世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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或日の沼地

この下村兼史監督作品「或日の沼地」を見る直前、実は、山下敦弘監督の「不詳の人」と「道」を見たばかりでした。

「不詳の人」と「道」において共通して語られていることといえば、たぶん「映画おたく」たちが繰り広げる愚行として、例えばハリウッドを目指す俳優の養成所の、あるいは、初めての本格的な映画監督を任されながら人の渦の中に巻き込まれて錯乱を余儀なくされるプライベートフィルム製作者の挫折を、ともに象徴的な戯画として描いたいずれも揶揄に満ちた残酷な作品でした。

それらは、「映画への憧れ」という同じ根から発しながらも、描く対象そのものを喪失したまま、技術と熱意だけを空回りさせた空虚で無残な愚行としかいいようのない行為に見えます。

「映画製作」それ自体を目的化して先行させながら、しかし「何を」描いたらいいのか皆目分からない、そのような混迷の中から産み落とされる自己矛盾に満ちたストーリーからは、衝撃的な映像なぞ望むべくもないのだという感を強くしました。

本質を喪失させた混迷の中で戸惑う映画人の姿が鮮烈に描き出された、実に苦々しい後味を残した印象的な作品です。

そして、そのすぐあとにこの下村兼史監督「或日の沼池」を見たのでした。

下村兼史にとって映画とは、いってみれば野鳥の生態の研究のための観察に必要な手段であり、またそれを記録する単なるアイテム以外のなにものでもありませんでした。

下村兼史にとって映画とは、本質を捉えるための一手段に過ぎないものという印象をこの作品で強く持ったのは、直前に見た山下敦弘監督作品の「不詳の人」と「道」とから受けた影響が強かったのは、いうまでもありません。

この30分足らずの作品のストーリー(教育教材としての記録映画なのですから「ストーリー」というのは、本来おかしな言い方かもしれませんが、しかし、あえて「ストーリー」とでもいわなければ、下村兼史の映画作りの本質を伝えることはできません)をざっと説明すれば、こんな感じでしょうか。

ある日、一羽のミサゴが、養魚池の雷魚をつかまえたところ、そこが禁漁の池だったために漁師(鉄砲を持っていたのですから、あるいは猟師なのかもしれません)に威嚇発砲され、その銃声に驚いたミサゴは、くわえていた雷魚を池に落としてしまいます。

落とした大魚を忘れようとするミサゴに、妻のミサゴ(きっとこれが教育映画だからなのだと思いますが、こんな感じで、この物語はまるで新聞の三面記事に書かれた事件のように語られ、ミサゴもまた市井に生きる在り来たりの夫婦のように擬人化されて語られます。)は、亭主が落とした雷魚をしきりに残念がり、異常なまでに執着し、夫のミサゴに対して自分は雷魚が食べたいのだと、ことあるごとにとくどくどと言い募ります。

そのように妻から執拗に愚痴られる夫も、うるさがりながらも、次第に、もう一度雷魚を得たいと思い始めています。

それからというもの、ミサゴは他の魚には眼もくれず、雷魚の姿だけを求め続けます。

これだけの前振りがあって、ついにミサゴは、(あの)大きな雷魚に遭遇します。

「あの」でなければならないところが、記録映画らしからぬ作為を感じてしまうのですが、これも子供相手の「教育映画」だということで、まあ、よしとしておきましょうか。

しかし、これは本編とは違う「教育映画」なのだという偏見が、いつの間にか自分の中にこの作品のルーズな部分や、ある程度のルール違反を許容しようとする気分を助長させていたのかもしれません・・・が、その見くびりを見事に裏切り、僕を驚愕させた衝撃的なシーンが最後の最後に用意されていました。

襲い掛かったミサゴは、その鋭い爪を雷魚の背中に突き立てますが、その雷魚があまりにも大きすぎて、ミサゴの力ではどうしても持ち上げることができない、しかも雷魚の体に深く食い込ませた爪もまた抜けないまま、ミサゴは進退窮まり、ついに絶望的な窮地に追い込まれてしまいます。

住処を転々としてきた雷魚も相当に弱っており、たぶんミサゴに襲われたショックも加わって、ついに死期を早めたと考えられます。

その死骸(ムクロ)と化した雷魚の重さに逆に囚われてしまったミサゴは、徐々に水中に引き込まれ、ともに落命したのだと想像できます。

もちろん映画では、こんな長々しい説明などに時間を費やしているわけではありません。

もがき苦しんだすえに溺死したミサゴの苦悶を、一瞬の映像(大きくいびつに羽を広げ、水面に全身を浸したうつ伏せの無残な姿)を提示することで唐突に映画を終わらせています。

そのとき僕は思いました、もしかしたら下村兼史が最初に出会ったのが、この水に浸かった無残なミサゴの屍骸の姿の映像だったのではないか、ここからこの映画のすべてが組み立て始められたのではないかと。

互いのテリトリーを侵しながら生死をかけて生きなければならない自然界の厳しさを一瞬で理解することのできるこの衝撃的な映像を説明する(あるいは「緩和」する)ために、蛇足とも思えるあの上記の「ストーリー」が是非とも必要だったのではないか。

下村兼史にとって「映画」が「本質」を説明するための単なる手段にすぎなかったように、「ストーリー」もまた単なる手段にすぎなかったのだと思えるようになりました。下村の考えていた「教育」という理念の有り様を見た気がして面白く感じました。

田中純一郎著「日本映画発達史」第3巻第62節の「日本記録映画の系譜」、「東宝教育映画の興亡」の章には、この映画が製作されたあたりの状況をこのように記しています。

「昭和21年1月7日、東宝撮影所森岩雄所長は、関係幹部を集合して、教育映画研究会第1回を開催した。
席上森所長は、『東宝は終戦によって所内にあった航空教育資料製作所を解散したので、その人々の技術・能力を生かすためにこれから教育教材映画の製作に力を入れ自主的な計画のもとにその運営を図りたい。
そのための組織と体系について考えてもらいたい』という趣旨の談話をした。
これにより航空資料120人の関係者の中からスタッフを編成して東宝教育映画を組織し、22年9月、都内の日比谷映画劇場で第1回披露公開として4作品(「こども会議」「ちどり」「ムクの木の話」「すて猫トラちゃん」)を発表した。
東宝教育映画部は引き続き製作予定を立てていたが、23年4月から激しく繰り返されたストライキのため、これは実現せず、その年10月に争議は解決したものの、解決条件のひとつとして東宝教育映画株式会社が創立され、約60人の組合員がこれに吸収された。」

そのとき製作されたのが西尾善行の「蛙と狐」、そして下村兼史の「鶴と子供たち」「こんこん鳥物語」「或日の沼地」でした。しかし、やがて東宝教育映画株式会社は、27年5月に3000万円の赤字を残します。

「創立以来3年6ヶ月の間に、児童劇映画11、教育映画19、動画映画6、教材映画4、PR映画20、CIE委託映画3、その他2、合計62作を残した。
解散のため全員退社したスタッフのうち80%は東映、新東宝、岩波映画、近代映画等に入り、アカぎらいの東宝には一人の復帰者も許されなかった。
多くの佳作を含む同社の作品や機材いっさいは、株式会社日本映画新社に引き継がれた。」

(1951東宝教育映画)監督脚本・下村兼史、製作・湯原甫、撮影・村上喜久男、録音・長岡憲治、音楽・ 渡辺浦人、解説・田上嘉子
(24分・35mm・白黒)
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by sentence2307 | 2011-08-28 15:52 | 映画 | Comments(12)

地デジ新時代

これが時代の趨勢とかいうものなのでしょうけれども、TVの地デジ化って、「お上」の強引なところがみえみえで、なんだか嫌な感じがしますよね。

こちらはただ、週に数本、気にかかった映画(結果的に古色蒼然たる映画が多いです)だけを録画しておいて、暇な時間ができたとき、細々と(あるいはチマチマと)映画を見るのを楽しみにしているマズシイ人なのに、それをなんですか、いままで使えていた機器を無理矢理使えなくさせておいてカラニ、あまつさえ新しいTVを各自で買って対応しろだって? それって随分じゃないですか。

無策を誤魔化す人気とりのために裕福な家庭のガキどもには無節操に血税をばら撒くくせに、なんだか訳が分かりません。

少しはコッチにも金よこしたらドーなんだ、です。

しかしそれにしても、この「大変革」、明治維新や戦後の民主化もカクヤと思えるほどの強引さですが、この積極さが、せめて被災地復興に少しでもあったらよかったのに。

岩手が地盤のあのドンも、取り巻きをアヤツルための金策や金勘定ばかりしていないで、少しは地元の困っている人を助けるために全財産を投げ打って人助けに邁進するとかしないんですかね。

いやいや、あのドンのことですから被災した人たちを「同胞」なんて考えてもいないんでしょうね。

むしろ、この震災を私腹をこやす絶好の好機とばかり(それなら、いままでどおりということですか)虎視眈々と女房の親の会社を使ってひと儲けたくらむ算盤勘定の方は、しっかりできているんでしょうが。

問題は儲けたその金をどうしているかですが、選挙資金やマスコミや御用評論家の口封じばかりでなく、ダンボールの底に隠してどこかの国に送金しているのではないかという売国行為くらいしかねないのは、まあ容易に想像がつくところですが。

日本の政治くらい日本人にやってもらいたいと思っています、なんて、地デチ化で費用が嵩む鬱憤晴らしでちょっと口が滑りました。

それにしても封建的身分制度からの脱却を果たした明治維新や、敗戦という外圧によって、やっと民主主義を手にした日本の民衆の歴史を考えれば、地デジ化も似たようなものなのではないか、果たして日本において真の民衆レベルの革命があったのか、なんて腹立ち紛れの妄想は暴走し続けてしまいます。

えっ? それはいいけどさ、オマエ随分古い話ししているなって? 地デジ化なんて1カ月も前にジタバタしていなければならないコトなのに、なんで今頃、そんなこと言ってるわけ、ですか。

実は、ケーブルテレビでTVを見ているので、2015年までは、「デジアナ変換」とかいう経過措置みたいなものがあって、なんですかデジタル波をアナログ波に変換してアナログテレビ受像機も使えるらしいのです。

それにアンテナも新たにすることもないし(もともとアンテナは不要ですが)。

というわけで、あの怒涛の変動の節目の日もあっけなくやり過ごすことができました。

まあ無血革命というか、静謐な江戸城明け渡しというか(赤穂城でもいいですが)。

奥行きが50cmもあろうかというアナログテレビをいつまでも見続けることに世間体を気にする家族が承知しないので、仕方なく、一応我が家でも液晶テレビとブルーレイレコーダーを買わされてしまいました(もっともっと被害妄想的な言葉があれば、泣きながらそちらを採用したい気持ちです)。

しかし、アナログテレビといえども、長い間故障もせずに慣れ親しんできたのですから、そう易々と捨てられます? とにかくまだちゃんと写るんですよね。

政府から、もうナニモ写らない古いテレビなんか、とっとと捨ててしまえといわれても、そうあっさりとお上の言う事を聞くことはできません。はいそうですかといえるほど、豊かなわけじゃない。

例えばですよ、あなたの家に今度新しいお母さんが入ってきたからといって、不要になった古いほうのお母さんを無碍に捨てることなんかできますか(どうも例えが適切じゃないな)。

う~ん、それならナチスの焚本政策なんかどうでしょう(ダメか)、隠れキリシタンの弾圧とか(だんだん離れてく)。

まあ、なぜそんなことに拘るかというと、長い間ともに過ごしたVHSとは、もはや切っても切れない深いエニシでつながっている糟糠の仲とでもいうのでしょうか、そう易々とは縁切りができないというのが本音です。

録画溜めしたVHSの山をどうするか、なんですよね。

しかも録画するばかりで、その中身はほとんど見ていない状態ですから、すぐに「捨てる」などという検討する余地なんか、もともと僕には最初から有り得ないのです。

というわけで、急遽(といっても、告知を受けてもう何年にもなるわけですが)録画溜めしたVHSテープを片っ端から見ています。

そんなとき、ある作品の物凄いシーンに出会いました。

それは、下村兼史の「或日の沼池」1951という作品でした。

この作品については、頭を整理してから、改めて書きたいと思っています。

よろしく。
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by sentence2307 | 2011-08-20 15:16 | 徒然草 | Comments(35)

シェルター

ジュリアン・ムーアというと、最近は、この映画みたいな犯罪がらみの精神分析医とか、プロファイルを扱う医者の役が、やたら多いのではないかなという印象を持っています。

彼女をスクリーンで見たのは、たしか「42丁目のワーニャ」という作品で、相当難解な作品の印象が強く、しかも硬派なその演技に感じられた彼女の俳優としての意欲というか集中力は、日本で言えば、コチコチの新劇人とか実験的な芝居をするシュールなタイプの演劇人なんだろうなあという印象を自分で固定化させてしまったみたいなのです。

そこから、まあ、チェホフを演じるのなら、ある程度の過剰さは「当然そうなるだろう」とは思うものの、単調なパターンのスリラー映画とかサスペンス映画(この「シェルター」がまさにそうですよね)なんかでは、どうなのかなという連想に根深くつながっています。

さらに、新進気鋭の役者が、その演技を評価され、メジャーな仕事がどんどん増えるにつれて、多くの資金を集めて作られるその一大巨編は、当然資金の確実な回収も同時に運命付けられているわけで、その大きな責務を果たすために、どうしても大衆受けするメチャメチャ面白くて単純なストーリーを必要とされたり、あるいは役者にあっても「難解」であるよりは、むしろ「明快」で直接的な演技を求められるというのは、いわば当然で、ジュリアン・ムーアも、皮肉なことながら、俳優として評価され知名度も上昇するにつれて、演じる作品が意に反して深みに欠けたコケ脅かしのドラマばかりになってしまっているのではないかという気がします。

しかし、どのような作品であっても一定のレベルの演技を保持しようとしているジュリアン・ムーアの演技の空回りとギャップを、正直最近の彼女には痛感していると考えてしまいます。

もちろん、こんな妄想は、ジュリアン・ムーアにとってはいい迷惑で、自分が勝手にどんどん暴走させまくっているだけの話なのですが。

自分のこんなふうに決め付けに、「じゃあ、なんですか、この『シェルター』も、その手の単純な映画というわけ?」と突っ込まれそうですが、まあ、物語としては、それほどの難解作品というわけでもないと思います。

この作品は、冒頭では「多重人格」を描こうとしているかに見える作品ですが、正確にいえば、この作品自体が「多重人格」というものに対して極めて懐疑的で、むしろそんなことには取り合わずに、物語はどんどん別の方向(信仰心のない者たちへの罰、みたいなテーマの物語)に流れていってしまうのです。

なにしろ、患者デヴィットが別な人格に豹変するのは、「多重人格」のせいなんかではなく、信仰心のない者の魂を吸い取って(その時はまだ生きているので、まるで吸血鬼みたいです)、その魂がデヴィット(もはやデヴィットではありませんが)に喋らせるというわけなのです。

多くの信仰心の欠けた人々の魂を吸い込み(「殺して」と同義なんでしょうね)、デヴィットは、それらの人々の名前を呼ばれるたびに豹変しなければならないのですが、いずれも「本人」が喋るので、近親者しか知らないことも口走り、それを聞いている家族もびっくりなのです。

こう書いていくと、この物語が、どうしようもない独特のチープさ、信仰心のない者への悪魔の報復を描いているような、まるで中世の暗黒時代の物語のような古めかしさを有していることが分かります。

まだしも「多重人格」を精神病と括ってしまうのか、あるいは単に仮病の一種みたいなもので、その仮面を引っぺがすみたいな物語でも十分面白かっただろうし、まだしも「現代的」だったかもしれません。

実は、この映画を見ながら、あることを思い出しました。

「多重人格」がひとつのブームみたいになった切っ掛けの本、ダニエル・キースの「24人のビリー・ミリガン」のことです。

何人もの人格に分裂したビリー・ミリガンの生い立ちの記録であることはそうなのでしょうが、むしろあの本の主なテーマは、多重人格というものをどうしても信じようとしない医学界や一般社会との葛藤のドキュメンタリーだったような気がしますが、どちらにしても、それほどの感銘を受けたわけではありませんでした。

「多重人格」というものの底に潜む独特の嘘っぽさと、「24人」という軽さが失笑を誘っただけだったような気がします。

ヒッチコックの「サイコ」(二重人格)の衝撃を超えるものが出ない限り、我がシェルターのなかから「失笑」は絶えずよみがえり、僕の顔面を繰り返し歪ませるに違いありません。

余談ですが、僕の持っていた「24人のビリー・ミリガン」早川書房刊は、たった3年たらずで、なんと50回も刷り増ししたと奥付にありました。

なんとも羨ましい限りと嫉妬に身を焼き歯噛みして、「多重人格」を想起するたびに我が身の不甲斐なさに苛々としている次第です。

(2010アメリカ・ブロードメディア・スタジオ)監督・モンス・モーリンド、ビョルン・スタイン、製作総指揮・ビリー・ラウザー、アレハンドロ・ガルシア、製作・エミリオ・ディエス・バロッソ、ダーレーン・カマーノ・ロケット、マイク・マッカリ、ニール・エデルスタイン、共同製作・ビル・バナーマン、脚本・マイケル・クーニー、撮影監督・リヌス・サンドグレン、プロダクション・デザイン・ティム・ガルヴィン、音楽・ジョン・フリッツェル、編集・スティーヴ・マーコヴィッチ、衣装(デザイン)ルカ・モスカ、キャスティング・ダイアン・ヒーリー、ジェイソン・ロフタス
出演・ジュリアン・ムーア、ジョナサン・リス・マイヤーズ、ジェフリー・デマン、フランセス・コンロイ、ネイト・コードリー、ブルックリン・プルー、ブライアン・アンソニー・ウィルソン、ジョイス・フューリング、スティーヴン・リスハード、チャールズ・テックマン、ジョン・ピークス、
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by sentence2307 | 2011-08-12 07:59 | 映画 | Comments(1)

生魄

節電のための夏時間実施で、いつもより一時間ほど早い退社時間になりました。

当初は、それほど早い退社時間という感じはなかったのですが、就業後ダラダラ続けていた残業とか、そしてさらに続く酒の付き合いとがスッパリなくなったことを考えれば、実質の帰宅時間は相当早まったといえるわけですよね。

最初のうちは、その解放感が嬉しくて、見たかった映画を思う存分見たり(実際は、そんなわけにはいきませんでしたが)、これもずっと夢だった思い切り時間をかけてネクタイやTシャツを選ぶなど気ままな買い物などしてみたのですが、実際にやってみると特別な感慨はありませんでした。

そんなふうに迷いに迷って厳選したネクタイよりも、時間に追われて直感にまかせて適当に買ったネクタイの方が、ずっといい趣味のものが買えていたのだと感じる始末です。

悲しいかな根っからの会社人間で貧乏性の自分にとっては、結局それらは苛立たしい「時間つぶし」以外のなにものでもなく、結局「自由」を持て余し始めたというのが実情です。

きっと、そういうこと(観劇とか買い物など)を気ままに楽しむなどという余裕も器用さも自分には不似合いなのだと思い知りました。

あれほど「眼から血が出るまで四六時中映画を見続けていたい」と願い、または、しゃれたネクタイなどを時間をかけてじっくり選びたいと考えていたことなど、実際に可能になると、時間と一緒に気持ちも間延びしてしまうことをつくづく知りました。

映画にしても、自由な時間がたっぷりできて、本来なら望みどおり、それこそ「眼から血がでるまで」嫌というほど映画を鑑賞できるはずなのに、1本見ると疲れがどっと出て、しばらくは「もう映画は沢山」といった疲労感に見舞われます。

こんなことなら、見たい見たいと願いながら、時間がなくて見ることができないまま映画のあれこれに思いだけを巡らせ憧れていたときの方が、ずっと充実していたし幸せな時間を持てたような気がします。

あるいは「夜のジョギング」なんていうのも憧れていたことのひとつだったのですが、いざやってみると、人気のない暗闇の住宅街を、とぼとぼジョギングするなんて、薄気味悪くって、それこそ数回でやめてしまいました。

いよいよ行き場を失った「節電難民」になりかかっていたとき(それは、走る気も失せきったそんなジョギングの帰り道でした)、まだ電気が点っている図書館に遭遇したのです。

図書館が、こんなにも遅くまで開館していることを始めて知りました。

それ以来、自分の居場所が、やっと見つかった感じです。

夜毎図書館に直行して、本に囲まれた贅沢な時間を過ごしています。

そんなある日、そこの図書館の新旧図書の入れ替えシステムみたいなものを発見しました。

特定の曜日の夜、リサイクル棚に、職員がちょっと古びてしまった図書を時には数十冊も陳列している作業を見ました。

翌日に、市民がそこから、読みたい本を自由に持ち帰れるようにするための準備のようです。

リサイクル本といっても、とても状態のいい綺麗なものばかり。

本好きの自分にとって、まるで宝の山を前にしたような状態でした、まさに神様のご褒美です。

市民の人たちに先立って、その宝の山から優先的にいい本を選択できますし、返却日を気にせずに、じっくり本が読めるようになりました。

そして、読み終えたら、またその棚に返しておけば、本を捨てる罪悪感に囚われたり、いたずらに部屋を狭くしたりすることもありません。

そんなある日、そのリサイクル本の中に、田久保英夫の「生魄」を見つけました。

「へえ~、こんな本まで」と思わず呟いてしまったほど、ちょっとした驚きでした。

何作かの短編を集めたこの作品集のタイトルにもなっている「生魄」という作品は、確か田久保英夫の絶筆となった作品だったと思います。

巻末の資料によれば、平成12年「新潮」6月号に発表された作品だそうですから、まだそれほどの時間が経過しているわけではないのですが、内容の方はほとんど思い出すことができません、しかし、当時受けた虚無感に満ちた死の気配を湛えた官能的で繊細な感銘だけは、自分の中に鮮明に残っています。

さっそく、その本を持ち帰って、久しぶりに「生魄」を読み返しました。

田久保英夫の出生は、とても複雑な事情があったらしく、この小説でも、すでに老境にある主人公が、長い間自分には伏されていた実母の影を求めて、かつての居所だった住所を訪ねていくというシチュエーションの小説です。

体も衰え気力も萎えて死を意識せざるを得なくなった老人が、みずからのアイデンティティを求めて、ついに「その場所」に近づきかけたとき、夭折した幼馴染の少女との数々の哀切な記憶がよみがえってきます。

しかし、それらの記憶が甘美なものであればあるほど、死の影に覆われたそれらの記憶は、一層の虚しさとして、痛切に彼を刺し貫きます。

もはや、その愛した少女も、産み落としたわが子を手放さねばならなかった実母も、そして、自分の人生に関わったあらゆる人々もすでにこの世を去り、自分もまた、やがて人生を終えようとしている今、このルーツ探しに底深い徒労感を抱きます。

いかにも絶筆に相応しい小説、などと取り澄ました軽々しい言い方をしていいのか分かりませんが、さらに自分がもっと年をとったときに、もう一度、読み返してみたい小説だと感じました。

映画でいうなら、ベルイマンの「野いちご」というところでしょうか。
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by sentence2307 | 2011-08-06 21:55 | 徒然草 | Comments(33)