世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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裸の十九才

日本映画専門チャンネルで、ここ数ヶ月にわたって新藤兼人監督作品の特集をずっと放映しています。

ただ、僕には、ある時期の新藤監督が陥っていた(としか思えないのですが)手法がどうしても理解できず、戸惑いと拒否反応が先入観として残ってしまった辟易した諸作品があって、「新藤作品離れ」を起こしていた時期がありました。

きっとその最たるものが「鉄輪」72だったような気がします。

新藤作品の魅力は、あくまでも粘っこい散文的なところにあると勝手に信じていた僕にとって、あの斬新な方法論にひたすら挑戦したような自滅的というか、どう贔屓目に見てもあの身の丈に合わない「ATG調」に無理やり自分をあてはめて、時勢に迎合したあのような作品には(きっと時代がそうさせたのだと思いますが、過剰な「性」描写へのこだわりなども)到底理解を超えたものがありました。

なにもそんなに時流にオモネルことはないじゃないか、新藤兼人は新藤兼人らしく堅実で愚直なリアリズムで、粘っこく現実ににじり寄っていけば、それだけでいいではないか、という思いが強く、とてもついていけそうにないという失望を抱いたのだと思います。

それくらい「鉄輪」は強烈すぎて、敬遠というか嫌悪感が、僕のなかに刷り込まれてしまって、それ以来新藤作品に対しては、熱心な観客では、なくなってしまったかもしれません。

ですので、この一連の特集の、未見作品も含めた多くの新藤作品と出会えることは、僕のなかの戸惑いを、どうにか処理できるかもしれないという気持ちもあって、そんな気持ちで幾つかの作品を観ていくうちに、次第に見えてきた新藤監督のテーマというのが、「母親」なのだなとやっと気がつきました(少し遅すぎたかもしれません)。

そう見ていくと、例えば、それまでは、稚拙すぎるという印象が強くて、見ている方が気恥ずかしくなるくらいの気おくれから、作品のなかにどうしても踏み込めないでいた例えば「触角」70という作品なども、だんだん分かり始めてきたような気がします。

むしろ、そのあまりにも素直すぎるメッセージに、なんだか好感をさえ持ち始めている自分に気づいたくらいでした。

あるいは、息子の家庭内暴力と父親による殺害を描いた「絞殺」79なども、母親という大きな繋がりの中で語られた息子の、父親への憎悪の物語だったんですね。

そして、未見だった「裸の十九才」に出会いました。

なぜ永山則夫が「連続射殺魔」にならなければならなかったのか、集団就職で上京した貧しく無力で孤独な少年が、うわべだけは豊かな都会のなかで無力で惨めな自分をしたたかに思い知らされ、痛みつけられ、そしてただ抹殺されていくただの消耗品として、高度成長の末端でゴミのように自分たちを使い捨てる社会に対しての憤りを核にしながら、踏みにじられた自尊心の唯一の生き場所として、かろうじて息つくことを許されている「虚」の場所で、自分にも他人にも必死に吐き続ける嘘→無視され抹殺された自分の存在を虚偽によって保たなければならなかったのかもしれません。

そして、その嘘で塗り固めた彷徨のなかで、たまたま手に入れた拳銃は、この社会から疎外され追放された彼が、ただひとつ社会と繋がり得るアイテムだったのだと思います。

無視され抹殺され、自分の存在を虚偽で確かめてかろうじて保たなければならなかった彼にとって、唯一社会と繋がり得る方法とは、ただ市民を射殺することだったのだという悲惨をこの作品は描いています。

しかし、この映画が、社会への憤りに突き動かされ、拳銃を向ける相手が、例えば、自分に牙を剥く悪意ある相手だったとしても、現実には、自分とあまり変わらない立場の市井の庶民を殺して回ることでしかない惨たらしさまでをも描き込んでいるかといえば、それは疑問のような気がします。

そして、その代わりのように、もうひとつの「理由」として、母親から見捨てられた少年の孤独がダブルイメージで描かれているわけですが、しかし、はたしてそれが連続殺人の理由を十全に説明できたといえるのか、肩透かしを食わされたような軽い失望感を禁じ得ませんでした。

この時期、日本をさすらいながら縦断するシチュエーションを借りて、高度経済成長の影の部分で深刻化にしていった日本の荒廃を描いた優れた作品が幾つもありました。山田洋次の「家族」、そして大島渚の「少年」なども、そういう作品だったと思います。

どうしてもそれらの作品群と比較してしまう「裸の十九才」は、皮肉などではなく、新藤監督のオリジナリティが発揮された作品なのだなあと思いました。

(70近代映協・東宝)監督・新藤兼人、製作・絲屋寿雄、能登節雄、桑原一雄、脚本・新藤兼人、松田昭三、関功、撮影・黒田清巳、高尾清照、音楽・林光、小山恭弘、美術・春木章、録音・大橋鉄矢、照明・岡本健一、編集・榎寿男、ナレーター・宇野重吉、
配役・原田大二郎、乙羽信子、吉岡ゆり、鳥居恵子、太地喜和子、佐藤慶、草野大悟
1970.10.31 9巻 3,285m 白黒 シネマスコープ
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by sentence2307 | 2007-11-25 12:07 | 映画 | Comments(1337)

森の石松

多分、会社の意向でプログラム・ピクチャーをこなさなければならない監督に多い事例なのかもしれませんが、その人の生涯に撮られた作品群を見ていて、どう考えてもその人のタイプじゃない異色の作品というのに遭遇することが、ときたまあります。

僕にとって、吉村公三郎が松竹京都で撮った「森の石松」49が、ちょうどそういう作品でした。

「安城家の舞踏会」や「偽れる盛装」や「源氏物語」を撮った吉村公三郎が、ほぼ同時期に、どういうモチベーションで「森の石松」なんかを撮ることができたのか、どう考えても結びつかないのです。

それはきっと、「森の石松」という通俗的な物語が、女の情念にこだわるような作品の多い吉村公三郎には、到底相応しくないと考えていたからだと思います。

だからなおさら、その作品が、僕たちのそうした固定観念を一気に突き崩すようなひと癖もふた癖もある斬新な作品に違いなく、いつかは是非見てみたいという気持ちだけが募って僕の中で育ち続けていたのかもしれません。

そんなとき、たまたまWOWOWのプログラムを見ていたら「森の石松」というタイトルを見つけたので、なにはともあれ早速録画しておきました。

撮りためた録画を、ゆっくり見ることができるのは土日だけなので、待ちに待った土曜日の夜にようやく「森の石松」を見ることができました。

しかし、なんとそれはまったく別な作品でした。

またまた大チョンボです。

録画されていた作品は1957年製作の大映作品・勝新太郎主演の「森の石松」でした。

僕たちが講談や浪曲でよく知っている極めてオーソドックスな、そのまんまの「森の石松」です。

清水の次郎長役は黒川弥太郎、そして都鳥の吉兵衛役は小堀明男が演じています。

マキノ雅広監督が東宝で撮った「次郎長三国志」シリーズで次郎長を演じたのが小堀明男だったこととか、山中貞雄が京都太秦で撮った日活での最後の作品「森の石松」37で次郎長を演じたのが黒川弥太郎だったとか、などを思い出しながら、この作品を見ました。

わが国の三国志は、天下国家の乱れを憂いた豪傑たちの一大戦記ではありません。

わずかな縄張りと利権を奪い合い、闇討ちと奇襲を延々と繰り返すだけの、なんとも救いのない話ではあります。

しかし、大衆の絶大なる支持によって延々とヒットし続けた「次郎長三国志シリーズ」の揺るぎ無い事実を前にしては、僕の愚痴も無力化されてしまうのは当然なことかもしれません。

そして、大衆が「森の石松」の何を支持しようとしているのか、が僕の長年の疑問でした。

たとえば、安倍晋三前首相が、超めぐまれた環境のなかに生を受け、ひたすらエリート・コースを歩んだ生い立ちを経て、民衆感覚から遥かに隔たったブヨブヨの感性を培ったその最後で、まるでそれらの報いを受けるかのような、ほんのかすかな挫折と完全な失墜に終わった皮肉な物語を、はたして大衆は「森の石松物語」のように支持するかどうか。

「森の石松」という物語の魅力は、きっとその下降性と陰惨な自滅とにあり、まだ想像するしかありませんが、吉村公三郎作品の「森の石松」もそのあたりを描いているのではないかというのが期待というか、いまだ果たされていない僕の吉村作品への夢のような想像です。

(57大映京都撮影所)製作・酒井箴、企画・山崎昭郎、監督・田坂勝彦、助監督・佐藤渉、脚本・村松正温、撮影・武田千吉郎、音楽・渡辺浦人、美術・神田孝一郎、録音・奥村雅弘、照明・古谷賢次、スチール・杉山卯三郎、製作主任・黒田豊、
出演・勝新太郎、小野道子、阿井美千子、黒川弥太郎、千葉登四男、春風すみれ、小堀明男、浜世津子、ダイマル、ラケット、潮万太郎、荒木忍、寺島雄作、原聖四郎、伊達三郎、五代千太郎、東良之助、葛木香一、光岡龍三郎、南条新太郎、堀北幸夫、玉置一恵、浜田雄史、藤川準、 郷登志彦、大国八郎、武田龍、沖時男、小柳圭子、金岡磨理子、
1957.09.03 10巻 2,384m 白黒
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by sentence2307 | 2007-11-04 19:14 | 映画 | Comments(2)