世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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<   2013年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

佐藤忠男著「日本映画史」第4巻の付録の日本映画史年表の冒頭には「まだ映画はない」という項目のつぎに、小泉八雲=ラフカディオ・ハーンの随筆の部分(以下)が引用されています。

1894年頃、ラフカディオ・ハーンが、熊本で写し絵(動きのある幻灯)を見たときの感想だそうです。

エジソンのキネトスコープが神戸に輸入されたのがやっと1896年ということですから、その後映画が身近な娯楽に定着するには、もう少し時間がかかる、そんな頃のことだと思います。

この話の出展は、小泉八雲著、平川祐弘編「明治日本の面影」(講談社学術文庫)、「化けものから幽霊へ」(遠田勝訳)の一節と記されていました。

「・・・日本の幻灯を見て失望することは、めったにない。
見るたびにいろいろな点で感心させられるのだけれども、何といっても一番素晴らしいのは、西洋の発明を自分の趣味に合わせて作り変えてしまう、この国の人々の才能だ。
日本では、幻灯とは、幻灯芝居のことである。
台詞は裏方が喋り、光と影が、俳優になり背景にもなる。
したがって、妖怪変化を活躍させるにはうってつけで、怪談芝居は大の十八番(おはこ)である。
会場がめっぽう寒いので、一番見ただけで、早々に切り上げたけれども、粗筋はだいたいこんなところだった。
第一場 美しい百姓の娘と年老いた母親が座敷に座っている。
母親は身悶えするように激しく泣き叫んでいる。
その嗚咽に途切れがちの悲嘆の言葉を聞けば、娘は人も通わぬ山奥のとある神社の神様に、人身御供として差し上げられるのだという。
その悪い神様は、年に一度農家の屋根に白羽の矢を立て、娘を求め、供えられた娘は食い殺される。
娘を差し出さなければ、田畑と牛が食い殺される。
母親は、頭を掻き毟り泣き喚きながら退場し、娘もすっかり諦めた様子で母親に続いて退場する。」

第三場まであるというこの作品、どうやら岩見重太郎の狒狒退治の話らしいのです。

この部分を読んだ時、自分はとっさに尾上松之助の一連の活劇の一本かと早とちりして、この小文のタイトルも「尾上松之助の1000本」と命名してしまい、ご丁寧にもその千本を検索してアップしようと準備しました。

しかし、冷静になってよく考えてみれば、映画というものがそもそも輸入されていない時点のことなのですから、いくら尾上松之助といえども活躍しているわけがありません。

いまさらですが、ここに書かれている「写し絵」(幻灯とされています)というのは映画とはまったく別物、改めて「写し絵 幻灯」というキーワードでネット検索してみました。

そしたらなんと、そのものずばりの記事がいくつも検出できました。

たとえば「OSAKAアート&てづくりバザール」というサイトには、こんなふうに記してありました。

「オランダから渡来した幻灯を関西では「錦影絵」と言い、日本のアニメの原点とも言われています。
ガラスの薄板に浮世絵風に描いた種板を、風呂という木製幻灯機で投影するものです。
幕末から明治時代にかけて「錦影絵」は流行しましたが、昭和初期には映画の普及とともに廃れてしまいました。
桂米朝師が昭和50年頃、最後の錦絵師から種板と風呂を譲り受け、弟子たちに修行させ、種板に描かれたストーリーを復元し公演を行うなど、上方の芸能として復活させています。」

あるいはまた、こんな記事もありました。

「江戸時代後期にわが国にもたらされた幻灯器は、明治期にかけて一般に広く親しまれるようになった。
錦影絵は風呂とよぶ幻灯器とフイルムに相当する種板を用いて、和紙のスクリーンに裏側から投影し、動きをもつ映像をつくりだすものである。
風呂は木製の木箱を本体とし、その正面にレンズを取り付けた同じく木製の小形の箱を組み合わせ、この小箱を出し入れし焦点を合わせる。
本体の箱には光源となる灯明やランプを入れる。
スクリーンとの間隔や投影する位置を変えることにより、変化のある映像をつくった。
種板は横に長い板に四角い穴をあけ、その中に絵を描いたガラス板をはめ込む。
複数の絵を並べてはめ込み、すばやく動かすことにより動きを出すことができた。
大阪では幕末から明治期にかけて日本橋など各地の繁華街で興行がおこなわれた。
最後まで残ったのは御霊神社境内の「あやめ館」で、富士川都正という影絵師が中心であった。
大阪歴史博物館蔵のものは風呂が1台と種板が820点あり、全国的にみても最大級のコレクションである。
落語ネタを中心にチャンバラ劇や怪談ものなど40を超える演目がある。
錦影絵は大正後期以降、活動写真の普及と供に急速に衰えていく。
現在ではほとんど忘れられている錦影絵の資料として貴重である。」

その錦影絵のリストの中には、当然、岩見重太郎の狒狒退治もしっかり収録されています。

このリストを見ていると、こじつけなんかじゃなく、自分が「尾上松之助の1000本」を連想したのも決して突飛な連想なんかではなかったような気がします。

あの「1000本」の作劇の旺盛と民衆文化の豊饒は、日本のしっかりとした底深い土俗的歴史的な継承があってのことと改めて思いを新たにした次第です。

そんなわけで、せっかく検索したので、「尾上松之助の1000本」を、以下にしっかり貼り付けさせていただきますね。

よろしく


★出演作

【1909】碁盤忠信源氏・礎(横田商会)  

【1910】石山軍記(以下、横田商会)、木村長門守重成、酒井の太鼓、大石蔵之助一代記、大岡政談・徳川天一坊、忠臣蔵五段目、三十三間堂棟由来、一心多助、義士銘々伝・大石内蔵助、小楠公、白虎隊、太田道灌、乳房之榎、実録忠臣蔵、水戸黄門巡遊記、侠骨男児大塩平八郎、宇都宮釣天井、天下茶屋、堀部安兵衛、慶安大平記由比正雪、忠臣蔵、真田幸村、大高源吾、寛政曾我、

【1911】侠客祐天吉松(以下、横田商会)、曾我兄弟一代記、実録先代萩、勢力富五郎、肥後の駒下駄、三日月次郎吉、越後伝吉、新蔵兄弟、西郷隆盛西南戦争、小間者屋彦兵衛、川中島合戦、二蓋笠柳生又十郎、弥作の鎌腹、中将姫、桂川力蔵、羅生門、仙石騒動、山中鹿之助、秋田義民伝、阿部豊後守乗切、梁川庄八、岩見重太郎、笹野権三郎、荒木又右衛門、天草騒動、関口弥太郎、清水の次郎長、敵討崇禅寺馬場、家康公(徳川栄達物語)、平野次郎国臣、真影流の達人塚原卜伝、安中草三郎、

【1912】武田耕雲斉(水戸浪士)(以下、横田商会)、井伊掃部頭(全通し)、(勇婦更科)相木森之助、筑紫市兵衛、一心多助、不破数右衛門、豪傑塙団右衛門、女侠客玉川お芳、忠臣蔵、神崎与五郎幼年時代、畔倉重四郎、佐倉宗五郎、侠客小猿七之助、深川筆屋幸兵衛、水戸黄門巡遊記、明石志賀之助、鏡山実記、塩原多助一代記、佐原喜三郎、加賀騒動、五寸釘寅吉、田宮坊太郎(金比羅利生記)、石川五右衛門一代記、佐野鹿十郎、会津の小鉄、日本左衛門、煙草屋喜八、鼠小僧、巴のお万(女侠客)、佐野次郎左衛門、小金井十次郎、熊坂長範、紀伊国屋文左衛門、鬼小島弥太郎、観音丹次、殿様源次、平親王将門、徳川天一坊、高野の義人、久尾の狐(以下、日活)、四つ谷怪談、乃木将軍と生涯、忠臣蔵(日活京都)、花笠文七(以下、日活)、淀屋辰五郎、天野屋利平、悪七兵衛景清、新日本(近藤重蔵)、竜神お玉、鬼の梅吉(以下、日活京都)、俊寛一代記、鍾馗の半兵衛、弁慶一代記、

【1913】八犬伝(日活)、田沼騒動(以下、日活京都)、釈迦八相記、三日月次郎吉・前後篇、神崎与五郎、柳沢騒動、松前屋五郎兵衛、岩見重太郎一代記、唐犬権兵衛、荒木又右衛門、川中島、更科お玉、大安寺堤、片山万蔵、銚子の五郎蔵、真田漫遊記、桜木お蝶、佐倉宗五郎、雷芳五郎、大石内蔵助一代記、荒鬼新八、不破数右衛門、娘大盃大名おはつ、写真の仇討、井筒女之助、文覚上人一代記、村雲お秀、大久保天下漫遊記、旭権五郎、由井と丸橋、尾張国丸、徳川天一坊、奴のお初、伊達大評定、佐倉宗五郎(佐倉宗吾)、拳骨勇蔵・上下篇、銭屋五兵衛、赤尾の林蔵、夕立勘五郎、釼の電次(日活)、増補忠臣蔵(以下、日活京都)、吉原怪談小桜長次、武勇伝尼子十勇士、徳川慶喜公一代記、相政(相模屋政五郎一代記)、伊井大老と水戸烈公、火中のお雪、近江のお兼、後の八犬伝、昆沙門お辰、佐賀三勇士(山中鹿之助)、三人お吉、三日月徳次、小桜長吉、浄瑠璃坂の仇討、相模屋政五郎、忠臣蔵、天狗太郎、伴随お蝶、放駒権八、堀部安兵衛(堀部安兵衛物語)、明智光秀、木村長門守、木津勘助、夕立勘五郎、頼朝小僧、元締勘五郎・第一・二篇、大正三勇士、

【1914】敵討高田馬場(以下、日活京都)、侠客頼朝小僧、怪力伝助、源頼光妖怪退治、土蜘蛛、小笠原狐(小笠原騒動)、有馬源之助、栗山大膳、塙の太郎・一心太助妖怪退治(妖怪退治)、児雷也、小狐霊三、坂本竜馬、久米の平内、女巡礼(娘巡礼)、天竺徳兵衛、馬頭又五郎、宮本武蔵、笹野権三郎(日活)、河内山宗俊(以下、日活京都)、岡崎の猫、小栗判官、平家蟹、大塩平八郎、明智左馬之助、吉原怪談手振り坊主、弓張月(源為朝)、 岩見重太郎、しらぬい物語(白縫姫)、花川戸助六、霞のお千代、日蓮上人一代記、八百八狐、野狐三次、幡長皿屋敷、本所七不思議、菅原道実公、毛剃九右衛門、船幽霊、乱の銘刀、宮島大仇討、牡丹燈籠、石川寅次郎、塚原卜伝、国定忠次(日光円蔵と国定忠次)、夏祭団七九郎兵衛、山王の化猫、振袖火事、天狗小僧霧太郎(日活)、橋場の長吉(以下、日活京都)、天狗廻状、安田作兵衛、片思ひ音羽丹七、大名三郎丸、松平長七郎、一心多助、兜の星影、鳥差胆助、狐騒動、天保水滸伝、鼠小僧次郎吉、室町御殿百怪伝、阿漕の平次(阿漕の旗風)、市川団十郎、暁天星五郎、正直清兵衛、更紗夜金兵衛(血刀金兵衛)、日本銀次、檜山騒動(騒動檜山二代目)、鬼奴、児雷也お照、鎌倉殿中猫騒動、平家の妖魔(平家蟹)、忠臣蔵、荒尾秀丸、雲霧仁左衛門、越後騒動、金神辰五郎、白梅源次、浅間ケ獄(怪談浅間ケ獄)、お車お初、怪物退治、源頼光、人斬上戸、

【1915】め組の喧嘩(以下、日活京都)、毛谷村六助、金剛伝(加茂小太郎)、金看板甚九郎、雷鳴六郎、鬼神太郎(阿新丸)、石井源八郎、文福茶釜、業平文治、後藤半四郎、久留米騒動、蒲生三勇士、飛騨内匠、十文字屋秀五郎、戸隠山の鬼女、雁金文七、越後伝吉、女夜叉、拳骨和尚、小松嵐、女太閤、怪鼠伝、粂仙人、加賀鳶、夕立紋三、浅草観世音利生記、伊達正宗、血桜お駒、鬼若三次、向島梅若の仇討、大前田英五郎、箱根霊現飯沼勝五郎(躄勝五郎)、黒雲太郎、荒木又右衛門、渋川伴五郎、明烏十勇士、曾我兄弟、水戸黄門記、吃又平名画助太刀、野晒悟介、袴垂保輔、祐天吉松、紀州竹若丸、鶉権兵衛、宮本左門之助、旗本五人男、岡山騒動、小夜の中山夜泣石、永楽徳太郎、小仏重三、高山彦九郎、宇都宮釣天井、いかけや松、神宮小太郎、大久保彦左衛門木曽漫遊記、後藤又兵衛基次、霧隠才蔵、小桜縅、高浪八郎、宝蔵院覚禅、鈴木主水、観音大五郎、石田三成、稲葉新助、魔風来太郎、戸田新八郎、崇禅寺馬場仇討、宇和島騒動、樋口十三郎、真田大助、加賀の刃傷、俊徳丸、腕の喜三郎、実録忠臣蔵、先代騒動、立浪武源太、安達原姥ケ池由来、怪童丸、鬼夜叉丸、佐倉宗吾、松平騒動(弁天のお駒)、神崎与五郎、神通力源太、赤垣源蔵、天笠六郎、桃山血天井、難波戦記・後日談、肥後の駒下駄、法華丈助、

【1916】稲妻お玉(以下、日活京都)、俵星玄馬、善悪大王(大魔王)、浪人蝶次、柳生十兵衛、木鼠吉太郎、塩原二代鑑、柳生新六郎、義姉銘名伝・寺坂吉右衛門、八犬伝第一篇・犬山道筋、三人吉三、潮田又之丞、八犬伝第二篇・犬塚信乃、雷門大火・血染の纏、伊賀越仇討、大高源吾、忠臣蔵、有馬の猫騒動、間重次郎、鬼薊梅吉、大久保彦左衛門、梅川忠兵衛、平井権八、勇婦板額、梁川庄八、松平外記、松前鉄之助、大力又八、祐天仙之助、関口弥太郎、吉田御殿、奥山狸退治、日本左衛門、生首御殿、太田道灌、梵字小万、怪僧伝達、津和野城、又五郎源七、白旗八郎、寛永三馬術曲垣平九郎、誰が袖音吉、天野八郎、怪傑鬼童丸(御獄鬼童丸)、犬山刑部、箕輪心中、魯智深権左、山中鹿之助、清水次郎長、快傑忍術五郎、小百合姫神通川の崇り・天正の怪火化銀杏、御三家三勇士、雪駄直し長五郎、甲賀右門(忍術甲賀流)、小町小浜、井上大九郎、稲葉太郎・牛若三郎、日月太郎、山本勘助、堀のお梅、河童の猿丸、加賀騒動大槻内蔵之助、来島玄蕃、越前騒動、吉岡兼房、河内山と直侍、牛若丸、穴山小助、関東十人男、佐々成政、酒井の太鼓、天野屋利兵衛、島津家惣来三勇士、馬場三郎兵衛、鷲尾小太郎、

(つづく)
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by sentence2307 | 2013-08-22 23:11 | 映画 | Comments(1)

★出演作(つづき)

【1917】狸穴御殿(以下、日活京都)、木下藤吉郎、朝比奈三郎、釣鐘弥五郎、信田の狐、天明五人女、親不知の仇討、佐野鹿十郎、うぐひす塚(佐々木源之丞)、真田獅子王丸、夢の市郎兵衛、春雨傘、伊賀越後日の仇討、桜の御所、尾張大八、二代目児雷也、元録快挙・十二時忠臣蔵、御所の五郎蔵、新門の辰五郎、豪傑宮部熊太郎、細川血達磨、鬼奴岡平、金時金太、佐賀三勇士、血の池地獄、阿波十郎兵衛、弘法太次郎、天一坊東下り、奴の小さん、小金井小次郎、鎌倉百鬼殿(鎌倉怪鬼殿)、振袖三平、唐犬権兵衛、春雨重三、亀山騒動、鬼若九郎江戸城荒し、郷の虎丸、御金蔵小判四千両、桂川力蔵、三荘太夫、水戸黄門漫遊記の一国女、江戸虎(江戸屋虎五郎)、いかるが平次、仁王長五郎、駿河大納言と馬丁次郎吉、斬捨御免、浅野大膳(越中騒動)、弁天小僧、岩見重太郎、怪談乳房榎(乳房榎武田源八郎)、お祭佐七、鬼殺重蔵、名槍高田又兵衛、本町小町、天下の糸平、五郎正宗孝子伝、荒五郎茂兵衛、元禄五人男、揚巻助六、小三金五郎、仙石騒動、今戸大八、鞍馬神之助、大村益二郎、五変化菊松、幽霊半之丞、仮名手本忠臣蔵、谷風梶之助、安政三組盃、 津の国屋小染、夏目千太郎、笹川繁蔵、犬公方、小幡小平太、天狗騒動、会津の小鉄、島左近、秩父大八郎、竜神灘右衛門、よ組秀五郎、三人源吾、磯畑伴蔵、江戸荒蔵、神谷伝(神谷転)、水戸光圀と久五郎、滝田主水、波間の仇討、斑鳩平次、名古屋三蔵、明石切捨、柳生無名剣法、

【1918】鼠小僧猫塚(以下、日活京都)、長吉長五郎、竹内加賀亮、天狗金助、勝田新左衛門、まぼろし大名、信夫常吉、通力太郎、安田作兵衛、永井源三郎、お六櫛、隅田川の仇討、豊大閤栄華物語、一寸徳兵衛、薄雪双紙、天草四郎、大久保彦左衛門、先代萩、木内宗吾之伝、現八と大角、御所金五郎、二葉の松、矢口の渡、笹野権三郎(槍の権三郎)、塩原多助、お園六三、出雲怪談、相馬大作、駒沢治郎左衛門、鬼小島弥太郎、武蔵屋辰五郎(新蔵兄弟)、御前の仇討(金谷五郎)、猿飛佐助、牛若小金吾と玉川お芳、毛利太郎、関東七人男、女人堂の仇討、鎖鎌孝女の仇討、飛び加藤(加藤弥助)、竹中半兵衛、十文字秀五郎、九尾の狐、山中鹿之助、丸橋忠弥、多賀兄弟の仇討、堀部安兵衛、大蛇のお長、国定忠次、三日月次郎吉、怪力真吉、曾呂利新左衛門、鏡山二代鑑、日本左衛門、幡随院長兵衛、四谷怪談(実録お岩)、片山万蔵、安中草三、に組の喧嘩、大力角兵衛、日蓮上人一代記、北条時頼と佐野源佐衛門、荒木又右衛門、今戸の十人斬、児雷也豪傑譚(自雷也)、西郷隆盛、日本銀次、夢の半九郎(浅草大仇討)、肥後の駒下駄、播州皿屋敷、松前屋五郎兵衛と一心多助、赤壁明神(飼猫奇談)、松平外記(千代田の刃傷)、五大力仙太(実録粟田口)、田宮坊太郎、本能寺合戦、宮本無三四、長屋騒動(以下、日活)、日本観音三大霊現、うわばみのお蝶(以下、日活京都)、め組の喧嘩、音羽平五郎、回向院の猫塚、海野兄弟(海野太郎)、魚屋宗五郎、勤王侠客、栗山大膳、佐倉宗五郎、三日月お六、首変大名、小田原城誉の太鼓、新天神記、水戸漫遊高田騒動、大久保秘密探索、朝顔日記、鳩の平右衛門、檜山騒動、木曾の仇討、

【1919】岩見重太郎(以下、日活京都)、明石志賀之助、猿飛佐助、塁物語、野狐三次、塚原卜伝、振袖火事(明暦の大火)、勢力富五郎、小笠原騒動、水戸黄門・前篇、村正重三、二人権三、水戸黄門・後篇、加賀騒動、鈴木主水、里見八犬伝・前後篇、元和三勇士、大久保彦左衛門・前篇、道中膝栗毛・前篇、義経千本桜(佐藤忠信)、嵐山花五郎、浦里時次郎(明烏)、宇都宮釣天井、水戸黄門・第三篇、稲生武太夫、桜田騒動、大石内蔵之助実伝、佐倉宗五郎、鍋島猫騒動、伊達大騒動、寛永武術競、霧隠才蔵、天竺徳兵衛、第二大久保彦左衛門、出世大閤日吉丸、佐倉宗五郎、塙団右衛門、葵下坂、水戸黄門と河童の金蔵、白縫物語、雷電為右衛門、水戸黄門記・第四篇、佐野鹿十郎、火の玉典膳、祐天吉松、業平文治、梁川庄八、新田漫遊記・第一篇、樋口十郎左衛門、木村長門守、岡崎怪猫伝、蒲生三勇士、天下茶屋仇討、柳生旅日記(柳生十兵衛)、伊藤一刀斎、宇和島騒動、毛谷村六助、後藤又兵衛、源頼光と四天王、新田漫遊記・第二篇、桂川力蔵、関口弥太郎、加賀鳶、宮本左門之助、橋場音五郎、秋作浪六、神子典膳、菅原天神記、続道中膝栗毛、徳川家康、

【1920】赤格子九郎右衛門(以下、日活京都)、松平長七郎、笠森お仙、由井正雪と丸橋忠弥、真田三代記・第一篇・幸村の巻、赤垣源蔵、真田大助・真田三代記・第二篇、千代田の大奥、相馬大作、渋川伴五郎、安ぼん丹、花川戸助六、金剛太郎豪遊伝、木曾富五郎、小栗判官、弥次喜多・第一篇、上泉伊勢守と四天王、弥次喜多・第二篇、鎮西八郎為朝、神洞水滸伝、野晒吾助、車丹波守、石童丸、大川友右衛門、戸沢山城守、御三家三勇士、堀越茂助(粗忽武士)、阿部豊後守と吉田御殿、菅原伝授手習鑑寺小屋、豊太公御前忍術競、笹野権三郎、高田馬場大仇討、霧隠と猿飛、有馬の猫(有馬怪猫伝)、徳川天一坊、幡髄院長兵衛、柳生又十郎、小糸佐七(お祭佐七)、仙石権兵衛、尾張三郎丸・前篇、尾張三郎丸・後篇、加藤清正(加藤虎之助)、戸田新八郎、拳骨と忍術の漫遊、曲垣平九郎、弥次馬・三部作、大久保彦左衛門・前篇、不破数右衛門、忠僕直助、曾我兄弟、悪七兵衛景清、関東十人男、源為朝、左甚五郎、三河万歳、生不動、石田数馬、中将姫、二蓋笠柳生礎、岩見重太郎・後篇、

【1921】拳骨と忍術の漫遊・第二篇(以下、日活京都)、唐犬権兵衛 、豪傑児雷也、つゞき弥次馬・弥次馬第二篇、宮本武蔵、実録忠臣蔵、拳骨と忍術の漫遊・第三篇、山中鹿之助・前篇、振袖火事、山中鹿之助・後篇、金看板甚九郎、甲賀伊賀守、浮世床、曾呂利新左衛門、天竺徳兵衛、嵐山花五郎(五色鳶)、仮名手本忠臣蔵、宇都宮釣天井、大楠公(楠公一代記)、鬼奴半九郎、梁川庄八、近藤勇、国定忠治、鬼小島弥太郎、栗山大膳、善悪二人娘(善悪二人膳)、高山彦九郎、中山安兵衛、真田大助と猿飛佐助、後藤又兵衛、相馬大作漫遊記、稲生武太夫、天野屋利兵衛、仙石騒動(神転忠勇録)、丸橋忠弥、弥次喜多・前篇・善光寺詣りの巻、弥次喜多・後篇、高田又兵衛、水戸黄門・第一篇、花川戸助六、徳川天一坊、幡随院長兵衛、後の安本丹・安本丹第二篇、平井権八、塙団右衛門、荒獅子男之助、佐賀之夜桜、佐倉宗五郎、土子泥之助 、水戸黄門・第二篇、水戸黄門・第三篇、

【1922】荒木又右衛門・前後篇(以下、日活京都)、諏訪白狐之助、石井常右衛門、寛永三勇士、朝比奈武勇伝、彦根騒動、佐野鹿十郎、偽大久保、増補忠臣蔵、首売勘助、鼠小僧次郎吉、佐倉宗吾郎、渋川伴五郎、一心多助、高倉長右衛門、後藤又兵衛、日本銀次、鳥刺胆助、文覚上人、腕の喜三郎、拳骨勇蔵、血桜金太、弥次喜多九州回り、猿飛佐助、実録明烏(浦里時次郎)、鬼若三次、児島高徳、中山安兵衛、弁天小僧、鉄砲勇助、小笠原騒動、白藤源太、妹背山、鍋島の猫、高浪八郎、柳生重兵衛漫遊紀、閻魔の小兵衛、石川寅次郎、真田幸村と大助、雷電為右衛門、霧隠才蔵、め組の辰五郎、阿漕平次、兜の星影、岩見重太郎、漁師鱶七、石川五右衛門、村井長庵、太閤記、太田道灌、大名五郎、土手道哲、八幡太郎義家、

【1923】木下籐吉郎・前篇(以下、日活京都)、木下籐吉郎・後篇、鳩使ひの女、小夜の中山夜泣石、名古屋山三、彦左の恋、安政異聞・大江戸之大地震、安田作兵衛、雲霞仁左衛門、下戸と上戸、柿ノ木錦介、関根弥十郎、旗本五人男、鬼小島弥太郎、吉田御殿、吃の又平、粂の平内、拳骨漫遊記、後藤と千代姫、荒川兄弟(荒川熊太郎)、高田善蔵、秀頼と島の女、小文吾と毛野、松平外記、新田漫遊記、村上喜剣、大久保の恋、田宮坊太郎、日本無茶修業、馬子唄、梅川忠兵衛、幡随院長兵衛、八百屋お七、飯沼勝五郎、番町皿屋敷、肥後の駒下駄、飛騨守になるまで、片腕の喜蔵、夢の市郎兵衛、夕立勘五郎、

【1924】渡し守と武士(以下、日活京都)、燃ゆる渦巻・前篇、拳骨と忍術の漫遊、揚巻と助六、笹野権三郎(槍の権三)、躄勝五郎、富士八郎、雨の山寺、寿命の火・前篇、逸見貞蔵、伊井大老と舟大工、野狐三次、十二刻の間、燃ゆる渦巻・中篇、柳生又十郎、武士の果、寿命の火・後篇、和助の兄、殿様小伝次、玉照姫、白狐の吉次、宮本武蔵(宮本無三四)、燃ゆる渦巻・第三篇、三日月次郎吉、燃ゆる渦巻・終篇、花の春遠山桜・前後篇、二見の仇討、戦後の須磨、燃ゆる渦巻・第四篇、お祭佐七、拳骨勇造、毛谷村六助(樵夫六助)、鬼作左衛門の娘、武士の魂、怪浪士、赤垣源蔵、勤王烈婦・孝女村岡、血染の纏、憂国の志士・前後篇、町人天下、清水次郎長・後篇、恋の骸、清水次郎長・前篇、伊達騒動、木村又蔵、塙の首掛け、岩見重太郎、新田義貞、熱血の刃、百夜の錦木、三河武士、先代萩(萩の礎)、天正祐定、尾張伝内、梁川庄八、毛剃九右衛門、秋月大八郎、血涙の記・前後篇、

【1925】白藤権八郎・前篇・鍛錬の巻(以下、日活京都)、白藤権八郎・後篇・剣人の巻、怪力八郎(以下、日活京都第一部)、高阪甚内、慕ひ行く影・前篇、慕ひ行く影・後篇、義士銘々伝・間重次郎(日活京都)、落花の舞・前篇(以下、日活京都第一部)、落花の舞・中篇、落花の舞・終篇、児來也、鞍馬天狗・第一篇、乞食と大名(以下、日活大将軍)、荒木又右衛門、国定忠次(日活=尾上プロ)、原田甲斐(以下、日活京都第一部)、中山安兵衛・前篇、

【1926】実録忠臣蔵・天の巻・地の巻・人の巻(日活大将軍)、侠骨三日月・前篇(日活=尾上プロ)、

【1927】増補改訂忠臣蔵・天の巻・地の巻・人の巻(日活大将軍)、

★製作・総指揮
【1924】三河武士(日活京都)
【1925】怪力八郎(以下、日活京都第一部)、慕ひ行く影・前篇、慕ひ行く影・後篇・荒木又右衛門(日活大将軍)、中山安兵衛・前篇(日活京都第一部)、
【1926】実録忠臣蔵・天の巻・地の巻・人の巻(日活大将軍)、

★監督
【1921】曾呂利新左衛門(日活京都)、
【1923】小夜の中山夜泣石(日活京都)、
【1924】憂国の志士・前後篇(以下、日活京都)、血涙の記・前後篇、
【1925】鞍馬天狗・第一篇(日活京都第一部)、

★脚本
【1924】憂国の志士・前後篇(以下、日活京都)、血涙の記・前後篇、

★原作・考案
【1924】桜(日活京都)、
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by sentence2307 | 2013-08-22 23:05 | 映画 | Comments(0)

蔵書の苦しみ

先週の日曜日、読売新聞の書評欄にざっと目を通していたら、紙面の片隅のとても小さな囲み記事で、「蔵書の苦しみ」(岡崎武志著・光文社新書)というタイトルの本が紹介されているのが目に止まりました。

大きな扱いの書評(メインなもの)から順にざっくりと走り読みしていく習性の自分からすると、そのあたりの記事は見逃してしまっても決しておかしくない、それくらいとても小さな扱いの記事でした。

そして、数行しかないその紹介も本の内容の紹介というよりは、この意表をついた書名の斬新さについてだけちょっと書かれているだけなので、触れられてない内容の方が、むしろ気になり、とても知りたくなってしまうような「蛇の生殺し」的な記事でした。

これって、読者の気を本へと持っていかなければならない書評の役割からすると、本来の役割を十二分に果たした大成功の書評といえるかもしれません。

たしかに「蔵書の苦しみ」とは、言い得て妙、とにかく斬新です、斬新すぎます。

よくぞそこに気が付いた、という感じです。ただただ感心するばかりでした。

いままで多くの本好きが書いた本といえば、読書の楽しみとか蔵書の自慢の立場から書かれたバラ色のタテマエ論がすべてだったわけですから、その負の部分に敢然とヒカリを当てた着想というか本音の発見には、アメリカ大陸発見くらいの歴史的な価値があるのではないかと感じたくらいでした。

そこには、本好きの誰もが抱えている副作用(滓みたいな)として、増えすぎる蔵書に自分の居場所さえ脅かされ頭を抱えている現状が素直に吐露されているからでしょう。

自分なども、ちょっと危ない状態に入っています。

物置は既に本で満杯、庭の手入れ用具は、外に放り出されて風雨に晒されっぱなしの状態ですし、洋服ダンスは、服の代わりに本を入れ始めたら、家人に発見されて険悪な言い争いになりました。

それならばと、洋服ダンスと天井の空間を利用して本の収容場所にしました、こちらの方はなにも言いませんでしたが、なんかやたら暑苦しい。

そうそう、ベッドの下の空間は当然本の収容場所なのですが、マットレスのすぐ下に本を敷き詰めてみました。

本のツカというのがそれぞれ微妙に異なるので、寝苦しさという見地からすれば気になるところなのでしょうが、この非常時にそんなこといってる場合か、そんな些細なことを気にする方がおかしいです。

しかし、寝台の高さというのには情緒的な限界もあるので、ある程度の高さにとどめる必要は確かにあります。

そうそう、リビングの床一面に本を均等に敷き詰め、そこに絨緞をかけてしまえば分からないかなと考えてみたのですが、実際やってみると相当な違和感があり、バリアフリーとかいう余計な設計がかえって自分にはオタメゴカシの障碍以外のなにものでもないことを思い知らされた次第です。

そんなふうに本を抱えてそこらを右往左往している自分を見て家人は「そうしている間に実際にどんどん読んで、片っぱしから棄ててしまったら」と言いますが、そんなものじゃありませんよアナタ。

本なんてものはね、一週間でやっと一冊読めるかどうかの世界なのですから、「読んだ端から棄てる」なんて悠長なことを言っていたら、今に本にこの家を完全に侵食占領されてしまいますヨ。

だからこそ手遅れにならないうちにこうして収容場所を必死に探しているんじゃないですか、発想の転換をはかって思いもつかない場所に「収容場所」を創出するのがモッカの我が家の喫緊のテーマなんですから。

未開拓の空間を探しながらウロウロしている自分に「勝手にせー」という顔の家人を避けながら、どうして本が増えてしまうのか、つくづく考えてみました。

本を増やしてしまう原因が、棄てられない優柔不断さであるということに相場は決まっているのですが、その理由の内実というのが、思い数えてみればいちいちもっともなので、その辺のタチの悪さというのがあるのかなと。

既にほかの読書の計画もあって今すぐには読めないにしても「取りあえず買っておく本」とか、読み終えて「感銘を受けた本」はもちろん、たとえ「失望した本」だったとしても、それが愛想を尽かすほどのひどい「失望」だったのならともかく、いやいや愛想だろうと嫌悪だろうと「失望」というものだって知的刺激を与えてくれるひとつのインパクトであることには違いないのですから、そういうことも棄てがたい魅力として微笑みかけてきたりして、それをアナタむげに棄ててしまう? 見放す? そんなことができますかてんだ、というわけで本はどんどん溜まり続けています。

誰かもういい加減に止めてくれないかという連続殺人魔の、逮捕でもされなければ殺人を止められない病的な心境とでもいうのでしょうか、今日も衝動買いを抑えることができずに買い続けるのかと脅迫観念におびえるぞっとする毎日です。

そんな書籍の寝台に横たわっていたあるとき夜中にふっと目を覚まし、このまま急死してしまって、この状態で発見されたら、このなんとも無様な状態を新聞に書きたてられたりして世間様の笑いものになるかもしれないと急に不安になってきました。

それからというもの、なんだか眠れない夜が続いています。

まあ、ここだけの話、考えてみるまでもなく、この異常な収集癖の病因は、根深い知的コンプレックスによるものであることは明らかな気がします。

たとえ心療内科に行ったとしても、「そんなもの一挙に棄ててしまって楽になりなさいよ」と言われるくらいが関の山かもしれません。

それができれば、いまごろこんなに苦労してませんけどね、あははだ、こんちくしょう。

この話、本来ならばここで終わりなのですが、「蔵書の苦しみ」をキーワードにしてネット検索をしていたら、ちょっと面白い記事があったので、付け加えておきます。

それは、和田秀樹著「定年後の勉強法」(ちくま新書)の中に書いてあることなのだそうですが、人間、勉強するばかりではだめで、インプットした分だけ、ときにはアウトプットしなければバランスがとれないものだとかなんとか書いてあるのだそうです。

なるほど、それは道理だ、と感心しました。

だから、ブログなど立ちあげて、言いたいこと・書きたいことをせっせと書き散らして放出するのがいいのだそうです。

こちらも、とても勉強になりました。

なんだか今日は、とてもいい日に感じます。

やれやれ。
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by sentence2307 | 2013-08-17 17:08 | 徒然草 | Comments(1)