世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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血は渇いてる

長い間、タイトルだけは耳にしていながら、いまだ未見だった吉田喜重監督の「血は渇いてる」を今回始めて見ることができました。

この作品が、大島渚監督のあの「日本の夜と霧」とともに同時2本立てで封切られたとき(1960年10月9日です)、「日本の夜と霧」の過激な政治メッセージ性に恐れをなした松竹が、ほんの数日で上映を打ち切ったという事情を書いた様々な記事を、これまで幾度となく読んできました。

上映打切りの直接的な理由としては、同月12日に起こった浅沼稲次郎社会党委員長の刺殺事件によって動揺する世論をはばかった松竹が、急遽上映を中止する判断をしたということなのですが、松竹のとった中止の決断がただそれだけの理由からでなかったことは、現在では周知の事実となっています。

まさに1960年、大島渚の旺盛な創作意欲が結実した作品群は、ぬるま湯的なれあいのなかに浸っていた松竹の体質と、その家族的雰囲気の「撮影所」という場を根底から震撼させる暴挙と認識していたフシさえあります。

1959年に監督昇進第1作「愛と希望の街」(原題「鳩を売る少年」を城戸所長により改題されました)を撮った大島渚は、翌1960年、たて続けに「青春残酷物語」「太陽の墓場」そして「日本の夜と霧」を撮ります。

これらの時期、つまり松竹時代の大島作品群の印象は、閉ざされた日本の状況下にあって、若者たちはやり場のない怒りのヤイバを、平穏な社会や、そしてなによりも自分自身に向けて突き立て、傷つけ、血を流さずにはいられなかった苛立ちを痛ましさの中で描いたのですが、それらギラギラする憤りと、それを世間に吐き掛けるようにして語りかけたあの性急な語り口は、皮肉にも、松竹から飛び出した以後の作品からは徐々に失われていったとの印象を抱いています。

とにかく当時、大島作品の持つ衝撃性が、いかに大きかったか、松竹という大会社の存立を土台から揺るがした危機感(大島渚自身の存在を、松竹は「危機感」と捉えていたと思います)の深刻さと、その重圧を支え切れなかったことをミズカラ証してしまったことの表れだったと思います。

そして、そこには、当然同じ量の、多くの映画人に与えた戸惑いと失望とがあったはずです。

しかし、その上映中止の記事を繰り返し読めば読むほど、一方で、蚊帳の外に追いやられ影の薄くなった「血は渇いてる」の存在がどうしても気になって仕方ありませんでした。

そのことがあって以来、映画には、内容如何にかかわらず、その作品が作られたときから独自に持っている「運」というか、宿命みたいなものがあるのだなあと考えるようになりました。

そして、たとえ優れた作品であろうが、その「運」によって、必ずしも額面どおりの評価を得られないこともあるだろうし、むしろ、正当に評価されることの方がむしろ稀有で困難なことと思い知りました。

この世にはきっと、いろいろな事情に阻まれ、巻き込まれ、足をすくわれ、ちゃんとした発表の場を十分に確保できないまま、ひっそりと公開の場から退場し、あるいは世に出ることさえ適わないまま倉庫の隅でホコリをかぶって黙殺されてしまった傑作もあるのだと思いました。

そして、いつしか、それは人間についても同じことだな、と考えるようになりました。

しかし、この「事件」の場合、吉田作品「血は渇いてる」に「黙殺」の状況をもたらしたものが、革命的前衛作品「日本の夜と霧」だったというところに象徴的な問題が含んでいます。

学生運動家たちの党派の抗争を描いたこの作品が、まるで踏み絵のような効力を帯びて、脆弱な知識人が試され、彼らの口を凍りつかせたという、とても皮肉な現象をもたらしたのだと思います。

弛緩した日本を挑発し、揺るがしてやろうと壮大な意図のもとに撮られた「日本の夜と霧」が、ある程度の想定通り・計算どおり(挑発の結果として)公開の場から追い立てられたことで、「血は渇いてる」も同時に道連れにされ、公開のチャンスを失ったことが、この2作品の「宿命」を象徴しているように感じました。

ヘタなことを口走ったら政治論争の渦中に巻き込まれてしまいかねないリスクを負って批評を下すなど、とても怖くてそこまで立ち入れない批評家たちにとっての「日本の夜と霧」に比べたら、吉田喜重監督の第2回監督作品「血は渇いてる」は、とても評価しやすい作品だったと思います。

少なくとも共通の価値観の視点で判断できると踏んだ批評家たちは、心おきなく、この作品を酷評することができました。

僕が、ネットで読んだ感想にも、こんなのがありました。

「つまらなくはないが、如何せん話が図式的過ぎる。人道主義批判も最早古臭いだけだ。」

というのです。たぶん、ストーリーだけ追えば、確かに、そういうことになるかもしれません。

仲間の首切りに抗議して、会社に非情なリストラを撤回させるために、自分のコメカミに拳銃を突きつけて脅迫するという自殺未遂の男の物語です。

ここで描かれているのが、命を掛けたリストラの抗議と蹉跌を描いている映画なら、それは確かに「もはや古臭い人道主義批判」かもしれません。

しかし、「物語」は「そう」だったとしても、「映画」は、全然「違う」ものという印象を持ちました。

違うのは、「物語」を超えた「映像の力」です。

佐田啓二が、コメカミに銃を突き立て、いままさに引き金を引こうとして恐怖で顔を歪ませているその非日常の衝撃的な「映像」そのものにあります。

ここでの物語は、この映像を説明するための付属物でしかない、たいして重要なものとも思えないと感じました。

この衝撃的な映像の前で「物語」を語れば語るほど、それはどんどん辻褄あわせの「説明」に堕落していくしかない。

増村保造監督なら上手く撮れたテーマでも、現代社会に対して興味も見識も持ち合わせていない吉田喜重監督にとっては、物語はただのアリバイ工作ほどの意味しかありません。

まあ、とにかく「日本の夜と霧」とともに、自作品の公開を打ち切られるという状況は、吉田喜重監督からすれば、不本意だっただろうし、また「つまらなくはないが、如何せん話が図式的過ぎる。人道主義批判も最早古臭いだけだ。」などと見当違いに酷評されても戸惑うしかなかったかもしれません。

(1960松竹大船)監督脚本・吉田喜重、製作・佐々木孟、撮影・成島東一郎、美術・佐藤公信、音楽・林光、録音・田中俊夫、照明・田村晃雄、編集・杉原よし
出演・佐田啓二、三上真一郎、芳村真理、岩崎加根子、織田政雄、中村美代子、佐野浅夫、柏木優子、佐々木孝丸、青野平義、長谷川武、有馬昌彦、加藤嘉、戸浦六宏、田中明夫、笹川恵三、松下猛夫、永井一郎、堀恵子、山科ゆかり、松崎慎二郎
1960.10.09 6巻 2,373m 白黒 松竹グランドスコープ
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by sentence2307 | 2010-12-31 12:40 | 映画 | Comments(1)

あした来る人

川島雄三作品を見るたびに、ある本に掲載されていた紹介文を、セットのように思い浮かべてしまいます。

そこには、「川島雄三は、優れた多くの作品を撮ったが、しかしまた、とんでもない駄作も量産した映画監督だった」というようなことが書かれていました。

その一文を読んだ当初は、その主観的で独善的な文章に少なからず驚いてしまいました。

たかが紹介記事くらいで、そんなふうにマジで気負わなくてもいいじゃないかという気持ちが、強烈に残ったせいかもしれません。

書かれていることの内容よりも、筆者の書き方に対する姿勢に嫌悪の情が先立ってしまって、「とんでもない駄作」という部分の方までは考える余裕がなかったというのが正直なところだったと思います。

それほどに、その書き手の気負いには、生理的な部分で嫌悪を抱きました。

しかし、それから後、いろいろな川島作品と接していくにつれて、確かに、川島雄三の作品のなかには、やっつけ仕事と断じられても仕方のないような作品も、あるにはあるのだなということを実感しました。

たとえば、この作品「あした来る人」など、川島雄三の最高傑作「幕末太陽傳」と、あえて比べようという意欲など最初から起こるはずもないほどの、集中力に欠けた惨憺たる作品という印象を持ちました。

もちろん、その頃も常に脳裏にあったあの「とんでもない駄作」という言葉に無意識に支配されていたことはいうまでもありません。

しかし、あらゆる作品を、常にその監督の最高傑作と比較して見るような見方が、はたして正しい見方といえるだろうかと疑い始めたのも、実はこの作品「あした来る人」と出会ってからでした。

複雑に絡み合う5人の男女が、不思議な運命の糸に操られて、最後には結局、誰ひとり幸福になることができずに、脆くも崩壊していく人間関係の失意の物語を見て、その印象を率直にいえば、この作品の煮え切らないラストについて、複雑に絡まる人間関係をさばき切れず、戸惑い、集中力を途切らせてしまった川島雄三の困惑を見せ付けられたように印象したからかもしれません。

しかし、当時にあって、その印象を、「失望」と名づけるしかなかった自分の限界を、最近ふたたびこの作品を見て、思い知らされました。

むしろ、川島雄三は、人間関係が不全に終わるこの物語に惹かれたのではないかという気がしてきました。

お互いの気持ちをはかりかね、「好きだ」とか「愛している」などというあいまいな言葉くらいでは、どうにも届かない人間と人間の隔たりを前に呆然として、この作品の登場人物たちは相手に伝えるべき言葉に臆し、諦念のなかで口ごもるばかりで為すすべなく、別離にあまんじているように見えてしまいました。

どのようにも人間関係を築き上げられない不全の意味するものとは何だったのかといえば、それは川島雄三がその身に纏わせていた死の影と蒼ざめた虚無だったのかもしれません。

(1955日活)監督・川島雄三、製作・山本武、原作・井上靖(朝日新聞連載)、脚本・菊島隆三、撮影・高村倉太郎、音楽・黛敏郎、美術・中村公彦、録音・福島信雅、照明・大西美津男、編集・中村正、製作主任・林本博佳、カジカ資料提供および指導・渡部正雄(資源科学研究所)、助監督・今村昌平、日活の製作再開一周年記念作品。
出演・山村聰、月丘夢路〔入社第一回出演〕、三橋達也、新珠三千代、三國連太郎、高原駿雄、金子信雄、小沢昭一、小夜福子、小沢栄、天草四郎、山田禅二、高品格、瀬川路三郎、大森安行、武藤章生、加納桂、加藤義朗、植村進、関弘子、真下治子、村田寿男、千代京二、稲垣実、小川繁、青木富夫、河上信夫、宮原徳平、澄川透、真杉隆一、重盛輝江、福田とよ、石塚雅子、早川十志子、明石淳子、宮路正美、星野昌子、歌川まゆみ、本目雅昭、衣笠一夫、緑川宏、須藤孝、黒田剛、古田祥、芝あをみ、峰三平、山之辺閃、弘松三郎、三原一夫、三浜元、上原一二、水木京一、神山勝、露木護、久遠利三、坂井美紀子、井東柳晴、千代田弘、柴田新、三杉健、大倉節美、三島謙
1955.05.29 12巻 3,160m 115分 白黒
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by sentence2307 | 2010-12-19 22:35 | 映画 | Comments(128)