世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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「七人の侍」が、世界の映画史上、5本の指に数えられるほどの傑出した作品といわれる所以は、やはり侍たち7人のそれぞれの個性が、際立って描き分けられていたことにあったからだと思います。

むかしはよく、映画好きが集まると、酒を酌み交わしながら、七人の侍の中で誰がいちばん好きかなんて、侃々諤々、夜が更けるまで論じ合ったものでした。

いくら喋っても喋りつくせないほど、彼らの個性は奥行き深く描かれており、あの山間の寒村のたどりつくまでの侍たちそれぞれの人生がどんなふうだったのか、描かれていない部分までも想像することが可能で、何時間話し続けても、語るに堪えるものだったというところからいっても、「七人の侍」という作品の完璧性はうかがわれると実感しました。

そんなふうに仲間たちと黒澤作品を語らって過ごした夜も、いまでは懐かしい思い出となってしまいました。

しかし、改めていま、自分が、はたして7人の侍のうちで、いったい誰が好きだったのかと思いをめぐらせてみると、その好みは年齢とともにどんどん変わってきたことに気づかされます。

そうですね、若いときは、やっぱり、なんといっても宮口精二演じる孤高の剣客・久蔵が大好きでした。

そういえばあの頃、友達の誰もが、僕と同じように、圧倒的に久蔵に人気が集中していたと思います。

なにしろニヒルで、やたら格好がいい。

俗世の欲望とは一切無縁で、ただ剣一本で世の中を生きていく潔さ、いつも苦虫を噛み殺したような仏頂面で、寡黙に部屋の片隅に蹲っている。

喜怒哀楽などには到底関心なく、あの顔が、どう歪めば、笑う顔に変化するのかなんて想像だにできない。

ペラペラ話すことなど大の苦手で、他人とのコミュニケーションをうまくとれないまま、これからいったい俺たちはこの人生をどう生きていけばいいのか、人生のトバ口にあって戸惑いと不安しかなかった迷いの只中で、むしろ孤独へと逃げることしかできなかった自分たちにとって、久蔵の生き方は堪らないシンパシーを与えてくれました。

人を斬ること、ひたすら人を殺す技を磨き、突き詰めていったストイックな異常な剣客・久蔵という側面より、社会からはじき出され行き場を失った崇高な孤独者としての久蔵に対して、僕たちは、ある種の理想像を見ていたのかもしれません。

そこには、まかり間違えば、紙一重で自分のほうが落命するかもしれない命のやりとりに身を晒す者の、死を決した切迫と諦観の静謐さ、俗世の何もかもを失い絶望のなかで、死を見据えた者だけが得られる静謐が描かれていたと思います。

もちろん、その諦念からくる物静かさが、彼を随分と魅力的に魅せていたのでしょうが、実はそれは、ほかの侍たちが彼に注ぐ畏敬と親愛の情をしっかりと描き支えていたことによって完成された人物像であったことも見逃してはいけないかもしれません。

そして、なによりも僕たちの先入観を形作るうえで大きな影響を与えたものは、やはり勘兵衛が久蔵について語る印象的なひとことだったと思います。

廃寺の庭先で、真剣での果し合いのすえ、久蔵が精密にして絶妙な間合いでいち早く剣先を相手に浴びせ、斬り伏せる瞬間をジカに見た勘兵衛が、そのときの壮絶な久蔵の印象を、興奮気味に五郎兵衛に語る場面です。

「腕はまず上の部。いまこの目で人一人斬るのを見てきた。凄い。自分を叩き上げる、それだけに凝り固まった奴での。」

人格高潔、剣の使い手としても超のつく凄腕であることを観客は既に知らされている勘兵衛の口から、これだけの賛辞が惜しげもなく吐かれるというのですから、当の久蔵がいかに物凄い人物かを、思い描かないわけにはいかないといった具合です。

そして、さらに久蔵を描くエビソードにも特別な配慮がなされていたと思います。

野武士たちとの戦闘のさなか、敵陣深くに潜入して「種子島」を冷静に奪い取ってくる久蔵を、映画は勇敢な活劇シーンを描くことなく、むしろ勝四郎と同じ目線で、久蔵の帰りを一晩中まんじりともせずに不安と期待でジリジリと待ち続ける立場から描いています。

久蔵がどのようにして種子島を奪ったのか、一切の具体的な戦闘の様子は見る者には説明されず、ただ想像力に頼るしかない勝四郎や観客の前に、久蔵は不意に種子島を携えて朝霧の彼方から平然と姿を現します。

その久蔵を勝四郎が畏敬と憧憬の眼差しで見つめながら「あなたは素晴らしい人だ」と強く語り掛けるつぶやきを、観客もまた勝四郎と同じ口調でつぶやかされてしまう陶酔の場面です。

考えてみれば、黒澤明があれだけ入念に八方手を尽くして描き込んだ久蔵に対して、好意を禁ずることの方が、むしろ困難だったというべきでしょう。

そして、あれだけ思い入れを込めて描き上げた久蔵が、最期、皮肉にもその種子島によってあっけなく倒されてしまうという痛切な場面が、いつまでも残像となって観客の心に残り、「七人の侍」という作品をことさらに痛恨余韻の残る作品として印象づけています。

考えてみれば、この「七人の侍」において、勝四郎の無垢な眼差しが基点となって随所にそそがれ、物語の進行するうえで重要な役割を演じて、まさに「語り部」の役割を演じていることが分かります。

この映画の語り始めの部分、勘兵衛にそそがれる勝四郎の畏敬の眼差しによって、まずはこの物語の地平が大きく展望され、やがて、まるで必然のような波乱の展開に導かれていきます。

言い換えれば、観客はつねに、勝四郎の「憧憬や驚異の眼差し」を借りて、この物語の怒涛の展開を憧憬と驚異の眼差しで見つめ、この映画が描くあらゆる場面の炸裂するような輝きを無垢な感性で見ることができたのだと気がつきました。

勘兵衛から指示を受けて、侍の腕前を試すために、物陰から木刀で打ち込む役を勝四郎は担わされます。

勝四郎が身構える気配をいち早く察知して、打たれる前に「ご冗談を」と厳しく大笑して応ずる余裕の五郎兵衛に対して、あっけなく打ち倒されてしまう菊千代の対比の滑稽さは、武士と百姓の対比を勝四郎の視点から捉えたおかしみとして描かれていることでも明らかでが、こう書いてみると、なんだか「七人の侍」を理解した自分なりの筋道と順序みたいなものが解き明かされる感じです。

勝四郎が勘兵衛と出会い、五郎兵衛が合流して、久兵衛を見出し、菊千代に至る。平八は五郎兵衛とのつながりで参入し、七郎次は勘兵衛とのつながりで合流する。

ここで、身分的に侍格でないのが、どうやら菊千代と七郎次ということろですが、百姓の代弁者としてつねに表立って絶叫するような派手な場面が随所に用意され、明確な役割を振られている強烈な印象の菊千代に比べて、ややもすると寡黙で控えめな印象の七郎次のキャラクターの設定そのものが、なんだか弱々しいように、ずっと感じ続けてきました。

しかし、考えてみれば、七郎次のこころざしは立派に侍のものであることに間違いはありません。

勘兵衛との久しぶりの邂逅の場面で、七郎次は、負け戦で敗走したときの様子を語ります。

「堀の中で水草をかぶりながら夜になるのを待っていましたが、二の丸が焼け落ちて頭の上に崩れ落ちてきたときには、これまでかと思いました」と平然と勘兵衛に話します。

勘兵衛から、「そのときは、どんな気持ちがした」と問いかけられても「別に」とそっけなく答え、また、今度こそ死ぬかもしれない野武士との無益な戦いへ誘いかけられても、薄ら笑いで応ずる豪胆さが描かれているだけです。

姿は物売りの風体を装っていても、明らかに、戦に加わる機をうかがいながら諸国をさまよい、あわよくば手柄を立てて一国一城の主になることを夢見る侍のこころざしは、足軽の身の七郎次といえどもしっかりと描き込まれています。

百姓でいることの苦渋や憎悪を憤激として戦いのバネにして戦う菊千代とは、明らかに異なるものが、そこには存在します。

そんなふうに七郎次の印象が、自分の中で少しずつ改まりかけていたときのことでした、ここのところ小康状態を保ってきた腰痛がにわかに悪化して、まともに歩けないほど猛烈な痛みに襲われました。

数年の間隔で悪化したり収まったりを繰り返しているので、今回の痛みも時間が経てばどうにか収まることは十分にわかっていても、いくら痛むからといっても、その間、会社を休むわけにはいきませんが、駅から会社までの距離を歩く通すことさえ困難を感じるくらいなので、午前中にすませる外回りをキャンセルしながら一週間ほど時間稼ぎをして、ひたすら机にしがみついて誤魔化していました。

しかし、そんなふうにいつまでもお得意さんをほったらかしておいて、下手をすると商機を逸する事態を招かないとも限りません、そこはサラリーマンの悲しさ、恐る恐る外回りを再開しました。

歩を運びながら、いつ腰に激痛が走るかと、びくびくものです。

しかし、不思議なことに、なんだか痛みの気配がありません。

腰のあたりを確かめるように手を添えながら少しずつ力を込めて踏み出しても、痛みの反応は、まったくありませんでした。

な~んだという感じです。

いままでびくびくしながら駅までさえもゆっくりと慎重に歩を運んでいたのが嘘みたいです。

会社から一歩出るのも怖くて、机にしがみついていたのは、あれはなんだったのかという肩透かしの感じです。

あのときでも、勇気をもって一歩を踏み出していたら、あるいは歩けていたのではないかという思いさえ湧いてきました。

そのとき、不意に七郎次の言葉が甦ってきたのでした。

村の周囲に野武士からの襲撃を防ぐ防備柵を作るため、百姓とともに材木を運ぶシーンで七郎次が、こう言います。

「いいか! 戦ほど走るものはないぞ! 攻めるときも、引くときも走る! 戦に出て走れなくなったときは死ぬときだ!」

そうなんだよな、戦に出て走れなくなったときは死ぬときなのだ、痛みが出るか出ないか確かめもせずに、びくびくして意気消沈し、机にへたり込んでいた自分が、情けなくなりました。

「どうした、しっかりしろ!」

腰に手などを当てて、よたよた歩いていたりしたなら、すかさず七郎次にどやされそうです。

さ、今日も営業、しっかりやろーっと。戦に出て走れなくなったときは死ぬときだもんな。

最近、体がしんどいときや、意気が萎えたときなど、七郎次のあのセリフが脳裏をよぎり、励まされています。

「どうした、しっかりしろ!」
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by sentence2307 | 2010-10-30 15:41 | 映画 | Comments(108)

「七人の侍」の孤独

2010年は、黒澤明の生誕100年ということで、いろいろな所で、ちょっとはずせないイベントが目白押しで開催されています。

京橋のフィルムセンターでは、いよいよ11月から黒澤明監督作品30本に加え、他の監督によって映画化された20本の脚本作品の計50本が上映されるという空前絶後の大特集が控えています。

最近では、映画好きが集まると、どうしてもそれらイベントの情報交換ということになりますが、ひととおり伝える情報の種が切れると、例によって、自分の大好きな黒澤作品をあげながら、それぞれ自分なりの魅力をレクチャーし合う論争みたいなものになってしまいます。

ただそれ独自でも素晴らしいという諸作品を比べ合うというのですから、そもそも比較するということ自体に無理があるので、例えば「素晴らしき日曜日」よりも「生きる」の方が、どれだけ素晴らしいかなんて論じ合ったとしても、それは最初から絶望的なくらいに不毛な話であることは歴然としています。

しかし、あえてその穴だらけの無謀な論証を仕掛ける、まあ、いわば最初から反論の余地がいくらでもある隙だらけの挑発的な仮定を仕掛けるというのは、そこに幾らでも突っ込みの余地を作っておいて、当然、破茶目茶な物凄い激論を誘発するというお約束の想定なので、仕掛ける方もその辺が狙いみたいなところもあり、黒澤ファンには、延々と為されるその論争がまた堪らなく楽しいのです。

たぶん、その行きつく先は、他愛無い「知識」のひけらかしか、あるいは黒澤明の「感性」を論じるかで落ち着くわけで、なんということもないのですが、至福の時を過ごせる充実した時間ではあります。

荒廃した戦争直後の殺伐とした風景を、これまで自分が見てきた作品群を総動員して(もちろん他の監督作品でもOKです)、まるでその荒廃した戦後の東京を時下に見てきたように論じ合うバーチャルな快楽は、そのまんま麻薬にひたり込む快感そのもので、本当に、話しながら、手足は痺れるわ、鳥肌はたつわのトリップ感覚を堪能できるのです。

もし、この論争をハタから見たら、黒澤病感染者同士が、自分の重篤な状態をヒステリックに自慢し合うみたいな鬼気迫る異常なものを感じるかもしれません。

しかし、「七人の侍」こそは、前世紀から今世紀にかけて、いままで世界で作られた作品の中でもっとも優れた完璧な作品、他の作品を睥睨して世界の極北に屹立する作品という認識に立つ自分にとって、論ずべき作品といえば、結果的には「七人の侍」だけということに決まってしまうのは、いわば仕方のないことと思っています。

ですから、論争の場においては、自分は、だいたいは「情報発信」の位置を確保して、その論争をリードする立場でいることが多いのですが、一度その座が揺らいだことがありました。

たぶん、それは自分にとっての「事件」だったと思います。

あるとき、ある友人から、この「七人の侍」について、意外な感想を聞いて、ずいぶん驚いたことがありました。

七人の侍たちの、それぞれの孤独の深さについて、彼は唐突に指摘したのでした。

「孤独」? それはまさに、意表を突かれた不意打ちという感じでした。

それはそうでしょう。

「七人の侍」にリスペクトされて作られた「荒野の七人」や「十三人の刺客」は、虐げられている貧しい農民のために見返りのない戦いに命を掛けた侍たちの連帯感と団結力のもとに為された群闘の圧倒的な描写に魅せられたのであって、あの映画から「孤独の深さ」を感じ取ることは、僕のようなシロウトにはちょっと難しいかもしれません。

しかし、トッサに、彼の言う「孤独の深さ」に当たる場面を思い巡らせました。

それは、野武士の襲撃から百姓たちを守るために、侍を7人集め始めた木賃宿での一場面、
「これで、あと3人」とつぶやく勘兵衛の言葉に「3人? 2人ではないか」と五郎兵衛がいぶかしく問い返す場面です。

このとき、はじめて、勘兵衛の頭には、若い勝四郎が最初から戦いの要員に入っていなかったことが判明します。

「子供を連れて行くわけには参らぬで」という勘兵衛の言葉に、勝四郎は「先生!」と絶叫するばかりで、子ども扱いされたことの衝撃をトッサには言葉にできない悲憤を的確に表わしていました。

そして、勘兵衛は続けます。
「分かった、分かった、お前の言おうとすることは分かっておる。わしも、お前と同じ年頃だったことはあるで。
・・・腕を磨く、そして戦に出て手柄を立てる、それから一国一城の主になる。
しかしな、そう考えているうちに、いつの間にか、ほれ、このように髪が白くなる。そしてな、その時はもう親もなければ身内もない、自分の眠る土もない」

この勘兵衛の話を聞きながら、侍たちは、身につまされながら自らの越し方に思いを致し悄然とします。

しかし、勝四郎は、なおも必死に食い下がります。
「先生、わたしは親の許しを得て・・・」

勘兵衛「わしもな、むかし家を飛び出しながら、そう言ったものじゃ。よいか、明日は発て。ここ4、5日はいい修行になったはずだ。土産はそれで十分・・・」

しかし、勘兵衛を除く一座の空気は、チームにすっかり溶け込んでいる勝四郎を加える意思を決しており、それぞれに勘兵衛を説き伏せ、結局勝四郎は同道を許されることになりました。

これは、故郷を捨て、親も身内も失って生きていくことの侍の虚しさを見事に描き挙げた傑出したシーンでした。

そして、もうひとつは、農民たちが隠し持っていた武具によって、彼らの落武者狩りの事実を知らされ、侍たちが憤るシーンです。

思わぬ武具の収穫に、はしゃぎ回る菊千代に向かって、七郎次は憤りを抑えながら言います。
「この槍は、百姓が侍を突っ殺して手に入れた品物だぞ。」

かつて落武者となって竹槍で追われた侍たちの苦汁と同じ侍たちが無残に突き殺されたであろう憎悪と、一方で、侍たちからさんざん虐げられ、それでも狡知を尽くして生きていかなければならない百姓たちの苦しみとが真っ向から激突する、これも素晴らしい場面でした。

その張り詰めた空気のなかでもらされる久蔵の吐き捨てるようなひとこと「俺は、この村の奴らが斬りたくなった」という苦々しい述懐には、抑えがたい憎悪と共に、侍として肩肘はって生きてきた者の陰惨な孤独が、余すところなく語られていたと思いました。
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by sentence2307 | 2010-10-24 10:00 | 映画 | Comments(20)

ジーン・ハーロー伝説

あるコラムを読んでいたら、その筆者が、むかし、週刊誌のグラビアで、すっかり老いた皺くちゃのリタ・ヘイワースを見たことがある、と回想している一文に出会いました。

その箇所を読んだとき、不意に、実は僕も、往時の美貌など見る影もなく老いさらばえた皺くちゃのリタ・ヘイワースの写真を、リアルタイムで見たことを鮮明に思い出しました。

たぶん、同じ週刊誌に掲載された同じ写真だったに違いありません。

すっかり忘れていたことなので、記憶といっても随分あやしいものになりかけているのですが、薄れた記憶の片隅にあるのは、老いたリタ・ヘイワース(これがあのリタ・ヘイワースだと、あえてコメントされていなかったら、たぶん、その老婆が、往年の大女優リタ・ヘイワースであることなど、誰にも分からなかったに違いありません)が、少し開けたドアの向こうから、恐る恐る顔を覗かせている映像です。

その顔は、なんとも無残に皺くちゃで、むかしの美貌を知っているファンには、相当なショックだったことを思い出しました。

今でこそ、そのような悪趣味で優しさのない写真小僧の暴露写真を、冷静に突き放して怒ることも軽蔑することもできるのでしょうが、当時にあっては、あまりにもショックが大きすぎて、怒りなど思いつく余裕もなかったような気がします。

そのコラムには、こんなふうに解説されていました。

「長い間の男性との波瀾に満ちた遍歴と、その嘆きと、悔恨をもっぱら酒でまぎらわしてきた荒廃は、かつてグラマーだった彼女の容貌を無残に食いつぶしていた。
アルコールに毒された彼女の目は白濁して、力を失い、虚ろというよりは、義眼かと錯覚させるほど、生気を欠落していた。」

しかし、それにしても、あの写真を見たのは、いつ頃のことだったのだろうか、そして、その週刊誌が、どの週刊誌だったのか、インターネット検索で確かめてみたくなりました。

たぶん、イメージからいえば、「週刊文春」とか「週刊朝日」だったような気がします。

そして、時期を推理すれば、すっかり老いたあの様子からすれば、没年の1987年9月14日に限りなく近いいずれかの日と仮定してみました。

まず、どういう言葉を入れていくかです、当然、まず最初は「リタ・ヘイワース」と素直に入力してみました。

検索されたどの写真も、輝くような美貌をほしいままにした若き日の全盛期のリタの写真の数々です。

どの写真も懐かしく、しばし見とれてしまいましたが、そうしてばかりはいられません。

次の項目の「リタ・ヘイワース」をクリックしても、そのまた次の「リタ・ヘイワース」をクリックしても、結果は同じでした。

ディスプレイに映し出されてくる「リタ・ヘイワース」は、どれも美しいままの彼女です。

入力する言葉をどうにか工夫しなければ、このままでは結果は同じことの繰り返しです。

どこまでいっても無限のリタが出てくるだけです。

では、どういう言葉を工夫するか、です。

「老いさらばえたリタ・ヘイワース」?

「皺くちゃのリタ・ヘイワース」?

「老残をさらすリタ・ヘイワース」?

「ファンから忘れられ、生きながら既に葬られたにリタ・ヘイワース」?

残酷な言葉を組み合わせ、工夫しながら、次第に猛烈な自己嫌悪に襲われました、「オレは、いったい何を検索しようとしているのだ」という思いです。

次から次に、美しいリタ・ヘイワースが限りなく検索されることの、いったいどこが悪いのだ、という思いです。

映画を見ることが、夢見ることと同義なら、「老残をさらすリタ・ヘイワース」を検索すること自体、なんかとんでもない背信行為を犯しているような遣り切れない気分に襲われ、「検索」も当然中止、この文章も結局中止ということになりそうです。

そんなわけで、不測の事態が起こったために、ついにタイトルの「ジーン・ハーロー伝説」まで、行き着くことができませんでした。

ここまで読んでくれた方には、たいへん申し訳ないのですが、当初考えていたこの短文の設計図だけでも明かし、お許しを願いたいと思います。

リタ・ヘイワースは、ジーン・ハーローの後継者と目された女優でした。

しかし、それは、彼女にとって女優としてのイメージづくりには、ある程度プラスになったとしても、同時に命取りにもなったと考えていいでしょう。

妖艶・淫猥な肉体の中に、清涼で傷つきやすい純粋な心を持った、男たちに理解されない気のいい女としての自分自身を演じながら、しかし、そういう生き方のことごとくに失敗しなければならなかったのは、それは、きっとジーン・ハーローという「女」の一部分しか彼女が理解できていなかったからだと思います。

このコラムには、ひとつのこんなジーン・ハーロー伝説を紹介していました。

「プラチナ・ブロンドといわれたジーン・ハーローは、戦前のハリウッドを代表する女優でありながら、夜になると髪の形や化粧を崩して変装し、街角に立って、旅回りの雑貨売りのセールスマンとか、電気器具の月賦販売人をつかまえては、彼らと安ホテルにしけこみ、映画出演に支障がでてきてしまうような破滅型の人生をたどった。
彼女はメトロ・ゴールドウィンの看板女優になりながら、26歳の若さで尿毒症で急死してしまう。
そんなハーローに替わって登場してきたのが、リタ・ヘイワースだった。」

「男」を楽しみ、閃光のように果てたジーン・ハーローの伝説を生き切ることのできなかった後継者リタ・ヘイワースは、その代わりに男たちから何倍もの仕打ちを受け、そして悲憤のなかにあって、ハーローよりも更に何倍もの過酷な人生を生きなければならなかったリタヘイワースの、若く美しい写真だけを、これから先は、見ることに決めました。
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by sentence2307 | 2010-10-09 23:22 | 映画 | Comments(102)

ヴィヨンの妻

体調を崩したときなどつくづく思うのですが、映画を見るという行為は、本当に体力がいることなんだなあと痛感しています。

とにかく、心身ともに充実してないと、「映画」のなかに入っていくことはできないし(ストーリーをたどるということもそうですが、さらに深い意味での映像の流れみたいなものに身をゆだねるという意味でも)、当然集中もできません。

ある瞬間に、目の前をただ映像がよそよそしく流れすぎていくだけ、あとには空っぽの自分がひとり取り残されているなんてことに突然気づいて、愕然とすることがあります。

だからでしょうか、たまに、見る映画がどんどん自分に中に入ってきて、どんどん消化できているなと実感できるときなど(そんなこと滅多にありませんが)、嬉しくなって、この充実の波を逃す手はない・何本でも見るぞなんて過剰に意気込んでしまったりするのも、我ながら至極当然なことだとは思うのですが、しかし、その「快調」も、諸手を挙げて喜ぶことはできません。

そんなふうに映画を何本も重ねて見ることによって、結果的にそれぞれの作品の印象を相互に薄めてしまうということにもなり、そしてなによりも、いつの間にか「本数を消化した」という、感性とは違う部分で、自分の中で満たされてしまうものがあるとすれば、それもなんだか恐ろしいような気もします。

ですので、体調のいいときでも、立て続けに映画を見るのは、なるべく避けようとしているのですが、どうしても映画を見る時間が限られている自分にとって、余裕の時間ができれば、さっそく貪欲に体力の限界まで何本でも見てしまうというのが、悲しい現状です。

もっと余裕をもって、じっくり映画を見られたらいいのになとか思いながらも、また今日も無謀な映画のハシゴをしているというのが実情です。

そんなわけで、実は、世評の高いこの「ヴィヨンの妻」を見たあとで、もう1本、こちらの方は、あまり評判の芳しくなかった映画「蛇にピアス」を立て続けて見てしまいました。

「見てしまいました」という言い方には、当然「よせば良かった」というニュアンスが含まれています。

「ヴィヨンの妻」において自堕落な小説家・大谷の妻・佐知を毅然として演じた松たか子と、猥雑な都会で恋人を見失い、そして生きる意味も見失って、ただ自分を傷つける痛みだけを頼りにして生きていくような孤独な少女を粗雑で不器用に演じた吉高由里子とを、「女優」という次元ではとても論じられるわけもないでしょうし、このふたつの作品を無理やり「感想」の同じ俎上に乗せること自体、清らかな印象の強い「ヴィヨンの妻」を、なんだか汚すような後ろめたさを感じないわけではありませんが。

「たまたまふたつの作品を続けて見たというただそれだけのことなのに、無理やり変な理屈をつけて、『ヴィヨンの妻』とあんな作品とを強引に一緒にするなよな」くらいは言われてしまうかもしれませんね。

そのくらい「蛇にピアス」という作品は、フツーの人には、ちょっと近寄りがたい、相当な努力をしなければ受け容れられない挑戦的なもの? まあ、はっきり言ってしまえば「理解」の前に「嫌悪感」が立ちふさがっているような作品だと思います。

しかし、そんな二本の作品なのですが、立て続けて見たことによって、極端に異なるこのふたつの作品が、瞬間的に微妙に接近した部分(いわゆる「ニアミス」というヤツでしょうか)を発見してしまったのです。

あてどなく渋谷を彷徨する少女・ルイが、赤い髪をしたアマと出会い、舌にピアスを入れることで、ゆくゆくはその穴を広げ、蛇の舌のようにしたいという切実な思いにとらわれます。

舌にピアスを入れ、さらに背中に麒麟と龍のタトゥを彫り、自分の体をひたすら傷つけることをエスカレートさせて、生きている証し(厳密な意味では、自分を滅ぼすための理由づけですから、むしろ緩慢な自殺への意思とでもいった方がいいかもしれません)を、「痛み」に求めるかのように、次第に「負」の昂揚に囚われていく過程で描かれていた一場面でした。

ふらふらと街をさまようルイに子供が接触し、道端に倒れ込み、倒れた子供を母親がかばって、見るからに荒廃したルイを恐れと非難の眼差しを見返す場面です。

母子の視線にさらされたルイは、「こんな世界に生きていたくない」と吐き捨てるように呟き、その場から逃げるように立ち去ります。

この映画のなかでは、ほかにこの場面を説明するような彼女の生い立ちとか事件とかが描かれているわけでは別段ないので、彼女がなぜ「こんな世界には、生きていたくない」と呟いたのかは分かりませんが、自分が突き飛ばした母子の眼差しに炙られて、思わずそう呟いたのだとすれば、彼女が、母子の世界とは別な世界にいることを認識し、この母子の世界に対して取り返しようもない隔たりと違和感を覚えていることが分かります。

しかし、この母子がルイの世界を理解できないように、ルイが母子の世界を理解できていないかというと、それはむしろ逆のような気がしてなりません。

母子の世界を十分に理解しながらも、もはや取り返すことのできない喪失感のなかで、あの「こんな世界には、生きていたくない」と彼女は呟いたのだと見るのが相応しいような気がしてきました。

ルイのことを「理解する必要もない」あの母子の属する世界への苛立ちが、ここでは語られているのだと感じました。

ここまできて、あの母子が、なんだかそのまま「ヴィヨンの妻」の佐知(松たか子が、彼女の最良の演技で演じていました)とその子供にダブって見えてきました。

いままで、太宰治を描いてきた映画が欠落していたものが、この映画には描かれていると感じました。

太宰治を語るとき、そこには常に、自殺する者たちだけが純粋で、生き残った者たちは純粋さに欠け俗物にすぎないのだという劣等感や罪悪感など、「理解」に先立って、まずは贖罪の意識で語られることが多かったように思います。

自殺=純粋→延命することの負い目→理解する素振り、から始められることの多かった太宰治モノが、しかし、映画「ヴィヨンの妻」においては、妻・佐知は、自堕落な夫の鬱屈の理由を理解できないことを隠そうともしません。

もしかしたら、夫の鬱屈など、ただの見せ掛けで、本当は中身の空っぽのポーズだけの人間に過ぎないのだと見くびっている節さえうかがわれるくらいです。

誰しもが持つ人間の劣等感を巧みに突いて成立した太宰文学に、もし同調しなければ、そのことだけで文学を理解できない不純な人間だと非難される雰囲気のなかで、僕もまたある時代を過ごしてきたことを、この映画「ヴィヨンの妻」を見ながら思い出しました。

(2009東宝)監督・根岸吉太郎、脚本・田中陽造、原作・太宰治、音楽・吉松隆、撮影・柴主高秀(JSC)、照明・長田達也、録音・柿澤潔、美術監督・種田陽平、美術・矢内京子、編集・川島章正、衣裳デザイン・黒澤和子、フードスタイリスト・飯島奈美
出演・松たか子、浅野忠信、室井滋、伊武雅刀、光石研、山本未來、鈴木卓爾、小林麻子、信太昌之、新井浩文、広末涼子、妻夫木聡、堤真一
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by sentence2307 | 2010-10-03 11:13 | 映画 | Comments(147)