世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2010年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

高峰秀子

今年の3月にキネマ旬報社から刊行された「高峰秀子」を手に入れました。

その本の中には、佐藤忠男の「高峰秀子はどんな役をどう演じたか」が収載されていると知ったので、ぜひ読んでみたいと思ったからです。

自分としては、いままで佐藤忠男の映画評論から、計り知れない影響を受けてきたので、見過ごすことはできません。

僕が映画を意識的に見始めた当時、それまで、映画批評というのは、ただ「あらすじ」を紹介するだけのものだと思い込んでいましたし、それ以上のもの、例えば蓮實重彦に代表されるような、知識をひけらかす韜晦の技術に長けただけの、退屈にして高邁な映画評論(「高邁」が「退屈」とイコールのような映画批評など、どれほどの価値があるのか、きわめて疑問です)など、僕の肌には合うわけもありません、そうした何が言いたいのかさっぱり分からないような映画批評というものにも失望していた時期に、佐藤忠男の映画批評群に出会いました。

「斬られ方の美学」、「黒澤明の世界」、「日本映画思想史」、「小津安二郎の芸術」、「大島渚の世界」、「ヌーベルバーグ以後」、「長谷川伸論」、「忠臣蔵 意地の系譜」、「二枚目の研究」など、どれもが卓越した着想に満ちていて、ひたすら感心して読みふけった記憶があります。

この人は、映画というものが、本当に好きで好きで堪らないのだ、という磁力のようなものがあって、強烈に僕をひきつけました。

たとえばそれは、マニア以外はちょっと近寄りがたい淀川長治的な映画好き以外は寄せ付けないような排他的同好会みたいなものとも、あきらかに異なった孤高的な佇まいを感じさせ、あるいはその論理の立証の仕方がことごとく自分の生活に根ざしていて、決して唐突な「ひけらかし」の臭さを感じさせなかったのも、自分には好ましく感じられたのかもしれません。

後年、佐藤忠男の書いた自伝的な読み物を読んで、佐藤忠男が映画業界の出身者でないどころか、工業高校を出て、国鉄関連の仕事に就きながら、映画へのあこがれを捨てきれずに、少しずつ映画評論を映画雑誌などに寄稿して、映画ジャーナリズムの世界に入るチャンスを掴んだことを知りました。

映画へのあこがれを持ち続け、生活のためのカタギの仕事につきながら映画への思いを熟成させた結実が、「斬られ方の美学」には満ち満ちており、「このことを書きたい」という熱い思いが、そのまま映画批評に結実している充実感を感じました。

そして、その独特の映画批評の手法について、自分なりにベラ・バラージュの方法論を模索して敷衍させたことが記されていたことを記憶しています。

佐藤忠男の映画評論を読んだとき、映画評論というのは、このように書けばいいのかと「目からウロコが落ちた」思いがしたものでした。

今回キネマ旬報社から刊行された「高峰秀子」のなかに収録されている論評「高峰秀子はどんな役をどう演じたか」は、この本の性質上、当然なのでしょうが、高峰秀子の賛美の姿勢で書かれたものという印象を持ちました。

そのことについては、決して違和感はありませんし、高峰秀子の偉大な業績を納得しながら読んだ論評でした。

しかし、その中でただ一本の作品についてだけ、めずらしく否定的に記述されている作品がありました。豊田四郎監督の「雁」に対してです。

佐藤忠男は、「お茶目を超えて自我の確立を目指す役どころで日本の女優の先頭を切っている高峰秀子が、なぜ、ひっそり妾宅をかこわれたまま何も言えない憐れな女?と腑に落ちなかったところである。」と、日本女性のオピニオンリーダーの役柄を一貫して演じ続けてきたのに、女性を隷属的に描いたようなあの「雁」という作品にどうして出演なんかしたのだ、とまで言っているような気がしました。

そして、さらに、こんなふうに論証しています。

「じっさい、戦争中の『綴り方教室』や『秀子の車掌さん』あたりから始めて、戦後の『花ひらく・真知子より』『カルメン故郷に帰る』『稲妻』『カルメン純情す』と、とびとびながら続いている高峰秀子ならではの作品の流れを一貫しているのは、日本の女が職業的な自立と精神的な自己の確立を目指して試行錯誤を繰り返しながら、前進していく姿である。
しかもそれを、「花ひらく・真知子より」のようなインテリ女性の場合はそれ一本くらいにして、主として貧しい階層の、多くは賢い女だが、ときには無知な女を含めての試行錯誤の試みとして描いていることである。
誰かが意図してそういうコースを設計したのかといえば、たぶんそうではないだろう。
高峰秀子という非凡な女優の存在が、監督たち、脚本家たち、プロデューサーたちにそんなイメージを与えたのだ。
あるいは、ファンにそれを求めさせたのだ。
そういう役柄の流れからすると、いまさら妾宅に囲われて何も言えない女なんて、他にそういう女優はたくさんいるじゃないか・・・というのが私の感想である。」

こうした書き方の良し悪しはともかく、ここには佐藤忠男という映画批評家の高い倫理性と、そうした役柄を演じる女優にその一貫性までをも求めるということが記述されているのだろうと思います。

しかし、こうした思い込みは、女優にそれほどの役柄を選択できる自由があるのかという意味で考えるとすれば、容易に失望させられてしまう可能性の高いちょっと不用意で一方的な懸想にすぎないような気がします。

それともうひとつ、僕がそのように感じたそもそもの根底には、佐藤忠男が嫌悪感をあらわにした豊田四郎の「雁」が、それほどまでにどうしようもない作品たったのかという点にも引っ掛かるものがあり、しかも、この本の冒頭を飾る「高峰秀子自薦13作」のなかに、その「雁」のお玉が選ばれていることも、なんだか皮肉なものを感じました。

これは、観客の深刻な思惑とはもっと違う次元で「女優にそれほどの役柄を選択できる自由があるのか」という実態を、もっと自由気侭に捉えていた高峰秀子という人の生き生きとした実像が表現されているように感じました。

ひいては、高峰秀子が「女優」という職業をどう考えていたのかということにも繋がっていくことなのかもしれません。

まったく同じことを感じた以前に書いたものを、参考に、以下に再録しておきますので読んでください。


2005.11
高峰秀子の独占インタビューが掲載されている「キネマ旬報」9月上旬号というのを買い忘れていたのに気が付いて、あわてて図書館の購読予約に登録したのは、まだ暑い盛りの頃でしたから、昨日図書館の人から電話があったとき、何のことだか咄嗟には分からなかったのは、当然だったかもしれません。

それくらい予約してからの時間が経ちすぎていました。

僕に順番がめぐってくるまで、なんと季節が変わってしまうくらいですから、きっと、物凄い数の予約が入っていたのだろうと思います。

それだけで高峰秀子の人気の高さが分かります。

きっと、「成瀬巳喜男生誕100年」の影響もあるのかもしれませんが、ほかの女優たちとは明らかに違う、「高峰秀子」という女優らしからぬ女性のもつ魅力が、そこにあるからだろうと思います。

インタビューのなかで、「浮雲」の雪子を演じたあと、女優をやめようと思ったという発言が繰り返しでてきます。

それまで自分が演じてきた役(意志の強い道義的な女性)とは、あきらかに違うひとりの男にこだわり続けて破滅していく女という役が自分には相応しくないからだと発言しています。

しかし、いまにして思えば、「雪子」を男にだらしなく、ただふしだらな女という解釈で演じていたら、(そういうタイプを演じることのできる女優なら、もっと相応しい女優がたくさんいたと思います。)こんなにも僕たちを感動させることも、また映画史上の残る不朽の名作の地位を得ることもなかったでしょう。

まず高い道義心が描かれなければ、雪子が、処女を捧げた「はじめての男」にこだわり続けるという「一途さや健気さ」の意味も、きっと見つけにくくなってしまうかもしれません。

高峰秀子は、ここで演じられた雪子に、「二十四の瞳」の大石先生となんら変わらない女の「なにか」を見つけてしまったのだと思います。

気高い女教師も、さいはての島でのたれ死ぬ元売春婦も、なんら変わらない貴賤を超えた女の本質的な「なにか」を。

女優という職業にどっぷりと浸かりこんで自分と女優の境界線がなくなってしまう女性が多いなかで、高峰秀子という人は、「女を演じる」という本質を分かっていたクールな人だと思います。

そこが彼女の魅力です。

図らずもこのインタビュー記事のなかで最も傑出している箇所もそういう部分でした。

(抜粋)
―そのうちボックス席に2人で向かい合わせになって、眠っている加山さんの顔を見ている高峰さんの目に、いかにも若い義弟をいとおしく可哀相に思う心情が。そして涙を流すじゃないですか、高峰さんが。

高峰  そうだった? 忘れちゃった。

―ああいう場面は演じていて思わず感情移入して自分も悲しくなるということはないんですか。

高峰  ないです。芝居です、芝居。

―でもああいう時の涙は本物の涙?

高峰  うーん・・・。まあ、あんまりないね。目薬だな。

―ハぁー。

この絶妙な受け答えが、高峰秀子の魅力を余すところなく言い表していると思います。

物凄くシャイで、自分の気持ちを決して人前には晒さない、まさに「目薬」で悲しみを演じたと言い放つ高峰秀子にとって、「女優」とは本当に天職だったのかもしれませんね。
[PR]
by sentence2307 | 2010-07-19 07:44 | 映画 | Comments(1301)

本木荘二郎の凄惨

名古屋城さん、ご教示ありがとうございます。

遅ればせながら、「週刊ポスト」7月23日号の「現場の磁力・エロ快人列伝・本木荘二郎」を繰り返し読んだところです。

うらぶれた安アパートの一室で、誰ひとり看取る者もなく、弁当の箱やラーメンの袋が散乱しているゴミの中で、腐り尽きるように息絶えた凄惨な本木荘二郎の最期の野垂れ死にの描写からはじまって、誰彼構わず小銭をたかり、安酒と女に溺れ込んだその日暮らしの自堕落の、胸の悪くなるようなエピソードの数々を、これでもかこれでもかと目の前に突きつけられて、いささかうんざりしました。

僕の脳裏に、あの「七人の侍」の冒頭に敢然と映し出される「製作・本木荘二郎」の墨痕鮮やかな堂々たる文字の残像がなかったら、こんなにも遣り切れない惨憺たる気持ちには、ならずに済んだかもしれません。

終戦直後、「映画芸術協会」を立ち上げて、数々の名作にかかわって混沌の時代を颯爽と駆け抜けたあの時代の寵児「本木荘二郎」が、なにも、そこまで堕ちることはないではないか、という気持ちでいっぱいでした。

ああ、そうか、堕ちたのは岸本恵一であり、高木丈夫であり、藤本潤三であり、そして藤本潤二であり、品川照二であって、なるほど「本木荘二郎」ではなかったのだ、とでもいう積もりだったのでしょうか。それにしても、考え付いたペンネームのすべてに、数字が読み込まれている奇妙な執着は、自分と過去をついに否定し切れなかった男の哀しみみたいなものを感じてしまいました。

しかし、この安アパートのシケタ一室での野垂れ死にと、燦然と輝く栄光のヴェネチア国際映画祭の金獅子レプリカとでは、どう考えても尋常とは思えないほど、その落差さあまりにも大きすぎます。

第二次東宝ストライキ直後の新生東宝の陣容の中に、プロデューサーとして、松崎啓次、伊藤武郎、田中友幸、藤本真澄、井手俊郎など錚々たるメンバーのひとりとして、そして、やがてこの業界で他の追随を許さないくらいの実績も残した 本木荘二郎が、なんでこの「週刊ポスト」で描かれているような、末路をたどらなければならなかったのか、その落魄の徹底振りが、どうしても理解できないのです。

日本の活動屋たちの誰もが、金にきれいで、会計士みたいに清潔で清廉潔白だったのならともかく、なんで使い込み程度のことで断罪されなければならないのか、そんなヤワな話は聞いたことがありません。

もし巷間の噂どおり、本木荘二郎が金にも女にもだらしなく、公私の区別が付かない金にルーズな面があったとしても、しかし、それだけで彼が場末の安アパートの一室の悪臭漂うゴミの山に顔を埋めて野垂れ死にしなければならないくらい重大なことたったのか、それがあれほど徹底的に業界からの追われなければならないような「犯罪」だったのか、二度と浮かび上がれないようなその徹底した業界追放が、自分にはどうも不自然で腑におちないのです。

タカが食い詰めた爺さんひとりを、やがてトップに上り詰めたあの錚々たるメンバーのなかの一人くらい、救いの手を差し伸べ、せめてむかしの業績に恥じないようなささやかな役職をアテガウことができなかったのか、いやいや、やろうと思えば簡単にできたことだったのではないかという疑問でいっぱいでした。

あるいは、当時、レッドパージが吹き荒れていたことと何か関係でもあったのかなどという妄想も湧いてきたりしたのですが、しかし、本当のところは、いまやビックネームとなった巨匠・黒澤明の創作活動に、あまりにも深く関わりすぎたことが、かえって徹底した追放の理由になったような気がします。

それは、黒澤明からの利害にかかわる取りまきが自己防衛のために本木を遠ざけたというよりも、黒澤明自身の映画づくりのプライドに関わる部分で、助言者・本木の存在が大きかった分だけ、ことさらに鬱陶しかったのだと考える方が、なんだか納得しやすい気がします。

名作を増産した絶頂期を支えた助言者たちをひとりひとり遠ざけ、イエスマンばかりで固めた黒澤明もまた、その結果、以後10年の沈黙を強いられたうえ、ついには自殺未遂に至るほどのダメージを受けなければならなかったということは、いまや定説となっていると思います。

黒澤明に煙たがられ、一方的に忌避されてしまったら、いさめるどころか、いまや世界的な映画監督として大成した黒澤明の顔色を窺い、遠慮しないわけにはいかなかったであろうかつての仲間たちの見て見ぬ振りをも含めて、それはまさに真の意味での「失墜と追放」というべきものだったのかもしれませんし、あるいはまた、本木自身、意地でも陽のあたる場所など、二度と浮かび上がるものかと、高邁な芸術映画を撮り続けている黒澤明の視線を意識しながら、ひたすら自尊心を傷つけるためだけにまるで退路を断つようにして、ピンク映画にこだわり、のめりこみ、自嘲・自虐・自壊に耽っていったのかもしれません。

「週刊ポスト」のこの記事のなかで殊更に印象的だったのは、若き男優・久保新二が、金もなく腹を空かせている老いぼれ本木荘二郎に、いつものように「この爺い、金やるから、パンと牛乳買って来い」と命じて、時には頭を小突いた時もあったと話すエビソードです。

その若造・久保新二の横暴を、こちらも若き山本晋也が通りかかり、見るに見かねてたしなめるという部分です。

山本晋也は、久保に言います「おまえ、このお方を誰だか知ってんのか。黒澤映画の本木荘二郎先生だぞ」と。

まさに、ご存知水戸黄門お約束の「現われの場」みたいで、読めば読むほど、ほのぼのと気恥ずかしくなる台詞ですが、それを大真面目でホザクところがさすが大監督山本氏たる所以ですし、ピンクの世界に居たくらいでは(別にこだわりがあっていたとも思えませんが)一向に傷つかないどころか、公共放送で堂々と薀蓄を傾けるタフガイ・山本晋也らしさなのかもしれませんね。

しかし、この記事の凄いのは、それに続く「そうか、荘二郎、オマエそんなに偉かったのかって。爺さん、そのあいだずっとニコニコしてた。」という部分です、この文脈からすれば「ニコニコしてた」は、この場面にはそぐわないほど好々爺然としていて、この場の説明になってない、とても残念な稚拙な表現です。

ここでの本木荘二郎には、思いっきり卑屈にして凄惨に、しかも悲憤を抑え込んだ自嘲くらいの表現が欲しいところなのですが、しかし、「黒澤映画の本木荘二郎先生だぞ」という山本監督のこの台詞、本当に真剣な顔つきで真実そう言ったのかどうか、その場の状況からすれば、きわめて疑わしいと感じました。

山本晋也もまた、蔑みの薄ら笑いを浮かべながら、久保新二とおなじように、酔いの回った老いぼれの本木荘二郎の頭を小突きながら、かくのたまったと考えるくらいの方が、むしろしっくりくるような気がします。

例えば「嘆きの天使」のラート教授(名優エミール・ヤニングスが、まるで悪夢のように演じていました)がローラに踏みつけらながら鶏のトキの声を叫び上げる屈辱に満ちた凄惨さこそが相応しいと感じました。

映画への憧れを抱き、ピンク映画くらいで大いに満足していた能天気の若き監督と、映画と時代に押しつぶされ社会の最底辺で考えられる限りの辛酸を嘗め尽くし、絶望のどん底にあった抜け殻みたいな老人の、ふたつの魂が、たまたまピンク映画という場で出会い、交錯した一瞬なのだと思いました。

「週刊ポスト」のこの記事は、ひとりの人間の生きた混沌にただ圧倒されただけの力の無い作文にすぎないという印象を受けたのですが、ただ一箇所、心動かされた部分がありました。

それは、黒澤と本木の出会いの場面、
「ふたりが出会ったのは、下宿屋の玄関脇の三畳間と、二階の八畳の縁だった。NHKのアナウンサーをやめ、助監督として東宝に入社したと本木は黒澤に話した。『狭い下にいないで、おれの二階に上ってこいよ。』黒澤に誘われた。黒澤は、その八畳間で脚本を一生懸命書いていた。本木が会社に盾をついてまでも黒澤を守ったのは、その宿縁に似た信愛のためだった。」
「嘆きの天使」だ、これは・・・という確信が、これでさらに深まりました。


参考
【時代を切り裂いた「映画芸術協会」の作品群】
★風の子(1949映画芸術協会・大泉プロ、東宝)製作・本木荘二郎、多胡隆、監督脚本・山本嘉次郎、原作・山本映佑、撮影・植松永吉、音楽・古関裕而、美術・松山崇、録音・酒井栄三、照明・吉沢欣三、
出演・夏川静江、竹久千恵子、渡辺篤、進藤英太郎、藤原釜足、久保謙一
1949.02.22 9巻 2,468m 白黒

★静かなる決闘(1949大映・東京撮影所)企画・本木荘二郎、市川久夫、監督脚本・黒澤明、脚本・谷口千吉、原作・菊田一夫、撮影・相坂操一、撮影助手・中川乃士、音楽・伊福部昭、美術・今井高一、美術助手・荒木清、録音・長谷川光雄、録音助手・須田武雄、音響効果・花岡勝次郎、照明・柴田恒吉、照明助手・法島繁義、編集・辻井正則、装置・石崎喜一、小道具・神田一郎、背景・西牧恭平、園芸・坂根音次郎、工作・田村辰治、電飾・横手三四郎、技髪・牧野正雄、結髪・田中つねえ、衣裳・藤木しげ、移動・大久保松雄、スチール・椎名勇、記録・右川八千恵、俳優事務・相川好子、製作主任・川本武男、
配役・三船敏郎、三條美紀、志村喬、植村謙二郎、山口勇、千石規子、中北千枝子、宮島健一、佐々木正時、泉静治、伊達正、宮島城之、宮崎準之助、飛田喜佐夫、高見貫、須藤恒子、若原初子、町田博子、松村若代、池上湧子、松本茂、工藤洋輔、
1949.03.13 9巻 2,591m 95分 白黒

★春の戯れ(1949映画芸協・新東宝、東宝)製作・青柳信雄、山本嘉次郎、監督脚本・山本嘉次郎、撮影・山崎一雄、音楽・早坂文雄、美術・松山崇、録音・神谷正和、照明・秋山清幸、
出演・高峰秀子、江川宇礼雄、徳川夢声、宇野重吉、三島雅夫、飯田蝶子、志村喬
1949.04.12 11巻 2,985m 109分 白黒

★野良犬(1949映画芸術協会・新東宝、東宝)製作本木荘二郎、製作主任平木政之助、監督脚本・黒澤明、助監督本多猪四郎、今泉善珠、脚本・菊島隆三、撮影・中井朝一、音楽・早坂文雄、美術・松山崇、録音・矢野口文雄、照明・石井長四郎、編集・後藤敏男、振付・縣洋二、
出演・三船敏郎、志村喬、淡路恵子、三好栄子、千石規子、本間文子、河村黎吉、飯田蝶子、東野英治郎、永田靖、松本克平、木村功、千秋実、菅井一郎、清水元、柳谷寛、山本礼三郎、伊豆肇、清水将夫、高堂国典、伊藤雄之助、生方明、長浜藤夫、生方功、水谷史郎、田中栄三、本橋和子、戸田春子、登山晴子、安雙三枝、三條利喜江、
1949.10.17 12巻 3,342m 122分 白黒

★暁の脱走(1950新東宝、東宝)製作・田中友幸、監督脚本・谷口千吉、脚本・黒澤明、原作・田村泰次郎、撮影・三村明、音楽・早坂文雄、美術・松山崇、録音・神谷正和、照明・大沼正喜、
出演・池部良、山口淑子、小沢栄、伊豆肇、田中春男、若山セツコ、利根はるゑ
1950.01.08 10巻 3,180m 116分 白黒

★魔の黄金(1950大映・東京撮影所)企画・田中友幸、本木荘二郎、監督脚本・谷口千吉、脚本・松浦健郎、原作・関川周、撮影・高橋通夫、音楽・伊福部昭、美術・仲美喜雄、録音・米津次男、
出演・森雅之、相馬千恵子、宇野重吉、星美千子、伊沢一郎、東野英治郎、志村喬
1950.02.19 12巻 3,053m 111分 白黒

★脱獄(1950大泉映画・映芸協、東京映画配給)監督脚本・山本嘉次郎、撮影・中井朝一、
出演・高峰三枝子 三船敏郎 小沢栄 志村喬
1950.03.05 11巻 2,833m 白黒

★醜聞(1950松竹・大船撮影所)企画・本木荘二郎、製作・小出孝、監督脚本・黒澤明、脚本・菊島隆三、撮影・生方敏夫、特殊撮影・川上景司、音楽・早坂文雄、美術・浜田辰雄、装置・小林孝正、装飾・守谷節太郎、調音・大村三郎、照明・加藤政雄、編集・杉原よ志、現像・神田亀太郎、焼付・中村興一、スチール・梶本一三、記録・森下英男、衣裳・鈴木文治郎、結髪・佐久間とく、床山・吉沢金五郎、演技事務・上原照人、撮影事務・手代木功、経理担当・武藤鐵太郎、進行・新井勝次、
出演・三船敏郎、山口淑子、桂木洋子、千石規子、小沢栄、志村喬、日守新一、三井弘次、 大杉陽一、清水一郎、岡村文子、清水将夫、 北林谷栄、青山杉作、高堂国典、上田吉二郎、縣秀介、左卜全、殿山泰司、増田順二、神田隆、千秋実、島村俊雄、遠山文雄、小藤田正一、谷崎純、仲摩篤美、野戸成晃、土田慶三郎、藤丘昇、高瀬進、太田恭二、長尾寛、大杉陽一、大沢之子、後藤泰子、秩父晴子、江間美都子、山本多美
1950.04.26 国際劇場 一般封切 30 日11巻 2,860m 104分 白黒


★羅生門(1950大映・京都撮影所)製作・箕浦甚吾、企画・本木荘二郎、製作主任・小林利勝、監督脚本・黒澤明、助監督・加藤泰、若杉光夫、田中徳三、脚本・橋本忍、原作・芥川龍之介「薮の中」、撮影・宮川一夫、撮影助手・本田平三、音楽・早坂文雄 、美術・松山崇、美術助手・太田誠一、装置・山本卯一郎、背景・太田多三郎、装飾・松本春造、録音・大谷厳、録音助手・林土太郎、効果・山根正一、照明・岡本健一、照明助手・中岡源権、編集・西田重雄、記録・野上照代、演技事務・中村元次郎、進行・竹内次郎、美粧・明石悦夫、結髪・花井リツ、衣裳・大畠卯一、扁額・宇野正太郎、スチール、浅田延之助、擬闘・宮内昌平、
出演・三船敏郎、京マチ子、志村喬、森雅之、千秋実、上田吉二郎、本間文子、加東大介、
1950.08.26 9巻 2,406m 88分 白黒

★薔薇合戦(1950松竹・京都撮影所、映画芸術協会)企画・本木荘二郎、製作・杉山茂樹、監督・成瀬巳喜男、助監督・倉橋良介、監督助手・菊池靖、脚本・西亀元貞、原作・丹羽文雄、撮影・竹野治夫、撮影助手・広田彰三、音楽・鈴木静一、美術・松山崇、美術助手・加藤喜昭、装置・中大路義一、装飾・山口末吉、装飾助手・野村治、録音・高橋太朗、録音助手・奥村泰三、照明・寺田重雄、照明助手・一瀬与一郎、編集・相良久、衣裳・佐々木愛子、スチール・河中久一郎、記録・岩崎伊三郎、進行担当・久保友次、進行助手・吉岡哲也、
出演・三宅邦子、若山セツ子、桂木洋子、鶴田浩二、安部徹、永田光男、若杉曜子、大坂志郎、仁科周芳、進藤英太郎、鮎川十糸子、井上晴夫、静山繁男、青山宏、小林立美、大川温子、 光静江、荒木久子、鈴木房子、滝暎子、三宅妙子、日野道夫、園田健次、村上記代、千石規子、
1950.10.28 10巻 2,686m 白黒

★真珠夫人(1950大映・東京撮影所)製作・中代富士男、本木荘二郎、監督脚本・山本嘉次郎、原作・菊池寛、撮影・相坂操一、音楽・渡辺浦人、美術・松山崇、録音・西井憲一、
出演・高峰三枝子、池部良、小杉勇、星美千子、春日俊次、潮万太郎
1950.10.21 10巻 2,372m 87分 白黒

★愛と憎しみの彼方へ(1951映画芸術協会、東宝)製作・田中友幸、監督脚本・谷口千吉、脚本・黒澤明、原作・寒川光太郎、撮影・玉井正夫、音楽・伊福部昭、美術・北辰雄、藤好昌生、岸田九一郎、
出演・池部良、水戸光子、三船敏郎、志村喬、小沢栄、上田吉二郎
1951.01.11 12巻 2,927m 白黒

★悲歌(1951映画芸術協会、東宝)企画・星野和平、製作・本木荘二郎、演出脚本・山本嘉次郎、演出補佐・本多猪四郎、原作脚本・小国英雄、撮影・中井朝一、音楽・渡辺浦人、美術・松山崇、録音・宮崎正信、照明・岸田九一郎、スチール・高木暢二、製作主任・根津博、
出演・上原謙、高峰三枝子、三船敏郎、志村喬、三原純、小杉義男、青山杉作、英百合子、鏑木ハルナ、吉沢京子、堺左千夫、生方功、小林十九二、木村功、川久保トシ子、三好栄子、安芸津融、草間璋夫、鴨田清、柳谷寛、沢村貞子、左卜全、榊田敬治、成田寿、熊谷二郎、河崎堅男、神山勝、鵜野満雄、一万慈多鶴恵、
1951.02.22 12巻 3,000m 白黒

★白痴(1951松竹・大船撮影所)製作・小出孝、企画・本木荘二郎、監督脚本・黒澤明、助監督・萩山輝男、小林桂三郎、野村芳太郎、中平康、生駒千里、二本松嘉瑞、脚本・久板栄二郎、原作・ドストエフスキー、撮影・生方敏夫、音楽・早坂文雄、美術・松山崇、装置・関根正平、古宮源造、装飾・島田忍太郎、録音・妹尾芳三郎、録音技術・佐々木秀孝、照明・田村晃雄、編集・杉原よ志、現像・神田亀太郎、焼付・桜井輝代、衣裳・田口ヨシ江、結髪・北島弘子、記録・池田義徳、演技事務・生田進啓、スチール・堺謙一、工作・三井定義、進行・山吉鴻作、後援・札幌観光協会、美術工芸品提供・はっとり和光
出演・原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子、志村喬、東山千栄子、柳永二郎、千秋実、千石規子、高堂国典、左卜全、三好栄子、文谷千代子、明石光代、 井上大助 、遠山文雄、 横山準、 仲摩篤美、手代木国男、小藤田正一、大杉陽一、泉啓子、秩父晴子
1951.05.23 東劇 一般封切 6月1日20巻 4,543m 166分 白黒

★誰が私を裁くのか(1951大映・東京撮影所)
監督・谷口千吉、脚本・新藤兼人、原作・井上友一郎、撮影・相坂操一、音楽・伊福部昭、美術・柴田篤二、録音・西井憲一、
出演・乙羽信子、山村聡、伊豆肇、沢村晶子、関千恵子、利根はる恵
1951.05.18 10巻 2,725m 99分 白黒
[PR]
by sentence2307 | 2010-07-17 16:48 | 映画 | Comments(2)

シカゴ銃規制条例

先月の28日に、アメリカ連邦最高裁判所が、拳銃の所持を禁止したシカゴ市条例(シカゴ市では、28年間にわたって銃規制を行ってきました)を違憲とする判決を下したという記事を読みました。

これには、少し驚きました。最高裁判所が、銃の所持を禁止した市条例を違憲として退け、国民には銃を所持する権利を認めたわけですから、国家が国民に銃の所持を勧めるようなものだと思います。

銃の規制がやかましい日本人の感覚からすると、ちょっと理解しがたいものがあります。

米国では、実に約9000万人もの人が銃を所持し、約2億丁の銃が出回っていて、銃による死者も1日80人に上るという深刻な背景があるうえでこの判決です。

この判決は、「1日80人に上る死者」をどうにかしなければという危惧よりも、現在生存している人たちが、そういうトラブルからどうしたら身を守れるか、そして死なないためには最低限どのように自己武装すればいいかという差し迫った危機感と、自己防御のための現実的な権利として銃所持を認めるという観点が貫かれています。

最高裁判所は、アメリカ国民が自衛のために銃を所持する権利があると判断したその根底には、連邦レベルでも銃武装の正当性を示したことなので、各州への影響は多大なものがあるだろうと報じていました。

ここまでくると、善悪を超えた他民族国家アメリカ合衆国国民の精神的風土の問題であって、単一民族の(とは、言い切れないかもしれませんが)日本人には理解しがたい、近寄りがたい各民族同士がお互いに抱え持っている「記憶の闇」があるような気がします。

ただし、今回9人いる最高裁判所判事の判断が5対4の僅差だったということですから、今後どうなるかは分からないという含みを残したうえでの流動的な事態と見るべきであると思います。

ロイター通信の紹介によると、シカゴ市の条例を違憲とする判断に賛成したアリトー判事という人のコメント「(銃の所持を認めた)憲法修正第2条は、自己防衛のための米国民の権利であり、この判断は当然州や市などの法令にも適用されるであろう」と現実をあえて確認するようなコメントが、なんとなく不自然に聞こえてしまうのは、きっと先進国アメリカが内抱した矛盾・反時代性を、皮肉にも的確に言い当ててしまっているのかもしれません。

そして、2日、30年近く続いてきた市の銃規制の実施が難しくなったため、シカゴのデーリー市長は、自宅での銃所持を事実上禁じる市の条例を違憲とした最高裁判決に対抗するための追加措置として、銃所持者が銃を携帯して自宅家屋から外に出ることを禁じる新たな条例を45対0で可決し、また、銃を1丁登録する度に15ドル(約1300円)、3年ごとの免許更新に100ドルの支払いも義務付けたという報道がありました。

この新条例に対して、銃所持擁護派は、さらなる「新条例は違憲」で提訴という動きがあることは、当然に予想されることだろうとは思いますが。

そういえば、最近TIME誌に、同じような記事が載っていたのを思い出しました。

オハイオ州のあるカウンティで、裁判官が住民に銃の携帯を強く勧めたという話です。

しかし、こちらは、州財政が逼迫しているための方策として、保安官事務所が保安官代理の半分を一時解雇したため、治安に不安と危機感を抱いた住民に対しての措置ということだそうです。

ヨーロッパでは、ギリシャの財政懸念が喧しいですが、財政規模からいったら、カリフォルニア州やニューヨーク州の財政規模の方がギリシャのそれよりもはるかに大きく、また、両州ともが陥っている財政危機の深刻さは、ギリシャに劣らないと報じられています。

「カリフォルニア州では、今年度予算は約190億ドルもの歳入不足となっているのに、共和党のシュワルツェネッガー知事と民主党が支配する議会との対立のため、身動きがならない状態にあり、公務員労働組合が州政府の破産を絶対的に禁止する法案(実は、現在でも、州の破産は認められていないのですが)の採択運動を起こしているほどである。ニューヨーク州では、民主党が労働者の支持を集めているがゆえに、公務員労働組合の受け入り可能な経費削減策を打ち出せないでいるという。」
のだそうです。
[PR]
by sentence2307 | 2010-07-04 15:44 | 徒然草 | Comments(3)
古紙回収日が近づいてくると、古い新聞や雑誌を整理・結束して、すぐに廃棄できるようにスタンバイしておくのが、一応僕の日常の仕事みたいなものになっています。

しかし、いつもながら、このシンプルな仕事には、常にある程度の困難も付きまとっています。

というのは、新聞紙の束をビニールひもでひと括りするくらい、さっさと済ましてしまえばいいのでしょうが、いざ興味をひかれる記事などに出くわしたりすると(まあ、その出くわす記事が、だいたいのところ「読んでいない記事」であることが多いのですが)、ついついその記事に読み耽ってしまい、結局、月に一度しか来ない回収日をむざむざと逃し、またひと月、不必要な新聞の山に囲まれて暮らすという、なんとも情けない鬱陶しい生活を余儀なくされるという失敗を繰り返しています。

先日も、その同じ轍は踏まないようにと、その辺は十分に注意して、部屋の隅に積み上げてある古新聞を、きわめて機械的に結束するという作業に専念していたのですが、突然ある衝撃的なポスターの写真が目に飛び込んできたのでした。

そのポスターは、中央に楕円形に抉られた片方の大きな目が掲げられ、あまつさえ、こちらをじっと睨み付けており(チカラあるその強烈な眼差しは、ポスターを見る者たちをガッツリと捕らえ、容易に目をはずすことを許さない魔力にみちた強烈な眼差しは、只ならぬパワーを有していました)、そして、そのすぐ下には、少年が驚愕の表情をあらわにして左右に配されており(ふたりです)、上空に浮かぶ巨大な目の怪物を鬼気迫る畏怖の表情でじっと見上げている図が描かれていました。

この少年像は、同じ写真を逆に焼いて(古いです)左・右に配しただけのことと想像できるのですが、シンクロするその瓜二つの相似感が、視覚的になんともいえぬ不思議な効果を与えているのが印象的でした。

ポスターを見る者は嫌でも、その少年の驚愕の視線をたどり、そのふたつの視線が結ぶ先に位置しているカッと見開かれたチカラある異様な視線に出会ってしまうという巧妙な配置になっていることに驚かされるにちがいありません。

というわけで、まあ、結局のところ、最も恐れていた例の寄り道、「掟破り」の「記事の読みふけり」にあっけなく囚われてしまったというわけなのでした。

記事のタイトルは、「ロシア構成主義のまなざし」、そして「ロトチェンコ+ステパーノワ」という活字とともに、メインタイトルは、「小説家・平野啓一郎が見た美術館」となっていました。

東京都庭園美術館で、つい先日まで開かれていた展覧会の観想を記した記事というわけです。

そして、そのポスターのキャプションには、「キノグラース(映画眼)・シガ・ヴェルトフ映画広告ポスター(1924)」と記されていました。

「な、な、なんだって」という言葉が思わず声になって出てしまいました。これって、あのシガ・ヴェルトフの映画の広告ポスターなのか!?

ロシア・アバンギャルドのデザイナーとしてのロトチェンコの名前は、単に知識としてなら、知っていましたし、また、展覧会を告知する小さな記事も、きっとどこかで読んでいたに違いありませんが、当然読み過ごしていたのだと思います。

その手のポスターが展示されていると知っていたら是非とも行ってみたかったという思いでポスターの写真を眺めながら、実に「なんだかなあ」という気持ちでいっぱいでした。

平野啓一郎の記事には、カンディンスキーの作品観と比較したあとで、ロトチェンコの作風をこんなふうに紹介していました。

「ところが、ロトチェンコの絵は、具象的であってもむしろデザインの感覚である。
カンヴァスが四辺の囲いを超えて広がろうとする宇宙だとすれば、ポスターは飽くまで閉ざされた宇宙である。
カンディンスキーのモティーフが、カンヴァスの中心としての寄る辺なさを常に感じさせるのに対して、ロトチェンコの抽象画には、枠組みから構成された揺るぎなさがあり、その分広がりに欠ける。絵画からファッション、写真と、ロトチェンコの仕事は多岐に亘るが、最良の作品には、いずれもそうした構成の発想が見られ、中でもポスターに見応えがあるのは、更にそれが描かれたモノと言葉(文字)とを通じて、『意味』を与えられるからである。」
として、いよいよ当のポスターについての言及にかかります。
「《キノグラース(映画眼)》は、映画のポスターで、最上部には細い帯状の白、上半分には、楕円、中央に帯状の太い白、下の左右に二つの四角が描かれている。
そう説明されても、我々はなぜ、楕円がそんなに大きく描かれ、中央に白い帯があるのか納得できないが、楕円の中に映画の主題である『目』が描かれていて、中央の帯は、実はタイトルでと言われれば、なるほどと、その形や面積の比率をあっさり受け容れてしまう。
当たり前の話のようだが、カンディンスキーのような画家が最も苦労したのは、単に感覚的に美しいだけの形態や色彩の根拠を示すことだった。」(日本経済新聞2010.6.9)

映画のポスターなのですから、それはそうだろうと思います。・・・う~ん、僕の読みたかった内容とはダイブ懸け離れた、随分と「当たり前」の結論で、実をいうと、ちょっとガッカリの内容でした。

ジガ・ヴェルトフの「映画眼」は、徹底した実写記録精神で虚構を廃し、不意打ちのアプローチによって人生の真実の断面をカメラで捉えることに情熱をそそいで、そして、技法的にも、高速度や遅速度、微速度の撮影、逆回転や多重露出、画面の分割から動画技法の導入など、映画的手段の持つあらゆる可能性を徹底的に開拓したその究極的に展開したものが、22年から25年にかけて23本製作された記録映画「キノ・プラウダ」シリーズだったといわれています。

党派と政治的な内容の自覚と映画的手段による真実(プラウダ)の追求という、映画方法の独自性の追求が幸福にも一致した運動だったと映画史的にも位置づけられているとなにかの本で読んだ記憶がありました。

「レーニンのキノ・プラウダ」(キノ・プラウダ21号)は、シガ・ヴェルトフの映画的手段開拓の実験集であり、同時にその最高の結実だったともいわれています。

しかし、後年は、皮肉にもその徹底性が、やがてスターリンから疎まれる原因となり、不遇のうちに生涯を送ったと評伝には書かれていました、しかし、シガ・ヴェルトフは、まさに映画史にとっての革命児だったに違いありません。
[PR]
by sentence2307 | 2010-07-03 14:08 | Comments(73)