世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2011年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

う~ん、さて、どれを読むかとなると迷いますねえ

論考のタイトルだけぼんやり眺めているだけでは、どうしようもありません。

具体的に大まかな内容に当たりをつけて実際に読み始めるしかないのですが、最初自分は、このシリーズが通史的な時系列で編まれていないのだとしたら、なにもわざわざ第①巻から読みはじめることに必ずしもこだわる必要はないかと考えていました。

しかし、それを崩して、自分から優先順位を探すとなると、逆にもっとややこしいことになるのではないかと気が付きました。

まずは、定石どおりに第①巻から順を追って第⑤巻くらいまでのタイトルをリストアップして検討してみることにしました。

以下は、各巻の目次です。

【森話社刊・日本映画史叢書】

第①巻 日本映画とナショナリズム 1931-1945(岩本憲児編)
ナショナリズムと国策映画(岩本憲児)
小春日和の平和における非常時-映画「非常時日本」のイデオロギー(宜野座菜央見)
風景の(再)発見-伊丹万作と「新しき土」(山本直樹)
身体の「無力さ」と「声」としての権力-「五人の斥候兵」論(岩槻歩)
「路傍の石」と文部省教化映画-出世ならざる吾一の出世譚(米村みゆき)
長谷川一夫と山田五十鈴-戦時下におけるロマンチシズムの興隆(志村三代子)
《日本》の二つの顔-「医者のゐない村」と日中戦争期の農村(藤井仁子)
戦時下のニュース映画-「同盟ニュース」再考(奥村賢)
アヴァンギャルド映画の受容をめぐる左翼と天皇主義者(那田尚史)
日本映画と全体主義-津村秀夫の映画批評をめぐって(長谷正人)
木下映画における国策と逸脱-男性たちの「男性性」(藤田亘)
音楽映画の行方-日中戦争から大東亜戦争へ(笹川慶子)

第②巻 映画と「大東亜共栄圏」(岩本憲児編)
アジア主義の幻影-日本映画と大東亜共栄圏(岩本憲児)
満鉄記録映画と「満州」-異郷支配の視線(小関和弘)
抗日救国運動下の上海映画界-満州事変から第二次上海事変へ(張新民)
上海・南京・北京、-東宝文化映画部《大陸都市三部作》の地政学(藤井仁子)
「大東亜映画」への階段-「大陸映画」試論(晏妮)
映画人たちの帝国-大東亜映画圏の諸相(マイケル・バスケット)
戦時下の台湾映画と「サヨンの鐘」(洪雅文)
日本植民支配末期の朝鮮と映画政策-「家なき天使」を中心に(金京淑)
1940年文化空間とエノケンの「孫悟空」(垂水千恵)
漫画映画の笑いと英雄-「桃太郎」と戦争(秋田孝宏)
南方における映画工作-《鏡》を前にした日本映画(岡田秀則)
ナショナリズムとモダニズム-「あの旗」は撃ち落されたか?(岩本憲児)

第③巻 映画表現のオルタナティブ-1960年代の逸脱と創造(西嶋憲生編)
アヴァンギャルドとオルタナティブ(西嶋憲生)1950~60年代を中心に
劇場の三科とダダ映画(西村智弘)
戦後アヴァンギャルドの映像と身体(越後谷卓司)
可能性の映画-滝口修三の「北斎」シナリオとシュルレアリスム(倉林靖)
松本俊夫の実験としての映画形式(広瀬愛)
日本映画の60年代と金井勝(那田尚史)
寺山修二の映画的実験-「審判」の場合(広瀬愛)
日本映画の新しい波-1960年代(岩本憲児)
時代を証言する-大島渚「日本の夜と霧」論(御園生涼子)
「砂の女」再読-レズビアン・リーディングの新たな可能性(溝口彰子)
増村保造から純愛映画劇運動へ-「イントレランス」公開(滝浪佑紀)
日本映画の他者ドナルドリチー-占領下における反=啓蒙者の肖像(高崎俊夫)
もう一人のクロサワ-フランス映画批評における「黒沢清」の受容(御園生涼子)

第④巻 時代劇伝説・チャンバラ映画の輝き(岩本憲児編)
時代劇伝説(岩本憲児)
歌舞伎から映画へ-「芸能史」としての時代劇映画前史(児玉竜一)
時代劇の誕生と尾上松之助(田島良一)
「旧劇」から「時代劇」へ-映画製作者と映画興行者のヘゲモニー闘争(板倉史明)
マキノ映画時代劇-反射しあうメディア(冨田美香)
東映時代劇論(田島良一)
「任侠もの」の水脈(神山彰)
ヴァンプ女優論-鈴木澄子とは誰だったのか(志村三代子)
忍者映画の変容-松之助からninjaへ(横山泰子)
大川橋蔵という「正統」-衣裳と化粧のドラマトゥルギー(神山彰)
サムライ・イメージの変遷-宮本武蔵からたそがれ清兵衛まで(岩本憲児)

第⑤巻 映画は世界を記録する・ドキュメンタリー再考(村上匡一郎編)
方法としてのドキュメンタリー・現実に向かうカメラをめぐって(村上匡一郎)
台頭期のドキュメンタリー映画と記録映画(岩本憲次)
アマチュア映画のアヴァンギャルド(西村智弘)
誰がいかに語るのか・帝国の自民族中心主義(宜野座菜央見)
科学映画の興隆と迷走・文化映画論序説(奥村賢)
スポンサード映画の光と影(江口浩)
1950年代の岩波映画製作所・戦後記録映画の転回点(上村実)
アート・ドキュメンタリーの美学(越後谷卓司)
映像人類学の現在(村尾清二)
テレビ・ドキュメンタリーの新しい相貌・虚構と現実のあいだで(竹村紀雄)
ビデオ・ジャーナリズムの現在(佐野博昭)
ビデオ・アクティビズムの闘い(土屋豊)
山形国際ドキュメンタリー映画祭とアジア(矢野和之)
[PR]
by sentence2307 | 2011-12-29 22:35 | 映画 | Comments(5)

日本映画史叢書

さて、いよいよ今日から1月3日まで正月休みです。

時間に拘束されるサラリーマンにとって、一週間というまとまった休暇など滅多にありませんので、とてもありがたいし素直に嬉しいです。

そう、今回こそは、漫然と過ごすのではなく、あとで後悔しないような有意義な過ごし方をしたいと考えています。

別段、とりたててこれといった予定も入っていませんしね。

もうずっと前の話ですが、正月休みのすべての時間を使って、島崎藤村の「夜明け前」を読み切ったことがありました。

起きている限りのすべての時間を読書に当てました。

食事のときも、買い物のときも、入浴中も、片手に文庫本を捧げ持つスタイルで、可能な限り読み続けました。

ある意味とてもマニアックな小説ですので、読む側としても相当マニアックになって読みました。

しかし、時折、こんなことをしていて、果たしていいのかと不図気がつき、もっといろんなことをした方がいいのではないかという迷いに始終捉われ、そのたびに、もういい加減やめようと決心し、しかしすぐに、折角ここまで読んできたのだから、ここで止めるというのもなんだか惜しい気がして、再び読み始めるということの繰り返しで、ようやっと全編読み切りました。

だいたい正月といえば旅行や近親者の集まりや観光施設などに行ったりと、休暇をフルに楽しく過ごしてきたつもりなのに、しかし、思い起こそうとして鮮明に思い返すことのできる「正月休暇」といえば、まさにあの「夜明け前」を読み切った充実のあの「休暇」だけだったような気がします。

つまり、時間の無いサラリーマンにとって、まとまったものを読むということは、とても贅沢なことなのだとそのとき気がつきました。

そんなこともあって、今回の休暇の過ごし方について、ちょっと前からある計画を立てていました。

それというのは、ひと月くらい前でしょうか、ある新聞の書評欄で森話社という出版社が「日本映画史叢書」というシリーズ15巻を完結させたという記事を読み、ぜひ読んでみたいと思っていたのです。

ネットで内容を眺めたり、カタログを取り寄せたりして、各巻の内容を確認したのですが、まあ映画史とはいえ時系列で映画史をたどるという通史形式ではなく、むしろ、あるテーマについての論文を集中的に収録するタイプのものであることを知りました。

むかし岩波書店から出版された「講座・映画」(正式名称は分かりません)のような感じなのかなと思います。

とにかく、今回出版されたのが「日本映画の誕生」というのですから(新聞の解説には「映画が発明されて間もない19世紀末、米エジソン社と仏リュミエール社が、日本の風俗を撮影するために争って来日した様子から説き起こし、初期の製作形態や映画館の建設、弁士などの活動などを詳しく分析」とありました)推して知るべしです、それならなにも杓子定規に第1巻から読み始めるというのも、なんだか芸の無い話かもしれません。

ということで、とにかく①巻からのタイトルを順に調べてみました。

①「日本映画とナショナリズム」
②「映画と大東亜共栄圏」
③「映像表現のオルタナティブ」
④「時代劇伝説」
⑤「映画は世界を記録する」

なるほどなるほど、そういうことですか。

随分難しそうじゃないですか。

それとも、「あっち」系?

まあ、それはそれとして、その先は、と。

⑥「映画と身体/性」
⑦「家族の肖像」
⑧「怪奇の幻想への回路」
⑨「映画のなかの天皇」
⑩「映画と戦争」

やっぱ、「戦争」の影が大きく覆いかぶさってますね。

まあ、「映画史」ですから、当然ですが。

そして、⑪以下もざっとこんな感じです。

⑪「占領下の映画」
⑫「横断する映画と文学」
⑬「映画のなかの古典芸能」
⑭「観客へのアプローチ」
⑮「日本映画の誕生」

さて、これだけの量ですから、いくらなんでも一度に全巻は読めません。

何から読み始めるか、ビールでも飲みながら、これから、ゆっくり考えるとしますか、こういうのも読書の楽しみのひとつですからね。
[PR]
by sentence2307 | 2011-12-29 19:06 | 映画 | Comments(33)

コリヤー兄弟

いよいよ今年も押し詰まってきました。

家人から「手伝ってとまでは言わないけど、せめて自分の部屋くらいは、きれいにしておいてよね」という催促は、日増しにとげとげしくなり、ほとんど恫喝みたいな脅迫口調に変わってきています。

表面的には、多忙な仕事のせいにして逃げ回っているのですが、実をいうと12月に入ったあたりから、家人のいないところで、何度もその「大掃除」とやらを試みました。

しかし、結果は惨憺たるものでした。

まずは読み掛け・読み散らした本の散乱です。

なぜ本がこんなに溜まってしまうのか、答えはごく簡単です。

まだ読んでいない本は、当然棄てられないし、読んだ本は愛着が湧いてなお棄てられません。

それに次々に出版される本への欲求は抑えられないし、しかし読むスピードには限りがあるしで、それじゃあ、誰が考えたって溜まる一方ですよね。

そんなふうな「癖」なものですから、本だけではなく雑誌やDVDやCD(それに、服にもちょっとしたこだわりが・・・)の堆積が、もう大変な状態になってしまいました。

これを一言でいうと、「手の付けられないオテアゲ状態」です。

ここにきてやっと気が付きました、棄てられなければ「掃除」というものは成立しないんだなあって。

家人は、この部屋を、「ゴミ屋敷」と呼んでいますが、その言葉を口にするあたりから、「テキも諦めの境地に入ったな」と自分勝手にタカをくくって、今年もこのまま現状維持で押し切れるなという確信を得るに至ります。

しかし本当は、自分はそんな小ずるい人間なんかではなくて、ちゃんとキレイにしたいと切望している真人間であるのだと実は弁解したいのですが、それを言ってしまったら「なぜキレイにできない?」と問い詰められて、自分が「癖」などではなく、ほとんど「病」であることを自認しなければならなくなってしまう恐怖があるからかもしれません。

まあしかし、コリヤー兄弟が残したという100トンのゴミに比べたら僕のなんか(ゴミじゃありませんが)可愛いものではないですか。

とはいうものの、「ゴミ屋敷」という「病」は、そもそも重量の多寡の問題などではなく、そういう状況を手をこまねいて呼び込んでしまう怠惰というか、無気力というか、日常生活に対応していくために必要ななにかがバランスを失ったり崩れたりしてしまうことなのだとしたら、そのためには、やはりきちんと「棄てる」ことを果たしていかなければならないんだろうなと痛感している歳の暮れです。

できるかな?

【参考】
ホーマー・コリヤー(Homer Lusk Collyer,1881.11.6~1947.3.21)と、ラングレー・コリヤー(Langley Collyer,1885.10.3~1947.3推定)の、この元海事裁判所の法律家と医師の兄弟は、ニューヨークのマンハッタンに住んでいましたが、母親の死を切掛けに1909年ごろから家に引き篭もるようになって、外界から遮断された生活を送ることとなります。

兄のホーマーは引き篭もり中に病気により失明し、世話をしていた弟ラングレーが事故死(ゴミの山が崩壊し、それに埋もれて窒息死)したために餓死したとされています。

住んでいたマンハッタンの治安が悪化しても屋敷を離れずにいた彼らは家中に罠を仕掛けて侵入者を撃退していましたが、最終的にはその仕掛けが元で、1947年邸宅内のゴミに埋もれて死んだとされています。

「警官が二階の窓から屋敷に入り死後およそ10時間経ったホーマー・コリヤー(65歳)の死体を発見した。暴力の形跡はなく、手元にはしなびたリンゴの芯が一個残されていた。だが、弟のラングレー(61歳)が発見されるまでに、毎日数百人から数千人にふくれあがった野次馬に見守られながら、2週間以上の捜索を要してゴミの中から発見された。」

状況から見て弟のラングレーが兄ホーマーに食事を運ぶ途中、堆積したゴミの落下の下敷きになり、自力で脱出する事が出来ずそのまま死んだものと思われ、そのため弟の世話を受けていた兄ホーマーも、弟の死によって餓死あるいは衰弱死したものとみられています。

この兄弟はそれぞれ医師、弁護士の資格を持ちながら60歳代になるまでの38年間、ずっと屋敷に篭りきりの生活でした。

ともにかなりの蒐集癖があり、引きこもりの中で彼らが溜め込んだものは、ピアノ14台、T型フォード、15,000冊の医学書など、死後この屋敷から運び出されたものは130トンにも及んだといわれています。

コリヤー家の跡地は、現在では公園になっています。

コリヤー兄弟の謎の生涯を描いたE.L.ドクトロウの小説Homer & Langley: A Novel には、第一次世界大戦の戦場で毒ガスを浴びて帰ってきたラングレーが「人類の歴史は際限ない反復であり、あらゆるものは代替可能である」と唱えるようになり、人間社会の真の姿を伝える恒久不変の新聞を作り上げるために古新聞を集めはじめながら、徐々に荒廃していく兄弟の人生と、それとは裏腹にラングレーの奇説が説得力を増していく過程が迫真のドキュメンタリータッチで描かれています。
[PR]
by sentence2307 | 2011-12-25 13:01 | 徒然草 | Comments(1)

女優須磨子の恋

いよいよ年末になって、また映画のベスト10が選ばれる季節になりましたね。

そのベスト10の季節になると、決まって考えることのひとつに、こんなことがあります。

映画を見ていると、なんでこの程度の作品が、当時そんなにも高い評価を受けたのか、よく分からないというようなこと・・・。

自分の安易な推測ですが、ベスト10選出の審査員(映画評論家とか業界関係者なんですよね)が、たまたま映画界の不作の年で、それでもあと1本どうしても選ばなければならないというとき、ただ、候補として残された作品のどれもが、自分にはまったく関心も興味のない作品ばかりだったとしたら、仕方なく数合わせのために、可もなく不可もないある程度のレベルをクリアした作品「まあ、このあたりなら無難なところか」とばかり選んだ作品が、他の審査員たちの判断ともダブって、結局その「安全作」が予想以上の票を集めてしまう結果となって、上位に食い込んでくるというような現象が結構あるのではないか、それによって、「なんでこの作品が」的な印象を与えるのではないか、と。

多数決が生み出す奇妙な「名作」という幻影の怖さみたいなものを感じます(芸術作品を多数決でランクを決めるなんて、考えてみれば奇妙な話しですが)。

いやいや、そういう作品だからといって、なにも因縁をつける積もりは毛頭ありません。

その作品にとっては、それは大いにラッキーなわけで、しかし、同時に、やがて時間の経過のなかで次第に話題性と装飾が剥がされ、徐々に作品本来が持っていた(あるいは、元々無かった)それなりの格としての姿を暴かれ、露わにされ、中身を失った(あるいは見限られた)虚しいタイトルだけが晒し者のように記憶の荒野に取り残されて、時の冷笑を浴びせ掛けられ、永遠に無視の刑罰を受けるわけですから、身に過ぎた評価は、むしろ、その作品にとって「災禍」なのかもしれません。

しかし、本当のところは、多くの優れた作品が無視され、冷や飯を食わされることの方が、ずっと多いわけで、そういう意味からすると、溝口健二の「女優須磨子の恋」(1947松竹京都)は、そのなかでも際立って「不遇な作品」だったと思わずにはいられません。

同じ年に競作となった東宝作品「女優」(1947東宝、衣笠貞之助監督・山田五十鈴主演)が、女性解放・自由恋愛をのびのびと描いて、さらにど派手な、監督対主演女優という驚嘆の「熱愛」スキャンダルも味方して話題性を一挙にさらってしまい、かたや、観客の共感を得るにはあまりにも硬質で生真面目すぎる須磨子を演じた田中絹代の演技は、その作品とともに無視される憂き目に会いました。

佐藤忠男は、その著書で「田中絹代の須磨子がひたすら深刻に努力するだけのあまり魅力的と思えない女性だったのに対して、山田五十鈴の須磨子は、おのれのエゴイズムも明るく肯定して堂々とわが道を行く魅力的名女性になっていて、この勝負は山田五十鈴の方に分があった」と書いています。

しかし、それは、「女優須磨子の恋」という作品の本来の評価といえるでしょうか。

そして、「戦後風俗の上っ面をなでているだけで、溝口独特の凄みが感じられない」などというような評価のどこに、この作品の本質を正確に見極めようという姿勢や誠意が感じられます? 

田中絹代は、どう間違っても山田五十鈴の演技に比肩したり比較したりすることなどできはしません、それは、絹代の演技が、山田五十鈴の演技とはまったく異質なものだからです、たぶんそれは、ただそれだけのことでしかない。

作品の価値は、その作品の中にしか存在しないし、だから、そこから見出すしかないのです。

溝口作品に描かれた絹代の演じた須磨子の渇えは、男との自由恋愛や、社会の束縛から放たれて奔放に生きることなどには明らかに向かってはいません。

それを溝口が「時代を理解できなかった」といってしまっては、ひとりの創作者を評価するに際して、評者としてあまりにも能がなさすぎると思わないわけにはいかない。

家庭を築くことに何度も失敗した須磨子は、社会人としての失格者として演劇に出会い、そして、演劇の中でこそ初めて自分が社会人として生きることができると感じ、演技者になっていきます。

島村抱月への愛は(もし、そういうものがあったなら、という話にすぎません)抱月の演劇への情熱を加味したうえでないと、きっと、須磨子の気持ちも行動をも見誤るおそれがある。

映画で仄めかされている抱月との最初のSEXの場面は、性交場面特有の、女性の側の快楽への淡い期待感や、甘い羞恥心など一切描かれていない極めて素っ気無い、まるで強姦場面と見まがうほどの殺伐とした印象のシーンです。

そして、須磨子と抱月が男女の性の世界に耽溺していったとはいえ、それが二人を結び付けていたとは思えない。

抱月の演劇への情熱を共有したいがために、須磨子は彼との同衾を繰り返していたにすぎません。

なぜなら、それは須磨子が抱月のいる「場所」でしか生きられないことを知っていたからだと思います。

劇中劇で演じられる「人形の家」の絹代の稚拙な演技に失笑した評文も読んだ記憶がありますが、しかし、まさにあの熱狂し、逆上し、激昂をまるだしにする稚拙さこそが、絹代が演じようとした須磨子という人間の魅力だったのだと思います。

(1947松竹京都)監督・溝口健二、助監督・酒井辰雄、岡田光雄、企画・糸屋壽雄、原作・長田秀雄『カルメン逝きぬ』、脚本・依田義賢、撮影・三木滋人、照明・寺田重雄、録音・橋本要、八田亥三郎、美術・本木勇、編集記録・坂根田鶴子、スチール写真・三浦専蔵、装置:高須二郎、舞台背景・丹羽親、装飾・山口末吉、衣裳・中村ツマ、床山・井上力三、結髪・木村よし子、製作進行・久保友次、製作担当・清水満志雄、主題歌作曲・中山晋平、音楽監督作曲編曲・大澤壽人、演奏・シルバーシリーズ合唱団及交響楽団、劇中劇指導・千田是也、舞踊指導・峯エミ(伊藤道郎舞踊研究所)、風俗考証・甲斐荘楠音、時代考証・加藤精一、劇中劇出演・俳優座一同、資料提供・早稲田大学演劇博物館
出演:田中絹代、山村聰、毛利菊江、東山千榮子、朝霧鏡子、東野英治郎、岸輝子、小澤榮太郎、青山杉作、佐伯秀男、南光明、千田是也、黒井洵、永田光男、月丘千秋、南部章三、富本民平、永井智雄、小久保久雄、濱田寅彦、木村功、美甘駿、保瀬英二郎、加藤貫一、田中謙三、瀬川美津枝、河合光子、葵邦子、瀧瑛子
1947.08.16 10巻  2,622m  96分 白黒
[PR]
by sentence2307 | 2011-12-17 21:30 | 映画 | Comments(6)