世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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最高の人生の見つけ方

未見だったロブ・ライナー監督の「最高の人生の見つけ方」がテレビ放映されていたので、早速見てみました。

なんといっても名優ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの初競演作です、なにをおいても見ないわけにはいきません。

自動車整備工のカーター(モーガン・フリーマン)と実業家で大金持ちのエドワード(ジャック・ニコルソン)は入院先の病院で相部屋となります、とはいっても見舞いにくる家族に囲まれて幸福そうなカーターと、せいぜい秘書くらいしか来ない孤独なエドワードの2人には、これといった共通点はありません。

まあ、あえていえば、ともに余命半年の末期ガンであることくらいです(くらい?って、大変じゃないですか、それ)。

そこでエドワードは、残り少ない命が尽きる前に「カーター・メモ(生きているうちにしてみたいことリスト)」に書かれている項目をひとつひとつ実行することを提案します。

スカイダイビングとか、ピラミッドのてっぺんに上るとか、ヒマラヤ登山やアフリカでのライオン狩りとか(しかし、こう列挙されると、どの「夢」も大したことないような気持ちにさせられてしまうから不思議です。このあたりから既に映画の狙いに嵌まってしまっているのでしょうね)。

エドワードは大富豪なので、お金の心配は、まったくありません。

そして2人は、いつ悪化するか分からない末期癌を抱えて、崖っぷち状態で冒険の旅に出るという破天荒な物語です。

自分としては、途中から、この映画がバレバレの「青い鳥」映画であることに気がついてしまったので、その辺の興味は逸早く失せて集中力が途切れ、筋を忠実に追うのをやめてしまったら、つい眠気さえ差してきました。

関心が向いたのは、カーターとエドワードが「死ぬ前にしたいこと」のあれこれを語り合い、嬉しそうにリストを完成させていくシーンでした。

えっ、なにもそんなこと、なんてことではないじゃないかとお思いでしょうが、実は、あの場面が、この映画のなかで、彼らと観客にとって、最も幸福な場面だったと思います。

しかし、それにひきかえ、僕の方の思い出の「リストづくり」といえば、それはもう惨憺たるものでした。

むかし会社で大変なトラブルが起こったときに、常務からあるリストづくりを命ぜられたという顚末記です。

ある日の昼過ぎのことでした、それは、オフィスのど真ん中で起こりました。

営業課長とその部下の女性が、日頃から積もりに積もらせた鬱憤を互いにぶつけ合い、壮絶な言い争いとなったのです。

そして、それはついに全社をあげての大騒動に発展し、当時若造の自分も調停役のひとりとして借り出されるという苦い思い出に繋がっています。

時はバブル期、世は好景気の真ッ只中、会社はとにかく売上至上主義一辺倒でとにかく稼げ稼げ・どんどん儲けろで、誰もがみんな、金の亡者みたいになって殺気立ち、血を逆流させるくらいのぼせ上がらせて職場で怒鳴り合うなど日常茶飯事で、ざらに見受けられました。

売上の恩恵を出世というカタチで一番に享受するのは、なんといってもその課の責任者の課長サンです、課の営業マンが成績優秀者なら、少しくらいの暴言とか、出先への気侭な直行・直帰くらいは適当にやらせていたと思います、とにかく結果オーライのルーズな放任状態は、結構ありました。

そんな感じで、怒鳴り合いやつかみ合い程度のことは頻繁に起こっていましたが、課長たちは、それが仕事上のことという大義名分を押し立てて、見て見ぬ振りをしていました。

とにかく売り上げはまるで倍々ゲームみたいに増え、あれよあれよという間に株価は上昇し、深夜におよぶ残業と、さらに土日を出勤をしても、それでもこなせないほどの仕事量があって、それで気が変になるほど忙しくても、しかし、片方では、それに見合う大幅な昇給が毎月あって、結構鎮静剤の役割を果たしていたと思います。

そんな興奮状態と緊張感のなかで、怒鳴り合い・殴り合いくらいは、たいしたコトではないという空気があったと思います。

こぜりあいや喧嘩など、金儲けの前では取るに足りない些細な出来事にすぎないと問題にもされなかったのは、あの狂乱の日々を思えば至極当然のことだったのかなあと今にして思います。

たとえひととき殴り合うほどの葛藤があったとしても、そのすぐあとには、大口の契約をものにしてお互いに肩を抱き合って小躍りして喜ぶなんぞということが頻繁に繰り返されたのですから、少々の喧嘩ぐらいのことは取るに足りないものと退けられたのだと思います。

しかし、それもこれも景気がよければできたことなのであって、ひとたび景気が落ち込んでからは、緊縮財政と綱紀粛正の内部統制が相当やかましく言われるようになりました。

きっと、そんなとき昔の思いを断ち切れない慌て者が、相も変らぬ騒ぎを起こして厳しい処分を受けたとかの事件が切っ掛けになって、すでに時勢は変わってしまったのだということを皆が思い知り、肝にも銘じ、それ以来、勤務時間中に社員同士が大声でやり合うなんて光景は皆無になったのだと思います。

時代の変わり目に、いわば不運なラスト・サムライみたいな人物がいて、見せしめみたいな処分を受けて人身御供に捧げられ、新・不景気時代の到来を身をもって教えてくれたのかもしれません。

それが、つい最近、本当に久しぶりに営業部のオフィスの中央で、営業課長と同課の女子社員が、派手な言い争いをやらかすという事件が起こりました。

仕事の指示を出すたびにいちいち突っ掛かる女子社員たちに閉口し苛立ちを募らせた課長と、度重なる課長の理不尽で強引なやり方にストレスを溜め込んできた女子社員が、遂に真っ向から衝突したのでした。

自分は、日頃からその課長の愚痴(コピー1枚とるのにもスムーズにいかない女子社員たちとの関係の悪化)を聞いていましたし、また逆に、親しい女子社員のあからさまな課長への陰口にもたびたび接していたので、彼らの間に深刻な葛藤があることは十分に承知していました。

しかし、なにも最初からこんな険悪な仲だったわけではありません。

課長の赴任当初は、傍から見ても和気藹々としていて、お互いのテリトリーを尊重しながら仕事をこなしていました。

7人いる女子社員の誰もが感じ良く、とても優しく気を遣いながら忠実に課長に尽くしていたと思います。

見るからに好印象のそんな彼女たちのことを他の課の社員は、「七人の侍女」と呼んでいたくらいです。

しかし、ここ最近になって、「はっきり指示してもらわなければ、困ります。そんなこと、最初は言っていなかったじゃないですか」とか女子社員が抗議し、その言葉遣いにむかっ腹を立てた課長が「そこまで指示しなければ、理解できんのか。ばか」などと声を荒げるようなことが頻繁に見られるようになりました。

そして、ことここにいたって、ついに来るべきものが来た・なるべくしてなったという言い争いでした。これだけ大きな騒ぎになり、これだけ皆の注目が集まってしまったからには、もはやただの言い争いでは済まされません、このまま有耶無耶にしておけば、社員一同の志気にもかかわる全社的な問題として、統括者が道理を尽くして、誰もが納得するかたちで、きちんと事態を収める必要があります。

実はその頃、僕は、たまたまあるプロジェクトのために、地方の支店から助っ人として呼ばれていた秘書課総務室付の短期派遣で上京していました。

これはまさに、不運としかいいようがないバッド・タイミングのめぐり合わせだったのですが、取締役から調停役の末席につくよう仰せつかりました。

まずは、それぞれの当事者を別室に呼んで、ことの事情を聞くところから始めます。

課長の事情聴取は、すぐに済みました。

彼が言うには、女性たちの反旗がどういう理由から起こったものかまったく見当もつかない、心当たりがない、徒党を組んで自分に反抗し指示に従わないなんて実にケシカラン、やつら話し掛けても返事もせん、これじゃあ仕事にもなんにもならないじゃないか、こんなことがいつまでも続くんだったら自分にも覚悟があるぞ、と興奮ぎみに捲くし立てていました。

課長の聴取が、これだけ中身のないものなら、どれだけ聴取を試みても無意味です。

それに、彼が最後に言った「自分にも覚悟があるぞ」という言葉にも、ちょっと引っ掛かるものがあります。

仮に彼がこんな窮地に立たされていなければ、その発言を問題視して、「覚悟とはどういうことだ」とかなんとか厳しく問いただしても良かったのですが(ある意味、調停役に対する脅迫ととれなくもありませんし)、しかし、ことここに至っては、孤立感を深めている彼の精一杯の哀れな嘯きと同情の余地もありましたので、あえて聞き流すことにしました、武士の情けです。

これでは、ますます女性社員側からの事情聴取が緊急に必要かつ重要と思われたので、早速別室に御出で願うよう当事者に連絡したのですが、ひとりの聴取には応じられない、聴取を受けるのなら全員でお願いしたいと切羽詰った様子で連絡してきました。

おそらく、代表者がひとりだけでは会社側に押し切られ、どう丸め込まれか分からないと判断した彼女たちの団結の証しだったと思います。

そこには「課長征伐」の難局に臨もうとしている決意と覚悟がうかがわれました。

来い・行かないの意味のない遣り取りで時間を空費するわけにもいかず、彼女たちの要求を呑むこととし、調停役代表の常務から、直接僕に指示がありました。
「君ね、別室で彼女たちひとりひとりから話しを聞いて、聴取書を作ってきてくれ」というのです。

それからの別室での聴取は、それはもう大変な騒ぎでした。

大挙して(到底7人とは思えないド迫力でした)押しかけてきた女性たちは、聴取役が無役の若造ひとりと知るや、急にリラックスして、もう言いたい放題の井戸端会議状態でした。

「すみませんが、ひとりずつお願いします」

自分は、コクヨノートを広げて、彼女たちの糾弾の言葉を懸命になって書きとめました。

その糾弾の要旨をひとことで言ってしまえば、あの課長が「上司」である以前に、人間としていかに愚劣でいかがわしい駄目男かを滔々と語ったのですが、とめどないその非難の罵詈雑言のどれもが、あまりにも純粋で爽やかで、すがすがしく、芸術的ですらあると、実は感動してしまいました。

人間は、こんなにも身勝手に(自分のことは棚に置いて)相手を非難し、なじり、オトシメ、揶揄することができるのか、内容はどうあれ、その勢いの一途さは、僕を激しく動揺させました。

以下は、彼女たちが吐き捨てるように述べ立てた讒訴の数々です。

これはいわば、彼女たちが憎悪と怨念で描いた「課長の肖像」ですよね。

女性に仕事を任せられない根っからの男尊女卑オタクで、それが男らしいと思い込んでいる。
女子社員を無視して、おもねり上手の男性社員のイエスマンばかりを周りに集めて派閥をつくり、内輪ですべて決めてしまう。
おエライさんには、尻でも舐めかねない勢いで取り入るくせに、自分の部下には自分の役職を誇示するために虚勢をはって異常なくらい厳しく当たる。
仕事の評価も「好き嫌い」で平然と判断する。
人によって態度がコロコロ変わる。
ミスした人間に対しては、こいつは駄目だと決め付け、決して信用しないと公言する。
どんなことでも根性さえあれば押し通せると思っている単純バカ。
パワフルであれば、なんでもいいと妄信している変態。
目先の前のことに集中するという信条は、実は将来のことが見通せない無能の表れで、そこを指摘すると逆ギレする小心者。
言うそばから指示がころころ変わり、しかもすぐに忘れる健忘症。
自分からは何も決断せずに先延ばしし、業を煮やした部下に提案を出させて責任逃れを図る卑劣漢タイプ。
なんでもOK だけど責任もとらないので、面と向かって優柔不断さを指摘すると逆ギレする。
気分次第で理不尽に怒る。
情報を部下に伝達しない。
極端な変化を恐れ、新しい提案は無視する。
つまらない冗談を、ウケけるまで何度でも繰返し、自分に迎合すること確認する。
へつらい笑いを強いて、リアクションの薄い部下を毛嫌いする。
一度の失敗をいつまでもグチグチ言い続け、顔さえ見れば「こいつは駄目だ」と決め付けるが、他人が同席しなければ、決して口に出来ない臆病者。
はっきり指示することを嫌う責任回避の「分かるだろうタイプ」で、問題を放置したための仕事の滞りを部下に責任にする。
若い男子社員に、タメ口で馴れ馴れしく接し、人望と理解のあるところを見せつけたいのに、そのくせ部下からタメ口で返されると逆上する。
指示や相談をおしゃべりのノリで適当に指示し、うまく伝わらずに仕事が進んでいないと、怒り狂う。

まあ、「七人の侍女たち」がそれぞれの恨みツラミを勝手気ままに捲し立てた「羅生門」のような物凄い書類になってしまいましたが、事実をリアルに伝えるためには下手な編集などしない方がいい、というよりも、実際には手の施しようもない魑魅魍魎・百鬼夜行の状態です、そのまま「別紙」として報告書に添付し、常務に提出しました。

実は、話しはこれだけでは終わりません、後日談があります。

その夜の帰途、会社からかなり離れた駅の近くで、誰かに呼び止められました。

昼間の騒動の当事者の営業課長でした。こっそり僕のあとをつけて来たらしいのです。

深刻な顔で「ちょっと、その辺で話そう」というので、駅前の喫茶店にふたりで入りました。

課長が知りたがっているのは、当然、昼の報告書の内容です。

彼女たちが何を話したか、どういう内容の報告書が提出されたか、を盛んに知りたがっていました。

課長「まあ、こんなこと言いたくはないんだがね、君のいる支店の専務取締役ね、アレ僕のいとこなんだ。僕がひとこと口をきけば、君の首のひとつやふたつ、どうにでもできるんだからね。いいかい、場合によっちゃ、いいふうにだってできるんだから、そこんとこ分かるよね。分かったなら、ホレ、報告書見せなさいや」

課長の幼い脅迫の弁を聞いていると、なるほど、この人、女性社員たちが言っていたとおりの人だったのだと、だんだん分かってきました。

まあ、それほどいうなら仕方がありません、見せるしかありません。

人に知られると困りますが、これが、常務に提出した報告書の写しです、と僕は課長に報告書の写しを手渡しました。

来週の取締役会に掛けると話されていましたよ、というのも忘れませんでした。

その取締役会に掛けるという報告書の写しを読む彼の顔が、見る見るうちに土気色に変わっていくのがはっきりと分かりました。

「これって、全部、オレのことなわけ!?」

そう言いながら顔を上げた血の気の引いた土気色の顔色から、彼が、いかに衝撃を受けているかが察しられました。

たとえ忌み嫌われようと、毛嫌いされようと、恨まれようと、憎まれようと、疎んじられようと、軽蔑されようと、陰口をたたかれようと、無視されようと、罵倒されようと、これだけ女子社員から注目されているのなら、もはやアイドルですよ。

(そうか?)と心の中では思いながら、すぐにこの間が持たなくなり、やがて気まずくなったのちに惨憺たる愁嘆場が始まることは目に見えているので、ここはいち早く酔ってしまわなければ大変な目にあうという焦燥感から、僕は立て続けにコップ酒を仰いだ次第です。

(2008アメリカ)監督:ロブ・ライナー、脚本:ジャスティン・ザッカム、製作:クレイグ・ゼイダン、ニール・メロン、アラン・グライスマン、ロブ・ライナー、製作総指揮:ジェフリー・ストット、トラヴィス・ノックス、ジャスティン・ザッカム、撮影:ジョン・シュワルツマン、プロダクションデザイン:ビル・ブルゼスキー、編集:ロバート・レイトン、音楽:マーク・シャイマン、衣装デザイン:モリー・マギニス、キャスティング:ジェーン・ジェンキンス、ジャネット・ハーシェンソン
配役・ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン、ショーン・ヘイズ、ビヴァリー・トッド、アルフォンソ・フリーマン、ロイナ・キング、ロブ・モロー
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by sentence2307 | 2010-11-18 14:09 | 映画 | Comments(1)
「ハシモト」は僕に、ドイツという国に対して抱いているイメージについて尋ねます。

まあ、一般的にいわれている製品の印象は、「無駄な装飾を廃して無骨だけれど洗練された機能美」とか、思考の傾向なんかも、真面目だけれども融通のきかなさとか、その延長でややもすると社交性を欠如させた内向きな懸命さが視野を狭くして国際的な孤立を深めたり、国際的な外圧に抵抗する反動で、民族的結束を異常に高めてしまう(結果としては追い詰められやすい)みたいな、なんだかそのまんま日本の現在と過去に当てはまってしまうことに気がつき、日本人ときわめてよく似た感性を持っているのではないかと伝えました。

最近のEU域内でのちょっと浮いたドイツの存在感や行動なども脳裏をかすめ、第二次世界大戦に至るまでの両国の似通った国情もヨギッタと思います。

国際的に孤立し、窮地に立たされたとき、屈服することよりもハムカウことを選んだ民族的結束が、やがて攻撃的な独裁体制を生み出して、結局は破滅に突き進んだという直情的国民性も、なんだか共通しています。

「ハシモト」もドイツに対して抱いていた印象というのも、だいたい似たようなものだったそうですが、しかし、ドレスデンの街に入ったときの印象は、その「無骨で機能的」という先入観とは到底異なる違和感を覚えたそうです。

まず最初の違和感を持ったのは建築物でした。

日本でいえばあの団地、とんでもない郊外に建てられたために住み手のない閑散とした広大な市営住宅群を思い浮かべてくれればいいと彼は言います。

不自然なほど広大な敷地に、大きな道路と緑とがボンボンと機械的に配置され、その中を一定間隔で巨大・画一的なのっぺりとした住居が同じパターンで建てられていく、あまりの整然さに見ているだけで息苦しくなるほどそれは延々とどこまでも続いています。

しかし、そのおびただしい建築群の割りに人の姿を見かけることは稀で、まるでアントニオーニの映画を見ているような空虚な印象だったと「ハシモト」は語りました。

もしその「画一性」を、強引に「秩序」という言葉に置き換えてみても、そこには住むべき人間のことなど一切考慮することのない機能性だけを追求した(そんなものを機能といえるかどうかは疑問ですが)、もっとグロテスクで不自然なものを感じたのだそうです。

のちに、それがプラッテンバウPlattenbauと呼ばれるものであることを知りました。

第二次世界大戦末期、ドイツの多くの都市とおなじようにドレスデンの街も、徹底的な空爆(ドレスデン爆撃として知られています)にさらされ壊滅した都市のひとつです、戦後は占領軍のソ連と旧東ドイツ(ドイツ民主共和国Deutsche Demokratische Republik。略してDDR)によって社会主義政策の下で町の再建が進められました。

破壊されて何もなくなった廃墟から築き上げられたこの建築群は、いわば当時の社会主義の誇りとされた象徴的存在だったらしく、DDR時代の絵葉書には、こののっぺりとした建築群が自慢げに写された政府広報用の絵葉書として残されています。

今でも「のみの市」などで多く見かけ、違った意味で人気があることが分かります。

団地風の建物の方は、一部改装し利用されているものはあるにしろ、それはごく稀なケースで、だいたいは見放されて廃墟と化し、寒々しい景観を見せているだけなのに対して、その無味乾燥な建築物を写した絵葉書の方は、皮肉にもコレクターのあいだで絶大な人気があって、のみの市(毎週土曜日の午前、エルベ川のほとりで開かれます)では,使用済み・未使用のものに限らず、いずれも「ひっぱりだこ」の人気だという話を聞きました。

いわば、ちょっとしたDDRブームなのです。

そういえば、ドレスデンののみの市を見て廻って気づかされるのは、DDR時代の日用品(家具や食器)が数多く出品されていて、それが結構売れているらしいのです。

60年代、70年代のDDR時代の椅子や机といったアンティーク調の家具などの高価なものばかりでなく、食器・カメラ・ミシン・タイプライターなどの中に安価で買える掘出し物の逸品もあるという話です。

社会主義によって国営化された手作り産業のもとで、競争とは無縁なところで生産されてきたDDR時代の家具や日用雑貨には、資本主義社会では見ることのできない独特のコンセプトで作られていることが特徴(消費者のニーズなど無関心な不動で強引なデザインなのですが、実は配慮する余裕がないというのが本当のところかも)で、市場経済のもとで洗練された製品に馴れ親しんだ西側の人々の目には、かえって新鮮に映るらしく「おしゃれ」と感じられているみたいなのです。

無骨で機能的な典型的ドイツ製品のイメージとはかなり懸け離れており、ひねりのないシンプルでポップなその色づかいの軽さとケバさ、あるいは単純なデザインの可愛さと古くさいダサさとが同居したような、DDR時代の家具や日用雑貨へ向けられた人気の秘密は、資本主義化で生産された製品の、垢抜けた洗練に対するドイツ市民の「疲れ」のあらわれのようなものかもしれません。

DDR製品は、むしろ、チェコやハンガリー、そしてポーランドなどの東欧諸国の製品と共通する魅力であって、大量消費に疲れ果てた多くの市民は、60、70年代のレトロな雑貨に、かえって哀愁を感じ、郷愁に浸る心地よさに安らぎを見出しているのではないかと思いました。

「ハシモト」が、そんな感じを持ちはじめたころ、「オスタルギー」という聞きなれない言葉を幾度か耳にしました。

聞けば、それは、Ostalgieと綴り、ノスタルギーNostalgie(郷愁)とオストOst(東)を合わせた造語なのだそうです。

DDRは、第二次世界大戦後に旧ソ連占領下にあったドイツの東側にある現在の6州と東ベルリンからなる国で、1949年に建国され、1990年の壁の崩壊まで、社会主義政策の下で旧西ドイツとは別の道を歩み、異なる政治・文化のもとで、独自の発展?をしてきました。

そして、東西ドイツ統一後には、その40年の空白を埋めるべく東ドイツ地域の西化を急速度で進めているものの、東西ドイツ間には依然として経済格差があって失業率も高く、様々な点でまだまだ清算が必要とされているのですが、そのような深刻な停滞状態にもかかわらず、ドイツ国民がDDR時代の「遅れた」文化・生活・精神が生み出した物に一種の郷愁を感じはじめているという現象には深く興味をそそられたと前置きして「ハシモト」は、さらに秘密警察シュタージのことについて話してくれました。(やっと「善き人のためのソナタ」らしいハナシにたどりつきました、やれやれです)

ドイツは、ボードゲームがとても発達している国です。

そのゲームのひとつに「Mauerfall'89」(壁崩壊89)という当時のDDR時代をゲーム化したボードゲームがあります(しかし、茶化しているというほどの余裕は受けません。内容もすこぶる真面目でリアルです)。

プレイヤーがDDR市民を逃亡させ、あるいは民主化デモを盛り上げてポイントを稼いで壁崩壊を目指すゲームですが、途中でシュタージに盗聴されて捕まってバウツェンの刑務所に送り込まれたり、西側の人の助けで国境を越えたりするなど、あまりにリアルすぎて「これって、どうなんだ」という内容になってます。

シリアスな歴史をこのような直接的なゲームとしてアレンジすることなく用いるあたりは、いかにもドイツ人らしいなどと感心・・・ばかりはしていられないゾっとする内容を「ハシモト」は話してくれました。

そもそもシュタージ(Stasi)とは、秘密警察である国家保安省(Ministerium für Staatssicherheit)の略なのですが、DDR時代、シュタージは、あの映画で描かれていたとおり国民を徹底して監視し、反体制分子を摘発し、弾圧しました。

そして、シュタージは、正規職員だけではなく、多数の民間の協力員を擁して、隠し撮りや盗聴など徹底した監視体制をとっていました。

親兄弟や配偶者が、実は密かな民間協力員だったなどという話は幾らでもあったのだそうです。

現在、シュタージが入手し保有していた膨大な個人データは、法律に基づいてシュタージ文書館で管理されており、ドイツ人は、自分に関する資料を自由に見ることができます。

シュタージについての一般的内容なら、当時本部であったベルリンのシュタージ博物館で知ることができ、それは「善き人のためのソナタ」(原題Das Leben der Anderen直訳では、「他人の生活」)で描かれていたとおりです。

ドレスデンには、当時シュタージにより摘発され拘束されていた人が収監されていた留置場(むしろ拘置所か)が公開されており(Gedenkstätte Bautzner Straße Dresden)、ドレスデン近郊の町バウツェンには,当時の政治的犯罪者を収容する刑務所も公開されているそうです(Gedenkstätte Bautzen)。

そこでは当時の貴重な資料も展示されていて、シュタージの活動実態や政治的理由に迫害を受けていた人の人生なども知ることができます。

シュタージの元職員や民間協力員は、法律で公職に就くことができないのですが、しかしそれは本人の申告次第なので、現在でも、シュタージの元職員、民間協力員が東西統一後に公職に従事していたことが事後的に判明して騒ぎになったこともあったそうです。

しかし、それが糾弾的厳格な追及だったかというと、「ハシモト」には、どこかゆるゆるの追憶的雰囲気の郷愁みたいに感じられたといいました。

それはあのDDR時代の製品に寄せる郷愁と似通ったもので、既にどこかで許してしまっている部分さえ感じられたと話しました。

その彼の言葉から、過去に置き去りにされた反時代的空間にひたすら心惹かれる彼の生活の基点が、すでにこの日本にないことだけは、感じることができました。
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by sentence2307 | 2010-11-14 08:02 | 映画 | Comments(296)

善き人のためのソナタ

犬童一心監督の「ゼロの焦点」を見ながら、不意に思い出したことがありました。

同期で入社したあと、1年ですぐに退社した男のことです、仮に「ハシモト」とでもしておきますね。

「ゼロの焦点」において、夫・鵜原憲一が、終戦直後のわずかな期間、立川署の巡査をしていたという彼の過去の事実が、一連の連続殺人事件の謎を解く重要な鍵として描かれていました。

GHQの手先となって、同じ日本人である哀れな街娼たちを追いたて、いたぶる過酷な取締りの仕事に疑問を感じて、僅かの期間を勤めただけで、すぐに警察を辞めてしまったというその過去の一事実が、憲一という人間像も含めて、彼の社会に対する考え方を巧みに描いているところです。

彼もまた、幸せでない孤独な生い立ちを背負って生きてきたことが判明するに従って、より一層、貧しく寄る辺ない娼婦たち・不幸な日本の女たちに注ぐ特別な同情と共感が、痛切に描かれていた部分だったと思います。

新妻・禎子はもとより、一般常識からいっても到底理解しがたい、変名を使ってまでの彼の衝撃的な「二重生活」の謎の意味を納得させるだけの、戦争で傷ついた孤独な男の心の拠り所が、元娼婦の田沼久子との秘密の同棲生活だったことを明確に説明できたぶぶんでもあったと思います。

陰惨な心の闇というよりも、むしろ、あの部分だけは向日性の、抑圧された者たちのささやかな安らぎを感じてしまいました。

そしてたぶん、戦後の混乱が終息されはじめた時期にあっては、それは許されるべきものではなかったということなのでしょうが。

あの場面を見ながら、退社以来、何年も思い出すことのなかったあの「ハシモト」のことを不意に思い出したのでした。

そのころの日本は物凄い好景気で、生産が追いつかないくらい物が売れて売れて仕方のないときです。

それは国内についてだけではなく、各国からのバイヤーも、常に何人かは毎週、商談にわが社にも顔を見せに来ていました。

そこでの新入社員の主な仕事は、商談がまとまった後のバイヤーたちの接待です。

(彼らにとっての)めずらしい日本料理を食べさせる料亭を手配し、きれいどころのいるクラブを押さえておきます(場所は、すでに決まっていて機械的に電話で予約するだけの仕事です)。

料理屋では箸の使い方をオーバーに褒めたり、横文字の名前に強引な漢字を当て嵌めてあげたりするだけで随分喜ばれ、そんなことで結構「接待」の間が持ちました。

酒の席では少しずつ話を卑猥な方に傾けて、頃のいいところで、会社とツーカーですべてを心得ているクラブのママが、客の趣味に合ったお相手を見繕って、ホテルに放り込むという次第です。

そうでもしなければ、夜通し酒の席につきあわされかねません。

まあ、そのあとは、気が向けば、席を変えて二人だけのささやかな打ち上げをやりました。

そんなときの「ハシモト」は、必ずこの仕事を愚痴り、心からうんざりしているようでした。

自分とて、こんな愚劣な接待の仕事なんか別に好きなわけではないけれど、これも仕事の一部と割り切っている自分の気持ちを話しましたが、すればするほど、かえって彼の気持はますます負の方向へ硬化していったみたいでした。

やがて、入社したての頃には話していた彼の仕事に対する夢も、将来の希望も次第に話さなくなりました、接待の席では、だんだん客よりも早く酔い始め、彼らの言葉尻をとらえては日本語でからむ気配をみせはじめるようになったので、危険を感じた自分は、適当な口実をつけて、先にタクシーで帰してしまうということが多くなりました。

しばらくは、そんな感じで、それなりにうまくいっていたのですが、不自然な「ハシモト」の言動と挙動を不審に思ったひとりのバイヤーが、コトの顛末を営業本部長に話したことから問題になり、彼は厳重注意を受けました。

そのバイヤーというのが、特に営業本部長と親しかったこともワザワイしたかもしれません。

本部長がまだ駆け出しだったとき、そのバイヤーとコンビを組んで国内外の買い付けの仕事で飛び廻っていた頃の数々のエピソードが、いまでも社内の語り草になっています。

例えば、こんな話があったそうです。

そのバイヤーと一緒に福岡支社を視察に行くという朝、同行するはずの本部長が、道路渋滞のために羽田空港への到着が遅れ、乗るはずの飛行機を逃してしまったという話。

本部長の不注意から時間を無駄にされたバイヤーは大いに怒り、ただただ本部長も謝るしかありません。

そんなときに、乗るはずだった飛行機が墜落したという一報が入りました。

多数の死者がでたという航空機事故史上ちょっと有名な凄惨な事故です。

しかし、この事件で遅刻が正当化されるわけもないので、本部長はなおも謝り続けたのですが、クダンのバイヤーは本部長の謝罪を制して、こう言ったそうです。

「謝罪はもうそのあたりで結構です。幸か不幸か(福岡)、あなたの遅刻のお陰で命拾いしました。」

こんな深刻なときに駄洒落を考えていたそのバイヤーの不謹慎さには、あきれ返るべきだったかもしれませんが、その場にいた関係者一同が、その駄洒落に対して苦笑どまりで耐えることが出来たかどうか、残されているエピソードからは窺い知ることはできません。

本部長から厳重注意を受けたあと、「ハシモト」は、幾日もたたずに会社を辞めていきました。

そのときに別れの言葉を交わしたかどうかも含めて、当日、どのように彼が退社したのか、その様子について記憶がまったくないので、おそらく彼は同僚に挨拶もせずに去っていったような気がします。

その後、しばらく経ってから、彼の噂をふたつだけ聞きました。

ひとつは、退社してほどなく奥さんと離婚したこと、そしてもうひとつは、日本で持っていた財産のすべてを処分し、ひとりだけで海外へ放浪の旅に出かけたということでした。

そのあとの消息はまったく分かりません、ほんの先週前までは。

先週のことでした、厳しい経営状況がつづく緊縮財政のなか、グレードは落ちても接待はあります、その相変わらずのバイヤーの接待を終えて、ひとり飲み直しをしていたときでした、見ず知らずの老人から声を掛けられました。

その風采のあがらない老人から、いくら「俺だよ」と言われても、まったく分かりません。

彼が、自分を指差して「ハ・シ・モ・ト」の言葉で、ようやっと分かりました。

「ええッ!」という感じです。

そう、このクラブこそは、むかし彼と愚痴り合った当のその場所だったのですから。

少しの期間でしたが、初めての馴れない仕事を将来の希望や意欲を語り合いながら、苦労して頑張った仲です。

旧交を温めるというのは、こういうことかと実感できる邂逅でした。

いまの日本の元気の無さや、会社の不振は、彼と仕事をしていた頃と比べたら、隔世の感があります。

あの頃、それがバブルで膨れ上がった単なる思い上がりにすぎなかったとしても、自分のような若造にも、日本は世界の頂点に立っているナンバー・ワンという実感はありました。

しかし、そんな華やかな・それだけに今となっては空疎な思い出を語ることの無意味さは、十分に分かっているつもりです。

現在の会社の苦境をひととおり話した後、「そっちは、あれからどうしてた?」と尋ねました。

そして、以下は、彼が語った「あれから」です。

退職してから、しばらく就職活動をしたものの、うまくゆかず、そんなこんなで奥さんと離婚したあと、奥さんと分けたあとにわずかに残った財産をすべて現金に代えて、渡米したそうです。

一年ほど西海岸で働きながら暮らした後、イギリスにわたったのですが、なかなかいい仕事が見つからず、やむなく欧州でも仕事を探しながら、あっちこっちとしばらく放浪を続け、その間、アメリカとも行き来し、アジアにも足をのばしたそうです。

「まさしく夢見ていた世界放浪じゃないか。」という僕の言葉に「そんなものじゃないよ」と無表情に答え「日本にだけは入らなかった」と憮然と話す彼でしたが、しかし、いま暮らしているドレスデンについて語る彼の表情は、一転活き活きとしていました。

「ドレスデンて、あのドイツの?」

ここまで読んできて、どこが「善き人のためのソナタ」だ、とお思いになっていらっしゃる方もおられるでしょうが、ここからが、やっと「善き人のためのソナタ」です。

そうなのですが、ただちょっと疲れました、必ずや、次の機会に「ハシモト」と「善き人のためのソナタ」のことについて書いてみたいと思います。

それではまた!
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by sentence2307 | 2010-11-07 08:57 | 映画 | Comments(9)

ゼロの焦点

ある日の昼休みのことでした。

定食屋で簡単な昼食を済ませたあと、いつものように、すぐ隣の書店に立ち寄って週刊誌を立ち読みしていたときです。

すぐ後ろで、イケメンの若いサラリーマンが、探している本の場所を書店員に尋ねている声が聞こえてきました。

「すいません、松本キヨハルの本は、どの辺に有りますか」と、今風の若者らしく、とても感じよく丁寧に尋ねています。

書店員も「松本キヨハルねえ」とか言いながら、一緒になって探している様子です。

何気なく耳に入ってきたその会話ですが、自分としても、はじめて聞く作家名だったのでちょっと気になり、耳だけでその会話のやり取りを聞いていました。

以前は、小説をせっせと読んでいたのですが、ここのところ読まなければならない経済の本とか、関係あるビジネス本や投資の本、おまけに朝夕の限られた時間のなかで「日本経済新聞」を隅々まで読まなければならないというのが結構負担で、そんななか、当然小説本がしりぞけられることになりました。

そんなわけで、優先しなければならない活字の方がたくさんありすぎて、いつの間にか小説を読む習慣をなくしてしまいました。

あるとき、ナニゲに「群像」を手に取って眺めたところ、目次にはいままで見たことも聞いたこともない見知らぬ若い作家たちの名前がずらりと並んでいるのを見て大ショックを受けました、これではまるで時代に取り残された浦島太郎です。

以前は、少なくとも芥川賞受賞作くらいには目を通していたのですが、いまではそれもなくなってしまい、その結果、これほどまでに小説界の事情に疎くなってしまうとは、正直焦りました。

これも会社の忙しさにかまけて、小説から自然と遠ざかってしまった報いかもしれません。

これはまずいぞと感じたそのとき以来、難解な文芸誌の購読も(ごくタマに、ですが)復活させました。

ほんの少し前までは、吉田修一も舞城王太郎の名前も知らなかったくらいですから、考えてみれば随分と時間を損してしまった感じがします。

さて、イケメン・サラリーマンからの本探しの求めに応じて、書店員は簡易ハシゴなどを使い、書棚の随分高い所まで「松本キヨハル」を探していたのですが、どうしても探し出せないらしく、「お客さん、ちょっと見つかりませんねえ」と言い掛けたそのとき、ハシゴの下で出版目録をながめていたイケメン君が、ついに目当ての本を探し当てたらしく、「これこれ」とページの箇所を指し示し、書店員に教えていました。

書店員は、無理な体勢から体をねじって、そのページを覗き込み、「ああ、松本セーチョーですか」と、なんだか虚脱したような、書店員たるプライドを傷つけられたような憮然とした表情で、しばらくはハシゴの上から脱力感に耐えて客の顔をじっと見つめていました。

まあ、お客さんの手前、この弛緩した空気をどのように収めれば一番ベストなのか、言いたいことを精一杯抑えた、それが彼なりに考えた結論だったかもしれません。

会社に戻る道々、これはいい新ネタが出来た、さっそく同僚に話さなければ(おい、聞いてくれよ。いまの若い連中は、松本清張の読み方も知らないんだぞ。松本キヨハルだとよ。イッヒッヒのウワッハッハ)と思いながら、いまの出来事を反芻しました。

この「反芻」は自分の癖で、重要なプレゼンテーションの直前には予行演習みたいなことを、前もってこんなふうに頭の中であらかじめ演習しておかないと、小心者の悲しさというか、どうにも気持ちが落ち着かないのです。

しかし、考えてみれば、いくら「ゼロの焦点」が映画化されたとはいえ、いまどき松本清張を読む若者がいるのか、という意外な感じは残りました。

電車に乗ってみれば、本を開いて読みふけっている若者など、最近はついぞ見かけたことがありません。

小説などというまどろっこしいものを退けて、一様にケイタイを開き、なにやら必死に打ち込むか、一心に読みふけっている、まるで戯画のような間抜けな風景がズラリと並んで待ち受けているだけです。

あんなケイタイごときに、松本セーチョーの小説を霞ませたうえで、読みふけるにアタイするような凄いことが書いてあるとは、到底思えません。

こういう現象を見て、若者の小説離れに危機感を抱く友人もいますが、しかし、自分としては、そのことに関して、まったくといっていいほど心配などしておりません。

あの戯画のような間抜けな風景を、そのまま、ひとときも他人にコミュニケーションをとらずにはいられない拠り所のない現代人の孤独な求愛の風景と捉えれば、他人との繋がり方を、目先の簡易安直な方法(ケータイ)と技術に求めているだけの話であって、そこには「人を求める行為」そのものはしっかりと存在しているのであり、いつの日にか頼りないケータイのコミュニケーションなどでは到底飽き足らず、人々はその不安と動揺の先に、小説的なまどろっこしさの中にこそ、心安らげるコミュニケーションの可能性があることを見出すに違いないと考えています。

世の中も、人の気持ちも、ことほど左様にヤタラまどろっこしいものには違いないのですから。

でも、その「まどろっこしさ」のなかにこそ、寄り添いながら共生していくことの人と人とのふれあいや営みの歓びもまたあるに違いないのですから。

だんだん会社が近づいてきました。

なんだか「おい、聞いてくれよ。いまの若い連中は、松本清張の読み方も知らないんだぞ。松本キヨハルだとよ。イッヒッヒのウワッハッハ」が、だんだん揺らいできました。

たしかに、単に「知らない」ということだけを上げつらって嘲笑するというのは、あまりいい趣味とはいえません。

「知らない」ことなら、知ったときに知ればいいだけの話しです。

なにもそのことによって嘲笑したり・されたりするような筋合いのものじゃない。

かつての大ベストセラー作家・松本清張も、時が経てばいつの日か、忘れ去られてしまうときが、きっとくるでしょう、それは間違いありません。

しかし、やがて未来のいつか、名前の読み方も分からない昔の作家の本に心引かれ、今日、昼休みの書店で見かけた情景のように、若者が書店を訪れる。

それが仮に今日の「いま」でなかったとしても、数年後、あるいは数十年後に、日本文学史上すっかり忘れ去られた松本キヨハルの本について、ふたたびニキビ面のどこかの若者が、おずおずと書店員に語り掛けるに違いない。

そんな光景はこれから幾たびも見られるはずです。

それがたまたま「今日の昼休み」だったにすぎなかったのだと思えてきました。

重要なのは、松本キヨハルという言い間違えを嘲笑することではなく、松本清張の小説「ゼロの焦点」を読みたいのだと切望した若者が、その作家の名前の正確な読みはどうあれ、とにかくこの小説が読みたい、どこに置いてあるのかと書店員に問い掛ける行為の方にあったのだと思い至りました。

「ゼロの焦点」は、戦争直後、混乱した日本の過酷な社会の底辺で、必死に生き抜いたふたりの娼婦と、彼女たちの苦渋を十分に理解し温かく見つめた男の、まさに虐げられた者、弱い者同士が、その悲惨な過去のために殺し・殺されなければならなかった実に痛切な悲しい物語です。

特に今回の犬童一心監督作品の、野村芳太郎作品と比べて特徴的で顕著に異なるところは、娼婦時代の仲間だった田沼久子(木村多江が演じています)をきめ細かく描いているところが印象的でした。

野村作品では、良家の奥様となった室田佐知子(犬童作品では中谷美紀が演じています)が、ひそかに殺意を抱いていた久子から、佐知子のためなら死んでもいい、私の分も幸せになって欲しいと告白され、心動かされ、自分の犯罪のすべてを公にして罪を償おうとした矢先、彼女の目の前で偶然の成り行きから(憲一の兄を毒殺したウィスキーを久子が誤飲してしまいます)久子を死なせてしまう野村作品にくらべ、明らかな殺意をもって久子を死に追い詰める犬童作品には、室田佐知子の過去を隠蔽する俗世的な決意をただならぬものとして描いている分、運命に翻弄されるばかりの女たちの像が弱まってしまったように感じました。

それは、かつて彼女たちが娼婦に身を堕したことをも含めて、そのすべてが女たちの意思によって為されたのだと描きたかったであろう犬童監督の演出意図でもあったのだとは思いますが、はたしてそれがあの小説の真髄にあったものかどうか、いささか疑問に感じました。

彼女たちの過去と、それに繋がる連続殺人のなにもかもが、悲しい宿命と、避けがたい運命にひきずられ翻弄された結果だと思う方が、なんだか、救いがあるように思えて仕方ありませんでした。

あの書店で松本清張の本を探していたイケメン・サラリーマンは、作家の名前の正確な読み方を知らなくとも、そんなことよりなにより、その日本人の戦後の原風景のような悲しい物語を読みたいと切望し、本の在り処を勇気を持って(あるいは、恥を忍んで、だったかもしれません)、書店員に問い掛けたのです。

松本セーチョーが、もし仮にキヨハルだったとしても、なんの支障もありません。あるわけがない。

会社に戻る道すがら、あのイケメン・サラリーマンの言い間違えをネタにして嘲笑するなんて、金輪際止そうと心に決めました。

(2009電通・東宝提携作品)監督脚本・犬童一心、原作・松本清張、製作総指揮・島本雄二、島谷能成、エグゼクティブプロデューサー・服部洋、白石統一郎、市川南、梅澤道彦、企画・雨宮有三郎、製作・本間英行、脚本・中園健司、音楽・上野耕路、撮影・蔦井孝洋、美術・瀬下幸治、編集・上野聡一、助監督・熊澤誓人、照明・疋田ヨシタケ、企画プロデューサー・大浦俊将、製作プロデューサー・川田尚広、キャスティングプロデューサー・田中忠雄、プロダクション統括・金澤清美、録音・志満順一、装飾・遠藤雄一郎、VFX・荒木史生、製作担当・小森日出海、音楽プロデューサー・岩瀬政雄、主題歌・中島みゆき「愛だけを残せ」、製作統括・亀山慶二、木下直哉、町田智子、宮路敬久、喜多埜裕明、石井博之、水野文英、吉田鏡、久保田修、大宮敏靖、井上義久、高田達朗、荻谷忠男、古田栄昭、戸和良、北村一明、
出演・広末涼子、中谷美紀、木村多江、杉本哲太、西島秀俊、鹿賀丈史、崎本大海、野間口徹、黒田福美、本田博太郎、
配役・鵜原禎子:広末涼子、室田佐知子:中谷美紀、田沼久子:木村多江、鵜原憲一:西島秀俊、鵜原宗太郎:杉本哲太、室田儀作:鹿賀丈史、鳴海享:崎本大海、本多良雄:野間口徹、葉山:小木茂光、上条保子:黒田福美、青木:本田博太郎、板根絹江:市毛良枝
131分 第22回東京国際映画祭特別招待作品 2009年11月14日 英語題名『Zero Focus』。

★映画化された松本清張作品一覧
顔(1957)
影なき声(1958)
張込み(1958)
点と線(1958)
眼の壁(1958)
共犯者(1958)
かげろう絵図(1959)
危険な女(1959)
黒い画集 あるサラリーマンの証言(1960)
黒い樹海(1960)
波の塔(1960)
ゼロの焦点(1961)
黒い画集 寒流(1961)
黄色い風土(1961)
黒い画集 ある遭難(1961)
考える葉(1962)
風の視線(1963)
けものみち(1965)
霧の旗(1965)
花実のない森(1965)
愛のきずな(1969)
影の車(1970)
内海の輪(1971)
黒の奔流(1972)
砂の器(1974)
告訴せず(1975)
球形の荒野(1975)
霧の旗(1977)
鬼畜(1978)
わるいやつら(1980)
疑惑(1982)
天城越え(1983)
迷走地図(1983)
彩り河(1984)
ゼロの焦点(2009)
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by sentence2307 | 2010-11-03 15:12 | 映画 | Comments(6)