世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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先週の木曜日、毎月恒例の「半日出張」というのがありました。

最近は、もっぱら若い課員たちの持ち回りで行われていたので、永い間、この「半日出張」から自分は遠ざかっていたのですが、本当に久し振りにお鉢がまわってきました、そのワケというのを書きますね。

大企業の出張といえば、華々しい「ニューヨーク出張」とか、「ロンドン出張」ということになるのでしょうが、わが社では、せいぜい東京近郊の営業所に顔を出して、現場で最近の営業成績の報告を聞き、それを報告書にまとめて本社の担当部長にあげるだけの、半日あれば十分こと足りる楚々とした可愛らしい出張です。

まあ、営業所とのコミュニケーションを図るというのが主たる目的ですね。

それでもバブルの頃は、このミーティングのあとには「酒席」が用意されて、現場の営業所員の慰労も兼ねた賑やかな親睦の会が持たれていました。

なにしろ、景気のいいピークのときなどは、コンパニオンの綺麗どころをよんでチークダンスを踊ったり、飲めや歌えの大騒ぎをしたなんてこともあったんですよ、実にシアワセな思い出です、いまとなっては大昔の夢物語です。

なので、当時は、これは課長(あるいは、それに準ずる管理職)の特権的な出張ということだったのですが、現在のこの深刻な営業成績の大低迷期にそんな浮かれた「酒宴」などとんでもない話で、最近では、若手が順番に営業所に出向いて報告を聞き、そのまま帰ってくるという素っ気ない出張に落ち着いています。「落ち着いてきた」というのは、言い換えれば、「ダレ始めてきた」ということでもあったかもしれません、後述しますが

そして先月、ちょっとした事件がありました。

当日、出向く予定だったわが課の若手担当者が、その朝になって俄かに急用ができて、営業所に
「急に行けなくなったので、こちらで報告書を上げておきますから、行ったことにしておいてほしい。ついては、そちらの方も口裏だけ合わせてください」
と連絡したのだそうです。

これはなにも悪気があって会社の方針に楯突くとか叛逆するとか、そんなダイそれたことではありません、「急用ができたので仕方ない」という素直な気持ちから(たぶん上記の「ダレ始めていた」ことが、その発想を後押ししたとしても、「出張拒否」までの意識はなかったと思います)、彼は定石通り「ホーレンソー」の「連絡の項」をチョイスし、忠実に責務を果たしたのだと思います。

連絡を受けた営業所も、営業報告なら定期的に逐一本社に送っているわけだし、なにも本社の人間がわざわざ出向いてくるには及ばない、しかも来る人間といえば何の権限もない若手ばかり、といっても、本社の人間がわざわざ来るとなればムゲにもできず、時間を割いてそれなりの対応をしなければならない、そのうえで実際に話すことといったら決まりきった儀礼的な話をするだけで半日つぶされてしまう、日ごろはこちらの事情も無視して「もっと頑張れ、稼げ、稼げ」などと無理難題を吹っかけてくるくせに、なにもこの忙しい時期に形骸化した鬱陶しい慣行を押し付けて営業の邪魔をしなくたっていいじゃないか、本社はなにを考えているんだ、マッタクモウ、こんなもの「さっさとやめてしまえ」というのが、常日頃の営業所の「本音」なので(時間をとられるということでは、本社の若手課員の方だって同じです)、この申し出には営業所の方もすぐにのってきて、架空の相互アリバイ工作は成立しました。常日ごろ、抑制していた不満が噴出する切っ掛けみたいになって、互いに共鳴してしまったという感じです。

もともと形骸化していた「半日出張」です、相互で「懇談」があったことにすれば、あとは営業所が本社に告げた数字を教えてもらい、定型文書の空欄にそれを書き込み、通常ルートでハンコをもらって、上へあげておけばそれでオシマイというわけです、「なんの支障もありません」とこの若手社員は考え、このダレた半日出張のその「ダレ」感を、営業所ばかりでなく、本社の担当部長も共有しているに違いないといつの間にか思い込んでいたのが、そもそもの誤りだったのかもしれません。

この、「あったことにする」という口裏合わせの企み(甘い誘惑)は、出張の当事者なら誰もが一度は妄想した魅惑のアイデアには違いありませんが、それを実行に移すかどうかは、また別の問題です。けれども、実際、出向いた営業所で話されることといえば、先月だって先々月だって、半年前だって1年前だって、いつも同じなので、口裏を合わせるもなにもそんな大仰なことでなく、虚を捨てて実を取るという観点からすれば、この「相互アリバイ工作」、それなりに合理的な考えだったことは否めませんが、のちにこの事件が発覚した時、事件にかかわった関係者のすべてが、基本的にこの考え(「口裏合わせ」には「やめてしまえ」が強く作用しています)に同調したことは明らかで、これが「半日出張」を立案した担当部長の怒りをさらに一層煽って逆上させたといえるかもしれません。

「無礼者! 会社の決め事をどう考えておるのだ」という感じです。

さて、「事件の発覚」の話に戻りますね。

この事件、関係書類さえ完璧に整っていたら、あるいは、「発覚」までは至らなかったかもしれません、たぶん、ここで話はおしまいだったはずでした。しかし、この企み、ひょんなところ(ささいな書類の不備)から「足が付いた」のです。

営業所とのミーティングには、さすがにお酒こそ出ませんが、その都度、人数分のコーヒーを近所の喫茶店からとることは許されており、コーヒー代は予算にもしっかり計上されています、そのほかには電車賃相当額の「出張旅費 請求書」と「半日出張手当 請求書」というのが、部長の元に集まることになっており、それを部長が一括して専用ファイルに綴り込むというのが手順になっています。

つまり、担当部長の手元には、その日の「出張報告書」、「半日出張手当 請求書」、それに当日出された「コーヒーの請求書」と「交通費請求書」がセットになって提出されるのですが、そのときの書類のセットに、「コーヒーの請求書」だけが欠落していることを部長は気づきました、経理に問い合わせても、それらしい「領収書」も「請求書」も届いてないという返事がかえってきました。
担当部長は、当初、

「なにも遠慮することないじゃないか、コーヒーくらい頼めよ」

と慰労するくらいの積りで(そのときは、当然上機嫌でした)担当者を部長室に呼びました。

サラリーマンなら、誰しも「部長室に呼ばれる」ということが、いかにプレッシャーであるか、お分かりいただけると思いますが、なにしろ、われわれはまさに「ここ」で、突然の僻地への「異動」を命じられたり、君には本当に申し訳ないが、なにしろこの不景気でねと「減俸」を告げられたり、酒席での暴言を咎められて「譴責」を受けたり、果ては悪夢のような「解雇」だって言い渡されかねない、そういうさまざまな「理不尽で忌まわしい命令」に甘んじて受けなければならない実に恐ろしい処刑場のような場所なので、「部長室に呼ばれ」た若者が、部長室に歩を運ぶまでに「自分がなにか悪いことでもしでかしたのか」と恐る恐る妄想をめぐらし、「もしかしたら、あの半日出張の口裏合わせ!」と思い至り、「ああ~あれか!」と恐怖・恐慌に襲われた瞬間がちょうど部長室の前、震える手でノックするときには、顔面蒼白、血の気が一気に失せて、部長の問いにもまともな返事ができないまま、すぐに「出張報告書」が虚偽であることを自供しました。
A部長が、烈火のごとく怒ったのは、当然といえば至極当然のなりゆきといえます。

この「半日出張」は、いまも担当部長をしているこのA氏の肝いりで始められたプロジェクトだけに、「会社の決め事を無視した」よりも、「自分のプライドを傷つけられた」と思ったとしても無理ありません。

たぶん、どこの会社もそうだと思いますが、「本社」と「営業所」は、なにかと敵対し合い、いがみ合って、つまらないことで仕事そっちのけの見苦しい足のすくい合いをします。

営業所勤務の長かったA部長は、かつて当事者だっただけにそういう事情(弊害です)には精通・熟知していて、それをとても気に病んでおり、なんとかして本社と営業所との風通しをよくしようと様々な施策を講じてきました、チームワークなくして営業成績アップなんて、とても望めないのだと全社員に力説し続けてきたのです。

その施策のひとつが、「半日出張」で、A部長にとってはとても思い入れの深い施策でした。まさに、A部長にとっての理想(本社と営業所が手を取り合い、かばい合い、和気藹々と協力し合って一丸となって仕事をする)につながる大切な施策です。

みんなが努力すれば「全社一丸」は夢物語なんかじゃないと固く信じている「半日出張」推進の懸案者で推進当事者でもある担当部長(「一人は皆のために、皆は一人のために」が口癖です)にとって、この「半日出張」こそは、その精神性のシンボル的な仕事として位置づけ、重要視し、とても熱心に注視していたことが、あとで分かりました、この出張は部長にとっては「形骸化」でもなんでもない、とても重要な施策だったのです。

その大切な施策を虚偽の出張報告で誤魔化そうとしたことは、たぶん、A部長のプライドを深く傷つけただけではなく、同時に、この虚偽報告を通して、本社と営業所のほとんどの人間がこの「半日出張」を批判的に冷笑していることを瞬時に察知したのだと思います。

それは、徳川綱吉が、目の前で「生類憐みの令」の愚かしさ・馬鹿々々しさ・愚劣さを家臣から正面切って直接罵倒され嘲笑され冷笑されたようなものだったかもしれません。誰一人自分の理想を理解しようとしないA部長の失望と怒り(社員のすべてが自分を揶揄する敵に見えたに違いありません)は、想像を絶するものがあったのだと思います。

疑心暗鬼になったA部長の怒りの嵐は、本社と営業所を揺るがしました、部長室には入れ替わり立ち代わり関係者や無関係者(人事課長とか営業所長とか)が慌ただしく出入りし、そのたびにトビラは叩きつけるように閉められたり、恐る恐る開けられたり、その一瞬開いた扉の向こうからは誰のものとは分からない悲痛な絶叫「お前たちはな!」とか「そんな理由で有能な社員を・・・」などというさまざまな声が入り乱れて漏れ聞こえてきます。

それを同じフロアで逐一聞かされている当の青年はじめ社員たちは、身をすくめて、真っ青になって聞いていました。

やがて、部長室の騒ぎもだんだん収まってきたのが雰囲気で分かるようになった頃、部長室の扉が静かに開いて人事課長の顔が現れ、自分を手招きしています。

ジェスチャーで「わたし?」と自分を指さして目を見開いた顔が、我ながらなんとも間抜けだなと思いましたが、この際そんなことを気遣っている場合ではありません。

フロアにいる社員全員の注視を受けながら、おずおずと部長室に入りました。

実は、A部長と自分とは同期です。

例の「コンパニオンとチークダンス」の際も、一緒になって泥酔して騒いだ仲です、たぶんそのときが、彼と「同僚」として付き合った最後の時期だったかもしれませんが。

その後、彼はめきめきと頭角を現し出世街道を邁進しました。

しかし、相変わらず、その根っから「叩き上げ」のような貪欲な仕事ぶりから、彼が、とんでもない高学歴の持ち主であることが、どうしても結びつかず、その辺の愚直さも周りから好感をもたれたことのひとつだったと思います。

そして、この部長室に呼び入れられたとき、自分は気心の知れたかつての同僚として「事態の収束」の役目を課せられるのだなと察しました。

A部長は、まず、今度の虚偽出張は、社員の無自覚と綱紀の緩みにあるが、そもそも、そういうことを許した管理職にも責任の一端があり、自分としては、当事者数人を処分すれば、それで今回の問題が済むなどとは少しも考えていない、「半日出張」なんてつまらないことかもしれないが、会社の仕事で「つまる」ことなんてどこにある、円滑な人間関係があってはじめて・・・とかなんとか話をまとめたA部長は、自分に向かって、

「そこで当分のあいだ、半日出張は、営業所に顔の利く〇〇さん(自分です)に、行ってもらうことにしましたので、よろしく」と指示しました。

一連の騒動は、これでお仕舞いになりました。

管理職が皆退出したあと、自分は、ガチガチになっている虚偽出張の当事者の若者を呼び入れて、ともに部長に謝罪し、深々と最敬礼しました。

部長は青年に歩み寄り、肩に手を置いて「これからは気をつけろよ、君にもいい薬になっただろう。この経験を忘れるな」と言い渡しました。

元はといえばこの事件を引き起こした当の本人が、ごく間近で、身をすくめながら騒動の一部始終を見ていたわけですから、それだけで十分な制裁を受けたと判断した部長の、これがいまの彼ができる精一杯の励ましなのだなと思いました。

さて、これでようやく自分が「半日出張」に行くようになったイキサツが書けました。

それが文頭の
「先週の木曜日、毎月恒例の『半日出張』というのがありました。」
です。

ですが、なにせ午後から出かければいいので、前夜床に入る際には、翌朝はぎりぎりまで朝寝をして、午前中は家でゆっくりできるなと思いながら寝付いたのですが、結局、骨身にしみた貧乏性のために、いつものとおり午前6時前には目が覚めてしまいました。

いったん、目が覚めてしまうと、体まで目覚めてしまい、それ以上横になっていることができません。

起きだして自分が最初にすることは、新聞なんか読むより先に、今日どんな映画を放送するか、プログラムを眺めて確かめることから始まります。

そんなことをしても、会社のある日には、ほとんど見られないのですが、眺めて「こんな作品をやる」と思うだけでも楽しいのです、これはストレスではなく、十分な楽しみな習慣のひとつになっています。

その木曜日、なんと日本映画専門チャンネルで午前6時30分から佐伯幸三監督の「ぶっつけ本番」(1958東宝)が放映されると書いてあるじゃありませんか。

この作品の高評価は、ずっと以前、友人から聞いたことがあったのですが、いままで見る機会がありませんでした。

まだ間に合う、いやいや、間に合うどころじゃない、大セーフだ、それに今日は午後出張だから、ゆっくり見られます。

実にいいタイミングだ、こんな巡り合わせって、滅多にありません、初めての経験です。

「あなた、出張、大丈夫なの」と女房に嫌味を言われながら、見事全編を見通しました。

ということで、次回は、佐伯幸三監督「ぶっつけ本番」(1958東宝)のコラムを書こうと考えています、予告先発みたいですが。


さて、このコラム、実は、フランス映画「パーフェクトマン 完全犯罪」(2015、監督・ヤン・ゴズラン)を見たときに、思わず最近の会社であったこの騒動を連想し、しかし、完全犯罪映画の傑作といえば、やはり「太陽がいっぱい」だろう(死体をビニールでぐるぐる巻きして処理した感じが似てました)と連想がさらに飛び、あの死体のバラシ方が「パーフェクトマン 完全犯罪」の方では随分あっさりしていて淡白なので、やはり、そのあたりを凝りに凝って見せた「太陽がいっぱい」は、やはり名作だったんだなという思いを込めて書きたかったのですが、実際の生々しい事件を前にしては、どうもしっくり嵌りませんでした。


パーフェクトマン 完全犯罪
(2015フランス)監督ヤン・ゴズラン、製作チボー・ガスト、マシアス・ウェバー、ワシム・ベシ、製作総指揮ウーリー・ミルシュタン、脚本ヤン・ゴズラン、ギョーム・ルマン、撮影アントワーヌ・ロッシュ、音楽シリル・オフォール
出演ピエール・ニネ、アナ・ジラルド、アンドレ・マルコン、バレリア・カバッリ、ティボー・バンソン、マルク・バルベ、ロラン・グレビル



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by sentence2307 | 2017-06-25 09:28 | 映画 | Comments(0)

スモーク

前回、「マイ・ベスト10」というタイトルでコラムを書きました。

おもな理由は、自分がいままで書いてきたコラム群が、そのまま自分が感動した映画作品と必ずしもイコールってわけじゃないことを書き残しておきたかったからです。

つまり、映画「花芯」の感想を書いているあいだにも、実に多くの映画に出会っていて、実は、そちらの方をこそ書きたかったこと、むしろ書き残しておくべきだったのだけれども、そうできなかったのは、それなりの「遣り過ごさなければならなかった事情とイキサツ」のあったことなどを書いておかなければと、ちょっと「遣り切れない気持ち」から、背中を押されるようにして書きました。

いつのときもきっと「そう」なのでしょうが、すべてのことを忘れてしまうくらいの時間が経ってしまったとき、コラムの表題の羅列を眺めながら、そのなかに混ざり込んでいる「花芯」のタイトルを見つけ、「ああ、こんな作品にも関心を持ったんだ」と、この自分でさえもシンプルに思ってしまうに違いない可能性(いわば、「懼れ」です)が大いにあることに呆然とし、当然それは現実には避けられないことであって、そういうこと(忘却)の繰り返しで日常は成り立っているのだとしても、そのタイトルを掲げたことによって剥落したもの(タイトル)もまたあったのだということを書き残したかったのだと思います。

時が過ぎ、すべての記憶が失われ、やがてくる未来のいつの日かに、たまたま「花芯」のタイトルを見出した時、「花芯」に囚われていたその時間の流れの中には、自分のチカラ不足のために、たとえ自立したコラムとして成立させることができなかったとしても、そこには同時に


「ニーチェの馬」、「裁かれるは善人のみ」、「ひつじ村の兄弟」、「ブルックリン」、「若者のすべて」、「スモーク」、「さよなら歌舞伎町」、「裸足の季節」、「教授のおかしな妄想殺人」、「ティエリー・ドグルドーの憂鬱」、「セトウツミ」、「ある終焉」

に寄せる想いもまたあったこと、いや、そればかりではなく、実に多くの愛すべき作品たち、

「ドリームホーム 90%を操る男たち」、「朗らかに歩め」、「座頭市 地獄旅」、「箱入り息子の恋」、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」、「ターザン:REBORN」、「カミハテ商店」、「黄色いからす」、「ザ・ギフト」、「ジュラシック・ワールド」、「ジュリエットからの手紙」、「座頭市 牢破り」、「地獄」

に揺れた想いもまたあったのだということを書き残しておきたかったこと、少なくともそれが「いま」の自分のリアルでもあったことを「未来」に向けて是非とも書き残しておきたかったのだと思います。

さて、こんなふうに言い訳がましいことを縷々書き綴ってきたのですが、それにはひとつの理由があります。

それは、「スモーク」(監督:ウェイン・ワン)の感想を書きたいと思いながら果たせないでいるという現状があって、ただ、手元にはその素晴らしい一場面を書き残したメモだけが中途半端な「猶予」の状態で残ったままになっています。

これをなんとかしなければという気持ちから、この一文をここまで無理やり引っ張ってきた次第です。

ブルックリンの街角で小さな煙草屋を営んでいるオーギー・レン(名優ハーヴェイ・カイテルが演じています)は、10年以上毎日同じ時刻の同じ場所で写真を撮影する習慣をもっている。

煙草屋の常連でオーギーの親友でもあるポール・ベンジャミン(これまた名優ウィリアム・ハートが演じています)は作家で、数年前の銀行強盗があったとき流れ弾で妻を亡くして心に深い傷を負っています、それ以来、小説がまったく書けない状態(静かな悲嘆と空虚な日々)が続いています。

ある夜、切れた煙草を求めて閉店間際の店に駆け込んできたベンジャミンは、たまたまオーギーに写真撮影の趣味のあることを知り、アルバムを見せてもらいます。

「みんな同じ場所だ」と驚くポールに

「そう、しかも同時刻にね」とオーギーは答えます。

いわゆる「同時刻・定点撮影」というやつです。

そして、アルバムのページをめくっていくポールは、その写真集のなかに亡き妻の在りし日の姿を見つけて驚き、号泣するというとても素晴らしい場面です。

妻を亡くして傷心を抱え持った男の孤独と、孤独がどういうものか知り尽くしている親友の優しい交歓の傑出した場面、そう簡単には忘れるわけにはいきません。

そのシーンのやり取りを必死になって逐一メモりました。


ポール「みな同じだ」
オーギー「そう、4000枚、みな同じ写真だ。朝の8時の7番街と3丁目の角、4000日、1日も欠かしていない。休暇もとれない。毎朝、同じ時間に同じ場所で写真を撮る。」
ポール「こんな写真は初めてだ。」
オーギー「おれのプロジェクトだ。一生を懸けたおれの仕事だ。」
ポール「驚いたな。だが、分からない。なぜそんなことをする。そもそもこんなことを始めた切っ掛けはなんだ。」
オーギー「ただの思いつきさ。おれの街角だ。世界の小さな片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。おれの街角の記録だ。」
ポール「確かにすごい記録だ。」

同じ時間・同じ場所で撮られた写真ばかりだと知ったポールは、無造作にさっさとページを繰り始めます。

オーギー「ゆっくり見なきゃだめだ。」
ポール「どうして?」
オーギー「ちゃんと写真を見てないだろう。」
ポール「でも、皆同じだ。」
オーギー「同じようでいて一枚一枚全部違う。よく晴れた朝、曇った朝。夏の日差し、秋の日差し。ウィークデイ、週末。厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。同じ顔、違った顔。新しい顔が常連になり、古い顔が消えていく。地球は太陽を廻り、太陽光線は違う角度で差す。」
ポール「ゆっくり見る?」
オーギー「おれはそれを勧めるね。明日、明日、明日、時は同じぺースで流れる。」

そして、

ポール「これを見ろ。見ろよ。エレンだ。」
オーギー「そうだ、奥さんだ。ほかにも何枚かある。出勤の途中だ。」
ポール「エレンだ。見ろよ。僕が愛したエレン。」

そして、ポールは泣き崩れます。

同じようでいて一枚一枚全部違うこと、ポールにとっては特別な一枚である写真を見つけ出します。


よく晴れた朝、曇った朝。

夏の日差し、秋の日差し。

ウィークデイ、週末。

厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。

同じ顔、違った顔。

新しい顔が常連になり、古い顔が消えていく。

地球は太陽を廻り、太陽光線は違う角度で差す。


季節はめぐり、時は移ろい、穏やかな静けさで残酷に時を刻み、新しい顔が常連になり、そして、古い顔が消えていく。

失われた名優ウィリアム・ハートに思いをはせながら、名優ハーヴェイ・カイテルのこの述懐の素晴らしい場面を繰り返し見続けました。

(1995米日独)監督・ウェイン・ワン、原作脚本・ポール・オースター『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』(邦訳・新潮文庫『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』所収)、製作・ピーター・ニューマン、グレッグ・ジョンソン、黒岩久美、堀越謙三、エクゼクティヴ・プロデューサー・ボブ&ハーヴェイ・ウェインスタイン、井関惺、製作・堀越謙三、黒岩久美、ピーター・ニューマン、グレッグ・ジョンソン、撮影・アダム・ホレンダー、音楽・レイチェル・ポートマン、美術・カリナ・イワノフ、編集・メイジー・ホイ、
出演: ハーヴェイ・カイテル(オーギー・レン)、ウィリアム・ハート(ポール・ベンジャミン)、ハロルド・ペリノー・ジュニア(トーマス・コール)、フォレスト・ウィテカー(サイラス・コール)、ストッカード・チャニング(ルビー・マクナット)、アシュレイ・ジャッド(フェリシティ)、エリカ・ギンペル(ドリーン・コール)、ジャレッド・ハリス(ジミー・ローズ)、ヴィクター・アルゴ(ヴィニー)、ミシェル・ハースト(エム)、マリク・ヨバ(クリーパー)、ジャンカルロ・エスポジート(トミー)

95年ベルリン映画祭金獅子賞受賞。95年度キネマ旬報外国映画ベストテン第2位



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by sentence2307 | 2017-06-18 09:39 | 映画 | Comments(0)

「マイ・ベスト10」

なにせ性分なのでどうにも仕方がないのですが、映画を10本見るごとに、どうしても順位をつけずにはいられません。

むかしからずっと続いているこの習慣(ほとんど性癖です)を知った友人も「そんなことして、どうする」と訝しがりますが、「したいから、しているだけ」と、まるで小学生のような受け答えしかできないでいます。

べつに、このことを吹聴して、世間に対してどうこうする積りなど毛頭ありません。

たとえば、メモを大切に保管して2000本溜まったら(安打じゃねーし)集大成の一覧表でもつくって世界に向けて発信するとかなんて、ひとむかし前なら、こんなこと、大風呂敷のただの戯言として失笑されるのがオチだったのが、いまでは世界がネットで繋がっていて情報が世界の隅々にまで瞬時に拡散する時代です、到底冗談なんかでは済まされるわけもなく、こういう無責任な言いっぱなしは深刻な混乱を招きかねないので、そのへんは慎重に発言しなければならないと肝に銘じています。

このあたりがインターネットの面倒くさいところですよね、それに情報がまたたく間にグローバル化する「便利さ」が行き過ぎると、「自由」のはずのネット社会の盲点をつくみたいに、異常にナーバスな部分(弱者に対する「差別」意識とか、犯罪のたくらみとかテロの陰謀など)が密かに醸成され、単なる言い回しなどにも生真面目に反応し、皮肉にも、逆にひと言も発せられない「言葉の魔女狩り」みたいな息苦しい時代が迫っているような不吉な予感がします(いや、いまだって、十分「そう」かもしれません)。

この世から差別をなくすために、一挙手一投足にびくびくと気を使い、他人の行動にも異常に反応して、お互いを監視し合うサイト狩りに狂奔し、そうしたことに無知・無頓着な人々の揚げ足をとるみたいに暴き出しは糾弾し、正当化された「いじめ」みたいに苛烈に、まるで集団リンチのような集中攻撃をかけて追い詰め、自殺などという陰惨な結果を再生産しているのではないか(そもそも、その「正義」っていったいなんなんだと問いたいです)と胸を痛めているこの頃です。

さて、「映画を10本見ると、それごとに順位をつける」という自分のオタク的な私的行事(今どきの言葉でいえば「ルーティン」ですが)のことを書きますね。

あのとき、「そんなことして、どうする」と訝しがられた友人に、自分がささやかながらも映画のコラムを書く習慣があること(いずれにしても、べつに大したものではありませんが)を知らせていたら、せっせと「マイ・ベスト10」を考えたり、思いついたフレーズを手帳に書きとったりしていたことも、きっと友人はあんなふうに訝しがらずに済んだかもしれません。

友人には、自分の趣味は「映画鑑賞」と漠然と伝えていたので、そのへんで「いつもなにをそんなにメモしているわけ?」と戸惑わせてしまったことを、いつか機会があれば弁解したい気持ちです。

しかし、ただのコラムとはいえ、やはり「書く」よりも「見る」方が、はるかに楽なので、あるひとつの作品にこだわり続けていると、ずるずると書けない状態を長引かせてしまうので(なんだって長引かせれば煮詰まるのが当然です)、その期間に日々見ている映画の在庫をひたすら増大させてしまうという状態が常にあるわけですが、問題はテンションの高め方が、「書く」ことと「見る」こととは、まったく違うために、その切り替えが容易でないというところにあるかもしれません。

それに、どう転んでも自分には到底書くことのできないジャンルの作品というものがありますし、いざ書き始めても、モタモタしている間に「見る」方がどんどん捗って本数が増え、さらに10本に届いてしまったなんてこともざらにあります、自分の日常はその繰り返しで成り立っているといってもいいくらいです。

それに、「さらなる10本」の方が、現在モタモタとかかずらわっている作品より、はるかに優れた作品ぞろいだったりした場合など(多くの場合は「そう」なります)、かなり悲惨な状況で、「いったい自分は、なにをやっているんだ」みたいな惨憺たる気分におちいるわけなのです。

嫌味がましくなるかもしれませんが、例えば、安藤尋監督の「花芯」のコラムにグズグスとかかずらわっていた時が、まさに「それ」でした。
あのコラム全体に漂っている「まったく、もう」という苛立ちの半分は、その背後に、もっと書くに値する優れた作品があったこと、しかし、現状は、どうでもいいような作品に時間をとられていて、そのあいだにも、すぐれた作品を検討する機会を失い続けている外的圧力に対する腹立たしさだったと思います。

恨みごとみたいになりますが、今回は、「花芯」のコラムにかかずらわっていた間にやり過ごさねばならなかった作品群について、「マイ・ベスト10」を検討するみたいに(いつもの方法です)書いてみようと思い立ちました。

まずは、ラインナップを見た順に書きますね、数えていませんでしたが、当然10本は超えていると思います。

「ドリームホーム 90%を操る男たち」(2014)監督:ラミン・バーラニ
「ニーチェの馬」(2012)監督:タル・ベーラ
「スモーク」(1995)監督:ウエイン・ワン
「朗らかに歩め」(1930)監督:小津安二郎
「さよなら歌舞伎町」(2014)監督:廣木隆一
「座頭市 地獄旅」(1965)監督:三隅研次
「箱入り息子の恋」(2013)監督:市井昌秀
「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」(2011)監督:瀬田なつき
「ターザン:REBORN」(2016)監督:デヴィッド・イエーツ
「カミハテ商店」(2012)監督:山本起也
「裸足の季節」(2015)監督:デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン
「ブルックリン」(2015)監督:ジョン・クローリー
「教授のおかしな妄想殺人」(2016)監督:ウデイ・アレン
「ティエリードグルドーの憂鬱」(2015)監督:ステファヌ・ブリゼ
「裁かれるは善人のみ」(2014)監督:アンドレイ・スビャギンツェフ
「ひつじ村の兄弟」(2015)監督:グリームル・ハウコーナルソン
「黄色いからす」(1957)監督:五所平之助
「ザ・ギフト」(2015)監督:ジョエル・エドガートン
「セトウツミ」(2016)監督:大森立嗣
「若者のすべて」(1960)監督:ルキノ・ヴィスコンティ
「ジュラシック・ワールド」(2015)監督:コリン・トレヴォロウ
「ある終焉」(2015)監督:ミシェル・フランコ
「ジュリエットからの手紙」(2010)監督:ゲーリー・ウィニック
「座頭市 牢破り」(1967)監督:山本薩夫
「地獄」(1979)監督:神代辰己

ざっとこんな感じです。なるほど、なるほど、25本になりますか。

一応、見た順に並べましたが、この作品群からベスト10なるものを選び出すとなると、これはもう相当な難題です。

しかし、それがまた愉しみでもあるんですよね。

さて、上記の作品のうち、自分的に「ベスト10」としてイメージできない作品を、まずは抜き出してみました。

【「ベスト10」としてイメージできない作品とその理由】
*「ドリームホーム 90%を操る男たち」・・・最初被害者だった主人公が、加害者の側に加担しようとした悪への決意が明確に描かれていないのでは。
「朗らかに歩め」・・・もう少し気持ちに余裕があるときに見たら小津ワールドを堪能して、あるいは素直に評価できたかも。
「座頭市 地獄旅」・・・三隅研次監督作品として失望した。あの「座頭市物語」の孤独の深さはどこへいった。
「箱入り息子の恋」・・・夏帆のオヤジ役・大杉漣の演技は、アレで良かったのか。
「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」・・・怖い話なら、それなりの語り口で話してほしい。
「ターザン:REBORN」・・・今度のターザンは、とても小男に見えたのだが、ああいう理解でよかったのか。
「カミハテ商店」・・・自殺の名所の脇にある売店の老女の話で、そのたびごとに自殺者に立ち寄られて、彼女、最後まで鬱から抜け出せない。
「黄色いからす」・・・母親に甘えて纏わりつく設楽幸嗣の嫌らしさに、ちょっと嫌悪感を持ちました。
「ザ・ギフト」・・・ギフトが意味する最後のこのオチ、以前どこかで見たような。それともこれってリメイク。
「ジュラシック・ワールド」・・・改めてみると、ストーリーは、ジョーズそのまま。緊迫感だけが欠如。
「ジュリエットからの手紙」・・・恋でも愛でも、むかし失ったものは、それなりの理由があってそうなったわけだから、いまさら取り戻せないし、失われたものは、そのままでいいというのが、自分の立場です。
「座頭市 牢破り」・・・山本薩夫に座頭市を撮らせるなって。結果は最初から見えてたよ。あの「先生」とやらを、最後に腹黒い詐欺野郎だったとラストでバラしたら、結構座頭市らしくなっただろうに。タケシはそうしてたよね。
「地獄」・・・前振りのストーリーが理屈っぽくて長すぎて、これじゃ中川信夫に到底敵うわけない。


そして、いよいよ「ベスト10」作品です。

評価基準は、以下の5項目

荒涼たる風景、または心象風景が、自立した映像として捉えられている
荒廃した都市に見捨てられた人々の絶望と希望
孤独の深さと物語の完結度
痛切な演技
シナリオのちから


そして【「ベスト10」としてイメージできる作品】は、以下の通り

「ニーチェの馬」(2012)監督:タル・ベーラ
「裁かれるは善人のみ」(2014)監督:アンドレイ・スビャギンツェフ
「ひつじ村の兄弟」(2015)監督:グリームル・ハウコーナルソン
「ブルックリン」(2015)監督:ジョン・クローリー
「若者のすべて」(1960)監督:ルキノ・ヴィスコンティ
「スモーク」(1995)監督:ウエイン・ワン
「さよなら歌舞伎町」(2014)監督:廣木隆一
「裸足の季節」(2015)監督:デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン
「教授のおかしな妄想殺人」(2016)監督:ウデイ・アレン
「ティエリードグルドーの憂鬱」(2015)監督:ステファヌ・ブリゼ
「セトウツミ」(2016)監督:大森立嗣
「ある終焉」(2015)監督:ミシェル・フランコ

一応、順不同ですが、上位5本は、圧倒的な映像のチカラで、ねじ伏せられてしまった5作品です。





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by sentence2307 | 2017-06-17 22:26 | 映画 | Comments(0)
週末の夕方、久し振りに神保町の三省堂前で友人と待ち合わせをしました。

友人と会うのも久し振りなら、神保町に来るのも本当に久し振りです。

帰宅部だった高校生の頃の自分は、帰途、雨さえ降っていなければ九段の坂を下って神保町の古書店を見て回り、御茶ノ水か、気分次第で秋葉原(ここだって当時は古色蒼然としたドヤ街みたいな感じの街でした)や湯島・根岸くらいまで足を延ばして帰宅したものでした。

あるいは、秋に行われる恒例の「古書店まつり」には、どんな用事があっても都合をつけて必ず行ったものですが、社会人となってからは勤めが多忙になるにつれて行けなくなり、徐々にその習慣も崩れて途絶え、いつしか「神保町」の雑踏や匂いのことなども思い出さなくなり、現在にいたっています。

考えてみれば、この街に来るのはあれ以来ですから、ほんと何十年振りになるわけで、ほとんど「里帰り」状態で、どこもかしこも懐かしく、それだけに激変した町並みが一層物珍しくて、キョロキョロとあたりを見回して歩きました。

それだけに「ここは自分の知っている街じゃない」という思いに強く囚われたのかもしれませんが、なんといってもその極めつけは、待ち合わせ場所とした三省堂書店前についたときでした。

あの正面のパッと見の感じは、そのまんま高級レストランではないですか、それは少なくとも自分の知っているコテコテの「本屋」、店頭に野放図に本を山積みした「あの無防備な三省堂書店」なんかではありませんでした。

こう考えると、かつて自分の知っていた「三省堂書店」は、むしろ「焼け跡・闇市」の時代(戦後の荒廃)を引きずっていたのかもしれませんね。

そんなふうに、どこもかしこもすっかり綺麗になってしまったヨソヨソしい神保町ですが、それでもここはやっぱり「神保町」なんだよなと、足早に行きかう人の波をぼんやり眺めながら(誰もがとても身ぎれいで裕福そうなのが、むかしとは大違いです)、そこに立っているだけで、流れ去った時間の重さに押しつぶされそうになり、なんだか胸がいっぱいになってしまいました。

それにこんなに街の様子がサマ変わりしたと感じたのは、その人群れにチラホラ外国人学生や観光客が混ざっていて、その彼らが真顔で古書を物色している様子が、なんの違和感もなく自然に「神保町」の風景に馴染み溶け込んでいると感じたからかもしれません。

さて、待ち合わせの時間に少し早く着いてしまったので、靖国通りからすずらん通りを廻って(舗道はどこも綺麗に整備されていました)ふたたび三省堂まで戻ってこようと、古書店の店頭にあるワゴンや棚の廉価本を眺めながら、ぶらぶら歩き出しました。

そこには、なんと3冊で100円なんていう魅力的なサービス本もあるので、仇やおろそかに見過ごすわけにはいきません、なにせ自分は廉価本(小説か映画関係の本か歴史ものですが)というのには滅法弱く、内容よりも、まずは価格の誘惑に負けてしまって「とりあえず買っておいて、あとで精査する」という収集狂タイプの人間です、それが昂じてこんな夢をみたことがありました。

たぶん場所はこの神保町、古書店巡りをしている自分が、ある店の店頭で「三島由紀夫全集」全巻で100円という廉価本をみつけて、飛び上がらんばかりに狂喜乱舞し(夢なのですが)、歓喜のあまり大声をあげながら(こちらは現実です)跳ね起きたことがありました。

横で寝ていた家人がびっくりし起き上がり、訝し気に「ウナサレテタよ、なんか怖い夢でも見たの」と声をかけてきたので、そこは反射的に「うん、なんか、もの凄く怖いやつ」とかなんとか取り繕っておきました。

それでなくとも現状は整理の追いつかない「廉価本」で家が溢れかえり、生活に必要な空間まで徐々に占領し始めている危機的状況に常に苛ついている家人のことです、自分の能天気な夢のこと(三島由紀夫全集全巻100円で発見)、そして歓喜のあまり大声を発して飛び起きたなんてことを知ったら、それこそ逆上して明け方まで延々と嫌味を言われるのがオチなので、ここは機転を利かせた咄嗟の返答でうまく躱すことができたのは、我ながら実に見事な対応だったと思います。

さて、一応そのとき買った「3冊で100円」という本をちょっと紹介しておきますね。

①木村威夫「彷徨の映画美術」(株式会社トレヴィル)1990.10.25初版
②藤本義一「映像ロマンの旗手たち(下)ヨーロッパ編」(角川文庫)昭和53.12.20初版
③ダイソー日本の歴史ブックシリーズ6「平清盛」(株式会社大創出版)平成24.15.2刷

なのですが、この3冊のうち、当初いちばんの掘り出し物と思っていた①の木村威夫「彷徨の映画美術」は、意外に淡白・脱力系の内容で、映画美術というよりも、木村氏が仕事を始める前にいかに熱心に資料集めに奔走したか、今度やる映画が描く当時の世情や町並み・生活や風物を知るための資料集めがドンダケ大変だったかという、いわば資料集めの苦労話(それは、それなりに楽しいのですが)、「本の虫 行状記」みたいに読めば面白いにしても、「映画美術」の木村威夫の仕事が知りたい読者の期待にこの本がどれだけ答えられるかといえば、そこは大いに疑問とするところかもしれないなというのが、正直な印象でした。ですので、当初の「いちばんの掘り出し物」という看板は引っ込めなければなりません。

②の藤本義一「映像ロマンの旗手たち(下)ヨーロッパ編」は、ゴダール、トリュフォー、フェリーニ、パゾリーニの生い立ちを、彼らが撮った作品を随所に配して辻褄合わせのようにつなげながら生い立ちを「小説」に仕立てているのですが、しかし、個人的作業の小説家と違い映画監督に「生い立ち」を知ることが、それほど重要で有効なことなのかと少し疑問に囚われ、しかし逆に、この強烈な個性の4人なら、あるいは「あり」なのかもしれないなと考え直しました。

どちらにしても、映画が強烈な個性を前面に出して撮ることのできたあの「時代」こそ、そういうことも、あるいは許される「天才たちの時代」だったのだと、その「食い足りなさ」の残念な印象でさえも、それなりに楽しむことができました。

問題は③の「平清盛」です、具体的な執筆者名の表示がなく(当時放送していた同名の大河ドラマを当て込んだ際物として急遽作られた本だと思います)、ほんの140頁のパンフレット同然の如何にも安価な歴史本ですし、定価も100円と表示されていますので、100均のダイソーの100円ブランドとして売られたものと見当はつきましたが、その「侮り」は見事に裏切られました、一読して実に見事な間然するところなきその要約ぶりには心底感心してしまいました(巻末に16点のネタ本が参考文献として掲げられています)。

いずこかの名もなき編集プロダクションがダイソーから請け負って執筆・編集されたものだと思いますが、プロに徹した「匿名」氏たちのその見事な仕事ぶりには感銘を受け、密かな称賛を捧げた次第です。

自分は、「メディアマーカー」というサイトに蔵書を入力して管理しているのですが、以前はその「蔵書」という言葉に拘って、こういう3冊(読了したら処分する予定です)は「蔵書」扱いせずに、読了したら右から左にさっさと処分するだけ、あえて入力(記録)はしていませんでした。

いわば「読み捨て」状態のこれらの本は、期間限定の「記憶」に残るだけで「記録」としては残りません。

しかし、これってなんかオカシナ話ですよね。買って読みもせずにただ積んでおくだけの本(多くは権威ある執筆者によるメジャーな出版社の本です)は「蔵書」としてコマメに記録するのに、たとえダイソー本であっても、自分に大きな感銘を与えた「平清盛」は、ある日「燃えるゴミ」と一緒に処分されようとしている。

しかし、自分にとって、一番大切なこと(記憶すべきもの)は、まずは自分に感銘を与えることができた「実績」の方であって、少なくとも未だ頼りない存在でしかない「期待」の方なんかじゃないことは明らかです。

ここまで考えてきたとき、「それなら図書館から借りて読んだ本は、どうなんだ」と自分の中から問い掛けてくる声がありました。

実は、こんなふうに考えたのは、ひとつの理由があります(前振りが少し長くなりましたが、ここからが表題の「小津安二郎、厚田雄春、宮川一夫」です)。

小津監督作品について考えているとき、派生的に、以前なにかで読んだエピソードがふっと思い浮かんできて、それを原典にあたって確かめたくなるなんてことがよくあります。

例えば、そういう位置付けにある本として蓮實重彦が聞き手になった厚田雄春の「小津安二郎物語」(筑摩書房)があげられ、近所の図書館が在庫しているので時折借りて愛読しています。

しかし、この本、難点もないわけではありません。

本来なら、撮影現場で小津監督のすぐ傍らにいて、時折遠慮がちにでも小津監督にお願いしてカメラを覗かせてもらっていた小津組のハエヌキ・厚田雄春の述懐ですから、それだけでも「第一級資料」たるべき役割を果たさなければならないのに、自由奔放、移り気で散漫な厚田雄春の思うがままに四散する述懐を制御できない蓮實重彦の聞き出しのまずさが、掘り下げにも広がりにも失敗したという大変残念な印象だけが残る淡白な本です。

しかし、それでも折に触れ、そこに書かれているエピソードを確かめたくなるときもあって、図書館から借り直すということをしばしば繰り返している本で、例えば、木暮実千代が厚田雄春に撮り方について注文をつけるクダリ(170頁~171頁)は、こんな一文ではじめられています。

「で、『お茶漬けの味』は、女優が木暮実千代、木暮が小津さんに出たのは、後にも先にもこれっきりでしょう。いまだからいえるけど、これは撮影中にいろいろあったんです。スキャンダルめいたことはいいたくありませんけど・・・」と前置きし、まず、木暮実千代が自分がどんなふうに撮られているか、所長試写ということで、小津監督には内緒でラッシュを(製作の山内武と渋谷組のキャメラ助手とともに)見ていたという話を紹介したあとで「大変無礼なことだと思いましたね」と憤慨し、「で、木暮は自分のアップが少ないから不満だっていってるんだってことがあとでぼくの耳に入ったんです。で、ぼくは小津さんに言ったんです。『撮影がまずくて汚く撮れた』っていわれたんなら仕方がない。でもそうじゃなくて、アップが少ないからいやだなんていわれたんじゃあ絶対困る。小津さん、『そんなことで騒ぐなよ』っていっておられましたけどね。」

そして、さらにこんなふうに続きます。

「御承知のように、小津組で『アップ』というときは顔一杯のアップじゃない。本当のこといえば、『アップ』は『バスト・ショット』なんです。みんな、胸から上くらいをねらっててそれが小津さん独特の画面になってる。そしたら、ある日、準備ができて位置が決まったとき、木暮が『厚田さん、こっち側から顔を撮ってね』といったんです。自分が綺麗だと思ってる右側の顔にしろというんでしょう。ぼくは、『うん、うん』っていって7フィートの位置をつけたんですけど、小津さんそれを聞いてらしたようで、『ロングでいいよ』と。で、ぼくは小津さんの顔を見たわけですよ。あ、私に対して気をつかって下さるんだな、ありがたいなって思いましたね。」

この一連の文章をどう読み取るか、「あ、私に対して気をつかって下さるんだな」でこのエピソードを覆い包むか、それとも、傲慢で我儘な女優の横暴を茶坊主よろしくご注進に及びバタバタと騒ぎ立てる厚田氏に対して「そんなことで騒ぐなよ」とうんざりしながら苦笑する小津監督の言葉の真意が、この文章の最後まで覆って支配しているとみるべきか、自分などには判断がつかないところですが、ただ、フィルムアート社刊・田中眞澄編の「小津安二郎 戦後語録集成 1946~1963」における厚田雄春への小津監督の言及のあまりの少なさとか、例の「女中に手を付けてしまった」発言などを考えると、小津監督は厚田氏をあくまで内輪のスタッフとして冷徹にみていたことが分かります、その裏付けとして、大映に出向いて宮川一夫と仕事をした際の、過剰ともいえる気の使い方や、敬意の払い方を伝えるエピソードなどを読み比べてみれば、あるいは、おのずとそこに答えは出ているのかもしれませんね。



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by sentence2307 | 2017-06-04 08:59 | 映画 | Comments(0)