世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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おくりびと

先週、朝の通勤電車のなかで日経新聞の朝刊を読んでいたら、ちょっと心惹かれる記事に出会いました。

普段なら、読み終えた新聞は持て余してしまうので、そのまま網棚に放置してくるのですが、どうしてもその記事の一文を手帳に控えておきたくて、そのまま会社まで持っていきました。

日経新聞第一面最下段に「春秋」というコラムの欄があります。

例の「天声人語」みたいなヤツですね。

そして、僕の目を引いた一文というのが、スティーヴ・ホッケンスミスという作家の書いた「エリーの最後の1日」(感じでは、どうもミステリー小説らしいです)という本のなかの一節だそうです。

「時間をつぶしながら午後を過ごし、夜を過ごし、週末を過ごす。そうして時間をつぶしながら歳月を重ねるうち、ついには時間がおれをつぶすだろう。」

このコラムの執筆者は、この引用に続けて、こんなふうに書き足していました。

「ありあまるほどだった時間が、ある日、あがらえぬ力で迫ってくる。なるほど、最後は時間に征服されるのが人の一生なのか。だったら本当に大切なものは個人や世代を超えて時間から守るしかない。」
というのです。

引用の狙いは、日本人が記憶しておかなければならない大切な日(終戦の日、広島・長崎に原爆が投下された日、沖縄慰霊の日)の記憶が、時間の経過とともに風化してしまうことを憂うるということを言いたかっただけのようなのですが、このクダリを読んだとき、ちょっとした衝撃を受けてしまいました。

それは、最初自分がとっさに感じたことと、この一文の間に相当なズレがあり、激しく肩透かしを食わされたという驚きを持ったことでした。

「死」についてこんなふうに客観的に考えられるなんて自分などには、とても想像でないことでした。

「死」が、そのまま自分の存在が消滅するのだという恐怖感や焦燥感を伴うことなく、「終戦の日、広島・長崎に原爆が投下された日、沖縄慰霊の日」という重要な日を忘れるべきではないなどという、なんという公式的な見解というか、前振りにタメラウことなく使うことのできる建前人間の強靭な意思に驚いたのだと思います。

自分が口にする「死」は、常に「自分の死」を意味しないわけにはいかないだろうし、その先のこと(いうまでもなく、そこは暗黒の世界です)など考える余裕などありません。

それが正直な気持ちです。

もはや自分が存在していないかもしれない世界のことを、あれこれ考えることのできるパワーとは、如何なるものなのか、あの一文に深く囚われ、心動かされ、死のまえで怯え・うろたえるしかない卑小な自分には、到底想像もできない考え方でした。

それを「強靭」とか、「鈍感」と理解しなければ、自分としては到底前に進むことのできない種類のものでした。

「時間をつぶしながら午後を過ごし、夜を過ごし、週末を過ごす。そうして時間をつぶしながら歳月を重ねるうち、ついには時間がおれをつぶすだろう。」
という文章から、あのコラムニストは、本当に、終戦の日のことや、広島・長崎に原爆が投下された日のことや、沖縄慰霊の日を連想したのだろうか。

考えれば考えるほど、あの文章から、そんな連想は、決して生まれるはずがないという確信が、だんだん高まってきました。

あの文章が、人間は結局のところ何も為し得ず、無為のなかで膨大な時間を徒過し、ついに人生の最後を迎えるしかない無力な存在であることの焦燥感を表現しているのだと早合点した自分にとって、時間につぶされるのが、「人間」などではなく、あの「終戦の日、広島・長崎に原爆が投下された日、沖縄慰霊の日」だったということが、「肩透かし」と感じた理由だったのだと思います。

ちょうどこの「肩透かし」を食わされた感じが、「おくりびと」がアカデミー賞を受賞したというニュースを聞いたときに感じた違和の感覚と似通っていたので、いつまでも頭の隅にありました。

「おくりびと」がアカデミー賞を受賞したと聞いたとき、自分はまだ会社で働いていた最中でした。

いつもながらの雑務に追われていたので、考えることに集中できないまま「おくりびと」と「アカデミー賞」という取り合わせに、どうしてもしっくりこず、違和感だけが付きまとい、ちぐはぐな思いをずっと持ち続けてきました。

それは、あの映画が、愛する人を失い、傷心の中にある遺族を癒す優しさや儀式のことが描かれてはいても、死者について描かれているわけではなかったからでしょう。

「おくりびと」は、愛する家族を不意に失った者を優しく癒してくれる映画であることは十分すぎるくらいに分かりながらも、だからそれだけに、もう片方で、死していく者たち、いたずらに時間を空費しながら漫然と時を過ごし、いつの間にか死の影に覆われていることに気がつい愚かな自分への苛立ちを意識させられた映画だったと思います。

優れた映画「おくりびと」に感動すればするほど、それは「送る側」の感動であって、いつか確実に自分が「送られる側」になるであろういたたまれない違和感と焦燥感をどうすることもできませんでした。

「時間をつぶしながら午後を過ごし、夜を過ごし、週末を過ごす。そうして時間をつぶしながら歳月を重ねるうち、ついには時間がおれをつぶすだろう。」

(2008松竹)監督・滝田洋二郎、脚本・小山薫堂、音楽・久石譲、撮影:浜田毅、照明:高屋斎、録音:尾崎聡、美術:小川富美夫、編集:川島章正、助監督:長濱英高、衣装監修:北村勝彦、ビューティー・ディレクター:柘植伊佐夫、チェロ指導・劇中チェロ演奏:柏木広樹
出演・本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子、杉本哲太、峰岸徹、山田辰夫、橘ユキコ、吉行和子、笹野高史、
松田七星、宮田早苗、石田太郎 、飯森範親、星野光代、白井小百合、小柳友貴美 、大谷亮介
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by sentence2307 | 2009-06-27 15:40 | 映画 | Comments(0)

決闘不動坂の大仇討

莫大な製作費を投入し、気の遠くなるような製作期間を費やして撮られた生真面目な超大作を緊張して見るよりも、短期日で撮られたいかにも安直で(チープな、といっても差し支えありません)隙だらけの作品を、一人でぶつぶつと突っ込みを入れながら見ている方が、性に合っているというか、気が休まるので、新東宝作品を見ることは、僕には欠かせない生活習慣になっています。

そういう意味で「決闘不動坂の大仇討」1959は、疾走感に満ちた(大雑把にハショッて撮ったところが随所にあるので、ストーリーが飛びすぎる、という「疾走感」です)実に新東宝作品らしい魅力に溢れた作品でした。

カテゴリーとしては、いわゆる「仇討ち映画」です。

首席家老が、主君の非行を口うるさく諌めたために(この殿様を幼少の頃から教育してきた養育係であってみれば、当然諌める口調も厳しくなり、それが抑圧され続けてきた殿様の記憶のトラウマに微妙に触れ、殿様の方もカチンときて一層の怒りをかったのかもしれません)逆に疎んじられ、さらに主君に取り入る次席家老には実権も奪われ、侮辱されたうえに斬られて殺されてしまうという話が前置きになっています(新東宝作品らしく怨念ぽいのも凄くいいです)。

いわば、権力闘争に敗れた側(首席家老)の復讐劇ということになるでしょうか。

そのあとに続く「喧嘩両成敗」に関する「お上」の片手落ちの裁断とか、仇と狙う次席家老が潜む屋敷の見取り図の入手とかのエピソードが描かれていく過程で、当初は「決闘鍵屋の辻」のような映画なのかと見ていくうちに、いつの間にか、露骨に「忠臣蔵」そのものになっていくのがだんだん分かってきます。

夜陰に乗じて討ち入るなんてところは、もうほとんど「忠臣蔵」そのものです。

しかし、夜陰に乗じて不意打ちして、防備の調わない相手を殺傷するという行為のどこが「決闘」なのか、というタイトルに対する疑問もないわけではありません。

しかも、ついに仇を討ち果たし、エイエイオーと仇討ち成功を喜ぶトキの声を上げるラストシーンに、あの「忠臣蔵」を見た後のような爽快感は、どうしても伴ってこないのは、卑怯といってもいいその攻撃の態様にあるということは否めないかもしれません。

いくら憎い仇だからといって、夜リラックスしている無防備な相手に対して、完全武装して不意打ちするなんて、それはないだろうという気持ちの方が強く、とてもじゃないが「爽快感」なんて伴うわけもないのです。

「忠臣蔵」は、日本において長年月演じられ、愛され続けてきた国民的なスタンダード・ストーリーです。

しかし、そのおびただしい時間によって洗練された「被害妄想」という様式を、疑問なく受け入れてきた「忠臣蔵」の本当の姿を、それらの「様式美」を取っ払ったこの「決闘不動坂の大仇討」という新東宝作品は、教えてくれているのかもしれません。

だからといって、この映画に救いの部分がないわけじゃありません。

「忠臣蔵」において、仇が潜む屋敷の見取り図を恋する「浪士」にひそかに渡すのは、その屋敷を立てた棟梁の娘でした。

しかし、屋敷の見取り図を盗み出そうとするところを父親に見つかり、理由を問い質されて、ついに恋する「浪士」に届けることを、娘は泣きながら打ち明けます。

ここには、屋敷に対して義理のある「棟梁」であるとともに、娘の「父親」であることの葛藤が描かれていました。

娘が恋した相手が、やがて死地に赴き、確実に死すべき人間、娘にとってはなにひとつ望みのない人間であることを十分に認識しながら、そんな絶望的な恋に身をこがす娘の不憫さに父親は心動かされ、見取り図を持ち去ることを許し、恋人の元に走る娘を黙認します。

ここに描かれているものは、お屋敷に対する「棟梁」の義理の問題でした。

しかし、「決闘不動坂の大仇討」において、見取り図を「浪士」にひそかに渡すのは、行く末を誓い合った幼馴染の娘ということになっています。

またそれは、仇の実の娘でもあって、娘は父親よりも恋人の方を選んだのだ、と何気なく見過ごしてしまいそうになりますが、そこには見過ごしにできない重要な問題がひそんでいます。

ひたすら被害者側から描かれていた「忠臣蔵」の、「お屋敷」との義理にまつわる葛藤によって微妙にはぐらかされていた父娘の問題が、様式美を取り払われた「決闘不動坂の大仇討」においては、あまりにもシンプルに(娘は父親よりも恋人を選び、そしてその恋人の「浪士」に見取り図を手渡すことによって、父親を殺すことに積極的に加担してしまうという構図が)描き出されています。

「決闘不動坂の大仇討」において、僕たちが見せ付けられるあまりにも露骨な父親殺しの残酷なこの「構図」は、なにもこの新東宝映画が杜撰に作られているからだという理由だけでは、必ずしもありません。

これは、いくら憎い敵とはいえ、夜陰に乗じて卑劣にも無防備な相手を不意打ちし、殺傷しつくして勝ち鬨を挙げるような異常なシーンに、なにも疑問を抱くことなく溜飲を下げてしまう理不尽な論理展開を、いつの間にか受け入れてしまっている僕たちの心のなかにある、という気がします。

ここまで書いてきて、あることを思い出しました。

戦後すぐ連合軍総司令部は、「反民主主義映画の除去に関する件」を通達し、国家主義的、封建主義的、軍国主義的思想の宣伝に利用されていた一切の映画の上映・交換・売買の禁止を指令しています。

そして、それまでは内務省によって行われていた映画検閲を連合軍総司令部が行うこととなり、民間情報教育部長デヴィッド・コンデ名で13項目による映画製作禁止条項が発令されます。

つまり、具体的には、

①軍国主義を鼓舞するもの、
②仇討ちに関するもの、
③国家主義的なもの、
④愛国主義ないし排外的なもの、
⑤歴史の事実を歪曲するもの、
⑥人種または宗教的差別を是認したもの、
⑦封建的忠誠心または生命の軽視を好ましきこと、または名誉あることとしたもの、
⑧直接間接を問わず自殺を是認したもの、
⑨婦人に対する圧制または婦人の堕落を取り扱ったりこれを是認したもの、
⑩残忍非道暴行を謳歌したもの、
⑪民主主義に反するもの、
⑫児童搾取を是認したもの、
⑬ポツダム宣言または連合軍総司令部の指令に反するもの、

ということなっています。

連合軍総司令部が夢見たこれら「民主主義」の理想が、講和条約調印後、日本人たちが内心どの考えていたのか、またそれらの「理想」に大してどう答えたのか、一連の新東宝映画作品の隆盛において描かれたのではないかという気がしています。

ほら、「清流に魚住まず」とか言うじゃないですか。

(1959新東宝)監督・山田達雄、製作・大蔵貢、脚本・金田光夫、企画・津田勝二、撮影・河崎喜久三、音楽・小沢秀夫、美術・宮沢計次、録音・中井喜八郎、照明・折茂重男
出演・嵐寛寿郎、中村虎彦、中村竜三郎、 片岡彦三郎、伊達正三郎、富田仲次郎、若宮隆二、 北沢典子、江見俊太郎、坂東好太郎、芝田新、高村洋三、 広瀬康治、池月正、小浜幸夫、大谷友彦、北村勝造、 高松政雄、新宮路寛、倉橋宏明、信夫英一、渡辺高光、徳大寺君枝、 山下明子、 瀬戸麗子、 明日香実、山川朔太郎、泉田洋志、原聖二、
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by sentence2307 | 2009-06-21 09:58 | 映画 | Comments(1)
ポール・ニューマンに、こんな素晴らしい監督作品があったなんて、はじめて知りました。

監督第3作目で、しかも奥さんの「ジョアン・ウッドワードが、1973年カンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いた注目作」だというじゃないですか。

なんで、いままで、気がつかなかったのだろうかと我ながら自分の迂闊さに呆れてしまいました。

これほどの佳作なら、放っておいたって、なにかで評判を知るとか、せめてタイトルくらいはどこかで見かける機会があってもよさそうなものなのに、全然知りませんでした。

僕も結構長いあいだ、様々な映画を見てきたつもりなのですが、こんなタイトルに出会った記憶などありません。

「ちょっとガッカリ」です、ですので慌てて自分の無知をヒソカニ埋めるためにwebで検索などを試みてみました。

結果は、満足できるような情報を得ることはできませんでしたが、まあ、逆にいえば、この作品「まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響」が、その程度の認知度であることが分かったわけで、誰もが知っているようなメジャーな作品ではないという収穫があったのですから、僕が知らなかったとしても、あながち怠慢だったわけではないと勝手に解釈することにして、幾分気が楽になりました。

しかも日本未公開作品らしいとの情報も書かれています。

この作品の評価が固定されていないのなら(web上だけの話ですが)、それならそれで、自由にこの作品の感想を書くことができると思うと、「結構いいじゃん」なんて気持ちになりました。

いくつかのweb検索で出会った感想文のなかで、共通して使われている言葉というのがあります。

「自堕落な母親」という言葉です。

確かにジョアン・ウッドワード演じる主婦は、ひとことで言えば、家事や育児、つまり、母親であることを放棄した自堕落な女ということになるかもしれません、だらしなくて独善的なくせに、歪んだ価値観をもった人間嫌いの頑迷な母親です。

何年も前に亭主に逃げられた彼女には(男と出会うたびに、「棄てられた」ことを吹聴して、あたかも自分がフリーであることを暗に伝えています)、まだ幼い2人の娘に自分の歪んだ価値観を一方的に押し付ける母親にうんざりし、反撥しながらも、なかば諦めている姉妹のそんな日常が描かれています。

母親は、娘たちに、こんな愚劣な悪意に満ちた世の中と、ずる賢い人間たちへの敵意と侮蔑を絶えず吹き込んでいます。

姉妹のうち、特に外交的な性格の姉の方が、そんな母親とことごとくぶつかり、反撥をエスカレートさせ、苛立ちを募らせていく様子が描かれていくのに対して、家族の破綻の只中にある内気な妹は、学校の授業で課される科学の実験に忠実に没頭しています。

この妹の様子を、過酷な家庭環境に「けなげに耐えている」と表現することもできるかもしれませんが、しかし、ただ単に、この最悪な状態にある自分の家族を「見ないようにしている」だけのような気がします。

子供には、「親」を選ぶことができないとか、子供は子供である限り「親の子供」であるしかなく逃れられないのだ、という絶望的な運命論の視点に立てば、むしろ諦念に基づいた後者の方が理解しやすいのかもしれません。

ただ、多くの感想文の中で共通して使われていた「自堕落な母親」という言葉自体に、すでにこの主婦の在り方(だらしない女)を決め付けたうえで、娘たちを一方的な被害者とする見方が、ポールニューマンが本当に意図したものだったのか、疑問に感じました。

その理解の一因になっているのが、たぶん、奇妙で長たらしいこのタイトル「まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響」というタイトルだったかもしれません。

多くの感想文が、この風変わりなタイトルによって、だいたいこんな感じに流れてしまったのだと予想できます。

《長女は外交的で癲癇持ち。
二女は内向的で、お気に入りの理科の教師から託され、糞を撒き散らすウサギや、ガンマ線を放射した『まだらキンセンカ』を自宅を持ち込み母親を常に苛立たせています。
しかし、その研究結果が校内のコンテストで優勝し、そのときの発表で次女はスピーチします。
「適量にガンマ線を放射されたキンセンカは綺麗な花を咲かせ、過剰にガンマ線を与えられたものは死ぬか突然変異を起こす」と。
このスピーチに、この映画を読み解く鍵があると述べています。
荒廃した家庭に暮らす二人の娘を、ガンマ線を照射されたキンセンカに喩えているわけで、ぐうたらな母親に同じように育てられても、適当な影響下にあれば二女のように母親を反面教師としてすくすくと賢く成長し、もろに影響されると長女のように母に似た変てこな人間になるという寓意だというのです。
しかも、次女に対して母親が「ガンマ線」の照射量を減らしたのは、次女に科学への深い傾倒があったからだ》と。

多いの人たちの感想のベーズになっている、こんな「自堕落な女」に誰が共感できるかという前提で、娘たちだけを単なる被害者と見る見方をすれば、この作品を単純に理解しやすくできるかもしれませんが、それだけでは奥行きに欠けるつまらない作品になってしまうような気がします。

「傷だらけの栄光」1956や「ハスラー」1961や「暴力脱獄」1967など社会の底辺に見捨てられ、壮絶なまでに孤独な主人公を怒りを込めて演じたポール・ニューマンが、そんなシンプルな子供虐待映画などを撮って満足するとは到底思えません。

この作品で描かれているのは、おそらく「家族の絆」です。

しかし、ここで描かれている「家族の絆」は、「大草原の小さな家」で描かれたような互いに思いやり、結束して、助け合いながら、世の中の弱者や苦しんでいる人々を気遣う温かい気持ちをはぐくむような、そんな「家族の絆」でないことだけは確かです。

娘時代、貧しさのためにスポイルされ、蔑まれて傷ついた記憶を抱えながらエキセントリックに振舞わねばならなかったひとりの孤独な少女が、自分をこんなふうにした世間を憎みながら成長して母親となり、娘たちにその傷ついた思いを「苛立ち」でしか伝えることのできない母親の物語であり、そして、大切に育てていたウサギを苛立った母親によって殺された次女は、そのウサギの無残な死骸を母親の目の前に据えることしか反撥のスベを持たないような、互いに逃れられない「家族の絆」によって結ばれている映画なのだと思いました。

(1972アメリカ)製作監督・ポール・ニューマン、脚本・アルヴィン・サージェント、撮影・アダム・ホレンダー、音楽・モーリス・ジャール、原題:The Effect of Gamma Rays on Man-in-the-Moon Marigolds
出演・ジョアン・ウッドワード、ネル・ポッツ、ロバータ・ウォーラック、ジュディス・ラウリー、デヴィッド・スピルバーグ
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by sentence2307 | 2009-06-14 11:08 | 映画 | Comments(140)

小原庄助さん

五所平之助監督の「面影」を見たとき、この作品が、東宝争議の影響下の昭和23年度に撮られた(わずか!)4本の東宝作品のうちの1本であることを始めて知りました(他の3本というのは、関川秀雄監督の「第二の人生」、黒澤明監督の「酔いどれ天使」、豊田四郎監督の「わが愛は山の彼方に」です)。

「面影」は、人妻と夫と、その弟子との、いわば三角関係に懊悩する「よろめきドラマ」みたいなものなのですが、そこに映し出される映像の重々しさは、十分な迫力があって当時のリアルな切迫感や焦燥感を感じることができました。

しかし、このとき同時に疑問に思ったことがあります、製作を再開した東宝が、長い期間の争議による荒廃した撮影所のダメージを引き摺っていたとしても、あの東宝ともあろう会社が、たった4本の作品しか生み出すことができなかったのかという思いと、そうした状況下にあってどうやって全国に提携していた各映画館への配給を凌いだのかという素朴な疑問です。

そんなふうな疑問に捉われていたとき、東宝が自社作品の不足をどう補ったかという記述を、たまたま田中純一郎著「日本映画発達史・Ⅲ」の中に見つけることができました。

そこには、こんなふうに書かれていました。

「東宝の配給部は、自社作品の不足を『戦国群盗伝』等の再版ものや、新東宝映画や、東宝と吉本の提携作品『タヌキ紳士登場』、日映作品『幸運の椅子』、または日活の旧作品『瞼の母』その他、外国映画『外人部隊』などでまかない、別に新演伎座作品『小判鮫 前編』、吉本・大泉提携作品『肉体の門』、蜂の巣映画の『蜂の巣の子供たち』、えくらん社の『明日は日本晴れ』、マキノ映画の『暗黒街の天使』、シネ・アート・サークルの『幽霊暁に死す』、フランス映画『美女と野獣』『カルメン』『悪魔が夜来る』『六人の最後の者』『狙われた男』を配給し、かろうじて系統館の保持につとめた。」

なるほど、これでやっと事情が飲み込めました。

他社から映画を買い付けたり、あるいは輸入映画を映画館に掛けることで、どうにか急場を凌いだというわけなのです。

それから、東宝が自社で映画製作ができなくなった穴を埋めるために作られた会社というのが、新東宝という会社だったのです。

そしてこの時期、つまり昭和23年度と24年度には、その新東宝において、それぞれ20本と34本の作品を製作したと記録には書かれています。

その間の事情についても「日本映画発達史・Ⅲ」は触れており、こんなふうに記述されていました。

「(新東宝をてこ入れするために)新社長に就任した佐生正三郎は、製作の経験は浅いものの、数理の神経は敏感だったので、新東宝の映画制作に独特の計数割り出しを実行した。
それは、製作の一切をプロデューサー制にして、その利益配分をつぎの方式によることにした。
すなわち、プロデューサーは、あらかじめ会社と契約した見積り額で映画を製作し、会社はこれを東宝の配給網にのせ、全国配給収入から、宣伝費、プリント費(約550万円)を差し引いた残りを、東宝25、新東宝75の割合で分配し、新東宝は75の取得分から、先の製作費を差し引き、残った利益金のうち、10%を会社側の利益とし、残りの90%を、プロデューサー30%、従業員組合40%、会社経費30%の割合で配分するものである。
だから、プロデューサーや従業員が、製作費の冗費を防いで、合理的に製作すれば、その利益は自分たちにも按分されるという仕組みである。・・・昭和23年度の20本、24年度の34本の新東宝作品を通じて、その多くは興行価値に重点をおき、いわゆるベストテンに入るような優秀作は、わずかに『生きている画像』(千葉泰樹監督)、『忘れられた子ら』(稲垣浩監督)、『野良犬』(黒澤明監督)、『小原庄助さん』(清水宏監督)の4本にすぎなかったのは、佐生プランの特長でもあり、また欠点でもあった。」

こういう興行価値に重点を置いたシビアな製作環境のなかで撮られた新東宝の4本の作品が、上記の東宝の4作品と、不思議な対をなしていることがとても面白いと思いました。

こうした対照がなにものかを暗示しているなどと無理矢理に理屈をこじつけることに意味があるとは思えませんが、やはり、こじつけたくなる誘惑は感じます。

ただ「感じ」はするものの、この作品群のなかの清水宏監督の「小原庄助さん」だけは、あまりにも特異な印象なので、たぶん、、この「小原庄助さん」がある限り、4作品を無理やり結びつけたり、共通するなにものかを見つけようとする試みは、多分失敗するだろうなという変な確信があります。

というのは、「小原庄助さん」という作品だけは、あきらかに他の3作品とは、まったく別の方向を向いている陰影のある作品だからかもしれません。

あえていえば、それは「時代」から背を向けている背日性の映画だからでしょうか。

以前ある本でこんな記述を読んだ記憶があります。

「岸松雄の脚本は、清水宏の長所を十分に生かしており、左平太(小原庄助さん)の設定は、監督清水宏その人が濃密に投影されていて、その役を剣戟スター大河内伝次郎が卓越した演技によって演じていた。」

読み流してしまえば、なんでもないこの記述に、僕はちょっと引っかかるものがありました。

この「小原庄助さん」のイメージが、そのまま清水宏監督のイメージと重なるというのは、いったいどういう意味なのだろうかと。

ここに描かれている旧家の主人小原庄助さんが、人のいい善良な単なる好々爺でないことだけは、明らかです。

この作品では、現在の凋落を、若い頃からの庄助さんの放蕩が招いたのだと、老いた下女の言葉によって暗示されていますが、土地持ちの旧家が、旦那の「朝寝朝酒朝湯」程度の気ままな生活で傾くなどちょっと考えにくいのではないかと思います。

やはりここは、佐藤忠男が指摘しているように、農地解放により田地田畑を奪われたことによって現在の窮状がもたらされたと考えた方が自然なような気がします。

先祖から受け継いだ田地田畑を失った没落旧家の旦那・小原庄助さんは、そのような窮状にあっても、村人からの頼まれ事があれば、相当な散財を余儀なくしなければならないことを知りながら、嫌な顔ひとつ見せずに引き受けます。

まあその前に、と小原庄助さんが皆の衆に酒を勧めるのも、相談事を持ち込まれた際の一連の習慣みたいになっており、村人たちは、当然のような顔をしてご相伴にあずかっています。

村長選挙では、立候補した親友の対立候補であるにもかかわらず、そして、その御仁があまり良からぬ人物であることも知りながら、浮世の義理で応援演説をしなければならなくなり、結果的に親友の住職を落選させてしまいます。

ここで語られる一連のエピソードが示唆しているものは、旧家の旦那が相当な窮状の只中にありながら、その窮状を十分に認識している村人たちもまた、まるでそのような窮状など知らぬ振りで、あいかわらず旧家の旦那にタカリ、無心し、幾らかでもセシメようというサモシイ根性をまるだしにして寄りかかってくるのを、旦那・小原庄助さんもまた、彼らにいいように利用されていることを十分に認識したうえで、村人たちに尽くすことが、まるで勤めでもあるかのように、ひそかに家財を売り払ってまで彼らのために散財をします。

とはいえ、そうすることで小原庄助さんが、そのことの見返りを期待しているかというと、そうではありません。

旧家の財産(映画が語っている「現在」においては、既に財産は、ほとんどありません)を骨までしゃぶり尽くそうとする村人たちに、トコトン応えようとする歪んだ人間関係の泥沼に首まで漬かり込んだような没落旧家の旦那・小原庄助さんという人物のイメージのどこに、清水宏監督と重なるものがあるのだろうかというのが僕の疑問でした。

象徴的な場面は、村長選挙のシーンにあるかもしれません。

浮世の義理から対立候補の応援演説をしたために、親友の住職を落選させてしまったあと、ふたりの関係になんとなくシコリが残ります。

それは、相手方の選挙違反によって繰上げ当選を果たした後になっても、特に変化のないことを見ても、そのシコリが「落選」によってもたらされたものではなく、もっと根本的なこと、庄助さんの他人との距離の取り方の問題にかかわることのような気がします。

それをいえば、家計が逼迫し、徐々に疎遠になってしまう村人との関係についても、小原庄助さんが、亀裂の入ったそれら村人や親友との関係の修復のために、なんらかの働き掛けをしたらしい様子はひとつも描かれていません。

それは、小原庄助さんが村人たちに尽くすことになんの見返りも求めなかったことと、共通するものがあるような気がします。

彼の行為を突き動かす動機には、敵意もなければ善意もない、露骨に裏切られ、また結果的に自分から裏切ることになってしまったようなときにも、逆上したり激怒したり、弁解したり謝罪することもしません。

彼はただ目の前に提示された為さねばならないことを、ただ義務を果たすようにして対処したにすぎないのだと思います。

それがその土地で生きてきた彼の人間関係観だったのだと思います。

この土地で暮らす限り、旧家の重荷を背負った小原庄助さんは、村民たちの視線に晒されながら、旧家の旦那として「そうし続けなければならなかった」のでしょう。

そうだとすれば、あの「左平太(小原庄助さん)の設定には、監督清水宏その人が濃密に投影されている」という解説は、随分と挑発的な提言といわねばなりません。

磊落で鷹揚な旦那とみせながら、この世を生きた清水宏監督のその内面には、見通すことのできない心の闇を抱えていたのだと示唆するこの一文によって、少しは監督清水宏という人間像に近づくことができたといえるのかもしれません。

(1949新東宝=東宝)製作・岸松雄、製作主任・金巻博司、監督脚本・清水宏、脚本・岸松雄、撮影・鈴木博、音楽・古関裕而、編集・空閑昌敏、美術・下河原友雄、照明・石井長四郎、録音・中井喜八郎、助監督・内川清一郎、作詞・西條八十、作曲・古関裕而、唄・赤坂小梅、伊藤久男、額田六郎、久保幸江「懐かしの乙女」、唄・霧島昇、奈良光枝、現地協力・裾野中・湯山家
出演・大河内傳次郎、風見章子、田中春男、宮川玲子、清川虹子、飯田蝶子、清川荘司、杉寛、鳥羽陽之助、日守新一、鮎川浩、川部守一、石川冷、尾上桃華、坪井哲、高松政雄、倉橋享、今清水甚二、高村洋三、佐川混、加藤欣子、徳大寺君枝、赤坂小梅
1949.11.08 9巻 2,657m 97分 白黒
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by sentence2307 | 2009-06-06 13:59 | 映画 | Comments(836)