世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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<   2007年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

せどり師

就職してからもうかなりの時間が経過してしまったのですが、いまにして痛切に感じることのひとつに、自分の自由にできる時間が少しずつ失われていくことと、それに伴ってかつて習慣だったはずのものが失われたという思いが、なにか取り返しのつかない郷愁のような、奇妙に哀しい喪失感として意識するようになったような気がします。

それらは、暇つぶしに苦労した学生の頃に、自分なりに身に着けていった、ひたすら無意味で、それだけにとても「贅沢な習慣」だったといえます。

そのなかのひとつに「古書店めぐり」というのがありました。

いまの生活から神保町の方へは足を向ける機会はまったくありませんが、学生の頃は、しばしば休講があったときなど、必ずといっていいくらい常に時間潰しに古書店街をぶらついたものでした。

どこといってほかに行くところもなかったのですが、貧乏な学生に許されることといえば古書店での「立ち読み」くらいで、当時は、本当にただの時間潰しにすぎなかったそういう時間が、いまとなっては、そういうことすべてが自分にとってとても重要な時間だったのだと最近痛切に感じています。

またいつか、時間と気持ちにゆとりが出来たときに、神保町に足を向けて再び古書店街を歩いてみたいなと思っています。

なぜこんな奇妙な感慨に囚われたかというと、少し前会社帰りの電車の中で夕刊を読んでいたとき、こんな見出しの記事に出会ったからでした。

見出しは、「絶版の文庫、50万冊以上」と書かれていました。

一応読書は、僕の数少ない趣味のひとつです、こんな見出しの記事があれば読まないわけにはいきません。

内容は、絶版の文庫本ばかり扱う古書店が北九州にあって、読者のニーズ(結構あるそうなのです)に答えているというのです。

そして、その在庫の数というのが、なんと50万冊以上と書かれていました。

この記事は「一般の図書流通では、ごみのように扱われる文庫本も、欲しい人にとっては宝物だ」という精神に基づいて書かれています、また、「せどり師」という新しい言葉を覚えたことも収獲のひとつかもしれません(イメージからは魅力的な仕事ですが、結構マニアックで地味なのかもしれませんね。)。

さて、文庫本の蔵書なら売るほどあるわが身として、こうしたネット古書店やネット・オークションを利用して新たな利殖の道が開けるのではないかという妄想が沸き起こりました。

われながら自分の素晴らしい思いつきに囚われ酔うようにして家路につきました。

明日にでも巨万の富を手に入れる大儲けの妄想に取り付かれてしまったのですが、歩きながら自然と笑い出してしまいそうな衝動に顔面の筋肉が支配されてしまいました(とても危険な兆候です)。

早々に夕食を済ませ、蔵書の(売るための)整理にとりかかりました。

自慢ではありませんが、勤め出して現在まで通勤の行き帰りに読み飛ばした文庫本は、優に500冊は超えています。

なにせ通勤時に読むに相応しい読み物といえば、ジャンル的には限定されざるを得ないのは当然です。

推理ものとか、歴史ものとか、利殖ものとか。

しかし、出品者としてネットにわが蔵書をさらすとなれば、そこは読書人たる者の見栄も外見も意識しないわけにはいきません。

意地もあります、などと奇妙なコダワリに囚われているうちに、する必要もないジャンル的な色取りなどに腐心しているうちに、時間がいたずらに経過してしまいました。

それに、ついページをめくり出すと、かつて引いた傍線などが気に掛かり、それを読んでいくうちに、とっくの昔に忘れていた「若かった」自分の一面にめぐり会い、懐かしさと、それから、そういう感情を失った時間の重さへの郷愁みたいなものがこみ上げてきて、自分の周りを埋め尽くしている本の中には、捨ててもいい本など本当は一冊もなかったのだと思い知らされました。

同時に、これが、いままでこれらの本を捨て切れなかった理由だったのだと改めて発見したような感じです。

結局、捨てたのは、古書で利殖を説いた夕刊だけでした。

そのあと、そういえば、こんなことが以前にもあったような気がするなとぼんやり考えていたら、そうそう、引越しのときに本を整理しながら、同じような思いに駆られて、結局引越し準備が滞り、散々の引越しになってしまったことが思い起こされました。
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by sentence2307 | 2007-09-29 18:44 | 徒然草 | Comments(0)

ルートヴィヒ

安倍首相の突然の辞任劇が、とてもショックだったことは確かですが、それが「政治的」な意味においてでなかったことだけは、なにか確信を持って言えるような気がします。

辞任によって政治の混乱を招いたといっても、正確に言えば「政治の空白」を作ったというだけで、安倍首相の不在によって日本が深刻な政情不安に陥ったかといえば、世情はきわめて平穏に推移しており、民衆は次の首相が選出されるのを静かに待っている(実をいえば、僕の周りでは、それさえ無関心という感じですが)という現状から見れば、こういう言い方は安倍首相には大変失礼であり残酷かもしれないのですが、むしろこの平穏さのなかには、一種の「ああ、(辞めてくれて)よかった」というような安堵感さえ伺えるように思われます。

それはつまり、その辞任によって「政治の混乱」をさえ招くことのできなかった影響力はおろか、存在感さえも乏しい政治家(いや、「政治家」とは到底いえないかもしれない)安倍晋三という人の存在そのものが、ただ鬱陶しい存在でしかなかったのではないかと勘繰りたくなるくらいです。

失笑をかってしまうほど空気を読めない(引き際を弁えない、ということでしょうか)政治家らしからぬ「安倍晋三」という人に大衆は、一種の苛立ちを持っていたような気がします。

ですので、あの突然の「辞任」には、安堵とともに、奇妙な違和感をもまた感じてしまったのだと思います。

しかし、最近よく思うことがあるのです。

それは安倍晋三という人をどこまでも「政治家」として見ようとするところに(本人も自分は政治家だと思い込んでいたところに)、そもそもの誤解があったのではないか。

そう考えたとき、ふいにヴィスコンティの「ルートヴィヒ」が思い浮かんできたのでした。

誰からも理解されることのない高邁な理想を抱き、狂王と呼ばれながら失意と孤独の生涯の果てに、イッカイの性格破綻者として狂乱のなかで自死(事故死かもしれません)に及んだこの王と安倍前首相を比較しようとすること自体途轍もない強引な飛躍であることは十分に承知のうえで、仮説を立ててみたのです。

安倍首相が辞任するに相応しい機会は、「かつて」も「これからも」いくらでもあり得たはずです、「今回」の間の悪いタイミング以外ならどこにでも。

郵政造反組を復党させてからの支持率の低下のとき。

参議院選挙で歴史上かつてなかったような大敗を喫したとき。

相次ぐ閣僚の会計処理のスキャンダルが立て続けに発覚したとき。

やがて給油法案が否決されるであろうとき。

誰もが納得できるタイミングなら、これからでもいくらでもあるはず。

なのに、よりにもよって、続投を表明し、組閣し、所信表明演説をした後などという最悪のときに何故、という奇妙な違和感が僕を捉えたのだと思います。

安倍晋三が首相になったとき、真っ先に唱えたのは「憲法改正問題」でした。

いまどき、正面きって「憲法改正」など、時代錯誤もいいところだという思いを抱きました。

いまや憲法など飾りでしかないことは、誰もが知っています。

変転進化する現実が、とっくの昔に、うわべはともかく、「憲法」の本質のところは「解釈」と「運用」によって、いまや大きく変えられてしまっていることは、誰もが暗黙裡に十分に認識しているところです。

いまさら憲法改正など持ちだす意味も、そして相応しい時でもないことは誰もが承知していることです。

民衆感覚からずれたその奇妙で時代錯誤な発想の理由はすぐに分かりました。

彼は亡霊=祖父が果たせなかった見果てぬ夢を実現しようとしただけだったのでしょう。

誰にも理解できない理想を、誰にも理解されない抽象的言語を弄して空回りさせた彼自身にとって、多分それが自身から発せられた本当の「理想」でなかったことが、つまり、「憲法改正」への熱い思いの核が、「まがいもの」だったところに、この日本の狂王の痛ましい悲惨があったのだと思います。

(72イタリア・フランス)監督・ルキノ・ヴィスコンティ、製作総指揮・ロバート・ゴードン・エドワーズ、製作・ウーゴ・サンタルチーア、脚本・ルキノ・ヴィスコンティ、エンリコ・メディオーリ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ、音楽・ロベルト・シューマン(子供の情景)、ルヒャルト・ワグナー(ローエングリーン第一幕の前奏曲・トリスタンとイゾルデ・タンホイザー、ジャック・オッフェンバック、演奏指揮 :フランコ・マンニーノ、撮影・アルマンド・ナンヌッツィ、編集・ルッジェーロ・マストロヤンニ、美術・マリオ・キアリ、マリオ・シッシ、衣装・ピエロ・トージ、配給:パンタ・チネマトグラフィカ
出演・ヘルムート・バーガー、ロミー・シュナイダー、トレヴァー・ハワード、シルヴァーナ・マンガーノ、ゲルト・フレーベ、ヘルムート・グリーム、イザベラ・テレジンスカ、ウンベルト・オルシーニ、ジョン・モルダー・ブラウン、フォルカー・ボーネット、ハインツ・モーク、アドリアーナ・アスティ、ソニア・ペトローヴァ、マルク・ボレル、ノラ・リッチ、マーク・バーンズ
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by sentence2307 | 2007-09-22 21:11 | 映画 | Comments(0)
サブプライムローンが、どうしたこうしたという大騒動に釣られて、普段読まない日経新聞を読んでいるうちに、この騒動のオチが、日経平均株価の全面アゲという脱力的な結論(脱力感に襲われたのは、きっと自分が金儲けのチャンスをイタズラに逃したというだけのことなのですが・・・)に結びついてしまったみたいで、なんか気が抜けてしまいました。

しかし、本当は、まだまだ大変なのだろうと思いますが、なんか出来の悪い喜劇を見てしまったようで、奇妙で悲しい皮肉な感じに囚われて白けながら、ふと我に返ったとき、株価の記事を読む目の端で微かに捉えた記事のことが鮮明に思い出されました。

アンジェイ・ワイダ監督が、最新作「カチン」を発表したという記事です。

金に目がくらんでいたとはいえ、記事の内容は、しっかり覚えています。

しかし、それがいつの新聞だったかが、どうしても思い出せません。仕方なくネットで「カチン」と検索してみました。

ありました、ありました。

「【ポーランド発】アンジェイ・ワイダ監督が映画「カチン」を発表、旧ソ連がポーランド将校らを虐殺した「カチンの森事件」を題材に[9/13]」という簡単なものでしたが、しかし、そこには、はっきりと9月13日の日付がありました。

9月13日の朝夕刊の新聞を取り出して探した結果、記事は簡単に見つかりました。

見出しは、「ワイダ監督が、新作『カチン』-歴史の闇に迫る」とあります。

記事の全文はこうです。

「【ウィーン=桜庭薫】映画監督アンジェイ・ワイダ氏は、ワルシャワで12日、メディア向け上映会で最新作「カチン」を発表した。
第二次大戦時、ソ連がポーランド将校らを最大2万人2000虐殺した「カチンの森事件」を題材にし、同事件の解明に消極的なロシア政府の反発は必至だ。
高齢のワイダ監督が、「最後の作品」と位置づける意欲作が第二次大戦の史実の再検証を迫る可能性がある。
「カチン」は、劇映画の形式で、第二次大戦でポーランド将校だった夫の帰りを待ち続ける妻の一生を描く。
ソ連による虐殺で、夫が命を失ったことを知らされず、自ら調査しようとしても、事件にフタをするポーランドの共産主義政権に阻まれる。
ワイダ監督は、記者会見で『カチンを取り巻く嘘を多くの人に知ってもらいたい』と語った。」

ワイダ監督が追求したのは、まさに「反帝反スタ」だったわけですよね。

なんだか懐かしいのですが、僕としては、「灰とダイヤモンド」で、マチェック(確かそうでしたよね)が、警備兵に撃たれて野良犬のように死んでいくある場面の象徴的な印象が強烈で、あのテロリストの青年が、政治的にどういう立場にいたのかなんて全然考えもしませんでした。

ワイダが語りたかった「政治的なメッセージ」と、僕たちが心揺さぶられた「野良犬のような死」の素晴らしいイメージの間には、きっと決定的な乖離があったのだと思います。

当時「灰とダイヤモンド」後の反帝反スタ・アンジェイ・ワイダの方向性に密かに失望したのは、きっと僕だけではなかったと思います。
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by sentence2307 | 2007-09-20 23:47 | 映画 | Comments(100)

胡同のひまわり

これは、長年にわたる父と子の確執を、文化大革命という時代の大きなうねりを背景にして描かれた作品です。

文化大革命によって画家として大成することの夢を砕かれた父親が、自分では遂に成しえなかったその夢を息子に託しながら、しかし、父親の愛情を実感することのできない息子には、ただの迷惑な重圧でしかなく、心はますます離れていくという父親と息子の葛藤と断絶とが、かなりシニカルに描かれています。

しかし、見終わったあとに奇妙に残る違和感というか「消化不良感」が、「父と子の葛藤の物語」という言葉が醸し出す繊細なイメージからは、この映画の印象がだいぶズレていることを直感的に感じとったということだったのかもしれません。

物語が描く「葛藤」が、最後には「和解」あるいは「和解できなかった」ことを結論づけなければならないのは、物語を収拾するうえでの宿命のような気がします。

この映画で「和解」あるいは「和解できなかった」ことを結論付けている明確な答えが描かれていたとすれば、きっとこのような違和感を感ずることもなかっただろうと思うのです。

文化大革命で地方に強制労働に借り出されていた父親が、何年振りかで家に帰ってくるところから、この物語は始まりました。

それまで、母親と二人だけの自由気ままな生活を送ってきた少年にとって、突然割り込んできて、しかも、なにやかやと干渉してくる「父親面」したこの鬱陶しい男の存在に苛立ちの切羽詰った思いを募らせていくなかで、到底我慢できない思いを抱えた息子は、その押し付けがましい指示のなにもかもに悉く反発します。

父親にとっても、押さえ込もうとすれば、なおさら反抗的になる息子の放埓な行動に手を焼き、思案のすえに、文化革命によって打ち砕かれた自分の「絵描き」としての夢を少年に託そうと決意して、付きっ切りで絵の技術を少年に厳しく仕込もうとします。

しかし、その結果、少年の心に積み重ねられていく鬱屈した思い、もっと自由に過ごせたかもしれない大切な少年期を無意味に喪失したという憤りと深い傷が、成人になるまで残ってしまいます。

映画の前半は、父と子のこうした確執と気持ちの行き違いを繰り返しながらも、どうにか「お父さん」と呼べるようになる息子の心の成長が描かれていく・・・などと書くと、そのあと息子の将来のために父親は息子の恋人に中絶を強要する場面(最後の部分、孫を産むことを願う父の申し出を拒む場面と微妙に照応し合っているのかもしれませんが)など、ちょっと理解を超えた場面もあるのですが、そもそも僕の疑問は、父親の突然の失踪の理由がまったく理解できないところにありました。

孫の出産を強く願う父親が、息子夫婦の堕胎の決意に反対したことで、突如息子から、父が今までわが子にしてきた理不尽な行為を悉く詰られます。

息子の中で長年鬱積してきた憤りが、時を得て突然噴出したという感じです。

「あんたは一度として僕のやりたいことを聞こうともしなかった。
あんたは、自分のやりたいように幼い僕にさせてきただけだ。
そして、僕が本当に助けて欲しい時には、氷水に僕を落としただけだ。
もうたくさんだ。
産む産まないは二人で決める。
言っておくが産むとしても、あんたたちのためなんかじゃない。」

息子から浴びせられたこの強烈な罵倒に対する父親の答えが、失踪のあとで、父の部屋のテープに吹き込まれていました。

「幼い頃から愛情を感じなかっただろう。
それが私には負い目だった。
だから私は家に戻ったとき、こう誓った。
お前のために生きようと。
世界で一番愛しているのは父だと分かって欲しくて。
だが、やり方が分かっていなかった。
努力すればいいとだけ思って、間違っているとは少しも思わなかった。
お前の言うとおり、私は父親不合格だ。
この点では人生を失敗している。
絵に関しては相当恨まれているはずだ。
だが私の目は正しかった。
お前の才能だ、まだまだ伸びる。
いい父親になることは、とても難しいことだ。
父親の本当の意味はうまく言えないが、それを教えてくれるのは人生かもしれない。
願わくばいつの日か、よき父親になって欲しい。
私は、何十年も仕事と家族に時間を費やし、自分のことを考えなかった。
日々の生活には流されてしまう。
だから決めた。
残りの人生で自分のためになにかしようと。
心配ないから捜さないで欲しい。」

息子に拒まれ、自分は父親失格だったけれども、お前の才能を認めていたことは間違いなかったじゃないか。
しかし、もう家族のために生きることはやめた、残された時間は自分のためだけに使おうと思う。
自殺はしないから、捜さないで欲しい。

父親は息子に拒まれたことで父親失格と感じ、自分のためだけに生きることを決め、家族を捨てて彼らの前から姿を消したのです。

失踪の理由に「愛情」や「誠実」の断片をなんとなく予想していた観客にとって、ここに語られている「失望感」や「放棄」に至る身勝手な論理から、家族の前から立ち去っていく理由は、到底見出すこともできず、納得もできません。

新しい家族を家に迎えた日、玄関先にひまわりが飾られている場面から推測すると、父親がまだ生きているらしいことが分かります。

僕は、このラストを見ながらひとつの仮説を立ててみました。

父親は、画家として息子が立派にひとり立ちしたので、これで自分の役割は終わったと判断して家族の前から姿を消したのだと。

しかし、何故それだけのことで立ち去る必要があるのか。

そして、そんなふうにして父親に去られた残された家族も、それほどのダメージを受けていないらしいラストシーンは、とても不可解でした。

(05中国)監督、脚本:チャン・ヤン、脚本:ツァイ・シャンチュン、フォ・シン、撮影:ジョン・リン 、音楽:リン・ハイ
出演:スン・ハイイン、ジョアン・チェン、リウ・ツーフォン、チャン・ファン、ガオ・グー、ワン・ハイディ、チャン・ユエ、リャン・ジン、ホン・イーハオ、リー・ビン
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by sentence2307 | 2007-09-17 08:40 | 映画 | Comments(0)

人事も経理も中国へ

先週の夜、風呂上りにビールを飲みながらNHKの総合テレビを見ていたら、NHKスペシャルで「人事も経理も中国へ」というタイトルのドキュメンタリーをやっていました。

忙しさに取り紛れて、ほとんど忘れ掛けていたのですが、今日のBS1の番組表に1時30分から再放送されるということを知って、記憶が甦ってきました(まあ、それほど大袈裟なものでもありませんが)。

しかし、結構強烈な印象だったので、覚えとしてこのブログにメモしておこうと思います。

確か京都か大阪の通信販売の会社での話しです。

日本でますます高くなっていく会社の人件費をどうするか、経営の合理化のために無駄な人件費をできるだけスリムにする、つまり、解雇とか自主退職とか自宅待機とか行きっぱなしの出向とか、ということにつながっていく深刻な問題が背景にあります。

その会社では(確か、日本IBMの事業の仲立ちを得て)中国・大連にある仕事請負会社に、その会社の経理と人事の仕事を任せており、現在かなりスムーズにコトが運んでいるという状況が前提としてあって、それならば「総務課」の仕事の一部でも中国に任せられないかという提案が会社側からなされたところからこの番組は始まります。

僕もかすかに知っていますが、総務の仕事は、予算の作成など最重要なものから、いわば雑用的な、これだというものがあってないような性格のものが多く、それを雑用といってしまえばそれまでですが、このあたりがうまく機能しないと、どの部門の仕事も滞ってしまうという大切なところです。

そのなかなか体系化できない細々とした雑学百科事典のような知識をすべて頭に入れていることを自慢にしている総務課の最古参がどこにでもいるもので、「総務課」の仕事を中国に請け負わせるという会社側の提案に「できるわけがない」と、まず冷笑を浴びせて拒否したのがその最古参のミスター・総務課でした。

しかし、度重なる会社の強いプッシュに押されて「できるものなら、やってみたらいいでしょう」と譲歩して、やがて中国から研修にきた大学出立ての、車の車種さえ分からないような「小娘」を見て、俺の仕事はこんなものかとプライドを深く傷つけられ、また、仕事のなくなった経理や人事の同僚が会社を去っていくことも、彼の気持ちに重くのし掛かり、なおさら頑なになっていく様子が描かれています。

そんななか、中国から来た「小娘」へのレクチャーは続いています。

彼女と口も利かなかったミスター総務課も、きっと立場上仕方なく彼女へのレクチャーに参加するようになります。

仕事が進行していくなかで画面は、彼女が中国の農村の出で、苦労して大学まで卒業させてくれた両親の姿を写し、なんとか両親に楽な暮らしをさせてあげたい恩返しをしたいという彼女の熱い思いを語らせながら、総務課の「引継ぎ」の仕事にひとり懸命に取り組んでいる彼女と、いまの日本の若者に欠けているその懸命さに心動かされるものを感じて、自分が若いときに持っていた懸命さとが次第に重なり合って、ミスター総務課が心を開いていく過程が静かに描かれていました。

まるで良質の映画を見ているような感銘を受けました。

背景には、少しずつ仕事を失っていく日本の深刻な状況もあっての感銘なのですから、それはとても複雑なものがあるわけですが。

しかし、その番組のなかでこんなことが語られていました。

中国への仕事の請負をミスター総務課がしぶしぶ同意した直接の切っ掛けは、中国が日本の五分の一の経費で仕事をするという部分です、一方で中国の外国語大学の日本語学科を卒業すると、給料が2倍~3倍に跳ね上がるという部分もありました。

どちら側に身を置くとしても、これは気が重くなるばかりの話なのですが・・・。

これって、絶対映画にできる題材だと思いました。
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by sentence2307 | 2007-09-10 21:47 | 映画 | Comments(0)

鶴八鶴次郎

ヒョンなことから、成瀬巳喜男監督のスランプ時代の作品が、いかにも作品的に弱弱しく、そしてそれが、いかに成瀬監督自身が混乱していたアカシであるかということを、意に反して、なりゆきから証明しなければならない羽目におちいりました。

数年前に、自分としては絶賛の積もりで「歌行燈」を評価したことがあります、また、僕の知る限り誰一人理解を示そうとしなかった「浦島太郎の後裔」でさえ、想定し得る限りの状況証拠を連ねて、僕なりの「評価」を試みたこともあったくらいです。

きっと僕は、肩肘張ってリキみ返ることが嫌いな成瀬巳喜男という人が、心の底から生理的に好きなのだと思います。

だから、たとえスランプの時期に撮られた力のない(解説書には、必ずそんな書かれ方をしています)、混迷の極みのような作品であろうとなかろうと、成瀬作品であるなら、ただそれだけでOK、彼の作品の悉くを受け入れる用意さえある積りでした。

それが、ある酒宴で、いつの間にか、まったく逆の立場に追い込まれてしまったというわけなのです。

つまり、話の発端は、こうでした。

酒席で、友人が成瀬作品の「鶴八鶴次郎」の話を一生懸命僕に語りかけてきたのです。

あの作品、特に鶴次郎が、鶴八の行く末を慮って(おもんぱかって、と読んでください)、わざと仲たがいして別れるように仕向ける場面、その話を聞きながら、この作品に感動した友人が、女の幸せを願って身を引く男の悲しい心意気を、どうにか僕に分からせようと懸命に話してきかせてくれたのです。

その懸命さから、彼が、この作品を僕が未だ見ていないと思っているらしいことが薄々分かりました。

普段なら、その語りが熱く一生懸命であるならなおさら、相手の話のコシを折らないように、自分がその作品を見てないことにして、その話に同調してもよかったかもしれません。

ごく普通の「普段」なら、もちろんそうしていました。

まあそれが、社交辞令ってものですものね。

しかし、「鶴八の行く末を思って、わざと仲たがいして鶴次郎が身を引いた感動的な話」と聞かされては黙っているわけにはいきません・・・みたいな苛立ちというか、怒りのような衝動が不意に自分の深い所から突き上げてきたのです。

成瀬巳喜男がそんな甘甘な人情話を描くわけがない、僕たちが見る「鶴八鶴次郎」が、たとえ成瀬の意が及ばず、腰砕けになった無残な失敗の「結果」にすぎなかったとしても、その向こうに「あった」はずの成瀬巳喜男の真情をなんとか言葉にしてみたいという衝動に駆られたという感じでした。

三味線の鶴八と太夫の鶴次郎は、お互いに惹かれ合い、恋愛に近い感情を抱いており、傍目からも似合いのカップルとして認知されていたくらいですが、それが一旦「芸」のこととなると、互いに自分の主張を譲らず、大喧嘩を繰り返します。

その結果ふたりは喧嘩別れをして、鶴八は幸せな結婚をし、ひとり残された鶴次郎は、芸の活気を失うとともに落ち目の芸人として場末を渡り歩くという辛酸を舐めさせられます。

酒に浸り込んでいくその彼の窮境を案じ、見かねた鶴次郎の贔屓筋が、鶴八と組ませることで再び往年の人気を取り戻させようと画策するのですが、そのとき鶴次郎が示した、幸せな家庭生活を送っている鶴八へのせめてもの思いやり(落ち目の自分の都合で鶴八から幸せな家庭生活を奪うことだけはしたくない)として、あの苦しい決別が描かれていました。

しかし、その「決別」の奥にあるものが、鶴八にとっての甘甘な思いやりだけではないことを、僕は友人になんとか話したかったのだと思います。

そこには、お互い好き合っていながら、「芸」のこととなると決して譲ることができなかったという冒頭に描かれていた思いを引き摺っていたに違いありません。

ただ相手の幸せのことだけを考えていたわけではない、という気がしました。

相手のことが好きなら、なぜ自分の主張を少しくらい抑えられないのか、という素朴な疑問が僕にはずっとあったからでした。

それが「芸」に関することだからなのかと考えると、鶴八とコンビを解消した後に鶴次郎を襲った落ち目は、まさに彼の無能を明かしてしまっていることになり、そのことを思い知らされることは芸人としてとても辛い耐えられないことだったに違いありません。

しかし、その「決別」は必ずしも男の側が一方的に身を引くという遣り切れなさだけがあるのではない、という思いが僕のなかにはずっとありました。

「幸せな家庭生活を送っている」はずの鶴八が、持ち掛けられた復帰の話に思わず心を揺らす何気ない描写のなかに、意に満たない家庭生活を送っている女の寂しさがそれとなく描かれていて、ふたりの孤独な思いが「芸」を介在にしながら、どうしても一緒になれない男と女の、そして人間の、引き摺り続ける遣り切れない重さみたいなものを、僕は友人に話してみたかったのだと思います。

果たして友人が、僕の話をどう聞いてくれたのか、機会があればまた「それとなく」訊いてみようと思っています。

(38東宝・東京撮影所)製作・森田信義、監督脚本・成瀬巳喜男、製作主任・篠勝三、原作・川口松太郎、撮影・伊藤武夫、音楽・飯田信夫、装置・久保一雄、録音・道源勇二、編集・岩下広一、新内指導・富士松佐賀尾
出演・長谷川一夫、山田五十鈴、藤原釜足、大川平八郎、三島雅夫、横山運平、中村健峯、柳谷寛、山形凡平、福地悟朗、椿澄枝、清川玉枝、伊藤智子、松岡綾子、山田長正、榊田敬治、真木順、藤輪欣司、丘寵児、渥美君子、美沢由紀子、香川澄子、三條正子、三浦矢柄子、臼井サキ子、春本助次郎、文の家かしく、竹本小和光、鶴沢清三、
1938.09.29 日本劇場 10巻 2,436m 89分 白黒
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by sentence2307 | 2007-09-08 08:32 | 映画 | Comments(3)