世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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先週の木曜日、朝の通勤途中のことでした、別段急いでいた訳でもないのですが、歩道の段差に蹴躓いて転倒し、その勢いで車道まで転がり出て、アスファルトに額をしたたか打ち付けてしまいました。

しばらくは容易に立ち上がれず突っ伏したままでした。

そのときのタイミングで自動車が通りかかっていたら、完全に軋かれていました。

激突で衝撃を受けた額はかなりの痛みがあり、手を当てるとどんどん腫れてきたのが分かり、血も少し滲んできたのですが、救急車のお世話にもならずにそのまま出勤しました。

とりあえず会社に入って、総務課で労災の手続きをしてもらい、そのうえで病院に行こうととっさに判断したのだと思います。

手続きが終わり、虎の門病院に連絡してもらって、緊急外来として駆け込みました。

そこでCTスキャンなどの検査をしてもらったのですが、脳内に出血はなく、骨にも「別段の異常はない」という結果が出たので、ひとまず安心です。

早々に会社に戻り、上役に経過を報告し、翌日の休暇届を出し、金曜日の夜に友人と飲む約束があったので事情を話して約束の延期をお願いしたり(ごめんなさい)、仕事の引継ぎをしたりと、大方の手当てをしてその日は早めに退社した次第です。

翌日は、別段静養というほどでもないのですが、脳内出血していれば痙攣は2日後くらいにはあるはずだぞ、そのときの処置はだね、などと救急担当医師に脅されていたので、おとなしく痛み止めを飲んだり湿布を変えたりして終日家で過ごしました。

その日の夕方には何事もなく腫れも引き、痛みの方も和らいできたことが自分でもはっきり実感できました。

そして、明けて土曜日には、あっけないくらい「いつもの常態」に戻っていたので、「もう、なんともないぞ」と家人に話したところ、「ちょっと鏡を見てみなさいよ」と言われ、言われるままに鏡を覗き込んでビックリ、「これがオレ!?」、そこには顔面全部痣だらけの物凄い顔が写っていました。

あの「豹柄」とでもいった方がふさわしいくらいの、まるで歌舞伎のくま取りといっていいシュールさです、特に目の周りなど黒々と腫れあがっていて、これじゃあまるでパンダです。

そういえば、額を打ち付けた際に眼鏡の枠が目の周囲の柔らかい部分に食い込んだかもしれません、そのときだって、たまたまそこに自動車が通りかからなかったから良かったし、それに加えて眼鏡にしても、よくぞガラスが割れなかったものと、ぐにゃりとひしゃげた眼鏡のフレームを見ながら、いずれにしても「一歩間違えば大変なことになったのだ」と今更ながら事故の重大さにゾッとした次第です。

しかし、よく見ると、目の周りの痣は、ちょうどアイラインを入れみたいに色っぽくなっていて、退職したら一度ニューハーフのホステスでも試してみるか、結構いけるかも、などと冗談が出そうになりましたが、なんだか昨日から不機嫌な家人には到底通じるとは思えないので、躊躇の末に口にするのはやめました。

まあ、痣だらけの猛烈なこの顔はどうにかカモフラージュするとして、体は健康なので、とりあえず、月曜日には出勤するつもりでいますが、そのためには、このひしゃげた眼鏡をどうにか修理しとかなければなりません。

そうそう、それに、髪も伸びすぎているのでそろそろ散髪に行かなければならないだろうな等と考え、とりあえず、この土曜日は、このふたつのことを一回の外出で一挙に処理してしまうことに決めました。

眼鏡は去年の12月に安売りで有名な近所のチェーン店の年末セールで買ったばかりのもので、いつもなら領収書とか保証書のたぐいは、早々に捨ててしまうのですが、今回は幸いにもちゃんと保管してありました。ああ良かったという感じです。

眼鏡店については、いままで安売りのチラシにつられて眼鏡を買いに行って、店員のしつこい営業トークにあい、圧倒され、フレームはブランドものでなければ見栄えがしないとか、安物レンズは分厚くていかにもチープでみっともないとか、話自体を聞いているのが面倒になって(いま思えばそれが営業戦略だったのでしょうが)、逃げる許可を得るみたいについつい高価な眼鏡を買ってしまう・買わされるという苦い経験を幾度もしてきました。

その点この安売りチェーン店の対応は実にあっさりしていることが大いに気に入っています。

それに、もともと安価なので、たとえ予備の眼鏡をもうひとつ作ったとしても、いままで買わされた眼鏡よりもはるかに安い価格で済むということもあり、最近はもっぱらこの店を愛用していますし、今回もそのとき作った予備の眼鏡があったので実に助かりました。

価格の安い眼鏡を求めて来客が多くたて混んでいるせいもあるのですが、対応も余計なことは一切言わないクールなビジネスライクに徹しており、その点も自分好みです。

今回の修理もサービス内で、翌日にはできるというので、まずは、こちらの方は一安心でした。

さて問題は散髪の方です、顔見知りの理髪店なので、この痣だらけの顔を見たら、あの好奇心の強いオヤジのことですから、きっと根掘り葉掘り何かとうるさいことを聞いてくるに違いありません、間断なく話しかけることがサービスかなんかだと勘違いしているらしい、その善良さ(かどうかは分かりませんが)そのまま面倒くささと同居しているごく単純な、それだけに厄介なオヤジなので、いわば今の自分にとっては、「死の棘」といってもいいような存在というしかありません。

客足が鈍る昼下がりを見計らって理髪店のドアを開けました。案の定お客さんはひとりもいません。

「いらっしゃい」とやたら元気ないつものオヤジの声です。「しばらくですね、どうされました」などと話しかけ、椅子を回しながら、にこやかな顔で客を招くいつもの仕草をして自分が座るのを待っています。

こちらは、オヤジが顔の痣のことをいつ切り出すかと身構えているのですが、一向にその気配はありません、緊張していたぶん次第に拍子抜けしていく感じです。

オヤジは、いつもの手順で散髪を始めながら、いつも最初は「野球」か「俳句」かのどちらかの話から始まります。

どの客にたいしても「そう」なので、きっとこれが彼にとっての営業用のルーティンなのだなと考えられ、今日のところもひと当たりこれをやらないと彼も私の「顔の痣」の話題に取り掛かるきっかけがつかめないのかもしれません。

そのときは終わったばかりの「WBC」の話題の方も大いにあり得たのでしょうが、今日の最初の話題は、「俳句」の方でした。方々の句会にも参加しているという、もう40年からのキャリアをもつ俳人で、大そうな号もあるとか、詳しいことは知りませんが、いずれにしてもたいしたものです。

オヤジは言います。「今日の夕刊見ました? 室生犀星の全集未収録の手紙が64通も発見されたそうですよ」

ここに来る前に自分も夕刊はチラ見してきたので、その記事は読みました。犀星に対して特別な興味があるというわけではないのですが、彼がまだ金沢にいた当時、裁判所に勤めていたという経歴が強くインプットされて印象に残っているので、関連記事には一定の反応をするのだと思います。

「なんだかその手紙には未発見の俳句も書かれていたんですってね」

オヤジが「俳句」の話題を振る前に、自分が先に言ってしまったのは、たぶんお喋りの彼に対して少しばかり意地悪をしてやろうという邪心があったことは否めません、事実です。

しかし、そのときは「そう」ではありませんでした。

いや、それは、話題を横取りした自分に対するオヤジの更なる逆襲だったのかもしれません。

「私が購読している俳句の雑誌に、たまに「小説家の俳句」とか「文化人の俳句」なんかを特集することがあるのですが、ごくたまに「映画人の俳句」なんていう特集もあるんですよ。」

「あっ、そうなんだ」映画好きの自分を見込んだうえで意表を突いてそうくるか、という感じです。

「そこにね、小津安二郎監督の俳句も載っていたことがありましたよ。小津監督も俳句を作ったんですね、五所監督や吉村監督が俳句好きってことは、有名ですけどね。」

「へえ、そうなんだ」だの「ほほお、なるほど」だの、今日の自分は、まるでバカみたいな「あいづちマシーン」になり下がっています。

「それによると、俳句っていうのは、それぞれまったく違う言葉の組み合わせによって異なるイメージが喚起するという部分で、映画作りにも多大な影響を与えたんだそうですよ」

もはや相槌どころではありません、感心しなから聞き入ってしまっていました。

「それって、小津監督が、ですか」

「いえいえ、そちらはエイゼンシュテイン、例のモンタージュ理論のもとになったとか。日本の文化が好きだったから、彼。もちろん小津監督や日本の多くの映画監督にだって相当な影響を与えたこと間違いないとは思いますけどもね」

散髪してもらっているのに、ほんとうに申し訳なかったのですが、あえてのけぞり、オヤジさんの顔を思う存分しげしげと仰ぎ見ました。


やがて散髪も終わり、「どうもありがとうございました」というオヤジの声に送り出されて店を出てきたのですが、結局最後まで、オヤジは、自分のこの顔の痣のことには一切触れませんでした。

ああ見えても、あのオヤジ、自分が顔の痣のことを気にしているかもしれないと忖度して、差しさわりのある話題をあえて避け、「エイゼンシュテインと俳句」などという驚天動地の話題を振ることができるあたり、彼も結構なプロだったんだなと感心しました。

たとえ自分が店のドアを閉めた途端、さっそく奥さんに「お前、あの人のすごい顔の痣見たかい、なんだろうね、ありゃ、ええ」などといつものオヤジらしく興味本位のネタにされたとしても、まあ、今度ばかりは許してもいいかなと考えながら家路をたどりました。



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by sentence2307 | 2017-03-26 10:51 | 映画 | Comments(0)

自分対策

いつの間にか時間が物凄い勢いで過ぎてしまい、このブログにもすっかりご無沙汰で、実に大きなブランクをつくってしまいました。

まあ、仕事の方もそれなりに忙しく、慌ただしいこともありますが、もちろん、そんなことは、なんの言い訳にもなりません、いままでだって、そういう繁忙期の中でどうにか時間をやりくりしては、ささやかな映画の感想をコツコツと書きついできたわけですから。

その「ブランク」には自分の「なまけ癖」というものが大いに関係しているのは、事実ですが、しかし、要は、ある作品に対して筋道のついた考えをじっくり深めたり組み立てたりという集中力が、このところすっかり切れてしまったというのが、本当のところのような気がします。

モチベーションが途切れた理由として思いつくことといえば、去る2月の中旬、久しぶりに旧友と会い、雑談のなかで「好きな監督は誰」と聞かれ、思わず清水宏と答えたところ、「現在活躍している監督じゃなきゃ意味がない」と言われたことにあるかもしれません。

いまこの瞬間、「時代」に対峙して、この現実をどのように生きていけばいいのか、そういうテーマに取り組みながら、たとえ稚拙な表現ではあっても(これは、どのような作品でも器用にかたちをつけてしまう初期の清水宏監督のことを皮肉っているようにも聞こえました)閉塞した時代を切り開こうとしている同時代人の「映像作家」のことを話さなければなんの意味もないと言われたのだと思います。

彼は、一応映画関係の仕事をしていた人なので、この世界の苦労を知っている人に、素人の自分などが「青い議論」を吹きかけることなど、実におこがましく愚かしいことは、十分に承知しており、そのときはなんの反論もできずにいたことが、ストレスになってしまったのかもしれません。

それ以来、なにかにつけて、ちょっと不調なのです、特に映画の感想を書こうとすると、出かかってきた言葉が、変な自制心に邪魔されて、どうもすんなりでてきません。

しかし、だからといって映画の方は、相も変わらず見ているわけで、いわゆる「ストック」(正確には「保留」という感じですが)は、着実に増え続けています、まあ、見るだけなら「楽」という部分もありますので、見ることの方は、いまでも途切らせてはいません。

見た順に作品のタイトルと製作年度、それに監督名くらいはメモしていますが、実は、そのリストも、ただ書きっぱなし、それきりほったらかしているという極めてダレた状況にはあります。

自分の不甲斐なさを棚に上げて、出会う作品のクオリティの無さに責任転嫁してしまうみたいで気が引けますが、たぶんいままで、ぜひ書きたいという思いにさせてくれる程の作品に出会えなかったのだから、ということを言い訳としてずっと考えてきました。

しかし、それを言ってしまえば、「称賛」よりも、むしろ、ひたすら「けなす」ことの方がずっと多い自分のブログの性格上、「感動した作品」に出会えないからというのは、書けない理由にはならないわけで、むしろ「見すぎる」ということの方が、集中力を欠く原因になっているのかもしれないなどと、あれやこれや「行ったり来たり」「七転八倒」の迷いを重ねたすえに、そうだ、大づかみな「クオリティうんぬん」などと言っておらずに、実際にいままで見てきた映画を10本ごとに括って、ひとつひとつ検証してみたらどうだろうかと思いつきました。

時期的なくくりとしては、そうですね、このブログに最後にアップした「八日目の蝉」あたりくらいからではどうかなと。

ベスト10というわけではないのですが、一応自分の好みの順になってしまったかもしれません。

これは、いわば、自分自身の活性化をはかるための自分整理というか、「自分対策」みたいなものですね。



八日目の蝉(2011)監督・成島出
ブリッジ・オブ・スパイ(2015)監督スティーブン・スピルバーグ
この国の空(2015)監督・荒井晴彦
殺人カメラ(1948)監督ロベルト・ロッセリーニ
ザ・ウォーク(2015)監督ロバート・ゼメキス
黒の魂(2014)監督フランチェスコ・ムンズイ
忠臣蔵(1958)監督・渡辺邦男
妹の体温(2015)監督・アンネ・スウィツキー
シービスケット(2003)監督ゲーリー・ロス
ユーズドカー(1980)監督ロバート・ゼメキス


からゆきさん(1973)監督・今村昌平
元禄忠臣蔵(1941)監督・溝口健二
団地(2015)監督・阪本順治
総長賭博(1968)監督・山下耕作
葛城事件(2016)監督・赤堀雅秋
最愛の子(2014)監督ピーター・チャン
蜜のあわれ(2016)監督・石井岳龍
カナリヤ(2004)監督・塩田明彦
シン・ゴジラ(2016)監督・庵野秀明
僕だけがいない街(2016)監督・平川雄一朗


怪談(1965)監督・小林正樹
さよなら人類(2014)監督ロイ・アンダーソン
情事(1959)監督ミケランジェロ・アントニオーニ
岸辺の旅(2015)監督・黒沢清
王将(1948)監督・伊藤大輔
オデッセイ(2015)監督リドリー・スコット
黄金のアデーレ 名画の帰還(2015)監督サイモン・カーティス
サヨナラの代わりに(2014)監督ジョージ・C・ウルフ
クロノス(1993)監督ギレルモ・デル・トロ
白鯨との闘い(2015)監督ロン・ハワード


キャロル(2015)監督トッド・ヘインズ
三里塚の夏(1968)監督・小川紳介
大丈夫であるようにCOCCO終わらない夏(2008)監督・是枝裕和
ドラゴンタトゥーの女(2011)監督デヴィット・フィンチャー
春香伝(2000)監督イム・グォンテク
約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯(2012)監督・齊藤潤一
12人の優しい日本人(1991)監督・中原俊
さや侍(2011)監督・松本人志
森山中教習所(2015)監督・豊島圭介
ドレイ工場(68)監督・山本薩夫、武田敦


レヴェナント:蘇りし者(2015)監督・アレハンドロ・G・イニャリトゥ
あん(2015)監督・河瀬直美
風花(1959)監督・木下恵介
殿、利息でござる(2016)監督・中村義洋
沈黙(1971)監督・篠田正浩
あ、春(1998)監督・相米慎二
式部物語(1990)監督・熊井啓
先生と迷い猫(2015)監督・深川栄洋
日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里(1957)監督・森一生
ドグラ・マグラ(1988)監督・松本俊夫


永い言い訳(2016)監督・西川美和
スポットライト 世紀のスクープ(2015)監督トム・マッカーシー
弥勒MIROKU(2012)監督・林海象
野のなななのか(2013)監督・大林宣彦
起終点駅 ターミナル(2015)監督・篠原哲雄
珈琲時光(2003)監督・侯孝賢
地球最後のふたり(2003)監督・ペンエーグ・ラッタナルアーン
無知の知(2014)監督・石田朝也
リトル・マエストロ(2012)監督・雑賀俊郎



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by sentence2307 | 2017-03-13 20:59 | 映画 | Comments(0)