世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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<   2008年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

小津安二郎,溝口健二,成瀬巳喜男,黒澤明の4人の巨匠たちのうち、原節子を起用しなかったのが溝口健二だけなので、「なおさら」の印象が強いのかもしれませんが、もし溝口健二が原節子を演出していたら,どんな作品が出来上がっただろうかという妄想に、ときどき駆られます。

演技指導といえば、ひたすら厳しい溝口健二です、ただ美しいという容姿だけで演技の要求を手加減するような溝口健二ではありません、その執拗で理不尽なまでの異常さをぶつけてくる「責め」に、原節子がどこまで耐えられるか、などを含めて、あるいはその果実として、「晩春」や「麦秋」、「めし」や「山の音」、「わが青春に悔いなし」や「白痴」、そして「西鶴一代女」に匹敵するような作品が、あるいは生み出されたかもしれない可能性(見果てぬ夢というヤツでしょうか)をついつい妄想してしまうのです。

溝口健二の演出の厳しさは、「ある映画監督の記録・溝口健二の生涯」によってイヤというほど知らされています。

俳優が監督の要求どおりに演じられなければ、役者としての自尊心をズタズタにしてしまえるだけの回数を繰り返し演技し直させることを強いて、たとえそのことで俳優を再起不能にまで至らしめても一向に差し支えないというシビアさを生々しい実感として認識しているので、その「妄想」にも一層拍車が掛かってしまうのだと思います。

それに比べると、同じように厳しかったとはいえ、黒澤演出には、役者の扱いにも、もう少し血の通った人間味があったような気がします。

その点、成瀬演出はといえば、できるだけ役者に演技をさせないようにしたという意味において、小津演出と極めて近しいものを感じます。

その共通する理念として、俳優の演技などそもそも最初から期待していなかったという姿勢には共通するものがあったとしても、ただその「共通さ」が、果たして同じ方向を指し示していたのかといえば、それは、まったく別方向を指していたというのが本当のところだったと思います。

失意のなかで生きていくことの空しさ、絶望を抱えながらどうしようもない気だるさを自然に演じさせるためには、役者の過剰な演技など邪魔でしかなかった成瀬作品に比べると、小津安二郎にとっては、演技者の演技そのものを最初から必要としなかった、彼らはただ、そこに「存在」していさえすればよかったのだと思います。

おおきなシチュエーションの流れのなかで生きる人間が、そこでどのように足掻こうとも、もはや、その囚われの定めからは決して自由になることはできない、人間は運命の操り人形でしかないのだから、そのシチュエーションの大きな流れのなかで為し得る所作は、おのずから限定されてしまうのだといっているような気がします。

逆にいえば(極端にいえば、というべきかもしれません)、小津作品に登場する人物たちは、シチュエーションという大河に翻弄され、流されていくだけの溺死体のようなものであればいいのだと。

そういう意味でなら、小津演出の真髄は、俳優の演技をひたすら殺すことにあったのではないかと考えてしまいますよね。

そして、その厳格に抑制された演技によって、彼と彼が囚われている息苦しい情況をも一挙に分からせてしまうという素晴らしい場面に出会えたのだと思います。

しかし、なぜ僕がこんなことを考えたかというと、高橋治の著書「絢爛たる影絵・小津安二郎」の一節が切っ掛けでした。

パリのシネマテークで、久し振りに「東京物語」に出会い、そこで国境を越えて見る者を感動させずにはおかない「底力」をまざまざと見せ付けられた高橋治が、改めてこの作品のもつ魅力の核心を読み解こうとするクダリの部分、妻を亡くした笠智衆が、いよいよ東京へ帰るという原節子に「やっぱりこのままじゃいけんよ」と語り掛ける場面について、「動きを少し細かく追ってみよう」という書き出しで始められている一節です。

《原の長科白は、全部ワンカットでとらえられている。座った二人の全体像で背を向けた笠が画面の右側にある。
――思い出さない日さえあるんです。
原の笠に注がれていた眼が流れ伏せられる。笠も思わず顔をそむける。
――このままこうして一人でいたら、一体どうなるんだろうなんて。
伏せがちにしていた視線が「一人」と「一体」に合わせて、はっきりと笠に向けられる。訴えかけは確かに笠に渡されている。
――心の隅で何かを待っているんです。・・・ずるいんです。
点線で示された間のうちに、原の視線は落ちる。「ずるいんです」に込められた自分への裁きと、裁くべきものを身内に抱えている女の心のありようが客に伝わってくる。
――いやア、ずるうはない。
笠の物言いはふんわりと原をくるむようでいて、ずるいとは毛頭考えないとの義父の断定が強くひびく。
――いいえ、ずるいんです。
原は、はっきりと顔を上げて続ける。
――そういうことをお母様には申し上げられなかったんです。

成熟した女が、いつ噴出するかもしれない欲情を押し殺し、表面では静謐を装いながらひとりで生きていくということの赤裸々さを暗示として後退させ、逆に「美しさ」として描き出そうとした小津演出について高橋治は、

「おそらく女の性がこれほど美しく映画で語られた例は稀だろう。類いない美しさの裏で、いつ奔馬のように走り出すかもしれない欲望の手綱を辛くも押さえている女を、原は小津の期待どおりに演じて見せた。」

と記しています。》

この部分だけなら、それは小津演出の精緻さを描写したものにすぎません。

しかし、このあと数頁にわたって女優・原節子と監督・小津安二郎との「関係についての噂話」が記されたあとに、こんな描写がでてきます。

《(クランクアップのとき)「お疲れ様」・・・小津が香川(京子)に近づきその手を両の手の平で包んだ。
「香川さん、ありがとう。また一緒に仕事しようね」
香川は感動に震えるように背を伸ばし、小津を仰ぎ見た。
良い演技者は自分の出番がなくてもセットに出るものだが、この日、原も自分の出番をすべて終えたのにセットの片隅にいた。
原は自分の前を通っていく小津に深々と頭を下げた。
「お疲れ様でした」
「や」
小津は軽い会釈を返しただけでセットを出て行った。茫然と立ち尽くす原を見るのはいかにも辛かった。》

ここでは、どういうことが描かれようとしているのか、僕などには想像もつかないのですが、赤裸々な「女の性」から眼をそむけ、あえてひたすら美しく描こうと固執した小津演出・小津安二郎の、生涯を通じて持った女性観の意味を考え合わせないわけにはいかないような気がします。

そこにあったであろう「暗示」、つまりそれら「醜悪なもの」に対する小津安二郎の放棄の姿勢では決してなかったことを思えば、やはり暗然たる思いに捉われないわけにはいきません。

(53松竹・大船撮影所)製作・山本武、監督・小津安二郎、監督助手・山本浩三、脚本・野田高梧 小津安二郎、撮影・厚田雄春、撮影助手・川又昂、音楽・斎藤高順、美術・浜田辰雄、装置・高村利男、装飾・守谷節太郎、録音・妹尾芳三郎、録音助手・堀義臣、録音技術・金子盈、照明・高下逸男、照明助手・八鍬武、編集・浜村義康、衣裳・斎藤耐二、現像・林龍次、進行・清水富二、
出演・笠智衆 、東山千栄子 、原節子 、杉村春子 、山村聡 、三宅邦子 、香川京子 、東野英治郎 、中村伸郎 、大坂志郎 、十朱久雄 、長岡輝子 、桜むつ子 、高橋豊子 、安部徹 、三谷幸子 、村瀬禅 、毛利充宏 、阿南純子 、水木涼子 、戸川美子 、糸川和広 、遠山文雄 、諸角啓二郎、新島勉 、鈴木彰三 、田代芳子、秩父晴子 、三木隆 、長尾敏之助、
1953.11.03 14巻 3,702m 136分 白黒
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by sentence2307 | 2008-03-30 11:02 | 映画 | Comments(1)

女の街

会議室に閉じ込められ、長時間退屈な報告を聞かされていると、徐々に集中力が切れて、いつの間にかまったく別のことを考えてしまう習性がついてしまいました。

半分は意識的ですが、もう半分の方では無意識のうちに「入って」しまっているということも、しばしばです。

とにかく、それが、いま会議室で問題になっている「四半期の業績報告と検討会」とは及びも付かない事柄であることだけは確かです。

「及びもつかない事柄」というのは、例えば、「晩春」の原節子と「東京物語」の原節子とでは、どちらが美しいか、なんてことです。(やれやれ、こんな社員を抱えている会社こそ、いい迷惑ですよね。不安定な為替と理不尽な原油高で頭を抱えている社長に知られたら、それこそ大目玉です)

しかし、この「原節子の美しさ」についての命題は、発展性のある大変興味深い問題だと思います。

「晩春」の原節子は、清潔でどこまでも気高く、近寄りがたい美しさがありますし、「東京物語」の原節子には、何ものをも受け入れてくれるような、どこまでも優しく誠実な美しさがあります。

美しさの質が違うという部分を、ひとつひとつ比較していくだけでも、かなり深い省察の途が開け、時間の経つのも忘れてしまうこと必定です。(まあ、そんなふうに忘れられてしまう会議の方こそ、「いいツラの皮」でしょうが)

しかし、ある作品に出遭ってから、「晩春」の原節子や「東京物語」の原節子に、少し物足りなさを感じはじめている自分に気が付きました。

原節子のファンの方からのお叱りを受ける覚悟で申し上げるのですが、あのふたつの優れた作品の原節子には、どうも瑞々しさがもうひとつ足りないような気がするのです、というか、若い女性が持つあの独特な清らかな「聖性」と、そして同時に自分の中で育ち始めている性欲の蠢きへの戸惑いと高ぶりのようなものを、「晩春」と「東京物語」のなかの原節子からはどうしても感じ取れない、という印象を受けました。

それはきっと、現実的なものとして、女優・原節子自身が抱え持った問題そのものでもあったはずです。

そして、そういう「原節子」だったからこそ、あの抑制された名作に、彼女の「乾いた」雰囲気(同世代の異性から距離を置いて生きようと決意した女性の孤独)がぴったりと嵌ったのだという気がしてきたのでした。

さて、勿体ぶらずに、早くその作品とやらを話せよ、という声が聞こえてきそうですので、早速に書いてしまいますね。

少し前、「日本映画専門チャンネル」で「原節子特集」という企画があり、彼女の戦前の作品を何本か放映したことがありました。

その中に今井正監督作品で「女の街」1940という作品を見たのです。

戦後の変節を語られるときに、真っ先に槍玉に挙げられる象徴のような映画監督のひとりだった今井監督の、まさに戦意高揚映画といえる興味深い作品です。

出征した夫の留守に、生活の自立のためにおでん屋を開業するという若い奥さん(原節子が演じています)のお話です。

亭主の仕事は洋服屋だったのですが、新しく始める商売がおでん屋というのも、なんか突飛な感じがします、親戚たちからも、この脈絡のない奇妙な選択は、猛然たる顰蹙をかってしまうのですが、奥さんは「生活の自立」を固く決心して一向に動じる気配がありません。

多分近所に飲み屋をやっている親切なおばさん(清川玉枝)が、世話を焼いてくれたので、なにを開業しようかと思い立ったときに、いちばん手頃な商売だったのかもしれません。

しかし、商売が商売ですから、スキあらばこの若奥さんをどうにかしてやろうという助平な男たちを大勢引き寄せてしまいます。

「生活の自立」を固く決心して、始める商売がおでん屋で、親戚たちの注意にも耳を貸さず、当然のように助平な男に言い寄られて、手かなんか握られてショックを受けるというこの物語、筋書きだけを順を追って書いてしまえば、随分と軽率な若奥さんではあるのですが、しかし、そこには、その軽率さをこそ可愛らしさとガエンジルことのできるに十分な原節子の、はちきれんばかりの瑞々しい肉体=性欲を兼ね備えた「若さ」がありました。

思わず抱き寄せたくなるようなはちきれんばかりの瑞々しい肉体を持ったこの若き原節子を前にしては、戦後に喧伝されることとなる「原節子の美しさ」など、いささかの話題にもならなかったのだろうなという気がしてきました。

しかし、なんでこの作品が、戦意高揚映画なのだという疑問が当然起こるかもしれませんが、それはまた、後日のことといたします。

(40東宝映画・京都撮影所)製作・森田信義、演出・今井正、脚色・岸松雄 山崎謙太、原作・川村花菱、撮影・立花幹也、音楽・清田茂、美術・中古智、録音・矢野口文雄、照明・大沼正喜、
配役・原節子、大川平八郎、野村秋生、林喜美子、沢村貞子、藤輪欣司、小高まさる、片桐日名子、清川玉枝、山田長正、真木順、三條利喜江、深見泰三、山川ひろし、中村彰、横尾誉次郎、柳谷寛、寺尾新、生方賢一郎、一ノ瀬綾子、加藤欣子、戸川弓子
1940.07.17 日本劇場 8巻 1,899m 69分 白黒
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by sentence2307 | 2008-03-20 08:59 | 映画 | Comments(106)

老親

槙坪夛鶴子監督「老親」の紹介記事の書き出し(この文章は、きっと、プレス向けに配布されたものかもしれません)は、こんな感じで始まっていました。

「『老親』は、四十代の主婦の成子が、明るく前向きに生きていく姿を、さわやかに描き出している。」

実際にこの作品を見ていると、老いた親を持つ男にとって、並の神経ではとても耐えられないような部分もあり、それはきっと自分もまた、この作品が真っ向から攻撃している「老親の介護をすべて女性に押し付けて、男は仕事にカマけて、ただ逃げているにすぎない卑怯者」の内のひとりに違いないからだと思うのですが、しかしそれにしても、そういうことが、どう「さわやか」なのかが、どうしても理解できませんでした。

親が次第に老いていき、自分の身の回りのことができなくなれば、「誰か」の手助けが必要になってきます。

その「誰か」が、なんで専業主婦なのだ、なんで自分だけが犠牲にならなければならないのだ、とこの作品は強く訴えています。

こう書いてしまうと、この作品に登場してくる親戚たち=抵抗勢力の「あんたが長男の嫁だからよ、あんた、自分の親の世話をしない積もりなの」という非難の根拠に繋がってしまいそうですが、ラストの方で、行政の老人介護の立ち遅れの不整備をあげ、この国の行政の責任を非難している部分もしっかりとあって、視野を大きく拡げながら「老人介護」についての問題提起はなされていて、この映画が家庭内紛争の顛末だけに終わっていないことは、確かに「そう」だと思います。

しかし、全編を通じて非難の矛先が向けられているのは、「逃げる無責任な男たち」に対してです。

これは、なまじっかな抗弁をゆるさないくらいの本当に痛切にして完全無欠な問い掛けです。

「なまじっかな抗弁をゆるさない」
というのは、究極的に
「おまえは、自分の親を見殺しにする気か。この外道!!」
という糾弾に、いかなる弁解の正当性も有り得るわけがない、という意味においてです。

その糾弾は、言い返すだけの言葉がこの世に存在しないくらい正しい、とは思います。

しかし、重要なのは、その押し付けがましい正しさが、そしてこの作品が、観客に対して、いささかの感動も与えることができない、この作品が人間の心を動かすだけのチカラを備えていないということにあるのだと思います。

人は、「理屈」や「正しさ」で説き伏せ、言い負かして無理やり理解させることはできても、感動させることなど到底できるわけがない。

そして、こんなことをわざわざ映画で描くこと自体が理解できないのです。

この程度のことを言いたいのなら、なにも映画である必要などどこにもないと思いました。

それこそ、どこかの公民館で講演したり、客員教授かなんかになって、「修身」とか「道徳」とか「公民」ふうの授業で、生あくびを噛み殺している生徒たちに向かって、ひとり誇らしげに語り掛け、心行くまで道化を演じるがいい、その方がよっぽど相応しいと思いました。

つまり、「映画」をこんな愚劣な宣伝に使うな、といいたいのです。

この作品には、なにひとつ「人間の真実」が語られていません。

あらゆる人間が将棋の駒のように配置されて動かされているだけです。

親の面倒をみたくとも、なんらかの事情でそうはできないでいる人なら、きっと幾らでもいるに違いない。

経済的に余裕がなく見捨てざるを得ない人から、記憶の傷を抱え込みながら憎しみを精算できないままでいる人まで、人々が持つそれぞれの疚しさを深めることなく、この作品はただただ、「老親の介護」という錦の御旗を掲げて、誰も反論できないような不毛なタテマエ論で、観念としての「男」を非難しただけの、実につまらない映画でした。

しかし、自分が、この作品「老親」をなぜそのように感じてしまったかという切っ掛けみたいな話が、最近あったのです。

去年の6月末に経理課長で定年退職した石井さんと久しぶりにお逢いする機会がありました。

以前、同じ職場で、なぜだか最初から気心がしれて、お互いのミスをカバーし合えるくらい信頼を深めることができた人でした。

社交辞令とか義理なんかを考えずに交際できた、社内では数少ない同志です。

そんなわけで久しぶりにご一緒できるお酒を楽しみにしていたのでしたが、以前みたいになかなか話がはずみません。

そのわけが少しずつ分かりました。

石井さんは、退職した翌月すぐに、町内会から「老人会」へお誘いを受けたのだそうです。

つい先月まで会社でバリバリ仕事をこなしていた現役だった人が、月が明ければ老人会からお呼びが掛かるというのですから、それはもう石井さんにはショックだったに違いありません。

日頃の町内会のつきあいもあって無下に断るわけにもいかず、まずはとりあえず様子を見に行くことにしたのだそうです。

一度でも顔を出しておけば、義理も果たせるという気分もあったのでしょう。

そして公民館に行ってみて、大変びっくりしたそうです。

そこで行われているのは、民謡体操とか盆栽とか絵手紙とか詩吟とか謡曲とか、どれをとっても(当たり前ですが)いかにも老人らしいものばかりだというのです。

ビートルズやローリングストーンズを聴きながら青春時代を送ってきた石井さんには、どう努力しても馴染めそうもないものばかり、それでも町内会の付き合いのために、それなりに老人の振りをしなければならないのかと、その晩の石井さんは、自分が「老人」として一括りされてしまうことの遣り切れない思いに囚われて、傍目にも沈痛な感じを受けました。

誰もが最初から一律に、絵に書いたような「老人」であるわけがない、僕にとっての石井さんは、いつまでも「石井さん」であって、決して「老人」という概念に埋没するわけがないのです。

そんな僕にとって「老親」のラストシーン、舅の死を知った萬田久子が流す涙を見て、苦労して躾けたペットを不意に失ってしまった飼い主の、いかがわしい落胆の涙を見る思いがして、いたたまれない嫌悪感に捉われたのでした。

(2000)監督製作企画・槙坪夛鶴子、製作・光永憲之、原作・門野晴子、脚色・原田佳夏、撮影・藤沢順一、音楽・光永龍太郎、増永真樹、編集・普嶋信一、録音・木村瑛二、スクリプター・井上かずえ、美術・成田ヒロシ、スチール・宮田博、監督補・金佑宣、照明・小嶋眞二
出演・萬田久子、小林桂樹、榎木孝明、岡本綾、草笛光子、米倉斉加年、笠原紳司、金久美子、小笠原町子、前田未来、大竹博人、
2000年 112分/35mm スタンダード
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by sentence2307 | 2008-03-16 18:55 | 映画 | Comments(6)

伏見扇太郎

実は、「十三人の刺客」が話題になったそもそもの切っ掛けというのが、わが社が約半年の間、全社あげてのプロジェクトの打ち上げの酒席で、たまたま青春時代の思い出話に花が咲いた延長から、好きだった古今の名作を熱く語っていたときのことでした。

一応、最初はお約束どおりに名作談義から始まって女優の話に発展したのですが、ある人が突然、少年時代に好きだった「伏見扇太郎」の名前を上げた途端、それまでのお座なりな話題で何となくダレていた空気が、一瞬にして引き締まりました。

当時「伏見扇太郎」は、まさに僕たち子供のアイドルだったのですから誰もが不意を突かれた感じで耳をそばだたせたのだと思います。

「耳目を集める」というのは、きっとああいうことをいうのだろうなという感じでした。

年齢的には若干のタイムラグがあるとは思いますが、映画にどっぷりと漬かっていた「映画少年」であると同時に(娯楽といえば映画しかありませんでした)、テレビが出回り始めた頃でもあって大瀬康一の「月光仮面」とか「隠密剣士」、大村崑の「とんま天狗」、「少年ジェット」(時系列的にこれでいいのか自信ありませんが)なんてのもあって、毎週の放映をとても楽しみにしていた「テレビ少年」でもあった世代です。

三丁目の夕日ではありませんが、「家に初めてテレビが届いた日」などというお題が出れば、各自が話せる持ち時間を厳しく制限しておかないと、たった一晩くらいの時間では到底埒が明かなくなり、却って各自のフラストレージョンが溜まり、後日の不満処理の方がオオゴトになることが予想されるくらいのツボの話題です。

その映画からテレビに移ろうとしている過渡期に子供時代を送った僕たちは、思えばとても幸運な時代だったと思います。

それに引き換え、いまの子供たちが、いったいどんなものを見ているのかと考えると、とてもかわいそうな気がしてなりません。

ゲームにしろテレビ受信機にしろ、むかしと比べれば格段に優れた機器に囲まれていながら、子供が見ているものといったら、暴力か低俗で露骨な性描写に満ちたドラマか、または大人が見ている「そのものズバリ」を、なんのフィルターも掛けられることなしに見せつけられる扇情的なシロモノばかりなわけですから、人間の感性の基本となる素直な情緒とか正義感、果ては将来への夢なんて育つ余地などあるわけがないのです。

それにしても、ケーブル・テレビで「月光仮面」を何十年振りに見たという人が、据えっ放しの単調なカメラワークと、そして悠長な会話のやりとりには、子供のときに受けた印象と随分違うのでとても驚いたという印象を話していました。

筋立てにしても物凄く単純で、あれが、子供のときに夢中になって見た「月光仮面」なのか、という意外さの現れだったのだと思います。

しかし、僕はその率直な感想を聞いて、ちょっと感動してしまいました。

あの単調な勧善懲悪ドラマの悠長な速度こそが、子供の感性に届くのには、ちょうどいい速度だったような気がします。

悪人は悪人の顔をしていたし、正義の鉄槌はなんの障碍もなく悪の頭上に振り下ろされ、正義を実現することで報われるドラマでした。

いま、子供たちの見ている子供用の悪と戦う暴力ドラマは、主人公本人さえ、その暴力的行為に確信を持てないでいるような迷いを同時に描かなければ成立し得ないようなものばかりなのに気づかされます。

それらのドラマは、あたかも、善意の押し売りには気をつけろ、親しげに擦り寄ってくる人間ほど油断するな、利用される振りをしておいて、裏切られる前に裏切ってしまえ、「やられる前にやってしまえ」という先制的な攻撃にひそむ自信のなさと疚しさとが描かれるストーリーに、他人の悪意に晒されながら、瞬時に人の気持ちの裏表を読むことを求められる現在の子供たちの身構えた気持ちをそのまま反映しているような感じです。

結局、打ち上げの会は三次会まで全員参加という盛況さでした、これは近年には稀れな楽しい会ということで社内で評判になったくらいでした。

それから、しばらくして、お昼の食堂で経理の浦野さんと一緒のテーブルになりました。

話しは、浦野さんも出席した「三次会」で盛り上がった話題のことに及びました。

あの席で最初に例の「伏見扇太郎」の名前を持ち出したのが、浦野さんだということをこの時始めて知りました。

「伏見扇太郎」のことは、ただの話の切っ掛けにすぎなかったので、あの場での話題はそれ以上発展せずに拡散し、結局少年時代のノスタルジーの話題へと逸れてしまったのですが、浦野さんは「伏見扇太郎」のことがどうしても気になって、家に帰ってから古きアイドルのことをネット検索したというのです。

なにごとにも慎重な経理の人の、言葉を選ぶゆっくりとした話し方には、いまだに馴染めないでいる自分です、「で、どうなんです。いまは芸能プロの社長かなんかやってるんですか」とつい急かして聞いてしまいました。

「ネットからでは、結局よく分からないというのが結論です」
なあんだ分からんのか、なんて思わないでください。それに続く浦野さんの話のあまりの意外さに、僕は動揺し昼食どろこではなくなってしまったのでした。

その話を聞いて、華奢な「伏見扇太郎」が華麗に横笛を吹いている僕の大切なイメージが叩き潰されてしまったのですから。

ネットの書き込みを繋ぎ合わせると、こんな感じになると浦野さんは話してくれました。

「伏見扇太郎」は、一時(ちょうど僕たちが子供だった頃ですね)中村(萬屋)錦之助、大川橋蔵、東千代之介、里見浩太郎らと並び称されるほど将来を嘱望された大変な人気のスターだったのが、1960年代以降、黒沢明監督作品のリアリズム時代劇が主流になったため東映もそれに同調(まさに、ここで「十三人の刺客」に代表される東映群闘時代劇の隆盛があったわけですか)、華奢な体で華麗な立ち回りを演じる日舞のような剣戟スタイルが不自然で時代遅れなものとされ、出演作が激減したということらしいのです。

デビュー作の「月笛日笛」55、「百面童子」55、「まぼろし小僧の冒険」55、「天兵童子」55、「夕焼け童子」55などそれぞれが1~3篇あるいは4篇のシリーズになっていて、それらの作品の悉くを一篇も見逃すことなく僕たちは足しげく映画館に通ったものでした。

そのなかで「まぼろし小僧の冒険」というのは、主役までやったと記されています。

これらがすべて1955年というデビューの年に作られた作品であることを思えば、その人気の凄まじさは容易に想像することができますよね。

そして、それをいうなら、ファンよりもむしろ当の本人の方が物凄い衝撃だったに違いありません。

デビューと同時に、これだけの脚光を浴びてしまったことが、その人のその後の人生を大きく傷つけなかったわけがない、という気がします。

夢のような活躍の期間は、僅かに5年、「サンセット大通り」ではありませんが、かつての失われた脚光に追い立てられながら、虚勢のなかで無残な余生を生き急ぐしかなかったのかもしれない、これもそのひとつの痛ましい例なのでしょうか。

浦野さんは、ウィキペディアから複写した伏見扇太郎の年譜を見せてくれました。

伏見 扇太郎(ふしみ せんたろう、1936年 -1991年? )は、日本の俳優。本名、船越 貞雄(ふなこし さだお)。

昭和30年(1955年)に東映の『月笛日笛』でデビュー。
その後『まぼろし小僧の冒険』で主演をやって以降、数々の時代劇映画に主役及び助演として出演。
主に2本立ての映画の2本目での主役だったが、華奢な体つきと、女形も出来るような容姿で大変な人気を集め、中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、里見浩太郎らと共に子供達に大変な人気の若手スターとして将来を嘱望された。

だが、1960年代以降は、黒沢明監督作品のリアリズムな時代劇が主流になり、東映もそれに同調し、そのために伸び悩む。その背景には伏見の華奢な剣戟が不自然であるという理由もある。

1968年に結核となり、俳優を廃業。

その後は東映が経営するボウリング場で働いたとする話や四国でラーメン屋の屋台を引いていたとか、坂出で四国アイランドリーグの球場清掃の会社を経営していたなどの噂があった。

1983年11月26日に高知県で刃傷沙汰を起こし逮捕された。
【伏見扇太郎が刃傷沙汰・・・昭和58年11月26日午後11時30分、高知市神田のスナックミッキーで飲んでいた伏見扇太郎こと船越貞雄(47)が、工員(29)と口論になり、店の包丁で工員の腕を突き、1ヶ月のけがを負わせて逮捕された。伏見は店の経営者と親戚で出資しており、工員も店の手伝いをするなど、どちらも常連だった。伏見は東映時代劇で、中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、里見浩太朗らと並び子供達に人気だったスターで、「月笛日笛」「天兵童子」「日輪太郎」などに出演、昭和43年に結核となり、俳優は辞めていた。】

1986年、「玄海つれづれ節」(1.15)で20数年ぶりに映画に出演し話題になったが、映画はヒットしなかった。

1985年に妻を殺害された。

既に故人とされているが、没年等は不詳。一説に1991年に亡くなったという説があるが詳細はなお不明、病死説と自殺説がある。

そして、このあまりにも痛ましい、それにしては随分簡単すぎる「略歴」の最後に、多分この略歴を記したであろう作者の不躾なコメント
「どちらにしても悲惨な末路であった事は確かである。」
が付されていたというのです。

このコメントを随分気にしていた浦野さんは、最後にこんなふうな書き込みを見つけて少しは救われたと漏らしてくれました。

《伏見扇太郎さんは、FS興業という衛生関係の会社で取締役をしていて健在です。 当掲示板で書かれていることを伝えましたが、笑っておられるだけでした。時々上京して、赤坂のM子さんのやっているスナックに寄られています。 お二方ともお元気です。》

「こちらの方が余程いい。だって、このコメントには、ファンの思い出に救いを与える優しさがあるじゃないですか」それでも経理の浦野さんは、やっぱりどこか淋しそうでした。
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by sentence2307 | 2008-03-08 22:40 | 映画 | Comments(937)

十三人の刺客

自分のブログを読み返していて、突然あることに気がつきました。

「七人の侍」を取り上げる頻度が物凄く多いのに、その他の時代劇映画というものを取り上げることが皆無に近いということに、です。

自分の好みもあるのですが、「七人の侍」が、従来の「時代劇作品」とは、まるっきり違う作られ方をした作品なので、「七人の侍」を語っていく過程で、他の時代劇に言及するということがない(優劣という意味ではなく、語られる「叙情性」というもののタイプが全然違うという意味において)ということだと思います。

長谷川伸が描く股旅もの、例えば「はぐれ者の悲しみ」という思想を、「七人の侍」の壮絶なリアリズムの延長線で語ることの困難は容易に想像できると思います。

義理のために斬らなくてもいい相手を斬り殺し、罪の意識に苛まれて遺された女房と遺児を助けながら、彼女に恋心を抱いてしまう自分の気持ちを厳しく諌め、やくざはやくざらしく、人間のクズとして生きていくことをニヒルに選ぶという筋立ての延長線上に「七人の侍」という作品を置きにくいということと同じことかもしれません。

しかし、そういう「時代劇」の成り立ちが崩れていく過程で作られた映画として、「集団時代劇」というか「群闘時代劇」というジャンルがあって、それらの作品の象徴的な存在としてよく語られる作品に東映作品「十三人の刺客」1963があります。

語る人によれば、この「十三人の刺客」が、「七人の侍」のように世界的に評価されなかったのは、東映の宣伝が足りなかったからだ、それくらいに優れた作品だ、という意味らしいのです。

僕も、その話題性に釣られて、この作品を見てみました。

手におえない暴君を、公儀の手前オオヤケには手出しができないので、謀って密かに暗殺するという物語です。(報復の意味合いもあったようですが)

その侍の人数が13人、しかし、七人の侍ほどには個々のインパクトが薄く、せいぜい覚えているのが4人という印象の希薄さでした。

希薄さということから言えば、その「群闘」というカタチも、極めて希薄でした。

それぞれが必死になって、やたら刀を振り回しているだけで、見ている側に緊迫感を与えることができないばかりか、シラケてしまいました。

「七人の侍」が群闘劇だと思い込んでいるとしたら、それはただの勘違いでしかありません、個々人が命を掛けて斬り合うという研ぎ澄まされた緊迫感を丹念に重ねていくことで成り立っていた作品だったと思います。

そして、どうしてこんなふうに誤解を増幅させて、「時代劇」が変な方向に反れてしまったのか考えてみました、それはもしかすると、この作品が撮られた60年安保の影響かもしれません。

皇居前の写真で有名な例の無味乾燥なあの乱闘場面の影響かも。

だが、しかし、多分それだけではないと思います。

きっと、なによりも、乱心に狂う「暴君」の扱い方が、ただただ不可解で、旧態依然の人間味を感じさせない、作られた絵空事だったからかもしれません。

(63東映・京都撮影所)
製作=東映(京都撮影所)企画・玉木潤一郎 天尾完次、監督・工藤栄一、助監督・田宮武、脚本・池上金男、撮影・鈴木重平、音楽・伊福部昭、美術・井川徳道、装置・西川春樹、装飾・川本宗春、録音・小金丸輝貴、照明・増田悦章、編集・宮本信太郎、語り手・芥川隆行、スチール・江崎洋
配役・片岡千恵蔵、里見浩太郎、嵐寛寿郎、内田良平、西村晃、丹波哲郎、月形龍之介、阿部九州男、菅貫太郎、山城新伍、水島道太郎、加賀邦男、汐路章、沢村精四郎、春日俊二、片岡栄二郎、和崎俊哉、丘さとみ、藤純子、河原崎長一郎、三島ゆり子、高松錦之助、神木真寿雄、高橋漣、水野浩、原田甲子郎、北龍二、明石潮、堀正夫、有川正治、小田部通麿、香川良介、松浦築枝、藤井貢、尾上華丈
1963.12.07 11巻 3,438m 125分 白黒 シネマスコープ
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by sentence2307 | 2008-03-06 22:30 | 映画 | Comments(0)