世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29

<   2009年 11月 ( 1 )   > この月の画像一覧

月は上りぬ

この作品は、作品自体の出来を語られる以前に、小津監督が長年温めていた脚本を田中絹代の第二作目の監督作品として提供されたというエピソードがまず語られる、そういうきわめて著名な作品として記憶されています。

いつも思うのですが、製作過程のエピソードの賑わいによって、その作品の出来如何に関係なく、大衆が語り継ぐエピソードの影で、タイトルだけはしっかりと生き続けてしまうという過酷な運命を背負わされた作品というものがあるような気がします。

そして、その作品が、大衆の過酷な「注目」に耐えることができない脆弱な作品にすぎなかったら、なんだか映画史によって、永遠に「晒し者」にされてしまうような残酷な感じさえ受けます。

いえいえ、「月は上りぬ」が、そういう脆弱な作品だといっているわけではありません。

「月は上りぬ」は、実に愛らしい佳作だと思います。

秘めたる恋心を抱く青年に、どうしても自分の気持ちを打ち明けられずにいる内気な次姉のために、影ながら恋の手助けをして姉の恋を成就させた妹が、いざ自分のこととなるとどうしても頑なになってしまい、恋人になかなか心を開くことができず、自分に正直になれずに苦しむという作品です。

しかし、この作品が「実に愛らしい作品」だとはいっても、決して不満がないわけではありません。

現代から見ると、杉葉子演じる次姉が、あまりにも淡白に描かれすぎていて、彼女が久しぶりに逢った幼馴染の青年に本当に恋心を抱いているのだろうかという疑問が湧いてきますし、男にしても、彼女への気持ちを確かめるための友人の問い掛けに対して無関心をよそおい、最初は素気無く否定さえしています。

きっと、この辺の描写に物足りなさを感じてしまうのは、現代僕たちが、常日頃見慣れてしまっているドラマの顕著で見え見えな過剰な伏線と、話運びの振幅の激しさに、すっかり慣らされ毒されてしまったために、いつのまにか日本人の感情の機微と繊細にして静謐な陰りの部分に鈍感になってしまい、理解することもできなくなってしまったというのが、その証左かもしれません。

よく注意して映画を見ていると、相手への思いを直接は語られてはいくとも、その回想のエピソードには必ず相手の気配があって、自分でも「それ」とは意識していない相手への思いがなんとなく潜んでいることが描写されています。

ここで描かれているものは、臆病というのとは少し違う、誰かの力添えがなければ、決して溶けることも前進することもできない「心の抑制」のかたちです。

しかし、それらの抑制と不能を、この作品では決して不甲斐ないものとも煮え切らないものとも描いているわけではないような気がします。

むしろ、それは「気高いもの」として描いているのかもしれません。

そして、さらに、その秘めたる思いも、誰かの手助けがなければ、そのまま「何も起きずに」すれ違い、通り過ぎてしまうという、もうひとつの「無」の現実が語られているともいえます。

ここまで考えてきて、不意に、小津監督が述べていたという「映画は、ドラマだ」という言葉を思い出しました。

あれは確か、吉田喜重監督が、小津安二郎について回想するというテレビ番組の中で語られていた言葉だという記憶からすると、生誕百年の年のことだったのでしょうか。

しかし、この言葉、当初は、揶揄と韜晦で自分というものを表には出したがらない小津監督の「言葉」にしては、あまりにもストレートすぎて、小津監督の「言葉」だとは、にわかに信じることができませんでした。

状況としては、「権威」に反抗する若手監督が、酔った勢いで「大御所」に執拗にからみ、小津監督もその無礼な放言に対して、遂にまともに受けて逆上したうえ、激昂の中で吐かれたという、ストレートさの意味としては、十分に想像できることではありました。

しかも、相手は、「物語の破壊」を標榜している吉田喜重です。

このエピソードを知ったとき、これは乱れた宴席だけでの完結した話しだとずっと思ってきました。

しかし、よく考えて見れば、激昂し逆上のなかで吐かれたストレートな言葉だからこそ、そこには韜晦と揶揄の装いから自由になった飾られていない小津監督の生の肉声が込められているのではないかと考えるようになりました。

そして、この「月は上りぬ」との遭遇です。

きっと、小津監督が撮っていたら、もう少し違う映画にはなっていたかもしれません。

ラストの仲直りの愁嘆場などは、「風の中の雌鶏」や「宗方姉妹」の愁嘆場からすると、あんなものじゃないだろうという気がどうしてもします。

しかし、日本人の気高いまでの抑制と、「誰かの手助けがなければ、そのまま何もなくすれ違い、そしてなにごともなく通り過ぎてしまうに違いない」冷ややかな現実と人間関係のむなしさが同時に語られている「月は上りぬ」は、小津監督の「映画は、ドラマだ」という言葉を裏付けている作品にちがいないという確信は、たしかに「あった」のだと感じました。

(55日活)企画・日本映画監督協会、製作・児井英生、監督・田中絹代、脚本・小津安二郎・斎藤良輔、撮影・峰重義、美術・木村威夫、音楽・斎藤高順、録音・神谷正和、照明・藤林甲
出演・笠智衆、山根寿子、杉葉子、北原三枝、安井昌二、三島耕、佐野周二、増田順二、小田切みき、田中絹代、汐見洋、
 1955.01.08 11巻 2,805m 白黒
[PR]
by sentence2307 | 2009-11-23 10:06 | 映画 | Comments(1)