世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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ベネチアの自負

先週来から、気持ち的にちょっと引っ掛かっていることがあるので、それを書きます。

9月10日(木)の日本経済新聞の40面(文化面)に、「黒澤明監督への賛歌、ベネチアでシンポジウム」と題するコラムが掲載されていました。

その内容は、以下のとおりです。

「ベネチア国際映画祭は1951年に黒澤明監督の「羅生門」に金獅子賞を授与し、クロサワの名前を世界に知らしめた初の映画祭との自負がある。
その命日に当る9月6日、開催中の映画祭で、来年迎える生誕百年に先駆けて記念のシンポジウムが開催された。
ディレクターのマルコミュラー氏によれば、「来年のクロサワ・イヤー」を前に、ベネチアが先達として黒澤の重要性を強調し、黒澤の映画が今日もなお、生きていることを示す狙いがある」という。
午後3時から開かれたシンポジウムでは、会場に詰め掛けた熱心なファンや映画関係者を前にピーター・カウイー氏、ドナルド・リチー氏ら、各国を代表する映画研究家5人が、黒澤が世界の映画界に与えた影響やその作品の特徴などを熱く語り合った。
そのほか、黒澤の仕事を支え続けてプロダクションマネージャー野上照代氏が、身近な証言者としてエピソードを披露、「黒澤明の人生を変えた」ベネチアに対して感謝を捧げた。
最後には、コンペに新作を出品中の塚本晋也監督が、飛び入りで登場し、「七人の侍」が映画監督を志す切っ掛けだったことを吐露するなど、発言のひとつひとつから亡き巨匠への愛情が伝わってくる感動的なシンポジウムとなった。」(文化往来)

「生誕百年に先駆けて」行われたシンポジウムなのですから、そういう機運が日本においては全然盛り上がっていないからといって、苛立ったり憤慨したりするような筋の話でないことは、十分に認識している積りです。

とはいっても、少しさびしい気持ちは否定できませんが。

日本のマスコミは、局地的日本における、ごく最近の事件とか直近過去のスキャンダルのタグイのものしか追いかけようとしないし、しかもそれを報道する姿勢が、ごく狭い視野でしかなされない、そんなメディアに繰り返し巨大で同じような情報を吹き込まれ続けている僕たちのアタマには「酒井法子が保釈になるかどうか」は気にかかっても、「黒澤明の生誕百年」のことなど決して念頭に浮かぶわけがありません。

もちろん、「来年」になれば、マスコミは一斉に「黒澤明の生誕百年」を取り上げるかもしれませんが、しかし、それは、ベネチアが思い描いた「生誕百年」などでは決してない。

「酒井法子が保釈になるかどうか」の見出しと同じ商品価値しかない「生誕百年」にすぎないことを僕たちは、いやというほど思い知らされています。

日本のメディアは、センセーショナルなスキャンダルか、あるいはセンセーショナルなスキャンダルに近い話題しか飛びつかないし、また必要ともしないために、「酒井法子」と「黒澤明」には、それほどの違いがなくなってしまっているような気がします。

ですから、いまの時点で日本で「黒澤明の生誕百年」が取り上げられないからといって、その無関心や冷淡さに対して苛立ったり、憤慨する振りをするつもりは毛頭ありません。

ただ、上記のコラムの中でちょっと引っ掛かる部分があるといったのは、そういうことではなくて、冒頭の
「ベネチア国際映画祭は1951年に黒澤明監督の「羅生門」に金獅子賞を授与し、クロサワの名前を世界に知らしめた初の映画祭との自負がある」
という書き出しに強烈なショックを受けたのでした。

この文章を、最初、ベネチアが黒澤明を見出したことを自慢げに自画自賛しているだけの手前味噌的なコメントと、ナニゲに読み過ごしていました。

読み過ごし、そのことに関してなんの意識もしないまま何日かがすぎて、あるときふっとこんな疑問がアタマをヨギリました。

自分は、この文章を、「黒澤の天才は、いずれどこかの国の誰かが見出すはずのものを、ベネチアが先駆けて認めて、世界に知らしめた」と読んだのですが、もしかしたら、この文章の真意は、日本だけで閉じ込められ続けていたら、「この天才を世に出すことができたかどうか」・・・「いや、きっと日本発では世界に届けることはできなかただろう」という絶望的な否定がこめられていたのではないか、と思えてきました。

ずっと遅れて認識されることとなった「小津安二郎」の場合を考えれば、その危惧は事態を明確に見通していたかもしれません。

小津安二郎作品を「日本人の感情の機微を繊細に描いたこんな偏執的で独特な作品が世界に分かるわけがないし、受け入れられるわけもない」と決め付けた日本の映画人の負の思い込みと、日本人独特の劣等感が、その認知を遅らせたことを思えば、日本において「酒井法子」と同じだけの重さしかない「黒澤明」が、自分のコダワリのために製作費ばかり費消するアクの強い映画監督として日本映画史だけに埋没してしまったかもしれない可能性は、十分に考えられることだったであろうと。

先週来、「ベネチアの自負」の重さが、日増しに募っていくような感じがしています。
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by sentence2307 | 2009-09-13 09:55 | 映画 | Comments(33)

四つの結婚

結納を届けることを依頼され、仕方なく友人の結婚話を進めていくうちに、その妹に恋してしまい、あれこれと紆余曲折があってその娘と結婚の約束を取り交わすまでの過程を描いたほのぼのとしたラブ・ストーリーです。

ただ、随分迂闊だったのですが、見ているうちに、劇中で唐突に話される「敵を殲滅する」とか、「味方の犠牲を最小限に抑える」などといった過激なセリフから、初めてこの映画が戦前の作品であることに気がつきました。

結婚話に揺れる乙女の心情を描いたこのドラマからすると、これらの雄々しいセリフは、ドラマ全体の雰囲気とは、無理やり挿入したような違和感は拭えません。

まあ、考えてみれば、結納の代理を頼みに来た友人の藤田進の、結納を届けることができなくなった理由というのが、突然の召集令状を受け取ったために急いで帰郷しなければならなかったからだし、同級生でもある当の婿さん(江川宇礼雄が演じています)というのも、大陸浪人みたいな感じですし、そもそも主人公の河野秋武自身が「航空研究所」とやらで、爆撃機の飛行安定性を研究しているという設定なので、もうこれで十分戦時色満載の映画だったのに、過激なセリフから、やっと戦意高揚の国策映画であることに気がつきました。

とにかく、予備知識もないままに見始め、しかも、冒頭の「四つの結婚」というタイトルが出たあとは、キャストもスタッフの名前さえも紹介されないまま、突然本編が始まってしまったので、これがどういう作品なかの、見当もつかないまま見ていました。

しかし、それにしても、出演者が物凄い顔ぶれです。

入江たか子に山田五十鈴、山根寿子に高峰秀子という、それぞれが主演して4本軽く撮れてしまいそうな豪華キャストです。

しかも四姉妹のお話ということなので、これではまるで「細雪」みたいです。

しかし、考えてみれば、この「不自然すぎる豪華さ」というあたりが、力にモノを言わせた国策映画たる所以なのかもしれませんね。

それに当時の東宝もみずから進んで国策に寄与していたのですから、この御忠信ぶりの反動が、後年の「東宝争議」に繋がっていったのだと聞いたことがありました。

婚約者の家を初めて訪れた婿の江川宇礼雄が、「20年も経てば、我々が中国大陸に注いだ血の結晶として日本の大木が雄々しく繁る」みたいな大言壮語を吐く場面があるのですが、この映画が公開されたのが昭和19年の9月だったことを考えると、ほんの数カ月先ではどうなるかも分からないまま、時の権力に盲目的に従わざるを得えずに、きっと半信半疑だったであろう大仰なセリフを無我夢中で言わねばならなかった俳優たちの演じることの残酷さを感じないわけにはいきません。

実はこの映画、日本映画専門チャンネルで、「生誕100年 原作・太宰治 映像の世界」と題した記念番組の一本として放映されたものであることをあとで知りました。

太宰治がこのような戦争協力小説を書いていたということが、まずは意外でした。

戦後文学の旗手、無頼派の一人という先入観があったので、「無頼派」→「反骨」→「反戦」という勝手なイメージを描いていた思い込みが、打ち砕かれたような感じをもちました。

つまり、太宰治という人は「反骨」などとは無縁な、ただ時代に迎合し、そして「ご時世」に添い寝するタイプの作家にすぎなかったのかという感じを受けました。

彼が自虐の果てに公言していた「生きる恥ずかしさ」の意味とは、こういうことだったのかと、この戦意高揚の国策映画を見ながら、なんだか納得するような気持ちで見続けました。

(1944東宝) 製作・山下良三、監督・青柳信雄、原作・太宰治「佳日」、脚本・八木隆一郎、撮影・川村清衛、美術・北川惠笥、音楽・服部正、録音・倉辺正雄
出演・入江たか子、山田五十鈴、山根寿子、高峰秀子、河野秋武、清川荘司、江川宇礼雄、藤田進
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by sentence2307 | 2009-09-05 18:38 | 映画 | Comments(1)