世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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<   2008年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧

にっぽん昆虫記

「七人の侍」において、野武士たちに拉致され、ひたすら男たち嬲られ弄ばれる農婦を痛々しく妖しく演じた(あるいは、求められた)女優・島崎雪子の印象を書いて以来、黒澤作品における「女優」の扱われ方について、少しだけ考えてみました。

もともと男たちの物語を力強く濃密に描く黒澤作品ですから、登場場面が限られている女優というだけで否応なく印象に残ってしまうという過重を抱え込む定めにあるのは、あるいは避けられないことだったかもしれません。

問題はその、男の視点から強引に作られていく女性の「印象」の在り方です。

野武士に拉致され、性の奴隷となって粗野な男たちによって辱めを受けた農婦が、逢いに来た夫の救いの手を拒んで、彼の目の前でみずから死を選ぶという設定の、いわば説得度みたいなものでしょうか。

夫に顔向けができないほど穢れた自分は、せめて操をたてて(操を立てるにしては、この自死は遅すぎるような気がしますし、もし夫にあんな形で逢わなければ、果たして彼女は死を選んだだろうかという疑問とか、逆にそういう妻を夫は果たして非難しただろうかという交錯した疑問が縷縷残ってしまいます)潔く死を選ぶという設定でした。

黒澤明が描く誇り高い男たちなら、それこそ「辱めを受けるくらいなら、潔く死を選ぶ」という生き方(死に方)は、ごく真っ当な在り方だったに違いありません。

しかしまた、そういう在り方・ある意味卑弱な倫理観を女性の側、つまり農婦=女優に求めたあたりが、黒澤明という映画監督の限界だったような気もします。

その否定的な視点(死も選ばない、絶望もしない、性交を強いられたくらいのことで、あるいは強姦された程度で汚されたなどとは思わないというしたたかな考え方)を教えてくれたのが、今村昌平作品との出会いでした。

つまり、「にっぽん昆虫記」との出会いだったと言ってもいいかもしれません。

貪欲で狡猾な男たちから、たとえどんな「犯され方」をされるにしろ、そして、体内に精液をたっぷりと注ぎ込まれたにしろ、その男たちの悪意に満ちた毒を取り込んだ女たちは、それこそ、それを栄養に変えてどんどん強くなっていく姿が今村作品には描かれていました。

踏まれても、蹴られても、捻じ伏せられて強姦されても、再び立ち上がって歩き始める、現実に生きる庶民も、きっと「そう」だったに違いありません(今村監督が「逞しさ」と描いた部分が、庶民にしてみれば「死ぬ選択などハナから持たない」という切実なものだったにせよ)。

きっと当時の僕が本当に欲しかったものが、黒澤監督作品のような絵に描いた「理想」などではなく、リアルな「現実」に向かっていく負の活力を欲していた気持ちとぴったりと合致したからだと思います。

そんな気持ちで、久しぶりに見返したこの「にっぽん昆虫記」でした。

今村監督が、かつて松竹の助監督から、その映画人生のスタートを切ったとはいえ、作品から「松竹らしさ」を見つけ出すことは、とても困難なことだと思っていました。

今村作品は、どこから見てもコテコテの日活作品に間違いありません。

どの時代に撮られたどの作品も、しっかりとした「日活作品」です。そう思い続けてきましたし、いまでもその気持ちは変わっていません。

知識としてなら、松竹時代に助監督として「麦秋」、「お茶漬の味」、「東京物語」についたということを知っている程度で、そのことの影響を今村作品のなかに感じることは、たとえ「きざし」といえども有り得ないと感じてきました。

作風が天と地ほども異なる今村昌平と小津安二郎です、どうこじつけても、それらの作品に松竹色や小津調の影響・共通性をみつけることは、到底考えられないこととずっと感じ続けてきました。

しかし、今回この「にっぽん昆虫記」を見直していて、家族から馬鹿にされる知恵遅れの父親に向けられた娘・左幸子の、愛情溢れる憐憫の思いが、これほどまでに濃厚に描かれていたのかと、ちょっと意外でした。

以前見たときは、きっと近親相姦的な印象が強烈過ぎて(子供の頃、お風呂屋さんの脱衣場に張ってあったポスターは、父親に胸を吸わせている左幸子の半裸の衝撃的な写真が使われていたので正視できなかったことをいまでも覚えています。)、その「父と娘」の関係の部分まで注意がいかなかったのかもしれません。

そして、もしかすると、この作品は、今村昌平にとっての「晩春」なのではないかという突然の思いつきに、雷に打たれるような思いがしました。

中小企業の社長の妾になり、一方では悪辣なコールガールの元締めに上り詰める左幸子の吐く印象的な言葉に「わたし、安定したいの」というのがあります。

どこへ行っても、どのようにもがいても、決して「安定」などできない彼女の帰る場所が、結局は父親の元にしかないことが、今回この作品を見てよく分かりました。

この作品「にっぽん昆虫記」は、今村昌平にとっての「晩春」なのだ、そうに違いないと思い始めています。

(63日活)監督脚本・今村昌平、脚本・長谷部慶次、企画・大塚和、友田二郎、撮影・姫田真佐久、音楽・黛敏郎、美術・中村公彦、編集・丹治睦夫、録音・古山恒夫、スクリプター・斎藤耕一、照明・岩木保夫、
出演・左幸子、岸輝子、佐々木すみ江、北村和夫、小池朝雄、相沢ケイ子、吉村実子、北林谷栄、桑山正一、露口茂、東恵美子、平田大三郎、長門裕之、春川ますみ、殿山泰司、榎木兵衛、高緒弘志、渡辺節子、川口道江、澄川透、阪井幸一朗、河津清三郎、柴田新三、青木富夫、高品格、久米明
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by sentence2307 | 2008-02-28 22:54 | 映画 | Comments(1)
昨年来、棄てるに棄てられなかった「日本経済新聞」を、ついに処分することに決めました。

何年か経って現在を振り返ったとき、後世の人々はこの激動の時期をどう呼ぶだろうかと考えるとき、きっと「サブプライム・ショック」(そのまんまですね)とでも命名するのではないかと思うのですが、そういうわけで、この騒動が落ち着いたら市場分析するための資料作りで読み直そうかと思っていた新聞を棄てずにとってありました。

しかし、こうも先行きが不透明なうえに、各国の対応がばらばらで、政府としてもお手上げ状態、決定的な施策が見つからないとなると、資料作りなどと暢気なことを考えている場合じゃないという気分になってきました。

別に僕が焦ってもどうなるものでもありませんが。

しかし、その一方では、いま現在、施策が徐々に効き始めている潜伏期間という場合だって考えられないわけじゃない、実は夜明けがすぐそこまで近づいていて、洞爺湖サミットやオリンピックや米大統領選挙などを切っ掛けにして、一気に効果が爆発するのではないかというひそかな楽観的観測も捨て切れないでいることも事実です。

しかし、どちらにしても、回復の兆しが一向に見えないまま、こうずるずると長引いては、もうどうでもいいか、しばらくは当分の間静観することにしようかというダレた境地に達し、昨年夏以来溜め込んできた「日本経済新聞」をきれいさっぱり廃棄することに決めました。

さて、ビニールひもで手頃な分量に選り分けた新聞をグルグル巻きにしながら作業を進めます。

とにかく「日本経済新聞」といえば、あのページ数とあの活字の分量です。朝夕の電車で読むことのできる活字の量は当然限られていて、未読の記事の方が多いくらいですし、ですからこんな記事あったっけ、という見逃した重要な記事に遭遇することも再三どころではありません。

そんなわけで、括り仕事を滞らせる魅力的な記事が次々と見つかってしまいます。

それでも、まだしも主要な経済記事はその当日にざっと目を通しているはずですからまず問題はないのですが、困るのは時間的にそれほど古びることのない文芸記事とか映画記事のタグイです。

満員電車の限られた時間のなかで、朝「日本経済新聞」を読むとすれば、まず読むことがないのが文芸記事とか映画記事関係ですから、初めて見る記事が結構あるのです。

そこで、偶然見つけた映画関係の記事をひとつ、タイトルは、「目指せ本格派、映画鑑賞術・評論家に学ぶ」という記事です。なんですって、これは聞き捨てなりません。

記事の内容をもっと適切に要約すれば、どうすれば映画好きになれるか、でしょうか。

うーん、映画を好きになる秘訣をえらい評論家先生に教えてもらおうというわけですか。

むかし林家三平のギャグに、笑いをとれなかったギャグをすぐに解説して「このギャグがどうして面白いかというと・・・」と言って客を更に笑わせていた、なんだかアレと似ています。

この記事にコメントを寄せたのは三人、映画評論家、大学教授、映画雑誌編集者、です。

この先生方が開陳しているご託宣を要約しておきます。(僕の書き方にトゲを読み取って、この方々に対して反感を持っているのではないかと感じられる方がいるとすれば、それは誤解です。)

まず、映画評論家氏は、こう言っています。

「若い頃見て記憶に残っている映画をリストアップし、その監督や俳優に的を絞って見てみる。」

なるほど、何十年も経ってしまったむかしの映画のリストアップをしてみろですか。

「若い頃」以来、映画を見ることを止めてしまっている人に、そんなこと勧めてどうしょうっていうんでしょうね。

もうとっくのむかしに映画を必要としなくなったそういう人に、映画を好きになれなんて変だと思いませんか、勧める意図が僕にはよく理解できません。

黙ってたって映画の好きな人は見るわけだし。

つぎなる御仁は大学教授です、

「人生経験を重ねながら映画を見る」でした。

世代によって映画に着目するポイントがそれぞれ異なる、そうなのです。

あたりまえすぎて、凡人にはどうすることもできない世代宿命論的鑑賞法ですよね。

誰もがいやでも人生経験を重ねてしまうわけですから、むしろ見るたびに感想がどんどん変化してしまうという現象の方が悲しいことのような気がします。

世間の荒波に揉まれて、次第に人格まで歪んでしまう状態をどうしようもなく自覚しなければならないくらいなら、、「人生経験を重ねる」という部分をあえて中落ちさせて、「若い頃見て記憶に残っている映画」にこだわりつづけ、その印象だけを後生大事に守り通して生きる方が、なんだか救いがあるような気がします。

そして最後は、映画雑誌編集者です。

「目立たない作品群から、いい映画をみつける努力をする」と言っています。

これを本当に素直に実践するためには、相当たくさんの映画を見なければ実現できません。

相当たくさんの映画を見るということは、相当たくさんの失望を経験する覚悟が必要です。

映画に関わりのある仕事をしているのならともかく、一般庶民は、仕事に追いまくられたあとで、やっと作った貴重な時間を映画鑑賞にあてるわけですから、「目立たない作品群から、いい映画をみつける努力をする」なんてそんな悠長なことを言っている暇などないのです。

そんなわけで、廃棄するはずの新聞結束の作業が、そのトバグチで早速頓挫してしまいました。

やれやれ、どうなることやら。

今度やるときは、映画の記事なんか見かけても、絶対読んだりしないからな。

そして、もうすこし機嫌のいいときに、新聞の結束をすることにしますね。
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by sentence2307 | 2008-02-24 21:41 | 徒然草 | Comments(117)

小津安二郎と溝口健二

「溝口健二」という人を理解するうえにおいて、新藤兼人監督が作った「ある映画監督の生涯」という作品が、僕にとっては、いまだにとても大きな意味を維持しつづけている作品です。

インタビューという形式を積み重ねていくことで、そこで語られる愛憎の絡まった数々の証言には、まるで黒澤明の「羅生門」を見ているような、いま見直しても物凄い迫力で引き込まれてしまいます。

あの天才映画監督の「人となり」とか、撮られた作品のいきさつや時代背景が時系列で理解できて、確かにそこには多少の性格的欠陥があったとしても、常に順風満帆だったわけでない映画監督の創作の苦悩と矜持が、リアルな人間臭に満ちたものとして、「人間・溝口健二」を実感することができたのだと思います。

あの「ある映画監督の生涯」を見たとき、「小津安二郎」の生涯についてもこういう作品が作られて欲しいと切に願いました。

小津監督を愛顧する書籍や資料なら、溝口監督のそれと比べるとき、遥かに質量共に超越しているであろうことは、没後の出版情況を考えれば容易に想像することができるのに、それだけの支持がありながら、「ある映画監督の生涯」に匹敵するものが何故作られないのかが、どうしても不思議でなりませんでした。

もし「溝口健二」の生涯を語るキイワードが「愛憎」とか「虚勢」だったとしたら、「小津安二郎」についてのそれは、きっと「敬愛」とか「達観」とか「無常」とかになるでしょう。

つまり、小津監督の、人間的に遥かに成熟した人という印象から、そしてさらに「諦念」とか「厭世」とか「虚無」の境地に踏み込みかけた世捨て人のようなところまで突き進んで行きかねない危うさから、映画化などというフレームに納まり切れない不穏なもの・不吉なものがあって、単純な伝記映画を拒否しているのかもしれません。

他人に無様な姿を晒すことをなんとも感じなかった単純・直情な溝口健二とは、資質的にまるで異なる多面的・仮面的な「人間・小津安二郎」がそこにはいて、正面から撮るだけでは写しきれない「複雑な彼」が、その生涯を映画化するなどという能天気な行為を根本的に拒んでいるような気がします。

見当違いな例え話をひとつ。

「ある映画監督の生涯」のなかで語られたエピードで、助監督時代の内川清一郎氏が溝口健二と一緒に風呂に入ったとき、背中を流そうとした内川氏に、むかし同棲していたヤトナ(娼婦)に斬り付けられた背中の傷跡を見せて、「女に背中を斬られないようじゃ、女は描けませんよ」と自慢げに語った話。

そこにあるのは、現在の名声を前提にしたうえでの、かつての過ちをも嘯かずにはおられない幼稚な虚勢が存在するだけです。それ以上のものはなにもない、ただそれだけです。

それに引き換え、小津安二郎が遺した言葉のなかで、上記の溝口監督の言葉と匹敵するものがあるだろうかと考えてみました。

そうそう、こんなのはどうでしょうか。

カメラマン厚田雄春の起用を問われて語った言葉に「女中に手をつけてしまったようなもんだ。」慙愧に耐えない、みたいなニュアンスで語っている小津監督のコメントをどこかで読んだ記憶がありました。

長い間、それがいったいどういう意味なのか、小津監督の真意がわからないできました。

それが、あの溝口監督の「虚勢」の言葉から一気に分かりました。

それぞれの立場を守りながら一線を画してクールに接しなければならない関係を踏み越えてしまったのだ、と小津監督は言っているような気がします。

自分の真情をなにもかも曝け出してしまったことの照れみたいなものがそこには伺われますが、しかし、同時にその照れのなかには、どことなく嬉しいようなニュアンスも感じ取れなくもありません。
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by sentence2307 | 2008-02-24 12:24 | 映画 | Comments(0)

ゆれる

「弟の呼び掛けに、あのお兄さんは、結局、家に帰ってくるのかしら」

この映画について、女ともだちがぽつりと話したひとことで、僕は完全に混乱してしまいました。

最後のシーン、通過するバスの車体で一瞬兄の姿が見えなくなる直前、あそこには確かに弟に向けられた兄の笑顔がありました。

あの笑顔こそは、兄弟の間に起こった気まずい行き違いのすべてを許して、弟の謝罪を受け入れようという兄の親愛と寛容とが現れた笑顔だったんじゃなかったのか、という彼女への抗弁を思いとどまり、結局それらの言葉を飲み込まなければならないほど、彼女の
「弟の呼び掛けに、あのお兄さんは、結局、家に帰ってくるのかしら」
という言葉は、僕に深刻な衝撃を与えたのだと思います。

それまで、僕が持っていたこの兄弟の和解へ向かうであろう楽観的な手放しの確信が、そのひとことによって完全に揺らぎ潰え、兄弟の和解がなんの根拠もないただの「思い込み」にすぎなかったことを、そのひとことで思い知らされました。

そういえば、そもそもあのシーンの弟が、刑務所から出所してきた兄の姿を歩道の向こうに見止め、弟が自分の存在に気づかせようとして呼び掛けながら走り始めたとき、彼が本当に心から兄に「謝罪」しようとしていたのかどうかさえ疑わしくなりました。

この弟が、実家の商売と親のために寂れた故郷に踏み止まって働いている兄に対し、少しでも「済まない」という気持ちがあったかといえば、多分それはなかっただろうし、しかもそのうえで故郷で燻っている兄の鬱屈した思いには悪意も含めて気づいていたとさえ考えられます。

兄の鬱屈を十分に気づいていないとすれば、あえてあのとき弟が敵意を秘めた刺々しい気持ちで、かつての恋人、現在は兄の仕事を手伝い、兄との結婚話も出掛かっていた彼女にSEXを仕掛けるはずがないという気がします。

あのまま成り行きに任せれば、静かな故郷で兄と結ばれたであろう平凡な二人の関係を、ただ壊すためだけに彼女を誘ったと思う方が、その後でとった弟の彼女に対する冷ややかな態度や、法廷の場での兄に対する憎悪を込めた裏切りを理解するうえで、弟の荒んだ気持ちの在り様を示しているのは明らかだと思います。

しかし、理解しがたい弟の激しい憎悪と敵意が、いったい何に基づいているのか、誰に向けられたものだったのかという疑問が、そこには残るかもしれません。

おそらくその激しい苛立ちと憎悪とは、故郷に生きるすべての人々に向けられたものだったに違いないという気がします。

きっと人々は、多くのものを失いながら、そして少しずつ傷つきながら、その人生をどうにか遣り過ごしていくのだと思います。

故郷を捨てた人間、あるいは故郷から追い立てられた人間には、その土地に根を張って生きている人間よりも、自分が失ってしまったものを、よりリアルな実感をもって認識することができたでしょう。

しかし、その土地に根を張って生きている人間もまた、同じものを同じように失っていることに、あの弟は果たして思いを及ぼすことができただろうかという疑問が残りました。

生きた分だけ傷つき、愛した分だけ憎悪を抱え込みながら、とっくのむかしに失ってしまったものを、あたかもまだそこに存在しているかのように振舞う故郷の人々に対して弟は、過酷な現実に正面から向き合おうとしない彼らの誤魔かしとその鈍感さの部分だけを叩き壊したいと切望しただけで、兄の内向した苛立ちと怒りに気づくことに対しての怯えと恐れとがあったのかもしれません。

故郷から追い立てられた追放者にとって、その「鈍感さ」は(たとえ世間体を取り繕うための処世にすぎなかったとしても)、絶対に許しがたいものと思ったに違いない。

なにごともなかったように人々が取り澄まして日常をやり過ごしている生き方に対して、心の拠り所を失った追放者=弟はひたすら苛立ち、真っ黒な憎悪と怒りとを直接ぶつけるように、その「喪失」や「隠蔽の欺瞞」の有り様を思い知らせようとしたのだと思います。

それが、故郷に生きるすべての人間の生活を破壊するために弟が取った行為・かつての恋人に仕掛けた「悪意に満ちたSEX」という象徴的な行為だったのだと思います。

法廷で明かされる「真実」に畳み掛けるような弟の裏切りの証言があって、やがて刑を全うして兄が釈放される日が迫ったとき、弟は幼い自分たち兄弟を写した8ミリフィルムに出遭います。

そこには両親の愛情に包まれた何のわだかまりもない兄弟の姿が映されていて、弟は失ったものの重さに撃たれながら、とめどなく流れる涙でその場面を見つめます。

そして、この映画の核心に投げ掛けられた女ともだちの言葉
「弟の呼び掛けに、あのお兄さんは、結局、家に帰ってくるのかしら」
のあの問いに集約されていくラストシーンがあったのだと思います。

寂れた故郷で息の詰まるような諦観に絡め取られ、眼を伏せるようにして生きるしかなかった兄の怒りを無視して、煌びやかな都会で軽やかに生きる振りを続ける故郷を失った底深い苛立ちを抱えたこの弟との間に、どういう接点が有り得たでしょうか。

たぶん、弟は謝罪するために兄に呼び掛けたのではないと思います。

かつて母親の深い愛情に守られた弟が、幼い兄とその背後に広がる遠い幸せの記憶・失われた「時」に虚しく呼び掛けたのだと思う。

すべてが満たされ、許されていたその幸福な時間のなかでは、助けを求めて無邪気に差し出した弟の手は、兄の思いやりに満ちた幼いチカラでしっかりと受け止め保護してくれていました、あの時確かに結ばれていたその瞬間の一点に向かって、弟は無残な「現実」から必死になって幼い兄に呼び掛けたのだと思います。

しかし、それらの時間は、もはやすでに失われた時間にすぎません、兄弟の絆を大きく包みながらつなぎとめていた母親はすでにこの世になく、ともに故郷から追われた兄弟は、あのラストで、ふたりの間を疾走する路線バスによって、ついに「接点」をも断たれたのだと思いました。

この映画を見ながら、なんとなく「エデンの東」と比較して見ている自分に気がつきました。

あのエリア・カザン作品のテーマは、きっと弟の仕打ちによって「壊れていく兄」の姿を描いた作品だったと僕なりに理解しています。

父親の手厚い庇護の中で大切に育てられてきた兄の「理想」を、父親の愛を得られない弟は、傷つけられた怒りと僻みから、兄に醜い現実を直視させることで、彼の「理想」をずたずたに引き裂いて絶望の淵に叩き落すという過酷な物語でした。

この「ゆれる」には、「エデンの東」と通い合う部分がたくさんあります、しかし、ただひとつだけこの物語を覆う母親の存在が大きく異なっていることに、もう少しこの作品に拘っていたいような未練がましい困惑を感じました。
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by sentence2307 | 2008-02-23 07:25 | 映画 | Comments(0)
自然主義文学っていうのでしょうか、むかし学校で習いました、ゾラだとか、徳田秋馨だとか。

無力な庶民が、抵抗し難い過酷な運命に翻弄され、想定できる限りの滅茶苦茶な不幸に見舞われて、遂には堕ちるところまで堕ち尽くして破滅するという熾烈なストーリー展開を特徴としたジャンルです。

文学に限らず、こういうストーリー展開を持つ作品なら、それこそ映画だってよくあるのでしょうが、しかし、これでもか、これでもかという「不幸のつるべ打ち」みたいなストーリー展開の執拗さには、やりきれないほど露悪的なところもあり、人間に対する徹底したその性悪説的世界観を繰り返し突きつけられると、いささかうんざりさせられます。

しかし、そうしたものであっても、そこには観客が積極的に求めたかもしれない「カタルシス」とか、構成の細部には、少なからぬ真実が込められていたのだろうなという実感もあり、その「庶民の不運」をダイジェストしたようなところは、ずっと以前から興味がありました。

この日活作品「暗闇の丑松より 初姿丑松格子」は、そういう視点から、とても楽しめた作品です。

主人公は、深川の料理屋・川竹の料理人・丑松で、この役は新国劇の島田正吾が演じています。

恋仲だった女中のお米(島崎雪子が演じています)と祝言を挙げますが、川竹の若旦那というのがチョイ悪の遊び人で、かねてからお米に懸想していて、丑松と祝言を挙げたあとも彼女を付け回し、いつかはどうにかしてやろうという魂胆でお米を狙っています。

やがて策略を巡らせて、丑松を解雇し、よその店に遠ざけておいた留守に、お米を襲います。

ここでは、いわばストーカーの川竹の若旦那が、どうしてお米を諦め切れないで執着し続けるのか、という部分を観客に納得させなければ、この物語は最初から成立しないところではあります。

それはもちろん女の好みは「それぞれ」でしょうから、男にとって、女なら誰でもOKというものではありません。

どんなに気持ち的に整理し(男がですよ)、自分自身を理屈で納得させても、究極的にはカラダ(これも「自分自身」てす)が付いていかない。

映画のシーンで、男の性的不能を女性が嘲笑するという場面をよく見かけますが、あれなどは、むしろ悲観すべきは女性の方なのではないかと常々思っています。

「あんたが相手じゃ、どうしても駄目なんだ」と言っているわけですから。

つまり、いってみれば男性の「好み」はそれぞれ違ううえに、女性が思っている以上にメンタル的に極めてデリケートな面があったりとか、その辺のところを等しく(「妄想」を含めて)観客を納得させる「おんな」を演じることのできる女優の起用というのが、大切なことなのだと思います。

恥じらいと妖艶さ、純潔と淫らが同じレベルで演じられなければ、新妻のういういしさはとても出せない、その難しい役どころを、島崎雪子が巧みに演じていました。

島崎雪子の出演作というのを、自分としてはそれほどたくさん知っているわけではないのですが、例えば、成瀬巳喜男の「めし」とか・・・と考えると名前だけは知っている積もりだった割には、出演作がまったく出てきません。

しかし、少し考えてみて、むしろそれは当然かもしれないなと思えてきました。

自分が「島崎雪子」という女優の印象を形成したのは、「めし」と、それから「七人の侍」のたった2本からの印象しかなかったことに気がついたからでした。

倦怠期の中年の夫を性的に妖しく惑わす成熟した姪を演じた「めし」と、野武士に拉致されて無理やり夜伽を強いられ、遂には救いに来た夫の目の前で死を選ぶ百姓の女房を演じた「七人の侍」。

このふたつの作品における彼女の演技が、強烈な印象として残っていたために、きっとあの理由のない「既視感」に繋がったものと思います。

そして、そのどちらが、より強烈だったかといえば、もちろん「七人の侍」の方でした。

野武士との決戦を目前にして少しでも敵の戦力を削いでおこうと、侍たちの幾人かが野武士の巣窟に奇襲を掛けます。

七人の侍のうちで最初のひとり(確か千秋実が演じていましたよね)の犠牲者が出る場面です。

こっそり巣窟を覗くと、拉致してきた百姓の女房との乱交に疲れた野武士たちは、いぎたなく眠りこけています。

野武士たちに混じって、責め苛まれた百姓の女たちも疲れ果てて雑魚寝に混じって死んだように眠っているその姿は、淫らで過酷な夜毎の性の饗宴を暗示している、かなりショッキングな場面でした。

「天国と地獄」のなかで、麻薬に憑かれた中毒者たちが、虚脱しながらただ呆然と麻薬を与えられるのを待っているスラムのような地帯を撮ったシーンがありましたが、あの場面よりも余程強烈な印象を受けたことを覚えています。

その「七人の侍」の中で、身を横たえている女たちのなかでひとりだけ半身を起こして、絶望と倦怠のなかで、けだるそにに髪を整えている女が島崎雪子でした。

逃れられない状況になかで、野武士たちの慰みものとして「女」であることを徹底的に貪り尽くされ、ただただ性欲処理の玩具として責め苛まれた絶望のなかで、諦め切った自嘲の薄笑いを浮かべながら、気だるそうに髪を梳いている「女」を演じ切っていたこのショッキングな場面に出会ったのは、自分がまだ小学生のときでした。

いまから思えば、まだ幼かったであろう自分にもこの場面の意味をどうにか理解できていたと思います。

多分そのとき、こんなふうに思ったかもしれないと、当時を思い返して想像することがあります・・・人間は、たとえどんな目にあっても生きていくことができる、あの百姓の女房も、もし救いにきた亭主に会うことがなければ、あそこで死を選ぶこともなかったかもしれない、と。

しかし、よく考えてみれば、「黒澤映画」を見ていた限りでは、そういう考えに至ることは、なかったかもしれません。

あの場面から受けた「黒澤映画」の潔癖な部分を経て(この作品でも、島崎雪子は、自分の所業を悔いて、亭主に詫びるために自害の途を選んでいます。いわば操を立てるという考え方でしょうか)、生きることの力強さの意味を考えるようになったのは、やはり「今村昌平作品」を見るようになったからだろうなと気がつきました。

自分の経てきた映画の経験を追体験する思いでした。

        *   *   *

新国劇というのをあまり見た経験がないので憶測でものを言うしかないのですが、新国劇の二枚看板、島田正吾と辰巳柳太郎は、そのキャラクターからすると、役どころによって主役をそれぞれ演じ代えていたのではないか、例えば、融通の利かないくらいの生真面目さと不器用さに加え、自分から積極的に社会に潜り込んでいくだけの処世術にも欠けているために、却って世間から疎んじられ、要領のいい人々の悪意に晒され、散々に辛酸をなめさせられた挙句、怒りを爆発させて権力に追い詰められ、遂には破滅するという役どころを島田正吾が演じたとすれば、辰巳柳太郎の方は、例えば「王将」の坂田三吉だとか、「無法松の一生」のような豪放磊落な役が多かったのではないかという感じです。

こう書くと、自分が辰巳柳太郎を坂東妻三郎とダブル・イメージさせていることに我ながら気づかされます。

ここ何作が見てきた新国劇映画が描いたものは、日本が映画を作り始めて繰り返し描き続けたストーリーとが、この分業にどのような意味があるのか、なんか興味が湧いてきました。

島田正吾と辰巳柳太郎という好対照のキャラクターを比べるときのキイワードは、たぶん辰巳柳太郎の「生真面目さ」と辰巳柳太郎の「豪放磊落さ」だと思います。

そして、そのキャラの先には、同質の破綻によって収束される結果が待ち構えている。

(1954日活)監督・滝沢英輔、脚本・堀江正太、撮影・山崎安一郎、音楽・大森盛太郎
出演・島田正吾、島崎雪子、辰巳柳太郎、石山健二郎、宮城千賀子、滝沢修、小沢慶太郎、久松喜世子、外崎恵美子、明美京子、山村邦子(後にくに子)、美川洋一郎(陽一郎)、深江和久(章喜)、三島謙、山田禅二、弘松三郎、馬渕晴子、清水一郎、河野秋武、香川桂子、山本かほる、雪岡純(雪丘恵介)、岡和子、千秋実、加東大介
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by sentence2307 | 2008-02-23 07:13 | 映画 | Comments(19)

億万長者

市川崑監督がご逝去されました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

時代というものに決しておもねらず、かといって無粋な抵抗などに拘わることなく、その絶妙なバランス感覚で「成熟した大衆性」を忌憚なく表現することの意味を熟知していた市川監督の作品は、耽美的な描写で観客を魅了してやまなかった一方で、逆に、あまりに時代を先取りしすぎたために、先鋭な時代感覚が空回りしてしまったような実験的な作品もありました。

「奇抜な着想」と「鋭い風刺」といった一定の距離を置いたそれらの評価は、決してそれ以上には市川作品の本質に迫ろうとすることなく、市川作品に真摯に向き合おうとすることを回避した「敬して遠ざける」という逃げの姿勢にすぎなかったのではないかとずっと思っていました。

しかし、市川監督は、そういう「理解できないものは決して受け入れようとしない世間の偏狭さ」などという虚妄なものと格闘して、無駄な時間を浪費することの無意味を十分に知っていた「大人」だったのだと思います。

それらは、市川監督のとても大きな魅力のひとつだったに違いありません。

しかし、僕としては、その「奇抜な着想」と「鋭い風刺」というお座なりな常套句によって「賛辞」という名で不当な待遇を受けてきた作品、百万の言葉を狂気のように早口でまくし立てながら空回りし、その意を十分に伝えられないまま、ついに最後には口ごもるようなフラストレーシュンを再生産し続けながらみずから抱え込み、ついには収拾がつかなくなった挙句に息切れするように力尽きてしまうという作品の方にも、たまらない魅力を感じていました。

そのひとつが「億万長者」です。

エピソードのことごとくが迷走し、混迷し続けるようなこの作品を一言で表現することは、とても困難なことではあります。

深くて暗い底なし井戸に目を凝らすような徒労感に、まずはどう抗すればいいのか途方に暮れてしまうかもしれません、これが、僕のいままでのこの作品に対する印象でした。

しかし、最近あるサイトでひとつの言葉と出会いました。

この作品「億万長者」を黒澤明の「生きる」と、「太陽を盗んだ男」を引き合いに出して感想をつづっている文章でした。

着想は面白いけれども、例にあげたどちらの作品も、あまりに生真面目すぎて適当とは思えない、比較するにはちょっと無理があるかなと感じました。

「生きる」をあげたのは、小心者の下級公務員がモデルということが符合するだけですし、「太陽を盗んだ男」などは原子爆弾を手作りしてしまおうとする着想が一致するというだけにすぎません。

あげるなら、むしろ「生きものの記録」ではないでしょうか。

後年、黒澤監督がこだわった(取り憑かれた、などと表現する人もいますが)神経症的な恐怖心の部分がモロに表現されていた作品だと思います。

とにかく、どちらの作品にも、人類殺戮最終兵器「原子爆弾」というものに対する底知れない恐怖心が核として描かれた生真面目な作品でしょう。

原子爆弾の「効果」を、失われた人間の命の数によって実際に試されたこの国の構成員のひとりとして、多くの映画人が、その被害者の立場から原子爆弾の恐怖と犯罪性を怒りを込めて描き続けてきたであろうそのような「時局」にあって、市川監督は、それらの被害妄想を揶揄し、まるで神経を逆撫でするような作品、原子爆弾を手作りしてしまおうという「億万長者」を撮ったのです。

「反戦映画」が一方にあるなら、市川監督のこの危険な立ち位置は、どう理解すればいいのでしょうか。

オールマイティの「平和主義」という大義名分を放棄した市川監督の目指したところを「奇抜な着想」と「鋭い風刺」などという誤魔化しの言葉で有耶無耶にするのでなければ、僕たちはもう少し先のタブーの限界領域を見据えながら、表現の可能性に踏み込むことが出来たかもしれません。

「平和主義」と「ヒューマニズム」という足枷によって身動きできなくされている膠着した現状を突破しようとした市川作品「億万長者」は、日本映画史に綺羅星のように輝く作品群とは、同じ平面状では語ることができない異次元の、既存の価値観など凌駕してしまった表現の限界にまで挑んだ稀有な作品なのかもしれませんね。

(54新東宝)監督脚本・市川崑、企画・本田延三郎、製作主任・浅野正孝、撮影・伊藤武夫、音楽・団伊玖磨、美術・平川透徹、録音・安恵重遠、脚本協力・安部公房、横山泰三、長谷部慶次、和田夏十、照明・平田光治、編集・河野秋和、助監督・小林大平
出演・木村功、久我美子、山田五十鈴、伊藤雄之助、信欣三、高橋豊子、岡田英次、加藤嘉、左幸子、多々良純、北林谷栄、関京子、織田政雄、薄田つま子、春日俊二、織本順吉、西村晃、高原駿雄、清村耕次、松山省次、山形勲、岸本みつ子、原泉、野本昌司、10月会、劇団生活部隊、前進座子供会

製作=青年俳優クラブ  1954.11.22 10巻 2,270m 83分 白黒
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by sentence2307 | 2008-02-17 11:42 | 映画 | Comments(28)

風と共に去りぬ

最近の不安定な株価を見ていたら、つい、つられて変なことを考えてしまいました。

よく世界の映画評論家が選定するというランキングってあるじゃないですか、ベスト100位まで選んで、だいたい、いつも第1位は「市民ケーン」が選ばれるっていう、あれです。

あの選定は、たぶん数年毎とか十年毎とかに行われているのでしょうけれども、なんかいつも同じような作品が選ばれているので、いつの間にか関心がなくなってしまいました。

ただ、あれを株価みたいに時代々々の人気の変化に応じて、作品のランクを日々乱高下させてみたらどうかな、なんて馬鹿なことを考えました。

ランキングを総入れ替えしてしまうほど、あるとき突然名作が輩出されるなんてことは、ちょっと考えられませんし、そこは不朽の名作群です、変わり映えしないのは、当たり前ですよね。

しかし、思いつきそのものは、それほど突飛なことではないかもしれません。

別に意識しなくとも、自分の中だけでは、結構それっぽいことを普通にしてきたことだったような気がします。

あのベスト100を見ていると、どうしてこの作品がこんなに上位なんだとか、あるいは、逆に下位なんだとか思うことが結構あるような気がします。

日本人の立場から言わせてもらうと、何故もっと日本の監督の作品がランクアップされないのだという不満とかも当然ありますから。

そして、もうひとつの印象は、日本で高い評価を受けている作品が、アメリカ本国では、意外とそうでもないような作品に出会ったりすることもあります。

たとえば、僕にとって、そういう印象を持っていた作品に「風と共に去りぬ」がありました。

日本では、この作品のファンは物凄く多いと思います。

僕の周囲にいる映画をよく見ている女性たちの「風と共に去りぬ」への熱い思い入れからすると、この作品を「駄作だ」などといおうものなら、彼女たちから爪弾きされ、袋叩きにされかねない殺気立った雰囲気さえ感じますし、とにかく日本におけるこの作品に対する人気は、異常なものがあるという印象です。

それだけに、「風と共に去りぬ」という作品が、アメリカにおいても日本と同じように、評価を受けているのかというのが、僕の素朴な疑問でした。

そこで、例のAFIベスト100を検索して確かめてみました。

なるほど、なるほど、これは失礼しました。

「風と共に去りぬ」は、「市民ケーン」、「カサブランカ」、「ゴッドファーザー」に続いての堂々第4位でした。

一応アメリカでの評価を確かめたのですから、所期の目的は達したわけで、もう十分なのですが、まだ少し腑に落ちない部分がありました。

アメリカで好まれている理由が、日本で好かれている理由と本当に一緒なのか、懐疑的にならざるを得ない理由は、黒人差別など南部の嫌な部分をアカラサマにしている部分、「これがアメリカだ」と言い切っているのは南部の人間だけで、あとの半分のアメリカ人は冷ややかにこの映画を見ているのではないかという疑問です。

この映画が謳い上げている嫌味な部分を、「あとの半分」のアメリカ人がどう克服して「評価」の一票を投じているのか、それに、黒人がこの映画を見て「いい映画だ」と思うかどうか、すごく知りたいところではあります。

それに、日本人が、この作品を手放しで賞賛する理由も、よく理解できません。

実は、その理由を、自分なりにこじつけてみました。

入り口は
「スカーレット・オハラは、本当にレット・バトラーを好きだったのか」
という設問から出発します。

それは、もちろん「好き」だったと思います。

ただ、彼の愛を受け入れるためには、南部という土地を心から愛するスカーレットにとって、許すことのできない深刻な障碍もあったのだと思います。

金儲けのためなら、北軍・南軍のどちらにでも、金を多く出すほうに武器を売るという彼の無節操な徹底した処世哲学、いわば「死の商人・バトラー」が許せなかったのだと思います。

金が儲かりさえすれば、北軍も南軍も、忠誠も不忠誠も、そんなものは無価値だという価値観の前で、スカーレットはもう一歩を踏み出すことができなかったに違いありません。

「金が儲かりさえすればいい」という考え方を資本主義の根本精神だとすると、「それだけじゃない」と信じたい部分を指示する人々、つまり、もうひとつ徹底した資本主義に馴染めないでいる日本人が、そこにいるような気がします。

南部という土地にこだわるスカーレットの意固地な生き方が好ましく思われる、それが理由かと。

日本経済が世界に伍していくには、もうひとつ弱い核の部分に、そういうこだわりがあるのかもしれません。

実は、レット・バトラーのモデルになったであろうとされる人物がいます。

その名は、J・P・モルガン。

軍から安値で払い下げてもらったポンコツ銃を、戦争が始まるや再び高値で軍に売りつけて巨額の富を得、財閥の祖となった人物です。

株がらみの話で落ちのついたところで、そろそろ失礼します。
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by sentence2307 | 2008-02-02 16:18 | 映画 | Comments(0)