世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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<   2007年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

異母兄弟

家城巳代治監督に対する「これだ」というイメージが、僕のなかでは、いまだ掴めていません。

いくつかの解説書を読んでいるうちに、監督のイメージをなんとなく「弱者を温かくみつめる眼差しのヒューマニズム」とか「感傷的で、叙情的な監督」とか「誠実さと善意を描いた映画作家」という言葉がキイワードとなって記憶に残り、「こんな感じか」というイメージはできていますが、実際に家城監督の代表作といわれている「雲ながるる果てに」や「姉妹」や「みんなわが子」などを観て、確かに「弱者を温かくみつめる眼差しのヒューマニズム」は、きっと「そう」なのでしょうけれども、同じような他の監督作品と明確に区別できるものがあるのかどうか、確信が持てなかったというのが本当のところでした。

それはつまり、鮮烈で明確なイメージを定着させることのできるシーン、イメージを裏付けるだけの強烈で明確な核になる手掛かり(思想性でも個人的な感情みたいなものでもいいのですが)を見出せなかったのだと思います。

逆に、印象に残らないという頼りなさ、線の細さばかりが気になって仕方ない作品ばかりに出会ってきたのかもしれません。

僕は、むかしからある「映画事典」を座右に置いて、映画を見ています。

何十年も使っているので、もうボロボロなのですが、用途としては「見る前の参考」ということよりも、今まで感動した作品の項を折に触れ眺め直しては、感動の思い出に浸るということが多いのかもしれません。

そういう僕の愉しみの時間を阻むものが、飛び飛びにある「まだ見ていない作品」の存在です。

どうしても最初の頁から眺めていくので、五十音に配列されている関係上、「あ行」近辺にある未見の作品には、そのたびに、ある戸惑いを持って相対さなければなりません。(その作品の解説にスチール写真でも添えられていた日には最悪です。)

そういう作品のなかに家城巳代治監督の「異母兄弟」がありました。

その頁を開くたびに、刀に打粉をしている三国連太郎演じる当主に、女中(そう書いてあるので、あえて・・・)あがりの妻・田中絹代が、畏まって平伏しているスチール写真が「まだ見てないのか」というふうに威圧してきます。

そんなことを、もう何千回と続けてきましたのでした。

そんなとき、この「異母兄弟」に関して僕の身にふたつの事件が起こりました。

ひとつは、たまたまCSでこの作品を見た友人から感想を聞くことができたこと、そして、彼からその録画テープを借りて積年の思いを果たせたことでした。

「軍人の夫に虐げられ、それを耐える妻の異様な陰鬱さには言葉を失うほどの嫌悪を感じた。なぜ彼女は、あのとき『こんな家、出て行こう』と泣きながら訴えた子供の助言に従わなかったのか。耐えることが彼女にとってとても大きな問題であって、どうしても譲れない女の意地だったとしても、彼女が絶えたことが、子供たちに与えた犠牲の大きさに、はたして見合うだけのものだったのかどうか。」

友人はすこぶる疑問だというニュアンスをこめて感想を話してくれました。

強姦され、意に反して子供まで生まされ、妻とは名ばかり、実質的には態のいい女中のまま何十年も彼女を虐げてきたものが「家」を守る家父長制度だったとしたら、「こんな家、出て行こう」と訴えた子供の言葉にも背いて彼女が必死になって意地でも縋り付いたものも同じ「家」だったのだと思います。

友人が「どうしても理解できない」と言った妻の考え方の根には、加虐・被虐の違いはあれ軍人の夫と同じような「家」に対する認識(それは友人の理解でも遂に届かなかった当時の日本人の価値観です)があったからだと思います。

しかし、この映画の素晴らしさは、その大人たちの認識と行為のグロテスクさを、子供の目をとおして見抜いていることだと思いました。

そのひとつの具体的な表れのシーンは、時計が11時を打つと、枕を抱えて夜のお勤めに通う無様な母親の姿をとおして、「家」に仕える大人たちの愚劣さの本質を、子供の視線を通してしっかりと捉えていることだと思いました。

もうこれからは、映画事典の「い」の項をなんの蟠りもなく堂々と開くことができると思います。

(57独立映画)監督・家城巳代治、製作・伊藤武郎、栄田清一郎、原作・田宮虎彦、脚本・依田義賢、寺田信義、撮影・宮島義勇、美術・平川透徹、音楽・芥川也寸志、録音・加藤一郎、照明・浅見良二、編集・沼崎梅子
出演・三國連太郎、豊島八重子、田中絹代、西田昭市、浪江孝次、遠藤征行、近藤宏、春日井宏住、大友良雄、南原伸二、森下義秀、中村賀津雄、菅野彰雄、高千穂ひづる、飯田蝶子、島田屯、永井智雄、富田仲次郎、太田恭二、打越昭八、水村靖、宮坂昌介、水谷勇、降旗昭司、伊藤享治、中村智、陶隆、志賀夏江、徳間みどり、相沢治夫
上映時間110分 1957.06.25 12巻 3,027m 白黒
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by sentence2307 | 2007-08-26 18:03 | 映画 | Comments(0)

いとしき子らのために

戦後すぐ、GHQが日本人に向けて、民主主義啓蒙政策のひとつとして、アメリカで製作された文化映画の上映を全国各地でおこなったことは知っていました。

そういえば、何年か前、その当時に上映された作品が、国内のどこかの図書館で発見されたという記事だかを読んだ記憶もうっすらあったので、ためしに「CIEフィルム 図書館」とパソコンに打ち込んで検索を試みたのですが、どうもそれらしい記事が探し出せません。

映画通の友人に聞いてみたところ、確かではないけれども、という前置きで「桐生の図書館あたりじゃなかったかな」という答えをくれました。

結局これ以上の情報は得られなかったのですが、なぜそんなことを知りたくなったかと言えば、いま「日本映画専門チャンネル」で「戦後民主主義の原点~GHQがつくった日本映画」という特集を放映しているからでした。

確か占領軍が全国各地で上映活動をしたCIEフィルムというのがあって、アメリカの風景とか、政治・経済そして音楽、教育、スポーツにいたるまで豊かなアメリカの文化全般をアピールし、日本の民衆をレクチャーするために多くの米国製の映画を使ったという認識だったので、「桐生の図書館」で見つかった映画というのも、きっとこのアメリカ製の映画だったのだろうと頭から考えていたところ、この特集のサブ・タイトルに「GHQがつくった『日本映画』」という部分があって、どうしても気になって仕方なかったからでした。

「日本映画」とある以上、たとえGHQが主導したとはいえ、日本人がつくった映画もあったのかと、いままでその可能性さえ、これっぽっちも考えなかった自分の迂闊さに我ながらあきれ返り、しばらくのあいだ脱力感に囚われて何も手につきませんでした。

今回の上映作品は「こども議会」50、「いとしき子らのために」50、「腰のまがる話」49、「働くものの苦情処理・安全燈」50、「働くものの権利」50の5本です。

なんだか胸が苦しくなるほどの期待感でドキドキします(その割には、最初に放映された「こども議会」の録画をうっかり忘れてしまい、なんだか「大丈夫か」という頼りなさなのですが)。

とりあえず、最初にみたのは、「いとしき子らのために」という作品でした。

分かっているのは、公開年度とアバウトな上映時間とモノクロということだけで、それ以外のデータはまったくありません。

わずかに名前をしっている俳優を手がかりにして調べてみようとしたのですが、例えば、「御橋公」とか「花沢徳衛」をjmdb検索の出演作リストで見ても、1950年の花沢徳衛の項には、せいぜい「日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声」に出演したとあるだけで、「いとしき子らのために」などというタイトルはどこを探しても見当たりません。

あらゆる情報を閉ざし、民間からはとてもとてもアクセスなんかできそうにない、また、出演者とか技術者の表示なんかどうでもいい、これは本当に政治的なレベルでつくられた啓蒙目的の政策戦略の材料でしかない映画なんだなとつくづく感じました。

それにしては、この時期に日本でも盛んに作られていた軍国主義への猛烈な懺悔と、それに反比例するかのような猛烈で攻撃的な「民主主義映画」と比べると、この作品の印象は、随分とおとなしく遠慮がちな感じを受けました。

民主主義に基づく真に子供のための「教育」を、どうすれば根付かせることができるか、戦前の軍国教育を受け、そしていまだそれを引き摺っている当時の日本人にとっては、その理想の高邁さは、相当なショックだったというか、むしろあっけに取られたと言った方が相応しかったかもしれません。

なぜなら、当のアメリカ人自身にとっても、これらの夢のような理想は、単なる実験的な試みにすぎなかったことが、やがて数年後には、その蹉跌によって明されることになってしまうからです。

(50日本映画新社)40分・モノクロ

さて、400本以上あるといわれているCIEフィルムの中でこの「いとしき子らのために」のような日本製の作品がどのくらいあるのか、無謀ですがあるサイトの資料をもとにして調べてみました。

以下が、その一覧です。(★印が、今回放映される作品です。)

火の用心〔(日本製)〕Beware of Fire(1948.06.17公開)上映時間17分
国際連合憲章〔(日本製)〕Charter of the United Nations(1948.08.13公開)上映時間19分
食生活(日本製)(1948.09.17公開)上映時間19分
明日の市民たち(日本製)Leaders of Tomorrow(1949.07.03公開)上映時間18分
会議のもち方(日本製)(1948.03.25公開)上映時間23分
伸びゆく婦人(日本製)Progress of the Japanese Women(1949.09.02公開)上映時間23分
科学する女性(日本製)(1949.03.04公開)上映時間17分
公衆衛生(日本製)Public Sanitation(1949.05.13公開)上映時間16分
新しい保健所〔(日本製)〕Model Health Center(1949.08.05公開)上映時間20分
★腰のまがる話(日本製)Bent with the Years(1949.09.02公開)上映時間20分
漁業生産組合(日本製)Fishing Co-Operatives(1950.01.06公開)上映時間22分
新しい交通(日本製)New Traffic(1949.11.26公開)上映時間19分
この妻の願いを(日本製)(1949.11.11公開)上映時間19分
国を支える三つの柱(日本製)Three Pillars of Government,(1950.06.09公開)上映時間14分
議事の進め方〔(日本製)〕The Using Parliamentary Procedures(1950.09.22公開上映時間)21分
新しい警察(日本製)The New Police,(1950.09.08公開)上映時間32分
CIE図書館(日本製)(1950.06.23公開)上映時間19分
★こども議会―子供向―(日本製)Children's Diet(1950.05.19公開)上映時間19分
わが街の出来事(日本製)It Happened in Our Town(1950.06.30公開)上映時間15分
アメリカ博覧会の一日(日本製)A Day at the America Fair,(1950.09.29公開)34分
★働くものの苦情処理(安全灯)〔働くものゝ苦情処理〕(日本製)Workers' Grievance Procedure(1950.09.01公開)上映時間34分
公民館(日本製)Citizen's Public Hall(1950.12.29公開)上映時間32分
格子なき図書館(日本製)Libraries without Bars(1950.12.05公開)上映時間22分
★働くものの権利〔働くものゝ権利〕(日本製)Rights of the Worker(1950.11.17公開)上映時間20分
農村の生活改善(日本製)Better Rural Homes(1951.01.12公開)上映時間20分
★いとしき子らのために(日本製)Children's Guardian(1950.10.20公開)上映時間40分
農業ホーム・プロジェクト(日本製)Agricultural Home Project(1951.03.09公開)上映時間31分
明るい家庭生活(日本製)For a Bright Home Life(1950.10.20公開)上映時間20分〔21分〕
ぼくらの夢〔ぼくらのゆめ〕(日本製)Our Dream(1950.06.02公開)上映時間22分
スクエアダンスを踊ろう(日本製)Let's Square Dance(1950.07.21公開)上映時間14分
漁る人々(日本製)Men Who Fish(1950.12.15公開)上映時間25分
損をするのはだれだ(日本製)(1950.10.13公開)上映時間11分
高崎での話(日本製)Takasaki Story(1951.09.28公開)上映時間20分〔23分〕
友達への手紙(日本製)Letter to a Friend(1951.07.27公開)上映時間20分
ユネスコと私たち(日本製)UNESCO and Japan(1952.02.01公開)上映時間26分〔25分〕
国連旗の下に〔(日本製)〕Under the United Nations Flag(1950.10.20公開)上映時間15分
わたしの大地(日本製)This Land Is Mine(1951.07.13公開)上映時間17分
正義の殿堂(日本製)Citadels of Justice(1951.08.10公開〔1951.08.31〕)上映時間20分〔21分〕
新しい眼、新しい耳(日本製)(1951.08.17公開)上映時間20分
保健婦の手紙(日本製)Public Health Nurse(1951.11.09公開)上映時間18分
一歩前進(日本製)Step Forward(1952.01.04公開)上映時間20分
USISスクリーン・マガジン 第1集(日本製)USIS Screen Magazine No.1(1951.09.28公開)上映時間11分
値段と品物(日本製)Price and Quality(1951.11.30公開)上映時間22分
ある村の歩み(日本製)Changing Village(1952.02.15公開)上映時間22分
友情のかがり火(日本製)Torch of Friendship(1951.12.07公開)上映時間10分
国際連合の意義(日本製)The Meaning of the United Nations,(1952.02.08公開)上映時間19分
人間の権利(日本製)Human Rights(1952.02.29公開)上映時間26分
キモノ海を渡る(日本製)The Kimono Crosses the Seas,(1952.03.21公開)上映時間10分
アメリカの印象 第2集(日本製)Impressions of America No.2(1952.03.14公開)上映時間17分
公衆道徳(日本製)Individual Rights in Public(1952.03.21公開)上映時間20分
ディスカッションの手引(日本製)Discussion Techniques(1952.04.04公開)上映時間23分
赤の陰謀(日本製)The Communist Conspiracy,(1952.03.28公開)上映時間21分
病菌はどこにあるか?(日本製)Where Are the Germs?(1952.03.28公開)上映時間18分
労働組合員教育(日本製)Education in Labor Unions(1952.04.04公開)上映時間17分
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by sentence2307 | 2007-08-11 15:24 | 映画 | Comments(43)

思春の泉

原作は石坂洋次郎の「草を刈る娘」という小説だそうですが、題名は「思春の泉」と換えられています。

この題名、やや抽象的すぎるキライはあるものの、原題よりも余程いいと思いました。

後年の中川信夫=新東宝作品というマッチングから僕たちが思い浮かべるイメージの、良質の上澄みの部分だけを抽出したような感じの作品です。

「青い山脈」だって、この「思春の泉」みたいに描くことも可能だったのではないかと思わせるくらいの中川信夫の力量を感じました。

実はこの「思春の泉」を書き残しておきたいと思いついた理由は、僕のこの直感にあったといってもいいかもしれません。

「青い山脈」がスマートに整理された爽やかな啓蒙作品だったとすると、中川作品「思春の泉」はその「啓蒙的」部分を押さえながら、放置しておけば交合を始めかねない若い男女の切羽詰った「性」が、太い線となってこの物語を貫いています。

その、ほったらかしにしておけば暴走しかねない若い男女のアヤウイ性衝動もふくめて、村のしきたりとか周囲のメンツとかも損なうことなく、いかに上手に収めていくかというのが民主主義なのだと描いているのがこの作品です。

随所に描かれている開けっぴろげの村民たちの泥臭い描写も、民主主義に欠かせないものとして描かれているあたりなども、なんか好感が持てます。

好き合って交合に至るという人間のごく自然な成り行きを阻むものが村の旧封建思想だとするなら、その男女の「自然な成り行き」を助けるのが民主主義なのであるという実に分かりやすい解釈が、この映画を支えています。

それに加えて、この映画の中でたびたび使われる男女の交合をあからさまに仄めかす土俗的な言葉も、いい効果を出していると思いました。

周囲では若い男女を結び付けようとして、わざと二人だけを一緒の仕事場で働かせるという企みを(当初は、老婆たちは積極的に「くっつけ合わせよう」としています)謀ったのに、そして、そこには十分に「性的」な要素が織り込まれているというのに、いざ時造がムラムラときてモヨ子を押し倒しキスしようとしたことから(モヨ子も抵抗して時造の指を噛み返したことから)、村中を巻き込んだ大騒動に発展します。

しかし、このキスと指噛みから端を発した「大騒動」が、やがて底抜けの明るさで歌われる大合唱のラストに至るまで、この映画に登場するすべての人物を包み込む優しさと温かさは、あの「青い山脈」には決してなかったものかもしれません。

原題「草を刈る娘」から不意に吉永小百合の同名の主演作品を思い出しました。

残念ながら未見なのですが、偶然にも最近、その吉永小百合のデビュー作なるものを見る機会があったのです。

「ガラスの中の少女」60です。

大学教授の義父は、「女は結婚するまで純潔を守る」ことばかり言い続けている男です。

そして、娘がかつての同級生(浜田光男)と心中するに及んで、最後にこんなことを言うのです。

「心中までしたのだから、まさか純潔でいるわけがないか」と。

娘の死を差し置いて、そこまで「純潔」に拘るグロテスクさに、その部分を巻き戻して何度も聞き返したのですが、多分間違ってはいないと思います。

手放しで性を謳歌した素晴らしい「思春の泉」を撮った日本映画が、そして日活が、10年も経たないうちに、グロテスクな「ガラスの中の少女」を生み出したという失速に少しショックを受けました。

吉永版「草を刈る娘」が、どんなふうに変質させられているか、なんだか知るのが怖くなってきました。

豊かになる、成熟するということが、いったいどういうことだったのか、一度ゆっくり考えてみなければならないかもしれませんね。

あ、そうそう、デビュー作といえば、この作品が宇津井健のデビュー作なのだそうです。

あらためて、大器は最初から、やはり完全無欠の大器だったのだなと、その堂々たる演技を見て、変な納得の仕方をしてしまいました。

誤解されると困るので、ひとこと付け加えておきますが、「堂々たる演技、あるいは構え」というのは、演技や台詞まわしの巧拙を言っているのではなく、自分が被写体として十分な存在感を持っていることを知っていて、だから周囲も、安心してカメラを向けることができる、今ではすっかり絶滅したそういう「二枚目的な存在」なのだと思います。

それから、言わずにはおれない薀蓄をもうひとつ、この「思春の泉」が公開された1953年11月3日は、奇しくも小津安二郎の名作「東京物語」の公開されたのと同じ日でした。

(53新東宝・俳優座)製作・高木次郎 山崎喜暉 佐藤正之、監督・中川信夫、脚本・館岡謙之助、原作・石坂洋次郎、撮影・横山実、音楽・斎藤一郎、美術・北川勇、録音・中井喜八郎、照明・関川次郎
出演・左幸子、宇津井健、岸輝子、高橋豊子、永井智雄、東野英治郎、辻伊万里、阿部寿美子、花沢徳衛、小沢栄、永田靖、千田是也、東山千栄子、成瀬昌彦、松井博子、城美穂、城よし子、
製作=新東宝=俳優座 1953.11.03 10巻 2,420m 88分 白黒
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by sentence2307 | 2007-08-08 08:48 | 映画 | Comments(0)

黒い潮

政治的な宣伝臭が鼻について、ついつい敬遠しがちなプロレタリア文学と、それを原作とした山村聡の「蟹工船」は、僕にとっては、普通ならきっと見過ごしても気に掛けないでいられる映画だったと思います。

ですが、世界中で作られた映画をことごとく自分の目で見尽くそうなどという無謀な宣言をし、つい引っ込みのつかない大見得を切ってしまった手前もあり、そしてたまたま見る機会もあったりということで、ずっと以前、その「蟹工船」を見たのですが、予想に反してこれが意外にも衝撃的な印象を受けた作品でした。

いえいえ、思想性がどうのとかいう話ではありません。

そのあとで原作も読んでみましたが、忠実な映画化であることを確認したくらいで、特に際立った「演出の冴え」とか「着想の奇抜さ」とかを感じたわけではありませんでした。

むしろその逆、演出者としての山村聡という人の資質、一貫して権力に挑みかかる怒りの姿勢を保ちながら、ストーリーに対する集中力を途切らせることなく、主題に喰らいついていくその執拗さ、のめり込み方の尋常でない一種異様な印象を受けたからでした。

それは、優れた映画に出会って常に感じるあの感覚と奇しくも同じ、僕の全存在がその作品が描く「とんでもない場所」へ強引に連れ去られてしまう拉致感というか、丸ごと飲み込まれてしまうような感覚です。

卓越した映像作家たちの目が捉えている異次元の奇怪な風景を、観客にも追体験させずには置かないあの強引さ、強烈な個性に押さえ付けられ為すがままにされてしまういわば「被強姦感覚」(あまりいい言葉とは言えませんが)のような感じというべきでしょうか。

とにかく、この作品「蟹工船」が自分の映画体験の記憶のなかに刷り込まれてしまい、監督・山村聡は僕の中では、ある「保留状態」のまま特異な場所に位置してしまいました。

今後、彼の監督したすべての作品を見通すことで、僕にとっての「監督・山村聡」がどういう形で記憶のなかに定着するだろうか、などと考えたりしていました。

記録で確認できる山村聡の監督作品は、蟹工船1953、黒い潮1954、沙羅の花の峠1955、母子草1959、鹿島灘の女1959、風流深川唄1960の6本です。

解説書によれば、後年の作品はどれもが人情の機微を繊細なタッチで描き上げた作品だそうで、権力に挑みかかる姿勢に拘った作品といえば、初監督作品「蟹工船」と、下山事件を扱った「黒い潮」だけだと知って以来、「黒い潮」をずっと見たいと思い続けてきた作品です。

「黒い潮」という作品の存在すら知らなかった僕にとって、下山事件を扱った作品でまず思い浮かぶのは、熊井啓の「謀殺・下山事件」1981でした。

この作品は、松本清張の「日本の黒い霧」だったか「昭和史発掘」だったかのなかの一編として僕も読んだ記憶があり、だから熊井啓作品に描かれている下山事件解釈・他殺説(脚本はともに菊島隆三です)は、僕にとってはきわめて受け入れやすい素直な解釈であり、こちらの方がむしろ僕たちにとっては、遙かにメジャーな解釈であって違和感は全然ありませんでした。

むしろ、自殺説に拘る姿勢を貫く「黒い潮」の方に、「こんなふうな見方もあったのか」という印象で却って新鮮さを感じたくらいでした。

大衆の暴走するユクエを敏感に先取りして、大衆の好奇に応えるべく風評や憶測で記事をでっち上げることで購買欲を煽り立てて「商売」を成り立たせていく新聞、その「公正と中立」という大義名分の影で行われるもうひとつの権力の迷走を、この作品は問いかけているのだと思いました。

熊井啓の「謀殺・下山事件」が、もっともらしい反権力の立場をとって、権力に挑み、果敢にも「真実」を追及し、巨大な権力の壁の前で口を封じられるという公式的なポーズだけの公明正大さ・恥ずかしいほど堂々と権力嫌いの大衆へ媚びていくいかがわしい姿勢が特徴だとすると、「黒い潮」は、大衆への迎合を拒み、自分が信じる「公正と中立」の信念によって、事実だけをもとにした「自殺説」を消極的に貫き通そうとしたことが、そのまま事実を隠蔽しようとした権力の意志と結果的に皮肉な符合を来たし、自殺説をも躊躇しつつ「真実はひとつだ」と言い続けながら権力の濁流に飲み込まれ、「勝ったけれども負けた」微妙な立場に追い込まれて詰め腹を切らされた新聞記者を描いています。

これは、当時にあっては十分に理解されることのないままに終わった、熊井啓作品よりもうひとつ先を描こうとした大人の映画だったのだろうなと感じました。

(54日活)(監督)山村聰(製作)高木雅行 (原作)井上靖(脚本)菊島隆三(撮影)横山実(美術)木村威夫(音楽)塚原晢夫(録音) 神谷正昭(照明)藤林甲(編集) 近藤光雄 (製作主任) 林本博佳 (助監督)鈴木清太郎、今村昌平、浦山桐郎、鍛冶昇
(出演) 山村聰、左幸子、滝澤修、夏川静江、下元勉、津島惠子、東野英治郎、河野秋武、信欣三、安部徹、沢村貞子、進藤英太郎、石山健二郎、千田是也、田島義文、清水元、伊沢一郎、石黒達也、柳谷寛、青山杉作、中村伸郎、小笠原章二郎、芦田伸介、下條正巳、武田正憲、山田晴生、浜村純、高島敏郎、外野村晋、山田禅二、河上信夫、雪岡純、三島謙、久松晃、神山勝、小柴隆、花村信輝、宮原徳平、三浜元、弘松巌、勝田完、紀原耕、深江和久、高野真、内藤武敏、四方正夫、中原敬七、小川虎之助、御橋公
1954.08.31 11巻 3,098m 白黒

* * *

翌1954年製作を再開した日活と監督契約を結び、同年「黒い潮」を監督する。

井上靖の原作、菊島隆三の脚本で、昭和24年7月に起こった国鉄総裁・下山定則の怪死をめぐって自殺説・他殺説が乱れる中で真実追求に向かいながら背後の巨大な権力に敗北する新聞記者の一連の行動を記者の人間性とこれを取り巻く社会状況を綿密に取り入れて、ひとつの政治映画として高く評価された作品であり監督・山村聡の名を一躍クローズアップさせた作品でもある。

出演は山村のほか、滝沢修、東野英治郎、左幸子、津島恵子といった顔ぶれで、助監督には鈴木清順、今村昌平、浦山桐郎、鍛冶昇がついた。

撮影は、54年春から夏にかけてじっくり行われた。

・・・新築の日活ステージに毎日新聞社をモデルとして編集局をステージいっぱいに組み込んだが、デスクの数は百以上、夜間ロケには驚くほどの大量の照明を使用した大掛かりなものであった。

スタッフも新会社に馳せ参じた若手の技術者ばかりで全員やる気十分、一ショットもゆるがせにしない熱気の篭もった撮影であった。

当時の新聞社にはすでに蛍光灯が取り付けてあったが、セットでは事件当時を再現するため旧型の電灯を使用、その白い笠をすべてブルーに吹き付けて画面のトーンを整えるなど細部に気を遣い、また冷房装置のない時代なので、本物の氷柱をデスクの脇に置いたが、これがライトの熱ですぐ溶け、何百貫という氷を使用した。

こうした綿密なセット撮影によって、映画は山村自身も、おそらく会心の出来と思われ、興行的にも再開日活の初のヒットとなった。

演出中の山村のスタンドインは若き日の浜村純が勤めた。

山村は、これでブルーリボン新人賞、毎日映画コンクール男優主演賞を獲得した。

キネマ旬報刊・日本映画監督全集「山村聡」の項(木村威夫筆)より抜粋
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by sentence2307 | 2007-08-06 00:03 | 映画 | Comments(0)

人間蒸発

かなり以前、あるひとつの疑問に囚われたことがありました。

今村昌平の「人間蒸発」は、はたしてドキュメンタリーなのだろうか、それともフィクションとして分類されているのだろうかと。

そんな疑問を抱いた当時に、もしインターネットというものがあったら、早速検索していたに違いありませんが、しかし、その当時でも、きっと自分が抱いた疑問に満足のいくような回答を与えてくれたとは思えない、いまと同じように、きっと失望したと思います。

最近、とみに痛感するのですが、「ネット」は、本当に僕の疑問に答えてくれたことがないのです。

教えてくれるのは、せいぜい「あらすじ」程度のものでしかありません。

この今村作品は、とても挑発的な作品です。

勘繰れば、被写体の出演者たちが、この映画が作られたとき、プライバシーの侵害や名誉毀損で騒いだということさえ、仕組んだ「やらせ」の一部だったのではないかと疑いたくなるくらいです。

それを裏付ける証言も2、3残されていると聞いたことがありました。

「あの母親とかいうのは、実は、新宿の飲み屋のおばさんだぞ」とか「オトトヤの兄ちゃんは、れっきとした俳優なんだぞ」とか。

それにこの作品が作られた当時、テレビを通して失踪者を探す番組が矢鱈に流行していたそうです。

そういう「風潮」を巧みに捉え、シチュエーションだけを拝借して、今村昌平はまんまと、アクの強い作品を「ドキュメンタリー」と称して作ったのではないかと勘繰りたくもなります。

いままで、なんとなくこの作品に近寄り難かったのは、まさにその「事実らしき横顔」をこの作品が持って身構えていたからかもしれません。

しかし、「ドキュメンタリー」という障碍がなくなり、純粋に仕組まれた今村作品だとするならば、かなり楽な気持ちでこの作品にアプローチできるような気がしてきました。

現代から見ると(テレビが煽り立てていた当時にあっては、それほどの違和感はなかったと思いますが)失踪した婚約者を探す早川佳江という女の設定は、少し強引すぎるような気がします。

自分の婚約者が、いったいどんな理由で自分の前から姿を消したのかと考えれば、きっとそこには自分を傷つけずにはおかないような知りたくもないことが潜んでいるに違いない、それは少なくとも「いいことのはずがない」と想像するのはきわめて普通のことかもしれません。

その想像=恐怖感が、あえて探そうとする気持ちを頓挫させたとしても、それほど不思議な気がしません。

しかし、早川佳江は気丈にも「失踪した婚約者」を探して回ります。

探し回るうちに、次第に撮影の同伴者・俳優露口茂に心を動かしたり、あるいはまた、姉が自分の婚約者と肉体関係を持っていたのではないかと疑念を持ち始め、幼い頃から確執し続け、反発してきた「ふしだらな姉」に対して「真実」を明かすように声を荒げて早川佳江は姉に詰め寄ったりします。

男を引き寄せずにはおかない姉の不潔な媚は、同時に人間的な魅力でもあることを十分に知っている早川佳江とって、男から避けられてばかりの自分の不器用さが呪わしく、悔し泣きする姿もこの映画は捉えています。

しかし、こうして映画のさきゆきが奇妙な捻れをみせ始めたところで、この「ドキュメンタリー」作品は、唐突に終わってしまいます。

この映画を通して見れば、まるで、妹の婚約者と肉体関係ができてしまった姉が、思いあまって彼を殺し、密かに死体を始末してしまったかのような悪意に満ちた印象を受けざるを得ません。

そして、その悪意の影は、したたかに言い逃れきる姉を最後まで覆いつくし、次第に悪魔のような不適ささえ見せてしまうくらいです。

この結末は、はたして、単に「煮詰まってしまった」だけの結末だったのでしょうか。

僕は最初、失踪した婚約者を探す早川佳江という女の設定は、少し強引すぎるような気がすると書きました。

しかし、あれは単なる「強引さ」だけではなかったのかもしれないと思えてきました。

すべてを知らなければ気がすまない女だからこそ、知らなければそれですんでいたかもしれない過酷な人生の寄り道に足を踏み入れ、そのために無残にも無意味に傷つき、そのように自ら「不運」を呼び込んでしまう結果になってしまっても、しかし、今村昌平が描く女たちは、そして早川佳江もまた、過酷な境遇にめそめそと押し潰されるような女などでは決してなく、肉親であろうと他人であろうと、掴み掛かっていって、あらゆる不条理さえも自分のものにしてしまう負の活力を漲らせている、そういう女を今村監督は描きたかったのだという気がしてきました。

この作品のなかで取り交わされる言葉のひとつひとつが耳に残ってどうしても消えません。

消えないのならば、せめてその言葉の赤裸々な響きにしばらくは身を委ねていようかと思っています。

「どう解釈したらいいのって、私、大島さんじゃないから分からないけど、私は会ったことないわよ。本当、心外よ。そういうこと言われるっていうの。」

妹をはじめ(妹だからなのか)いかなる他人の追及も頑として撥ねつけ拒み続ける早川サヨの否定に次ぐ否定の強靭さのなか、かつて己がカラダをひさいで底辺の社会を生き抜いてきたきらりと光る早川サヨのしたたかさに、今村昌平は、もしかすると却って心引かれ、すっかり魅せられてしまったのではないかと思えてしまうくらいです。

「どうとったらいいのって、覚えがないもの。・・・だけど、私覚えがないもの。・・・全然ない。・・・そんな覚えがないもの!・・・ないないないないないないいない」


(67製作・今村プロダクション、ATG、日本映画新社)監督企画・今村昌平、撮影・石黒健治、音楽・黛敏郎、録音・武重邦夫、編集・丹治睦夫、協力・浦山桐郎
出演・早川佳江、早川サヨ、露口茂
1967.6.25白黒/スタンダード/35mm/130分
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by sentence2307 | 2007-08-03 22:57 | 映画 | Comments(262)