世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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少年は残酷な弓を射る

先週の金曜日の夜は、どの報道番組でも、周南市でおきた連続殺人事件を放送していました。

近隣住民5人を殺害したあと逃走を続けていた容疑者の63歳の男が、すぐ裏の山に潜んでいた(疲労のあまり身動きができずに、もはや逃走どころではなかったのかもしれません)ところを発見され、身柄を確保されたというニュースが繰り返し流されていました。

古い人間の自分など、憎悪の対象である集落の人間を激情に駆られて次々に殺して廻った津山三十人殺し事件を思わず連想してしまい、なんだか薄気味悪さしか感じられない事件でした。

映画「八つ墓村」は、この不可解で恐ろしい狂気に満ちた殺人事件を題材にしたときいたことがあります。

その夜、結局各放送局の報道番組をハシゴして見ていたのですが、殺害現場近くに立ってリポートを読み上げる記者は、だいたい、その最後に「これから取調べが進むにつれて容疑者の殺害に至るまでの動機など、全容が明らかになるものと思われます」などと定番の決め言葉でまとめていました。

現場から報告している報道記者は、ただ渡された原稿をそのまま読み上げているだけなのでしょうが、どんな凶悪な事件にも、こうでも言わなければ収まりがつかないとでもいうように、必ずといっていいほど、この「定番の決め言葉」を付け加えます。

しかし、この「定番の決め言葉」というヤツが、どうも曲者です。

その言葉には、「負の激情に駆られ憎悪の対象である集落の人間を次々に殺して廻った」というこの不可解で薄気味悪い事件の動機を早く「解明」して、納得できるだけの理由を得ることによって、この事件の辻褄合わせ、安心して早く忘れてしまいたいという性急な市民の願望と期待とが反映している言葉のように思えて仕方ありません。

「裁判」というものも同じように考えれば、どんなに凶悪な事件も、それなりの理由や動機を必死に調べ上げて、「理解」し「納得」し、判決というサンプルに無理やり収めてしまうという(安心するための)究極の権力機関なのではないのかな、なんて漠然と考えたりしていました。

しかし、かつて世にある犯罪者のなかには、僕たちの常識では到底理解のかなわないモンスターがいたことを、映画はそっと教えてくれていたように思います。

フリッツ・ラングの「M」がそうでしたし、「恐怖の岬」や「羊たちの沈黙」、「13日の金曜日」など、ホラー映画やゾンビ映画のかたちをとったとしても、結局はそうした作品だったのでしょうね。

あれら作品の底に流れているものこそ、一般市民の理解を超えた、そして、決して納得したり受け入れることなどできない不可解で絶望的な存在としてモンスター(殺人者)がいることを示唆していたように思います。

自分にとって「少年は残酷な弓を射る」という作品は、そういう系列の作品という認識でいたところ、先日、古い新聞を整理していたら、偶然この作品ついてのとんでもない映画評に遭遇し、とても驚きました、ぜひこれは書き残しておかなければとパソコンの前に座りました。

その新聞は「日本経済新聞」2013.6.19の夕刊で、執筆者は、映画評論家・村山匡一郎と書かれています。

評文の書き出しは、まず、リン・ラムジーが「ボクと空と麦畑」や「モーヴァン」を監督した傑出した人であり、この「少年は残酷な弓を射る」は久々の作品であると紹介したあと、「今回は母親と息子の間に横たわる謎めいた愛憎の感情を、母親の心理からサスペンスフルに描き出している」と作品の概要を記しています。

なんの面白みもない無難な「あらすじ」です。

「無難」という意味は、自分などがフツーあえて「あらすじ」を書く場合は、自分の意図する方向に少しずつニュアンスを調整しながら、読者を徐々に自分の側に引きつけることに努めたりするものであって、意識的にストーリーのある部分を「強調」したり、あるいは「無視」したりしながら、自分の考えを「あらすじ」の紹介段階で伝えてようという(あらゆる評文はそうあるべきものという認識でいます)ものと信じていたところ、この評者は、ただ無味乾燥な「あらすじ」をノンベンダラリと紹介しているだけで、自分をどのような立場に置こうと配慮しているのが、まったく読めません。

それはつまり、あらかじめ自分の立場を読者に指し示そうという気などない、とても素っ気ない「あらすじ」でした、こうした限られた字数しか使うことのできないコラムにおいては、ちょっと奇怪な感じさえします。

思えばこれって、原稿料狙いのただの「字数」稼ぎなのかと思わせるくらいの淡白で無防備な、とても不自然な「あらすじ」です。

例の橋下知事に「小銭かせぎ」のボロい仕事と言われかねないシロモノかと思いかけたとき、文末にはちゃんと「映画批評家」として辛うじて矜持だけは守ろうとするかのようなササヤカな感想らしきものが書かれていました。

こんな感じです。

「物語はエヴァの視点から語られ、過去の家族生活もケヴィンの母親への悪意も彼女の目から見た世界である。
そのため、すべてはエヴァの思い違いということもありうる。
実際、事件でケヴィンは父親も妹も殺害するが、エヴァは狙われていない。
そこには母親に対するケヴィンの憎悪に勝る深い愛情が感じられる。」

このグロテスクな結論の要旨をまとめれば、きっとこういうことになるかもしれません。

《息子ケヴィンの悪意は、エヴァの思い違いということもあり得る、その証拠に、この事件では父親も妹も殺害しているのに、エヴァだけは狙われていない、これがなにより、母親に対するケヴィンの憎悪に勝る深い愛情の証拠である》というのです。

えっ~! ケヴィンによって、あんなにも多くの人たち(それも無関係な人たちです)が無差別に殺傷されてしまったというのに、そのことは一切無視して、ことさらに「父親と妹」の殺害だけを取り上げ、あるいは偶然かもしれない「母親の生き残り」を強引に強調し、仮定の引き算によって、堂々と「息子・ケヴィンの憎悪に勝る母親・エヴァへの深い愛情」という回答まで導き出してしまっています、思わず、こんなんでいいのか、というきわめて残念な映画批評でした。

なんでもかんでも「愛」に結びつけ、結論付けてしまうという時代錯誤の書き方には、ほとほとあきれ返ってしまいました。

誰かに対する誰かへの「愛」など、この映画では、ひとことも言っていません。

ひとつきりの物差しを駆使して、おざなりで歪んだ見方しかできなくなってしまった衰弱した「映画評論家」という時代錯誤の思考の持ち主・村山匡一郎センセイという方の見識を疑ってしまった次第です(まあ、もっとも村上センセイが、見識とか良識とか、それに加えて一般常識とかを持ち合わせていればの話ですが)。

周南市連続殺害事件だけじゃない、最近では陰惨で不可解な衝動殺人が毎日のように起こっています、なんの理由もなく(あるいは、小額の金品目当てで)突然刺し殺されたり、殴り殺されたりする実に理不尽な狂気に支配された事件が、つい身近でも起こり続けているというのに、その逼迫感も危機感も持てないとしたら、それは僕たちの恐怖の感覚がいつのまにか麻痺し、恐ろしいことですが、とっくに慣れっこになってしまうという、とても怖い状態に僕たちが追い込まれているからだろうと思います。

この映画「少年は残酷な弓を射る」は、そうした僕たちの恐怖と、そうした危機に反応できなくなった磨耗した感覚を警鐘的に教えてくれているのではないかと感じました。

裁判員裁判がくだす死刑判決の比率が、職業裁判官がおこなう通常裁判よりも桁違いに多くなっているという記事を以前新聞で読んだことがありました。

そこには、潜在的で特異な条件を差し引いて考えても、この厳罰化傾向は裁判員裁判に参加した一般市民の恐怖の反映とみるべきものと明らかです。

時代の流れは、「犯罪者」を個人から切り離して社会的条件(不備や欠陥)に結びつけることによって、被害者に過度の負荷(泣き寝入り等)を強いたことによって、いびつな量刑を形成してしまったことの反省から、犯罪者もまた個人としての自己決定や自己責任を問われ、「犯罪の責任もまた個人に帰せられ、社会への転嫁による免責は認められないとする局面から、厳罰化の傾向は、当然の帰結である」との慶大・井田教授の論述を読んだ記憶もあります。

「つけびして煙よろこぶ田舎者」と詠み上げ、自らの殺意を実行へと煽り立てた陰惨な憎悪のどこに「愛」などというふやけあがった観念が入り込める余地があるといえるのでしょうか。

時代を読めず、その憎悪が意味する切迫感も危機感も欠けた映画批評や批評家など、この世界において真に必要とされるのか、という疑念に囚われてしまいました。

自らの感受性ひとつを武器にして、現在という状況と時間に対峙する緊張感を失ったそのような批評の在り方に対して、憤りを禁じえませんでした。

タイトルに関してひと言、「少年は残酷な弓を射る」の「残酷な」は不要だと思います、鑑賞者の先入観に入り込み、作品解釈に影響を与えかねず、差し出がましさが気になります。

なにしろ原タイトルが We Need to Talk About Kevin というくらいの、観客にむかって「保留」の部分を残しながらのタイトルなのですから、ここは、単に「少年は弓を射る」だけで充分かもしれません、というかむしろ「そうあるべき」と思いました。

(2011BBCフィルムズ、UKフィルム・カウンシル)監督脚本・リン・ラムジー、脚本・ローリー・ステュアート・キニア、原作・ライオネル・シュライヴァー『少年は残酷な弓を射る』(イースト・プレス刊)、製作・リュック・ローグ、ジェニファー・フォックス、ロバート・サレルノ、
製作総指揮・スティーヴン・ソダーバーグ、クリスティーン・ランガン、ポーラ・ジャルフォン、クリストファー・フィッグ、ロバート・ホワイトハウス、マイケル・ロビンソン、アンドリュー・オアー、ノーマン・メリー、リサ・ランバート、リン・ラムジー、ティルダ・スウィントン、音楽・ジョニー・グリーンウッド、撮影・シェイマス・マクガーヴェイ、編集・ジョー・ビニ、キャスティング・ビリー・ホプキンス、衣装デザイン・キャサリン・ジョージ、プロダクションデザイン・ジュディ・ベッカー、
出演・ティルダ・スウィントン(エヴァ・カチャドリアン)、ジョン・C・ライリー(フランクリン)、エズラ・ミラー(ケヴィン)、ジャスパー・ニューウェル(少年時代のケヴィン)、ロック・ドゥアー、アシュリー・ガーラシモヴィッチ、シオバン・ファロン・ホーガン、アースラ・パーカー、
ロンドン映画祭作品賞受賞、ヨーロッパ映画賞女優賞受賞(ティルダ・スウィントン)、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演女優賞受賞(ティルダ・スウィントン)、インディペンデント映画トップ10受賞、英国インディペンデント映画賞監督賞受賞(リン・ラムジー)、作品賞ノミネート、脚本賞ノミネート(リン・ラムジー、ローリー・ステュアート・キニア)、主演女優賞ノミネート(ティルダ・スウィントン)、助演男優賞ノミネート(エズラ・ミラー)、技術賞ノミネート(シェイマス・マクガーヴェイの撮影)、ワシントンD.C.映画批評家協会賞主演女優賞ノミネート(ティルダ・スウィントン)、サンフランシスコ映画批評家協会賞主演女優賞受賞(ティルダ・スウィントン)、ヒューストン映画批評家協会賞主演女優賞受賞(ティルダ・スウィントン)、全米映画俳優組合賞主演女優賞ノミネート(ティルダ・スウィントン)、英国アカデミー賞監督賞ノミネート(リン・ラムジー)、主演女優賞ノミネート(ティルダ・スウィントン)、英国作品賞ノミネート
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by sentence2307 | 2013-07-31 21:08 | 映画 | Comments(17)
記憶喪失の映画といえば、すぐに思い出すのは、マーヴィン・ルロイ監督の「心の旅路」1942ですよね。

グリア・ガースンの上品で優美な名演が忘れられません。

記憶を失った見知らぬ土地で、男は偶然出会った女性にあたたかく見守られながら徐々に記憶がよみがえり、ついにすべての記憶を取り戻したとき、それまで自分を支えていてくれた女性が、実は妻だったことを知る驚きと感動は、いまでも忘れることができません。

この映画を見たとき、あれだけの優しさと辛抱強さで献身的に男を支えてくれるような女性が、この世の中に本当にいるのだろうかと思ったものでした。

その後、記憶喪失を扱った作品は、きっと何本かはあるのでしょうが、あれほどの情緒をもった作品は、残念ながら、ついぞ出会ったことはありません。

しかし、情緒ばかりが、唯一の価値観というわけではないので、その変わりに知的な刺激をもった優れた作品なら、かなり出会うことができました。

それは、ちょっとむかしでは考えられなかった「記憶除去」という意表をついたSF的視点から描かれた映画が出現したからでしょうか。

「ロング・エンゲージメント」「50回目のファースト・キス」「きみに読む物語」「もしも昨日が選べたら」「トータル・リコール」「メメント」「アルジャーノンに花束を」「ジェイコブズ・ラダー」「時計じかけのオレンジ」など、思いついた作品を上げただけでも、そのジャンルが充実していることが分かります。

そして、この「エターナル・サンシャイン」もそのなかの1本として、記憶に記しておきたい作品です。

グリア・ガースンが上品で優美な献身的な貞女の名演だとするなら、この作品でクレメンタインを演じたケイト・ウィンスレットは、自分を偽らずに「らしく」生きることを貫き、そのための葛藤の中で苦しみながら人を愛そうとしたピアな女性を、傑出した演技で演じきっていました、この演技もまたグリアガースンの名演同様、時代が求めた女性像だったような気がします。

さて、「エターナル・サンシャイン」は、こんな物語です。

もうすぐヴァレンタインという日、ごく平凡な男ジョエル(ジム・キャリーが演じています)は、ちょっとエキセントリックな恋人クレメンタイン(ケイト・ウィンスレットが演じています)と喧嘩別れをしてしまいます。

なんとか仲直りしようと、プレゼントを抱えて彼女の働く書店に出向きますが、しかし、そこで待っていたものは、クレムが彼を他人のようにまったく無視して、まるで見せ付けるかのように他の男と目の前でいちゃつく姿でした。

この仕打ちのような彼女の行動にショックを受けたジョエルは、、その場から逃げ出しますが、やがて、彼女が自分との記憶のすべてを消し去る手術を受けたという奇妙な手紙を受け取ります。

確かに、別れの時にはひどく傷つけあったかもしれないけれども、ふたりの喜びに満ちた愛の日々のすべてを、そんなふうに簡単に捨て去ることのできる彼女の仕打ちにこそ傷ついたジョエルは、苦しみつづけた末に、こんなにも苦しむくらいなら、いっそ自分も彼女と同じように、彼女と過ごした日々を消してしまおうと、クレメンタインが受けたのと同じ記憶除去治療を受ける決心をします。

ラクーナ社の医師ハワード・ミュージワック博士(トムウィルキンソンが演じています)が開発したその施術「忘却なくして前進なし」は、一晩寝ている間に、脳の中の特定の部位の記憶だけを消去できるという画期的な治療です。

技師のパトリック(イライジャ・ウッド)、スタン(マーク・ラファロ)、メアリー(キルスティン・ダンスト)たちによって記憶の消去治療がはじめられるなか、無意識下のジョエルは、クレメンタインと過ごした日々のひとつひとつを逆にたどりながら追体験することとなり、徐々に出会いに向かって遡るそれらの思い出が自分にとっていかに大切な時間だったか、たとえそれがお互いを傷つけ合った苦渋の日々にすぎなかったとしても、失うべきではなかった大切な思い出だったことに気がついて、無意識下で消去の侵攻に抵抗します。

消去との格闘のすえに、ジョエルは、深層心理のなかのクレメンタインを記憶消去の機能の届かない場所、彼女がジョエルの記憶の中の「存在するはずのない場所(彼の幼児期の記憶)」へと退避させて記憶の消去から守ることに成功します。

やがて施術は終わり、あくる日の朝、家を出たジョエルは、衝動的にやって来た海辺でクレメンタインと出会います。

二人は、(あの時のように)互いに惹かれ合いますが、そんなとき、彼らのもとに消された記憶について語る二人の(あの時の)テープが届きます。

自分と博士との不倫の記憶を消されたことを知ったメアリーが、顧客に対して消された「彼らの真実」をジョエルとクレメンタインにも送りつけてきたのでした。

見方によっては、この行為を悪意ととることもできるかもしれませんが、自分としては、ふたりの失われた過去の真実をすべて彼らに知らせることによって、ふたりの関係が一方で生み出す醜さや憎悪からも目を逸らすことなく、それらを含めた愛のかたちを作り上げてもらいたいというメアリーの願いが込められている行為のように受け取りました。

テープからは、ふたりがお互いに対して語る耳を塞ぎたくなるような辛らつな非難が流れます。

甘美な恋の語らいが(ふたたび)始められようとしているとき、やがてふたりの関係が生み出していくに違いない「忘れてしまいたい」もうひとつの真実が呪詛として語られます。

ふたりの背後に流れる「悪口雑言」が、どんな愛のささやきにも増して とても素晴らしく感じました。

相手を非難するその憎悪の言葉が語られるシーンだけを何度も巻き戻し、繰り返し見続けました、近年にない感動を誘うとても魅力的な場面です。

「私は、クレメンタイン・クルシェンスキー。ジョエルの記憶を消したいの。退屈な男よ。それだけで消す理由になる? 彼のせいで最近、私は変わってきたわ。いつもイライラするし、彼といると自己嫌悪になるの。顔を見るのもイヤ。あの惨めったらしい笑い、哀れを誘うわ。もうウンザリ。」

「彼女は賢いけれど、知的なタイプじゃない。本の話しをしたくとも、彼女が読むのは雑誌だけ。ボキャブラリーも貧困だ。発音が悪いから人前で恥をかいた。一瞬ひきつけられるが、すぐに気がつくんだ。彼女の魅力は偽物だって。彼女は髪の色までバカげてる。すべてがメチャクチャ、あの下品な髪の色が・・・。彼女のセックスは、まるでそそらない。昨夜もそうさ。セクシーどころか、物悲しいんだ。彼女の男を落す手口はセックスか、セックスを匂わせるか、情緒不安定で、彼女はヤケになり、そのうち誰とでも寝る。過ごした時間が無駄だった。彼女とは心が通じない。」

それらの互いに対する「悪口雑言」の数々に、一瞬はひるみながらも、しかし、それもまたふたりの現実であることを受け入れることでしか結ばれないことを既に学んだふたりは、改めて真正な恋の始まりをはじめようとするのでした。

あのテープは本心じゃないわ。私はイカれた女よ。安らぎに飢えてるの。いまにイヤになるわ。そして私は息がつまるの。

いいさ、もうやめよう。

男と女は、こうやって出会い、惹かれあって恋に落ち、そしていつのまにか相手を傷つけ、なんとなく別れていくことになるけど、本当はそれが終わりじゃない、ほんのひとつの行き違いが、それまで積み重ねてきた幾つもの歓びの瞬間を否定していいのか、ひとりの人間と本当に向き合うことの意味をこの映画は教えてくれようとしているのだと、単純に考えてみようと思いました。

もし、あのとき、自分にほんのちょっとの勇気があったとして、振り返って、もういちど彼女に「それでも君のことが好きだ」と、このジョエルのように語りかけていたら、自分の人生のなにかが変わっていたかもしれない、と思い込ませるなにかが、この映画にはありました。

(2004)監督・ミシェル・ゴンドリー、製作・アンソニー・ブレグマン、スティーヴ・ゴリン、製作総指揮:デヴィッド・ブシェル、チャーリー・カウフマン、ジョルジュ・ベルマン、グレン・ウィリアムソン、原案:チャーリー・カウフマン、ミシェル・ゴンドリー、脚本原案・ピエール・ビスマス、脚本:チャーリー・カウフマン、撮影:エレン・クラス、美術:ダン・リー、衣装:メリッサ・トス、編集:ヴァルディス・オスカードゥティル、音楽:ジョン・ブライオン、原題「Eternal Sunshine of the Spotless Mind(一点の汚れもなき心の永遠の陽光)」
出演・ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット、キルスティン・ダンスト、イライジャ・ウッド、マーク・ラファロ、トム・ウィルキンソン、ジェリー・ロバート・バーン、トーマス・ジェイ・ライアン、ジェーン・アダムス、デヴィッド・クロス
アカデミー賞:脚本賞、サターン賞:SF映画作品賞、英国アカデミー賞:編集賞、脚本賞、セントラル・オハイオ映画批評家協会賞:脚本賞、英国エンパイア賞:英国主演女優賞、カンザスシティ映画批評家協会賞:脚本賞、ラスベガス映画批評家協会賞:脚本賞、主演女優賞、ロンドン映画批評家協会賞:英国主演女優賞、脚本賞、ナショナル・ボード・オブ・レビュー:脚本賞、放送映画批評家協会賞:作品賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞、編集賞
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by sentence2307 | 2013-07-12 12:21 | 映画 | Comments(0)

漱石と八雲

先週、とても興味深い記事を読みました。

旧制五高教授だった漱石(英国留学を間近にしていました)が、友人から借金の返済を受け、その予期せぬ入金にとても喜んでシタタメタ受領報告の自筆の手紙(明治33.6.26付)が東京の古書市場で発見され、熊本県立熊本近代文学館がそれを買い取って公開しているという記事です。

ひそかに喜ぶというのならまだしも、いよいよ渡英が迫っているときに金銭上の用意がまったくなく苦慮していたところへ、思わぬ返済を受けて「幸ひに御送金被下少々くつろぎて候」と予期せぬ入金を素直に喜び、わざわざ礼状を出すというあたりが、文豪らしからぬ実にこまごまとした人のよさを感じましたが、それにしても、漱石の生活がそれほど不安定だったことは意外でした。

もっともその友人というのは、漱石が帝国大学に学んだ頃からの親友(菅虎雄1864-1943、久留米市出身のドイツ語学者)で、「坊ちゃん」の舞台となった松山や旧制五高(現・熊本大学)の英語講師の職を紹介した人物であったことを考えれば、人一倍人見知りが強く他人には過剰な警戒心を持っていた漱石でも、最初から胸襟を開いた親密な間柄だったことが、そうした気安い礼状を書かせたのでしょう。

この記事を読みながら、以前読んだもうひとつの記事のことを思い出しました。

それが今年だったのか去年の記事だったのかは判然としませんが、小泉八雲の講義(の板書き)を筆記した五高生の講義ノートが見つかったという記事でした。

内容は、日本人の生徒に英語の語彙を根本から理解させようという精緻に工夫された講義ということが窺われるノートだったそうで、ネットで紹介されていたものを再録しますね。

《congratulate(祝う)は、ラテン語のcon(一緒に)とgratulate(喜ぶ)に由来します。人を祝う言葉であり、物には使いません。
bodyは、日本語の「体」のような使い方はせず、会話で「my body」とは言いません。通常、bodyという語を使うのは死体を意味するときです。》

しかし、漱石の手紙の記事を読んで、八雲のこの講義案の記事のことを連想したのは、なにも偶然でも唐突だったわけでもありません。

明治29年、親友・菅虎雄の紹介で漱石が英語の講師として赴任した熊本県第五高等学校の職は、その2年前に退任した小泉八雲の後任ということでした。

いままでも時折「漱石と八雲」の奇縁の話に触れるたびに興味深く感じていたので、漱石の手紙の記事を呼んだとき、すぐに八雲の講義案を連想したのだと思います。

そこで、ふたりの年譜を重ね合わせたらどうだろうと思い立ちました。なにかが分かるかもしれません。

《▲=ラフカディオ・ハーン、★=夏目漱石》

【1890年(明治23年)】
▲女性ジャーナリスト・エリザベス・ビスランド(アメリカでのハーンの公式伝記の著者)から日本の素晴らしさを聞いたラフカディオ・ハーンは、日本渡航を決意する。通信員として4月4日横浜港着。7月、文部省普通学務局長の斡旋で、島根県松江尋常中学校(現・島根県立松江北高等学校)と島根県尋常師範学校(現・島根大学)の英語教師に任じられる。8月30日、松江着。

【1891年(明治24年)】
▲1月松江の士族小泉湊の娘・小泉セツと結婚。11月、熊本市の第五高等学校(熊本大学の前身校。校長は嘉納治五郎)の英語教師となる。

【1893年(明治26年)】
★7月帝国大学卒業、大学院に入学。10月高等師範学校(後の東京高等師範学校)の英語教師となる。

【1894年(明治27年)】
▲神戸市のジャパンクロニクル社に論説記者として就職、神戸に転居。執筆に専念する。「知られざる日本の面影 (Glimpses of Unfamiliar Japan)」「鳥取のふとんの話」、「日本人の微笑」、ほか

【1895年(明治28年)】
▲「東の国より (Out of the East)」
★4月松山中学(愛媛県尋常中学校)(愛媛県立松山東高等学校の前身)に菅虎雄の口添えで赴任。12月貴族院書記官長・中根重一の長女・鏡子と見合いし、婚約。

【1896年(明治29年)】
▲東京帝国大学文科大学の英文学講師に就職。日本に帰化し「小泉八雲」と名乗る。「心 (Kokoro)」
★4月熊本県の第五高等学校講師となる。6月中根鏡子と結婚。7月教授となる。

【1897年(明治30年)】
▲「仏陀の国の落穂 (Gleanings in Buddha-Fields)」「人形の墓」、「勝五郎の転生」、ほか

【1898年(明治31年)】
▲「異国風物と回想 (Exotics and Retrospectives)」

【1899年(明治32年)】
▲「霊の日本にて (In Ghostly Japan)」

【1900年(明治33年)】
▲「影 (Shadowings)」「和解」、「死骸にまたがる男」、ほか
★5月イギリスに留学。
【1901年(明治34年)】
▲「日本雑録 (A Japanese Miscellany)」 「守られた約束」、「破られた約束」、「果心居士のはなし」、「梅津忠兵衛」、「漂流」、ほか
【1902年(明治35年)】
▲「骨董 (Kotto)」幽霊滝の伝説、茶碗の中、ほか
【1903年(明治36年)】
▲東京帝国大学英文学講師解雇(後任・夏目漱石)。
★4月第一高等学校講師になり、東京帝国大学文科大学講師を兼任。

【1904年(明治37年)】
▲3月早稲田大学の講師を勤め、9月26日に狭心症により東京の自宅にて死去、満54歳没。「怪談 (kwaidan)」耳なし芳一のはなし、むじな、ろくろ首、雪女ほか、「日本 ひとつの解明 (Japan: An Attempt at Interpretation)」
★4月明治大学講師を兼任。

【1905年(明治38年)】
▲「天の河綺譚その他 (The Romance of the Milky Way and other studies and stories) 」
★1月「吾輩は猫である」を『ホトトギス』に発表。

【1906年(明治39年)】★4月「坊っちゃん」を『ホトトギス』に発表。
【1907年(明治40年)】★4月一切の教職を辞し、朝日新聞社に入社。職業作家としての道を歩み始める。6月「虞美人草」を朝日新聞に連載
【1909年(明治42年)】★3月養父から金を無心され、そのようなことが11月まで続いた。
【1910年(明治43年)】★6月胃潰瘍のため内幸町長与胃腸病院に入院。8月療養のため修善寺温泉に転地。同月24日夜大吐血があり、一時危篤状態に陥る。10月長与病院に入院。
【1911年(明治44年)】★2月文学博士号を辞退。

【1913年(大正2年)】★1月ノイローゼ再発。3月胃潰瘍再発。5月下旬まで自宅で病臥した。
【1914年(大正3年)】★4月「こゝろ」を朝日新聞に連載
【1915年(大正4年)】★6月「道草」を朝日新聞に連載
【1916年(大正5年)】★5月「明暗」を朝日新聞に連載、12月9日死去。


ラフカディオ・ハーンが熊本の第五高等学校で英語教師を務めたその後に漱石が同じ英語教師を務めています。

そして2年間の英国留学から帰国した漱石は、1903年、ふたたびハーンと入れ替わりに東京帝国大学の英文学の教授の職につくことになります。

1896年に招聘され1903年まで東京帝国大学で英文学史などを平易な英語表現を駆使したハーンの講義の評判は相当高く、学生に親しまれていたので、大学から解雇されたとき、ハーンを慕う学生たちは留任運動を起こしたくらいだったと伝えられています。たぶんそれは、大学側の外国人教師に対する理不尽な扱いへの怒りが込められていたのかもしれません。

そういう空気のなかで(すぐれた教育者だったハーンと比較されることになる)後任の漱石の立場は相当厳しいものがあったに違いありませんし、事実学生たちの評判もすこぶる悪かったといわれています。ハーンを慕う学生たちからの反感もあったかもしれない。

漱石の妻・鏡子の聞き書き「漱石の思い出」(松岡譲筆録)によればその辺の事情はこんなふうに語られています。

「小泉先生は英文学の泰斗でもあり、また文豪として世界に響いたえらい方であるのに、自分のような駆け出しの書生上がりのものが、その後釜にすわったところで、とうてい立派な講義ができるわけのものでもない。また学生が満足してくれる道理もない」と。

察するに、明晰だったにしろ漱石の教え方は、学生たちの理解をのんびり待っているほど辛抱強いものではなかったことは、容易に想像ができます、それはちょうど「坊ちゃん」で描いていたあの通りの短気なものだったと考えられます。

英国から持ち帰った「科学的・体系的な文学研究」をなかなか理解しない学生たちに苛々し、ときには癇癪を起こして、理解の遅さに怒りを露わにすることもあったかもしれません。

少なくともそれは決して辛抱強さを求められる「優れた教育者」のものではなかったとだけは断言できます。

しかも、そのことごとくを、学生に寄り添い、学生たちの理解のためには様々な工夫をこらすことに労を惜しまなかった優れた教育者・ハーンと常に比較されてしまう苦痛は、並大抵のことではなかったと想像されます。

しかし、文豪の名に相応しからぬその度量の狭さもまた、漱石の魅力でもあるのですが。

やがて神経衰弱を悪化させて教職から退くこととなる漱石は、日本文学の新たな地平を切り開くべく旺盛な執筆生活に入っていきました。
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by sentence2307 | 2013-07-09 21:29 | 映画 | Comments(2)

「淫蕩」と「孤独」と

「さすらい日乗」さん、こんばんは。

たびたびのご指摘、ありがとうございます。

「駄作」は曲解でしたね、そんなことは誰も言っていませんでした、撤回します。

なるほど、なるほど。

「雀荘の連中の描き方など、どう見ても戦前の軟派学生の描き方で、石原裕次郎以後の太陽族が出てきた時代の若者ではありません」は、確かにそうですね。

有馬稲子が、雀荘に木村を探しに現れる場面など、ギラギラの「太陽族映画」なら、たちまち輪姦でもされかねない、清純な乙女にはとても危険なシチュエーションです、実際にそういう映画なら幾らでも見た記憶があります。

しかし、「東京暮色」にあっては、不良学生が小西得郎の口調を真似て、ふたりの馴れ初めから妊娠まで、内容は実に深刻な話なのに、そりゃあもうなんと申しましょうかなどと軽快におさらいしてしまうというなんともチグハグな感じが、作品に場違いな不協和音を生じさせていることは事実ですね。

ただ、作品の流れをぶち壊すくらいのこの「チグハグさ」が、自分に取って唯一息のつける愛すべき場面であったことは確かでした。

今回あらためて見て、自分がこの場面にものすごく愛着を感じていることに気が付きました。

その理由が、「さすらい日乗」さんのご指摘で明らかになりました、感謝です。

そして、もうひとつ、「原節子が、母親・山田五十鈴を非難することが、小津自身の自己批判(時流批判ではなく?)になっていると思う」という部分ですが、残念ながら、どう考えても、こちらの方は承服できません。

たとえ、それが「自己」でなく「時勢」であっても、そうした自分の時勢に対する姿勢を作品中で明らかにしたという高踏的解釈(それは、確かにそういうこともあるかもしれませんが)以前に、重要なのは、そのことの作品内における意味、つまり長女・原節子の真意でしょう。

かつて母親が間男をつくって家を出たことでもっとも傷ついたのが誰かといえば、まだ幼かったとはいえ既に物心がついていたに違いない長女・原節子だったはずです。

だから、もしかしたら夫・笠智衆よりも、その母への憎しみは一層深いものがあるのかもしれない。

その証拠に、母・山田五十鈴が、まさに北海道に旅立とうとしているとき、夫・笠智衆は、長女・原節子に「見送りにいってやらなくていいのか」と促しているくらいですから、夫・笠智衆の憎しみの感情がすでに薄らいでいることがうかがわれます。

つまり、長女・原節子の厳しさは、かつて厳格だった父親の教え(家族に対する厳しさ)に耐え、そして忠実に従い受け継いできたそのままのものだったのだと思います。

父親は、すでにその厳しさをとっくに失ってしまっているのに、長女・原節子だけは、遺物のように保持し、その教えを忠実に守り続けて、家族(母親や妹や自分の夫、そしてときには父親)に対しても厳格に振舞ってきたのではないかと想像してみました。

実は、自分のコメント「『東京暮色』と『もず』を隔てるもの」は不完全なもので、まだ付け足さなければならない部分が、もう少しありました。

「もず」の淡島千景の狂乱(孤独と男好き)に対して、山田五十鈴の静かさ(諦念)を対比したあとで、その理由を書こうと思ったのですが、集中力が切れて書き切ることができませんでした。

それというのは、たとえば、山田五十鈴が家を出た理由を、銀行監査役の厳格な性格の夫・笠智衆が作る息の詰まるような冷たい家庭のなかでは、ついに自分の居場所を見つけることができず家を出たのではないかと仮定してみたのです。

そして、夫・笠智衆も時を経てその理由に気付き、自戒の念にとらわれ、あの「見送りにいってやらなくてもいいのか」の言葉につながったのだと考えました。

さらに、次女・有馬稲子の前に失踪していた母親が現れたとき、自分にも母の淫蕩な血が流れているのではないかと動揺したという部分も、上記の「母の家出の理由」をあてはめれば、若干の読み変えが必要になるかもしれません。

優しさのまるでない冷たい家庭(父親の厳格さを長女が引継ぎ)で育った次女・有馬稲子は、その孤独をまぎらすために「不純異性交遊」にふけり、妊娠と堕胎をしたあと、突然現れた母によって、彼女もまた冷やかな家庭の孤独に耐えられず、誰かにすがりたいと切望する弱さを持っていたことを知り、自分もまるで母と同じではないかと痛感し、しかし、自分は母親のように家庭や子供を見捨てたりしないと念じながらも、しかし、子供も失い、男もまた自分から去ろうとしているとても厳しい現実に遭遇します。

その後の結末は、前述のとおりなのですが、次女・有馬稲子が動揺したという「母の淫蕩」は、「母の孤独」と考えるべきではないかというのが、自分の見解です。
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by sentence2307 | 2013-07-07 21:15 | 映画 | Comments(1)
以前書いた「もず」について「さすらい日乗」さんからコメントをいただいたので、早速お礼のコメントを書きはじめたのですが、定められた欄にはどうしても収まり切らず、仕方なく独立したコメントとしてupすることにしました。

題して《「東京暮色」と「もず」を隔てるもの》です。

まずは、「さすらい日乗」さんからいただいたコメントを自分なりの理解によって要約してみました。

以下の通りです。

【「もず」は大変好きな映画で、「東京暮色」(と比較する)よりも、「甘い汗」など、脚本家・水木洋子との関係で見た方がよい。
「もず」や「甘い汗」は、水商売を職業とする女性の一種のプロレタリア文学の立場から作られたものなので、戦前のモダニズム謳歌の悔恨意識から撮られた「東京暮色」などとは比較すべくもなく、出演している娘・有馬稲子に象徴される「太陽族」の性的不道徳性とか、その原因となった笠智衆を捨てた山田五十鈴の性的放埒さの描き方、あるいは長女・原節子のその母・山田五十鈴に対する非難などをみれば、激変する戦後の価値観に対応できなくなった小津の限界を露呈していることは歴然としている。】

要するに、時代をリアルにとらえた「もず」と、時流に乗り切れないまま時代に背を向けるしかなかった「東京暮色」とでは、そもそも映像作家の価値基盤が異なるので比較のしようがないではないか、との趣旨と理解しました。

ここで問われているのは、やや極論ぎみに言えば「東京暮色」という作品が、(当時にあっては)論ずるに足りない時代錯誤の駄作なのではないかというご意見です。

そして、その説を裏付けるものとして、享楽にふけり、やがて妊娠という負の報いに遭遇した娘・有馬稲子が失意と苦しみのただなかにあるとき、追い討ちをかけるように、彼女の目の前に失踪していた母親が突然出現するという事態に(自分にも母の淫蕩な血が流れているのかと)さらに動揺をきたし、ついに発作的に自殺するという物語を破綻で終わらせる設定が、糜爛した時代風潮を受け入れられずに理解を放棄したような、小津らしからぬ工夫のない因果応報・短絡な断罪によって物語を閉じるという、映像作家としての限界を示した作品なのではないかという趣旨と受け取りました。(後述しますが、ひとつだけ気になるのは、遊び=妊娠という「太陽族」の享楽のイメージからは程遠い深刻な有馬稲子の描き方です。)

たしかに、小津作品中「東京暮色」が、当時ばかりでなく現在でも、ことのほか厳しい評価に晒されている理由は、やはり、このストーリーの救いのなさにあることは明らかです。

「東京物語」や「麦秋」が、そのラストにおいて、主人公が、たとえ苦渋に満ちた喪失感を抱えたまま物語が閉じられようとするときでさえ、なにかしらささやかな希望が暗示されており、映画を見終わった観客は、その作品名をまるで幸福な記憶の代名詞のように幾度もその「救い」の意味を甦らせては、凍えた気持ちを温めることができました。

たとえば「東京物語」がそうでしたよね。

義理の父・笠智衆から渡される母・東山千栄子からの形見の腕時計を手にしたとき、亡き息子の嫁・紀子は、感謝の意味に躊躇して「自分は、そんな善良な人間ではない」と泣き崩れる場面を思い出します。

僕たちは、老母が生前、紀子への感謝の言葉を幾度も口にしていることを知っているので、義理の父・笠智衆の優しい感謝の言葉が嘘だとは決して思いませんが、しかし、このシーンの最初には「もう息子のことなど忘れて、あなたには幸せになって欲しい」と伝えているところからすると、たとえ老母の感謝の言葉が義父の作り話であったとしても、幸薄い嫁を気遣って掛けた笠智衆の精一杯の思いやりとして一向に差し支えないもの(その意味では、どこまでも「真意」の重さが保たれている「生きた言葉」でした)として受け止めることができました。

その優しさは、形見の腕時計にあったのではなく、むしろ笠智衆の言葉そのものの中にあったからこそ、それに応える紀子の告白もまた、観客は大きな救いのなかで聞くことができたのであって、この世に遺された者たち(紀子や、もちろん笠智衆自身も)の囚われている「絶望」にも、彼らはこれから先もどうにか耐えていけるに違いないという一点の希望の灯を見ることができたのだと思います。

しかし、残念ながら、幕切れまで、その優しさに匹敵するような救いの言葉が一言も発せられない「東京暮色」のラストにおいて、観客は、逃れようのない重苦しさを抱え込まされたまま、映画館の外へ放り出されたはずです。

それはまるで優しい抱擁を期待して駆け寄った母親から、突然平手打ちを食わされたような手痛い衝撃だったかもしれません。

いままさに室蘭に旅立とうとして青森行きの列車の中にいる山田五十鈴は、人待ち顔でしきりに窓外を気にしていますが、そこに誰一人現れることはありません、現れるはずもない、これはとても残酷な場面です。

自分の産んだ子供のうち二人は既に死んでおり、そのうちの一人は、「自分」のことが原因で自殺しています。

ほんの数日前に、その死を知らせに来た長女から、「妹が死んだのは、あなたのせいだ」と怒り露わになじられたばかりです、そんな長女がわざわざ会いにくるはずもありません。

それなら彼女はいったい「誰」を待っていたのか、裏切った前夫・笠智衆は、自分のプライドを保つために無視の態度をとり続けているくらいですから、会いに来るはずもありません。

それでも山田五十鈴は、列車が動き出しても必死に窓外に目をこらして誰かを探していますが、列車は彼女の未練な気持ちを駅舎に残したまま走り始めます。

このラストシーンに小津安二郎はなにを意図しようとしたのか、もしそれが「東京物語」と一対をなすラストなら、それは是非知りたいと痛切に感じました。

そして「さすらい日乗」さんが、そのコメント中に書かれた「プロレタリア文学」という言葉の示唆する概念が、いまだに有効なのかどうかとか、あるいは「悔恨意識」という耳慣れない言葉の意味するところが、単に「懐古趣味」とか「郷愁」などに留まらず、さらに強烈な自責の念を求めるような痛切な感慨を伴っているのかどうかなど、まだまだ検証しなければならないものがあるのかもしれません。

しかし、たとえその当時において小津作品にそうした「時代遅れ」的な要素があったとしても、なにも「悔恨」まで抱かねばならないほどのものだったのかという違和感はありました。

「悔恨意識」という言葉を使われた真意を自分がどこまで正確に理解できているか、心もとない部分もありますが、自分なりに理解しているところをざっくりと書いてみたいと思います。

この2作品を見て、まず強烈な印象を受けるのは、二人の母親の描き方の違いにありました。

「もず」の淡島千景演じる水商売の母親・すが子は、酒色におぼれる荒れた生活のために、いまではすっかり身体も神経も壊れかけており、自身でも密かに死期が近いのではないかと恐れている自棄的な気持ちを持った破滅的な人物設定であるにしても、しかし、あの始終苛々としたヒステリックな狂乱振りの過剰さ(の演出)は、ちょっと現実離れしていて、突飛すぎる性格破綻者という設定には違和感を禁じ得ませんでした。

一方「東京暮色」の山田五十鈴演じる母親・喜久子はどうでしょうか。

「さすらい日乗」さんが、性的に放埒で、夫・笠智衆や子供たちを捨ててまで愛人のもとに走った淫蕩な女と位置づけた彼女です。

スクリーンに最初に登場する母親・喜久子は、僕たちのそうした先入観をことごとく裏切るような物静かさで、さらに寂しそうに弱々しく微笑むところなど、なんだか肩透かしを食わされ、そのあまりのギャップには、最初に持っていた先入観(性的に放埒な情熱の女)を混乱させられるばかりでした。

そこには愛人と一緒になるために家族を捨てた情念の熱い女という印象などさらになく、むしろ、逼迫した生活に押し潰され、失意と悲哀に堪えながら生きるしかないと諦念のなかで思い定めた生気の失せた初老の女を見出すばかりです。

おそらく、それは、愛人との出奔・逃亡という背徳行為が、彼らを経済的に厳しい境遇に追い込み、その窮乏生活が彼女からかつての熱や夢をすっかり奪い取り、ひたすら過酷な日常に堪えるしかないという冷え切った諦念のなかで、うらぶれ老成した失意の人間像が完成されたと見るのが順当なのかもしれませんが、はたしてそれだけだろうかという思いはありました。
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by sentence2307 | 2013-07-06 21:07 | 映画 | Comments(3)