罠に陥れた麻薬組織に個人的な復讐を企てている。史郎は組織と接触するために滞在した横浜で、財閥の未亡人・冴子(浅岡)と出会い、愛し合うようになる。史郎は、復讐をあきらめて外国へ行こうという冴子の誘いを断り、黒幕への追求を激しくしていった。また、組織摘発のため史郎の復讐心を利用する刑事(志村)の執拗な捜査は続けられる。
(1966日活)(監督)江崎実生(脚本)山田信夫、中西隆三(撮影)横山実(美術)千葉和彦(音楽)伊部晴美
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、志村喬、郷鍈治、金子信雄、深江章喜、杉江弘、武智豊子、杉山俊夫、榎木兵衛、香月美奈子、野呂圭介
(89分・35mm・カラー)

【拳銃(コルト)は俺のパスポート】
宍戸錠も自らの最高傑作に挙げる和製ハードボイルド・アクション。殺しの仕事の後、その依頼者につけ狙われ、銃撃戦に巻き込まれる無口な殺し屋を、宍戸はその優れた身体性で演じぬいた。1967年は他にも『殺しの烙印』『みな殺しの拳銃』と彼のハードボイルドが花咲く年となった。
(1967日活)(監督)野村孝(原作)藤原審爾(脚本)山田信夫、永原秀一(撮影)峰重義(美術)松井敏行(音楽)伊部晴美
(出演)宍戸錠、ジェリー藤尾、小林千登勢、武智豊子、内田朝雄、佐々木孝丸、嵐寛壽郎、杉良太郎、江角英明、草薙幸二郎
(84分・35mm・白黒)

【殺しの烙印】
荒唐無稽な殺しのテクニックを次々と披露、アクションというジャンルが、異才・鈴木清順の感覚を通して爽快ともいえる抽象性に踏み込んだ一つの到達点。本作発表後、日活社長・堀久作が監督との契約を止めたことにファンが抗議、「鈴木清順共闘会議」が結成された。
(1967日活)(監督)鈴木清順(脚本)具流八郎(撮影)永塚一栄(美術)川原資三(音楽)山本直純
(出演)宍戸錠、南原宏治、玉川伊佐男、真理アンヌ、小川万里子、南廣、長弘、大和屋竺、野村隆、宮原徳平、緑川宏、久松洪介、荒井岩衛、伊豆見雄、水木京二
(91分・35mm・白黒)

【爆弾男といわれるあいつ】
元暴力団幹部(小林)がやくざ業から足を洗って流れ者となる「あいつ」シリーズの第4作。ジャズなどの音楽も効果的に用いられた、長谷部安春らしいハードボイルド作品。次の長谷部作品『みな殺しの拳銃』で注目を浴びることとなる藤竜也は、本作でも数シーン出演。
(1967日活)(監督)長谷部安春(脚本)下飯坂菊馬、藤井鷹史(長谷部安春)(撮影)山崎善弘(美術)佐谷晃能(音楽)鏑木創
(出演)小林旭、東京ぼん太、青木義朗、西村晃、内田良平、高品格、岡崎二朗、万里昌代、嘉手納清美、加原武門、藤竜也
(91分・35mm・カラー)

【みな殺しの拳銃】
長谷部安春をハードボイルド・アクション監督としていよいよ知らしめた作品。殺しに慣れすぎ、ついに無二の友人との闘いを余儀なくされたやくざ者を宍戸が演じる。変化に富んだ視覚的、聴覚的テンポで彩られ、闘う男たちの姿が描き出されている。
(1967日活)(監督)長谷部安春(脚本)中西隆三、藤井鷹史(長谷部安春)(撮影)永塚一栄(美術)木村威夫(音楽)山本直純
(出演)宍戸錠、藤竜也、岡崎二朗、二谷英明、沢たまき、山本陽子、神田隆、深江章喜、高品格、藤岡重慶
(89分・35mm・カラー)

【紅の流れ星】
渡哲也の代表作の一つであり、また日活アクションをニュー・アクションの時代へとシフトさせた作品でもある。裕次郎に深く憧れていた渡が、同じ舛田監督による裕次郎主演作『赤い波止場』(1958年)と共通項の多い本作の主演することで、その変遷が明確にされている。
(1967日活)(監督)舛田利雄(脚本)池上金男(池宮彰一郎)(撮影)高村倉太郎(美術)木村威夫(音楽)鏑木創
(出演)渡哲也、浅丘ルリ子、杉良太郎、奥村チヨ、松尾嘉代、谷村昌彦、山田真二、藤竜也、深江章喜、高橋明、山之辺潤一、村上和也、東郷秀美
(97分・35mm・カラー)

【縄張(しま)はもらった】
鋭敏なアクションとサスペンスで展開されるテンポの早いアクション作品。落ちぶれた組織の再興を賭けて男たちが大暴れする。キャストの豪華さも目を見張るものがあるが、彼らが繰り広げるアクションはさらに画面を華々しくしている。
(1968日活)(監督)長谷部安春(脚本)石松愛弘、久保田圭司(撮影)上田宗男(美術)佐谷晃能(音楽)鏑木創
(出演)小林旭、宍戸錠、二谷英明、川地民夫、郷鍈治、藤竜也、岡崎二朗、大浜詩郎、太田雅子、戸上城太郎
(95分・35mm・カラー)

【大幹部 無頼】
渡哲也が硬派なやくざ“人斬り五郎”に扮する「無頼」シリーズの第2作で、舞台は青森県弘前。任侠映画を摂取したこの時代になると、スタイリッシュさよりも肉体の衝突がアクションの主流となる。井上梅次、舛田利雄らの助監督を経て、ニュー・アクション期の日活を背負った小沢啓一のデビュー作。
(1968日活)(監督)小沢啓一(原作)藤田五郎(脚本)池上金男(池宮彰一郎)(撮影)髙村倉太郎(美術)川原資三、木村威夫(音楽)伊部晴美
(出演)渡哲也、松原智恵子、内田良平、岡崎二朗、田中邦衛、山内明、真屋順子、太田雅子(梶芽衣子)、松尾嘉代、深江章喜、郷鍈治、江角英明、藤岡重慶
(97分・35mm・カラー)

【昭和のいのち】
時代は昭和初期、5・15事件前後を背景とする。右翼テロリスト集団に属していた男(石原)が挫折し、やくざへと転身する過程が描かれる。当時の暗い世相が冒頭に示されはするものの、スター陣に加え、辰巳扮するやくざの親分をはじめ、ユーモアのあるキャラクターたちが作品をさらに魅力をそえる。昭和初期。暗い事件が度重なり、人々は戦争の予感におびえていた。日下真介(石原)ら愛国の士たちは、七誠会を結成し、政治家や財界人を狙うテロを計画した。真介は草薙首相(島田正吾)暗殺を狙って首相官邸に忍び込んだが、逆に国家の未来を悟され、自分の未熟を知らされる。それから間もなく、草薙は五・一五事件で青年将校によって殺され、真介は七誠会を脱退、テキ屋の道に入っていた。真介は親分・佐久間(辰巳)を盛りたてて、対立する黒崎組と激しく争うが、黒崎の卑劣な罠にかかって、親分は闇討ちにあい、真介の昔の女・はる(浅丘)までもが自殺に追い込まれてしまう。真介の衝撃は大きかったが、親分の一人娘・奈美(浜)と結婚して組を継ぐ決意をする。しかし日本は、やがて来る軍部独裁と中国大陸での戦争を控え、激動の渦に巻き込まれようとしていた。
(1968日活)(監督脚本)舛田利雄(脚本)池上金男(池宮彰一郎)(撮影)横山実(美術)木村威夫(音楽)真鍋理一郎
(出演)石原裕次郎、辰巳柳太郎、高橋英樹、浜美枝、中村賀津雄、浅丘ルリ子、和泉雅子、浜田光夫、北林早苗、青木義朗
(165分・35mm・カラー)

【女の警察】
夜の銀座で働くホステスたちを不正な引き抜きや暴力団から守り、“女の警察”と呼ばれる男を小林旭が演じた、梶山季之原作による風俗アクション・シリーズの第1作。青江三奈の歌謡曲がフィーチャーされ、当時の日活撮影所でも屈指の早撮り監督、江崎実生が演出。
(1969日活)(監督)江崎実生(原作)梶山季之(脚本)中西隆三(撮影)横山実(美術)佐谷晃能(音楽)佐藤允彦
(出演)小林旭、小高雄二、十朱幸代、牧紀子、槙杏子、太田雅子(梶芽衣子)、青江三奈、内田稔、内田朝雄、木浦佑三
(83分・35mm・カラー)

【野獣を消せ】
米軍基地のある町で、妹を殺された復讐に立ち上がるハンター(渡)を描いた物語だが、不良グループのリーダー・藤竜也が、主人公の向こうを張って強い印象を残す。尾藤イサオがシャウトする主題曲をはじめ、全篇に流れるジャズやファンクには同時代のアメリカ文化が濃厚に匂う。
(1969日活)(監督)長谷部安春(脚本)永原秀一、中西隆三(撮影)姫田真佐久(美術)木村威夫(音楽)坂田晃一
(出演)渡哲也、吉岡まり、藤本三重子、藤竜也、尾藤イサオ、集三枝子、山野俊也、川地民夫、杉山俊夫、清水将夫
(84分・35mm・カラー)

【斬り込み】
長谷部・小沢に続いてニュー・アクション路線の旗手となった澤田幸弘のデビュー作。川崎を舞台に、巨大勢力の脅威に抵抗する“鉄砲玉”を描いた集団抗争劇。やくざ世界から疎外されたチンピラたちは、「野良猫ロック的若者への転換点」(渡辺武信)とも評された。
(1970日活)(監督)澤田幸弘(脚本)永原秀一(撮影)高村倉太郎(美術)坂口武玄(音楽)小杉太一郎
(出演)渡哲也、郷鍈治、扇ひろ子、藤竜也、沖雅也、岡崎二朗、藤健次、青木伸子、大浜詩郎、杉良太郎
(88分・35mm・カラー)

【反逆のメロディー】
故郷にジープで現れ、服役中の組長に代わって組の立て直しに乗り出した腹違いの弟が、警察まで手なづけた新興暴力団に挑むが…。長髪、サングラスにジーンズをまとい、正義よりも情熱に生きる原田芳雄の姿や行動は、仁侠映画に対する日活独自のアプローチ。
(1970日活)(監督)澤田幸弘(脚本)佐治乾、蘇武道夫(撮影)山崎善弘(美術)千葉和彦(音楽)玉木宏樹
(出演)原田芳雄、佐藤蛾次郎、地井武男、藤竜也、富士真奈美、梶芽衣子、須賀不二男、深江章喜、梅野泰靖、曽根晴美
(84分・35mm・カラー)

【野良猫ロック ワイルドジャンボ】
音楽にR&Bやロックをふんだんに用い、時代の空気を巧みにつかまえたグループ・アクション「野良猫ロック」シリーズ。この第2作では、新興宗教の金を横取りしようとする一団が、現金輸送車の襲撃を狙う。永原秀一は、このシリーズでニュー・アクション屈指の脚本家として開花した。
(1970ホリ企画=日活)(監督脚本)藤田敏八(原作)船知慧(脚本)永原秀一(撮影)安藤庄平(美術)斉藤嘉男(音楽)玉木宏樹
(出演)梶芽衣子、范文雀、地井武男、藤竜也、夏夕介、前野霜一郎、内田良平、白木マリ、加藤和夫、夏純子、青木伸子、秋とも子
(84分・35mm・カラー)

【新宿アウトロー ぶっ飛ばせ】
新スター原田芳雄が、すでに名を馳せていた渡哲也と対等な役割を果たしている点で、後期日活アクションの一つのターニング・ポイントとなった作品。舞台は当時都市開発され始めたばかりの新宿で、殺しが行われながれも、どこかクールな雰囲気が漂っている。
(1970日活)(監督脚本)藤田敏八(脚本)永原秀一、蘇武道夫(撮影)萩原憲治(美術)千葉和彦(音楽)玉木宏樹
(出演)渡哲也、原田芳雄、梶芽衣子、成田三樹夫、中島葵、原田千枝子、今井健二、沖雅也、高樹蓉子、小野俊也
(86分・35mm・カラー)

【野良猫ロック 暴走集団’71】
「野良猫ロック」シリーズ最終作。新宿にたむろするフーテン族と地方のボス率いる黒ずくめの親衛隊が対決するが、ライフルばかりかダイナマイトまで使用され、戦闘の遊戯性はさらに高まった。原田芳雄のファッションやモップスの曲「御意見無用」など、時代の泥臭い風俗も楽しめる。
(1971ホリプロ=日活)(監督)藤田敏八(脚本)永原秀一、浅井達也(撮影)萩原憲治(美術)千葉和彦(音楽)玉木宏樹
(出演)原田芳雄、藤竜也、梶芽衣子(太田雅子)、司美智子、青木伸子、高野沙里、小磯マリ、久万里由香、夏夕介、鈴木利哉
(87分・35mm・カラー)

【関東流れ者】
様変わりする世相の中で昔気質の任侠道を貫き、世話になった組のために一肌脱いだ男(渡)の復讐譚で同名の鶴田浩二主演作品(1965年)とは全く別のストーリー。結末の斬り合いのシーンは横浜の赤レンガ倉庫。小沢監督はその後日活を離脱、「太陽にほえろ!」「西部警察」などのテレビドラマでアクション演出を活かした。
(1971日活)(監督)小沢啓一(脚本)棚田吾郎、小椋正彦(撮影)安藤庄平(美術)松井敏行(音楽)小杉太一郎
(出演)渡哲也、丘みつ子、沖雅也、青木伸子、水島道太郎、今井健二、内田良平、原田芳雄、木村俊恵、長浜鉄平
(85分・35mm・カラー)

【組織暴力 流血の抗争】
組織化した暴力団の前に滅びゆく、小さなやくざの生き様に迫った仁侠映画。宍戸・藤が血まみれの体を抱えて敵陣へ殴りこみにゆくラストなど、本作は「アクション映画の日活」に対する凄絶な葬送曲とも言える。なお、1999年に同じ長谷部が、哀川翔・宍戸開主演のVシネマとしてリメイクした。
(1971日活)(監督)長谷部安春(原作)三城渉(脚本)永原秀一(撮影)山崎善弘(美術)佐谷晃能(音楽)鏑木創
(出演)宍戸錠、佐藤允、梶芽衣子、藤竜也、植村謙二郎、三田村元、三条泰子、沖雅也、戸上城太郎、内田良平、木浦佐三、玉村駿太郎、郷鍈治
(86分・35mm・カラー)

【八月の濡れた砂】
夏の湘南を舞台に、登場人物たちのもてあます若さが暴力とセックスとともに示される。日活のアクション期とロマンポルノ期の端境に位置するこうした青春映画こそ、藤田敏八の日活における特異なスタンスを語るものと言える。
(1971日活)(監督脚本)藤田敏八(脚本)峰尾基三(撮影)萩原憲治(美術)千葉和彦(音楽)むつひろし
(出演)村野武範、広瀬昌助、テレサ野田、藤田みどり、隅田和世、奈良あけみ、八木昌子、三田村元、山谷初男、中沢治夫、赤塚直人、原田千枝子、牧まさみ
(91分・35mm・カラー)
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-22 15:13 | 映画 | Comments(198)
【日活特報 日活撮影所建設始まる(地鎮祭)】 (3分・35mm・白黒)
(1953日活)

【狂った果実】
海辺の別荘でひと夏を送る裕福な学生(石原)の無軌道な生きざまと性愛を、新人・中平康がけだるくも鮮烈に描いた太陽族映画。『太陽の季節』の脇役で評価された裕次郎は、本作の主演としてスターダムへの階段を踏み出した。太陽族の滝島夏久(石原)はまだ純真な弟・春次(津川)の初恋の女性・恵梨(北原)を奪う。やがて心の中にあった兄弟への愛情の均衡も破れ、恵梨は夏久の強靭な肉体に強く惹かれていった。恵梨と夏久の全ての出来事を知った春次は、憑かれたようにモーターボートでヨットの二人を追った。さんさんと輝く太陽の下、夏久と恵梨を海中に叩き落した春次のモーターボートは、海の彼方へ疾走していく。この映画は、全てが新しかった。
(1956日活)(監督)中平康(原作脚本)石原慎太郎(撮影)峰重義(美術)松山崇、辻井正則(音楽)佐藤勝、武満徹
(出演)北原三枝、石原裕次郎、津川雅彦、東谷暎子、藤代鮎子、深見泰三、岡田真澄、木浦昭芳、島崎喜美男、加茂嘉久、近藤宏、山田輝二
(85分・35mm・白黒)

【勝利者】
若きボクサー(石原)が、自分に夢をかけたトレーナー(三橋)への反発心を燃やしつつ、バレリーナ(北原)との恋に賭ける。太陽族のイメージから脱却し、ここにアクション・スター裕次郎が誕生した。ボクシングの素養があった三橋達也が、裕次郎に指導をしたという。元ボクサー・山城(三橋)はかっての自分の夢を新人ボクサー・夫馬俊太郎(石原)によって果たそうと、女性との交際も禁じ、火の出るようなトレーニングを始めた。急速に腕を上げた俊太郎は、バレリーナ・マリ(北原)と愛し合うようになり山城のもとを飛び出す。恩を仇で返された山城は憎しみと愛情の交錯の中で悩み続け、俊太郎がチャンピオンを賭けたタイトルマッチの当日を迎える。
1957(1957日活)(監督脚本)井上梅次(原作)キノトール(木下徹)、小野田勇(脚本)舛田利雄(撮影)岩佐一泉(美術)松山崇(音楽)小杉太一郎
(出演)三橋達也、南田洋子、石原裕次郎、北原三枝、殿山泰司、小林重四郎、安部徹、宍戸錠、清水將夫、桂典子、浦島久恵
(98分・35mm・カラー)

【鷲と鷹】
復讐と犯罪捜査、二つの目的を持った二人の男(石原・三国)が水夫に化けて乗り込んだ船が、やがて暴風雨に巻き込まれる。豪快な海洋アクションで、『勝利者』に続き、娯楽映画の名職人・井上梅次が裕次郎のスターへの道を踏み固める。鮎川船長(二本柳)を父の仇と疑う千吉(石原)、保険金目当ての偽装沈没計画をかぎつけた刑事・佐々木(三国)は、いずれも水夫に化けて船に乗り込む。千吉を追って密航した酒場女・朱実(月丘)は、千吉と船長の娘・明子(浅丘)の仲を嫉妬する。明子の明るい姿は千吉の荒んだ心を和らげ、復讐心をグラつかせ始めたが、そんな時、船荷が全てニセモノで船長の航海詐欺であることが判明する。
(1957日活)(監督脚本)井上梅次(原作)(撮影)岩佐一泉(美術)中村公彦(音楽)多忠修
(出演)石原裕次郎、三國連太郎、月丘夢路、長門裕之、浅丘ルリ子、二本柳寛、柳沢眞一、澤村國太郎、安部徹、西村晃、キド・シン(木戸新太郎)、小林重四郎
(115分・35mm・カラー)

【俺は待ってるぜ】
ブラジルへ行ったはずの兄が殺されていたと知って、ボクサー崩れの男が復讐を誓う。裕次郎のヒット曲に着想を得た兄・慎太郎が脚本を書き、のちにスタイリッシュな演出で注目される蔵原惟繕のデビュー作にもなった。悪役・二谷英明との壮絶な格闘シーンも見所。ボクサーあがりの島木譲次(石原)は波止場近くの小さなレストランのマスターであった。彼にはブラジルに渡った兄がおり、連絡があり次第、日本を脱出してブラジルへ渡ることを夢見ていた。しかし兄はブラジルへ出発する前に日本で殺されていたのだ。恋人・早枝子(北原)の証言で、犯人はグレン隊の柴田(二谷)と確信した譲次は、単身柴田の店に乗り込み、凄まじい殴り合いの末、復讐を遂げる。
(1957)(監督)蔵原惟繕(脚本)石原慎太郎(撮影)髙村倉太郎(美術)松山崇(音楽)佐藤勝
(出演)石原裕次郎、北原三枝、小杉勇、植村謙二郎、二谷英明、波多野憲、草薙幸二郎、藤代鮎子、青木富夫
(90分・35mm・白黒)

【嵐を呼ぶ男】
1958年の正月映画として公開されるや大ヒットを記録し、裕次郎人気の沸騰を示した一篇。襲われて負傷した手をかかえて臨むドラム合戦のシーンはあまりにも有名。撮影開始の前、裕次郎は、疲労のため目に病を抱えたまま、ドラムの技術を習得したという。女流マネージャー・美弥子(北原)に見出されたドラマー・国分正一(石原)は、美弥子の厳格な指導、猛練習でメキメキと力をつけ、また、二人の間にも淡い恋心が芽生えていた。しかし作曲家志望の弟・英次(青山)が新人リサイタルに推薦されることになり、美弥子に横恋慕する評論家・左京(金子)の力が必要となる。正一は美弥子から離れる決心をしたが、左京一味の襲撃にあい右手を完全につぶされる。
(1957日活)(監督原作脚本)井上梅次(脚本)西島大(撮影)岩佐一泉(美術)中村公彦(音楽)大森盛太郎
(出演)石原裕次郎、北原三枝、青山恭二、芦川いづみ、白木マリ、岡田眞澄、金子信雄、笈田敏夫、小夜福子、髙野由美、汐見洋、安部徹
(100分・35mm・カラー)

【麻薬3号】
中毒患者の巣窟に出入りするエセ新聞の編集者(長門)が、恋人(南田)の反対も聞かず、麻薬の取り引きに深入りしてゆく。五味康祐の小説が原作だが、五味と名乗る医者くずれの小説家(河野)、そしてエセ新聞の真面目な社員(大坂)など、脇役陣も見逃せない。
(1958日活)(監督)古川卓巳(原作)五味康祐(脚本)松浦健郎(撮影)山崎善弘(美術)千葉一彦(音楽)小杉太一郎
(出演)長門裕之、南田洋子、白木マリ、河野秋武、日守新一、二本柳寛、高原駿雄、近藤宏、小林重四郎、植村謙二郎、丘野美子、西村晃
(95分・35mm・白黒)

【錆びたナイフ】
殺人事件を目撃したために、町の権力抗争に巻き込まれる3人のチンピラ。「タフガイ」のニックネームを得た裕次郎が、小林旭・宍戸錠と初の本格的な競演を果たし、その後旭はスターとして一本立ちしてゆく。ダンプカーによるチェイスの場面など、舛田利雄の豪快な演出が冴える。運輸会社社長・勝又(杉浦)が市長を殺す現場を目撃した三人のチンピラのうち、島原(宍戸)が何者かに殺された。残る橘(石原)と寺田(小林)はひっそりと暮らしていたが、寺田も銃弾に倒れる。逮捕された勝又の自殺により、事件はあっけない幕切れとなったが、橘は勝又の後ろに黒幕がいることに気づく。やくざの世界から足を洗い平凡な市民になることが念願だった橘だが、再びナイフを手にする。
(1958日活)(監督脚本)舛田利雄(原作脚本)石原慎太郎(撮影)高村倉太郎(美術)松山崇(音楽)佐藤勝
(出演)石原裕次郎、北原三枝、安井昌二、白木マリ、宍戸錠、小林旭、清水將夫、楠田薫、杉浦直樹、高原駿雄、川上信夫、天路圭子、相原巨典、弘松三郎
(90分・35mm・白黒)

【風速40米】
建築科の学生に扮した裕次郎が、ライバル会社に騙されそうになった父(宇野)の仕事を完成させるため、暴風をおしてビルの突貫工事に挑む。アクション性もあるが、経済成長下の建設ブームに乗って、産業礼賛の色彩も濃い作品になっている。北アルプスの山小屋で不良学生に襲われた今日子(北原)は、危ないところで滝 颯夫(石原)に救われ愛し合う。颯夫の父・敬次郎(宇野)は建設会社の技師長であったが、知らず知らずに会社乗っ取りの片棒をかつがされていた。颯夫は悪夢から醒めた敬次郎とともに、遅れている新ビル建設の突貫工事に取りかかった。夜半から強まった風はついに風速40米を越え、工事を続ける颯夫たちに暴徒が襲った。
(1958日活)(監督)蔵原惟繕(原作脚本)松浦健郎(撮影)横山実(美術)松山崇(音楽)佐藤勝
(出演)石原裕次郎、北原三枝、川地民夫、金子信雄、宇野重吉、山田禪二、林茂朗、深江章喜、柳瀬志郎、鴨田喜由、伊丹慶治、小泉郁之助、千葉麗子、須田喜久代
(97分・35mm・カラー)

【完全な遊戯】
石原慎太郎の短篇をもとにした、いわば最後の“太陽族”映画。競輪を悪用した詐欺、そして女性(芦川)への集団暴行という暗黒の「遊戯」にふける学生たちを、「気だるいばかりのニヒリズム」(渡辺武信)の中に描く。冷酷さを貫いた梅野泰靖の演技も強い印象を残す。
(1958日活)(監督)舛田利雄(原作)石原慎太郎(脚本)白坂依志夫(撮影)横山実(美術)坂口武玄(音楽)真鍋理一郎、河辺公一
(出演)小林旭、芦川いづみ、葉山良二、白木マリ、岡田真澄、武藤章生、柳瀬志郎、梅野泰靖、大森義夫、松下達夫、深見泰三、松本染升、髙品格、木城ゆかり、髙野由美
(93分・35mm・白黒)

【紅の翼】
急患の報を受けて、記者(中原)とともに八丈島へ血清を運ぶことになったパイロット(石原)。危険な任務であるばかりか、同乗の男(二谷)の恐ろしい素性を知ってセスナ機は危機に陥る。サスペンス調だが、裕次郎らしい明朗な空気も漂う航空映画の佳作である。
民間航空のパイロット・石田康二(石原)に、八丈島の子供が破傷風にかかり至急血清を送れという報せが来た。セスナ機には若紳士・大橋(二谷)と記者・弓江(中原)が同乗。大島上空で大橋が殺人犯とわかり、セスナ機やむなく危険な不時着をする。子供へのヒューマニズムに燃える康二は、隙をみて大橋を倒し八丈島へ向けて離陸するが、ガソリンを使い切ったセスナ機は失速状態に陥る。
(1958日活)(監督脚本)中平康(原作)菊村到(脚本)松尾昭典(撮影)山崎善弘(美術)松山崇(音楽)佐藤勝、馬渡誠一
(出演)石原裕次郎、芦川いづみ、中原早苗、二谷英明、小沢昭一、西村晃、芦田伸介、清水將夫、安部徹、清水まゆみ、峯品子
(93分・35mm・カラー)

【南國土佐を後にして】
ペギー葉山の歌う同名のヒット曲をテーマソングとした一種の歌謡映画だが、後に日活アクション黄金時代を華々しく飾る「渡り鳥」、「流れ者」としての小林旭の原型とも言える作品。家族や恋人への愛情を純粋に持ちながらも、アウトローとして生きることを余儀なくされた男の孤独が浮かび上がる。
(1958日活)(監督脚本)齋藤武市(原作脚本)川内康範(撮影)高村倉太郎(美術)佐谷晃能(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、浅丘ルリ子、ペギー葉山、中原早苗、高野由美、西村晃、二本柳寛、内田良平、河上信夫、武藤章生、小泉郁之助、弘松三郎、天草四郎
(78分・35mm・カラー)

【ギターを持った渡り鳥】
函館に流れ着いた風来坊が、地元のボス(金子)とその一味の悪巧みと戦う。18日という短期ロケで撮られたが、大ヒットしたことで「渡り鳥」はシリーズ化された。「マイトガイ」小林旭の黒い革ジャンにギターというスタイル、またライバル役・宍戸錠との対決もここに始まる。
(1959日活)(監督)齋藤武市(原作)小川英(脚本)山崎巖、原健太郎(撮影)髙村倉太郎(美術)坂口武玄(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、浅丘ルリ子、中原早苗、渡辺美佐子、金子信雄、青山恭二、宍戸錠、白木マリ、二本柳寛、木浦佑三、鈴木三右衛門、神戸瓢介、片桐恒男、青木富夫、弘松三郎
(77分・35mm・カラー)

【拳銃無頼帖 抜き射ちの竜】
抜き射ちを得意としながらも麻薬に蝕まれていた竜(赤木)は、麻薬取引を行う組織の中国人ボスに救われ、その用心棒として銃撃戦で腕をふるうこととなる。赤木圭一郎に日活“第三の男”のイメージを定着させた傑作で、本作の成功により、これに続く3作の「拳銃無頼帖」シリーズが作られた。
(1960日活)(監督)野口博志(原作)城戸礼(脚本)山崎巌(撮影)永塚一栄(美術)大鶴泰弘(音楽)山本直純
(出演)赤木圭一郎、宍戸錠、浅丘ルリ子、香月美奈子、沢本忠雄、草薙幸二郎、菅井一郎、西村晃、二本柳寛、高品格、藤村有弘、黒田剛、長弘、天草四郎
(85分・35mm・カラー)

【海から来た流れ者】
「流れ者」シリーズの第1作。土建業者どうしが対立を見せる伊豆大島に降り立った主人公(小林)は、彼らの争いに巻き込まれる。そして悪玉組織の計画を探るべく、組織内部に潜り込むことに。宍戸錠の徹底した悪者ぶりは特に見物。
(1960日活)(監督)山崎徳次郎(原作)原健三郎(脚本)山崎巌、大川久男(撮影)姫田真佐久(美術)中村公彦(音)大森盛太郎
(出演)小林旭、葉山良二、川地民夫、浅丘ルリ子、筑波久子、二本柳寛、宍戸錠、深見泰三、木浦佑三、弘松三郎、木島一郎、渡井喜久雄、白井鋭、荒井岩衛
(82分・35mm・カラー)

【東京の暴れん坊】
コメディの要素たっぷりで人気を博した「暴れん坊」シリーズの第1作。ここでは、小林旭が元レスリング選手でパリ帰りのフランス料理の名人として登場する。彼の料理屋と彼の通う銭湯での騒ぎが、政界の大御所(小川)の手助けとともに解決されてゆく。
(1960日活)(監督)斎藤武市(原作)松浦健郎(脚本)石郷岡豪(撮影)高村倉太郎(美術)中村公彦(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、浅丘ルリ子、近藤宏、小川虎之助、小園蓉子、中原早苗、相原巨典、三島雅夫、十朱久雄、藤村有弘、小沢昭一、内田良平
(79分・35mm・カラー)

【大草原の渡り鳥】
「渡り鳥」シリーズの第6作。舞台である北海道摩周湖付近の広大な自然や荒野を走る馬のシーンは、このシリーズに“西部劇らしさ”を与えることとなった。そのため、アイヌ問題に触れる内容を持ちながらも、現実離れした虚構の世界が現出する。
(1960日活)(監督)齋藤武市(原作)原健三郎(脚本)山崎巖(撮影)高村倉太郎(美術)坂口武玄(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、宍戸錠、浅丘ルリ子、白木マリ、南田洋子、木浦佑三、佐々木孝丸、江木俊夫、金子信雄、弘松三郎、垂水悟郎、高田保、黒田剛
(83分・35mm・カラー)

【闘牛に賭ける男】
闘牛興行の来日を手がけることになった新聞社員(石原)が、度重なるトラブルに抗して闘牛興行にこぎつける物語を、大がかりなスペイン・ロケで描く。回想シーンが技巧的に使われたが、当時の日活社内ではそれが問題視され、一時回想シーンがタブーになったという。財閥の娘・冴子(北原)は、スペイン料理店で闘牛の招へいに失敗した新聞社の事業部員・北見 徹(石原)に会い、惹かれるものを感じた。冴子と北見は婚約したが、北見の新事業は失敗し、彼は闘牛に命を賭けるため冴子のもとを去る。北見は興行界の大立者ガリエゴを追い続け、胃を冒され、血を吐いて倒れた。ガリエゴの心も溶け北見の夢も叶う時、冴子は一人アメリカへと旅立っていった。
(1960日活)(監督脚本)舛田利雄(脚本)山田信夫(撮影)山崎善弘(美術)木村威夫、横尾嘉良(音楽)佐藤勝
(出演)北原三枝、二谷英明、石原裕次郎、エリス・モンテス、アントニオ・ベラ、マリア・カルメン、トニー・ミハリヤス、アルフォンソ・ロハス、芦田伸介、安部徹、高原駿雄、三津田健
(93分・35mm・カラー)

【俺の故郷は大西部(ウェスタン)】
裕次郎・旭・圭一郎とともに「ダイヤモンド・ライン」を形成した和田浩治の主演作で、本作の発表当時まだ16歳。その幼さを活かしてコミカルな路線で活躍、西部劇のパロディとなった本作は「日活アクションの虚構性と遊戯精神ここに極まれり」(渡辺武信)とも評された。
(1960日活)(監督)西河克己(原作)野村耕三(脚本)山崎巌(撮影)伊佐山三郎(美術)佐谷晃能(音楽)池田正義
(出演)和田浩治、清水まゆみ、東野英治郎、浜村純、杉山俊夫、殿山泰司、E・H・エリック、近藤宏、青木富夫、矢頭健男、榎木兵衛、シェーブ・ワイアット
(63分・35mm・カラー)

【紅の拳銃】
「トニー」の愛称で親しまれた赤木圭一郎の遺作。殺しの腕を見込まれ、殺し屋になった男(赤木)だが、わけあって初仕事の殺しさえ回避する。それがもとで、その殺しを依頼した麻薬組織と闘うことになる。赤木と拳銃の相性の良さが改めて確認できる作品。
(1961日活)(監督)牛原陽一(原作)田村泰次郎(脚本)松浦健郎(撮影)姫田眞佐久(美術)木村威夫(音楽)小杉太一郎
(出演)赤木圭一郎、白木マリ、笹森礼子、芦田伸介、藤村有弘、垂水悟郎、小沢栄太郎、小沢昭一、吉行和子、草薙幸二郎、深江章喜、浜村純
(86分・35mm・カラー)

【ろくでなし稼業】
初の宍戸錠主演作品。それまで主役の敵となる悪者役を演じてきた宍戸は、風来坊らしさが求められる本作の主人公も不自然なくこなしている。また、宍戸の相棒役の二谷のコミカルさも、作品全体に軽快なテンポを与え、この作品に必要不可欠なものとなっている。
(1961日活)(監督)斎藤武市(脚本)山内亮一、槙瓢兵(撮影)高村倉太郎(美術)坂口武玄(音楽)小杉太一郎
(出演)宍戸錠、二谷英明、金子信雄、小沢栄太郎、南田洋子、吉永小百合、山田禅二、沢本忠雄、弘松三郎、土方弘、待田京介、衣笠力矢
(82分・35mm・カラー)

【有難や節 あヽ有難や有難や】
ナンセンスな詞で知られる守屋浩のヒット曲をもとにしたもので、守屋やかまやつひろしが歌を披露する歌謡映画でもある。ギャグの多くもナンセンスで、作曲家の浜口庫之助が何の脈絡もなく昭和天皇そっくりの姿で登場するショットは、ファンの間でも有名。
(1961日活)(監督)西河克己(原作)野村耕三(脚本)山崎巌(撮影)岩佐一泉(美術)佐谷晃能(音楽出演)浜口庫之助
(出演)和田浩治、清水まゆみ、守屋浩、大坂志郎、森川信、吉永小百合、星ナオミ、内田良平、田中明夫、山内明、近藤宏、高品格
(67分・35mm・カラー)

【ろくでなし野郎】
数少ない二谷英明主演作品の一つ。イタリア帰りと自称する神父(二谷)は治安改善のため、できて間もない工場町にやって来るが、その町ではすでに奇妙な事件が起きていた。日本の風景をバックに黒い法衣がはためき、周囲の世界を超越したヒーロー像が浮かび上がる。
(1961日活)(監督)松尾昭典(原作)野口泰彦(脚本)星川清司(撮影)山崎善弘(美術)中村公彦(音楽)鏑木創
(出演)二谷英明、芦川いづみ、長門裕之、中原早苗、安部徹、郷鍈治、南風洋子、芦田伸介、山田禅二、初井言栄、森塚敏、市村博、宮田秀明
(77分・35mm・カラー)

【アラブの嵐】
中近東を舞台とする海外ロケ作品の一つで、エジプトの風景もまたストーリーの展開をダイナミックに演出している。その一方で、しばしば日活アクションに見られる自己探究、自己鍛錬の場として旅というテーマは、本作においても貫かれている。
祖父の遺言に従って外国行きを決意した宗方真太郎(石原)は、旅客機の中で、エジプトで行方不明になった両親を探すという、ゆり子(芦川)と知り合う。ベイルートの空港でアラブ人に鞄をすりかえられたことに気付かない真太郎はゆり子と共にカイロに向った。そこで様々な危険に襲われ、帝国主義者とナショナリストの抗争を目のあたりにし、ようやく自分が運動の渦中に捲き込まれたことを知った。
(1961日活)(監督脚本)中平康(脚本)山田信夫(撮影)山崎善弘(美術)松山崇(音楽)黛敏郎
(出演)石原裕次郎、芦川いづみ、小髙裕二、葉山良二、シャディア、三津田健、井上昭文、カマルエル・シェナウイ、ハッサン・ユーシェフ、浜田寅彦、南寿美子、山岡久乃、田中明夫、マハムド・エム・リゼーリ、伊藤寿章、浜村純
(91分・35mm・カラー)

【人間狩り】
裕次郎映画でも定評のある松尾昭典監督の作品で、アクション映画というよりは刑事物のジャンルに分類されよう。冷酷な刑事と自他ともに認めながら、時効間際の犯人の逮捕をためらう辣腕の刑事役・長門裕之の好演が光る。
(1962日活)(監督)松尾昭典(脚本)星川清司(撮影)岩佐一泉(美術)中村公彦(音楽)鏑木創
(出演)長門裕之、中原早苗、大坂志郎、渡辺美佐子、北林谷栄、菅井一郎、梅野泰靖、小沢栄太郎、髙野由美、山岡久乃、髙山秀雄、伊藤孝雄、下元勉、神山繁
(89分・35mm・白黒)

【憎いあンちくしょう】
純愛とは何かを探し求めて東京から九州までジープを飛ばす人気芸能人(石原)と、それを追ってゆくマネージャー兼恋人(浅丘)が展開するロードムービー。爽快なラブストーリーではあるが、偽りや罠でいっぱいのテレビやラジオと「真実」を伝える映画という映画優位の構図も示唆する意欲作。マスコミの人気タレント・北大作(石原)は、スケジュールに追われる日々に倦怠している。恋人兼マネージャーの典子(浅丘)との間にも、かつての情熱は感じられなくなっていた。そんな時、九州の片田舎と東京に離れて住んでいる男女の純愛を成就させるために、大作はスケジュールを放り出し九州までジープを飛ばす。典子は愛する大作の突飛な行動を正当化し、話題の焦点にしようと一芝居打つ。
(1962日活)(監督)蔵原惟繕(脚本)山田信夫(撮影)間宮義雄、岩佐一泉(美術)千葉和彦(音楽出演)黛敏郎
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、長門裕之、芦川いづみ、川地民夫、小池朝雄、草薙幸二郎、佐野浅夫、髙品格、山田禪二、浅丘恵介
(105分・35mm・カラー)

【花と竜】
日活における任侠アクションの先駆けとなった作品で、裕次郎主演作品では数少ない時代物でもある。原作は火野葦平の「花と龍」で、明治末期の九州・若松港で荷役を支配する玉井金五郎の人生を描いたものだが、本作は日活アクション特有の若者の威勢の良さやアクション・シーンが強調された。明治三十年代、大陸を相手に景気が出始めた頃、北九州の門司港へやって来た玉井金五郎(石原)は野望に燃えていた。浜尾組の仲仕となって働くようになった金五郎は次第に頭角を現していったが、いざこざを起こし、女仲仕・マン(浅丘)と共に若松の永田組に落ち着いた。そこで親分の代りに組の采配を振るうようになり、永田の引退を機に玉井組が誕生したが、対立する友田組から果し状が舞い込んだ。
(1962日活)(監督)舛田利雄(原作)火野葦平(脚本)井手雅人(撮影)山崎善弘(美術)松山崇(音楽)伊部晴美
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、岩崎加根子、白木マリ、大坂志郎、桂小金治、葉山良二、芦田伸介、垂水悟郎、髙品格、井上昭文、富田仲次郎、髙橋とよ
(109分・35mm・カラー)
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-22 15:13 | 映画 | Comments(94)

女性No.1

僕にとっては、少しまとまった休暇だったので、録り貯めていた「仁義なき戦い」のシリーズを最初から完結篇まで通して見てしまいました。

いままで「ぶつ切り」状態でバラバラに見ていて気が付かなかったことが、いろいろ分かりました。

例えば、事態を混乱させた主要因が山守のオヤジの老獪さにあったとしても、さらにそれを複雑にしたのは、広能が敵対する組の幹部(「旧友」ですが)と広く交友関係を結んでいたことにあったことが改めて分かりました。

以前の印象では、親分・山守とソリの合わない大幹部・広能が、次第に状況が険悪になっていくにつれ、自分の身の安全をはかるために密かに敵対勢力と手を結んだことで誘発された内紛の物語だとモロに考えていたのですが、むしろ、戦後すぐの焼け跡闇市の混乱期に共に青春を過ごしてきた若者たちが、それぞれチカラをつけていく過程で、たまたま敵対する組織に属したことで、否応なく対立抗争に巻き込まれてしまう物語の大前提として、絶えず「出会い」の原点から目を離さないようにしておかないと、広能もまた打本と同じように自分の立場を有利にするために敵対する勢力と密かに打算的な関係を築いたことと、なんら区別が付かなくなってしまうことに気が付きました。

その辺の微妙な部分が、もしかすると「広能」ばかりが「イイ子」に描かれてしまっているという印象を与えたひとつの理由となったのかもしれません。

しかし、いま改めてこの作品を見てみると、まるで神話のような荘厳な物語なのだなあと感動を禁じ得ませんでした。

こう書いてきて、この一文のタイトルが「仁義なき戦い」ではなく、「女性No.1」となっていることに疑問を持たれてしまうかもしれませんね。

実は「仁義なき戦い」を5本(仁義なき戦い、広島死闘篇、代理戦争、頂上作戦、完結篇)立て続けに見た後で、まだ少し時間があったので手近にあったジョージ・スティーヴンス監督の1942年度作品「女性No.1」という作品を何の気なしに見てしまったのですが、これがまたとんでもない映画でした。

折角見た「仁義なき戦い」の感動を台無しにされてしまった苛立たしさ(「感想」を書くとなれば、褒めるよりコキ下ろす方がナンボか楽しいのですが)をバネにして「女性No.1」を書き始める前に、ひとまず「仁義なき戦い」の所感を書かずにいられなかったというわけなのです。

この「女性No.1」を見たのは至極シンプルな理由からでした、ハリウッドのベストカップルといわれたキャサリン・ヘップバーンとスペンサー・トレーシーの初共演作というこの作品を、僕が未見だったからです。

しかし、その内容は、せっかく通して見ることのできた「仁義なき戦い」の感動をことごとく汚されてしまったような、すこぶる俗悪な映画でした。

内容は、ごく普通の恋愛映画です。

同じ新聞社でコラムニストとして働く男女(キャサリン・ヘップバーンとスペンサー・トレーシー)がお互いに興味を抱いて接近し、デートを重ねて結婚に至ります。

しかし、バリバリのキャリア・ウーマンであり続ける妻に失望した男は「結婚とは、こんなものじゃない」と別れを切り出します。

しかし、彼女が専業主婦になれないことくらい最初から分かっていたことではないか、という気もします。結婚するまえにそういうことは、ちゃんと彼女に伝えておくべきことだろうとも思います。

まあ、とにかく「ひどい」のは、ここから強引にハッピーエンドに持ち込んでいく終息のラストです。

親の結婚式に列席し、「結婚のなんたるか」を話す牧師のスピーチを聞いて彼女は結婚の意味に目覚め、男の愛を取り戻すべく彼の家に押しかけます。

そして、男が寝ているあいだに彼の好きな料理を苦労して作り始めますが、ことごとく失敗、それを見ていた男は、「こんなに駄目な君を見たのは初めてだ。」と言って彼女を許します。

彼女は泣きながら彼の寛容さに感謝するというラストです。

この映画の前半部分にも、男たちの会話に「女の可愛らしさは、無知なところにあるのだ」という意味のセリフがあるくらいですから、いわばこの映画の主張は、終始一貫しているといってもいいでしょう。

無知で馬鹿な女ならば、愛されもするし尊敬もされる。

少なくとも、そのような振りをしなければ、あの国では、なかなか女性が自立した評価を受けるということが、どうも困難らしいのです。

あの国が培ってきた「レディ・ファースト」って一体なんなんだ、という気がしてきました。

おとなしい「家畜」で満足できる女性ならば、きっと居心地もよかったということなのかもしれませんね。

(42アメリカ)監督:ジョージ・スティーヴンス、製作・ジョセフ・L・マンキーウィッツ、脚本・リング・ラードナー・ジュニア、マイケル・カニン、撮影・ジョセフ・ルッテンバーグ、音楽・フランツ・ワックスマ
出演・スペンサー・トレイシー、キャサリン・ヘプバーン、フェイ・ベインター、レジナルド・オーウェン、マイナー・ワトソン、ウィリアム・ベンディックス、グラディス・ブレイク、ダン・トゥバイン、ロスコー・カーンス
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-18 21:56 | 映画 | Comments(0)

青べか物語

この川島雄三作品「青べか物語」を初めて見たとき、本当に物凄い衝撃を受けて、もし、黒澤明の「どですかでん」より以前にこの作品「青べか物語」を見ていたら、はたして黒澤作品をあんなふうに手放しで賞賛したり評価することができただろうか、と少し不安な気持ちになったことを覚えています。

確かに、この川島雄三作品は、僕にとって虚を突かれたような衝撃作でした。

あの黒澤明作品のヒューマニズムに満たされ、目の覚めるような色彩に溢れ、美しくデフォルメされた汚濁の聖化ともいうべき倒錯した貧民窟とか、そこで暮らす人々の生真面目さなどは、どう贔屓目に見ても貧民窟に住む人々のリアルとは程遠いものと感じられてなりませんでした。

身なりだけはいかにもみすぼらしく装っていても、しかしそれは貸衣装をむりやり着込んで「それっぽく」見せかけているだけで、どの人物も中身はただの思慮深いインテリにすぎないような、つまり、日々の暮らしに追われまくる庶民があんなふうに深刻ぶって日々生きていけるわけがないという気がずっとしていました。

「貧民窟」や、そこで生きる人々を素材にして、黒澤明が破格の映像作家としての自身のモチーフを前面に押し出しながら、もっと別の崇高な「なにもの」かを描こうとしている姿勢に対する疑問というか、反撥を感じたのかもしれません。

天才監督が「自分の作品を作る」のですから、それはごく当たり前のことなのですが、川島作品「青べか物語」を見たとき、社会の底辺で虫けらのように生きる明日の展望を失った庶民が、その絶望的な境遇のなかで、乱痴気騒ぎ・馬鹿騒ぎの狂騒に明け暮れながら嬉々として生きる(振りをする)失意を真っ向から描こうとした川島雄三の姿勢の誠実さに少し感動したのだと思います。

絶望的な生を酒で煽り立て、あるいは紛らわし、刹那的な「性」にのめり込んで疾駆していくしかない庶民の負の情熱、それを「生き急ぐ」といえばいいのか、「自暴自棄」というべきなのかはわかりませんが、「愛のコリーダ」によって描かれた自らを閉ざし破滅に向かって内向する人間の絶望の表出は、たぶん黒澤作品の方法では、きっと・そして・決して、描き得ないと考えていた僕に、この引きつったような絶望的な馬鹿笑いの狂騒に終始する「青べか物語」は、この疑問にぴったりと照準を合わせるかのように明確に答えてくれた作品でした。

狡猾で、したたかで、小ずるくて、本能のままに放埓に「生きる」ことに悩んだことなどさらさらない、人間なんかもったいない、なにかイカガワシイ動物にでも喩えたくなるような、図太くて、鈍く、貪欲そうに見えて、その実繊細なところもないわけではない、なんとも複雑な人々なのです。

それは、役者たちをそれぞれ自由に、そして縦横に動かしながら、目指す一点(リアリティ溢れる庶民の強烈な生活臭の発散)をタガエることなく照射して川島雄三演出の力量をイカンナク示し、すべての俳優たちから、それぞれ生涯最高の演技を引き出すことに繋がっているといってもいいと考えています。

よそ者の弱みに付け込んでボロ船を売りつけ、さらに酒・煙草をたかりまくる厚顔なスケベ爺じいを演じた東野英治郎の見事な演技は、豊田四郎の「雁」の因業な金貸しに匹敵するものといえるでしょうし、過剰な情念に生きる底辺の女娼を演じた左幸子の演技は、「飢餓海峡」の杉戸八重と並び称してもいいと思いました。

そうした中で僕のもっとも好きなシーンは、最初の花嫁に逃げられ不能の汚名をきて街の笑い者になった五郎=フランキー堺が、2人目の花嫁(池内淳子)を迎えたその初夜の場面、恥らいながらも花嫁は初夜を迎える身支度をしている傍らで、早く床入りしたくてうずうずしている五郎がびったりとくっついて待っています。

好色そうに彼女の肢体をなめまわすように見つめる五郎と、恥じらいながらもそうされていることがまんざらでもない花嫁、この場面はもうほとんど「前戯」です。こういう鮮烈なエロスを婉曲に描く力量が、かつての日本映画にはしっかりとあったのだと実感しました。

しかし、これだけ感動できた「青べか物語」のはずですが、このふたつの作品を見たときから長い時間が経ったいま、各シーンをくっきりと思い出すことができるのは、残念ながら「どですかでん」の方なのが、とても不思議です。

あのリアリティはなんだったのだろう、という疑問が湧いてきました。

もしかしたら、その理由は、森繁久弥の描き方にあったのかもしれません。

庶民の破天荒な活力の前で、ただたじたじと怖気漬いているしかない彼は、終始「部外者」でしかなく、結局この土地から独りそそくさと立ち去ることになる場面に、そういう視点で描かなければならなかったこの映画の限界が明かされていたのかもしれません。

庶民に限りない愛情と理解を示しながらも、しかし、一度として彼自身は「庶民」ではなかった男、あの逞しく人生を生き抜く活力を持ち合わせておらず人生の半ばにしてこの世からの退場を余儀なくされた男・川島雄三の姿が、あのラストにかぶさりました。

(62東映)製作・椎野英之 佐藤一郎、監督・川島雄三、監督助手・山本邦彦、脚本・新藤兼人、原作・山本周五郎、撮影・岡崎宏三、音楽・池野成、美術・小島基司、録音・原島俊男、整音・西尾昇、照明・榊原庸介、スチール・橋本愈、製作主任・大久保欣四郎、
出演・森繁久弥、東野英治郎、南弘子、丹阿弥谷津子、左幸子、紅美恵子、富永美沙子、都家かつ江、フランキー堺、千石規子、中村メイ子、池内淳子、加藤武、中村是好、市原悦子、桂小金治、山茶花究、乙羽信子、園井啓介、左ト全、井川比左志、東野英心、矢野間啓治、小池朝雄、名古屋章、立原博、丘寵児、中原成男、田辺元、竹田昭二、旭ルリ、岩倉高子、桜井浩子
1962.06.28、8巻 2,755m 101分 カラー 東宝スコープ
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-15 15:47 | 映画 | Comments(1)

ドライバー

従来から役所に納品があるときは、いつも馴染みの運送会社に2トン車と運転手さんの手配をお願いしています。

なにせ相手が小うるさい役所なので、万事勝手の分かった機転の利く運転手さんでないと、咄嗟のときなど困る場合もあるので、当方としては、なるべく同じ人をお願いしていました。

もう随分前のことです、やはり役所に納品する品物があって、さっそく運送会社にいつもの運転手さんをお願いしたところ、その人は数日前から、風邪で高熱をだしてダウンしているとのことで、代わりの運転手でいいかと社長からの連絡がありました。

当方としては、事情の分かった人がベストなのですが、そこは致し方ありません。その方にお願いしました。

ドライバーが入り口の警備員と顔見知りなら、なんということもなく通過できるのですが、新顔の運転手となると、改めて通門の手続きが必要になります。

これが結構厄介なのです。

車種名、車両番号、積荷、そして運転手名をあらかじめ会計課に届けておかなければ、門を通ることができませんので、運送会社の社長にそれらの事項を記載したリストの送信を早急にお願いしました。

送られてきたそのリストのドライバーの名前欄には、「知念○○」と書かれていました。

いまなら芸能人にも同じ姓の人がいるので珍しい感じは受けないでしようが、当時はきっと珍しかったのだと思います。

僕のところに書類を持ってきた庶務課の女の子も同じような感想を言っていました。

初対面のときの印象も、物凄く強烈でした。

ぶっきらぼうで見るからに猛々しいコワモテの山男という感じで、「人を逸らさない」といわれているくらい世慣れたすれっからしの僕でさえ少し引いてしまうほどでした。

無口なぶんだけ、怖い感じを受けました。

大切な取引先である役所の収めに行って貰って大丈夫か・・・という懸念がまず起こりました。

しかし、いまさら運送会社にドライバーの変更を申し入れることなど、時間的にも余裕がありません。

だいたい、そんなことをしたら「知念さん」にも失礼です。

いつもなら、営業の若いものを同乗させて納品に立ち会わせるのですが、そのときは僕が同乗させてもらうことにしました。

正直「見届け人」みたいな気持ちでした。

しかし、その懸念は、納めの作業を誠実に黙々とこなす彼の姿を見て、瞬く間に払拭されました。

ドライバーによっては、運ぶのが自分の仕事で、荷の積み下ろしまでは積極的に遣りたがらない人が多いものです。

荷降しの主体は、納める「営業さん」の仕事だろうという感じを前面に出してきて、「お手伝い」の立場を堅持するという人が殆どだということを、若い営業マンからもよく聞いてしました。

知念さんはそうではありません、立会いのお役人さんには愛想は悪いのですが、重い荷物を骨惜しみせずに率先して運ぶ姿に、僕もなんとなく感動してしまいました。

帰りの自動車のなかで知念さんから「最初に断られると思っていました」と唐突なお礼を言われました。

「私はこんなふうに無愛想なので、いい印象を与えることができず、仕事する前に断られることがたびたびあって、働かしてくれるだけでとても有難いのです、感謝しています」というのです。

僕は知念さんの横顔をまじまじと見てしまいました。

相変わらず物凄く怖い横顔です。

しかし、それは見ようによっては、その「顔」のために人から拒まれ続けて、すっかり臆病になってしまった怯えと緊張の表情なのかもしれないなと思えてきました。

そのとき微かに持った「好感」が、決して間違っていなかったことが、いまでも一手にウチの納めを引き受けてくれている10年にも及ぶお付き合いで証明されたと思っています。

今日も知念さんは、荷物を受け取りに元気よく「こんにちは!!」と当社に現れます。

知念さんの挨拶に答えて僕が言います。「これ知念、わしの蜜を舐めたであろう。」

すると、知念さんは答えます。「いえ、真ん中を通ってまいりました。」
[PR]
by sentence2307 | 2006-07-08 10:15 | 映画 | Comments(1)