世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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<   2008年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧

僕の愛視聴番組にTBSの「世界ウルルン滞在記」があります。

日曜日の午後10時という時間帯が、安定的に見るには、ちょうどいい時間なのかもしれません、余程の用事がない限り、欠かさず見ています。

さて、昨夜の「旅人」は、演出家の宮本亜門でした。

だいたいこの番組に登場する「旅人」は、バリバリの若手タレントが起用されて、少々過酷な課題に立ち向かう(その試練に耐えられるという意味でも、きっと若さが必要なのだと思います)というのが多いのですが、今回の宮本亜門、50歳という年齢からは考えられないような過酷なホームステイに挑戦していました、アフリカの伝統的な狩猟生活を続けているニケボトク族の生活を体験しようというのです。

サイトの番組紹介では、ニケボトク族について、こんなふうに記されています。

「ケニア共和国の北部、トゥルカナ湖の西は、東アフリカの高原地帯を7千キロに及ぶ大地溝帯の真ん中にある。
乾季になると、昼間の気温は40度を越え、夜は20度を下回る、風が強く、砂埃も舞う、大変厳しい気候の土地。
ここで今も狩猟を続けている民族が、大昔にトゥルカナ族から分派した少数民族・ニケボトク族。
現在、ケニア野生動物局により、野生動物は保護されているが、伝統的に狩猟を行ってきたニケボトク族には、今でも狩猟が許されている。
ディクディクと呼ばれるカモシカ類や、野ウサギ、ホロホロ鳥、ヤマネコなどを、弓矢やワナで捕まえている。」

その政府の野生動物局から特別に狩猟が許されているとはいえ、近くに野生動物保護区を抱えた猟場などで、生活できるほどの食料が十分に確保できるわけがありません。

この政府による「規制と許可」の矛盾した政策に引き裂かれたこの善良な狩猟民族は、その一方で、邪道かもしれない畑を耕していますが、こちらも気候変動による干魃のために十分な成果が得られず、取れる食事はせいぜい一日一食、ほとんど飢餓状態なのですが、しかし、この民族はいたって楽観的で、日本人・宮本亜門の歓迎のために備蓄した食糧をすべて吐き出してしまうという善良さが描かれます。

日本から有名人がホームステイにやってくるという話しが舞い込んで、村長始め村人たちは、きっとその日本の有名人が奇跡を起こして、この民族の危機をどうにかしてくれるに違いないと待ち受けている雰囲気のなかに、宮本亜門50歳は飛び込んでいきました。

番組では、村中総出でなされる狩猟や農作業の様子が映し出されていますが、疲れ切り、明日食べ物が尽きるかもしれないという極めて深刻な限界状況のなかにあっても、誰かの掛け声を契機にごく自然に踊り始めてしまうというこの狩猟民族の底抜けの楽天性に向かって、宮本亜門はひとつの提案をします。

肥沃な中洲の休遊地を共同農場として開墾し、種を撒いて、収穫は村人で均等に分配しようというものです。

最初は懐疑的だった人々も、次第にその希望に満ちた50歳の日本の演出家の計画に賛同し、飢餓から解放されるかもしれない夢のような農作業に没頭します。

昨日まで飢餓の不安(それほど深刻に認識していたかどうかは疑問ですが)に晒されていたニケボトク族の人々が、明日に希望を抱いて、アジアの果てから来た日本人50歳を感謝感謝で送り出すというラストに至るわけですが、気に掛かることが、ひとつありました。

村人たちが開墾作業をしているとき、地主の娘という中年女性が怒鳴り込んできました。

「あんたら、誰の許しがあって、あたしんとこの土地で勝手な真似を晒しとんじゃい」というわけです。

土地は、その女性の家の所有地ですので、許可を得てないとすれば、もっともな抗議なのですが、朝の共同農場計画を話し合った村人総出のその場所に、どうもその人もいたらしい、多分そのへんの弱み(皆のためじゃないか)や22世帯108人の多勢に無勢ということもあって村人に押し切られたという感じもあります。

それからの中年女性は、それまでの経緯もわだかまりも捨てて、村民の農作業に一生懸命協力しているという姿が映されていました。

しかし、彼女が本当に納得したうえでの協力だったのかどうか、将来に禍根を残しかねない危惧を感じました。

そもそも、収穫物の平等分配を目指すこの共同農場にしても、相当困難な運営の問題(どうやって個人差・性差・年齢差の不平不満を押さえ込めるか)が待ち受けているはずです。

あの中年女性が、まずこの共同農場の破綻の端緒にならなければいいがと老婆心ながら心配しました。

名残惜しそうに亜門を送り出す村人たちの、希望に満ちた満面の笑みを前にして、そんなことを気に掛けるほうが可笑しいのかもしれませんが、平等を夢見、「希望に満ちた満面の笑み」の希望に満ちた民衆の笑顔が、不公平な分配の不満とか、その鎮圧のために起こる圧制と弾圧に歪んでいく過程をどこかで見たような気が、瞬間僕の気持ちをヨギッたような気がしました。
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by sentence2307 | 2008-07-29 00:17 | 徒然草 | Comments(2)

飢餓海峡

極貧に追い立てられるような彷徨のすえに、なりゆきから強盗殺人放火事件に巻き込まれてしまった男と、食うや食わずの極貧のなかで家族のために自ら娼婦として身を堕とした女が、社会の最底辺・北端の地のうらぶれた女郎屋で偶然に出会うこの物語、もしそのとき、最下層まで堕ちたこのふたりに、強盗放火殺人犯たちを殴り殺して強奪した大金がなかったら、彼らは依然として人並みな生活に這い上がることもできずに、社会の最下層でぼろぼろになるまで働き通した挙句、お定まりのように体を壊し、多くの貧しい日本人がそうだったように、病魔に取り付かれて、まるで使い物にならなくなった家畜のような惨めな死が待っていただけだったかもしれません。

たまたま強盗放火殺人犯たちとの逃避行を共にした犬飼にとって、津軽海峡のド真ん中でふたりを殴り殺して手に入れたその「大金」は、まともな社会へ這い上がるための、人間らしさを取り戻すためには是非とも必要で切実な命綱だったに違いないし、杉戸八重にとっても、その切実さは、まったく同じだったはずです。

その過酷な意味をよく知っていたからこそ、杉戸八重は犬飼太吉に対する恩を、どんなに時間が経とうとも忘れることがなかったし、その感謝の気持ちをどうにかして伝えたいと思い続けたのだと思います(たとえ、堅気の生活を願った八重にできる仕事といえば、やはり身を売るしかなかったという厳然たる過酷な事実から逃れられなかったとしても)。

その感謝の気持ちを伝えたいと願う八重の切実さが、やがて群集の中から犬飼=樽見京一郎を見つけ出し、会いに行くことになります。

しかし、八重のどんな言葉も、もはや樽見京一郎には届きません。

貧しさのどん底にいた無一文の犬飼になら届いた八重の善良さや優しさも、時が経ち、社会の名士に成り上がった樽見京一郎には、不意に現れた八重の善良さや優しさは、かえって自分を脅かすただの脅迫でしかなく、その言葉から受ける怯えと恐怖の強さは、八重の首の骨をへし折るほどの強迫感に反映してしまっているほど、日本の荒廃をそのまま引きずって生き続けてきた八重と、日本の荒廃と自ら犯した犯罪の記憶とを同時の過去の闇へ葬ってきた樽見京一郎との間には、埋めがたい溝ができてしまっていたのだと思います。

かつての出会いを樽見京一郎に悉く否定された八重は、それでも必死に彼に取り縋って「接点」を探し続けます。

そして、八重はついに押し潰された犬飼の指を見出し、そこに、ふたりが北端の女郎屋で肌を重ね心を通わせた「接点」を見出すことができました。

この場面が描写するものは、もはや「八重からの感謝」ではなく、愛を否定する不実な男をなじる八重の哀訴です。

その怨みのなかには、北端のうらぶれた女郎屋で、性欲を吐き出すことだけが目的の多くの客=男たちの性の慰み物になってきた八重が、はじめて心通わせて性交した犬飼との一夜を、体に刻み込んだ特別な思い出として大切にしていたことを樽見が否定したことへの怒りでもあることが分かります(八重に金が渡されたのが、その性交の後だったことを思えば、犬飼もきっと八重と同じ感情を抱いたに違いありません)。

しかし、八重が、犬飼の押し潰された指に逃れようのない接点を発見したとき、それは犬飼を追い詰めることでもあって、彼によって八重の存在自体が否定されなければならなかった「接点」でもあったことを思うと、極貧に喘ぐ貧しい者たち同士、虐げられた者同士が、互いに殺し合わねばならないこの物語の悲惨さには、遣り切れない思いがどうしても残りました。

あらゆる犯罪が、深い絶望の淵から(身勝手であるにしろ)止むに止まれぬ叫びのように発せられる怒りの行為なら、その怒りの衝動の無残な痕跡には、あるいは人間的な一端の真実が刻印されているのかもしないと考えさせるものが、この映画「飢餓海峡」にはありました。

ここに描かれている殺人事件にまつわる人物たちの、それぞれにぶつかり合って生きる凄まじい「執着」と、行く手を阻む者すべてを打ち倒し、愛するものを殺してまでも守ろうとしたものが、はたして北端の寒村の女郎屋で八重と交わした情交以上のものであったのかどうか、貧しく惨めな生い立ちの中で培った社会に対する強靭な悪意が、ゆきずりの娼婦から示されたほんのかすかな好意と善意によって脆くも動揺した結果、はからずも善行を施してしまう瞬間に露呈した人間的な優しさと弱さが、この悲惨な殺人事件のすべての発端だと思うと、なにかの暗喩のような人間のその悲しい向上心が、僕たちを暗然たる思いにさせたのかもしれません。

(1965東映・東京撮影所)監督・内田吐夢、製作・大川博、原作・水上勉、企画・辻野公晴、吉野誠一、矢部恒、脚本・鈴木尚之、撮影・仲沢半次郎、W106方式指導・碧川道夫、宮島義勇、音楽・冨田勲、美術・森幹男、編集・長沢嘉樹、録音・内田陽造、スチール・遠藤努、照明・川崎保之丞、助監督・山内柏、太田浩児、福湯通夫、高桑信、特撮・上村貞夫、記録・宮本衣子、進行主任・内田有作、
出演・三國連太郎、 風見章子、左幸子、加藤嘉、伴淳三郎、進藤幸 、加藤忠、 岡野耕作、菅原正、志摩栄、関山耕司、外山高士、河合絃司、最上逸馬、安藤三男、曽根秀介、牧野内とみ子、北山達也、山本麟一、大久保正信、矢野昭、 松川清、西村淳二、遠藤慎子、田村錦人、沢彰謙、 安城百合子、荒木玉枝、 河村久子、亀石征一郎、山之内修、須賀良、八名信夫、 久保一、北峰有二、 三井弘次、沢村貞子、高須準之助、藤田進、 室田日出男、松平峯夫、鈴木昭生、菅沼正、八木貞男、斎藤三男、田村錦人、相馬剛三、 大木史郎、真木亜沙子、速水由貴、大村修、沢村隆、三田耕作、美原亮、菅原チネ子、高倉健、

1965.01.15 オリジナルは4館のみ 他は短縮版(18巻 4,580m 167分)を上映
18巻 5,012m 183分 白黒 東映W一〇六方式 シネマスコープ
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by sentence2307 | 2008-07-26 14:06 | 映画 | Comments(138)

スリ(掏摸)

フランス映画の印象をひとことでいえば、抑揚が音楽のように美しいフランス語の果てしないお喋りを、流麗さと優雅さによって延々と描き続ける陽性の映画という感想を持っていたので、ブレッソン作品の寡黙で素っ気無い作品に出会ったときは、正直強烈な違和を感じ、そういう意味でとても衝撃的でした。

きっとブレッソンは、俳優から(彼らは職業俳優ではなく、もともと素人なので、彼らから「奪う」ものなど最初からなかったはずですが)様々なものを奪い取ったのだと思います。

解説書を読むと、ブレッソンは、俳優たちに、表情を作ることや言葉に余計なイントネーションをつけること、無駄な動作をすることや、視点を無闇に動かすことなど、あらゆることを悉く禁じたといわれています。

しかし、すべての演技を禁じたそのような無愛想で禁欲的な場面の積み重ねから、いったいなにが見る者に訴え掛けることができるというのか、ずっと以前この作品を見て以来、随分時間が経ってしまっているので、いま改めてそういう意識でこの作品を見直してみたいと思いました。

そして、以前見た時の記憶では、冒頭ミシェルがスリの嫌疑を受け(実際には「やった」のですが)軽い取調べを受けた後、証拠不十分で釈放されたものの、なにかと刑事に付きまとわれ、酒場で対座するその刑事に向かって、「非凡な才能をもった人間は法を犯す自由が認められるべきだ」とわざわざ話す場面の不自然さが気になって、いくら「罪と罰」を意識した作品だとはいえ、ブレッソンらしからぬ説明的な蛇足ではないかと感じたことを思い出しました。

しかし、今回見て、極貧によって性格が歪み、心を閉ざし頑なになったミシェルが、権力に繋がる刑事を挑発するために、敵意をもってこの危険なひとことを敢えて話したのだとリアルに感じることができました。

貧しさを強いられ、生きる拠り所と普通に生活することの手立てを奪われて、追い立てられるように闇の世界に接近し、悪の技術に魅入り掛けている青年が、憎しみと憤りをもって不当な社会に対する抑え難い報復を妄想するとき、その権力の使徒に向けて発せられた挑発的なひとこと「選ばれし者の特権」という言葉を、まるでテロ予告の「うわ言」みたいに話したとしても、それほど不自然なことではないと感じたのでした。

そして、そのことによってブレッソンの意思をはっきりと理解したような気がしました。

ミシェルの行動を、ブレッソンは、ひたすら虫けらの行動を観察するように精密かつ簡潔に描写しているにすぎない、そのうちのひとつとして、あの「うわ言」は描かれているのであって、その言葉には別にミシェルの真意や信条などが表現されているわけではなく、ただのミシェルの行為に付随する「現象」のひとつとして描写しているにすぎないのだと。

それは、スリのあらゆる巧妙な手口を、微にいり細にわたりひとつひとつ精密に描写していることで、観客にもたらす緊張感が、そのままミシェル自身の緊張感でもあり、あるいは社会に向けられた悪意ある犯罪行為を感嘆と緊張をもって肯定的に見つめている憎悪の犯罪者ミシェル自身の眼差しでもあったことが分かりました。

微細なディテイルを冷徹な客観的リアリズムで精密に描きぬくということは、そこには自ずと世間から弧絶して生きるしかなかった疎外されたミシェルの孤独とストイックな生き方が反映していたのだと気がつきました。

ブレッソンの作品を見るたびに、演技とはいったい何だろうと考えさせられてしまいます。

喜怒哀楽を巧みに演じ分けることの出来る「名優」たちが、演じるというその行為だけで、既にその作品の大枠が決せられてしまうような映画が片方にあって、ブレッソンの映画手法は、作り手の感情の一切を押し殺し、情緒的なものもことごとく排除し、ただ映像そのものの力だけを信じて、登場人物たちを冷厳に見据えた作品であり、従来の作り手の感性や情緒に支えられたストーリーおよび人間臭を大切にしてきたフランス映画と、さらにそれまでの世界の映画には存在しなかった衝撃的な手法だったといわれています。

(1960アニエス・ドライエ・プロ)監督脚本・ロベール・ブレッソン、製作・アニー・ドルフマン、撮影・レオンス=アンリ・ビュレル、美術・ピエール・シャルボニエ、音楽・ジャン・バディスト・リュリ、録音・アントニー・アーキンバウト、
出演・マルタン・ラサール、マリカ・グリーン、ピエール・レーマリ、ピエール・エテ、ペルグリ、フィリップ・マルリー、スカル夫人、
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by sentence2307 | 2008-07-21 23:25 | 映画 | Comments(1)

ひまわり娘

有馬稲子の東宝入社第一回作品、千葉泰樹監督の「ひまわり娘」1953年作品を見ながら、あることを思い出していました。

小津安二郎生誕100周年のとき、ある記念番組(たぶん、NHKだったと思います)のなかで、有馬稲子が久し振りに「東京暮色」を見て、いままで自分が思い込でいたほど酷い作品ではなかった、結構自分も頑張っているじゃないですか、というコメントを、インタビューに応じて快活に語っていたのを思い出しました。

その何気ないコメントには、彼女が「東京暮色」に出演したことで、その後、女優として随分彼女なりに苦しんできたのだなということが伺われました。

小津ファンが、多くの小津作品のなかでも、「東京暮色」を失敗作として最初に挙げるのが、なんだか定説みたいになっています。

それに、「東京暮色」以来、有馬稲子は、小津監督には二度と使われなかった女優のひとりでした。

ことさら女優に対して選り好みの強い小津監督だったとしても、彼女のどういうところが不味かったのか、それについての小津監督のコメントを読んだ記憶がありません。

公然と大根女優呼ばわりした岸恵子に対する軽妙な数々の冗談は、逆に、小津安二郎の岸恵子に対する思いやりの深さが感じられます。

そこには、確かに演技はいただけないが、彼女の人間性を深く愛した小津の優しさが伺われますし、また、そうした冗談を受け入れることのできた岸恵子自身の鷹揚さも、小津映画を愛するものにとっては、一種の救いだったかもしれません。

それにひきかえ、これは推測にすぎませんが、生真面目で頑なな有馬稲子には、彼女自身そういう揶揄を許すだけの精神的なゆとりも鈍感さも持ち合わせず、また、小津安二郎としてもそういう明晰な彼女に対して、作品の蹉跌から彼女を守るための軽口も吐けないまま、ただ「失敗作」という烙印と「演技の稚拙な女優」というふたつのイメージが、いつの間にか結びついて固定されてしまうのをどうにもできなかったのだと思います。

「東京暮色」に描かれた両親の不和と軋轢のなかで、屈折した思いに押し潰され自滅していく娘・明子は、そのまま小津監督が抱いた女優・有馬稲子そのもののイメージだったのではないかと、東宝入社第一回作品「ひまわり娘」を見ながら感じました。

この「ひまわり娘」は、普通の家庭に育った世間知らずの娘が、会社勤めを始めて社会の裏表や困難をいろいろと見聞きし、経験するというストーリーです。

それはあたかも、「本当の芝居をしたい」と宣言して宝塚歌劇団を退団し芸能界に飛び込んだ有馬稲子自身の思いとも重なるものがあるかもしれません。

しかし、映画「ひまわり娘」が彼女のその熱い思いを十分に満たすような映画だったかどうか、若くて美しい娘は、男たちから求愛され、そのぶん女性たちからは嫉妬されて、やがて最後には(彼女は、ただ待っていただけですが)もっとも愛する三船敏郎から求婚されて、幸せの予感とともにこの映画は終わります。

この作品ばかりじゃない、残念ながら、それから彼女が出演した多くの映画が、多かれ少なかれ「そう」だったのではないかと推測します。

そして、彼女が切望した「本当の芝居」をするチャンスが、「東京暮色」出演によって適えられそうになったそれ以後のことは、僕たちがよく知悉していることに繋がっていくのでしょう。

宝塚歌劇団で活躍していた頃の彼女を何も知らない以上、宝塚歌劇団で演じることが最も彼女らしかったのではないか、などと僕に言えるわけもありませんが。

(1953東宝)監督・千葉泰樹、製作・藤本真澄、原作・源氏鶏太、脚色・長谷川公之、撮影・山田一夫、音楽・黛敏郎、美術・河東安英、録音・小沼渡、照明・大沼正喜
配役・有馬稲子、清水将夫、村瀬幸子、井上大助、三船敏郎、三好栄子、伊豆肇、汐見洋、阿部寿美子、荒木道子、沢村契恵子、中村伸郎、千秋実、三津田健、杉村春子
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by sentence2307 | 2008-07-19 14:40 | 映画 | Comments(2)
黒澤明が脚本参加したという作品に「ソ満国境2号作戦 消えた中隊」という謀略ものの映画があり、これも最近になって見ることのできた作品です。

盧溝橋があったくらいだから、ソ連への挑発行為くらいなら当然あっても不思議じゃないという思いと、八紘一宇の建前としてならともかく、まさか本気でソ連を挑発するほど関東軍が先見性を欠いた無謀な誇大妄想集団だっただろうかという戸惑いが、同時にありました。

しかし、独ソ開戦の報を受けて、軍上層部は、後方攪乱を期してソ連との開戦の端緒を作ろうという陰謀があったかもしれないというのなら、あるいは、そういう野望を持った軍人や満州浪人がいても、それほど突飛なことでもないかとも思えてきました。

物語は、辰巳柳太郎演じるコチコチの軍人・香川大尉が、黒竜江を挟んでソ連領と対峠する関東軍の国境監視部隊に赴任するところからストーリーは始まります。

上層部が対ソ開戦を誘発しようと密談するのを聞いた香川は、上層部によって極秘裡にすすめられるソ連に対する「挑発行動(まさに、「独断専行あるのみ、責任を問われたら腹を切るべし」です)」の陰謀に巻き込まれながら、その頓挫による謀議隠しのために、反逆罪の名目で香川が指揮する部隊と、駐屯している集落民すべてが日本軍によって殲滅され、挙句、自分だけは生き証人として生かされるという衝撃的なストーリーでした。

自国民の軍隊と、民間人を巻き添えに皆殺しにして謀略を隠蔽するという暴露的なストーリーは、それ自体衝撃的なテーマではあるとしても、見終わってから幾らかの時間が経過してしまえば、それほど深刻でも絶望するほどの映像体験でもなかったことが、すぐに分かるくらいの仕上がりの映画でした。

その原因のひとつは、現在の日本人が、自分の利益のために同じ自国民・同胞の命を危険に晒すことなど、なんとも思っていないことを繰り返し思い知らされているからかもしれません。

たとえ自らの違法行為によって、多くの被害がシュッタイし、さらにその中から幾らかの死者がでたとしても一向に意に介さない当事者の身勝手な思惑が報じられるたびに、この映画が描いている背後から同胞に発砲する行為と、どこが違うのだという同質の憤りを持つからでしょうか。

さて、それほど出来がいいとも思えないこの作品に対する僕の興味は、やはり「脚本・黒澤明(菊島隆三の共同脚本です)」というところに帰っていきます。

この作品の中にひそむ黒澤明らしさを探してみようと意識したとき、島崎雪子演じる娼婦ハル子(彼女たちを従軍慰安婦というのでしょうか)と辰巳柳太郎の香川大尉との関係が、どうも不思議なものに見えてきたのでした。

最初、ハル子という娼婦の役柄は、物語が進行するに従い、きっと堅物の香川大尉を色香によってロウラクさせる「妖艶な女」という設定だろうなという先入観が、見るにつれて次第に揺らいでいることに気がつきました。

ある夜、失意の香川大尉が、ハル子の部屋で一夜を過ごした翌朝、ハル子が娼婦仲間から卑猥な薄ら笑いとともに、香川との一夜をひやかされるシーンがあります。

男なんて生き物は、偉そうなツラして、一皮剥けば、どいつもこいつもドスケベに決まっている、あんたも嫌らしいことを散々されたんだろうというカラカイに、ハル子は「あの人は、私の体に指一本触れはしなかった。」と向きになって抗弁します。

それが「高潔な人」だという暗喩なら、その言葉のさらに向こうには、性欲に耽溺する人間への軽侮が込められていると考えられるかもしれません。

娼婦の身でありながら、性欲を剥き出しにする男たちへの軽侮は、同時に、性欲に支配されない男の素晴らしさ・雄々しさという、どこか自家撞着した矛盾のイメージが浮かび上がってきます。

「性」を倫理観に絡めて黒澤明は、どのように考えたのか、作品のひとつひとつを思い浮かべてみたのですが、明確なイメージを把握することはできませんでした、まさか、避けて通ったというわけでもないでしょうが・・・。

(1955日活)製作・星野和平、監督撮影・三村明、助監督・中川亘、脚本・菊島隆三、黒澤明、原作・井手雅人「地の塩」、音楽・大森盛太郎、美術・高田一郎、録音・根岸寿夫、照明・山下馨、製作主任・池俊行、
配役・辰巳柳太郎、河村憲一郎、松本悟郎、大山克己、清水彰、石山健二郎、東大二朗、茂木昇二郎、寺津四六、島田正吾、島崎雪子、菊野明子、山村くに子、沢耕二、畑中蓼坡、田中旦治、初瀬乙羽、マルカロフ、岡田映一、伊藤勇、飯田徹、小村俊明、梅原道子、岡泰正、宮島誠、野村清一郎、吉田柳児、宮本曠二郎、原恵子、久世まゆみ、加治夏子、木村玄、天野新二
1955.01.14 10巻 2,541m 白黒


★監督以外の黒澤明の仕事
藤十郎の恋(1938)制作主任、監督・山本嘉次郎、出演・長谷川一夫
綴方教室(1938)制作主任、監督・山本嘉次郎、出演:高峰秀子
水野十郎左衛門(1940)脚本
森の千一夜(1941)脚本
美しき暦(1941)脚本
第三波止場(1941)脚本
馬(1941)制作主任、監督・山本嘉次郎、出演・高峰秀子
静かなり(1942)脚本
雪(1942)脚本
達磨寺のドイツ人(1942)脚本
サンパギタの花(1942)脚本
敵中横断三百里(1942)脚本
青春の気流(1942)脚本、伏水修監督
翼の凱歌(1942)脚本、山本薩夫監督
じゃじゃ馬物語(1944)脚本、
土俵祭(1944)脚本、監督・丸根賛太郎、出演・片岡千恵蔵
天晴れ一心太助(1945)脚本、佐伯清監督作品、
どっこいの槍(1945)脚本
喋る(1945)戯曲、
四つの恋の物語・第一話(1947)共同脚本、監督・豊田四郎、出演・池部良、志村喬
銀嶺の果て(1947)共同脚本、監督・谷口千吉、出演・志村喬、三船敏郎
肖像(1948)脚本、監督・木下恵介、出演・井川邦子
地獄の貴婦人(1949)小田基義監督
ジャコ万と鉄(1949)共同脚本、監督・谷口千吉、出演・三船敏郎
暁の脱走(1950)共同脚本、監督・谷口千吉、出演・池部良
ジルバの鉄(1950)小杉勇監督
殺陣師段平(1950)脚色、監督・マキノ雅弘、出演・月形龍之介
獣の宿(1951)脚本、監督・大曾根辰夫、出演・鶴田浩二
愛と憎しみの彼方へ(1951)谷口千吉監督
棺桶丸の船長(1951)
荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻(1952)脚本、監督・森一生、出演・三船敏郎
戦国無頼(1952)共同脚本、監督・稲垣浩、出演・三船敏郎
吹けよ春風(1953)谷口千吉監督
ソ満国境2号作戦 消えた中隊(1955)共同脚本、監督・三村明、出演・辰巳柳太郎
あすなろ物語(1955)脚本、監督・堀川弘通、出演・久保明、鹿島信哉、久保賢
日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里(1957)共同脚本、監督・森一生、出演・菅原謙二
戦国群盗伝(1959)潤色、監督・杉江敏夫、出演・三船敏郎、鶴田浩二
殺陣師段平(1962)脚本、監督・瑞穂春海、出演・市川雷蔵
ジャコ萬と鉄(1964)共同脚本、監督・深作欣二、出演・高倉健
姿三四郎(1965年)
暴走機関車(1966)アンドレイ・コンチャロフスキー監督
そして(1966)碧眼紅毛の武将の話
ガラスの靴(1971)連続テレビの脚本
赤き死の仮面(1977)E・A・ポー原作、井手雅人と共著
雨あがる(1999)脚本、監督・小泉堯史、出演・寺尾聰
どら平太(2000)1969四騎の会で執筆、共同脚本、監督・市川崑、出演・役所広司
海は見ていた(2002)脚本、監督・熊井啓、出演・清水美砂
旋風の用心棒(2003)原案、監督・川原圭敬、出演・仲村靖秀
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by sentence2307 | 2008-07-15 22:15 | 映画 | Comments(2460)

戦国無頼

この映画についての感想のなかに、こんなコメントがありました。

もし、この作品を、脚本の共同執筆者・黒澤明が監督していたら、後世に残る傑作になったのではないか、というのです。

結構僕自身も、その手の妄想をあれこれ楽しむ方なので、この着眼は、物凄く面白いと思いました。

しかし、問題は、そうした妄想を抱くに至らせた動機の方にあるかもしれません。

この作品が、見る者の期待を十分に満たしていれば、その堂々とした存在感が、観客にそのような妄想を抱かせることなど、きっと許さなかったに違いない。

この作品を見て、「これを黒澤明が監督していたら・・・」という逸脱した感想を生じさせた背景には、本来この作品が持たねばならなかった風格を遂に持ち得なかったからだったと思います。

では、その「観客が期待した風格」とは、どういうものだったのかといえば、稲垣浩の繊細なリリシズムと、黒澤明的な豪快なダイナミズムであり、しかし、実際のところは両者の特質を共に生かし切れず、却って殺し合ってしまったという惨憺たる結果に終わったからではないでしょうか。

この印象は、黒澤明が脚本を提供して、他の監督が演出するというケースに共通して言えるように思います。

そして、その印象は、この映画が封切られた当時においても一般的な評価だったらしく、田中純一郎著「日本映画発達史Ⅳ」の「第65節 東宝の黒澤、巨弾連発」には、「戦国無頼」の評価の箇所に
「戦国時代の三人三様の武士を中心とする大作だが、山口のミスキャストが目立つ。興行はヒット。」
と記されていて、この物語において「三人三様の武士」を横糸で結び合わせる役柄を担った重要なキー・ウーマン・おりょう(山口淑子が演じています)の解釈と扱いに関する両巨匠の認識の差が、そのまま作品の出来に反映してしまったのではないかという趣旨に読み取れます。

スクリーンに映し出される山口淑子の美しさに魅了されながらも、彼女の奇妙なイントネーションが気になりました、黒澤明なら、そんな余計なことでストーリーを辿っている観客の印象の流れを途切らせるような、そうした「支障」は絶対に許さなかっただろうなと感じました。

しかし、逆に言えば、その奇妙なイントネーションとぎこちない所作は、三船敏郎演じる疾風之介を一途に慕う「おりょう=山口淑子」の娘心を、かえって観客に強烈に印象づけたともいえます。

人を慕い、恋焦がれ、一緒になりたいと願う娘の切実な気持が、その男の前で、イントネーションを無様に乱し、恥じらいから所作を一層ぎこちなくさせることの方が、むしろ納得しやすい。

恋する男の前で揺れ惑う繊細な娘心の活写に演出の思いを致すのか、それとも戦乱の世の中に翻弄され斃れていった男たちの生と死の虚しさを豪快に描くべきだったのか、稲垣浩と黒澤明という大いに異なるふたりの映像作家の特質が、まさにぶつかり合った部分が、あの奇妙なラストシーンに象徴されたのかもしれません。

おりょうが、疾風之介の加乃への思いを知り、ふたりのために崖から身を投げ、自ら死をもって身を引くという悲惨な結末に、ある唐突さをどうしても感じてしまうのは、疾風之介がただボケーと突っ立っているだけで、加乃とおりょうの間で戸惑う葛藤が描かれていないからかもしれません。

おりょうの気持ちをどうしても受け止めることができない疾風之介の加乃への思いが十分に描き切れていなければ、おりょうの自殺は、単なる失恋したヒステリー女のあて付け自殺みたいでしかなく、しかも、この惨憺たる不徹底さは、あえて言うまでもなく、この両巨匠の特質とは遥かに隔たったものでしかないことを思うと残念でなりません。

(1952東宝)監督脚本・稲垣浩、製作・田中友幸、原作・井上靖、脚本・黒澤明、撮影・飯村正、音楽・団伊玖磨、美術・北猛夫、録音・亀山正二、照明・西川鶴三、編集・宮本信太郎
出演:三船敏郎、市川段四郎、三國連太郎、山口淑子、浅茅しのぶ、香川良介、東野英治郎、志村喬、小杉義男、青山杉作、三好栄子、香川良介、高堂国典、上田吉二郎、田武謙三、谷晃、小宮一晃、杉寛、堀内永三郎、長浜藤夫、広瀬嘉子、北川好子
1952.05.22 14巻 3,692m 135分 白黒
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by sentence2307 | 2008-07-13 11:17 | 映画 | Comments(790)
1956年に清水宏監督が、新東宝で撮った最後の作品「何故彼女等はそうなったか」を見ながら、ふっと大学時代に付き合っていた彼女のことを思い出しました。

映画研究会に所属していたほどの映画好きだった彼女は、「自分は、名作しか見ない」という堂々たる信条の持主でした。

その言葉どおり、彼女が見る映画は、「名画ベスト100」に選出されるような映画ばかりです。

「最初からくだらないと分かっている作品を、なんで見る必要があるの、気がしれないわ。わざわざ遠回りして貴重な時間を無駄にする必要がどこにあるのか、全然理解できない」というのです。

さしずめ、この「何故彼女等はそうなったか」なんか、彼女にとっては問題外の凡作で、この作品について彼女に感想を求めたとしても、返事さえしてくれなかっただろうな、という遠いむかしの感覚が目の前に甦って、思わず微苦笑が湧いてきました。

でも、思い返せば、胸が苦しくなるような、とても懐かしい思い出です。

きっと、名作も凡作も関係なく、映画の本数だけは誰よりも多く見ていた僕に対する彼女なりの対抗意識が、そう言わせたのだろうなと、いまなら思えるようになりました。

僕が、彼女のその虚勢の奥にあったものに気がついていたら、もう少し違った関係を持てたかもしれないのに、しかし、映画に凡作も名作もあるものかと信じている映画愛好者の神経を逆撫でするようなその信条は、当時の僕にとっては到底許しがたく、徐々に疎遠になっていったのだと思います。

でも、いまの僕なら、彼女を許せる、自分だってきっと同じことを言ってしまうかもしれないなという気がしています。

この作品「何故彼女等はそうなったか」は、なんらかの非行によって収容施設(遠くに見えるお城が丸亀城なら、このモデルは「丸亀少女の家」かもしれません)に収監された少女たちの物語です。

清水宏が監督した作品とあれば、どうしても「蜂の巣の子供たち」にあったのと同質の雰囲気を、この作品の中に探してしまいます。

共通点なら確かにあるでしょう。

ここに描かれている非行少女たちが、鋭い目つきで悪ぶっても、いつの間にか自然に出てしまう子供独特の善良さとか、社会復帰への夢に掛けたささやかな向上心など、「この子たちは、本当はいい子たちなのだ」という清水宏のメッセージは感じられはしても、そのメッセージは、戦後の急速な復興の中で、かなりの変質を露呈してしまっていると言わざるを得ません。

家庭から見捨てられたこの非行少女たちを見る世間の冷たい眼差しは、「蜂の巣の子供たち」のなかには、決して描かれも存在もしなかったものだと思います。

食うや食わずの時代には許された子供たちの行為も、次第に豊かになっていく社会の安定によって、それらは蔑視と厳しい指弾の対象に変質していったのだと思います。

この「何故彼女等はそうなったか」には、日本の社会が豊かさを持ち始めた過程で、子供たちを自由に生きさせることを許さない過酷さに対する(あるいは、時代の急速な変化に着いていけない)清水宏の実感と悲痛な絶望とが描かれているのだと思いました。

あれだけ子供たちを撮ることに情熱を傾けた清水宏は、この映画の最後で、まるで絶叫するように、香川京子のセリフを借りて、こんなふうにしか言うことが出来ません。

「皆さん、この少女達を温い心で抱いてやって下さい。」

この痛々しい絶叫を最後に、清水監督は、もはや二度と子供たちの映画を撮らなかったと聞いています。

多分、小津安二郎なら、こんな剥き出しの悲痛な描き方はしない、諦念とか韜晦とか、剥き出しの感情を押し殺したもう少し高い場所で、耳障りでない絶望感をさり気なく表現したのだろうと思います。

もし、そういうさり気なさが「名作」の持つ優しさの技術なら、名作しか見ないという態度は、たぶん正しいと思う、過酷な時代に引き裂かれたひとりの映画監督の、絶望の中から吐かれた悲痛な肉声を、もはや、その率直さを受け止められるほどの若さを失ってしまった僕にとって、「名作」というソフィスティケイトこそが必要なのかもしれないなと思えてきました。

あのかつての女ともだちが言っていたとおりだったのかもしれません。

(1956新東宝)製作・松本常保、監督脚本・清水宏、原作・竹田敏彦、撮影・鈴木博、音楽・斎藤一郎、美術・鳥居塚誠一、録音・片岡造、照明・平岡岩治、助監督:石井輝男
出演・香川京子、高橋豊子、池内淳子、三ツ矢歌子、高橋まゆみ、浪花千栄子、若杉嘉津子、三重明子、井波静子、藤木の実、桂京子、中村雅子、田原知佐子、扇恵子、杉寛、浪花千栄子、宇治みさ子、築地博、花岡菊子、国友和歌子、平沼徹、藤村昌子、大原葉子
1956.02.05 9巻 2,233m 81分 白黒
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by sentence2307 | 2008-07-08 23:30 | 映画 | Comments(1797)