世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

<   2016年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

人工知能とのつきあい方

梅雨入りしたというのに、一向にまとまった雨も降らず今日もカンカン照り、テレビでも、貯水池の水がどんどん心細くなってきたという不安なニュースを連日見せられています。

気分にそぐわない快晴の空を見上げながら、なんだかこのところ仕事の方も思わしくなくて、どうにも気分も晴れず、滅入る一方です。ため息さえ出なくなりました。

会社の手前、もろ業績不振を口にすることは憚られるのですが、ランチの席などで同僚と「大丈夫なのかな、今年の夏は」などと抽象的な言い方で、「ぼんやりとした不安」を駄弁ったりした帰りのことでした、会社の廊下で、ある講演会の告知と、そのポスターを見かけました。

テーマは、「人工知能とのつきあい方」と書いてあります。

これまで全然関心のなかった分野なので、普段なら無視して通り過ぎてしまうところですが、こう気分が落ち込むと、なにか起死回生の切っ掛けでもあれば、なんでもいいから縋りつきたい気分ですので、ここは関心があるの・ないのと言っている場合じゃありません。

仕事も私生活も、なんだか下降線をたどっているようなブルーのときには、なにかパッとした気分転換が必要で、ここはひとつ「人工知能」というものと、ひとつ付き合ってみるか、という気持ちになりました。

会社が呼びかけている講演会ですので、いざ行くとなれば、会社から半日の特別休暇が貰えるうえに交通費と入場料が支給され、おまけに「日当」まで付くというタイヘン「おいしい話」です。

まあ、これで行かない手はないだろう、ということになります。

それに、俄然行く気になった理由がもうひとつありました。

ポスターの左下隅に掲載されていた女性講演者(某新聞社の科学部長と書かれています)の顔写真を見て、その若さと美しさに、正直びっくりしてしまいました、女子大生といわれても十分に通用する若さです。

自分が知っている大手新聞社の「部長」といえば、不摂生と睡眠不足と酒の飲みすぎで血圧の上が優に200を超していそうな、病的にでっぷりと青太った、いまにも棺桶の覗き窓からコンニチハをしてしまいそうな、ほぼ死にかけているストイックなゾンビ爺さんというのが、いままでの定番イメージだったのですから、そのポスターに掲載されている科学部長嬢の「若さと美しさ」といったら、それはもう想像を絶する、ユリの花さえ彼女の美しさに負けて恥ずかしくてうつむいてしまうくらいの美貌です。

自分の陳腐な既成概念など根底から引っくり返してしまう、それはもう本当のびっくりでした。

まあ、今回の「講演」参加も、ズバリ言ってしまえば、「美人を見に行く」ということにつきますが、自分も歳をとるに従って、この「見に行く」という行為の奥深さを、最近だんだんと自覚するようになりました。

若いときなら、たとえ超美人でも、他人の眼を意識して見栄や体裁を取り繕り、せいぜい「ちら見」程度だったものが、こう歳がいってくると、そんなことでは到底満足できません。

まるでカラヴァッジョの絵をムサボリ見るように、図々しくごく至近距離まで接近し、眼を擦り付けんばかりの無遠慮さでなめ回すようにジロジロ「見つくす」というのが、本当の「見る」ということなんだよなと、最近つくづく思い至り、また、そうすべきと決心もし、「美人」を見るときには、いつもこの姿勢を貫いています。

女性の方にしたって、結構こういうのって嬉しいんじゃないんですか、なんてこんなふうにぬけぬけ言えるのも、それがまさに自分が正真正銘、ヘンタイ的に「オヤジ化」した証拠なのかもしれません、まさかストリップを見に行くわけじゃあるまいしね。

何もそこまでという感じがしないでもありませんが。

一方で、このままこの「見方」を過激に深化させていけば、なんだかゆくゆくは立派な痴漢になってしまいそうで、なんだかとても怖くて不安で、不吉な予感がします。

しかし、とにかく、動機なんてどうだって構わないのです、ここは躊躇なく速攻で参加を申し込み、入場券を入手しました。

その会場というのは会社からほんの二駅、常日頃ウォーキングに精を出している自分ですから、歩いたってどうということもない眼と鼻の先の距離です。

もし講演がつまらなければ、早々に途中退場して、時間つぶしなら幾らでもある隣接している大歓楽街に繰り出す所存です。心配ありません。

さて当日です、会社の連中と連れ立って30分前には会場入りしました。

すでに場内は、立錐の余地のないほどの超満員です。

まあ、半日とはいえ特別休暇がもらえて、入場料はロハ、さらに足代と日当まで出るとなれば、ご一同連れ立ってのレジャー感覚で即満員になるのというのも、なんだか頷けます。

さて開演、登壇した科学部長嬢は、予想にたがわぬスタイル抜群の超美人でした。

講演がはじまり、そのまた声の美しいことといったらありません、いままで聞いたこともない鈴をころがすような美声です、これが同じ「人間」の声とは、到底信じられません。

自分好みの小柄な美貌に見とれ、スタイルに見とれ、美声に聞きほれているのは、なにも自分だけではありませんでした。

満員のスケベな中年男たちはみな、心に期したはずのジロジロ「なめるように見る」などという邪心もどこへやら、いつの間にかウチ忘れて、しばし呆然と眺めていたというか、正確には、話に引き込まれて放心状態だったというのが相応しいかもしれません。

話は、今年の3月におこなわれた世界トップの韓国人棋士と人工知能の囲碁ソフトが対戦した話題から始まりました。
                                       ああ、その話ならよく覚えています、たしか人工知能の方が勝ったという、あれですよね。

4勝1敗で人工知能が勝ったという話しの衝撃的なところを十分に理解していなかった自分にとって、どれも初めて聞く新鮮な話ばかりで、いつしか「美人科学部長」の話しに引き込まれていったのだと思います。

ずっと以前に、人工知能がチェスのチャンピオンを倒したという話は聞いたことがあります。

そして、つい最近では、人工知能が将棋の名人を負かしたという話もありました。

しかし、当時だって、そしてつい最近まで、人工知能とはいえ、まさか囲碁のチャンピオンには、当分のあいだ勝てないだろうというのが囲碁の世界と、そして世界の常識でした。

というのも、囲碁は、その局面の複雑さにおいて、まさにゲームの「聖域」と考えられていたからです。

囲碁の盤面は広く、1回の対極で考えられる局面の数も「10の360乗」にのぼります。

チェスの「10の120乗」や、将棋の「10の220乗」と比べても、その数は格段に多いゲームです。

いくらコンピューターの計算能力が向上したからといっても、力ずくの計算でも、勝率が高い手を選ぶには、あまりにも局面が多すぎます。

また、チェスや将棋はそれぞれの駒に役割があって、動く範囲が決まっているのに対して、碁石にはそのような制約はありません。

碁石の位置関係によって形勢を判断する人間の「直感」には、コンピーターは、まだまだ人間に劣るとみられていました。

ところが、米グーグル傘下の英グーグル・ディープマインド社が開発したソフト「アルファ碁」は昨秋、欧州チャンピオンに勝利しました。

しかし、その棋譜を見たプロたちは、世界トップにはまだまだ遠いと考えていました。

だが、実際は、たったの半年のあいだに「アルファ碁」は人間を圧倒する力を獲得してしまいました。

その急成長の秘密は「深層学習(ディープ・ラーニング)」と呼ばれる技術にあります。

たとえば、人間は、猫を何度か見た経験があれば、すぐに、それを猫だと認識することができます。

しかし、従来のコンピューターは、「ひげがある」「眼が大きくて吊り上っている」「しっぽがある」などというような特徴(条件)をひとつひとつ教え込まなければ、猫を識別することはできません。

深層学習(ディープ・ラーニング)は、人間の脳の働きを真似て、自ら特徴を見つけていく方法です。

「アルファ碁」は、プロ棋士の棋譜から約3000万の局面を記憶した上で、同じソフト同士での対局を繰り返し、どのような形が有利で、かつ最終的に勝つ確率が高いかを膨大な対局を通して自ら学習したのです。

それは、碁のルールを教えられなくても、小さな子どもが大人の対局を見ているうちに、打ち方を自然に覚えていくのと、どこか似ているかもしれませんが、しかし、その学習スピードたるや圧倒的に速く、そして、かつ膨大だったのです。

3月の世界トップの韓国人棋士との対局では、序盤で悪手と見られていた手が、結局勝利につながるという場面がありました。

これなど、碁というゲームの奥深さと魅力を人工知能が再発見した好例といえるかもしれません。

講演は、さらに続いていきましたが、もうこれだけで、カルチャーショックというのでしょうか、知的衝撃とでもいうのでしょうか(同じだ!)、十分に感動し、圧倒もされ、もはや彼女の「胸から腰にかけてジロジロ見る」などという失礼な、女性蔑視も甚だしい不純な気持ちも、どこかに吹っ飛び、いまではすっかり真人間になることができました。

さすがに科学部長です、人間がデカイ、おまけに胸も・・・おっと、これは失礼(舌の根が乾かないうちから、もうこれです、やれやれ)。

しかし、周りを見ると、みんな一心になって科学部長の話に耳を傾けています。

講演途中で、ふっと「我」に帰ってしまったのは、どうも自分だけのようでした。

なぜ自分が「素」に帰ってしまったのかというと、科学部長の話から派生的にある妄想に取り憑かれてしまったからでした。

人工知能に「名作映画の条件」をひとつひとつ入力していけば、はたして「名作映画」ができるだろうか、という妄想です。

かの科学部長も講演の最後の方で話していましたが、国内のSF短編小説の賞で、人工知能が人間と一緒に書いた作品が一次審査を通過したとかいう話もあるくらいですから、映画の分野にしたって、まったくの不可能とはいえないのではないかと考えました。

まずシナリオですが、人工知能が小説を書けるくらいですから、同じ方法でそこは十分書けると思います。

それに、なんせこちらは、創生以来100年の歴史の重みがある映画ですから、いままで地球上で創られたすべての「名作映画」を入力しておいて、まず物語のシチュエーションとか、もちろん悲喜劇の選択からはじめ、登場人物などは物語に必須の人物を算出し、それを自動設定器で読み解き、ああすればこうするとか、こうくればああするなどと、各人の行動を微分積分などを駆使して計算し、そして起承転結のポイントとなる重要な場面では、「アップ」だの「パン」だの「ローアングル」などの画面選択装置を使って完成に漕ぎ着けるというわけです。

ジャジャジャーン。どうです、いいアイデアでしょう。

「しかしねえ、あなた。そんな映画、だれが見るわけ」

ですから、ですね。まあ、人それぞれに個人差というものがあるということは十分に承知していますが、しかし、どうしてもこれだけは譲れないという映画に感動する重要な条件というものが誰しもあるじゃないですか(同じこと言ってね)。それがたとえ何百項目あろうと、何万項目あろうと一向に構わないんです、いやいや、これは多いほどいい、それだけ感受性豊かな「観客」ができあがるというものですからね、それを全部入力するわけです。

「はあ、はあ。それで?」

「えっ? それでって? それでおしまい。あとは名作映画を見て感動するだけ」

「だれが?」

「だれがって。人工知能が、ですよ。」

「ああ、そう。人工知能の作った名作映画を、感動しやすい人工知能の観客が見て感動するわけね。」

「そういうこと」

「そういうことじゃねえや、バカヤロー」

(諸説あり、おしまい。)



あっ、変な妄想しているうちに、大事な講演、終わっちゃったじゃないですか。

「まいったなあ、後半の方、全然聞いてなかったよ。残念」

「おれも。科学部長さんの顔と胸を交互に見ているうちに、いつのまにか講演、終わっちゃってた。」

「お前ねえ~」

(本当の お・し・ま・い。)
[PR]
by sentence2307 | 2016-06-18 20:28 | 徒然草 | Comments(0)

啄木のローマ字日記①

新聞各紙に掲載された書評をまとめて読めるサイトは、詳細な関連情報も豊富で、それなりに便利なのですが、やはり自分は、紙をガサゴソいわせながらシンプルに読む新聞紙の方が、なんだか落ち着くし、気分もよくて性にあっているみたいです。

小学校の頃から常に「落ち着きなく集中力に欠いている」と通信簿に書かれたムラッ気の多い自分です、眼一杯に広げた新聞を、あちこちそわそわとよそ見しながら、傍線を引きまくったり、四つに畳んだものを更に八つに折り畳んだりしながら、さっき読んだばかりの斜め下の書評となんだか関連がありそうだなどと、その記事と記事とを丸で囲んで繋げたり、なんだかんだと大騒ぎして、そんなふうに「紙」で読むのが自分にはピッタリあっているし、却ってこの方がアタマにもよく入ってくるみたいな気がします。

タブレットで読むとしたら、こうはいきません。

タブレットを十分に使いこなせていないことを棚に上げていうのもなんだか気が引けますが、ガラス板に押しつぶされた寒々しいノッペリとした活字が、そもそも自分には馴染めなく、気が散るばかりで集中力どころの騒ぎではないのです。

それに引き換え、あの紙独特のガサゴソとしたザワメキとか、読んでいるうちにバラバラに解れてしまって収拾のつかなくなったページを順番にまとめる愛すべき面倒くささとか、紙に染み込んだインクの、郷愁に満ちた匂いや温もりなど、どれも気分を落ち着かせてくれるたまらない「ダサさ」が、とても魅力的なのです。

眼の粗い粗雑な紙の上に押し付けられた活字を写すざらついた印影の早朝の駅の売店で買う新聞は、まだインクが十分に乾いてなくて手に付着することさえあり、「やれやれ」などと独り言などを言いながらも、さらに嬉しくなります。

そうそう、朝の電車などで、如何にも図々しそうな中年の太ったサラリーマンが、混雑など一向に気にすることもなく、我が物顔で座席を1.5人分占領したりして、大きく新聞を広げて熱心に読み耽っている姿を見かけることがあります。

周囲の迷惑顔など無視して、図太い体躯を広げた新聞紙に隠しながらも、頭だけがキョトキョト動いているのが見えるその所為がなんだかたまらなく滑稽で、怒る気持よりも先に苦笑してしまうのですが、しかし、果たしてあのオッサン、本当に記事を読んでいるのかと、とても疑問に思ったりします。

あちこち首を振っているその姿を見ていると、もしかすると、ただアタマをあちこちに動かす行為自体に取り憑かれてしまっているだけなのではないかと思うことさえあります。

ペリーの吉野家ではありませんが、「あなた、そうしたいだけ!」と小一時間でも問い詰めたくなりますが、とはいえ、そういう部分に共感してしまう自分がいることもまた否定できません。

自分も含め、「こだわり」を極端に拡大すると、誰もがああなってしまうのではないかと、ふと感じるからかもしれません。

大好きな新聞紙に、こうしてせっせと傍線や丸や三角を書き込んだ満艦飾のその新聞紙を、さて大切にとっておくのかというと、そんなことは毛頭考えていません。

保存しておいて、それをドウコウしようなどという気はハナからなく、読み終った新聞紙は、すぐに四つに畳んで片っ端からさっさと新聞紙蒐集袋に放り込んでしまうので、よく考えてみれば、なんだか物凄く無駄なこと(「傍線」とか「○や△のシルシをつける」こととかね)に時間をかけているわけで、まあ、徒労も甚だしいという気もしないではありませんが、しかし、そういうことを言ってしまったら日常生活のあらゆる行為が、多かれ少なかれ、これに当て嵌まるわけですので、つまり、却ってこういうことこそが「ココロの贅沢」というものなのではないかと勝手に考えています。

ですので、自分のしていることも、あのオッサンの「首振り」と大差ないことなのかもしれないなという気がしたわけで、あえて認めたくはないものの、ワズカながらの「共感」を抱いたユエンです。

さて、先月か先々月の新聞に、立て続けにドナルド・キーンが書いた「石川啄木」(新潮社・2200円)の書評が掲載されていて、そこでほんの少し触れられていた「ローマ字日記」の部分が気になったので、その新聞をしばらく手元に置いておきました。

できれば、まずその本をじかに読んでみたかったので、さっそく週末に近所の図書館に出かけたところ、やはり、同じように考える人は結構いるみたいで、すでに貸出予約が10人もいると聞かされ、ちょっと驚いてしまいました。

当初、貸出し中なら予約するつもりでいたのですが、10人も待っていると聞いてタジロイデしまい、張り切っていた気も一気に萎えてしまいまいた。

そういう事情を分かってしまったうえで、それでも予約するのかと思うと、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまいました。「10人の人たちが読み終わって」自分の番がくるまでの気の遠くなるような時間をじっと辛抱強く待ち続けている自分の間抜け顔がちらついて、たまらない気持ちになってしまったのだと思います。

「待ち」のあいだ中、興味やモチベーションを保つだけの気力も若さも、残念ながらすでに今の自分にはありません。

しかし、せっかく来た図書館です、このままむざむざと帰るのもなんだか癪なので、「啄木全集」の「ローマ字日記」が載っている巻(「石川啄木全集 第六巻 日記Ⅱ」筑摩書房刊)を借りることにしました、なんといっても原典に当たるに如くはありませんからね。

実を言うと、この本、以前にも借りたことがありました、ですので、この本を手にするのは、これで二度目というわけです。

帰宅して、まず、保存しておいたクダンの書評を取り出して、ふたたび読み返してみました。

重要な部分だけ少し引用すると、こんなふうに書かれています。

《名著「百代の過客」-日記にみる日本人」の著者であるキーン氏は、続編の近代篇ですでに啄木の日記の魅力にふれ、ことに「ローマ字日記」の「赤裸な自己表現」を高く評価している。なぜローマ字が選ばれたのだろうか。「妻に読ませたくない」からだと言うが、同時に啄木は自分の真実を書きたいとも思っている。書きたいが読ませたくないというこのジレンマから彼はローマ字表記という斬新な「意匠」を思いたったのではないだろうか。事実、啄木は短歌の「三行書き」のような革命的な意匠を即興で苦もなく作りだした天才であった。》

この書評について、いくつかの部分に対して、自分のごく狭い認識からひとこと言わせてもらうとすれば、

①日記をローマ字表記としたことを、「妻に読ませたくない」ためだと理由づけていますが、それはちょっと疑問です。
突然ひとり上京してしまった啄木(事実は、啄木の身勝手な「出奔」と呼ぶべき衝動的なものでした)に置き去りにされた一家の生活を支えるために、妻・節子は、函館区立宝小学校の代用教員をしたくらいの教養人ですから、ローマ字など読めないはずはありません。「ローマ字表記」には、もっと他の理由づけが必要です。

②「啄木は短歌の『三行書き』のような革命的な意匠を即興で苦もなく作りだした天才であった。」とありますが、三行書きを最初に世に出したのは、土岐善麿の「NAKIWARAI」(ローマ字三行書きの歌集)が一歩早く、啄木の「三行書き短歌」はその影響下によったものという説が有力です。

しかし、なにより、啄木を理解するために、この書評氏が無頓着・不注意にも「天才であった。」などと口走っていますが、この場合、この文脈で天才という言葉を正確に使おうというのなら、やはり、ここは括弧で括るべきだったのではないかと思います(「天才」とかね)。

啄木の生涯を知れば知るほど、自分は優れた人間=天才であるという異常な思い上がりと過剰な自負と気位の高さ(職業を選択するのに「文学」という幻想から自由になれません)が、その矜持によって、他人をあからさまに「愚か者」扱いするために、常に人間関係に軋轢を生じさせては破綻し、どの職場でも悶着をおこして喧嘩別れしなければならず、結局出て行くのは常に雇われ者の啄木の方で、その結果、常に職を転々とすることになりました。

それに加えて、啄木はこうした失敗を反省したり、以後の戒めにするなどということは一切なく、知人を介して紹介された義理ある職場でも同じような喧嘩と破綻を繰り返すばかり、なかなか定職にも落ち着けず、だから収入も不安定で、常に生活費に不自由する始末です、どう贔屓目にみても、困窮を自ら招いてしまっている啄木のあまりに身勝手な幼さの印象をどうしても拭えません。

その「自負」の極端さは、一種病的でさえあり、つきつめれば、その不遜な対人関係の底に見え隠れするものは、明らかに啄木自身の「コンプレックス」でしかありません。

文才もあり、仕事も最初のうちは積極的に手際よくこなし、評価もそれなりに伴うにもかかわらず、中学校中退という学歴のなさのために、どの会社でも地位は低く抑えられるという現実に直面すると、次第に嫌気がさしてきて(飽きっぽいという性癖も加味しなければなりませんが)、自分のような「天才」が、ただ単に学歴が低いというだけで、大学出の無能な奴らの後塵を拝さねばならないのかという理不尽さへの鬱屈と不満が啄木を苛立たせ、激昂させ、彼をひとつの職場に長く留めさせることができなかったのだと考えられます。

「新潮・日本文学小辞典」には、学歴コンプレックスについて、こう記されています。

《啄木は、美しい魂とすぐれた才能の持ち主であったが、正規の学歴を身につけなかったことは、生涯における最大の不幸であった。せっかく八年にわたる盛岡での学生生活を送りながら、最後の段階で学業を放棄して(試験における二度の不正行為で譴責を受けました)、明治社会のつくり出したエリートとしての資格を失ったことは、その全生涯を決定する痛ましいできごとであった。事実、盛岡中学校を退学してからの、彼の歩んだ道は容易なものではなかった。》

啄木の小説「雲は天才である」のタイトルが、啄木自身の命名であることを考えると、大人気ない負け惜しみみたいな憐れさが先に立って、なんだかとても複雑な気持ちにさせられますよね。
[PR]
by sentence2307 | 2016-06-12 20:20 | 映画 | Comments(0)

啄木のローマ字日記②

しかし、アンタ、啄木の作った「短歌」は、どれも実に素晴らしい芸術作品ばかりじゃないか、それでも彼を天才ではないというのかね、とお叱りを受けてしまいそうですが、彼の生涯を知れば知るほど、彼にとって「短歌」は、あくまでもホンの余技にしかすぎず、小説こそがまずは本命、それが思わしくないと分かると(多くの小説が未完のまま遺されています)つぎに評論を書くこと(不遇な彼の絶望からの「世の中なんてぶち壊してしまえ」という破壊願望の気分に時の大逆事件に共振しました)に全勢力を注いでいて、それらを評価されて世に出ることこそ、彼が夢見ていたことだと分かります。

啄木の短歌のその「芸術性」については、後述したいと思いますが、まずは「ローマ字日記」から。

上述の書評でも「ローマ字日記」について、「赤裸な自己表現」と書かれているだけで、それ以上踏み込んだ深い分析がなされていないのが、なんだかとても残念ですが、字数の限られたあのようなごく短い書評では、「そこまで」は踏み込めなかったことは理解できます。

ですので、「そのあたり」をどう書いているのか、できれば早くドナルド・キーンの「石川啄木」を読みたかったのですが、まあ、事情が事情ですので、いたし方ありません、諦めました。

実は、自分は、奇妙なところで啄木の「ローマ字日記」の存在を知りました、まずはそのイキサツから語り出すべきだったかもしれませんが。

話は少し飛びますが、まだブレーク前の杏が、早朝のNHK教育テレビ(いまではETVとかいうのかもしれません)で、「Jブンガク」という番組に出演していたことがありました。日本文学の名作を一作ずつ取り上げて、解説・紹介するという教養番組です。

若年者向けの「100分de名著」という感じだったでしょうか。

ネットで確認したところ、放送していた期間は、2010年3月30日~2012年3月29日まで、そこで啄木の「一握の砂」が取り上げられたのが、2010年8月31日か、あるいはリピート放送が9月3日か9月7日か9月10日にしたとありますから、自分はそのいずれかの日に番組を見たことになります。

そして、そこでもうほとんどショックといってもいいくらいの体験をしたのです。

その番組では、もうひとり、若い女性の出演者がいました。

アシスタントというには少し格上で、解説者というにはグッと落ちる、あえていえば、杏の「お友だち」程度の「対等な関係」という設定だったかもしれません、ごくフツーの若い女の子です。

放送日から検索すると、その女の子は、おそらく加賀美セイラという名前であることが分かりました。

その子が、その日のテーマである「一握の砂」などそっちのけで、啄木がいかにスケベで淫蕩な女好きだったかを、何度も何度も滔々と捲くし立てるのが気になって仕方ありませんでした。

そこには、未知の(そう演じていただけかもしれませんが)sexについて語る好奇に満ちた若い女の子独特の意地悪そうな薄ら笑いと、上気した卑猥な饒舌さで語られる啄木への興味と嫌悪(このふたつが合わさると、女たちがとても下卑た卑猥な表情に豹変することをそのとき始めて知りました)の入り混じった高揚した熱心さで、ヒステリックに語られる歌人・啄木の淫蕩さは、確かにそれなりにリアルで生々しくて現実感もあり、まるっきりの出鱈目とも思えませんでしたが、なにせこちらは「たはむれに母を背負いてそのあまり」の先入観しかなかったあの同じ清貧の人・啄木だったのですから、陰ではいかにスケベで淫蕩を重ねた女好きだったかという彼女の仄めかすことのすべてが初耳だっただけに、とてもショックだったのです。

放送後、啄木関係の評論集をあれこれと読み漁っているうちに、彼女の言っていた淫蕩に当たるものが「ローマ字日記」の中に書かれていることを突き止めました。

そして、その当時も、この同じ「石川啄木全集 第六巻 日記Ⅱ」(筑摩書房刊)を借り受けたのですが、彼女の言っていた「啄木がいかにスケベで淫蕩な女好きだったか」の箇所は、すぐに見つけることができました。

あっ、そうそう、言い忘れましたが、「ローマ字日記」というだけあって、もちろん原文はすべてローマ字で書かれていて、改めて漢字・平仮名に書き起こされたものが、すぐあとに付けられている形式なのですが、まず驚かされたのは、これだけ屈折した繊細な文章を、啄木はダイレクトにローマ字で書き綴ったのだろうかという疑問でした。

誰が考えても慣れないにローマ字で書くとしたら、ローマ字に変換することに気が散って意を尽くせず、どうしてもたどたどしくなってしまうのではないかと考えると思うのですが、その的確な描写と言い回しの繊細さから、もしかしたら、一度に和文で書き下ろしたものを、改めてローマ字に書き直したのではないかと思うくらい、急迫する生活苦と、小説をかけずに動揺する苦悶と情感を見事に辿った、それはそれは精密な文章でした。

フツー、おそらく、たどたどしくなるに違いないローマ字書きで、果たしてここまで書くことができるのか、とても信じられません、もしダイレクトに書き付けたことが事実だとしたら、それこそ実に驚くべき才能といわねばなりません。

さて、以下が、啄木が「淫蕩」だと決め付けられた問題の部分です。少し長い引用になりますが、転写してみますね。

《明治四十二年四月十日 土曜日
・・・・
いくらかの金のある時、予は何のためろうことなく、かの、みだらな声に満ちた、狭い、きたない町に行った。予は去年の秋から今までに、およそ十三-四回も行った、そして十人ばかりの淫売婦を買った。ミツ、マサ、キヨ、ミネ、ツユ、ハナ、アキ・・・名を忘れたのもある。予の求めたのは暖かい、柔らかい、真白な身体だ。身体も心もとろけるような楽しみだ。しかしそれらの女は、やや年のいったのも、まだ十六ぐらいのほんの子供なのも、どれだって何百人、何千人の男と寝たのばかりだ。顔につやがなく、肌は冷たく荒れて、男というものには慣れきっている、なんの刺激も感じない。わずかの金をとってその陰部をちょっと男に貸すだけだ。それ以外に何の意味もない。帯を解くでもなく、「サア、」と言って、そのまま寝る。なんの恥ずかしげもなく、股をひろげる。隣りの部屋に人がいようといまいと少しもかもうところがない。(ここが、しかし、面白い彼等のアイロニイだ!)何千人にかきまわされたその陰部には、もう筋肉の収縮作用がなくなっている、緩んでいる。ここにはただ排泄作用の行なわれるばかりだ。身体も心もとろけるような楽しみは薬にしたくもない!
強き刺激を求むるイライラした心は、その刺激を受けつつある時でも予の心を去らなかった。予は三たびか四たび泊まったことがある。十八のマサの肌は貧乏な年増女のそれかとばかり荒れてガサガサしていた。たった一坪の狭い部屋の中に灯りもなく、異様な肉の臭いがムウッとするほどこもっていた。女は間もなく眠った。予の心はたまらなくイライラして、どうしても眠れない。予は女の股に手を入れて、手荒くその陰部をかきまわした。しまいには五本の指を入れてできるだけ強く押した。女はそれでも眼を覚まさぬ。おそらくもう陰部については何の感覚もないくらい、男に慣れてしまっているのだ。何千人の男と寝た女! 予はますますイライラしてきた。そして一層強く手を入れた。ついに手は手くびまで入った。「ウ-ウ、」と言って女はその時眼を覚した。そしていきなり予に抱きついた。「ア-ア-ア、うれしい! もっと、もっと-もっと、ア-ア-ア!」十八にしてすでに普通の刺激ではなんの面白味も感じなくなっている女! 予はその手を女の顔にぬたくってやった。そして、両手なり、足なりを入れてその陰部を裂いてやりたく思った。裂いて、そして女の死骸の血だらけになって闇の中に横だわっているところ幻になりと見たいと思った! ああ、男には最も残酷な仕方によって女を殺す権利がある! 何という恐ろしい、嫌なことだろう!》(「石川啄木全集 第六巻 日記Ⅱ」130頁~131頁)

「ローマ字日記」の中で「赤裸な自己表現」の「性的」な部分といえば、おそらく唯一この箇所かもしれません。

啄木の淫らについて熱心に語っていた「Jブンガク」の可愛い少女も、きっとこの箇所を意識して話していたのだと思います。
[PR]
by sentence2307 | 2016-06-12 20:15 | 映画 | Comments(0)

啄木のローマ字日記③

しかし、この部分を一読すれば、その赤裸々な描写には、確かに驚かされるものもありますが、さらにいえば、その異常な描写の「詳細さ」にも驚かされないわけにはいきません。

啄木は、函館の地に家族を置き去りにして、切羽詰って、ひとり東京に出奔してきました。

理由は、たぶん、才能ある自分が、作家としていまだ世に認められないというその思いつめた焦燥感からだったと思います。この日記のなかでも、いざ書き始めたものの、どうしても書き通せずに中断した「小説」のことについて、たびたび触れています。

その言及が、いちいち挫折感と無縁でないことは、容易に想像できます。

あの赤裸々な性描写も、当時全盛だった自然主義文学作家たらんと欲した啄木の精一杯の足掻き(描写の試み)のひとつだったのではないかと感じました。

それは、「中断した小説」の試みと同じように、たぶん自然主義文学作家としての「描写の練習」くらいの意味しかなかったに違いありません。

しかし、いざ、実際に書き綴ってみると(上記の「性描写」でも明らかなように)、ただ醜悪でいかがわしいものしか彼には書くことができない、永井荷風の抑制の効いた気品ある「性描写」と比較すれば、啄木のチカラ不足(まるで幼い安手のポルノです)は明らかです。

たぶん啄木が、あえて「ローマ字日記」としたのは、自分では気高い「自然主義文学」を目指して書き綴ったものが、出来上がってみると、それは単に「安手のポルノ」でしかないことを自認したからに違いありません。

あえて「ローマ字日記」としたのは、なにも赤裸々な陰の性生活を知られたくなかったからではなく、「高尚な文学」を目指しながら「安手のポルノ」しか書き綴ることしか為しえない自分の卑力と無能の「結果」を人目に晒すことを恥じたからではないかと思います。

「誰にも読まれたくない」「隠したい」というところは、確かに一緒かもしれませんが、それが「淫乱さ」を理由とするからではなく、無残で醜悪な「結果」にすぎないものしか生み出せない自分の無残な実力を人目に晒すことを恐れ恥じたからだと思いました。

そして、破滅型でも露悪型でもなかった啄木が、最初から人間の醜悪な欲望の浅ましさのすべてを書き尽くそうとする「自然主義文学作家」には向いていなかったことは、家庭内の諍いから妻・節子が子を連れて家出したとき、啄木自身が「そのこと」に気がついていままでの生活を悔い、妻の帰宅を切に願い、「自然主義文学」の「無頼」とは無縁の場所にしか生きられない自分を意識したからに違いありません。

妻・節子は、啄木14歳のときに出会った初恋の人であり、紆余曲折はあったとしても啄木の才能を信じて生涯をともにした良き伴侶でした。初恋の人にこだわるロマンチストである啄木にとっては、「自然主義文学」は、所詮実感のともなわない虚構にしかすぎませんでした。

さて、次に、啄木の「短歌」の天才ぶりについて書かなければなりません。
前述した《しかし、アンタ、啄木の作った「短歌」は、どれも実に素晴らしい芸術作品ばかりじゃないか、それでも彼を天才ではないというのかね、とお叱りを受けてしまいそうですが、啄木の生涯を知れば知るほど、彼にとって「短歌」は、あくまでもホンの余技にしかすぎず》という部分です。

話は少し飛びますが、いままで自分が学生だった時も、会社員になってからも、多少の優劣はあったものの、必ず「駄洒落の天才」というのがいました。

当意即妙でいま話したばかりの片言を捉え、実に巧みに「同音異義語」を操ってアクロバット的展開を見せてくれる言葉の粋人で、感心もし、尊敬さえしてしまいます。

その場の絶妙な雰囲気もあるので、字面だけでその「即妙さ」をうまく伝えられるか自信ありませんが、例えば、高校生になった妹が、最近、夜遊びをおぼえ朝帰りするようになって両親が困っているとの話で、「兄貴として、もっと指導してあげなくちゃな」という意味を込めて、「妹(リモート)コントロール」とか、まあ、いざ書いてしまうと臨場感がなくて全然つまりませんが、そんな感じです。

そのことと「啄木の短歌の天才ぶり」とが、どう関係するのかという説明の前に、最適な指摘を見つけました。

それは、「新潮日本文学アルバム・石川啄木」巻末に掲載されている渡辺淳一の「一枚の写真-あえて、わが啄木好み」のなかの一節です。少し長くなりますが、引用してみますね。

《少しでもものを書いた経験がある者ならわかるはずだが、努力で書く人より才能で書く人のほうが怖い。

努力の結晶などという作品より、才能のカケラが散らつく作品のほうが無気味である。

そしてその才能の最も顕著に表われるのが、小説なら文章で、歌なら酩酊感である。

いや、これは小説や歌にかぎらず、すべてに共通するもので、才能ある作家の文章には、内側に固有の酩酊感があり、それが読む者を惹きつける。

一般の読者は、文学理論の難しいことはわからない。

しかしこの酩酊感だけは、原初的なものであるだけに、鋭く感知する。読者はそれに酔い、そのことによってイメージを喚起される。

「東海の小島の磯の白砂に・・・」と啄木が詠んだ函館の大森海岸には、小島も、磯も、白砂というべきものもない。

「しらしらと氷かがやき千鳥なく・・・」と詠んだ釧路の冬の海に、正確な意味で千鳥はいない。もし実証家なり、勤勉な歌人がこれを知ったら、啄木のインチキ性をなじるかもしれない。

だが啄木はもともとそういうことには無頓着な、その種の調べはせず、その場の思いつきのまま、フィクションをまじえて歌った人である。

そして困ったことには、それが事実以上に、読む者にリアリティを与えて、酔わせてしまう。

啄木の歌を詠む度に、わたしは歌人にならなくてよかったと思う。あれ程、日常些事のことを苦もなく詠み、酩酊感とともにリアリティをもたせ、そっと人の世の重みを垣間見せるとは、どういう才能なのか。この「そっと」という重みの具合がまた適切で、あれ以上、重くても軽くてもいけない。

そしてさらに、死ぬまで視点を低く保ち続けたところが心憎い。

これほど巧みで、酩酊感のある作家が、人々に愛されぬわけがない。

これまで、批評家がなんといおうと啄木は生き続けてきた。「後世の史家の判断をまつ」といういい方があるが、史家などに頼るまでもなく、大衆は啄木の歌のなかにひそむ才能に感応し、その歌を守り続けてきた。

まことにものを書く者にとって、啄木ほど大きく、無気味で、心憎い作家はいない。》


石川啄木は、決して自然主義文学の作家ではなかったし、写実主義の歌詠みでもありませんでした。

彼は、あの「駄洒落の天才たち」のように、当意即妙に、そして、何者も為しえなかった最も絶妙な言葉の選択をすることによって、実に「それっぽい」最高の歌を(あくまでも余技として)瞬時にして詠むことのできた、心ここにあらず的な「天才歌人」だったと思います。

いわば、「空虚な人」といえるかもしれません。

後世の人間も含め、そして、もちろん自分も、「東海の小島の磯の白砂に・・・」や、その他の多くの啄木の歌に人々は心から感銘を受け励まされもしてきました。

思い屈した人々を支えたその影響の大きさは、実に多大なものがあります。

しかし、その歌の質を糾せば、実は、駄洒落「妹(リモート)コントロール」に共感するレベルと同じ絶妙な語呂合わせに感銘するものだったのかもしれませんが、だとしても、そのことが、石川啄木の「人」や、「作品」や、そしてその「薄幸」の実態をも、いささかも貶めるものではないことを確認しておかねばなりません。

たとえ「それ」が、虚偽であろうと、あるいは、巧みな語呂合わせにすぎないだけのものであろうと、天才的な言葉のチョイスに酔うということだけでも、それはリッパに文学鑑賞たりうるものだと信じています。

かの「ローマ字日記」に記された淫蕩無頼も、おそらくは「そういうこと」だったのだと思います。

しかし、それなら何故、「ローマ字日記」においても、距離を置いた「巧みな語呂合わせ」的な空虚でクールな姿勢を保ち得なかったのか、ましてやあの、いささかも文学の香華を感じさせない過激で下卑な性描写の逸脱に陥り、つい「マジ」に捉われてしまったのか。

たぶんそれは明らかです、啄木をして描写を歪ませてしまったものとは、おそらく、どうにも逃れようもない生活苦という過酷な現実に対しての呪詛のような「怒り」だったのだと思います。

明治43年10月27日、長男・真一死去。
明治44年3月7日、母・カツ肺結核で死去。
同年4月13日、啄木肺結核で死去。
明治45年、妻・節子肺結核で死去。
その後、長女・京子24歳で死去。
次女・房江18歳で死去。
[PR]
by sentence2307 | 2016-06-12 20:12 | 映画 | Comments(0)