世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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<   2008年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

イン・ザ・ベッドルーム

少し余裕の時間ができたので、息抜きに軽いコメディものか、それともちょっとエッチな映画でもあったら(両方だったら、なおさら結構です)見ようかなと思い、タイトルから判断して「イン・ザ・ベッドルーム」という映画を選びました。

せいぜい新婚の若夫婦が、朝っぱらベッドの中でぐずぐすしているうちに、ムラムラっときて、昨夜の続きでもう一戦、みたいな作品だろうとタカを括って見始めたところ、ぶっ飛びました、なんという深刻な映画! 

全編あまりの重厚な重苦しさに、見始めた自分のスケベな動機がなんともイジマシク、申し訳ないやら恥ずかしいやらで、贖罪感に苛まれながら襟を正して拝見いたしました。

大学生の息子が、休暇で親元に帰ってきているあいだに子持ちの人妻と相思相愛の仲になり、それを嫉妬したDV亭主(別居状態にあったみたいですが)によって息子は射殺されてしまいます。

突然、そんなふうに息子を失った老夫婦の悲しみと喪失感に苦しみ耐える様子が丹念に描かれていて、この作品のその夫婦の葛藤の場面は、最近あまり見たことのない力強さと手応えを感じた作品でした、思わぬ収穫です。

その真摯さには、ひたすらイカガワシイ期待感に動かされて見始めた自分の横っツラを、不意にハタカレタようなショックを受けました。

特に、息子を失って以後、夫婦は互いに顔を背け合い、息子のことには触れないようにしながら言葉も交わさず、一見穏やかな生活を保ちながら日常生活を遣り過ごそうとしている張り詰めた描写には、監督第一作とは思えない突出した力量を感じました。

しかし、複雑に錯綜した現代の司法のシステムでは、殺人者に対してその罪に相応しい罰を与えるだけの機能をもはや失い、やがて殺人者は保釈されて、のうのうと近所を歩き回っている姿を眼にしなければならない事態に両親は晒され、憤りとともに体制から見放された自分たちの無力を思い知らされます。

体制が殺人者に何も出来ないことを思い知らされた夫婦は、そこで初めて本音で互いを詰ります。

なにかあったのか。
なにもないわよ。
なにかあったんだろう、話したくないんだろう。
死んだ息子の話? 今まで話さなかったのに、何故いまさら話すの。
チカラになりたいんだ。
いいのよ、放っといて。
私にどうしろと。
何も変わってないって振りはやめてほしいのよ。
もっと取り乱せばいいのか? 
それには感情が必要よ、無理しないでちょうだい。
悲嘆コンテストなら別の相手をみつけてくれ。
ビールを飲むのが、あなたの悲しみ方? 
そりゃどういう意味だ、君になにが分かる、私の気持ちをなにも分かっていない。
あなたの気持ち? なにか感じてたってわけ? あなたの勝手だけど。
そう私は大声で喚かない、我々のどちらかに理性が必要なんだ。
理性ですって、私はあの子の死が悲しいのに、でもあなたは理性? あの子にもそれを持てというの、彼もパパは理性派といってたわ。
それは何の話だ。
別に。
こう言いたいのか、すべては私のせいだと、そう言いたいのか、それなら私にも言いたいことがある、それはまったく逆だ、君は思っているんだろう、私があの子に甘すぎたって。
そう! 止めなかったじゃない。
何故あの子は君より私の所へ来たと思う?
彼に私を信頼するなっていう態度をとったからよ。
ちがうね、君は彼の話に耳を傾けたことが一度でもあったか?
あなたは、あの子にいつも目配せをして「彼女をモノにしろ」って態度してたわ。
なんてことを言うんだ!
自分ではモノにできないもんだから、代わりに息子をけし掛けたのよ、父親の汚らしい夢があの子を殺したのよ。
それなら、あの子が何故死んだのか、その本当のわけを教えてやろう。あいつを彼女の所に追いやったのは私ではなく君のほうだ、君が常にあれに指図して息苦しいほど抑え付けたからだ、彼しか息子がいないことに腹を立ててたからだ。
違うわよ、そうじゃない。
そうなんだよ、君は子供の頃からあの子を叱ってばかりいたじゃないか、思い出したぞ、リトルリーグの試合の途中であの子を家に追い返した、グローブを地面に投げつけたからって、確か九つくらいのときだ、やることなすこと間違いだと君はあの子を叱りつづけた、しかしそんなに間違いの多い子だったか? 君は、君はあまりにも厳しかったんだ、あの子もそう言ってたし、私に対しても同じだ。君はひどい、人間としてね、君はトゲがある、私を非難しても構わんがその前に自分自身を見ろ。
私は事件のことを話したかっただけよ。
胸を開き君を抱けとでもいうのか? 私は君が怖い、話すどころか時には君を見るのも怖い。・・・ルース、今君に言ったこと、あんなこと言う権利はなかった、誰も人に言うべきことではなかったんだ。
私を許して。
いいんだ。
あなたの言うとおりよ、私はひどい女だった。
やめてくれ、そんなこと。
確かにそうよ、彼女が学校に来たのに彼女を許せなかった、どうしてもどうしても。許して、怒りを抑えられなくて。
いいんだ。
でも目の前に彼が現れて。
よく分かるよ、この部屋にも彼がいるって思うことがある、今日も赤信号でフランクが。
違うのよ、リチャードよ、どうしていいのか分からない。
えっ、ルース、どこであいつを見たんだ。
町の中でよ、スーパーでもサウスエンドでも、私に笑い掛けてくるの、何度も出会って笑い掛けてくるの。
もういい、気にするな。

理性によって抑えつけていた怒りを、夫は妻との小さな諍いを通して彼女の傷心を探り当てたことによって、理性を殺意にまで昂揚させてていく過程が描かれている僅か十数分の優れた場面でした。

このあとに、父親は、息子を殺したリチャードを自分の手で射殺する場面が続きます。

あるいは、もっと違う終わり方も考えられたかもしれませんが、息子を殺された怒りをどうすることもできなかった父親の切羽詰った思いは伝わってきました。

そしてラスト、茫然と天井を見つめる父親の姿は、自分たちがこの苦しみを逃れるための方法が、はたしてこれ以外にあったのか、と自問し続けている戸惑いの表情に、現実の司法が本来の機能を失ってしまっている以上、きっと「それ」は泣き寝入りを強いられている無力な民衆の夢でもあるのだろうなとも感じました。

映画が、民衆の実現できない夢を描いてみせる装置なら、あるいはこのラストも「あり」かなと思えてきました。

(2001)監督:トッド・フィールド、製作:グレアム・リーダー、ロス・ケイツ、トッド・フィールド、製作総指揮:テッド・ホープ、ジョン・ペノッティ、脚本:ロバート・フェスティンガー、トッド・フィールド、原作:アンドレ・デュバス、撮影:アントニオ・カルヴァッシュ、音楽:トーマス・ニューマン
配役・トム・ウィルキンソン、シシー・スペイセク、ニック・スタール、マリサ・トメイ、ウィリアム・メイポーザー、ウィリアム・ワイズ、セリア・ウェストン、カレン・アレン
2002年ゴールデン・グローブ賞最優秀主演女優賞、全米放送映画批評家協会賞主演女優賞、ニューヨーク映画批評家協会賞最優秀主演男優賞・最優秀主演女優賞・第1回監督賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞最優秀作品賞・最優秀主演女優賞ほか多数受賞。
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by sentence2307 | 2008-11-30 10:30 | 映画 | Comments(1)

光と影

多くの監督たちが、助監督時代にどのような監督について仕事をしていたのか調べているうちに、ひとつ気がついたことがありました。

列挙される作品本数が、「こんなはず、ないだろう」と思えるくらいあまりにも少ないのです。

これまで日本で作られた映画の本数の膨大さからすれば、その少なさは、不自然なくらいの違和を感じました。

理由として考えられることは、まず、調査対象がやはり映画史上に名を残したメジャーな映画監督に限られるからだろうなということ(そこには資料的な限界もあって、それはきっと仕方ないことだと思います)、それから、もうひとつは、多くの助監督をひとり立ちさせるための指導に長けた監督と、必ずしもそうではなかった監督が歴然としていたからだろうと思います。

そして、これは推測ですが、後進のために時間を割くという親分肌の監督という殊勝なタイプが圧倒的に少なかったからだとも思います。

たった一人で行う創作活動と違って、チーム全体を動かさなければならない映画監督という職業は、「創作者」と「統率者」という相反する才能の両面を合わせ持つことが求められる極めてシビアで微妙な立場に立たされる職業であってみれば、それが出来るということは、もって生まれた資質や才能以上のものを要求されることだという気がします。

一方で、そうした錯綜した雑事のなかから珠玉のような優れた作品を遺すという偉業(「監督・ばんざい!」や「8 1/2」で描かれたものは、そうした映画監督の切実な夢を描いたものと理解しています)を果たした監督のタイプをざっくりと見ただけでも、やはり人付き合いの悪い非社交的な人の方が圧倒的に多いという印象は否めません。

さて、その「積極的な監督」として、まず思い浮かぶのが、島津保次郎監督の名前でした。

こう連想した理由は、つい最近、島津保次郎監督の「光と影 前後篇」1940という作品を見たばかりだったことも大きく影響していると思います。

昭和51年にキネ旬から刊行された「日本映画監督全集」の島津保次郎の項に、「松竹時代には、五所についで、豊田四郎、吉村公三郎、佐藤武、木下恵介など、優秀な助監督を持った」と、その圧倒的な人望の厚さをうかがわせる記述があります。

その記述からは、松竹のシンボル的な存在として多くの若い活動屋たちから慕われた、面倒見のいい温厚な親分という人柄が鮮明に浮かび上がってきます。

きっと人間的にも優れた、とても善良な人だったに違いありません。

そして、その「日本映画監督全集」の記述には、さらにこんな続きがありました、

「東宝へ移ってからも谷口千吉、佐伯清、関川秀雄などが島津の門下にいたが、松竹時代の華やかさには及ばなかった。」

つまり、長年映画を撮り続けてきた古巣松竹を離れ、東宝に移った移籍第一作が、この「光と影」前後篇1940というわけなのですが、この作品も擦れ違いを描いたラブ・ストーリーといっていいと思います。

松竹は、既に大ヒット作「暖流」1939や、「愛染かつら」1938を世に出していましたから、あえて下司の勘繰りみたいなことを言わせていただければ、東宝が島津監督をヘッドハンティングして、デビュー作「河内山宗俊」からたった5年しか経っていない原節子の主演で「擦れ違いラブ・ストーリー」の大ヒットをぶち上げるのをモクロンだのではないか、そのために島津保次郎と手を組んだのではないかと、つい考えてしまうのですが。

しかし、この阿部知二原作の映画化作品が、島津監督の意気込みにもかかわらず、残念ながら「暖流」や「愛染かつら」ほどにはヒットに結び付かなかったことは、現在僕たちが映画史で知るとおりだったと思います。

この作品は、医学博士で防疫技師の水無瀬弘吉(大日方伝)という青年が仕事に忙殺されているために、許婚者の佐和子(原節子)となかなか会えず、そうこうしているうちに、お互いに気持ち的な行き違いを生じさせ、ふたりの仲がギクシャクしはじめたとき、弘吉には、疫病で愛児を亡くした雨野峯(竹久智恵子)という女に寄せた同情を愛情と誤解されて、かえって彼女から求愛を受けて戸惑ったり、また、佐和子も、恩田(大川平八郎)からの一方的な好意を示されて動揺するなどという誤解と擦れ違いを並行的に描いたラブ・ストーリーですが、しかし、この作品が、「暖流」1939や「愛染かつら」1938ほどには大衆の支持を得られなかったのは、大日方伝と原節子の恋路を邪魔する恋敵の描き方にあったのだと思いました。

佐保子に求愛する大川平八郎演じる紋切り型の恋敵・恩田も、水無瀬弘吉を慕う雨野峯の描き方も、相手に寄せる思いの掘り下げに徹底を欠いたものがあったように思えてなりません。

一方的に思いを寄せるにしろ、ふたりの仲を邪魔するにしろ、このお邪魔虫のふたりには、ともに一途なものを感じることができなかったからだと思います。

大衆は、たとえ恋路を邪魔する敵役であったとしても、その人間の思いにおいて常に納得できるリアリティを欲するものなのだと思います。

人を恋する以上、誰にだって雪のように純白で氷のような透き通った一途な思いがあっての嫉妬や悪意であって、観客はそういう邪心を否定しながらもその奥底にある人間の真実を納得したい、その虚構を信じることができるだけのリアリティを深く欲しているのだと思いました。

さて、島津保次郎監督を面倒見のいい監督の代表みたいに書いてきたので、成り行きから後進の育成に熱心ではなかった監督→面倒見の悪い監督の代表例も書かないわけにいかなくなりました。

おそらく、そのうちのひとりが小津安二郎だったでしょう。

たしか高橋治が書いた「絢爛たる影絵・小津安二郎」のなかで、そのような記事を読んだ記憶がありました。

あるとき高橋治が、小津監督から皮肉交じりの痛切な言葉(残念ながら経緯についての詳細な内容は忘れてしまいました)を浴びせ掛けられ、激昂して、つまり売り言葉に買い言葉というやつで、面と向かって直接「あなたは、(自分のことばからカマケて)若手を育てようとしなかったではないか」という非難をぶつけ、あとで後悔し物凄い自己嫌悪に襲われたというエピソードでした。

そこには、周囲の凡庸な人間など自分に奉仕するための消耗品としか考えていない芸術至上主義者に対する非難が込められていました。

それが、平凡な人間の過剰な思い込みによる一方的な苛立ちや怒りの表明にすぎなかったにしろ、しかし、そこに僅かながらでも否定しきれない「真実」もあったに違いありません。

そのときの小津のリアクションは、「ただ淋しそうに苦笑した」と書かれていたように記憶しているのですが、もしかしたら間違っているかもしれません。

しかし、そのときの小津安二郎に、いったい何が言えただろうかと、折に触れて考えたこともありましたが、もとより結論など出るはずもない無益な妄想みたいなものだったと思います。

前篇(1940東宝・東京撮影所)製作監督脚本・島津保次郎、原作・阿部知二、撮影・三村明、音楽・伊藤昇、製作・主任谷口千吉、佐伯清、演奏・P.C.L.管弦楽団、装置・松山崇、録音・安恵重遠、照明・大沼正喜、編集・後藤敏男
出演・大日方伝、水町庸子、原節子、堤真佐子、伊東薫、汐見洋、英百合子、丸山定夫、大川平八郎、竹久千恵子、岸井明、戸川弓子、清川荘司、藤輪欣司、音羽久米子、佐山亮、河村弘二、
1940.01.18 日本劇場、2,285m 83分 白黒

後篇(1940東宝・東京撮影所)製作監督脚本・島津保次郎、原作・阿部知二、撮影・三村明、音楽・伊藤昇、製作主任・谷口千吉、佐伯清、演奏・P.C.L.管弦楽団、装置・松山崇、録音・安恵重遠、照明・大沼正喜、編集・後藤敏男
出演・大日方伝、水町庸子、原節子、堤真佐子、伊東薫、汐見洋、英百合子、丸山定夫、大川平八郎、竹久千恵子、岸井明、戸川弓子、清川荘司、藤輪欣司、音羽久米子、佐山亮、河村弘二、
1940.01.18 日本劇場 1,963m 72分 白黒
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by sentence2307 | 2008-11-29 18:35 | 映画 | Comments(0)

人のセックスを笑うな

ここのところ井口奈己監督作品「人のセックスを笑うな」に振り回されている感じです。

せっかく時間を割いてこの作品を見たのですから、作品との出会いを大切にするという意味において、備忘録的になにか感想のようなものを書き残しておきたいなという軽い気分で、思いつくままに、この失恋物語についてあれこれ書き出してみたのですが、どうしても続かないのです。

普通なら「まあ、これくらいでいいか」程度に書くことができれば、自分でもなんとか納得できるのですが、どのように書いてみても達成感が得られず、考えれば考えるほど混乱し、それ以上、先に進めないために、かえってモヤモヤが増幅してしまい、もう「解消」どころの騒ぎではありません。

なぜ達成感が得られるような感想が書けないでいるのか、ここは少し冷静になって考え直してみました。

多分、そもそも最初から、自分がこの映画の核心を理解していなかったのか、あるいは、このストーリーに納得できないものがあったからだと思い至りました。

ストーリーは、それほど複雑なものではありません。

年上の女性ユリに恋をした青年みるめが、彼女と深い関係になったあと、彼女が人妻であることを知ってショックを受けヘコむ、というきわめてシンプルな物語です。

二人の恋のイキサツをこんなふうに簡潔な文章にしてしまうと、映画で描かれていた状態とは、正確性において随分違うことに気付かされます。

この文章には、年上の女ユリの考え方や心の状態が表現されていません。

例えば、彼女と離れていることに居たたまれず、学校の教務課で盗み見みして彼女の自宅を突き止め、ついに青年みるめが年上の女ユリの自宅を訪ねる場面、そこでユリが、自分が人妻であることを仕方なく彼に告白するのですが、それが、どういう動機や理由によって為されたのだろうか、と考えてみました。

彼みるめへの「誠実さ」のためからか、それとも欺いてきたことへの「贖罪感」からか、おそらくきっとそのどちらでもありません。

単に、すぐそばでウロウロしている男を、どうにか説明しなければならなくなった状況に至ったために仕方なくユリは「あの男は自分の亭主であり、自分は人妻である」と言ったまでだと思います。

そして、ユリが彼みるめにそのように話さなければならなくなったという状況は、彼女にとって、深刻なものでもなんでもなかったと思います。

年上の女ユリは、みるめほどには、その若い男の愛人みるめを失うことを恐れているようには見えません。

そこにわずかでもみるめを失うことに躊躇うものがあったとしたら、それは、いつでも手の届く身近な所に若い男のカラダを置いて、観賞したり触れたりして、快楽の対象としての若い男の肉体を楽しむという、手軽な存在を失ってしまうことに、いささかの惜しむ気持ちがあった程度で、それ以上のものではなかったと思います。

ここまで書き進んできて、この映画がだんだん見えてきました。

ラストで描かれている青年みるめのショックは、恋を失ったことに対するショックなどではなかった、彼があの年上の女ユリから求められていたものが、「心」や「人格」などではなく(もちろん「無視されたうえで」といった方がより正確な言い方ではありますが)観賞されsexの相手をするための「若い肉体」をだけ必要とされていたこと、そして自分が彼女に快楽を与えるだけの「若い肉体」というセックス・マシーンの持ち主にすぎないことに気づかされて、しばらくは立ち直れないほどに自失し、叩きのめされ、虚脱させられ、苦しめられたのだと思います、たぶん彼が「男性」だからこそ殊更に。

ここに描かれている「ショック」までのプロセスは、女性にしてみれば誰しも経験するゴクありきたりな衝撃なのかもしれません。

ある年頃になった女性たちが、そのカラダを男たちから不躾で露骨な淫蕩の視線で舐めまわされ、あからさまに、あるいは密かに、侮辱的なイカガワシイ言辞や妄想の対象として晒されながら成長したのち、やがて男たちとの数々の出会いに際して示される求愛を、それが真正な愛情表現なのか、単なる性欲の捌け口を求めた誘惑にすぎないのかと迷い、必死にその真偽を見極め・探る困難にさらされているというそれら多くの女性たちに、この井口奈己監督作品「人のセックスを笑うな」は、きっと力強い示唆と励ましと、それからほんのわずかな苦笑を与えることができたのだろうなと思いました。

「人のセックスを笑うな」というタイトルは、たぶんそういうことだったんだなと、僕なりにこじつけて考えてみました。

そして、こうしてヘコまされたことすべてを踏まえて、あえて男の立場から、感想をしぼりだそうとすれば、永作博美が男たちへの「糾弾」の象徴だとしたら、蒼井優演じるえんちゃんは男たちへの「許容」のシンボライズされたものとして描かれているのだと思いました。

そっと寄り添って落ち込んだ彼を励ます蒼井優のえんちゃんの存在が、男たちには、ずいぶんと救いに感じられたに違いありません。

(2008東京テアトル)監督・井口奈己、製作・西ヶ谷寿一、永田芳弘、河合洋、松下晴彦、脚本・本調有香、撮影・鈴木昭彦、編集・井口奈己、増原譲子、海野敦音楽・HAKASE-SUN、Mari Mari『MY LIFE』、
廣瀬敏雄
出演・松山ケンイチ、永作博美、蒼井優、忍成修吾、温水洋一、あがた森魚、桂春團治
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by sentence2307 | 2008-11-23 15:19 | 映画 | Comments(1)

日本映画「助監督」全集

僕には、いつかは、どこかの出版社に売り込んでやろうと思っている、絶対売れそうな秘密の企画があります。

以前からずっと、暇ができたら、ぜひ調査して関係資料を収集し、一冊の本に纏め上げたいと考え続けてきました。

おいおい、大切にしているそんな企画を、おおっぴらにブログなんかに書いてしまったら、秘密でもなんでもなくなってしまうじゃないか、と言われそうですが、実は具体的な実行に移せないまま時間だけがどんどん経過してしまっているのが実状で、無為のまま長い間じっと抱え込んでいることにそろそろ疲れ始めていて、「書きたい」という執筆欲よりも、最近はむしろ優秀なドナタカに執筆してもらって、早く読んでみたいという気持ちの方が断然強くなってきたからかもしれません。

もし誰かがこれを本にしてくれたら、喜んで購入者側の支援に回ろうと考え始めているというのが、この秘密の企画を公表する主たる理由です。

こうしてブログに書き込むことで、不特定多数の有為の人にアイデアを伝えて、その果実の方をチャッカリいただこうというムシのいい話です。

さて、その秘密の企画ですが、ジャンルとしては、「日本映画監督全集」タイプの名鑑です。

なんだ、そんな本、とっくの昔に既に出版されているぞ、とおっしゃる前に、もう少し僕の話を聞いてください。

外国ではどういうシステムになっているのか分かりませんが、かつて徒弟制度によって技術と知識の継承を図ってきた日本の撮影所において、監督志望者は、必ず特定の監督について(助監督ですね)見習の修行期間を課せられました。

調べてみるとこれが実に面白いのです。

この人が、こんな作品に関わっているのかという意表を突く人脈への興味と、こういう作品には、この監督は絶対合わなかっただろうなと思わせられる作家間の不思議な対照の面白さでしょうか。

題して「日本映画助監督全集」です。

へええ、こんな人がというのが、まず石井輝男監督でしょうか。なにしろ成瀬監督の「銀座化粧」「おかあさん」のほか、「しいのみ学園」「次郎物語」とくれば、なんか微笑ましくなりませんか。なんたってあの石井輝男監督が、ですよ。

それから壮観なのは、一貫して川島雄三の助監督についた今村昌平でしょうか。一本筋の通った執拗な粘りを感じました。

冷静に考えれば、当然なのかもしれませんが、ほぼ時期を同じくした浦山桐郎も「愛のお荷物」や「幕末太陽傳」の助監督についていてことを知り、意表を突かれた感じを受けました。きっと、作風の違いの先入観がそう思わせたからだと思いますが、本質は意外に近いのかもしれないと思えてきました。

それから、なるほどなと思わせるものに岡本喜八の「次郎長三国志」があります。この取り合わせは容易に想像できるのですが、なんと岡本喜八が「浮雲」の助監督をしたのだということを知ったときは、その取り合わせの意外さに戸惑ったものでした。

加藤泰は「阿倍一族」と「王将」「羅生門」にもついていたそうです。構成のカッチリした作り方にこだわりをみせた作風の印象からいえば、多大な影響を受けたに違いないと信じたくなりますよね。

木下恵介の「暖流」も、なんか頷けます。木下恵介と吉村公三郎の繊細さの肌合いの違いを比較してみるのも面白いかもしれませんね。

黒澤明が、山本嘉次郎監督に師事したことは有名ですよね。高峰秀子とのラブロマンスもあったという「馬」を見たときに感じたことですが、大事に大事に育てた馬を、結局最後には売らなければならなくなってしまうラストを見たとき、黒澤明ならこのテーマをどう撮るだろうかと考えたことがありました。その答えは「七人の侍」にあるように考えたものでした。思い切り走り回り、生き抜くことが、馬にはしあわせなのだと言っているように感じました。

黒沢清の「セーラー服と機関銃」も意外でした。どう意外かといえば、たぶんその明るさにおいてだったと思います。

崔洋一が、大島渚に師事していたことは有名ですね。絞死刑や日本春歌考にひかれたのかと考えたこともありました。

坂根田鶴子が、溝口健二のスクリプターをしていたことを「ある映画監督の生涯」で知りました。日本最初の女性監督(未確認です)と聞いたことがありましたが、女性を監督として認めようとしなかった日本の撮影所の閉鎖性を、そのとき同時に聞いたような気がしますが、人違いだったかもしれません。

阪本順治が「竜二」についていたのですか。作風的に近い印象があるかもしれませんが、意外に遠いかもしれないと考えています。「竜二」の息の詰まるようなユーモアの欠如は、金子の残された時間の差し迫った切実さによるものだとしたら、ちょっと可哀想な気がします。

東映時代劇のプログラムピクチャーの一角を支えた佐々木康は、戦前、松竹蒲田・大船で映画を撮っており、小津安二郎の「朗らかに歩め」「落第はしたけれど」「その夜の妻」「淑女と髯」の監督補助をしたと記録されています。

また、同じく大映時代劇のプログラムピクチャーの一角を支えた田中徳三は、「羅生門」から始まって「雨月物語」「山椒大夫」「近松物語」「炎上」についたそうです。

鈴木清順が「黒い潮」についていたことは、すごく面白いと感じました。きっと、鈴木清順は政治問題を得意げに語るような大風呂敷を広げる映画を最も軽蔑していたのではないかと考えているので、どんな気持ちでこの「黒い潮」についていたのか、ものすごく興味があります。

増村保造監督が溝口健二の助監督をやっていたことは新藤兼人の「ある映画監督の生涯」で語られていたのでよく知られていますよね。1955年度作品「楊貴妃」における溝口演出の周章狼狽ぶりを語ったクダクは、特に印象深く覚えています。つづく溝口の「赤線地帯」にも助監督についています。それから、そのあとに市川崑監督作品についていますが、1956年の「日本橋」は意外です。もっとも1956年の「処刑の部屋」は、増村保造らしい作品と思いましたが、同年の「日本橋」が増村保造にどういう影響を与えたのか、いちどじっくれと考えてみたいと思っています。
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by sentence2307 | 2008-11-23 15:06 | 映画 | Comments(110)
この青山真治のドキュメンタリー作品を見たとき、このフィルムの、「路地」を撮り映し出すという行為がどういうことなのか、そしてそれにどういう意味があるのか、しばらく考えてしまいました。

もし、このドキュメンタリー作品に、少しでも差別への怒りとか、行政への糾弾で性急にまとめあげようとする撮り手の気配でもあれば、それはそれで、まとまりのあるドキュメンタリー作品で有り得たであろうし、観客は安堵し、紋切り型の「差別糾弾作品」というそれなりの作品として見ることができたと思います。

しかし、中上健次が残した膨大なフィルムと、この青山真治のドキュメンタリーは、奇妙な不調和をみせているように思えて仕方ありません。

地域を「消滅」させ、その画一化を図ることによって、その場所に厳然として存在していた差別を解消できると妄想する行政の地区改良事業の押さえ込み施策について、このドュメンタリーは、まるっきり関心がないかのように、カメラはただあてもなく淡々と、ひたすら彷徨い歩き続けて、どうということもない風景を写しているだけのようにしか思えません。

松坂から荷坂峠を超え、熊野の巨木の下において、そしてかつて路地があった場所において、新宮の海において、井土紀州は中上健次の『枯木灘』を読み、『千年の愉楽』を読み、『地の果て 至上の時』を朗読します。

しかし「そこ」には、もはやかつての「路地」はありません。

カメラは、途方にくれるかのように虚空に向けられ、そして、中上健次の抑制されたフィルムが挿入されます。

せめてこの作品のどこかに、あからさまな差別への怒りの怒声でもあれば、撮り手の姿勢によって観客の立ち位置も定まるのに、という思いで見続けました。

しかし、素手で殴り掛かってくるような、生きることの荒涼さをチカラに変えた中上作品自体においても、はたしてそのようなモロ稚戯に等しい差別への糾弾などという幼稚な表明が、果たしてあっただろうかという思いに駆られたものでした。

それはきっと「なかった」と思う。

それはきっと、1978年から開始され新宮市の地区改良事業によって撤去されていく「路地」の最期の姿と、81年にいたる約54戸の改善住宅となった姿を撮った中上健次の16ミリフィルムにおいても、それは同じことだったのだと思います。

それはまた、多くの中上作品の映画化に際しても常に、そして強く感じ続けてきたことでもありました。

だから、この青山真治のドキュメンタリーで常に感じた「戸惑いの姿勢」には、深い共感を覚えたのかもしれません。

それは、何かを見た積もりになっているとしても、本当は何ひとつ見てはいないのだ、という共感です。

あえていえば、いままで「知らなかった」ということを初めて「知らされた」という、あの「無知の知」というものかもしれません。

ある友人から、このドキュメンタリー作品が「退屈だった」という感想を聞いたことを思い出しました。

差別への怒りも、糾弾の怒声もなかったからこの作品が「退屈」だったというのなら、その彼の認識は、この映画の本質にかなり近づいたのだと思えるようになりました。

そこには、ただの「場所」しか移されていなかったのだから。

しかしそれは、消えかけている場所・消えつつある場所に向けられた「中上健次の視線」につながる、その場所がかつて所有していた歴史と観念が描かれていたのだと思います。

どのような場所を見ようとも、そこに「中上健次が見たのだという視線」を認識することがなければ、この作品において僕たちは何ひとつ「見る」ことができなかったのだと思う。

地区改良事業によって消滅した場所を、その土地がかつて携えていた歴史と観念、人々の悲嘆と痛みの記憶を持った中上健次の視線を共有し認識することがなければ、僕たちは何ひとつ見ることがなかったという感じを持ちました。

中上健次が遺したとされる『路地はどこにでもある。俺はどこにもいない』という言葉が、既に中上亡き現在、もしそれが「無念の記念碑」に対抗する単なる謎掛け的な逆説などでなかったのだとしたら、そこには、あるいは中上の夢が語られていたのかもしれないと思えるようになりました。

僕にとって、この青山真治のドキュメンタリー「路地へ・中上健次が残したフィルム」は、かなり以前に見た映画です。

それを今頃になって、どうして思い出したのかといえば、つい最近読んだ中上健次の「地の果て 至上の時」のある一節に遭遇して、突然この青山監督のドョキュメンタリーを連想したからでした。

幾万の言葉を費やして、この映画の感想を書こうとしても、たぶんこの神話のような血族の物語の一節を凌駕することはできないだろうなと感じ、僕自身の「心覚え」のために、その部分を抜粋しておきました。

「町の地図が大きく塗り変えられているのを車で走って見て充分すぎるほど分った。
元々秋幸の家から海岸までのあたりは田があり畑があったりして建物の少ないところだったが、そこもかつて市の中心を区切るように横たわった路地からの山を削り取った土で埋め立てられていた。
農道を広げただけのような折れ曲がった道は閉鎖され、信号機の指示どおり左に折れても、道が途中から鉄線で囲われていたり、工事中の看板がバリケートジのように道を塞いでいた。
さらに国道に沿って走ると峠はなくなり、広角と呼ばれた高台はかすかに他よりも高くなった新開地に成り、高速道路のインターチェンジの工事中だった。
秋幸はその土地の変わりようにあきれ、そのうちいたるところにむき出しになった赤まだらの土が何者か人為を越えた大きな者が力まかせに地表をはいだ後のように思え、「これじゃ、土方がウケに入って、キャデラック乗り廻すのあたり前じゃの」と良一に言うと、良一は「もうけとるのは佐倉、浜村、桑原、それに成り上がった二村だけじゃろ」とつぶやく。
二村が市長に当選してから、高速道路を国に圧力をかけて決定し、原子力発電所を強引に可決し、リコールされたが再度それを乗り切って市長の座を守ったと言う。
秋幸はその良一の説明だけで、その大改造の指揮をとったのが、浜村龍造がかつて番頭をしていたという佐倉だという事がわかった。
国に圧力をかけたのも高速道路公団に圧力かけたのも、この土地と路地に、煽るとすぐに燃え上がるような噂のある佐倉でなければ敵わない事はわかった。」(中上健次「地の果て 至上の時」より)

(2000スローラーナー、ブランディッシュ)監督構成・青山真治、朗読・井土紀州、製作・越川道夫、佐藤公美、撮影:田村正毅、録音:菊池信之、編集:山本亜子、小説・「路地」、映像:中上健次
64分 カラー スタンダードサイズ 35ミリ
2000年ロカルノ国際映画祭正式出品作品
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by sentence2307 | 2008-11-16 16:21 | 映画 | Comments(130)

フェリーニの「道」について、時々考えることがあります。

あの映画の主人公は、果たしてジェルソミーナなのか、それともザンパーノなのだろうかと。

映画の作られ方からすれば、ザンパーノを主人公にした映画と見る方が、あるいは当たっているかもしれません。

大道芸人ザンパーノの手伝いをしていた娘が旅先で死んだために、寒村に住むその母親へ彼女の死を知らせに訪れた彼に、母親は、死んだ姉の代わりに妹のジェルソミーナを連れて行ってくれと懇願します。

しかし、母親のこの懇願の場面に、僕たちは虚を突かれたような違和を感じるかもしれません。

どういう死に方をしたにしろ、娘を死なせた責任は、当然旅に同行したザンパーノの方にあるのではないかと思うのが普通で、むしろ母親の方にこそザンパーノを非難する理由があるのではないかと考えるのが順当のように思えるからでしょう。

しかし、その取りすがるような母親の不自然な懇願の姿をじっと見ているうちに、僕たちはすぐに、死んだ娘が金で売られたらしいこと、そして、彼から受け取った金をいまさら返すことのできない貧しい母親は、姉の代わりに知恵遅れの妹ジェルソミーナを連れて行ってくれと彼に懇願しているのだと気がつきます。

しかし、なにかと覚えの悪いジェルソミーナに苛立ったザンパーノは、彼女を鞭打ち苛め続けます。

昼は家畜のようにこき使い、夜には性欲の捌け口としての相手をさせながら、常にその愚鈍さを嘲り、ときには見せ付けるように彼女の目の前で行きずりの女と交合さえします。

しかし、どのように踏みにじられ、辱められても、「抱かれる」という行為をザンパーノの愛情と信じて、ひたすら彼の愚行を許すジェルソミーナのひたむきさには、多くの論者の言うとおり、哀れさを通り越して「聖性」を感じることができるかもしれません。

ただ、多くのフェリーニ作品がそうであるように、その「聖性」は、誰からも見止められることもなく、決して理解されることがないという意味において、(キジルシの言葉を借りれば)石ころのように、本当に「無意味」なものだといっているのだと思います。

キジルシは、こんなふうに言ってジェルソミーナを励ましています。

「この世に無意味な人間など一人もいない。誰もが何かの役にたっているのだ」と。

その言葉を信じて、(皮肉なことに)ジェルソミーナは、ザンパーノに寄り添って生きる決意をします。

決して人を愛すことのできない魂の不具を抱えているザンパーノを、すでに見抜いているキジルシは、ことごとく彼をからかい、怒らせ、やがて、旅の途中でたまたま出会ったところで、ザンパーノに撲殺されてしまいます。

生きることの意味をキジルシに教えてもらったジェルソミーナは、ザンパーノに従う決意をしたことによって、目の前で大切な人キジルシの命が奪われる場面を目の当たりにしてしまいます。

ケダモノのような男にとっては、どのような石であっても、結局のところ、それはどこまでいっても、つまらない石以外のなにものでもないことを、ジェルソミーナは、大きな代償を払って思い知らされたのだと思います。

最近感じていることなのですが、多くのフェリーニ作品の中のいくつかは、救いのない徹底的な絶望を描いて神の不在を説いていながら、どこかで神の・希望の気配を感じさせる作品があるように感じの作品があるなかで、このフェリーニ作品「道」だけは、どこまでも救いのない徹底的な絶望が描かれていることに暗然たる思いを抱いています。

年老いたザンパーノが、失ったものの大きさに慄然としながら、夜の海岸で泣き崩れる姿を見ながら、この映画は、やはりザンパーノの映画なのだと思いました。

(1954ポンティ・ラウレンティス)監督・フェデリコ・フェリーニ、原案脚色・フェデリコ・フェリーニ、トゥッリオ・ピネッリ、台詞・トゥッリオ・ピネッリ、脚本協力・エンニオ・フライアーノ、演出協力・ブルネッロ・ロンディ、撮影・オテッロ・マルテッリ、美術・E・チェルベッリ、音楽・ニーノ・ロータ、演奏指揮・フランコ・フェルラーラ、
出演・ジュリエッタ・マシーナ、アンソニー・クイン、リチャード・ベイスハート、アルド・シルバーニ、マルチェッラ・ロヴェーレ、リヴィア・ヴェントゥリーニ、
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by sentence2307 | 2008-11-10 21:53 | 映画 | Comments(0)

ミス・ポター

映画を鑑賞する前に、その作品が、キネマ旬報ベスト・テンで、どれくらいの評価を得た作品なのかという情報をあらかじめ仕込んでから、映画を見に行くという話をよく聞きます。

確かにそれは、失望しないためには賢い映画の見方かもしれませんが(そこで待ち受けているものは、「いい方向性のサプライズ」ばかりでしょうから)、しかし、その見方はあまりにも合理的で臆病すぎるような気がして、そういった安全な行き方では、得るものも限られてしまうかもしれません、自分としては鑑賞前であろうと後であろうと、この行為は、極力避けてきました。

感動は、誰の判断でもない「自分だけの感動」であるからこそ意味があるのだし、たとえ失望したとしても、それが「自分だけの失望」であるなら、感動と同じ重さの意味があり、だからどちらにしても大切なものなのだと思ってきました。

基本的には、いまでもその考えは変わっていません。

しかし、この「ミス・ポター」を見たあとで、魔が差したとでもいうのでしょうか、自分に禁じていたはずの他者(批評家たち)の評価がどうだったのかがどうしても気になり、「ベスト・テン」を知りたいという誘惑にかられ、そして、ついに負けてしまいました。

そこに書かれていた映画「ミス・ポター」の評価は、驚くべきことに、なんと「116位」でした。

つまり、ベスト・テンを参考にして鑑賞する映画を決めるという方法を採るとすれば、ベスト・ワン作品「長江哀歌」を見ることはあっても、116位の「ミス・ポター」を見る機会は得られなかったことになるでしょう。

ベスト・テンの恐ろしさとは、こういうことなのだなとつくづく思い知りました。

ちなみに、「長江哀歌」については、こういう傾向の作品が批評家には好まれるのか、という見当が少し分かっただけで、自分としては深読みしたくなるような意欲もインスピレーションも湧かない、到底好きになれないタイプの曖昧な作品でした。

そういう意味では、この1位と116位という途轍もないギャップは、「映画評論」という歪んだ色眼鏡が、ケレンミのない、ひたむきで素直な作品を見えにくくさせたうえで排除するというだけの奇を衒った畸形な鑑識眼、衰弱した認識力を曝け出している証左として、かえって微笑ましく思えたくらいでした。

見当違いで退屈なだけの彼らの愚鈍な批評よりも、「116位」という幾分的外れであっても滑稽なほど潔い評価の方に、はるかに優れた鋭いインスピレーションを感じることができました。

ここに描かれているベアトリクス・ポターは、裕福な家庭で大切に守られて育った親掛かりの、婚期を逸しかけた女性(自分から結婚話を断り続けてきました)として描かれ、そして、ひとり擬人化したウサギ(ピーター・ラビット)の絵を描いては、彼らと会話を交わすような人見知りの強い孤独な娘としても描かれています。

その彼女が、意を決して出版社に自分の絵を売り込む場面から映画は始まっていますが、出版社から刊行の意向が示されたあとのミス・ポターのセリフが、僕を打ちました。

「これで、引き篭もりから、外に出られるわ」

拘束にも等しい親の庇護のもとで、孤独のなかで青春を失いかけていた経済的に無力な女性が、自立のための手応えに歓喜する瞬間を見事に描いた素晴らしい場面だと思いました。

引き篭もりともいえる一人きりの部屋から発せられた絵本作家ベアトリクス・ポターの孤独の結晶ピーター・ラビットが、彼女に自立と自由を与えたのだと思います。

この映画は、「本」というものが、どうしても他人に心を開くことができない孤独な人間の叫びを、別の孤独のひとにダイレクトに届けることができる手段として、素晴らしい媒体であることを教えてくれました。

(2006英米)監督・クリス・ヌーナン、脚本・リチャード・モルトビー・Jr、撮影・アンドリュー・ダン、美術・マーティン・チャイルズ、衣装・アンソニー・パウエル、編集・ロビン・セールス、プロデューサー・マイク・メダヴォイ、デヴィッド・カーシュナー、コーリー・シニーガ、アーノルド・メッサー、デヴィッド・スウェイツ、エグゼクティブ・プロデューサー・レニー・ゼルウィガー、ナイジェル・ウール、ルイ・フィリップ、スティーヴ・クリスチャン、ヘアメイク・リサ・ウェストコット、時代考証・ジェニー・ユグロウ、音楽・ピーター・リンゼイ、特殊効果・ヴィクトリア・ウィリアム、視覚効果・クレア・ノーマン、サイモン・スタントレイ=クランプ、主題歌・ケイティ・メルア
出演・レニー・ゼルウィガー、ルーシー・ボイトン、ユアン・マクレガー、エミリー・ワトソン、、バーバラ・フリン、、ビル・パターソン、オリバー・ジェンキンス、マテロック・ギブス、フィリーダ・ロウ、デヴィッド・バンバー、アントン・レッサー、ロイド・オーウェン、パトリシア・ケリガン、ジュディス・バーカー、クリストファー・ミドルトン
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by sentence2307 | 2008-11-05 20:55 | 映画 | Comments(0)

春の囁き

かなり昔の話です、ギリシャ映画の「春のめざめ」(ニコス・コンドュロス監督作品1963年)という作品が、大ヒットしたことがありました。

当時にあっては斬新な性描写が際立っていて、結構話題になったと記憶しています。

そのときのポスターというのが、これまた刺激的だったことを、いまでも鮮明に覚えています。

薄物をまとっただけの、ほとんど半裸の美少女が、膨らみかけた小さな胸を恥ずかしげに両手でかばいながら、顔を背けている立ち姿(その恥ずかしげな仕草も、思春期の胸にはズキンと応えました)を、ミディアム・ショットで撮ったその宣伝ポスターが、町のあちこちに貼り出されました。

それでなくとも性的なものに過敏になっていた思春期の少年にとっては、その美しいセミヌードのポスターは、あまりにも刺激的で、どうという用も無いのにそのポスターの前を何度も行き来して盗み見たという記憶があります。

だからといって、その映画をひとりで見に行く勇気などあるわけもありませんし、ましてや、そんなことを大人たちに話せば、自分の密かにウゴメキ出した性欲の所在を曝してしまうことになるのが恥ずかしくて、大人に連れて行ってくれなどと頼めませんでした。

今日まで見る機会もなかったのですが、結局、現在に至るまで、その作品を見ないままできてしまいました。

それがトラウマになっているとも思えないのですが、この手の「春の~」という言葉で始まるタイトルに、自分でも可笑しなくらいに反応してしまうのです。

きっと、意識下で、かつて充たされなかった過剰な期待を持ってしまうということがあるのかもしれませんが、見る前から気持ち的にそんなにナーバスな状態になってしまうということは、素直な気持ちで映画を見たいと願うことからいえば、決してプラスに働くことにはなりません。

最初にそのことを痛感したのは、初々しい久我美子が主演した成瀬巳喜男の1947年作品「春のめざめ」(タイトルもそのものズバリ)でした。

いま思えば、たとえ意識していなかったとはいえ、このタイトルに反応してしまった自分の過剰な期待が、記憶まで歪めてしまった感じで、この作品から思い出すことといえば、写生をしていた画学生が、傍にいた清純な女学生・久我美子の脹脛かなんかにムラムラと欲情して、彼女の胸とかに触ろうとして、そのことに驚いた久我美子が、走って下山する(ということは、たぶんそこは「山」だったのでしょうか)という場面しか思い出せないのです。

成瀬巳喜男作品たるものを、ただ扇情的な場面を手掛かりにしてしか作品の全体像を思い出せないという、まるでピンク映画を思い出すときの思考経路を辿らないと想起できないなんて、随分残念で悲しい映画体験になってしまったものだと思います。

たぶん、僕の思春期の「あの時」、あのニコス・コンドュロス監督作品「春のめざめ」を見てさえいれば、こんなことにはならなかっただろうな、と残念な気持ちです。

見ないまま現在に至ってしまった、まさに「春のめざめ」症候群なのかもしれませんね。

逆に、谷口千吉の「吹けよ春風」あたりになると、その影響は全然ありませんので、その辺にはとても微妙な問題があるのかもしれません。

さて、取り溜めて見ることを先延ばしにしてきた僕のビデオテープのストックの中に、「春の囁き」というタイトルが混じっていることは、随分以前から意識していました。

きっと最初は、成瀬作品「春のめざめ」と混同していたらしく、あえて「見なかった」のかもしれません。

それが、つい最近、在庫整理を思いつき、見ないままホッタラカシにしてある「馴染みの無い題名の作品」を片っ端から見ていくなかに、「春の囁き」がありました。

そこではじめて、この作品が豊田四郎作品であることを知りました。

きっと、特集上映の際に、それとは意識せずに録画したものだと思います。

しかし、それにしても、内容からいって「春の囁き」とは、随分いただけないタイトルだと思いました。

お互いを好き合い、将来を誓い合っていた幼なじみの二人が、男の方が東京の大学に入ったことを切っ掛けに徐々に離れていき、やがて破綻するまでを描いているこの深刻な作品に、まさか「春の囁き」はないだろうという気がします。

この豊田作品の生真面目な深刻さは、我が愛すべきタイトル・トラウマ「春の~」の浮れまくった淫らな「桃色」的イメージの範疇からすると、この作品は、まったくそぐわない真摯なものがあります。

恋人同士が引き離され、離れ離れになったことで、気持ち的にも遠ざかってしまうという、遣り切れないほどシンプルで、それだけに一層悲惨で残酷な話です。

それまでのふたりにとって、彼らの関係を邪魔したり破綻させたりする外的要因(家族関係や友人関係による支障)が何一つなかっただけに、その原因と深刻さは、かえって明確なのかもしれません。

ジャーナリストを目指して東京の大学に入った片山幸次には、なに不自由なく田舎でのんびり暮らす幼なじみの恋人・八重子に苛立ちを感じています。

世の中には、貧しさのために身売りされる悲惨な娘もいるというのに、「こういう現実を、あんたは、なんとも思わないのか」と非難します。

しかし、片山幸次自身が気がつかなければならなかった本当の悲惨さは、大学に入る前までは、そんな「悲惨な現実」を、彼とても何ひとつ考えてもいなかったのにもかかわらず、大学に入った途端、他人の思考にどっぷりと浸り、他人の口真似をし始めて、純朴に暮らす故郷の人たちが「馬鹿」に見え始めたことにあります。

そのために、彼は大切な人を罵倒し、軽んじて、その結果、失わなければならなくなってしまったのだと思います。

この映画は、真実の何たるかなどなにひとつ知ろうともせずに、ただ形ばかりの「学問」という美名の事大主義に酔いしれて、大切な日常的な人間関係のことごとくを失った軽率な若者の物語と見ることもできます。

ただ、この映画の全編を覆っているヒステリックなまでの浮ついた明るさが、なんだかいやに気になりました。

物語の流れをすべて全否定するようなラストの別れのシーン、前夜別れたばかりの八重子が、近々結婚するという片山幸次の兄を伴って桟橋に現れるシーンには、どうしても見過ごしにできない無神経なものを感じてしまいました。

こういう結末を持った彼らにとって、今回のことでどの程度それぞれが傷ついたのだろうかという疑問が湧きます。

身売りされた娘を親に無心した金で足抜きさせ、匿い、ヤクザとトラブルを起こし、それを非難した家族を罵倒し、社会の矛盾に怒りも理解も示そうとしない恋人を非難し、それでも恋人が自分から離れようとは考えもしなかったというこの物語の一連の流れを、一挙に捻じ曲げてしまうようなラストに、正直唖然としてしまいました。

いやいや、こんなことは大したことじゃない、すべてのなりゆきをすっきりと水に流し、元気良く手を振り合って、最後くらい気持ちよく別れようじゃないか、来月また帰って来るからね、みたいな感じなのでしょうかねえ、このラストシーン。

(1952東京映画・東宝)監督・豊田四郎、製作・加藤譲、脚本・植草圭之助、古川良範、潤色・豊田四郎、撮影・三浦光雄、音楽・芥川也寸志、美術・安倍輝明、録音・西尾昇、照明・岸田九一郎
出演・三国連太郎、岡田茉莉子、遠山幸子、千秋実、青山京子、久保明、三津田健、中村是好、千石規子、荒木道子、二本柳寛、鈴木孝次、浦辺粂子、青山京子、久保明、千石規子
1952.12.10 10巻 93分 35mm 2,538m 白黒
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by sentence2307 | 2008-11-01 16:06 | 映画 | Comments(5)