世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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宗方姉妹

到底無理なこととは十分に承知しているのですが、現在の多忙な仕事から解放されて、もし、自由な時間ができたら、ぜひ「小津安二郎論」を書いてみたいという願望というか、ほとんど妄想みたいなものを長年抱き続けています。

しかし、それはなにも、現在でさえも数限りなくある「小津安二郎論」と比べて取り分け際立って突出したものが書けるなどというそんな大それたことを思っているわけでは毛頭ありません。

でも、ただひとつだけ「これならどうだ」というアイデア(ほとんど、思い付きの域をでないものではあります)がないわけでもないのです。

当初の、これは行けるぞという思いは、時間が経つにつれて徐々にしぼみ掛けているので、急いでメモ程度のものを残しておかないと忘れてしまうという危惧から、書き留めておく気になりました。

例えば、具体的な作品でいえば、ひたすら暗い「東京暮色」とか、あるいは胸の詰まるような「宗方姉妹」と遭遇したことによってもたらされたものだったような気がします。

そうですねえ、ネーミング的には、さしづめ、その「章」に、「小津安二郎の自壊衝動」とでも名づけたらなどとあれこれ考えながら、この思い付き、結構面白いものになるんじゃないかななどと、ひとりで悦に入ったものでした。

「東京暮色」と「宗方姉妹」に共通している重苦しさの核にあるものといえば、登場する主要人物の自殺か、自殺とおぼしき死が描かれている点にあると思います。

ともに主人公とはいえないかもしれませんが、「東京暮色」においてストーリーを大きく展開させるのが、有馬稲子演じる「妹」の自殺なら、「宗方姉妹」において、それと同じような役割を担わされているのが、山村聡演じる「夫」の泥酔の果ての唐突な「死」だろうと思います。

しかし、その死の理由について、「東京暮色」のように「宗方姉妹」においては、明確に説明されているわけではありません。

むしろ、その死の態様と理由を明らかにしないことで、妻・田中絹代が長年心に秘めてきた上原謙への思いに迷いを生じ、あるいは逡巡し、やがてその恋を断念する直接の(説明的ではありますが)原因とする必要があったために、その死は「自殺の可能性」という疑惑の段階に留めておいたのだとも考えられます。

では、なぜ、もし夫の死が「自殺」であったなら、それが上原謙と結ばれることを諦めなければならないことに繋がるのかといえば、自分は少し前まで、例えばこんなふうに考えていました。

夫・山村聡は、他の男に密かに心を移している妻に苛立ち、嫉妬に苦しみながらも、一方で自分が妻にとってはただの邪魔な存在でしかないことを十分に認識していて、その葛藤に苦しんでいる様子が描かれています。

それは、自分を裏切り続けている妻に対する苛立ちと限りない憎悪に燃えながらも、一方では、美しい妻にまだまだ執着する不甲斐ない自分もあって、そのふたつの思いに引き裂かれる苦しみであり、この苦悩からどうすれば逃れられるのかという葛藤が、あえて自分をこの世から消滅させ、かすかにでも残っていた妻への愛情をどうにか妻に伝えることができれば、現在のあまりにも惨めな境遇に堕ちた自分をミズカラ救えるという境地に達したのではないか、という考えでした。

彼女にとって障碍でしかない自分をこの世から消滅させることによって、妻が上原謙と結ばれることを影ながら後押しし、許し、妻へ平穏な幸福をプレゼントするという意思表示だったのではないかと。

妻・田中絹代も、自分に対する夫の、死を掛けた優しい思いやりに始めて気づき、その「気づき」によって、同時に上原謙への思いも色褪せて、彼との別れを決意したのだと考えてきました。

さらに言えば、妻もいままでなら魅力的に見えていた上原謙の優しさが、夫の決然として壮絶な死のまえでは、毒にも薬にもならないウジウジした優柔不断なものでしかないという「正体」を見透かしての「別れ」だったのではないかなどとも考えました(それは、少し前のシーンで、「そのまんま」のこと・優柔不断さを、高峰秀子が上原謙に向かって詰っている場面もあったのですから、そんなに飛躍した考えでもないような気がしていました)。

それは、夫の死を前にしてからの妻を毅然として演じた田中絹代の堂々たる演技から、そのような印象を受けたとしても、それはきわめて自然なことだったと思っています。

しかし反面、そうはいっても、監督・小津安二郎たるものが、そんな甘々な大人のお伽噺みたいなものを撮るとは、どうしても考えられないという思いもありました。

夫・山村聡という人物は、小津作品では珍しいくらい、相当に屈折した捻くれた男として描かれています。

妹・高峰秀子が、上原謙に対して苛立ち思わず激昂して非難しなければいられなかった優柔不断さと比較しても、そのうじうじとした鬱屈と陰湿さにおいて、さらに上を行くほどの始末の悪いものだったと思います。

嫉妬に狂い、妻の行為のことごとくが疑わしく、彼女がどこまでも貞女ぶって弁解すればするほど、そのこと自体が気に入らない夫は、憎しみと怒りをこめて妻の頬を繰り返し叩きます。思わず目を見張る壮絶な場面です。

夫の気持ちの中に微かでも妻への思いの灯が残っていれば、あのように執拗な叩き方などできるわけがないと思うくらいの執拗さで、憎しみをこめて叩き続けます。

堰を切るように為されたあの夫の激昂と逆上のシーンに、「妻に幸福になってほしいために、夫は、あえて自殺を選んだ」などという甘やかな空想を許すようなものがあるわけもありません。

それまで妻の側から一方的にこの物語を描いてきた小津安二郎が、ここでは徹頭徹尾夫の側に立って彼の心情のすべてを吐露しているように感じました。

自分に対してではなく、ほかの男への妻の秘められた長年の恋心を知った夫は、その裏切りに対して、しかし、ここで怒りをあらわにしてしまえば、なおさら惨めになるのはそれこそ自分自身であることを十分に知っていたからこそ、貞淑な妻を演じ続ける彼女を、苦々しくは思いながらも無視し続けることで、惨めさのこちら側で辛うじてバランスをとっていたに違いありません。

しかし、その鬱屈を押さえ切れずに爆発させたとき、夫はすべての均衡を失い、やがてこの世に生きている理由や矜持の何もかもを失って自壊せずにおられなかったのだと思います。

そして、夫の抑制が切れて、怒りを暴力によってあからさまに真っ向から妻へぶつけた非難は、妻にもまた、それまでとり続けてきた偽善(それは、彼女の「生きる」うえでの技術だったのだと考えられます)の中で生き続けることの不可能を悟らせたに違いありません。

それは、常に自分が虐げられた妻=被害者の仮面を被りつづけて守ろうとしてきた欺瞞を剥ぎ取られることによって、長年の恋人・上原謙の優しさの正体を優柔不断と見透かすことができたことと無縁ではなかったでしょう。

一人の男の死を契機として、登場人物3人それぞれの思惑が揺れ、そして深く傷つき、取り繕った見せ掛けのだけの生き方や思いを悉く剥ぎ取られてあとで、人間関係の幻想性が徹底的に壊されていく過程が、赤裸々に突き詰められていくこの「宗方姉妹」を見ていて、ふっと黒澤明の「羅生門」のようなテーマだなと感じました。

そう感じた直感をそのままにしておくことができずに、さっそく製作年度を調べてみました。

なんと、奇しくもこの両作品ともに1950年8月の25日と26日の封切日であったことが分かりました、これは直感などというよりも、まさに胸騒ぎだったのだと感じました。

しかし、テーマの近似が、監督の資質の近似を意味するものでないことは当然なのでしょうが、ダイナミックなストーリーづくりに限りない意欲を燃え立たせ、その物語の最後にあってもささやかな希望と人間性の再生の兆しを描き込むことを忘れなかった黒澤明に対して、おそらく小津安二郎は、人間関係の解体と絶望的な途絶を徹底して描くことで、価値観と目的意識を失ったまま暴走する耐え難い世相に対して、苛立ちと怒りをこめて(夫・山村聡がとり続けたように)無視の姿勢を表しているのだと見受けました。

あるいは、あの異常なまでに執拗に描かれた妻への暴力描写は、さらにその一歩先で、やがて「無視の姿勢」を保つことができなくなって距離感と平衡感覚を失い、怒りの側へと大きくバランスを崩し、自分に関わるすべてのものの解体と自滅への不吉な予感が描きこまれているような気がしました。

「宗方姉妹」を、そのような作品と認識しているところです。

(1950新東宝)監督・小津安二郎、原作・大仏次郎、脚本・野田高梧・小津安二郎、製作・児井英生・肥後博、撮影・小原譲治、音楽・斉藤一郎、美術・下河原友雄、録音・神谷正和、照明・藤林甲、編集・後藤敏男、助監督・内川清一郎、製作主任・加島誠哉、巧芸品考撰・沢村陶哉、西洋美術品・彭新田
出演・田中絹代、高峰秀子、上原謙、高杉早苗、笠智衆、山村聡、堀雄二、斉藤達雄、藤原釜足、坪内美子、一の宮あつ子、堀越節子、千石規子、河村黎吉
1950.8.25 12巻 3,080m 112分 白黒
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by sentence2307 | 2009-10-12 09:37 | 映画 | Comments(103)