世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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<   2009年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

「生まれてはみたけれど」を見るたびに、いつもきまって「東京物語」のラストシーンを思い浮かべてしまいます。

老妻を失い、ひとり残された老父(笠智衆が演じています)が、失意のなかで、すでに妻のいない長い一日の始まりを前にして、気の遠くなるような孤独な時間をどうやって遣り過ごせばいいのかと、ひとり呆然としている姿をとらえた卓越したあのシーンです。

遠くに聞こえる船の汽笛に耳を澄ます孤独な老父は、そのとき、果たして、都会の生活に追いまくられ、いまではすっかり冷ややかになってしまった子供たちを恨んだだろうか、とその場面を見ながら僕は繰り返し自問しています。

しかし、あのシーンのどこに「恨む」などという激しい感情が存在するだろうか、しかし、だからといって、そこに「諦念」といえるほどの抑制された感情もあるのかというと、多分それだけではないという気がしています。

現在の僕には、あの老父の感情の機微のすべてを正確に知ることなどできるわけもありませんが、ただ、この「それだけじゃない」という思いは、「生まれてはみたけれど」を見たときにいつも感じる思いと、とてもよく似ていることに気がつきました。

社長の前で道化て、無様に媚びへつらう情けない父親の姿を見せつけられた息子たちは、その直後、父親に対して直接怒りをぶつけます。

父と子との間で激しい言葉の応酬があったあと、執拗な子供たちの抗議に苛立った父親はついに怒りを炸裂させ、暴力によって息子たちの抗弁を強引に封じます。

やがて、こうした激しい確執を経たあとの「親子の和解」は、こんなふうに描かれていました。

翌朝、父と息子たちは、登校の途中で、前夜親子喧嘩の元凶だった社長といつもの道で出会いますが、前夜の「事件」のこともあって、子供たちの手前父親は挨拶することを躊躇していると、息子の良一は「挨拶した方がいいヨ」と笑顔で勧めるこのシーンで、親子の緊張感は一挙に収束に向かったと多くの解説書には書かれています。

ただ、このシーンは、それだけではなく、ふたつの解釈が成り立つような気がしています。

ひとつは、息子たちが、自分たち子供は、やはり大人から養われている身であることを悟るという通説的に語られることの多いシチュエーションでしょう。

生活するために耐えている大人たちの苦境を理解し、「生活するために会社でうまくやるのは当然じゃないか」とばかりに、息子は温かい寛容さで父親の背中を押すという解釈です。

しかし、正直なところ、このラスト・シーンを何度見ても、僕は、そんなふうな清々しさを感じたことは一度もありませんでした。

むしろ、このラスト・シーンを見るたびに、胸を圧するような重苦しさというか、苦渋に満ちた深刻な喪失感に捉われ続けています。

その理由のひとつは、このシーンにおいて、父親は子供の許しを乞わなければ、一歩も前に踏み出すことができない不甲斐ない姿が描かれていたからでしょう。

これでは、息子たちを失望させた社長に媚びへつらう姿と、なんら異なるところがありません。

前夜、寝入った子供たちの寝顔を眺めながら、自分と同じように、この子供たちも厳しい世の中をわびしく爪を噛んで暮らすのかと語り掛ける場面でさえも、この弱々しい父親の欺瞞的な言い訳のひとつにすぎないように感じるばかりです。

登校の途中、父親が社長を前にして、子供たちの手前、一瞬の躊躇を見せたとき、すでに息子は父親を見限ったのだと思います。

そのあと、笑顔で父の背中を押した息子の優しさは、むしろ失望感と軽蔑に満ちた哀れみ以外のなにものでもなかったのだという確信が、僕を充たしたのだと思います。

親と子の間に生ずる深刻な亀裂と家族の崩壊の兆しを的確に描いたこのラスト・シーンから、僕が「東京物語」のラスト・シーンを連想したことは、あながち見当はずれではなかったと思い始めています。

この作品「大人の見る絵本 生まれてはみたけれど」は、小津安二郎が、はじめて意識的に、オーバーラップ、フェードイン、フェードアウトを使わず、全編カットつなぎで撮るという独自のスタイルを確立した作品です。

(1932松竹キネマ・蒲田撮影所)監督・小津安二郎、監督補助・清輔影、原研吉、脚色・伏見晁、潤色・燻屋鯨兵衛、原案・ゼェームス・槇、撮影・茂原英朗、撮影補助・厚田雄春、入江政男、撮影事務・高山伝、舞台装置・角田竹次郎、木村芳郎、舞台装飾・三村信太郎、井上常太郎、舞台配光・中島利光、編集・茂原英朗、現像・納所歳巳、焼付・阿部鉉太郎、衣裳・斎藤紅、字幕撮影・日向清光、タイトル・藤岡秀三郎、
出演・斎藤達雄、吉川満子、菅原秀雄、突貫小僧、坂本武、早見照代、加藤清一、小藤田正一、西村青児、飯島善太郎、藤松正太郎、葉山正雄、佐藤三千雄、林国康、野村秋生、石渡輝秋、笠智衆、
1932.06.03 帝国館 9巻 2,507m 白黒 無声
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by sentence2307 | 2009-01-31 13:46 | 映画 | Comments(0)
確かに、ストーリーの面白さは抜群でした。

最初に語り出される物語は、実は、真実を巧みに加工しただけのミニチュアにすぎず、その虚構の裏に隠されているものが過酷で悲惨な事実であることを、僕たち観客は、物語の最後で衝撃的に知らされることになります。

この映画を見終わり、少しずつ時間が経過していくなかで、当初、頭の中では「若干軽めの明るさ」と信じていたこの作品の余韻が、次第に変質し始め、癌細胞のような違和感でジワジワと僕の内部を侵食し、そして満たし、重量もズッシリと増していきました。

当初は、ただ「ああ面白かった」という感想にすぎなかったはずのものが、自分のなかで、急激に「なにか得体の知れない別なもの」に変質した実感を持ったのだと思います。

そして「あれは、一体なんだったのだ」とずっと考えてきました。

長年の自分の性癖として、こうした錯綜した考えを纏め上げるのには、まずは簡潔な表現とか言葉を見つけ出し「混迷」を総体として把握して強引に理解に持ち込むという荒っぽい方法をとっています。

そこで、とっさに思い浮かんできた言葉というのが「寂寥感」でした。

それはあまりにも唐突で、自分としても思いもよらぬ意想外な言葉でした。

この映画のストーリーの核心を占めているのは、残酷な「動物虐待」であり、そして、その卑劣な行為に対する抑え難い怒りの葛藤を描いた荒々しい物語です。

それは一見、「寂寥感」などという言葉とはまるで無縁な物語です。

街をさまよう小動物たちを捕らえ、残酷な方法で傷つけ、虐殺を繰り返す犯人たちを突き止めて、その逃走を阻止しようとして車の前に立ちはだかった琴美(関めぐみが演じています)は、無残にも轢き殺され、その復讐を企てた琴美の元カレ(松田龍平が演じています)も、誅殺すべき敵を目前にしながら遂に力尽きて、結局は報復を実行できないままココロザシ半ばで斃れてしまいます。

既に完結している事件を踏まえた場所から語り始められるこの物語の、不思議な相似形を保ちながらも巧みに隠されたあとで、はじめてこの過酷な事実を知らされた僕たちは、果たしてこれ以上悲惨な話があるだろうかと思えるくらいの深刻なショックと遣り切れなさを抱かされたのだと思います。

しかし、この衝撃が、この作品から受けた最も大きな衝撃だったのなら、なぜ僕の中から、それとはまるで無縁な「寂寥感」などという言葉が湧き上がってきたのかが不思議でした。

「この映画の核心にあるものはなんだろう」と僕はもう一度考えてみました。

一方に、あの「過酷で悲惨な事件」があり、そして、その小動物に対する卑劣な行為に対する怒りの激昂があるとしたら、それとはまるで無縁な僕の「寂寥感」という印象を、どのように位置付けたらいいのかという思いに捉われたのだと思います。

そして、ようやく思い当たりました、この物語は、僕たちが当然のように考えているのとは別の角度から、ストーリーの中央を大きくふたつに切り裂いているのだと。

一方には、小動物を面白半分に殺戮し、あるいはその行為を憤って、殺し合いを展開する日本人たちの物語であり、一方では、日本人の社会に受け入れられることなく遠ざけられた中央アジアの留学生の物語なのだと。

僕の友人のなかで、ひとりだけそのことを指摘した人がいました。

「外国人留学生が差別されている現実や、偏見に満ちた日本の閉鎖社会の描き方が、単なる物語の設定に使われているのは不愉快であり、このような描き方こそ差別を助長するものではないか」という指摘でした。

しかし、この映画は、単に外国人留学生の差別を描いただけの物語ではないような気がします。

確かに、彼らが日本語を解せず話せないことで多くの日本人たちに無視される悲しみが描かれています(ただ、そのような彼らに対して「言葉」の分からない日本人の方もまた為すすべがなく、それを悪意というだけで非難するのは酷かもしれません)、だから、そのことを痛感している留学生は、必死になって日本語を覚えようとリピートしていく過程で、同時に悲しみや憎しみの感情もまた「覚えていく」ことになる、そこにある独特の「寂寥感」を感じ取ったのだと思います。

やがて留学生は、まるで日本人のように日本語を話せるようになります。

そこで覚えた日本人の悲しみや怒りも、日本人になり切って為すことができるようになります。

しかし、彼がどんなに誠実だったとしても、それが彼の「本心からのもの」だったのか。

彼が本心からその積もりになって行為しても、日本語を必死で覚えたように、それがあくまで「リピート」でしかない悲しみや「寂寥感」から免れないものであることを、この映画は描いているような気がします。

しかし、それでも、その悲しみや「寂寥感」の実態は、きっとほんの僅かなものだろうと思います。

「広辞苑」を「広辞林」と取り違えたり、ナニゲの別れの常套句に、「『また』って、いつだよ?」と聞き返してしまうような、そんな僅かで微妙な「孤独」の違いにすぎなかったのだという気がしてなりません。

(2007アミューズソフトエンタテインメント、スカパー・ウェルシンク、デスペラード、ダブ、読売広告社、東日本放送、河北新報社)監督脚本・中村義洋、原作・伊坂幸太郎、脚本・鈴木謙一、撮影・小松高志、照明・松岡泰彦、音楽・菊池幸夫
出演・濱田岳、瑛太、関めぐみ、田村圭生、松田龍平、大塚寧々、平田薫、関暁夫
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by sentence2307 | 2009-01-18 12:36 | 映画 | Comments(188)

リアリティとは何か

「リアリティとは何か」なんて、そんなにダイソレタものでもないのかも知れませんが、最近ちょっと考えさせられたことがありましたので、心覚えのために、このブログに書いておこうと思います。

昨夜、NHK総合TVで「スポーツ大陸」という番組をやっていましたので、漫然と見ていました(「見流していました」という言い方があるなら、むしろそっちの方ですが)。

タイトルは「何があっても勝つ、史上最強の柔道家 山下泰裕」です。

自分としては、スポーツの中で柔道が特に好きというわけでもないし、嫌いでもありません。

目の前でやっていれば見るだろうし、だからといって、時間の都合をつけてまで、なにがなんでも見ないではいられないというほどではありません。

しかし、「漫然と」とはいえ、結局はその番組を「見た」のですから、その動機というのを、あえていえば、きっと日本柔道の北京オリンピックにおける不甲斐ない結果が頭の隅にあったのだと思います。

一本勝ちにこだわる日本柔道が、変節した世界のルールの前ではまったく奮わず、散々な結果に終わってしまい、しかしそれでも負け惜しみみたいに、「世界のルール」の方がワルイのだ、「日本としては、あくまで一本勝ちにコダワルのだ」とかなんとか、なんだか意固地になって袋小路に追い詰められている日本の柔道のいまの状態を、外国選手に対しては不敗神話を持っている山下泰裕が、どう考えているのか知りたいと思ったからかもしれません。

番組は、山下泰裕の半生記をたどるかたちで進められていきました。

幼い頃から体格に恵まれていた山下は、天性の素質とよき指導者に恵まれて、さらに技に工夫をほどこす練習の熱心さから、その強さは当然といえば当然だったのでしょうが、柔道家としてめきめき頭角をあらわしていくなかで、しかし、すべてが順風満帆というわけでもなかった、というか、その人生の重大な節目で山下泰裕は、数々の不運に見舞われた、というのがこの番組の趣旨でした。

恩師との出会いと別れ、そして、日本のモスクワ・オリンピック・ボイコットによる不参加の失意の中で、さらに試合で重傷を負ってしまうという具合に、数々の深刻な事態に直面した山下泰裕が、ひとつひとつ階段を上がるように精神的に成長していった軌跡がナレーターによって語られていました。

そして、ロサンゼルス五輪で金メダルを獲得したときのクダリにきたとき、思わず自分の耳を疑いたくなるようなことが話されていました。

決勝戦、軸足右ふくらはぎに肉離れを起こした山下泰裕との試合で、対戦者エジプトのモハメド・ラシュワンは、
「(それまでの対戦者たちが、山下の痛めた右足を重点的に狙っていたので)その右足をかばうことに意識がいっている山下泰裕の意表をついて、自分は左足を狙ったのだ」
と語っていた部分でした。

こんな話は、初耳でした。

確かあの当時の放送でも、そして、それ以後のメディアからも「ラシュワンは、山下の負傷した右足をあえて狙わずに戦い、そのフェアプレーの精神を称えられた」として聞いてきたし、僕もこの二十数年間それを信じ続け、少しも疑いませんでした。

しかし、考えてみれば、「相手の負傷した右足を狙わなかった美談」より、「痛めた足をかばうことに意識のいっている山下の意表をつく作戦」の方が、はるかにスポーツ精神にノットッテいるように思えます、しかも優れてリアルでもある。

僕も、あの美談以来、その「フェアプレー」の美辞麗句を聞くたびに、気持のどこかで、なんだか山下がラシュワンにお情けで勝たしてもらったような「遣り切れなさ」を抱き続けてきたような気がします。

スポーツの優れたリアリティを、こんなふうな薄気味悪い「美談」にオトシメタ元凶は誰かといえば、やっぱりメディアだと思います。

スポーツに変なドラマ性を無理矢理注入しようとする見え透いた作為が、そういえば最近目に余るなあと感じた番組「スポーツ大陸・何があっても勝つ、史上最強の柔道家 山下泰裕」でした。
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by sentence2307 | 2009-01-17 18:02 | 徒然草 | Comments(1)

断腸亭日乗

このブログのサブタイトルに「断腸亭日乗」という文言を冠したことが、果たして相応しかったのかどうか、ときどき不安になることがあります。

付けてしまっておいて、随分無責任な話ではありますが。その命名したときの動機というのを思い返してみれば、単にこの言葉が持っている厭世的な響きというか、生きることに疲れた投げ遣りな気高さみたいなものに惹かれただけだったので、それ以上のもの、例えば永井荷風という作家の存在が念頭にあったわけではありません。

ただ、考えなしに命名してしまったことの不安と迷いは、名づけた瞬間から常に付きまとっていたと思います。

つまり、この【映画→「断腸亭日乗」→永井荷風】という並列が、歴史的・文学的にみて誤りがないのだろうか、もし誤りだったら、自分の無知が白日の下に曝され、とんでもない恥をかいてしまうのではないか、という思いでした。

もしこの並びを識者が見たら、「永井荷風と映画を取り合わせるなんて、まるで非常識もいいところだ。そもそも『断腸亭日乗』というのは・・・」
などと冷笑と嘲笑を浴びせ掛けられてしまうのではないかという怯えと恐怖があったのだと思います。

しかし、その反面、自分のなかには、永井荷風と映画の取り合わせに、それほどの不自然さを感じない確信のようなものも確かにありました。

きっと、僕のなかにある豊田四郎監督の「墨(サンズイのついたボクの字が変換できません)東綺譚」(新藤兼人監督作品ではありません)の印象があまりに強烈で、永井荷風と映画の取り合わせに、いままで違和を感じたことはありませんでした。

それが最近になって、その自分の不安を直接指弾されたような厳しい言葉に遭遇しました、まさに長年恐れていたことが事実になってしまったショックでした。

その一文というのは、川本三郎著「大正幻影」(ちくま文庫)の「文士が映画と出会うとき」という章にありました。

それは、こんなふうに始められています。

「いかに荷風が当時西洋音楽に傾倒していたかに驚かされるが、音楽にそれほど熱中した荷風は、残念ながら、映画に対してほとんど関心をみせていない。」

「映画に対してほとんど関心をみせていない。」という断定に続いて、その証拠に、あの「断腸亭日乗」においてさえ、活動写真について触れているのは、わずかに大正12年(1923)1月8日の項に見られるだけだとして、その部分を引用しています。

「台湾喫茶店女給仕百合子といへるもの、浅草公園に往きたしと言いければ、哺時自働車にて公園に赴き、活動写真館帝国館に入り、仲店にて食事をなし、安来節を看、広小路のアメリカンに憩ひ、タキシ自働車にて四谷愛住町なる女の家まで送り、麻布に帰る」

という部分をあげて、日記のなかに映画の題名を書いていないのは、荷風が映画というものに左程関心をもっていなかったからだとしています。

しかし、この突き放すような文章が、素っ気無くこれだけで終わっていたら、僕の関心をこれほどまでに惹きつける魅力を感じなかったに違いありません。

続いて、その荷風が見た映画というのを推理しているのがこの小文の面白いところだと思いました。

「ちなみに荷風が女給と入った帝国館は、明治36年に開館した日本最初の常設映画館である浅草電気館のあとを追って明治43年に開館した浅草の代表的映画館である。
荷風が入館した大正12年の前年には、ここでサイレント映画史に残る傑作のひとつヴィクトル・シュストレム監督(後年イングマル・ベルイマン監督の「野いちご」に老人役イサクとして主演した)のスウェーデン映画「霊魂の不滅」やルドルフ・ヴァレンチノ主演のアメリカ映画「黙示録の四騎士」が上映されている。」

映画というものにまるで関心の無かった荷風が、あの名作「墨(+サンズイ)東綺譚」の書き出しを、こんなふうに始めていることを紹介しています。

「わたくしはほとんど活動写真を見に行ったことがない。おぼろげな記憶をたどれば、明治30年頃でもあろう。神田錦町にあった貸席錦輝館で、サンフランシスコ市街の光景を写したものを見たことがあった。」

たとえ荷風が「映画というものにまるで関心の無かった」としても、自分には関心がないのだと言わずにおられないくらい、世間の映画熱が大変なものだったことが分かります。
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by sentence2307 | 2009-01-12 08:35 | 映画 | Comments(0)

雨月物語

映画を録画して、その作品を見てしまえば、だいたいは消去することにしていますが、見たあとでも、どうしても残しておきたい作品というのが次第に溜まってくると、結果的に自分の「ライブラリー」みたいなものになっていく感じがします。

意識的にではないにしても、それはそれで素敵なことかもしれないなとは思い、ある時期までは、自然に任せていました。

しかし、「保存」を意識しだすと、そこには微妙な問題も発生することが分かりました。

考えてみればどうでもいいことかもしれませんが、例えば、いちばん最初に録画した映画が、それ以後に収録する作品に微妙に影響するというか、つり合うだけの作品になかなか巡り合えないということに気がついたのです。

というか、だんだん欲がでてきて、当初の「なんでもいいや、片っ端から録画してしまえ」から、「少しは同レベルの作品を収録したい」という思いに変わっていったのかもしれません、う~ん、やっぱり「名作」には「名作」を続けて録画したくなるじゃないですか。

あまりにもチグハグな取り合わせではイメージが壊れるし、できれば統一的なイメージで一本のテープを完成させたいという欲がでてきたのだと思います。

深刻な社会派ドラマと破茶目茶なドタバタ喜劇の組み合わせの違和感を僕自身が感覚的にクリアできなかったのだと思いますが。

しかし、いざこの願望を実行してみようとすると、その名作に続くに相応しい作品というのが、タイミング的にもなかなか難しい要求であることが分かってきました。

いつも同じタイプの名作が安定的にTV放映されているわけではありません。

むしろ、こちか側がそんなことにこだわっていると、あらかじめ数多くのテープを用意してスタンバイしておかない限り、ジャンルの違う優れた作品をみすみす見逃す事態に直面します。

自分の意図した計画は、状況的にも物量的にも最初から無理があったのです。

そのことを最も痛感したのは、かなり以前に溝口健二の「雨月物語」を収録したときのことでした。

去年の後半に、BS2で溝口健二特集をしたとき、その「雨月物語」に続けて、他の溝口作品を録画しておけば何の問題もなかったのですが、根がズボラなうえに薄らぼんやりときているので、ついうっかり録るチャンスを逸してしまいました。

返す返すも残念でなりませんが、それ以来、いまだに「雨月物語」に続くに相応しい作品に出会えていません。

いろいろな作品の録画を試みてみたのですが、バランス的にどうしても納得できませんでした。

考えてもみてください、「雨月物語」と並べてみて遜色の無い映画なんて、そう滅多にあるものではありません。

結局「雨月物語」のあとに様々な作品を録画してみては、どれもあまりに不釣合いすぎ、我慢できず、消去しては、また別の作品を録画するということを繰り返しています。

しかし、この小文を書き残しておきたいと思った動機は、なにも「録画に耐える名作に巡り会えない」という愚痴を書くためではありません。

他の作品を録画し、保存するまでもないとテープを巻き戻すたびに、やや巻き戻し過ぎて「雨月物語」の最後のシーンを繰り返し見るということになり、ラストの部分を繰り返し見ているうちに、いままで見過ごしていたことに気がついたのです。

欲に駆られ戦場で一旗あげようとして、結局は失敗した夫・源十郎(森雅之が演じています)が、無一文の落ちぶれ果てた絶望のなかで故郷に帰ると、朽ち果てたあばら家で妻・みやぎ(田中絹代が演じています)は、子供を守り続けて夫の帰りを待っていました。

夫は妻との再会を喜び、そして安らかに寝ている子供を抱きしめ、喜びにむせび泣きます。

この喜びの姿には、夫にとって家族の掛け替えの無さと生きて在ることの歓びを深く思い知ったという描写であるとともに、自分の身勝手によって妻や子につらい思いをさせたことを詫びる贖罪の気持ちが、森雅之の深い演技によって示されていました。

そのことについては僕としても異論なく、ずっとそういう見方でこのシーンを鑑賞していましたので、自然と森雅之の演技ばかりを注視していたとしても、それは無理からぬことだったと思います。

しかし、このシーンを繰り返し見ているうちに、いままで何気無く見過ごしていたこのシーンの妻・みやぎが、既に死んでいる亡霊であることに意識が強く傾いて、今頃気がつくなんて本当に迂闊ですが、次第に田中絹代の演技の方に注視するようになりました。

夜半に夫が真っ暗なわが家に立ち帰ると、荒れ果てた家の中は閑散としていて誰ひとりいません。

夫は、妻の名を呼びながら、家の中から外へと必死に経巡り、再び戸口に立つと、そこに妻みやぎが座って火を起こしている姿が仄かな灯りを伴って忽然と現れます。

しかし、そこは、つい先ほど夫が妻の名を呼びながら通り過ぎた暗く荒れ果てた同じ場所だったはずですが。

妻の名を大声で呼び続けて戸口に立った夫の姿に、一瞬の間をおいて、妻は初めて気が付いたように、夫を見止めます。

それからの田中絹代の、片時も夫の顔から視線を逸らそうとしない鬼気迫る演技は、この映画が夫に棄てられた妻の怨嗟と許しの絡み合った薄幸な女の物語であることを教えてくれました。

夫が子を抱く姿を見つめる視線の、差すような非難と一瞬光る歓喜の厳しさ、夫のために鍋のなかの食べ物を椀に注ぐ顔のアップ(幽玄に迫る大胆な「寄り」です)にそれは現れていました。

しかし、なによりも驚嘆したのは、それに続く場面、したたかに酒に酔った夫が、「心が晴れ晴れとした。また格別の酒の味だ。・・・静かだな。」と呟きながら抱いていた子供を寝床に戻すシーンでしょうか。

背中を見せている妻・みやぎは、子供を寝かしつける夫に手を貸すでもなく、まるで置物のようにその影は微動だにしません。

その不吉な影は、確固たる存在感をもって画面の中央を不気味に占拠しています。

夫の「静かだな」という言葉が、既に夫には幽冥の妻を捉えられないことを示唆している深い場面であることを感じました。

(1953大映京都撮影所)製作・永田雅一、企画・辻久一、監督・溝口健二、助監督・田中徳三、原作・上田秋成、脚本・依田義賢、川口松太郎、撮影・宮川一夫、撮影助手・田中省三、音楽・早坂文雄、作詞・吉井勇、音楽補助・斎藤一郎、和楽・望月太明吉社中、梅原旭涛、美術監督・伊藤憙朔、装置・山本卯一郎、装飾・中島小三郎、背景・太田多三郎、美術助手・岩木保夫、録音・大谷巌、移動効果・山根正一、録音助手・鈴木暉、照明・岡本健一、照明助手・太田誠一、編集・宮田味津三、風俗考証・甲斐荘楠音、能楽按舞・小寺金七、陶技指導・永楽善五郎、製作主任・橋本正嗣、美粧・福山善也、結髪・花井りつ、衣裳・吉実シマ、擬斗・宮内昌平、スチール・浅田延之助、記録・木村恵美、演技事務・松浪錦之助、進行・大橋和彦
出演・森雅之、田中絹代、小沢栄、水戸光子、京マチ子、青山杉作、羅門光三郎、香川良介、上田吉二郎、毛利菊枝、南部彰三、光岡龍三郎、天野一郎、尾上栄五郎、伊達三郎、沢村市三郎、村田宏二、横山文彦、玉置一恵、藤川準、福井隆次、石倉英治、神田耕二、菊野昌代士、由利道夫、船上爽、長谷川茂、堀北幸夫、清水明、玉村俊太郎、大崎史郎、千葉登四郎、大美輝子、小柳圭子、戸村昌子、三田登喜子、上田徳子、相馬幸子、金剛麗子、
1953.03.26 10巻 2,647m 97分 白黒
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by sentence2307 | 2009-01-12 08:24 | 映画 | Comments(0)

乱れ雲

日本ばかりでなく、世界の経済が大変なことになっているこの時期、まさかチャラチャラした忘年会でもないだろうというわけで、結局昨年(まだ一週間と少ししか経ってないので、この「昨年」という言い方には、なかなか慣れることが出来ません)は、いつもの忘年会は取り止めになり、それぞれの課ごとに有志が集まって、ささやかや会が持たれました。

それまでの「忘年会」は会社の事業の一環なので、名目上は自由参加となっていましたが、事実は半強制的なもので、僕たちの時代には、欠席すれば昇進に関わるという強迫観念的な認識を多くの社員は持っていて、それが「結束感」にも「切磋琢磨」にも繋がって、逆に社員間のいい競争を刺激していたと思います。

しかし、自由参加とした今回の忘年会に集まった社員は中年以上の社員がほんの僅か、経済の好不況というものが、こういう認識まで変えてしまうのかと、なんだか感無量(この言葉を、こんなふうに使っていいものかどうかは自信ありませんが)でした。

寂しい忘年会に参加しながら、まるで「会社内の結束なんて、セイゼイこんなものさ」という若手社員たちのシビアな認識を眼前に突き付けられたようなショックを受けました。

その衝撃があまりに大きかったので、どうしても自分ひとりの中に納めておくことに耐えられず、思い余って隣に座っていた経理の深野さんにその気持ちを愚痴りました。

その深野さんの言葉です。

「かえって良かったんじゃないですか。
この忘年会に参加した人たちは、強制的に狩り出されて嫌々参加した人たちじゃありません。
まさか昇進という餌に釣られて、強迫観念でこの席に座っている人もいないでしょうしね。
そんな必要もないわけだし。
僕たちの時代、会社が自分の家で、同僚を自分の家族みたいに思っていたじゃないですか。
グローバル化した経済の現代から思えば、随分と甘い認識だったかもしれませんが、そういうものを信じることができた時代に働けたということは、幸福だったんだなあとつくづく感じます。
今日この席にいる人たちは、変な雑念から自由でいられて、しかも信じることを知っている或る意味《幸福な人たち》なんですよ。」

ただここまでなら、昔を懐かしむ中年男のありきたりな述懐にすぎません。

僕が映画好きなのを知っている深野さんは、突然こんなふうに続けました。

「最近、成瀬巳喜男の『乱れ雲』を見たんですよ。アレ見たことあります?」

見たことあります?どころじゃありませんよ。

ストックしてある作品で繰り返し見ている大好きな成瀬作品のひとつです。

ただこの成瀬作品の世評が、あまり芳しくないことも知っていましたので、そのことも深野さんに話しました。

「そうなんですよ、ひどいのになると『浮雲』以来、成瀬巳喜男は碌な作品を撮れなかったなんて書いている批評家さえいますからね。
碌な作品を撮れなかったという中には当然『乱れ雲』も入っているでしょうからね。」

そうそう、それは僕も読んだ記憶があります。

成瀬巳喜男は、晩年まで、ついに1950年代の諸作品をしのぐ作品を撮ることができなかった、という例のアレですね。

深野さんは言いました。

「じゃあ、あなたも『乱れ雲』は到底『浮雲』に及ばなかったと思っていますか。」

なにも世評を鵜呑みにしているわけではありませんが、いままで、そうやって比較して考えたことがなかったので、答えに窮していると、深野さんはこんなふうに話してくれました。

「当時のことはよく分かりませんが、『乱れ雲』の不評は、きっと『浮雲』との比較において為されたんじゃないかなと思います。
『浮雲』の幸田ゆき子(高峰秀子が演じています)は、この世の中のなにもかもを打ち棄てて、うらぶれた駄目男・富岡(森雅之)の赴任地・屋久島まで付いていき、彼の地で野垂れ死にます。
世俗にまみれ、汚れきり、この世のすべてに絶望しながら、ただ一人の男に付いていこうというこの薄幸の女の決意の純粋さは、その「野垂れ死に」によって更に浄められたかのような感動を観客に与えました。
そういう『浮雲』の感動の記憶を持った観客や批評家たちが、『乱れ雲』の冷ややかなラストを見たら、突き放されたような失望感を抱くのは当然だったかもしれません。
江田由美子(司葉子)は、最後には結局、三島史郎(加山雄三)の赴任地へは同行しません。
そこには、どうしてもそうできない由美子のワダカマリ(三島が夫を轢き殺した加害者でもあること)があったかもしれませんが、その障碍をどうしても乗り越えることができない由美子の描き方を通して成瀬巳喜男の衰弱を、いまだ『浮雲』の純粋な愛のカタチに感動した記憶を持ち続けていた観客や批評家たちは、鋭敏に感じ取ったのだと思います。」

僕は、深野さんの話しをここまで聞いてきて、なぜ深野さんが『乱れ雲』や『浮雲』の話を始めたのか、その唐突さの理由が分かりました。

濃密に働いてきた僕たちの世代の象徴的な姿が「幸田ゆき子」なのであって、この席に姿を見せない合理的で淡白な若い社員たちが「江田由美子」の生き方なのだと言いたかったのだと感じました。

最後に深野さんはもう一度「『乱れ雲』は、『浮雲』に到底及ばなかったと思いますか。」と質問してきました。

なんだか優劣をつけるなど無意味な気がしてきました。

ただ、これだけは言えるかもしれません、ある時代には描けたものが、別の時代では描けなくなってしまっただけなのだと。

それは衰弱でもなんでもない、その時代が求めるそれぞれのカタチだったのだと思います。

そのとき、僕の気持ちが、忘年会に出席しなかった若手社員たちを弁護してあげたいような気持ちに傾きかけていたことは、事実でした。

(1967東宝)製作・藤本真澄、金子正且、監督・成瀬巳喜男、監督助手・高橋薫明、脚本・山田信夫、撮影・逢沢譲、音楽・武満徹、美術・中古智、録音・藤好昌生、整音・下永尚、照明・石井長四郎、編集・大井英史、製作担当・古賀祥一、現像・東洋現像所、
出演・加山雄三、司葉子、草笛光子、森光子、浜美枝、加東大介、土屋嘉男、藤木悠、中丸忠雄、中村伸郎、村上冬樹、清水元、十朱久雄、浦辺粂子、伊藤久哉、竜岡晋、左卜全、小栗一也、草川直也、佐田豊、一の宮あつ子、中川さかゆ、青野平義、田島義文、松本染升、石田茂樹、赤木春恵、津路清子、浦山珠美、音羽久米子、宇野晃司、小川安三、アンドリュー・ヒューズ、デイヴ・ビューリントン
1967.11.18 8巻 2,954m カラー 東宝スコープ


【以下は、ボツにした書き出し部分です】

昭和30年のキネマ旬報ベスト1に「浮雲」が選出され、最高の評価を受けたことは、その後の成瀬巳喜男の仕事を考えると、必ずしもいいことばかりではなかったのではないかと、つい考えてしまいます。

「浮雲」以前に撮られた成瀬作品と、「浮雲」以後に撮られた作品とを引き比べてみれば、余計な力みが入ってしまって空回りしているような印象が、実感としてありました。

それらの作品から、あのゆったりとした成瀬巳喜男らしさは影を潜め、ぎすぎすした題材と、せかせかとした話運びがどうしても気になってしまいます。

題材的にも、ずいぶんと無理しているなという感じも受けました。

しかし、これも「おしなべて」の印象にすぎず、この時期の成瀬作品に優れたものがなかったと思っていたわけではありません。

ただ、印象としての「空回り」を感じるたびに、キネマ旬報ベスト1という評価を、過重なプレッシャーと感じた足掻きがが、そこにあるような気がしてきました。

しかし、僕のその所感―もはや成瀬巳喜男は「浮雲」に匹敵するだけの作品を残すことができなかったのだという―は、「乱れ雲」を見たときに一挙に崩れました。

遺作「乱れ雲」を見て、その生涯の最後で、成瀬巳喜男は、「浮雲」に匹敵する作品を残したことを知りました。
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by sentence2307 | 2009-01-03 20:41 | 映画 | Comments(64)
新年あけましておめでとうございます。

年の初めになると、いつも同じ決意をしています。

それは、今年こそは、この映画感想のブログを一日も欠かさず書いていこうという決意です、当然ズボラな自分に出来るはずもない無駄な決意にすぎないことは分かり切っているのですが。

それに、既にもう1月2日になってしまっているわけですし、そもそも最初から前途多難です。

まあ、出来るだけの努力はする積もりですので、よろしくお願いします。

さて、2009年、まず初めの作品は、松尾スズキの「クワイエットルームへようこそ」を書いてみました。

★  ★  ★

多忙なフリーライターの明日香は、ある日目覚めると「クワイエットルーム(精神病院の閉鎖病棟内の女子隔離室)」のベッドに拘束されています。

なぜ自分がこんな所にいるのか、パニック状態の中で、次第に、入院直前の自分の切羽詰った状況が思い出されてきます。

同棲している男(宮藤官九郎が好演)との関係がこじれ、また念願だった依頼原稿のコラムの仕事もうまくいかず(順序としては逆かもしれませんが)、身動き取れない切迫感に押し潰され、自分の無力感に苛まれ、その深刻な不安と不眠とを薬と酒で紛らしているうちに、ついに薬の依存が昂じて、過剰摂取による半死半生の昏睡状態で発見されます。

救急病院で甦生措置が施されて、どうにか命だけは助かったものの、薬の過剰摂取が自殺未遂とみなされて、同棲男の了解のもとで、精神病院に強制入院させられたのだと、だんだん分かってきます。

現実に向き合うことを恐れて、ひたすら薬と酒に逃げ、ボロボロになった瀕死の状態で精神病院に入院して、やがて、自分の弱さと真っ向から向き合うことで再生するこの物語、なんだか図式的すぎて、僕としては、感動するまでには至りませんでした。

扇情的なスキャンダルの、過激な見出しが列挙された芸能週刊誌の中吊り広告を眺めているような感じしか持てません。

それは多分、この映画には、ありきたりの「心象風景」や「それっぽい観念」は描かれていても、現実を生きる特定の人間の深層の痛みにまで立ち入った具体的なものがなにひとつ描かれていなかったからだと思います。

つまり、この映画を見たときの「飽き足らなさ」の正体は、精神病院を扱った映画を見たときに、いつも僕が決まって考えてきたこと、いや、むしろ、考えないようにしてきたことと、少しばかり隔たりがあったからだと言った方がいいかもしれません。

具体的な作品でいえば、いままで僕たちが感動を積み重ねてきた作品群、「カッコーの巣の上で」とか「女優フランシス」とかを見たときの印象とのあまりの乖離、ということになるでしょうか。

例えば、普通の人が、普通に日常生活を送っているときに、自分はもしかしたら精神に異常を来たしているのではないかと考えることなど、まずないと思いますし、誰もが、「自分は、まったく正常だ、狂ってなんかいない」と普通に確信していると思います。

そうだとしても、しかし、第三者から見たら、そこには明らかな異常行動があり、自分の知らないところで親類縁者や友人たちは、ひそかに精神科病院への入院の手続を進めていて、ある日突然、白衣を着た無表情な男たちに両腕を掴まれて強制入院させられたら、「自分は、まったく正常だ、狂ってなんかいない」という当然の抗議は、精神病患者の発する決まり文句と合致して、かえって、自分の狂気を証明することになってしまうのではないか、という恐怖心です。

そうなってしまった場合、どうやって自分が「正常」であることを証明したらいいのか、という恐怖感というものかもしれません。

「カッコーの巣の上で」と「女優フランシス」に登場した精神病院が共通して描こうとしていたものは、「正常」な社会の側の象徴としてのチカラ、つまり「狂気」を強制的に隔離し、強引に捻じ伏せようとするチカラの認識の甘さが、この作品「クワイエットルームへようこそ」の印象の希薄さに結びついてしまったように感じました。

それは、りょう演じる看護婦長と、「カッコーの巣の上で」のラチェッド看護婦長(ルイーズフレッチャーの渾身の演技が記憶に残ります)の在り方を比較すれば、何が描かれていて、何が描かれていなかったかが、おのずから明らかになるでしょう。

それはまた、抽象的な言葉群を大量に、そして大声でまくし立てて観客を恫喝し、混乱に追い込みながら進められる演劇的手法における大雑把さでは、映画的手法を十全に駆使しきれない限界を示しているような気がします。

映画は、もっと密やかに緻密で繊細なものを描きながら、大胆に腐り切った権力の中枢を叩くチカラをも持っていることを、松尾スズキはもう少し知るべきだったかもしれません。

(2007)監督原作脚本・松尾スズキ、チーフプロデューサー・小川真司、プロデューサー・今村景子、菅原直太、エグゼクティブプロデューサー:豊島雅郎、山田晴規、長坂まき子、北川直樹、森元晴一、原作・松尾スズキ『クワイエットルームにようこそ』(文藝春秋刊)、撮影:岡林昭宏、美術:小泉博康、編集:上野聡一、音楽:門司肇、森敬、音楽プロデューサー:安井輝、主題歌:LOVES. 『Naked Me』、照明:山崎公彦、装飾:田口貴久、録音:坂門剛
出演・内田有紀、宮藤官九郎、妻夫木聡、蒼井優、りょう、中村優子、高橋真唯、馬渕英俚可、筒井真理子、宍戸美和公、平岩紙、塚本晋也、平田満、徳井優、峯村リエ、武沢宏、箕輪はるか、近藤春菜、庵野秀明、河井克夫、俵万智、しりあがり寿、川勝正幸、しまおまほ、妻夫木聡、大竹しのぶ、声の出演・伊勢志摩
118分
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by sentence2307 | 2009-01-02 18:12 | 映画 | Comments(2)