世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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黒澤明という時代

文藝春秋社から2009年9月に刊行された小林信彦の「黒澤明という時代」を読んでいたら、インパクトのある強烈な部分があったので、忘れないうちにメモしておこうと思います。

ただ、メモする前に、ひとことだけ記しておかなければならないのは、この本は必ずしも手放しの黒澤明賛歌の本ではないし、また一方的な批判の本でもないということです。

戦時中、著者がリアルタイムで「姿三四郎」に出会い、そのとき、この作品がそれまでの邦画の話法から完全に解き放たれた日本映画には稀有な、世界にも十分通用するその畳み掛けるような斬新な語り口に衝撃を受けてから、戦後を生きたこの偉大な映画監督の、死に至るまでの「黒澤明ウォッチング」の書とでもいえばいいでしょうか。

計り知れないその才能に驚愕することから始められているこの書は、自身の才能に押しつぶされそうになりながら、様々なジャンルを試み、また製作できる場を模索しつつ、満身創痍のまさに傷だらけ・火だるまになって、どうにか生み出していった数々の作品をひとつひとつたどりながら、その折々の黒澤明の高揚と挫折の生涯を、その瞬間の著者の印象を通して描かれているのですが、著者の眼差しは、黒澤明のクセのある製作姿勢に対して一貫して辛辣に語られておりながら、しかし、だから一層その辛辣さの底に著者の優しさが感じられたのかもしれません。

さて、その「強烈なインパクトのある部分」を本文から引用しますね。

「1980年4月23日、『影武者』のワールドプレミアムショーは旧有楽座で行われた。
ハリウッド資本が入っているせいだろう、2階にはウィリアム・ワイラー夫妻やジェームズ・コバーンがいた。
3時間の映画なので、インターミッションはないが、途中で場内が明るくなった。
やがてまた暗くなった時、2階から怒声が響いた。
ぼくの隣にいた知人が『黒澤さんの声だ』と言った。
要するに、2階に《まだ着席していないゲスト》がいるから点灯しろということらしい。
1階のわれわれは白けきっていた。」

この行間には、いろいろなことが書かれ、そして示唆しているのだろうと感じました。

おれは偉大な映画監督なのだという驕り、もはや撮影所と外の世界の境界線も認識できなくなった老い、苛立ちの中で怒りを抑えられなくなり思わず怒声が発してしまった神経症的不安、あるいは狂気。そして、眼前にしている作品への失望。

「影武者」は、当初予定していた勝新太郎から仲代達矢に主役が変更された作品です。

すでにリハーサルが始まってからの主役の交代ですから、巨大資本が投入された映画製作からいえばただならぬ致命的な出来事だったと思います。

そのいきさつについては、そのインターミッションの事件が書かれている1頁前に、こんなふうに記されています。

「リハーサルの2日目に、勝新太郎は現場でビデオをまわしたいと言い出した。
この時のことは映画のアシスタントプロデューサー野上照代氏の「天気待ち 監督・黒澤明とともに」に詳しく描写されている。
「いや、おれはね、・・・いつだってやってんの。てめえの芝居が見えないからさ。それを見て研究するんだよ」
勝は黒澤にもそう説明した。黒澤ははじめ、何のことだかわからなかったらしい。
「断わる! そんなことされたんじゃ気が散ってしょうがない。あんたは自分の役に集中していればそれでいいんだ。余計なことするんじゃない!」
勝はしばらく棒立ちになり、やがて衣裳部屋でかつらをむしり取って、出て行った。止めてくれると思ったのだろう。
黒澤明は止めなかった。勝はなぐりかかろうとしたが、東宝の田中友幸プロデューサーがとめた。」

さらに、「トラ・トラ・トラ!」事件のことにも触れられています。

「トラ・トラ・トラ!」の監督依頼の話があったとき、黒澤明は、アメリカ側の監督がリチャード・フライシャーと知っていささか不満に感じていたといわれています。

「おれとつり合うのか?」という感じでしょうか。

その部分。
「黒澤明はすでに高揚していたので、たった1本だけ見た「ミクロの決死圏」1966の監督など問題にしていない。
フレッド・ジンネマン、ロバート・ワイズ、ウィリアム・ワイラー、ジョン・スタージェスのどれかならいいと言い出す始末で、フライシャーのことは、ずっと「ミクロ野郎」といっていたという。
1967年7月にエルモと青柳は、オアフ島のホテルで黒澤とフライシャーを引き合わそうとしたが、黒澤明の言い分を取り入れたつもりの「電話帳ほどの厚さ」の台本を見せても、英語が読めない黒澤は相手にしない。
フライシャーとは一度、食事を一緒にしただけで、「もっと格が上の監督に代えろ」と黒澤が言ったと聞き、エルモは色をなして、「少なくともフライシャーに対しても礼を尽くせ。さもないと、こちらにも考えがある」と青柳に伝えた。」

その後、黒澤明の自殺未遂があって、そして「デルス・ウザーラ」の製作へと続くわけですね。
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by sentence2307 | 2011-05-22 18:53 | 映画 | Comments(3)