世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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ディア・ドクター

この映画のテーマについて、ある友人から、こんな感想を聞いたことがありました。

「ひとことで言ってしまえば、この映画って、ニセ医者でなにが悪い、という開き直りを撮った映画なんだろう?」というのです。

「だって、医者の来てがないようなド田舎の僻地には、ニセ医者だって随分と有難いわけだし、それにしても、そもそも医者ってなんなんだよ?っていうテーマだよね。
 
医者のやることといえば、多かれ少なかれ、どうせ映画で描かれているみたいな、モロ薬品会社とつるんで患者に大量の(時にはアカラサマに見当違いな)薬を与えて、その裏では高額なマージンを薬品会社から売り取っているという醜悪な実態があって、だけどこの映画では、そうした「安易な薬投与」では通用しないマジ重篤な絶対的病気(「癌」だよね)がニセ医者の前に立ちはだかって、ついに「見よう見まねの医療行為」だけではもう手も足も出なくなり、辻褄の合わなくなったニセ医者が、ソソクサと村から失踪せざるを得なかったという「事件」が描かれているわけだけど、シビアな現実つまり「癌」が、ニセ医者の仮面を引き剥がすことになり、結局「彼」は追放されてしまいましたという突き放した映画ではなくて、むしろ、無医村だった切実な過去を持った村が、突然の医者の失踪に村人は困惑し、ふたたび以前の惨憺たる無医村に戻ってしまうのかという不安から、必死に彼を探し、あるいは、たとえニセ医者だって構わない、戻ってきて欲しいとそこまで切実に訴えかけているという部分からも分かるように、やっぱりこの映画は、あきらかに「ニセ医者のどこが悪いという切り口で撮られた告発映画なんだよな」というのです。

そして彼は、僕に最終的で決定的な証拠を突きつけるみたいにして、さらに言い募りました。

刑事が村人たちの供述をとっていく過程で、「そういえば」みたいに、だんだんと、「失踪医」が残していった話の端々に、ちょっとずつおかしなところがあって、そうしたながで、彼がニセ医者かもしれないと、薄々勘付いていたらしい研修医や看護士の供述が語られているわけだけれども、しかし研修医や看護士は、その刑事たちの質問に対して、失踪医がもしニセ医者だったとしても「それでもいいか」というニュアンスの心境を持ったことが、徐々に分かっていく部分に、西川監督の、この映画に込めた意図が語られているのだと友人は言いました。

都会に集中する現代の医療から見捨てられた僻地の、病に苦しむ老人たちに寄り添い、親身になって愁訴に耳を傾ける医者がいたという心温まる日常が丹念に描かれていく一方で、突然の医師の失踪を対比的に描くことで、あるじを失った荒涼とした寂れた診療所と、喘息の発作に苦しむ子供を映し出したラストをみれば、西川監督の製作意図はオノズとあきらかだよね、と。

その話を聞いたあとずっと、彼はその結論を得ただけで、果たして本当にスッキリと満足できたのだろうかという気持ちにとらわれ続けていました。

研修医や看護士の供述にひそんでいた、薄々ニセ医者なのではないかという疑惑と、たとえそうだとしても「それでもいいか」と思ったというニュアンスの部分は、この詐欺事件とニセ医者の失踪のあいだの不可解な隔たりを埋めるにしては、随分と不十分な証言のような気がしました。

もし、西川監督が、「医療行為を為す者は、正規の医者でなければならない」という規制と、無医村の切実な惨状を対比させて告発しようとしたのだったら、「それでもいいか」という言葉の曖昧なニュアンスだけでは、なんの説明にもならないのではないかと感じました。

ニセ医者でも一向に構わないというヌルイ現実がある一方で、見せ掛けの医術の演技だけではどうにもできない重篤な病気もある、それをどう説明するのだろうと思いました。

病むことの不安に動揺する患者を抱きしめて、不安を取り除くことのできる「ニセものの医療」がある一方で、精密な薬によって確実に重篤な病気を治癒させることのできるものの、冷ややかに突き放す貧しい者たちや僻地で病む老人たちを切り捨てる高価な医療が片方にはある。

高価な医療は、どうしても採算に見合う地域を必要としていて、結果、採算のとれない地域は見捨てられ、切り捨てられて無医村になるしかない。

研修医や看護士が、いつのまにか厳格な規制を克服するものとしてニセ医者の存在を「それでもいいか」と認め始めたとき、西川監督は、人間の思いと思いのあいだにある「兆し」を描こうとしたのではないかと感じました。

たぶん刑事たちが、村人から供述を取っていく過程において、ニセ医師・伊野が、自分を「医師」らしく見せようと演じることで、病におびえる村の老人たちの閉ざされた頑なな心の扉を開かせることができることに気がついたのだと思います。

皮肉にも、刑事たちの執拗な尋問によって、刑事たち自身が徐々に分かったように、研修医や看護士もまた、「そのこと」に気がついたのだと思う。

たぶん、逆に言えば、必死にニセ医者を演じる「伊野」に対して、誰もが医者の理想像を見ていたからではないか、そしてそれは、矜持や権威にがんじがらめにされた「真正な医者」には、到底為しえなかったこと(孤独に病んだ老人たちの心のそばに寄り添うこと)でもあったのからだと思います。

(2009エンジンフイルム、アスミック・エース)監督・脚本:西川美和、製作:川城和実、重延浩、島本雄二、久松猛朗、千佐隆智、喜多埜裕明、原作・西川美和「きのうの神さま」(ポプラ社刊)、 プロデューサー:加藤悦弘、撮影:柳島克己、美術:三ツ松けいこ、編集:宮島竜治、音楽:モアリズム、エンディングテーマ曲:モアリズム 「笑う花」
出演・笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、松重豊、岩松了、笹野高史、井川遥、キムラ緑子、森康子、市川千恵子、奥野匡、 高橋昌也、中村勘三郎、香川照之、八千草薫、
第33回山路ふみ子映画賞:映画賞(西川美和)、映画功労賞(八千草薫)、第34回報知映画賞:助演男優賞(瑛太)、助演女優賞(八千草薫)、監督賞、第22回日刊スポーツ映画大賞:作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞(余貴美子)、第52回ブルーリボン賞:主演男優賞、監督賞、第19回東京スポーツ映画大賞:主演男優賞、監督賞、第33回日本アカデミー賞:最優秀脚本賞(西川美和)、最優秀助演女優賞(余貴美子)、
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by sentence2307 | 2010-05-30 16:27 | 映画 | Comments(165)

剱岳 点の記

だいたいは賛辞の方が多かったこの作品「剱岳 点の記」ですが、中にはボロカスにけなす人も、別にいなかったわけではありません。

もちろん、僕の友人のなかにも、遠まわしにそんなふうな言い方をしていた人もいました。

理由はきっと、この作品が原作と随分と印象が違うところがあるじゃないか、実際の剱岳の容易に人を寄せ付けない冷厳な威容はスクリーンで見るようなあんなペラペラしたものじゃないとか、明治の日本男子や大和撫子は、いくら新婚だからといって、あんなふうにのべつまくなしデレデレいちゃついているわけがないとかといったもので、小説の熱烈な読者や剱岳をこよなく愛する登山家、あるいは厳密な時代考証にこだわる人など、その苦言のポイントはそれぞれ異なるとは思いますが、しかし、小説を映画化するに際して、繰り返し言われ続けてきたこの問題について、なにも製作者側を弁護するわけではありませんが、考えてみれば、ない物ねだりの無理難題みたいなもので、本来「忠実な再現」なんてものがあるわけもないし、できるとも思えません。

開き直って、むしろ映画というものが完全無欠な再現でなければならないのだとしたら、それこそつまらない敢えて見る必要もないものに堕してしまうような気がします。

映画は、それ自体で独自に完結した世界観によって表現されていればいいものだと思うし、観客もまた、それぞれの立場からの先入観なく、提示された独自の映画世界に身を委ねて浸り切る方が、余程得策なのではないかと考えるようになりました。

しかし、「忠実な再現」などできるわけでもないし必要でもないとはいっても、それは、その小説が持っている主題を崩してしまうということではありません。

むしろ、最終的に有している小説世界と同等な「感動」まで映画が観客をどこまで引き上げることができるのか、つまり、製作者は虚構の再構築によって、観客がすでに持っている「感動」を損わないことはもちろん、さらに上回るくらいの力量を見せなければならないという絶対条件があるだけに、オリジナル作品の製作よりも、一層困難な作業と努力とを強いられているというべきなのかもしれません。

それは、観客のすでに思い描いているに違いない「感動」を圧倒してしまうくらい遜色ない感動を、まったく異なる視点による切り口で見せられるかに掛かっていて、その手腕というか、力技が試されるところでもあるのだと思います。

観客は、自分たちの過剰な期待を満たされなければ裏切られたと判定し、過酷にして容易に「失望→酷評」してしまうのもしかたのないことなのかもしれません。

そのくらい、小説を映画化するということは、オリジナル作品を撮るのとは比較にならないくらいのリスクを背負った行為ということになるのだと思います。

そういう意味で「剱岳 点の記」は、誠実にその困難な努力と作業を十分にクリアできた作品だったと感じました、ほんのかすかな失望を除いては。

その「ほんのかすかな失望」のことを書いてみようと思います。

そういう視点から、この「剱岳 点の記」が、虚構世界のエッセンスをいかに再構築できているかと見ていくこと、物語の四本柱の力点(「主人公」たちの扱い)を、どういう位置関係で描こうとしているのかを押さえていくことが、早い理解につながると信じて以下のように整理してみました。

つまり、

①陸軍陸地測量部・柴崎芳太郎の職務に対する義務感

②「日本陸軍」の威信

③日本山岳会・小島烏水の時代の先取性

と、いうことになり、最後は当然

④案内人・宇治長次郎の・・・

となるのですが、その「・・・」に入るべき文字がどうしても思い浮かばないのです。

実は、「どうしても思い浮かばない」と打ち込んだあと、次に打つべきキーをボードから探し出せないまま、数日が経ってしまいました。

他の人物に付けたような言葉を、案内人・宇治長次郎にも付そうと思ったのですが、その言葉「なぜ剱岳に登ったのか」という行為の意義づけとか、理由づけるべきそのひとことが、どうしても思いつきません。

①~③の「主人公たち」には、それぞれ明快な理由が存在します。

職務に対する強烈な義務感、軍隊の威信を掛けた面子、そして登山をスポーツと考える新たな欧米的な理念を先取しようという意欲などでしょう。

しかし、少し経って、そもそもこれら三者の理念や価値観に対応できるものが、はたして案内人・宇治長次郎にあったのだろうか、という疑念に駆られました。

最初から存在しないものを必死に見出そうとしているだけではないかという徒労感に見舞われたのです。

映画後半のシーンに、剱岳登頂を目前にして、柴崎芳太郎(浅野忠信が演じています)が小島烏水(仲村トオルが演じています)に「あなたは、なぜ山に登るのか」と尋ねる場面がありました、そして、その問いは、そのまま烏水から返されるという場面、お互いに向けられた問いに、それぞれ口ごもって明確に答えることができないというシーンによって、登山に魅せられた男たちの言葉にできないくらいの思いと、一層の戸惑いを描いて、剱岳に対する畏怖と憧れを余すところなく示唆した場面です。

しかし、このふたりだけの間でやりとりされたこの不毛な会話の背後に、無言でたたずむ案内人・宇治長次郎(香川照之が演じています)の存在を意識することで、この一見素晴らしい会話の場面が一変するような感じを持ちました。

その「あなたは、なぜ山に登るのか」という問いは、決して荷運び人足・宇治長次郎には向けられることのないものであることが、はっきりしていたからだと思います。

宇治長次郎にとっての登山とは、栄誉ある国家事業の職務の遂行行為でも軍隊の威信を掛けた威圧的な権力行為でもなく、ましてやスポーツとしての欧米的登山の晴れがましい先駆的行為でもない、それは単なる「生活の糧」を得るために必要から為される、肉体を酷使するだけのきわめて直接的な単純労働にすぎないからだと思います。

そのことは、ほかの誰もが十分に認識していて、自分たちの国家的事業としての「登頂」とは比較にならない低俗な日常的な労働行為に従事する者、単純労働者にすぎない宇治長次郎に対して公的事業に携わる高級官吏が、「あなたは、なぜ山に登るのか」などと尋ねることなど到底あるわけがなかったのです。

この作品は、柴崎芳太郎と宇治長次郎との関係をきわめて理想的に描いていて、彼らの間に交わされた信頼関係と交情はとても好感のもてる爽やかなものとして心に残りました。

しかし、いかにその関係を美化して好意的・拡大解釈的に描こうと、映画の中に描かれている幾つかのシュチエーション(例えば、頂上を目前にして、案内人・長次郎は一番乗りの座を柴崎芳太郎に譲ろうとする場面など)や、後世の残された文献の中のそれは、新婚夫婦のあのイチャツキ場面同様、必ずしも映画で描かれたような理想的な関係ではなかったかもしれない、そういう補完資料が残されていることに改めて戸惑いを感じてしまいました。

文献によると、のちに柴崎芳太郎は、宇治長次郎という人物など記憶にないし、まったく知らないと否定し、残された公的文書にも、本来宇治長次郎の名前が書かれるべき箇所には、「氏名不詳」の荷物運び人夫1名というような書き方がされているそうです。

霊峰・剱岳初登頂の栄誉は、日本国陸軍にも、陸軍参謀本部陸地測量部測量手・柴崎芳太郎にも、日本山岳会・小島烏水にも与えられることはありませんでした、山頂には、すでに何者かが剱岳初登頂を成し遂げた証し(かなり古い時代の錫杖と鉄剣)が残されていたからです。

しかし、奇妙に感じたのは、物語を語り上げる「映画」の姿勢として、その証しについては全然重きをおいていないことにありました。

登山を成功させるための設備も用具も持たない古代人が、千年もの以前に剱岳初登頂に成功したことについて、なんの「驚き」も描きこまれていないことが、とても奇妙で異常な印象を与えました。

それは、陸軍参謀が、一番乗りできなかった剱岳初登頂への試み自体を、なかったことと全否定する無視の姿勢に通じる同質のものを感じたからかもしれません。

剱岳登頂というほとんど絶望的な困難を克服しようした努力の過程が描かれた最後に、すでに古代人が初登頂に成功していたのだと知って、その古代人に思いをはせることなく、物語の勢いは、まるで撤退するかのように萎んでしまいます。

その黙殺は、信仰に生きる行者なら、それくらいのことはやりかねない、まるで、日常の苦しみを信仰に紛らわすような庶民の異常性や狂気など、最初から相手になどしない、そんなものに駆られて成し遂げられた無名の者の行為など、偉業でもなんでもないぞとでもいうかのような、権力的で頑なな無視の姿勢を感じました。

公権力が、人夫・宇治長次郎に「氏名不詳」の称号を与えて黙殺したように、初登頂に成功した古代人にも「氏名不詳」の無名を与え、一庶民として歴史に埋め込んでしまった権力の姿勢と同じようなものをこの映画のなかに感じたのかもしれません。

これが、この作品に対して、僕の持った「ほんのかすかな失望」の中身です。

もとより、大方は感動したことを、ぜひとも付け加えておかなければならないのは、もちろんです。

(2009東映)監督・撮影:木村大作、脚本:木村大作、菊池淳夫、宮村敏正、編集:板垣恵一、照明:川辺隆之、録音:斉藤禎一、石寺健一、美術:福澤勝広、装飾:若松孝市、山岳監督:多賀谷治、音楽監督:池辺晋一郎、製作統括:生田篤、製作:坂上順、亀山千広、製作プロダクション:東映東京撮影所
出演・浅野忠信、香川照之、松田龍平、モロ師岡、螢雪次朗、仁科貴、蟹江一平、仲村トオル、小市慢太郎、安藤彰則、橋本一郎、本田大輔、笹野高史、國村隼、小澤征悦、田中要次、宮崎あおい、鈴木砂羽、タモト清嵐、石橋蓮司、新井浩文、井川比佐志、夏八木勲、役所広司、藤原美子、藤原寛太郎、藤原彦次郎、藤原謙三郎、
ロケ地・立山連峰、立山博物館、博物館明治村、岩峅寺駅、日石寺、浮田家住宅
第33回日本アカデミー賞最優秀監督賞(木村大作)、最優秀助演男優賞(香川照之)、最優秀音楽賞(池辺晋一郎)、最優秀撮影賞(木村大作)、最優秀照明賞(川辺隆之)、最優秀録音賞(石寺健一)、優秀作品賞、優秀脚本賞(木村大作、菊池淳夫、宮村敏正)、優秀主演男優賞(浅野忠信)、優秀美術賞(福澤勝広、若松孝市)、優秀編集賞(板垣恵一)、第83回キネマ旬報ベスト・テン2009年日本映画第3位、日本映画監督賞(木村大作)、第22回日刊スポーツ映画大賞、石原裕次郎賞、第52回ブルーリボン賞作品賞、新人賞(木村大作)、第64回毎日映画コンクール日本映画優秀賞、撮影賞(木村大作)、録音賞(石寺健一)、2009年度日本映画ペンクラブ賞(木村大作)日本映画ベスト5第3位、第1回TAMA映画賞特別賞(木村大作)、第5回おおさかシネマフェスティバル2009年度日本映画ベストテン第2位、監督賞(木村大作)、撮影賞(木村大作)
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by sentence2307 | 2010-05-23 17:23 | 映画 | Comments(1782)
連休中にじっくりと考えたことがあります。

このブログ「映画収集狂」という大層な看板を掲げ、感動した(とオボシキ)映画の感想めいたことを手当たり次第にダラダラと書き続けているのですが、なんだか最近、その「映画の感想」を書き続けるということに、少し疑問を感じてきました。

それは、映画の感想なんて書き続けて何になるんだという徒労感とか疲労感もありますが、最も大きいものは、自分は、自分のやりたいと思っていることを、本当にこのブログでやり遂げているだろうかという疑問です。

きっと確固とした指針もないのに、ただ闇雲に「映画の感想」を量産することの空虚感に捉われたのかもしれません。

そんな気持ちになったのは、なにもはじめての経験ではありませんし、そのたびに「やはり自分は、映画が好きなんだ」という気持ちを煽って、継続の危機をやりすごしてきたような気がします。

しかし、これまで、こんなふうに真っ向から疑問に向き合うことを避けて、その場その場でどうにか誤魔化すことができたとしても、結局こんなふうに自分が誤魔化したと思っている限り、また、この「危機」は必ずやってくるに違いない。

つねづねブログの継続が、物理的に不可能になるとするのなら(パソコンが壊れたとか、プロバイダー料が払えなくなったなど)、それは仕方のないことと腹をくくっていたのですが、ただし、モチベーションを衰弱させて敗北するみたいに「ブログ」から撤退することだけは、絶対に避けたいと思っていました。

ですからここで、この「虚しさ」とやらをしっかりと叩いておかないと、きっと近い将来にまたタチの悪い弱気の虫に急襲され、そのときこそブログ継続の意味や活力を決定的に失うに違いと考えました。

最初の頃に書いていたことを読み返してみると、そこには本当に感動した映画のことを誰かに伝えたいという素朴な動機に支えられて活き活きと書き続けていたような気がします。

もっともそれは自分が感動したことを素直に書いていただけだったわけですから、その行為にはなんの無理もなかったでしょうし、また、アドレナリンというやつも、きっとたくさん出ていたに違いありません。

しかし、いつの頃からか(当然ですが)他人が感動した映画というものも、また書きはじめることになったのだと思います。

きっと、多くの人たちが感動した部分というのは、この映画のこういう作劇の巧みさにあるのではないかとかなんとか、「自分の感動」を伝えるというよりは、むしろまったく違う部分で、「多くの人たちがきっと感動したはず」の「有り得べき感動」をただの想定や憶測として、なぞって書いていたにすぎないような気がします。

自分のモチベーションとはまったく無関係なところで、その想定(偽物とまではいえないでしょうが)される架空の感動を書くということに伴うストレス、そもそも、自分はいったい何者に成りすまして書いたのかと考えると、自分不在のその行為というのは、少し怖いものがありますよね。

多くの高名な映画批評家たちの多数決によって優秀映画というレッテルを貼られた作品は、たしかに優れた作品には違いないのでしょうが、しかし、その作品の感想を書くということは、「自分が感動した」という地点から計測しようとすると、決して地続きにはなっていない、次元の異なるものでさえあったのだということに気がつきました。

僕が抱いた空虚感というのも、自分が感動してもいない作品を無理矢理「感動」したかのように書いた単なる追認行為にすぎなかったからだと思います。

これからは自分の感動したものだけを書こうと決めました、興味をもったものだけしか書かないようにしようと思いました、とはいっても、幾分か自分の感動も関わっているそれらの作品と自分との境目を線引きしようというのは、きっとかなりむずかしい作業になると思わざるを得ません。

映画の鑑賞も好きなのですが、実は、草創期を描いた「映画史」を読むのも趣味のひとつです。

1800年代の末期、映画の発明と、それに続く活き活きとした企業活動のなかでの山師たちの先陣争いが描かれている部分は、清濁交じり合った迫力で、まるで「三国志」を読むように引き込まれ、繰り返し読みふけってしまいます。

例えば、発明王・エジソン、彼は、電気に続いて映画に(投機的に)熱中して、キネトスコープという上映機を開発しましたが、キネトスコープは、スクリーンへの投影ではなくて、1人ずつ機械を覗き込んで回転するフィルムを見るという方式のために、大きな時代の流れから徐々にはずれ、多くの挫折した映画の創始者のひとりとして表舞台から消え去らねばならなかった人物でもあったらしいのです。

焦燥感に駆られたエジソンは、キネトスコープを並べたパーラーを都市部に作りますが、徐々に衰退が顕著になったそのキネトスコープに客を集めるためには、フィルムの内容をスキャンダラスで怪異な題材がどうしても必要であると痛感します。

これは見世物興行としての映画というものの本質を考えさせるには、十分に興味深い視点を含んでいます。

そのため、エジソンは、観客の歓心を得るために、よりスキャンダラスで怪異な題材を求めてエスカレートしていくことになりました。

例えば、マッキンリー大統領暗殺犯の処刑などを芝居にしたりして撮影しているそうですね。

そうしたなかで撮られたのが、1903年の象の電気処刑の実写だったと言われています。

それは、大衆のエスカレートし続ける過剰な要請に応えるには十分に派手で、そしてセンセーショナルなものだっただけに、さらにそのグロテスクさは映画の草創期を飾るにふさわしいものだったといえたかもしれません。

アメリカの西部開拓史と並行して語られることが多いのは、サーカスの隆盛でした。

貧しい移民たちは、豊かで希望に満ちた未知な世界への期待と不安を、サーカスの見たこともない珍しい動物たちとの出会いになぞらえて、「象を見る」と象徴的に語ったといわれています。

しかし、サーカスの隆盛の影には、野生の動物たちの、ときとして剥き出しになる凶暴さによって、人間が殺害されるという事件もたびたび起きました。

そんなふうに人間に危害を加えた動物は、従順でない黒人をリンチにしたのと同じように、リンチに処して見せしめ的に罰を加えたことが記録が残されています。

1916年9月13日には、テネシー州東部のアーウィンで、メアリーというサーカスの象が絞首刑(!?)になったという記録があるそうです。

そのことを書いた興味深い論文を最近読んだので、心覚えのために記しておこうと思います。

タイトルは、「象の絞首刑」(「一橋大学」34巻4号)、丸山雄生という人の書いた論文です。

「象の電気刑は、1930年にニューヨークのコニー・アイランドで行われた。

殺されたのは、トプシーというメスのアフリカ象で、1885年にアメリカに連れてこられて以来、アダム・フォアポー・サーカスで飼われていたが、気性難を抱えていた。

1900年に立て続けにふたりの飼育係を殺したが、処分されることはなかった。

1902年に3人目の飼育係を殺すと、象の高い商品価値に執着していたサーカスもこれ以上の被害を恐れ、コニー・アイランドに建設中だった遊戯施設ルナ・パークに譲渡した。

トプシーはコニー・アイランドでは、労役に使われていたが、命令に従わず、人に怪我をさせた。

牙や皮革を買い取りたいとい希望者が現れると、遊園地は、トプシーを殺して死体を売却することに決めた。

当初は絞首刑が予定されたが、動物虐待防止協会(SPCA)が、不必要な苦痛を与える非人道的な方法だと反対したため、別案が検討された。

電気刑が、その候補となったのは、電気の普及において、直流を推すエジソンと、交流を推すウェスティングハウスの間で戦わされた激しい争いが背景にある。

直流に固執したエジソンは、交流は感電死する恐れが高い危険な技術であると攻撃した。

しかし、エジソンの誹謗にもかかわらず、交流は明らかな技術的優位により、着実に普及していった。

窮地に追い込まれたエジソンが頼ったのは、動物を殺すことで、交流の危険性を実演するというパフォーマンスだった。

エジソンと彼に味方したハロルド・ブラウンは、犬や馬を使って、直流では死なない動物が、交流ではあっけなく死んでしまうという実験を公開し、交流を「処刑人の電流」と呼んだ。

それは、高電圧・高アンペアの交流と、高電圧・低アンペアの直流とを比べた詐欺的な実験で、科学的動機とはほとんど無縁であり、ただ大衆を怖がらせ、交流は危険で住宅用・商業用には向かないと信じ込ませるための策略だった。

ブラウンの動物実験には、SPCAから抗議が寄せられ、結果の真正さについても科学者や電気技師から反論が相次いだ。

20世紀になるまでに、直流・交流論争にはほぼ決着が付き、電気椅子は絞首刑に代わるより人道的な手段として採用された。

電気の覇権をめぐる競争にほぼ敗れたエジソンが行った最後の、そして最もグロテスクなデモンストレーションが象の電気刑だった。

その模様を伝えた報道によると、トプシーの処刑はまだ開演前の遊園地で行われ、ほとんど見物人もなく、サーカスで活躍した全盛期を思うと寂しいものだったという。

エジソンから派遣された技術者が、足に電極を取り付け、電気を流すと、体から煙が上り、トプシーは倒れて動かなくなった。

全部で数秒ほどだった。

見物人を集めたわけでもないこの物悲しい出来事が広く知られているのは、その模様が映像として残されたからである。

エジソンは、電気に続いて映画に熱中し、キネトスコープという上映機を開発した。

キネトスコープは後の主流となるスクリーンへの投影ではなく、1人ずつ機械を覗き込んで回転するフィルムを見るという方式を採用していた。

エジソンは、キネトスコープを並べたパーラーを都市部に作ったが、客を呼び込むためには、フィルムの内容が重要だった。

エジソンは、客足を得るためにスキャンダラスで怪異な題材、例えばマッキンリー大統領暗殺犯の処刑などを芝居にした。

象の処刑はその目的に合致した派手で、センセーショナルな話題だった。

トプシーの死を撮影したフィルムは複製され、各地で繰り返し見ることが可能になった。

トプシーの搾取はそれだけにとどまらず、死体はその場で解体され、頭はトロフィーとして、皮は商品加工用に、内臓は動物学研究に、そして足は傘立てにするために、それぞれ売却された。」
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by sentence2307 | 2010-05-09 11:26 | 映画 | Comments(1242)

花つみ日記

ずっと以前からこの「花つみ日記」という作品が気にかかって仕方がありませんでした。

というのは、この作品の高峰秀子の演技について、多くの人たちから、「さすが大女優の片鱗をうかがわせる見事な演技だ」というような(月並みな、といってしまうと語弊があるかもしれませんが)賞賛の言葉をよく耳にしたからでした。

しかし、その褒め言葉は、一見高峰秀子という女優を持ち上げているかのようでいて、実のところ、この作品で見せている彼女の繊細な演技(「演技」という括りでは収まり切らないものがあることを後述します)を、かえって無視し、否定してしまっているのではないかと思わせるものがあったからかもしれません。

更にいえば、そうした賞賛は、結果的に贔屓の引き倒しみたいなものになっているのではないかという思いにとらわれていました。

ただ、この思いはちょっとだけ込み入っているので、上手に整理して、正しく伝えなければ、かえって自分の本意から掛け離れたものになり、もしかしたら女優・高峰秀子に対する誹謗中傷みたいになって、そうなれば、多くの高峰秀子の熱烈なファンの人たちから誤解され反感をかうことにもなるし、なによりも僕自身そんな結果を望んでいるわけもなく、そんなことになるくらいなら、そして正確に伝える自信がつかなければ、いっそ最初から黙っているべきこととヒトリで決めていました。

それは、なによりも彼女の大ファンである僕自身が納得していることでもあったので、この作品の感想を組み立てることをミズカラにずっと封印してきたつもりでした。

もとより僕としても、考えの整理がつかなければ、沈黙し続けることになんら苦痛はありません。

最初から「高峰秀子は大女優である」ということに対してナンラ異議などないのですから、これでいいのだと赤塚不二夫みたいな気持ちでいました。

そういうわけで、僕にとってこの「花つみ日記」という作品は、長い間感想を書くことを自らに禁じた、いわば封印された作品だったといえます。

しかし、その後、年を隔てて何回か見る経験を重ねていくうちに、自分の中の思いが徐々に成熟し、整理されてきたような気がします。

その何度目かの鑑賞のとき、天啓のように降ってきた思いがありました。

それは、僕たちの見ている「花つみ日記」の芸者置屋の娘・篠原栄子を演じる高峰秀子は、本当に、後年の「浮雲」や「二十四の瞳」を演じたあの高峰秀子と同一人物なのだろうかという思いです。

変な言い方ですが、このフレーズを思いついたおかげで、「大女優の片鱗」という言葉に対して長い間感じ続けてきた違和感を氷解させることができました。

僕たちは、いつの間にか、この映画の中の高峰秀子を、「浮雲」や「二十四の瞳」を演じた女優・高峰秀子を見るのと同じ視点でもって見てしまっているのではないか。

この「花つみ日記」は、ふたりの女学生が、些細な気持ちの行き違いから親交を失い、そのことに苦悩し、破綻しながらも、やがて誤解が解けて友情が再生するという物語です。

ストーリーに引き込まれ、見たあとの感動は確かにありましたが、なぜかそれに伴う後味のよさ(「終わり良ければすべて良し」みたいな爽やかさ)を感じることは、どうしてもできませんでした。

それは、この物語に、友情の再生くらいでは回復できそうにない深刻な現実が描かれているからかもしれません。

女学生・篠原栄子(高峰秀子)は、芸者置屋の娘です。

陽気な性格で、誰とでもすぐに打ち解け、友達もたくさんいます。

しかし、東京からきた転校生・みつる(清水美佐子)に出会ったことで、彼女がそれまでの多くの友達と必ずしも心から打ち解けていたわけでないことが描かれています。

自分のなかにあっても表面に出せなかった共通のものを、物静かなみつるにみつけてすぐに共鳴し、親友になります。

そして、芸者置屋の娘であることを明かした栄子は「自分は芸者になんかならない」とみつるに真摯に告白します。

まったく違う世界に生きるみつるに自分の将来の可能性を見出した栄子の痛いほどの喜びが描かれているように感じました。

それは、東京に残ったみつるの兄が自分の好物「切山椒」をわざわざ送ってくれたという好意に対して、応召するという見も知らぬ彼のために、雨のなか病をおしてまで「千人針」を求めて立ち続けるという報恩の行為に、栄子がそうした愛情にかつえていたというよりも、将来に希望の持てる「世界」への憧れの表れと受け取りました。

ささいな行き違いからみつるとの親交が絶たれたとき、絶望した栄子のとった選択が、「舞妓」になることだったのが、そのことをよく表していると思います。

溝口健二なら、この将来を立たれた栄子の絶望と、自分は芸者になるのだという負の決意の姿を、もっと捨て鉢に雄雄しく描き上げたかもしれないと思えてきました。

あの映画「花つみ日記」のなかで、僕たちが強く惹かれる高峰秀子の、大写しされるあどけないあの美しい戸惑いの表情を、「浮雲」や「二十四の瞳」につながっていく「演技」として、これくらいは演じられて当然という確信のなかで見過ごしてしまうのは、間違っていると思っています。

そういう思いで、スクリーンに映し出されるまだ幼さの残る彼女の表情を見つめていると、「演技」の部分がどんどん剥げ落ち、アタカモ、見えない将来に戸惑いおびえる思春期の不安気な15歳のひとりの少女が立ち上がってくるように感じました。

自分の行く手にどのような将来が待ち受けているのか、それは「演技」の歯止めを超え、カメラを見つめる高峰秀子のナマの眼差しとなって、自分がどのような女優になれるのか、いや、そもそも、これから先ずっと、女優としてやっていけるのかどうかと訴えかけてくるような錯覚におちいります。

なんの気負いもなく「普通」に演じることの困難は、すでに多くの優れた演技者たちによって言い尽くされていることではありますが、親友から罵声を浴び、絶交を言い渡され、とっさに弁解する言葉もないまま、悲しげに呆然と去っていく親友を見送ります。

親友を失って絶望した彼女は、目を伏せ唇を噛み締めてくやしそうに自分に言い聞かせます「やはり自分は、素人のなかでこの世界では生きていけない。自分は芸者になる定めなのだ」と。

(1939東宝京都)製作・青柳信雄、監督・石田民三、脚本・鈴木紀子、原作・吉屋信子『天国と舞妓』、撮影・山崎一雄、音楽・鈴木静一、美術・河東安英、録音・俣野八男
出演・高峰秀子、葦原邦子、清水美佐子、進藤英太郎、伊達里子、大倉文雄、三条利喜枝、花沢徳衛、林喜美子、御舟京子、松岡綾子、三邦英子、三田進、山田好良、伊井吟子
1939.10.21 日本劇場 8巻 1,996m 73分 白黒
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by sentence2307 | 2010-05-04 11:08 | 映画 | Comments(118)