世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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<   2007年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

母を恋はずや

この作品「母を恋はずや」を見ながら、数々の小津作品のラスト・シーンの締め括り方がどんなだったか、ふと考えてみたくなりました。

もとより、どの作品も希望に満ちた晴れ晴れしい未来を暗示したような終わり方をしているものなどあるはずはないとは思っていますが。

現実に対する失意を味わいながら、明日もまた同じように希望のない日々が繰り返されるにすぎず、それをただじっと耐えて生きていくしかない日常生活者の遣り切れなさのピークにおいて、物語がふいに途切れて終わる感じのものが多いだろうなという気がします。

そして、もし僕のこの先入観がさほど誤っていなければ、この作品「母を恋はずや」は、現代に生きる僕たちにとって、きっと象徴的な作品になるのだろうなと思っています。

この作品は、出だしの1巻目と最終の9巻目とが失われている作品です。

多分、映画に限ったことではないかもしれませんが、作る側が最も工夫し苦労するところは、ファースト・シーンと、ラスト・シーンだとよく言われるのは、つまり、ファースト・シーンにおいては、おおまかな状況説明と、複雑な人間関係を要領よく簡潔に描くという役割を担わされており、また、ラスト・シーンでは、混迷した物語を整然と収束させ、混乱をきたしている観客に明快な答えを授けて、一挙にカタルシスを与えるという重要な役割が与えられているからだろうと思います。

しかし、この小津作品「母を恋はずや」は、前述のとおり全9巻のうち、最初と最後の1巻ずつに欠落を来たしているという、いわば「物語」の在り方としては致命的な欠陥のある作品です。

作品の命といわれる最初(導入部)と最後(収束部)の重要な部分が、こんなふうに欠落している不完全な状況にあって、それでも作品をどうのこうのと論じることに、なにほどの意味があるのか、いや、そもそもこの映画を論じること自体許されるのかという思いが、長い間僕にはありました。

例えば、僕たちは、この映画を、小学校の教室で授業を受けている子供たちに教師が父親の異変を知らせる場面から見始めるわけですが、しかし、見ることの出来ないその直前の第1巻には、シナリオによれば、父親が子供たちに次の休日に家族で七里ガ浜に遊びにいこうと約束している幸福な場面が描かれています。

2巻目以降で執拗に描かれるこの家族の過酷な家庭崩壊が、もし、「父親との幸福な記憶」なしに描かれたとしたら、家族の求心力が失われたもっと悲惨な惨憺たる物語になっていただろうと思います。

息子を傷つけまいとして出生の秘密を頑なに隠し通していた母親や、母が実の母親ではなかったことを知り、心を閉ざし絶望の泥沼でのた打ち回る兄、そして、母と兄の確執の本当の理由を知らされないまま目の前で兄がオカシクなっていく不可解な家族の崩壊に苛立つ弟のその誰もが、崩壊のもう片方で、この崩れかけた「家庭」をどうにか修復させたいと切望する強い思いが(暗示的にではあっても)描き得ることができたのは、その「父親との幸福な記憶」が観客の脳裏にあったからに違いありません。

しかし、残念ながら、現在僕たちが見ることのできる小津安二郎作品「母を恋はずや」は、あるべき「父親との幸福な記憶」という前提を欠いたうえで、さらに、家族がひとつ屋根の下で平穏な暮らしを取り戻すという結末さえも欠いた「母を恋はずや」です。

僕たちが見ることができる「母を恋はずや」は、父親との幸福な記憶もないまま、突然父の死を告げられ、母との和解もできずに家へも帰れず、絶望をいつまでもひきずりながら、怪しげな酒場で飲んだくれ打ちひしがれている失意の息子の物語でしかなく、小津が描いたあの幸福な家族の物語などでは決してないのです。

これは、きっと何かの象徴なのだと思いました。

僕たちが現在見ることのできるこの作品の最後のシーンは、実に救いようのない場面で途切れています。

掃除婦の老婆との会話(木の股から生まれてきたんじゃあるまいし、親は泣かせるもんじゃありませんよ)があり、老婆と入れ違いに曖昧宿の女・光子が口をもぐもぐさせながらサンドウィッチを皿にのせて入ってきます。

ゴロリと横になって思いに沈んでいる貞夫は、身じろぎもしません。

「どうしたのさ」という感じで光子は貞夫を見、ふっと「オヤ」という顔をします。

場面はここで、ふいに途切れます。

僕たちにとって貞夫は、光子の顔のアップの「オヤ」という表情に暗示的に封印された「ゴロリと横を向いていつまでも思いに沈んでいる貞夫」でしかないのです。

僕たちの見ることのできる「貞夫」は、残念ながら(失われたフィルムが発見されない限り永遠に)、幸福な記憶を取り戻すことも、母親のもとへ帰ることもできない息子です。

いわば、この世界のあらゆる和解から見捨てられた息子なのかもしれません。

幸せな記憶も失い、家族の修復を果たすこともできないこの幸福な結末を失った「母を恋はずや」しか持つことのできない現代の僕たちこそ、「いわば、小津に見捨てられた息子たち」なのかもしれませんね。

この撮影台本の表紙には、「東京暮色Ⅰ」というサブタイトルがつけられているそうです。

比較して考えてみたい誘惑を感じてしまいます。

(34松竹蒲田)(監督)小津安二郎(原作)小宮周太郎(脚色)池田忠雄(撮影)青木勇(構成)野田高梧(脚色補助)荒田正雄
(出演)岩田祐吉、吉川満子、大日方傳、三井秀男、奈良眞養、青木しのぶ、光川京子、笠智衆、逢初夢子、松井潤子、飯田蝶子、加藤清一、野村秋生
1934.05.11 帝国館 9巻 2,559m 白黒 無声 72分・35mm・不完全
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by sentence2307 | 2007-05-31 23:31 | 映画 | Comments(97)

ニライカナイからの手紙

僕とても、涙腺を刺激され、少しウルウルしてしまったことは、まぎれもない事実です。

ラストの「これでもか、これでもか」という押し付けがましい「感動的」な場面を畳み掛けられ、押し切られ、誰かと一緒にこの映画を見ていたら(可愛い子だったらなおさら)、「いい映画だったよね」くらいは、きっと言ってしまったかもしれません。

しかし、ある程度時間が経過し冷静になってみると、はたして自分がこの作品の「なに」に感動したのか、はっきりとは思い出せないような軽い錯乱状態にいることに気がつきました。

実は、そんなことなど、つい最近まで気にもとめていなかったのでしたが。

とにかく「感動」したのだから、それだけで十分、「結果オーライ」というところだったのだろうと思います。

しかし、ある日の会社の昼休みに、女の子たちの賑やかな会話のなかで「この映画、とっても良かったわ。感動しちゃった。」という言葉の断片を漏れ聞いたとき、とっさに彼女たちの話に割り込んで「じゃあ、君たちが、母親からこんなふうにされたらどうする」と聞いてみたい衝動に駆られ、そのとき、はじめて僕自身がいったいこの作品の「なに」に感動したのか、気がついていなかったことに「気が付いた」のでした。

これは、一言でいうなら、善意からの嘘を肯定的に描いた映画です。

幼い娘をこの世に残したまま死んでいかねばならない若き母の悔しさと悲しみと焦燥と、そしてなによりも親として娘の成長を見守って上げられない自分自身に対する憤りと憐れみのなかから、母親は娘には自分の死の事実を隠して(あたかも生き続けているかのように)用意された手紙を、彼女が成人するまで(20歳になれば、すべてを話すという意味深な条件がついています)、毎年の誕生日にその年代にふさわしい手紙を送り続けるという物語です(そこには、東京の特定郵便局の協力がありました)。

しかも、祖父は、うってつけのような、すこぶる無愛想な郵便配達のプロです。

毎年渋谷局の消印で送り届けられてくるその手紙によって、東京の母に会いたいという娘の思いは一層募り、やがていたたまれなくなった彼女は20歳を待たずに、写真の勉強という口実をつけて東京に出ていきます。

しかし、東京での写真のアシスタントの仕事は厳しく、さらに都会で孤独な生活を強いられるうちに、いつしかカメラを持つことさえ忘れてしまうそんな危機的状況にあるとき、再びその意欲を取り戻させてくれたのが、同郷の幼馴染との再会、そして母親に会うまでに立派な写真を撮りたいという思いでした。

彼女が20歳になったその日、母親との再会の場所に現れた祖父に言います「おっ母に会えると思ったから、この写真が撮れたんだ」と。

彼女にとって東京がよそよそしくて冷たいだけの場所であるように、写真への情熱も、もし「母親」の介在がなければ、どうなるのだろうという割り切れない不安が、この作品を見ている間中僕は抱き続けていました。

いつかはその厳しい現実に直面しなければならない事実を前にして、「生き続けている母」によって先延ばしされたにすぎないその猶予は、娘にとっては、現実から目を逸らし、早急に必要だった自立をはばむものでしかなかったのではないか、という思いでした。

彼女の母親は、自分もまた母親を早く亡くしたために、もし母が生きていてくれたら、こんな言葉をかけてほしかったという「言葉」を、自分の娘への手紙に託しています。

この世に愛する子供を残して、死んでゆかねばならない母親の、いたたまれないような無念の気持ちから発せられた切ない言葉です。

その言葉が人を感動させないわけがありません。

しかし、この娘にとって、残酷でも、そしてつらくとも母の死を「あの時」知らされていたら、どうだったのだろうと、ふと考えてしまいました。

ふるさとの人々の好意や善意に対して、もっと素直に、もっとありがたいものとして受け入れることができ、そしてそういう中で強い心を育て上げ、もっと別なかたちで人間的な成長を遂げられた可能性もあったのではないかと思います。

ただ自分自身を痛みつけただけの東京行きも、あるいは回避できたかもしれません。

もちろん、同じだけの逆の可能性もあったでしょうが。

もし、たとえばこれが「僕」だったら、この母親と祖父の企みを知ったとき、どうするだろうと考えたとき、この手紙に書いてあることを素直に受け入れられるかどうか自信がありません。

思いはどうあれ、自分の考えを押し付けて、大切な事実をひた隠しに隠し、こんなかたちで先送りをした母と、自分に対して日常的に嘘をつき続けて、ある意味裏切り続けてきた祖父のことを、複雑な思いをもってまずは考えずにはおられないだろうなと思いました。

(2005) 監督脚本・熊澤尚人、プロデューサー・竹之内崇、脇坂嘉紀、三木裕明、エグゼクティブプロデューサー・井筒雅博、撮影・藤井昌之、美術・花谷秀文、編集・山中貴夫 、音楽・中西長谷雄、主題歌・永山尚太『太陽(てぃだ)ぬ花』、主題歌プロデュース・織田哲郎、録音・古谷正志、助監督・橋本光二郎
配役・蒼井優、平良進、南果歩、金井勇太、かわい瞳、比嘉愛未、斎藤歩、前田吟、
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by sentence2307 | 2007-05-26 22:33 | 映画 | Comments(20)

勝手にしやがれ

僕の部屋には収納場所というものが全然ないので、読み終えた本は、生活空間を確保するという必要から、(本に限らず嵩張るものは、ですが)ことごとく片っ端からどんどん処分することにしています。

しかし、あるとき、その「処分」をしながら、ふっと疑問にとらわれました。

自分は、本を読むとき、気になる部分に傍線を引く習慣があり、そうやって読んではせっせと傍線を引きまくり、そして、読み終えた時点でさっさと処分してしまうわけですから、つまり、なんのために傍線を引いているのか、自分でもその不可解な行為にはじめて気が付き、遅まきながら疑問を抱いたというわけです。

そのことに思い当たったのは(随分と間抜けな話ですが)、処分し忘れていた一冊の本との再会が契機でした。

それは、松本俊夫が書いた「映像の発見 アヴァンギャルドとドキュメンタリー」です。

奥付には、1972年の9刷版とありますから、「あれから」気の遠くなるような時間が経過してしまったんだなあという思いにしばしとらわれ、暫らくボンヤリしてしまいました。

ページを繰っていくにしたがった、もうそこら中に引きまくっている傍線のむこう側に、せっせと本に書き込みをしている若い自分がみえます。

古い日記を読み返すのとは、また別の懐かしさというか、感慨みたいなものがありました。

傍線を引いたなかから、一部分を抜書きしてみたくなりました。

「ドラマの無いドラマ」から、ゴダールの「勝手にしやがれ」に言及した部分、パトリシアに裏切られ、ミシェルが射殺される場面です。

《ミシェルが死ぬ間際に「俺は最低だ」とつぶやくのを耳にして、パトリシアは警官に「何を言ったのか」と質問をする。
すると警官は「お前は、最低だと言ったのさ」とパトリシアに答えるが、これなどはフランス人のアメリカ嫌いを、かなり痛烈に表現していて面白い。
しかし、だからといって、このドラマの主題はそこにはない。
主題は明らかに主人公のミシェルを通して、孤独で絶望的な現代フランスの青年像を描き出すことにあったのであり、その意識の内側を掘り起こすことによって、置かれた状況の歪みをそこに浮き彫りにすることにあったのである。》

なぜ、このいささか長い文章を抜書きしたかというと、「ここに書かれていること」よりも、多分「ここに書かれていること」に共鳴した「かつての自分」に興味があったからだと思います。

「俺は最低だ」という言葉を「お前は最低だ」と伝えられる歪められた伝聞によって引き裂かれる恋人たちのドラマに、当時の僕はたまらない魅力を感じたのかもしれません。

あるいは、「俺は最低だ」と呟きながら孤独のうちに死んでいく(いま死ぬことだけで精一杯の)男に対して、そんなときでさえも、男というものは、絶対自分に関心を持ち続けているものだと信じる身勝手な女たちの煌めくような傲慢のファンタジーに心引かれたのかもしれません。

「ミシェルは、最期まで私のことを思いながら死んでいくのね、可哀想に」と。
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by sentence2307 | 2007-05-22 23:27 | 映画 | Comments(4)

驟雨

もう何年も見ずにいた成瀬巳喜男の「驟雨」を見直す切っ掛けを与えてくれたのは、成瀬作品ファンの友人のこんなひとことからでした。

先日胃癌で亡くなった塩沢ときが、この「驟雨」に出演しているというのです。

咄嗟にあの独特のヘアスタイルと奇抜なメガネを思い浮かべてしまったのですが、もちろんその先入観はすぐに打ち消したものの、まずは奇を衒った風変わりなイメージを念頭において彼女を探していたことは否定できません。

だから尚更でしょうか、佐野周二の旧友のそのツレアイとして登場している上流階級の奥様然とした気品ある容姿(ほんの一瞬の登場場面にすぎませんが)を見つけたときは、意表を突かれました。

この気高い楚々とした女優さんを、僕たちの知っているあの「塩沢とき」とダブらせることは、相当困難な作業に違いありません。

もっとも、配役でクレジットされていた名前は、塩沢登代路と記されていましたが。

そのイメージの「落差」を考えているうちに、生涯の半分を癌に取り付かれ、業病と闘い続けなければならなかったひとりの女優の失意と絶望が、つまりその「ふっ切れ方」が、あんなカタチで噴出するしかなかったのなら、随分痛ましいことだなあと思いました。

いかに世間の顰蹙をかおうと、滑稽なまでのコスチュームや、聞いている方が赤面してしまうような彼女の赤裸々な性戯についての告白なども、いまから考えれば、最後まで演じる者としての生命を燃え上がらせ、この世に生きていた証しを、どうしても残しておきたかったのではないか、その焦燥の表れだったような気がしてなりません。

しかし、屋上で彼女の登場するその一瞬のシーンは、正直印象に残るものではありませんでした。

原節子の迫力に満ちた演技に圧倒されて、「塩沢奥様」はおろか、原節子以外のものに関心を裂く余力など観客は持ち得なかったというのが本当だったと思います。

倦怠期にある夫婦が、いつの間にか生じた溝をタガイニ埋めることができないまま、夫が勤める会社の合併話と同時決行されるリストラの話が持ち上がり、去就に動揺を隠せない夫を冷静に見つめる妻・原節子は、その「冷静さ」ゆえに夫から疎まれ、さらに夫との距離を生じさせています。

やがてこの話しは、夫が迷い続けることによってこじれ、どちらからともなく別居話にまで発展するというラストがほのめかされているのですが、しかし、同じような「夫婦の溝」を描いた他の成瀬作品と比べると、この「驟雨」は、その深刻さの深度と描き方に徹底を欠いた生ぬるさというか、淡白な印象を受けてしまい、「浮雲」に続く作品としては、なんだか肩透かしをくわされたような物足りなさを感じてしまったのかもしれません。

徹夜麻雀で帰宅しなかった夫からの呼び出しで、待ち合わせたデパートの屋上に出向いた妻・原節子は、夫が、偶然出会った旧友とその奥さんと話している姿を遠目に見つけます。

旧友の奥さんの金に飽かせた華麗な装いに比べて、自分のみすぼらしい身なりに気後れを感じて躊躇した妻・原節子は、顔を伏せて、あえてその立派な身なりの旧友夫婦(それが、伊豆肇と塩沢登代路です)に挨拶することもなくやり過ごします。

みすぼらしい自分の身なりを知人の前に晒すことがどうしても出来ず、気後れし、わが身を物陰に隠す惨めな妻を演じた原節子の演技は圧巻でした。

晴れやかで華々しい人々に対してどうしても気後れしてしまい、物怖じし、なんの自己主張もすることなく、目を伏せてドロップアウトしてしまおうとするタイブの「人」なのです。

この作品には、もうひとつ似たようなシーンがありました。

隣家の若夫婦と連れ立ってみんなで映画を見に行くことになっていた朝、妻・原節子は、急に外出することを嫌がります。

「だからお前は駄目なんだ」と夫は妻のそういう消極的なところに苛立っています。

どうしても人の中に入っていけない物怖じするタイプの人間を、これほどまでに優しく繊細に描いたシーンは、成瀬作品のなかでさえも見たことがありません。

成瀬巳喜男自身が、そういう人だったのだろうなと思うしかありませんが。

(56東宝)監督・成瀬巳喜男、製作・藤本真澄、掛下慶吉、原作・岸田国士、脚色・水木洋子、撮影・玉井正夫、音楽・斎藤一郎、録音・藤好昌生、照明・石井長四郎
佐野周二、原節子、香川京子、小林桂樹、根岸明美、恩田清二郎、加東大介、堤康久、堺左千夫、松尾文人、伊豆肇、塩沢登代路、長岡輝子、中北千枝子、出雲八重子、水の也清美、林幹、東郷晴子、千葉一郎、村上冬樹、山本廉、佐田豊、大村千吉、
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by sentence2307 | 2007-05-21 22:50 | 映画 | Comments(1)

笑の大学

戦前の検閲といえば、すぐにも陰惨な拷問の伴う思想検閲を連想してしまいがちですが、軽演劇に対しても、このような検閲があったのかという意想外の驚きを、この映画から受けました。

よりにもよって喜劇に対する検閲なんて、実に素晴らしい着眼点だと(もっとも、これは架空のものではなく、実際にあったことなのでしょうが)感心し、その着想の面白さに感嘆しました。

「この重大な時局にあって、不真面目にも喜劇とは何事か」という権力者(または、その代理人)の視点が、徐々に「こんなものが本当に面白いのか」というズレを来たし始め、やがてもっと面白くするためにはどうしたらいいかと検閲官が台本作りに加担してしまうというこの作品の可笑しみは、同時に「検閲」がもっている本来の機能が、なんの根拠もない恣意的なものにすぎず、だから無様にも次第に変質を余儀なくされ、迷路に迷い込んでいく過程で、「検閲」というものそれ自体の虚妄をオノズから曝け出してしまうという笑えない苦汁に満ちた滑稽さに通じています。

権力者たちが強行する言論弾圧という庶民に対する口封じが、如何に的外れで愚かな施策であるか、その対象を重々しくみえる深刻な「思想」などではなく、そんなものとは到底無縁な低俗な「喜劇」に対するものと設定したところが、この作品の表現の可能性をさらに大きく広げることができた点だと思います。

しかもそれが、権力への一方的で安易な糾弾などではなく、逆に喜劇作家自身に向けられている自嘲・自戒を強いずにはおかない内向した辛らつな可笑しみに通じているからこそ、この映画に厚みをもたらしたのだという気がします。

ラストで「喜劇」に介入する国家権力の「思想統制」に抗議するナントモ晴れがましい場面が、むしろ、あまりにも唐突すぎるために、ただの鬱陶しい蛇足と見えてしまうほどでした。(映画的な表現からみると、あまり馴染まない締め括り方だったとしても、この叫びは劇作家としての三谷幸喜がどうしても言わずにおられなかったであろうことはよく理解でき、好感さえ持ちました)

それは、全編を通して発せられていた問い「いったい『喜劇』の何を検閲しようというのだ」という核心部分の答えが、いまだカタチになっていないときに、その唐突で性急な「国家権力への告発」によって、残念ながらその追求の矛先を突然頓挫・中絶させてしまうような印象を受けてしまったのが本当のところだったのですが。

声高な告発調のアジテーションが許される演劇ならともかく、映画には「この手」の締め括り方は、少し唐突すぎたかもしれません。

大陸で厳しい思想検閲官として華々しい辣腕を振るってきた向坂睦夫には、この国家存亡の重大なときに愚にもつかない喜劇の検閲官などに異動させられて、実のところクサっている、という設定からこの作品は始められています。

国家にとって、この危急存亡のとき、馬鹿馬鹿しい「喜劇」など端からすべて禁止してしまえばいい、「思想性」のかけらもない「喜劇」などに検閲などとはオコガマシイ、そもそもあんなものは存在すること自体許されないのだという軽侮に満ちた思いのなかで向坂睦夫は椿ハジメと対しています。

そこでは、深刻なものだけに重要な価値があり、軽薄なものなどには何の意味もない唾棄すべきものという価値観が披瀝されています。

そしてそこには、三谷幸喜の積年の「喜劇作家」としての怒りが十分語り尽くされており、なにもラストでわざわざ国家権力への怒りなどぶち上げてダメを押さなくとも、その苛立ちは僕たち観客に十分に伝わってきたし、理解できました。

しかし、このような大上段に構えて論を進めてしまえば、どこかの教科書にでも書いてあるような「タテマエ」だけで、この作品の魅力を見失ってしまうような気がしてなりません。

三谷幸喜がこの「ホン」で本当に言いたかったことから、どんどんかけ離れていくような気がしてならないのです。

劇団・笑の大学の座付作家・椿ハジメは、検閲官の無理難題のすべてを受け入れたうえで、どうにか「ホン」を完成させようとします。

しかし、権力者の言いなりになって「ホン」を完成させようとする彼の不甲斐ない姿勢に、劇団員からお前には信念というものがないのかとなじられ、突き上げられています。

ここには、創作者としての「二通りの姿勢」が描かれているのだと思いました。

権力の脅迫にも決して信念を曲げずに、死を賭して「オノレ」を貫き通すという生き方が一方にあるとするなら、もう片方にあるものは、権力が許容する制約のなかで、あらゆる無理難題を受け入れ、その姿勢を卑屈と罵られても、どうにか折り合いをつけて工夫しながら、「表現すること」そのものを維持し続けようとする立場です。

ここで三谷幸喜が表現しようとしていたことは、同時に戯作者としての彼自身の生き方の表明だったのかもしれませんね。

(04東宝)原作・脚本:三谷幸喜、監督:星護、製作:亀山千広、島谷能成、伊藤勇、企画:石原隆、プロデューサー:重岡由美子、市川南、稲田秀樹、アソシエイトプロデューサー:小川泰、佐藤玄、エグゼクティブプロデューサー:前島良行、音楽:本間勇輔、撮影:高瀬比呂史、美術:清水剛、照明:小野晃、録音:田中靖志、装飾:高畠一朗、編集:山本正明、スクリプター:外川恵美子、監督補:加門幾生、製作担当:牧義寛
配役・役所広司、稲垣吾郎、高橋昌也、小松政夫、石井トミコ、小橋めぐみ、河野安郎、長江英和、ダン・ケニー、チュフォレッティ、吉田朝、陰山泰、蒲生純一、つじしんめい、伊勢志摩、小林令門、眞島秀和、木村多江、八嶋智人、加藤あい、木梨憲武
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by sentence2307 | 2007-05-19 22:38 | 映画 | Comments(175)

SAYURI

花街という極めて特殊な社会を、まるで「これが日本だ」みたいに描いたこの作品に対して、観た人たちに多くの反撥があったことは聞いていました。

あるいは、日本が舞台の作品なら、主役に日本の女優を起用するのが当然じゃないか、端役だって、もっと素晴らしい俳優が日本にはたくさんいるわけだし、なんでまた、こんなふうに英語と日本語がチャンポンに飛び交う怪しげな多国籍キャストにしなければならないのだという意見があったことも聞きました。

ある過酷な時代の日本を忠実に再現しようというのがこの映画の狙いだとしたら、「ここで描かれているのは、日本ではない」という言い方は、妥当かもしれません。

しかし、そのように異議を唱え検証できるほど、僕たち自身がその当時の日本の状況や花街について精通していると言えるでしょうか。

たぶん、この映画が、花街の忠実な再現などを目指しているわけではなく、欲に駆られた人間たちの好色と享楽、策謀と金とが交錯し、性欲の対象たる「処女」の値段を競り合うイカガワシイ「欲望の磁場」として「花街」を捉えようとした作品なら、なにも寸分違わぬ写実にこだわる必要など端からあるはずもないと考えました。

あるいは、この映画が描いている花街や芸者たちの「しきたり」や「儀式」の描写についての不完全さや錯誤を指摘する意見も、あまりに表面的で浅墓なこだわりでしかないものばかりで思わず失笑してしまいました。

かつての日本で公然と行われていた極貧の家庭の娘たちの人身売買と、借金の拘束によって為されていた売春の強要など、人間のもっとも醜い欲望が絡み合った特殊社会「花街」において、整然と体系化された厳格な「しきたり」や「儀式」が必要とされたのは、欲望に狂う人間の醜く生々しい行為をバックアップし正当化する役割を果たす制度が是非とも必要だったからにすぎず、例えば「吉原」を例にとって考えてみれば、それらは容易に理解できることだと思います。

絢爛豪華で艶やかな芸者の世界の「しきたり」や「儀式」を表面的になぞれば、ただそれだけで根底に蠢いていた「人間の欲望」のいかがわしい部分までをも描き切れたかどうか、やはりそれは疑問といわざるをえないでしょう。

また、繊細で意志強固な難しいこの役SAYURIを迫真の演技で演じきったチャン・ツィイーに匹敵するだけの女優が日本にいるのかと考えれば、結局は、残念ながら、このハードな生涯を生きた芸者SAYURI役に相応しい女優さんを思い浮かべることができないのは、彼女たちの演技力が不足しているとか、容姿がどうのとかいう次元の問題ではなく、もっとそれ以前のもの、いってみれば僕たちがとっくの昔に失い、そして忘れてしまった日本人独特の感性と、「モラル」に対する考え方が理解できるかどうか、その微妙なところを、すっかり様変わりしてしまったこの現代の日本社会にどっぷりと浸かって生きている女優さんたちに、果たして表現することができるだろうかという危惧でした。

もちろん誰彼というのではなく、おしなべて、という意味でですが。

それなら、かのチャン・ツィイーは「それ」が出来たのかと問い返されるかもしれませんが、僕としては、日本人以上に彼女が「芸者の掟」を外国人の立場から、ひとつの「知識」として、かえって理解しやすかったのではないかと思いました。

この映画のもっとも重要なテーマは、「芸者は、芸は売ってもカラダは売らない」という、いわば信念とか矜持とか花柳界に生きる彼女たちの「意地」を言い表した言葉に象徴的に表現されていると思います。

つまり、自分の肉体しか財産といえるものを持たない貧しい出自の彼女たちにとって、芸妓の道を踏み外すことは、そのまま苦界に身を落とすことに直結しており、身を汚す売春から一線を画して芸に生きるということは、彼女たちにとって切実な問題だったに違いありません。

成瀬巳喜男の「歌行燈」において、花柳章太郎が、山田五十鈴に繰り返し「男のおもちゃになるなよ」と諭す言葉のなかに、芸で身を立てていこうとする女に対する厳しい戒めの思いが込められていたことを連想せずにはいられませんでした。

だからこそ、世話になっている置屋に重大な損害を与えてしまったSAYURIが、その負債を贖うまでの間、下女として下働きを強いられたとき、それが芸者になる途を閉ざされた彼女の絶望をも言い表していたことがよく理解できるとともに、励ましの言葉を掛け、生きる希望と目的を与えてくれた「会長」に対する思いが、恋とは少し違う彼女の生存にかかわる報恩的なものであり、それが彼女たちの生き方としての「モラル」の一部だったと理解することは、そんなに難しいことではありません。

この作品が、クライマックスに向かって不思議な高揚感に満たされているのは、過酷な環境に耐えて、笑みを忘れたひとりの少女の、ひたすら一流の芸者の途を駆け上っていく気持ちの拠り所となったその幼い一途な思いが、同時に影ながら「会長」の支えに導かれていたものであったことを知らされるラストのささやかな「衝撃」によって、SAYURIと僕たち観客が、等しく受ける幸福感にあったからかもしれません。

(05)監督・ロブ・マーシャル、製作・スティーヴン・スピルバーグ、ルーシー・フィッシャー、ダグラス・ウィック、製作総指揮・ゲイリー・バーバー、ロジャー・バーンバウム、ボビー・コーエン、パトリシア・ウィッチャー、原作・アーサー・ゴールデン、脚本・ロビン・スウィコード、ダグ・ライト、撮影・ディオン・ビーブ、プロダクションデザイン・ジョン・マイヤー、衣装デザイン・コリーン・アトウッド、編集・ピエトロ・スカリア、音楽・ジョン・ウィリアムズ
出演・チャン・ツィイー、渡辺謙、ミシェル・ヨー、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴、大後寿々花、ケネス・ツァン、コン・リー、ツァイ・チン、ケイリー=ヒロユキ・タガワ、ランダル・ダク・キム、テッド・レヴィン、ポール・アデルスタイン、ユージニア・ユアン、カール・ユーン、シズコ・ホシ、伊川東吾、マコ岩松
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by sentence2307 | 2007-05-07 09:24 | 映画 | Comments(0)

鴛鴦歌合戦

久しぶりの連休です。

こんなときには、普段ではなかなか見ることが出来ないような映画を、ゆったりとした気分で鑑賞したいものですよね。

その「普段なかなか見ることが出来ない映画」というのは、例えば、見始めるために相当な決心と気合と労力が必要な重たくて超難解な大作とか、あるいは、評判のいいことは十分に分かっていても、なかなか見る機会がなくて日延べにしていた気になるカルトムービーとか、です。

見ようと挑戦しながら、気力と時間の折り合いがつかずに挫折した「ルートヴィッヒ」が前者なら、後者に当たる作品は「鴛鴦歌合戦」です。

わずか7日間で撮られたと伝えられているこの戦前の純国産オペレッタ作品のずば抜けた評判は、かなり前から聞いていました。

その異様な賞賛が、あまりにも無条件な高評価に思えて小心者の僕は逆に気持ち的に身構えてしまい、この作品を一度敬遠してしまった自分にとって、改めて作品を見るための取っ掛かりを見つける作業は、少し面倒くさい思い直しの時間が必要でした。

しかし、この「鴛鴦歌合戦」を実際に見てみると、その面白さ、テンポのよさ、奇抜さに、自分もまた完全に「トリコ」になってしまいました。

どうしてこんなにも、この映画が観客の気持ちを掴むことができるのか、その秘密の方を考えてしまいました(素直に楽しめばそれでいいと思うのですが、我ながら本当に厄介な性向だと思います)。

ストーリーは、ごく単純、麗しき3人の娘(市川春代、深水藤子、服部富子)が、貧乏浪人・片岡千恵蔵をめぐって「恋の鞘当て」をするというミュージカル仕立ての物語です、むしろ単純なのが却ってよかったのかもしれません。

それに役者のキャラもいいし、歌もいい。

歌はうまいが演技がぎこちないディック・ミネや服部富子もいいのですが、志村喬の歌のうまさ(驚きました)はともかく、演技はキュートでも歌が物凄く「音痴」な市川春代の歌声には一遍に魅せられてしまいました。

それで多くの人たちの絶賛の意味が一挙に解明しました。

鍛え抜かれ、そして一分の隙もなく洗練された欧米のオペラ歌手が演じる(吹き替えをしてまでも)完璧にこだわる完成されたミュージカル映画を前にしては、絶対に有り得るはずもない我が「鴛鴦歌合戦」です。

「日本のミュージカル」は、これでいいんだ、と思わせる不思議な力強さに満ち満ちています。

この映画を見ているうちに、自分が、いつの間にか学芸会で演じている家族を100%贔屓目で応援する身内の「目」になってしまっていることに気づかされます。

もはや巧拙など判断できないような「ウチワの人間」の感性にすっかりなりきってしまっていたのだと思います。

観客の「痛い所」をこんなふうに巧妙に突く「鴛鴦歌合戦」という映画です、手も足もでるわけありません。

お春が、一万両もする文久の茶碗を叩き割って、粉々になったその破片で礼三郎の愛を一挙に獲得したように、市川春代は、よそよそしい「美声」などではなく、身内の家族だけが愛することのできるその価値ある「音痴」によって、観客の気持ちを一挙に鷲掴みにしてしまった作品だったのだと思います。

(39日活・京都撮影所)(監督)マキノ正博(脚本)江戸川浩二(撮影)宮川一夫(美術)長谷川繁吉(音楽指導・作編曲)大久保徳二郎(オペレッタ構成・作詞)島田磐也(助監督)羽田守久(助撮影)牧浦地志(設計)角井嘉一郎(装置)長谷川繁吉(録音)石原貞光(照明)松本源蔵(編集)宮本信夫(剣道)足立伶二郎
(出演)片岡千恵蔵、香川良介、志村喬、ディック・ミネ、服部富子、市川春代、深水藤子、遠山満、尾上華丈、石川秀道、楠榮三郎、近松竜太郎、福井松之助、富士咲美、大崎史郎、小林三夫、藤村平三郎、武林大八郎、嵐寿之助、阪東薪太郎、石丸三平、河瀬昇二郎、
1939.12.14 富士館 7巻 69分 白黒 スタンダード・サイズ
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by sentence2307 | 2007-05-04 21:47 | 映画 | Comments(3)

溝口健二の嫉妬

新藤兼人監督が書いた溝口健二に関する著書を読んでいると、溝口健二にとって田中絹代との関係を明らかにすることが、いかに大きな部分を占めていたか、つくづく実感されます。

そもそも「ある映画監督の生涯」や「小説・田中絹代」など、あのような大きな仕事を為し得た原動力になったものが、この不世出の天才監督と名女優との恋愛関係の存否を極めようとする一点にあったのではないかと思われるくらいです。

しかし、その繋がりを、単に「恋愛」の存否だけに拘っていると、この二人の関係の実態はなかなか掴め切れないかもしれません。

「ある映画監督の生涯」や「小説・田中絹代」などで新藤兼人が執拗に試みている関係者へのインタビューによって次第に明らかになってくるふたりの人間性の間には、色だの恋だのという浮ついたものとは程遠い強烈な自我を張り合う「確執」だけが明確に浮き出してくるだけで、恋愛関係に不可欠とされる感情-情愛とか譲歩とか敬愛とかのような種類のものが何一つ存在しないことでも分かるような気がします。

二人の間に浮かび上がってくる最も明らかな感情は、同じ時代・同じ次元で覇を競って譲り合おうとしない芸術家同士が抱くであろう、おそらくあからさまな「嫉妬」です。

しかし、僕には長い間、素朴な疑問がありました。

なぜ、このような二人の関係を知ることが斯くも重要なことなのか、いや、そもそも新藤監督のあの情熱の意味するところが僕にはよく分からないというのが本当のところでした。

「受け狙い」で、有名人のゴシップを興味本位に追いかけるにしては、あまりにも時間が経ちすぎています。

それとも常人には想像もつかないストイックな天才の恋を知ることが、ミゾグチ・ワールドを解析することの何かに役立つとでもいうのでしょうか。

きっとそれは、溝口健二という天才監督のもとで血の出るような苦しみのなかで仕事をし、その暗中模索・五里霧中のなかから魔術のように・奇跡のように次々と素晴らしい作品を生み出していく至福の瞬間を同じ現場で目の当たりにした者だけにしか分からないものかもしれません。

しかし、溝口健二と田中絹代との関係を探求するということは、つまりは、この二人の関係の「破綻」を探り出すということでもあるわけですから、その「破綻」がどのようにしてもたらされたかということが重要になってくるのではないかと思いはじめました。

多分その「破綻」は、田中絹代が初めて監督業に手を染めようとした時の溝口健二のあの有名なコメント「絹代のアタマでは、監督はできません」のひとことによってもたらされたのだと思います。

新藤兼人は書いています。

「『絹代のアタマでは、監督はできません』と、溝口健二が言ったと聞いて、絹代は真っ青になってふるえた。
言い方があるだろう。
絹代のアタマでとはなんだ。」

この溝口健二の辛らつで屈辱的な一言に即座に反応した激昂のリアクションには、恋愛関係にあるかもしれない男と女の特殊で微妙な感情など、些かも窺うことはできません。

ここには、同じ分野で成功を対等の立場で競い合っているライバルからの侮辱に対して、敏感に反応するナーバスでぴりぴりとした苛立ちがあるだけです。

このことがあって以来、このふたり溝口健二と田中絹代は、文字通り溝口健二が死の床に横たわるまでずっと逢うことがなかったといわれています。

溝口健二が京都府立病院で死を数日後に迎えようとしている時になされた再会は、ふたつの才能がぶつかりあって火花を散らし続けた末の破綻とは根本的に無関係な接点だったと考えるべきかもしれません。

ただ、僕は、この事件のすべての元凶とされている溝口健二のあの言葉「絹代のアタマでは、監督はできません」を額面どおり受け取ってもいいものか、長い間疑問に思っていました。

溝口健二は、田中絹代の前に出ると赤面し禄に顔も見られないほどだった、そこまで思いを募らせていたと伝えられています。

それほど惚れている女になら、男として良く思われたいためのお世辞や、ある程度の嘘くらいは当然許されてもいいように思います。

新藤兼人は、溝口のこの苦言を「出来ない監督業なんかやって、いままで築いてきた女優としての田中絹代の名前を汚すことはない。」という思いがあったからだと解釈していました。

そして、その言葉の裏には、田中絹代が名前を落とすことによって、自分の作品の評判が落ちることをなによりも恐れたのだとしています。

しかし、カッとくると前後の見境がなくなって何を言い出すか分からないといわれた短気な溝口健二が、そこまでの深謀遠慮を尽くしての物言いをするとは、僕にはどうしても考えられないのです。

ここは、どうしても、溝口健二が前後の見境がなくなりカッとして「絹代のアタマでは、監督はできません」と言ったという方を信じたいと思っています。

この暴言を吐いた当の相手は、小津安二郎でした。

監督協会の理事をしていた小津安二郎が、協会の資金稼ぎの責任をはたすために、自分が松竹で撮るために用意していたシナリオ「月は上りぬ」を田中絹代の監督でやることを提案し、協会理事の小津自ら監督交渉を田中絹代に持ちかけています。

田中絹代がこの小津安二郎の依頼を、初監督作「恋文」が評価されたと受け取り喜んだと想像するのは、それほど困難なことではありません。

戦争直後の田中絹代の出演作は、溝口健二監督と木下恵介監督が交互に撮っているのですが、その中に混じって小津安二郎は「風の中の牝鶏」を撮っています。

野田高悟が、このひたすらに暗い作品を見て小津安二郎の監督としての将来に危機感を抱いたと言われている重要な作品です。

しかし、溝口健二がこの作品を見てどう思ったかは、どの資料にも書かれていません。

「風の中の牝鶏」が小津安二郎らしからぬ作品だったとしても、もしあの作品を溝口健二が撮ったといわれたとしたら、はたして溝口健二らしからぬ作品といえたかどうか。

ラストで描いた夫婦の和解を、妻の更なる堕落と描き変えたら、それこそ溝口健二作品としてもいいくらいだと思いました。

そして、きっと田中絹代の演技をあそこまで引き出した小津の力量に溝口健二は瞠目し、恐れもしたのではないかという気がしてなりません。

「風の中の牝鶏」が撮られた同じ時期に、溝口健二が田中絹代で撮った作品「歌麿をめぐる5人の女」、「女優須磨子の恋」、「夜の女たち」、「わが恋は燃えぬ」などのどの作品と比較しても、小津演出の田中絹代が、はるかに(溝口健二の演出では果たせなかった)「ナマの女」を演じ切っているような気がします。

電話口で溝口健二が小津安二郎に吐いた「絹代のアタマでは、監督はできません」という激しい言葉は、溝口健二の中で小津安二郎に対して長い間燻っていたものが、ある切っ掛けを得て噴出しただけのような気がしてならないのです。

田中絹代監督問題がたまたま「そこ」にあったから、「絹代のアタマでは・・・」という言い方になっただけで、吐き出した内容よりも、ここでは「小津に対して吐き出す」という行為そのもの、あえて言えば「激しい言葉を吐きかける行為自体」を溝口は抑制できなかったのではないかという気がしています。

もちろん、この得体の知れない苛立ちが「小津安二郎への嫉妬」に基づくものであることなど、溝口健二自身にも分かっていたはずもないでしょうが・・・。

ただ、その繊細すぎる暴言を電話口で小津安二郎がどう聞いたかといえば、その辺のところは十分に察していたであろう小津安二郎は、多分静かで寛容な笑みを浮かべていたと考えるのが至当かもしれません。
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by sentence2307 | 2007-05-04 21:42 | 映画 | Comments(8)