世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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ずっと見る機会のなかった周防監督の伝説の映画「変態家族 兄貴の嫁さん」のテープを、酒の席の雑談でたまたま友人が所有しているのを知ったときのその驚きと喜び(そのとき瞬時に「これは借りられるな」と思いました)は、いまでも忘れることができません、日を置かずにさっそく借りて見ることができて、これでやっと積年の願いが叶いました。

実は、そのとき同時に借りたテープというのがあります、瀬々敬久監督の「高級ソープテクニック4 悶絶秘戯」1994、「牝臭 とろける花芯」1996、「トーキョー×エロティカ 痺れる快楽」2001の3本です。

いまでこそ、「64-ロクヨン-前後編」などメジャーな作品を立て続けに撮っている瀬々敬久監督ですが、かつては「ピンク映画四天王」の一人といわれて数多くの傑出した作品を残しています、今回借りたこの「高級ソープテクニック4 悶絶秘戯」も「牝臭 とろける花芯」も「トーキョー×エロティカ 痺れる快楽」も、この「分野」では、いずれも高い評価を受けた作品と聞いています。

あの酒の席での雑談で、友人に、かつて自分が「黒い下着の女 雷魚」のコラムを書いたと話したことを覚えていて、それで今回わざわざ貸してくれたのだと思います、

しかし、それにしても、これらの作品、その内容からは遥かにかけ離れた、相当物凄いタイトルです。

ピンク映画会社の集客のための営業戦略とはいえ、それぞれの作品に付されたこの淫靡で過激なタイトルから、その内容を憶測することは、ほとんど不可能です。

このコラムを書こうと思い立ってからの自分も、いくら頑張っても、ついに結びつきができないので、仕方なく、タイトルと簡単な内容とを対照したカンニング・ペーパーを作ったくらいでした。

ピンク映画のタイトルといえば、それこそ、オナニーやら強姦やら近親相姦やら、思わず目を背けたくなるような淫語の大パレードなわけですが、しかし、それも「掴み」のコツさえ分かってしまえば、なんてことありません。

使われる用語とその組み合わせは、意外なほどに単純でパターン化されているので、「ピンク映画」のもつ独特のタイトルの限定的な発想(淫語の種類などタカが知れていて、セイゼイその限られた熟語の組み合わせにすぎません)に慣れてしまえば、異様な性的意匠の外見や挑発的な用語にたじろぐ必要など毛頭ないことがだんだん分かってくると思います、いわば「慣れ」ですよね。

逆に、そのパターン化・記号化された単調さのために、かえって縁もゆかりもないタイトルから作品の内容がどんどん欠落・剥離し、タイトルが本来課せられているはずの内容を象徴する機能と役割を十分に果たせなくなっている印象です、いや、むしろ、その結び付けの試みを頑なに放棄しているようにさえ見えるくらいです。

例えば、「変態家族 兄貴の嫁さん」の描く世界は「近親相姦」の話ですが、このタイトルから、そのまま現にこの社会に存在する深刻で生々しいリアルなノンフィクションと思う人などは、まずなく、場数を踏めば、ただの妄想・とんでもない欲望ファンタジーみたいなものだと自然に「読み替え」ができるようになると思うのですが、しかし、一般の観客にとっては、「そう」はいきません。

お隣の妙齢なお嬢さんと世間話をしながら「ローマの休日」について話すみたいには、これらの作品(「高級ソープテクニック4 悶絶秘戯」や「牝臭 とろける花芯」のお噂)をタイトルをあげて話すことなど、やはり躊躇し、憚られるものがあります。

しかし、それもこれも、見る者を厳しく選別する一種の「業界用語」みたいな記号だと分かってしまえば、その作品が持つ真正な価値をきっと見失うこともないだろうと信じながら、書くべきことを箇条書きに整理し始めました。

そして、だんだん分かってきました。

もしかすると、これって最初から、そういうチャラチャラした層の観客を拒絶する戦略的意味合いもあったのかと。

ピンク映画においては、固定客(リピーター)以外の観客などハナから相手にしないどころか、「イチゲンさん、お断り」みたいに拒絶する・切り捨てるという戦略で、「分かる人だけが見に来てくれればいい」という立ち位置こそ、一般の価値観から距離をとって作ることができる本来の「ピンク映画」の在り方なのかもしれないと。

しかし、それにしても内容を象徴できないタイトルなんて全然意味がないと思うし、作り手の立場からすると、随分残酷な話のようにも思います。

以前自分がコラムに書いた「黒い下着の女 雷魚」のタイトルならまだしもです、このタイトルなら映画の内容も鮮明に想起することができますからね。

しかし、「高級ソープテクニック4 悶絶秘戯」や「牝臭 とろける花芯」や「トーキョー×エロティカ 痺れる快楽」のどこに、自立してその内容を瞬時に想起させることができる象徴性というものがあると言えるでしょうか、もはやスレスレの域を超えて、きわめて疑問と言わざるを得ません。

ピンク映画において「撮る自由」を獲得できた若き映像作家たちは、その見返りとして、内容を象徴するタイトルの「命名権」を失ってしまったのではないか、剥奪されてしまったのではないかと思えるくらいの無残な印象です、しかし、これってとても重要なことだと思いませんか。

習作時代の作品のタイトルを問われ、つい口ごもる彼らは、タイトルを失っために「作品」そのものも失ったことをそのとき気づくのではないかと。

でも、「自由」を獲得できるということは、本来そういう本質的なものの犠牲と喪失のうえに成り立っているものなのかもしれません、そんな気がしてきました。

さて、自分にとって、これだけの前振りがないとピンク映画の感想が書けないのかというと、そんなことはありません。

タイトルが内容の象徴的機能を果たせないのならば、かわりに「比喩」でその作品の全貌を言い表せないか、考えてみました。

まず「高級ソープテクニック4 悶絶秘戯」の印象です。

全編死の影に覆われたその殺伐とした風景描写(精神の荒廃も表しています)から、仮に「ゴダール風」と仮定してみましたが、しかし、ゴダールの描く人物像は、いずれもクールで淡白、極く乾いた印象で、こんなにも濃密に人間が人間にかかわろうとする関係(愛憎によって人を殺すに至るまでの激しい情感)を描いたものなどかつて見たことがないので、まずこれは違うなとすぐに否定し、しばし考えたのちに、ぴったりと重なる映画に思い当たりました。ミケランジェロ・アントニオーニの「さすらい」1957です。ラストの墜落自死ばかりでなく、風景の荒廃が魂の荒廃を映しているところなど、ぴったりなのではないかと思いました。

そして「牝臭 とろける花芯」は、直感的にロベール・アンリコの「冒険者たち」1967を連想してしまいました。底抜けの明るさに照らされながら、しかし、それは単に不吉な予兆にすぎず、「明日」に怯えている喪失感の不安みちた切迫感が作品全体を引き締めている、その感じが、思わず自分に「ロベール・アンリコ」を連想させたのだと思います。



そして、「トーキョー×エロティカ 痺れる快楽」は、断然ベルイマンだと思いました。絶えず「死の時間」を問いながら「死」を生きる者たちの緊張感に満ちた映像体験ができました。


冒頭、「生まれる前の時間と、死んだ後の時間って、どっちが長いと思う?」という問いからこの映画は始まります。

それは、この世に生まれ出るまでの待機の時間(そんなものが、果たしてあるのかと思う)と、死んだあとに無限に続く喪失の時間の長さを比較しようという、考えてみれば、なんと奇妙で空しい問いかと一瞬あきれてしまいます。

たとえ、それがどのような「時間」であろうと、空虚と化した自己にとってはもはや無縁以外のなにものでもない「時間」のはずです、それをあえて数えようという苦痛の虚無行為に、人はどれだけ耐えられるのかと思います。

しかし、この「ふたつの不在」を問う問いとは、つまり、そのまま、いま頼りなく生きているリアルな時間の卑小と無意味を問いただすことでもあるのだと気が付きました。

「死ぬまでどう生きるかはお前の自由だ」という悪魔の囁きも、荒廃した「現在」の限られた時間を、不確かでなんの拠り所もなく怯えて生きることの不安のどこに、「自由」などと呼べるものがあるのかという過酷な反語以外のなにものでもないような気がします。

時間軸が交錯し(というよりも「錯綜」し)「来たるべき死」は、予告されると同時に過去において決行され、頼りなげな幾つもの「生」は絶えず「殺意」に脅かされながら、生きる意味も見失い、動揺し、またたく間に「不条理な死」に強引になぎ倒される。

地下鉄サリン事件、東電OL事件、天安門事件など重くのしかかる時代の不安を核に、幾組かの男女の過去と未来、生と死、そして暴力と殺人の物語が交錯しながら描かれます。

やはりこれは、ベルイマンだなと思いました。


(時系列の整理、しときますね)
1995年、バイクに乗っていたケンヂ(石川裕一)は、街に散布された毒ガステロに遭い、この世を去ります。その死の瞬間、以前付き合っていた恋人ハルカ(佐々木ユメカ)を思い出します。
1997年、そのハルカは、父親へのトラウマから昼はOL・夜は娼婦という生活をしています。ある夜、ウサギの着ぐるみを着たサンドイッチマンの男とラブホテルに入り、そして、その死神を名乗るそのサンドイッチマンの男に、ホテルで撲殺されます。
1995年、ケンヂが死んだ日、ハルカと偶然町で擦れ違ったトシロウ(伊藤猛)は妻がいながらOLの真知子(佐々木麻由子)と不倫を重ねており、二人はSMプレイに溺れますが、事後トシロウは出産間近の妻の元へ急ぎます。
1989年、ケンヂのアパートにはバンド仲間のハギオ(佐藤幹雄)とミチ(奈賀毬子)、シンイチ(川瀬陽太)とアユミ(えり)が住んでおり、友人の葬儀の夜、それぞれ互いの恋人を相手に秘密で性行為に耽ります。翌日、シンイチは拳銃でアユミの頭を撃ち抜きます。
2002年、死んだケンヂとハルカは生まれ変わって再び出会い、やがて安らぎに満ちた新しい物語が始まろうとしています。



★高級ソープテクニック4 悶絶秘戯(迦楼羅の夢)
(1994国映)監督・瀬々敬久、企画・朝倉大介、脚本・羅漢三郎(瀬々敬久、井土紀州、青山真治)、撮影・斎藤幸一、照明・金子雅勇、編集・酒井正次、録音・銀座サウンド、助監督・今岡信治
出演・伊藤猛(イクオ)、栗原早記(メイコ)、下元史朗(トミモリ)、葉月螢、滝優子、夏みかん、小林節彦、サトウトシキ、上野俊哉、山田奈苗
製作=国映 配給=新東宝映画 1994.04.22 62分 カラー ワイド

★牝臭 とろける花芯
(1996)企画・朝倉大介、脚本・井上紀州、瀬々敬久、監督・瀬々敬久、撮影・斉藤幸一、編集・酒井正次、録音・シネ・キャビン、助監督・榎本敏郎
出演・穂村柳明、槇原めぐみ、川瀬陽太、伊藤清美、下元史朗、伊藤猛、小水一男
製作=国映 配給=新東宝映画 1996.07.26 61分 カラー ワイド

★トーキョー×エロティカ 痺れる快楽
(2001国映)監督脚本・瀬々敬久、企画・朝倉大介、プロデューサー・衣川仲人、森田一人、増子恭一、助監督・坂本礼、撮影・斉藤幸一、音楽・安川午朗、録音・中島秀一、編集・酒井正次、監督助手・大西裕、
出演・佐々木ユメカ(ハルカ)、佐々木麻由子(小谷真知子)、えり(アユミ)、奈賀毬子(ミチ)、石川裕一(ケンヂ)、下元史朗(サンドイッチマンの男)、伊藤猛(来生トシロウ)、佐藤幹雄(ハギオ)、川瀬陽太(シンイチ)、佐野和(ウサギ)、
製作=国映=新東宝映画 配給=国映=新東宝映画 2001.08.31 77分 カラー ワイド




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by sentence2307 | 2017-07-30 22:30 | 映画 | Comments(0)
前回、周防監督作品「変態家族 兄貴の嫁さん」の自分のコメントに、CB400Fさんから
「(吉本新喜劇風に)な、な、なんじゃそら!?」
と強烈なツッコミを入れられてしまい、その一言を胸に秘めながら、ただただ反省と悔恨の日々を過ごしました。

自分のあのコメントは、結論をはぐらかした、はっきり言って苦し紛れの「逃げ」のコメントだと言われても仕方ないくらいの支離滅裂さで失速し、中途半端に頓挫したわけですので、CB400Fさんのあのツッコミは、当を得た至極当然な発出だったと思います、しかし、弁解がましくなりますが、自分的には、本題へのアプローチに若干の齟齬をきたしたというだけで(結果的に、です)、目指した方向性とか姿勢に関しては、それほどの間違いをおかしたわけではないという気持ちが強いので、今回もまたその辺のところを含めながら書いてみたいと思います。

いま思えば、自分の反省としては、「オマージュ」と「パロディー」とを取り違えて論を始めようとした迂闊さに、そもそもの原因があったのだとはじめて気が付きました。

周防監督作品「変態家族兄貴の嫁さん」は、決して「『雪国』文体模写シリーズ」のような「パロディー」を目指したものなんかじゃなかったことは、夜の床で周吉が百合子(あっ、「紀子」じゃない!)に「夫婦のしあわせ」について語り掛ける場面の、オリジナル作品の「なぞり方」の忠実さと誠実さを見れば明らかです、これこそ「オマージュ」以外のなにものでもないのだと思いました。

周吉「そりゃ、結婚したって初めから幸せじゃないかもしれないさ。結婚していきなり幸せになれると思う考え方がむしろ間違っているんだよ。幸せは待ってるもんじゃなくて、やっぱり自分たちで創り出すものなんだよ。結婚することが幸せなんじゃない。新しい夫婦が、新しいひとつの人生を作り上げていくことに幸せがあるんだよ。それでこそ初めて本当の夫婦になれるんだよ。お前のお母さんだって始めから幸せじゃなかったんだ。長い間いろんなことがあった。台所の隅っこで泣いているのを、お父さん幾度も見たことがある。でも、お母さんはよく辛抱してくれたんだよ。お互いに信頼するんだ。お互いに愛情を持つんだ。お前が今までお父さんに持ってくれたような温かい心を、今度は佐竹君に持つんだよ、いいね?」

この日本映画史上特筆すべき高潔なセリフを周防監督は、別段茶化して言わせているわけでもないし、あえて曲解を招くような特異なシチュエーションのもとで話させているわけでもありません。

少なくとも、このセリフの「なぞり方」は、「『雪国』文体模写あそび」とは、まったく異質なものだと改めて感じました。
しかし、自分は、この「あえて曲解を招くような特異なシチュエーションのもとで話させているわけでもない」という部分に、とても深い違和感を覚えました。

そもそも、この映画を成り立たせている物語の骨格は、新たに家に迎えた肉感的な兄嫁に対する家族の並々ならぬ性的関心の物語です、カテゴリー的にいえば、「近親相姦・総当たりトーナメント」みたいなSMを絡めた「なんでもアリ」の艶めかしい雰囲気につつまれた家族映画です。

ですから、義父・周吉が嫁・百合子に語りかけるあのしんみりとした夜の床の場面でも、嫁はすでに夫(周吉には息子)に逃げられていることでもあり、義父と嫁の「(性的な)絡み」の機は十分に熟したと見ている観客にとって、ここは当然、義父・周吉が、すきを見て嫌がる嫁・百合子を強引に引き寄せたりなんかして、「いいじゃないか百合子さん、キッスくらい、なっ、なっ」てなことを言いながら、タコの吸出しのように口をとがらせて真っ白な肌(興奮で薄っすら赤味がさしています)の百合子にキッスを迫り、勢いで顔をなめまわし、かたや百合子は、誘うように身をくねらせ弱弱しい抵抗をみせながら「いやいや、いけませんわ、お父さま。ウ~ン、ダメェ、あっあー・ソコ」みたいな、そういった煽情的な場面を大いに期待しているにもかかわらずですよ、見せられたものは例の「そりゃ、オマエ、結婚なんてものはね」とかなんとか、実に興ざめなシャチホコばった長セリフが登場するわけですから、そりゃあ、観客の違和感たるや相当なものがあったわけですが、しかし、考えてみれば、周吉に好意を寄せていたバー「ちゃばん」のママとの「関係」にしてもなんら深められることなく、あっさり長男・幸一に横取りされてしまうというシチュエーションなども考え合わせれば、「あっ、これがオマージュってやつなんだよな」(汚れなき義父です)と変に納得してしまいました。

いやいや、理由を書かずに、すぐ納得なんかしてしまうと、また、CB400Fさんから「(吉本新喜劇風に)な、な、なんじゃそら!?」と言われてしまいますので、もう少し時間稼ぎをしてみますね。時間稼ぎとかじゃないだろ。あっ、はい。自問自答

自分は、「忠臣蔵」の大ファンで(お、おい、全然違う話が始まっちゃってるけど、大丈夫なの? まかしてください、大丈夫です)、御園京平の「映画の忠臣蔵」(講座・日本映画)という記事を座右に置いて常に繰り返し愛読しています。いつか、この記事をパクッて(お、おい!)、「大忠臣蔵列伝」を完成させたいと思っています。ちょっと考えただけでも、日本映画史を縦断・横断する物凄いものができるに違いありません。ぞくぞくしますよね。

こんな自分なので、タイトルに忠臣蔵と付いているだけで、なにを置いてもその作品は真っ先に見ることにしています、特に変種のものには、目がありません。むかし、「ワンワン忠臣蔵」なんてのもありました。

最近も、白竜主演の「極道忠臣蔵」(2011監督・片岡修二)という作品を見ました。

縄張り争いのゴタゴタもあって、侮辱されたことで逆上した組長が相手の組長に切りかかったことで本部から破門され、さらには陰謀によって雇われ殺し屋に暗殺され、そして若頭・白竜が出所してきて、苦難の末に親分の仇をとるという物語です。さしずめ、白竜が「大石内蔵助」です。

もし、タイトルに「忠臣蔵」となければ、すこぶる淡白に見過ごした可能性があります、第1回ピンク大賞監督賞を受賞した片岡修二監督作品といえどもね。

あっ、この場面は、「あの場」だと、いちいち記憶と照合する楽しみがあってこその「忠臣蔵」なのです。

そして、こういうことが「オマージュ」というものではないのかなと感じた次第です。


極道忠臣蔵
(2011)監督・片岡修二、企画・山本ほうゆう、プロデューサー・渋谷正一、脚本・片岡修二、撮影・河中金美、
出演・白竜、小沢和義、本宮泰風、武蔵拳、河本タダオ、國本鍾建、木村圭作、Koji、BOBBY、堀田眞三、松田優、加納竜、原田龍二



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by sentence2307 | 2017-07-28 19:58 | 映画 | Comments(0)

変態家族 兄貴の嫁さん

少し前、古い友人と会ってお酒を飲んでいたとき、話のはずみで周防監督の「終の信託」の話になりました。

「それでもボクはやってない」の捜査官(副検事だったかも)の熾烈な取り調べの場面は、実にリアルで、恐ろしいくらいでしたが、「終の信託」の検察官(大沢たかおが憎々し気に演じていました。)もまた、それに劣らぬ「権力」というものの存在感を露骨に見せつけて(薄気味悪いくらいでした)、かなりの衝撃を受けたことを覚えています、そのことについて話しました。

時代劇なんかによくあるじゃないですか、お奉行さまの取り調べが佳境に入ったりすると、突然「役目によって言葉を改める」とかなんとか豹変して威儀を正し、一切の反論は絶対に許さない、ただ、お前は黙って罪を認めておればそれでいい、みたいな強硬なあの手の場面ですが、「終の信託」における大沢たかお演じる検察官も、かなり強引で冷ややか、恐ろしいくらいの名演でした。

リアルに「役人」というものが「権力」の一部であることを露骨に気づかせ、スクリーンでまざまざと見せつけました、いままで、あんなに「権力」を誇示した冷厳な役人像は、あまり見た記憶がありません、だから一層衝撃を受けたのだと思います。

そう思わせるくらい、「権力」を後ろ盾とした、あからさまな「検察官像」だったと思います(それもこれも周防監督の演出力の力量を示したものに違いありませんが)、あの場面を見ていて、「権力の走狗」という言葉が(最近は、あまり耳にしませんが)、自分の中から自然に沸き上がってきたくらいですから、それはもう大変な演出力でした。

映画「それでもボクはやってない」でも、取調官の手元には、すでに事件についての調書(下書きかも)が用意されていて、実際の対面での取り調べは、単にその作文をなぞって確認するだけの「復習=復唱」にしかすぎず、被疑者が「その部分は事実と違う」と必死に抗弁しても、「余計なことを言うな! お前は、本官が尋問したことだけ答えればいい」と一喝され、そうした恫喝のもとで成立した検察官の調書(たとえそれが脅迫によって捏造されたものであっても)を認め、署名捺印でもすれば、それで権力のメンツは立ち、そのあとで、「罪を認めれば許してやるぞ」的な「寛容な恩情」によって「二度とやるなよ」と放免されるという国家権力の「裁きのシステム」を、周防監督は、あの作品によって如何なく白日の下に暴き出したのだと思いますし、その指摘が「冤罪」を生み出すシステムであったことにも気づかせた結果、司法を痛撃し、国を動かしたことも事実だったと思います。

いや、まずい、まずい、酒の席で、ついテンションをあげてしまい、こんなカチンコチンの硬派な話をしてしまって、久しぶりの貴重な邂逅の時間を台無しにするところでした。

なにも、こんな陰気で深刻な話をするつもりなど、さらさらなかったのですが、つい場の勢いでこんな話になってしまいました。

その責任の一端は自分にもありますので、あわてて話を周防監督のデビュー作「変態家族 兄貴の嫁さん」に捩じ向けました。

この作品の話なら、深刻にも陰気にも、なろうはずはありません。

これは実にいい機転だったのですが、いかんせん、周防監督のこのデビュー作「変態家族 兄貴の嫁さん」を、自分はまだ見ていませんでした、この時点ではね。

しかし、この作品、小津監督へのオマージュ作品としての評判だけなら、むかしから嫌というほど聞かされていたので、作品の方向性というか、「作られ方」みたいなものの見当はだいたいつきます、「見てない」ことはぼかしながら、ひたすら小津監督サイドから話を向けていけば、なんら問題はなしと、適当に話を合わせていたのですが、そのうちに作品の細部についての「同意」の要請に対して幾たびか口ごもり・失敗し、やがて自分がこの作品を「見てない」ことが、ついにバレてしまいました。

そうなれば、ここはふてぶてしく開き直るしかありません、長い会社人生、いままでだって自分はそうやって立派に生きてきました、自分で言うのもなんですが。

まあ、そんなふうに頑なにならなくたっていいのですが、言ってしまえば気が楽になり、「見てないことのどこが悪い」と逆に居直り、あとはひたすら聞き役に回りました。

そして、聞いているうちに、彼がそのテープを保有していることが分かりました。

「えっ、あるの?」、「なら貸してよ」と図々しくおねだりし、その次の飲み会のときに、ついに周防正行監督デビュー作「変態家族 兄貴の嫁さん」を入手しました・できました。

そして、見終わったのが、いまのいまなのですが、う~ん、この作品にどのような「感想」を自分が抱いたのか、実のところ戸惑っています。

最初は、話の筋を忠実にたどってみました。

しかし、そこに、どのようなヒントも隠されていないことは、明らかです、「そういう」映画として作られた映画ではないわけですから。

あっ、そうそう、自分が読んだエピソードの中に、「こんな奇妙な作品を撮って、映画会社が激怒した」なんていうのがありました。

煽情的な場面を期待してピンク映画館にやってきた客も、会社と同じように大方はきっとそうだったに違いありません。

小津監督の整理された画面、整理された時間、整理された枠組みを模倣するとなれば、当然そこには如何なる「情動」も入る余地がないということになるのかもしれません。ですので、こうして小津的に規制されて撮られた作品によって「エッチの気持ち」になりたいなどと願うこと自体、どだい無理な話だったのです。

しかし、自分がいままで経験した「オマージュ作品」っていうものは、もう少しデフォルメされていて、ときおり「自分」の作家性をも気づかせるために、オリジナルから少し必要な距離をとっている、その絶妙な距離感が「オマージュ」だと信じていたので、この「変態家族 兄貴の嫁さん」の「そのまんま」には、たとえそれが単なるパロディだったとしても、逆に「解釈」が必要なのではないかと悩んでしまいました。

つまり、この「距離感のなさ」を自分的に納得しなければ、この作品を「どう楽しめばいいか」ということも分からないのでないかと考えたのかもしれません。

そのとき、ふっと「あること」を思い出したのです。

ずっとむかし、和田誠の著作に、川端康成の「雪国」の出だしの文章を、当時の流行作家たちが書いたらどうなるか、というパロディ本があったことを思い出しました。

書名はちょっと思い出せませんが、実にユニークな着想で、感心し、腹を抱えて笑ってしまった記憶だけは鮮明に残っています。

さっそく「和田誠」をキーワードにして検索してみました、まずは国会図書館のサイトから。

そこでは、なんとヒット数は3744件、その中には、再版・重版(刊行日が違っても、それを1とカウントしているみたいです)も含まれているみたいなので、実数としてはもう少し少ないかもしれませんが、3744件とは、これはまた驚きました。

この中から、書名さえ分からない本を探すのは、至難のワザです。ましてや、(デジタル公開されていて内容が確認できるのならともかく)漠然としか分からない内容と、不明な書名とを勘で結びつけるなど、出来るわけがありません。

そこで、とっさの思い付きですが、苦し紛れにダイレクトで「和田誠 雪国」と検索してみました。

ありました、ありました。

なるほどね、最近になって重版されたみたいですね、この本。

書名は、和田誠「もう一度 倫敦巴里」とあります。(ナナクロ社刊、デザイン協力:大島依提亜、判型 :A5判上製176ページ、カラー多数、価格:2200円+税、発売:2017年1月25日)

そして、その内容の紹介には、

≪和田誠、1977年初版の伝説的名著『倫敦巴里』が、未収録作を加え、『もう一度 倫敦巴里』としてついに復活!
★川端康成の『雪国』を、もし植草甚一が、野坂昭如が、星新一が、長新太が、横溝正史が書いたとしたら。(『雪国』文体模写シリーズ)
イソップの寓話「兎と亀」をテーマに、もし黒澤明が、山田洋次が、フェリーニが、ヒッチコックが、ゴダールが映画を作ったとしたら。(「兎と亀」シリーズ)
ダリ、ゴッホ、ピカソ、シャガール、のらくろ、ニャロメ、鉄人28号、星の王子さま、ねじ式、007、「雪国」……数々の名作が、とんでもないことに!?
谷川俊太郎、丸谷才一、清水ミチコ、堀部篤史(誠光社)の書き下ろしエッセイを収録した特製小冊子付。(※丸谷才一さんのエッセイのみ、再録となります)
※本書は、1977年8月、話の特集より刊行された『倫敦巴里』に新たに「『雪国』海外篇」「雪国・70年2月号・72年11月号・73年12月号・75年2月号・77年2月号のつづき」を加え、再編集したものです。著者監修のもと、原画がカラーで描かれていた作品は、カラーで掲載しています。≫


とあり、かつて自分が読んだのが「★『雪国』文体模写シリーズ」だったんですね。

さっそく、この本を図書館から借りてきました。

せっかく借りてきたので、「もし村上春樹が『雪国』を書いたら」を転写しておきますね。


≪昔々、といってもせいぜい五十年ぐらい前のことなのだけれど、そのとき僕はC62型機関車が引く特急の座席に坐っていた。とびっきり寒い冬の夜だった。
機関車は逆転KO勝ちを決めようとするヘヴィー級ボクサーのようにスピードを上げ、国境のトンネルをくぐり抜けた。やれやれ、また雪国か、と僕は思った。
一日がガラス瓶だとすれば、底の方に僕たちはいた、果てしなく白い底だ。
信号所に汽車が停止したとたんに、「月光価千金」のメロディが聴こえた。向かい側の座席にいる女の子が吹く、澄んだ星のような音色の口笛だった。彼女は人目をひくほどの美人ではなかったけれど、おそろしく感じのいい女性だった。
彼女は立ち上がって、僕の前のガラス窓を落とした。雪の冷気がかたまりになって流れこんだ。
「駅長さあん、駅長さあん」
窓いっぱいに乗り出して、アルプスでヨーデルでも歌うみたいに彼女が遠くへ叫ぶと、闇の中から黄色い光を放つカンテラをさげた男がやってきた。光は闇の対極にあるのではなく、その一部なのだ、と僕は感じた。≫


転写に集中していたら、この「文体模写シリーズ」と「変態家族 兄貴の嫁さん」が、どのように繋がるのか、繋がりを持たせようとしたのか、そのアイデアをすかっり忘れてしましました。

思い出したら、また書きますね、ごきげんよう。

(1984国映、新東宝)朝倉大介(企画)、周防正行(監督)、井上潔(監督助手)、富樫森(監督助手)、周防正行(脚本)、長田勇市(撮影)、滝影志(撮影)、周防義和(音楽)、TOJA2(演奏)、種田陽平(美術)、矢島周平(美術)、大坂正雄(音楽録音)、ニューメグロスタジオ(録音)、小針誠一(効果)、長田達也(照明)、豊見山明長(照明)、菊池純一(編集)、磯村一路(製作担当)、斉藤浩一(タイトル)、
出演・風かおる(間宮百合子)、山地美貴(間宮秋子)、大杉漣(間宮周吉)、下元史朗(間宮幸一)、首藤啓(間宮和夫)、深野晴彦(従兄・間宮秀三)、麻生うさぎ(「ちゃばん」のマダム)、原懶舞(九州の若夫婦)、花山くらら(九州の若夫婦)、

1984.06. 62分 カラー ビスタサイズ


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by sentence2307 | 2017-07-22 08:27 | 映画 | Comments(1)

稲妻

「えっ~、まだ見てなかったのぉ!?」なんて言われてしまいそうですが、そうなんですヨ、成瀬巳喜男監督作品「稲妻」1952を通して見たのは今回が初めて、しかも、いまさらながら、そのことに、まったく気づかず、やっと今回、そのことに改めて気づかされたというわけなのです。

「はぁ? なに言ってんだか、さっぱり分からないよ、それじゃ」

そうですよね、そりゃ、うまく説明しないと、この辺の事情は分かっていただけないかもしれませんよね。

今回は、「その辺の事情」というのも含めて成瀬作品「稲妻」について書いてみたいと思います。

メディアによって紹介されることの多い名作映画にはよくあることですが、この「稲妻」も、かなり頻繁に取り上げられていて、そのたびに必ず映し出されるのがラストシーン、三女・清子(高峰秀子が演じています)が母親(浦辺粂子が演じています)に

「どうして自分たち兄妹を、同じ父親の子として産んでくれなかったのよ」

となじる場面だけが切り取られたカタチで、僕たちはいままで繰り返し見せられ続けてきたような気がします、数え切れないくらいにです。

大写しの高峰秀子が、悲嘆と怒りに歪めた泣き顔で母親に必死に訴えかける、悲痛で、それだけにとても美しい場面です。

もし同じ父親から生まれた子供だったら、自分たち兄妹は、こんなにもバラバラにならずに済んだかもしれない、いや、きっとそうだ、こんなにも気持ちを荒ませ、疑心暗鬼で互いを傷つけ合うこともなかったと詰る痛切な場面は、間違いなくこの作品の「核」になる最も重要な場面と言っても、決して過言ではありません。

それに、清子が母親をなじるまでに気持ちを高ぶらせたのは、その直前に、隣家の心優しい兄妹(根上淳と香川京子が演じています、香川京子の清らかさと美しさに思わず目を奪われてしまいました)の仲睦まじさを目の当たりにして心和ませ、羨望の思いに捉われていた彼女に、その兄・根上淳から逆に「ご兄弟は?」と問い返されて、思わず口ごもって表情をくもらせる場面に、他人に依存しなければ生きていけない家族への嫌悪と、自分が切り開こうとしている将来の希望など、清子の一連の心情が的確に描かれている傑出した場面です。

その兄・根上淳からの突然の問いに、思わず、清子が、兄妹の存在そのものまで否定へと揺らいだことは明らかで、もしかしたら、彼女のその「くもらせた表情」のなかには、たとえ微かにでもその否定に動いてしまった罪悪感も、母親への「なじり」に込められていたはずです。

そもそも清子に、家族を捨て山の手の下宿先へ家出同然の(突然の)転居を決意させたものは、・・・などと彼女が少しずつ積み重ねてきたストレスのひとつひとつを逆に辿っていけば、母親をなじるに至る感情の軌跡と、その思いの複雑さは徐々に明かされるとは思いますが、しかし、いま、ここで問題にしているのは、このぶつ切りにされて見せられ続けてきたラストシーン、「清子が母親をなじる」というシーンだけを孤立して見せられ続けたことによって、自分が「稲妻」という作品のイメージを、いつの間にか「別のもの」として作り上げてしまっていたらしいこと(自分的には「刷り込まれた」と言いたいのですが)を説明したかったのです。

ずいぶんウザッタイ持って回った言い方をしてしまいましたが、要するに自分は、いままで、この母親をなじる高峰秀子の悲痛な顔のアップに「終」の字が被るに違いない、これがこの作品のラストシーンだといつの間にか思い込んでしまっていました、実際にこの作品を見る「つい昨日」までは。

しかし、今回見て、それが自分のまったくの思い違いであることに気が付きました。

清子は、母親をなじり、激高のすえに両手で顔を覆って泣き出します。

一瞬「東京物語」のラストシーンの原節子を思わせるくらいの実に美しい場面です。

すると母親は、「私だって、なにも好きこのんでそうしたわけじやない」と抗弁し、その時その時の過酷な現実に翻弄された思いをよみがえらせ、そのときだって精一杯誠実に生きてきて今の現在があるのだと、積み重ねた苦労に胸詰まらせ、そのように生きるほかに自分はどうすればよかったのだと、やはり泣き出します。

そして、「兄妹のなかでお前がいちばんいい子だと思っていたのに、母親をこんなに泣かせるなんて、なんて悪い子だ。」と清子を逆になじります。なんで私が非難されなけりゃいけないんだとでも言うように。

その言い方、その声の調子は、まるで聞き分けのない幼い子を叱る母親の柔らかさに満ちていて、虚をつかれた清子はふっと顔をあげ、思わず苦笑気味に愚鈍な「母親」を見つめます(「見つけます」と言ってもいいかもしれません)。

幾人もの男たちに依存して生きてきたそのだらしなさと愚かさの結果が、「父親違いの子供たち」というイビツな現実を生み出してきたのだとしても、そのようにしか生き得なかった母親の無防備な善良さに不意を打たれた清子は、それさえも愚かしいと唾棄し、罵り否定できるのかと戸惑います。
どうあろうと、この人が私の母親に違いないのだという感じでしょうか。

理解や同意まではできないとしても、この母親もそれなりに・彼女なりに懸命に生きてきたことを受け入れようとする娘と、どこまでも「被害者」として理解を押し付けてくる母親とが、かろうじて心かよわせる安らぎと柔らかさに満ちたシーンです。

帰る母親を駅まで送る夜道で、母親は何かを拾います、「なんだ、王冠だ、五十銭銀貨かと思った」と言って捨てる姿に「いまどき五十銭銀貨なんてないわ」と苦笑で応じる清子の眼差しには、ついさっきまでの母親への非難の厳しさは、すでに消えています。

これが、成瀬作品「稲妻」の本当のラストシーンです。

そうか、分かってしまえば、なんてことありません。

自分の「刷り込み」から妄想した悲嘆と絶望の大アップが、この映画の最終画面だなんて、少し考えてみれば、そんな切羽詰まった終わり方をするなど、もっとも成瀬巳喜男作品らしからぬ「有り得ない終わり方」であったことくらい、すぐにでも分かりそうなことでした。

しかし、これで自分の中に長い間わだかまっていた「オリ」のようなものが、氷解しました。

ここまでは、思い込みが如何に恐いかというお話なのですが、ここで話が、すこし飛びますね。

以前、「映画好き」が集まるある会合で、この自分の思い違いを話したことがあり、この話を聞いた参加者はどっと沸いて、座を大いに盛り上げたことがありました。

しかし、そのすぐあとで、こんなことを言った人がいました。

≪この「稲妻」は、いったい「誰と誰」との物語なのだろうか≫というのです。

座を盛り上げた自分の話が、あたかも「清子対母親」の物語のように聞こえ、その人は、そのことに違和感を持ったのかもしれません。

そのように言う以上、その人にも、また別の意見があるに違いないと考えた自分は、「あなたは、どのように考えているのか」と尋ね返してみました、実際には、この時を得た極めて恰好な話題が一座の関心を一気にさらい、談論風発の状況を呈して、自分の問いなど、その多くの人たちのザワメキの中に飲み込まれてしまって届きませんでしたが。

いちばん多かった意見は、やはり、全編を通して描かれている、金のチカラによって清子を無理やり我が物にしようと画策したパン屋・綱吉(小沢栄太郎が実に嫌らしく演じています、名演です)との確執でしょうか。

いや、この場合「確執」というのはおかしい、綱吉は清子につきまとっているだけで、嫌悪から避け続けている清子にとって「確執」という交渉まで至っていないというのが、本当のところかもしれません。
だとすれば、それは、物語を大きく包み込む「不吉な影」ではあったとしても、決してそれ以上のものではなかったような気がします。
綱吉の経済力に全面的に依存しているこの家族にとってその「不吉な影」は、結局は「恐怖」でしかなく、物語をひとつひとつ推進させるチカラ(まさに確執こそが「それ」です)にはなり得ていないような気がするからです。

あえて「確執」というなら、盛んに綱吉との縁談をすすめようとする長姉・縫子(村田知英子が演じています)とのギスギスとした関係の方が、むしろ相応しいのではないか。

しかし、なぜ長姉・縫子は、清子を綱吉に結びつけようとしたのか、もちろん、そこには清子に対する綱吉の並々ならぬ感心(あからさまな肉欲です)があったからには相違ないのですが、すでに綱吉とカラダの関係を持っていたに違いない長姉・縫子にとって、自分の位置を脅かしかねない清子を、あえて綱吉に人身御供としてあてがうメリットはあるだろうか。

いやいや、まさに次姉・光子(三浦光子が演じています)の例があるじゃないですか。

自分に欠けているもの(綱吉の欲望を満たすだけの性的魅力)を「次姉・光子」にカラダで担わせて、自分・長姉・縫子は利益(見返り)の方だけをちゃっかり頂戴しようと思っていたところ、結局は、自分の地位を脅かされていることに気づいて、不安と疑心暗鬼のすえに大喧嘩して、次姉・光子の家出・行方不明という事態を招きます。

ここには長姉・縫子が思い描いていた「姉妹の協力=役割分担」など、到底有り得ないことだったと彼女自身も思い知らされたわけですよね。

それは、次姉・光子にしても同じことだったと思います。利用されたとみせかけて、身をくねらせて綱吉の欲望を満たし、その見返りに金を引き出そうとした彼女も、姉の嫉妬によって企みがすべて瓦解するという「姉妹バラバラ」の事態を招いていますから、それはどうにも身動きのとれない、この先物語がどう展開するのか、まったく予測できない膠着状態をきたします。

そこで、ふたたびラストシーン、三女・清子のあのセリフ
「どうして私たち兄妹を、同じ父親の子として産んでくれなかったのよ」
に返りますね。

いままで考えてきたことすべてを受けたこのセリフの響きに、当初感じた突き放し、見捨てたような響きが、幾分薄らいできたことに気づきました。

少なくとも、清子は、綱吉を嫌悪したのと同じように、姉たちを見ているわけではない、もしかしたら、一時の怒りに激高した思いをこえて母親を許し、受け入れたのと同じように、欲望に翻弄された姉たちをもまた、許し、受け入れようとしているのではないかという思いさえ抱きました。

いずれにしても、高峰秀子の陰影のある奥深い演技があったればこそ、ここまで考えさせられたことは事実です。

思えば、この作品「稲妻」が撮られた1952年から、まさに女優・高峰秀子のピークに駆け上る成熟期のスタートの年として記憶されています。

稲妻(1952大映東京)
カルメン純情す(1952松竹大船)
女といふ城 マリの巻(1953新東宝)
女といふ城 夕子の巻(1953新東宝)
煙突の見える場所(195エイトプロ3)
雁(1953大映東京)
第二の接吻(1954滝村プロ)
女の園(1954松竹大船)
二十四の瞳(1954松竹大船)
この広い空のどこかに(1954松竹大船)
浮雲(1955東宝)


しかし、これらの「名演技」を、高峰秀子自身が、どのように自覚していたか、「子役スターから女優へ」という傑出したインタビュー記事が残されているので紹介しますね(聞き手は、佐藤忠男)。


佐藤 でも例えば「稲妻」なんて大映ですね。非常に細かいちょっとした仕草みたいなものが、非常に意味がある映画のようなものですね。「稲妻」は私、高峰秀子さんの最高傑作のひとつだと思っています。

高峰 忘れちゃった、あれはバスの車掌さん・・・。

佐藤 バスガールで、浦辺粂子さんの娘で種違いの兄妹がいる。村田知英子と三浦光子と、植村謙二郎が村田知英子のご主人で、・・・。

高峰 それで私どうするんですか(笑)。

佐藤 それであなたは、よりよく生きたいという理想を持っていて、だけれども、実に現在の生活がみじめったらしい。経済的にみじめったらしいというのではなくて、精神的にもみじめったらしく、何もものを考えていそうにない家族ばっかりで、こんな家にいるのは嫌だと。嫌なんだけれども、血肉の愛情があって、捨てるわけにもいかない・・・。

高峰 それで浦辺さんと移動で歩いていて、浦辺さんがなにか拾ったら、ビンの栓だった。そこだけ覚えている。あと何にも覚えてない。

佐藤 それはお金かなと思って拾った。何てまあいじましいんでしょうという。

高峰 そうそうそう。あれ変だな、だって「秀子の車掌さん」というのもバスガールですね。

(講座・日本映画、6巻「日本映画の模索」より)

高峰秀子生涯の名演技に話しを向けたところ、すぐにいなされ、「秀子の車掌さん」に逃げられる、そこには彼女一流のテレもあったかもしれませんが、高峰秀子という人の資質を十分に伝えてくれる逸話だと思います。


そもそもこの座談が、高峰秀子の「忘れちゃった」という一言で始められているのも、出色ですよね。



このラストでも成瀬巳喜男は、説明的なセリフや強い感情をモロに伝えるセリフを嫌い、田中澄江の脚本を大幅に改変し、日常的にしっくり嵌らないセリフはことごとく削除・省略したといわれています、とくにこのラストにおいて。

母娘の言い争いが収束にむかう会話

清子「母ちゃん・・・こんど浴衣一枚買ってあげるわ。売れ残りの安いのを」

おせい(機嫌はなおっています)「いやだよ、売れ残りなんて」

この会話を受けて田中澄江の元の脚本では、ラストシーンは、こんなふうになっていたそうです。

夜の道

ときおり稲妻が光っている

並んで歩く母娘


おせい「帰ってくるよ・・・きっとお光は。あの子小さい時から雷が嫌いでね。雷が鳴り出すと私にしがみついたもんだ」

「終」


しかし、成瀬巳喜男の「削除・省略」を経た実際のラストシーンは、「こう」なりました。

下宿の一階

家主「お帰りですか」

おせい「お邪魔しました」

家主「お構いもしませんで」

おせい「どうぞよろしくお願いします。(すぐに家主の作っている人形に気づき)あっ、お人形ですか。まあまあ」

清子「お母ちゃん!」

おせい(あきらめて)「あいよ。それじゃ」


そして、夜の道

並んで歩く母娘

おせいは何かに気づき、拾い上げる

清子「お母ちゃん、なに?」

おせい「50銭銀貨かと思ったら、ビールの口金だよ」

清子「50銭銀貨なんて、今ありゃしないわよ」

おせい「そうだよ。あたしも変だと思ったよ」

清子「いやあね。あ、ねえ、お母ちゃん、あのルビーの指輪ねえ、見てもらったら本物だって」

おせい「そうだろう。そうだとも。お前のお父っつぁんは、嘘なんかつけない人だったよ」


「終」


そういえば、誰やらが書いた成瀬本の書名に「日常のきらめき」というサブタイトルがあったのを、いま思い出しました。

(1952大映)監督・成瀬巳喜男、脚本・田中澄江、原作・林芙美子、企画・根岸省三、撮影・峰重義、美術・仲美喜雄、音楽・斎藤一郎、助監督・西條文喜、撮影助手・中尾利太郎、美術助手・岩見岩男、録音・西井憲一、録音助手・清水保太郎、音響効果・花岡勝太郎、照明・安藤真之助、照明助手・田熊源太郎、編集・鈴木東陽、製作主任・佐竹喜市、装置・石崎喜一、小道具・神田一郎、背景・河原太郎、園芸・高花重孝、移動・大久保松雄、工作・田村誠、電飾・金谷省三、技髪・牧野正雄、結髪・篠崎卯女賀、衣裳・藤木しげ、 スチール・坂東正男、記録・堀本日出、
出演・高峰秀子(小森清子)、三浦光子(次姉・屋代光子)、村田知英子(長姉・縫子)、植村謙二郎(縫子の夫・龍三)、香川京子(国宗つぼみ)、根上淳(つぼみの兄・周三)、小沢栄(栄太郎)(パン屋・綱吉)、浦辺粂子(清子の母・おせい)、中北千枝子(田上りつ)、滝花久子(杉山とめ)、杉丘毬子(下宿人・桂)、丸山修(清子の兄・嘉助)、高品格(運転手)、宮島健一(バスの老人客)、伊達正、須藤恒子、新宮信子、竹久夢子、
製作=大映(東京撮影所) 1952.10.09 9巻 2,392m 87分 白黒





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by sentence2307 | 2017-07-16 09:09 | 映画 | Comments(0)

喜劇 駅前競馬

前回、映画「ぶっつけ本番」のコラムを書く前に、この作品の予備知識を得ようと、ネットで検索した結果、意外な収穫があって、作品評はそっちのけで、作品の時代背景について、つい熱中して書いてしまいました。

いえいえ、そのことについて反省しているわけではなくて、むしろ「収穫 その2」があるので、そのことを書いておこうと思っています。

実は、このコラムを書く前に、この作品が公開された1958年という年の「キネマ旬報ベスト10」をチラ見しました。

まあ、当時の批評家が、評価を含めてどんなふうにこの作品を見ていたか、その距離感というか、空気感みたいなものを知りたいと思ったのが動機です。

結果は、こうでした。

1 楢山節考(木下恵介)
2 隠し砦の三悪人(黒澤明)
3 彼岸花(小津安二郎)
4 炎上(市川崑)
5 裸の太陽(家城巳代治)
6 夜の鼓(今井正)
7 無法松の一生(稲垣浩)
8 張込み(野村芳太郎)
9 裸の大将(堀川弘通)
10 巨人と玩具(増村保造)

なるほどね、ここまでが、ベスト10圏内の作品ですか。

さすがに、映画「ぶっつけ本番」が圏内に入っているとは最初から思っていませんでしたが、それにしてもお約束のとおり、ベスト10といえば、やはり、名実ともに「ベスト10監督」に相応しい名匠・巨匠がずらりとランクされているわけですが(「なにをいまさら」という当然すぎる話ですが)、しかし、もし仮に、ここに、軽妙洒脱な異色作「ぶっつけ本番」がランクインしていたら、ずいぶん面白いだろうなとチラッと思ったりしました。

べつに、偏ったジャンル(「社会問題」とか「政治的陰謀の暗示された事件」)にこだわった作品や、「深刻さと重厚さと悲壮感」ばかりの「見せかけ」だけ整えた作品が必ずしも優れた映画とは思わないし、むしろ、コメディやエログロに徹した映画の中にも傑出した映画はたくさんあることをいままで学んできた(「思い知った」といった方が相応しいかも)わけで、強引な演出力で最初からグイグイ映画の中に引き込んでくれる、たとえば山中貞雄作品のような、いわば、映画の本質を瞬時に分からせてしまうような映画を、自分的には、ずっと待ち続けながら、日々映画を見漁っているような気がします。

しかし、やはり結果的には、この時代特有の「もっともらしい深刻さと重厚さ」を過大評価する「時代の囚われ」から自由でいられた映画批評家など、ただの一人もいないのだということは、この1958年のベスト10の場合だってなんら変わらないのだということが、すぐに分かりました。

いつの時代でも、評価されるのは、「それ(真実)」ではなく、「それっぽい(深刻ぶった)」作品や人なのであって、鑑識眼が脆弱なら、見極めの基準として「深刻さと重厚さと悲壮感」を頼りにでもすれば、それほど低劣な評価の失敗を世に晒さなくて済むというわけなのかもしれません、やれやれ、結局、今も昔も(右も左も、ですが)映画批評家なんて、やっぱり「右向け右」の人種といわれても仕方ないのかもしれませんね、痛感しました。

さて、わが異色作「ぶっつけ本番」が、ベスト10内に見当たらないので、仕方なく視野を広げて(「下げて」です)少しずつカウントダウンしてみることにしました。

そして、ようやく「19位」に「ぶっつけ本番」を見つけました(しかし、思っていたより高評価でした)、その間の順位は以下の通りです。

11 陽のあたる坂道(田坂具隆)
12 鰯雲(成瀬己喜男)
13 一粒の麦(吉村公三郎)
14 白蛇伝(薮下泰司)
15 赤い陣羽織(山本薩夫)
16 悪女の季節(渋谷実)
17 蛍火(五所平之助)
18 つづり方兄妹(久松静児)
19 ぶっつけ本番(佐伯幸三)
20 谷川岳の記録・遭難(高村武次)


とありました。そして、このベスト10を紹介しているサイトのなかで、合わせて「有名人のベスト10」という記事も併載してありました、面白いのでちょっと紹介しますね。

その「有名人」というのは、安部公房、武田泰淳、花田清輝、淀川長治の4名ですが、安部公房だけは、「洋画」のみを選出対象としているので、この際は除外しなければなりません。


それではまず、武田泰淳から。

1 彼岸花
2 夜の鼓
3 楢山節考
4 裸の大将
5 赤い陣羽織
6 無法松の一生
7 白蛇伝
8 隠し砦の三悪人
9 張込み
10 森と湖のまつり

まあ、取り立てて奇抜さも特徴もなく、「ごくフツウじゃん」という感じです。
それにしても「森と湖のまつり」(泰淳の原作です)があって、「炎上」を入れてないのは、なんだか三島由紀夫に対するジェラシーと思われても仕方ないかもしれませんね。
いかに内田吐夢の力作とはいえ、「森と湖のまつり」と「炎上」では、最初から優劣が明らかにされているわけで(遠慮がちの「10位」という位置づけも、なんだかその辺を自認しているような)、それをどう転倒させてみたところで、世間の人は「奇抜」とは見てくれないと思いますが。

つぎに、淀川長治です。

1 炎上
2 楢山節考
3 彼岸花
4 隠し砦の三悪人
5 杏っ子
6 白蛇伝
7 結婚のすべて
8 紅の翼
9 裸の太陽
10 無法松の一生

こちらは、「ジェラシー」がない分、「公式のベスト10」に接近し、より一層堅実な印象を受けてしまいます。
逆に言えば、映画紹介者としてのバランス感覚に満ちた「公式的見解」に寄り添った、平均点的な大人しい「ベスト10」という感じがしますが、しかし、すでに「公式ベスト10」というものが存在する以上、面白味がまるでない(邦画を面白がろうともしていない)姿勢みたいなものを感じます。「杏っ子」を除いてはね。

そして、最後の花田清輝、見た途端ぶっ飛びました、なんと「ぶっつけ本番」を第4位にランクしているではありませんか、実に驚きです。批評家など皆「せいぜい右向け右の人種だ」などと悪口をいった手前、赤面する思いで「花田ベスト10」をじっくりと眺めました。

以下が、そのベスト10です。

1 張込み
2 炎上
3 夜の鼓
4 ぶっつけ本番
5 隠し砦の三悪人
6 若い獣
7 巨人と玩具
8 大菩薩峠・第二部
9 裸の大将
10 鰯雲

なるほどね、自己主張が、「しっかり見える」力強い印象を与えるベスト10だと思いました。

そして、続いて花田清輝の「選評」(そう言っていいですよね)が紹介されていたので、ちょっと引用させてもらいますね。

≪一般的にいってこの種の行事の選者たちには、ほかの芸術の領域においても同じことだが、大家とかなんとかいわれる人の作品を選ぶ傾向がある。私は次の時代をになう人たちの作品に注目し、一貫してそれらを見てきた。その結果比較的未熟であっても、未来への可能性をもっている作品を選んでみたのである。

決定をみて、ちょっと感じられるのは、こういう選者たちの傾向として、比較的最近封切られた作品が印象に残り、それを推してしまうということである。文学などと違って、たやすく読み返しができぬという映画の特殊性があるとはいえ、いささか不満である。≫


なるほど、なるほど。

「大家・時系列」偏重説ですか、自分がうだうだ言ったことをズバリと言われて、ますます顔が赤らみました。

そして、このサイトの管理者のコメントが続きます。

≪「ほほう、ちょっと個性を感じる10本ですね。当時若手の野村芳太郎の『張込み』を1位に挙げ、石原慎太郎が初監督した『若い獣』まで入れてます」

「若い世代を積極的に評価したい、と主張する花田は翌年の1959年度では、大島渚のデビュー作『愛と希望の街』を6位に推している。キネ旬ベスト・テンでこの作品に票を投じたのは二人だけだったから、大島はとても感激したそうです」≫

この文中、「翌年の1959年度では、大島渚のデビュー作『愛と希望の街』を6位に推している。キネ旬ベスト・テンでこの作品に票を投じたのは二人だけだったから、大島はとても感激したそうだ」とあるのに注目しました。

「愛と希望の街」を翌年に撮り、その次の年には、いよいよ「青春残酷物語」を撮って松竹の看板監督の地位に一気に駆け上る(背景には従来の松竹作品『大船調』の低迷と不振があります)、そういう年だったんですね、この年は。

この時期の勢いを得た大島渚の気負った顔がありありと見えるようです。

半裸の桑野みゆきを、これもまた裸の川津祐介が、思い切り張り倒す、張り倒された女の苦痛に歪んだ顔の大写しが描かれた煽情的な宣伝ポスターに、まるで煽られたかのように大衆は雲霞のごとく映画館に押し寄せました。いままで楚々としたメロドラマ調に慣らされてきた松竹映画ファンには恐ろしくショッキングな驚天動地の「事件」だったと思います。

そのときの小津監督のコメントがあります、「これからも松竹は、筏の上でズロースを干すような映画を作るつもりなのかね」

木下恵介「あの人たちの作ったものを見ているとまったく遣り切れない気持ちになるよ。僕の見た場面で、一人の男が豚のモツで顔を叩かれるというのがあったが、あの人たちはどうしたらお客を不愉快にできるかということに心を使っているのではないかと思った。暴力や愛欲シーンをどぎつく描かなければ、自分の意図が表現できないとすれば、それは演出が未熟だということになる。映画はやはり娯楽であり、美しさが必要だと私は信じている。」

そして、大島渚は、こう言います(木下さんの堕落は『二十四の瞳』以来のことと切って捨て)「いまの松竹は撮影所のスタッフを全部戦後派で固めること。百歩ゆずっても、小津安二郎、渋谷実、野村芳太郎以外の戦前派監督はいらない」とまで言い切っています、木下恵介への痛烈な批判です。

ステージ上で野坂昭如と殴り合った大島渚のあの傲岸不遜は、なにもあれが最初というわけではなく、遠く松竹時代、監督としてスタートをきった時もそのまま「傲岸不遜」だったことは、これでよく分かりましたが、ただ、そのとき、不意にあるひとつのことを思い出しました。

以前、you tubeで、大島渚のナレーションで、日本映画の100年を振り返る「100 Years of Japanese Cinema (1995)」というドキュメンタリー映画を見たことがあります。

その中で、大島渚は、自分が映画界に入ったのは、木下恵介の「女の園」に衝撃を受けたからだと告白しています。

「二十四の瞳」と「女の園」、その作品に対する愛憎の落差のなかに「大島渚」という男の人間像が浮かび上がってくるような気がしますよね。

なんだか、雰囲気が盛り上がってきたので、自分もなにかコクりたい気分になってきました、佐伯幸三監督絡みで、ですが。

実は、リアルタイムで見た「喜劇駅前競馬」1966という作品があります。

競馬にハマッタお約束の面々が、例のドタバタを繰り広げる佳作ですが、その1シーン。

馬券を当てたフランキー堺が、恋人か女房(大空真弓が演じていました)にセーターを買ってあげようと、メジャーで胸を測って寸法をとるという場面です。

それまでに二人の雰囲気は、すでに熱々、相当にヒートアップしていて、ネチネチ・コチョコチョとてもあやしいムードになっています。

メジャーを胸に回され、くすぐったそうに身をくねらせる大空真弓のその悦楽の表情を楽しみながら、フランキー堺は、さらに乳首(薄いブラウスからはっきりと透けて突き出て見えてます)をメジャーで挟み、その柔らかさを楽しむみたいにコリコリと刺激し、妻は身もだえします、これってまるで「前技」です。
当時思春期真っ只中の自分は「これ」にはまいりました。

外の世界は、世情騒然たる時局にあって、暗い映画館の片隅でひとり、密やかな股間の高揚に戸惑っていた、これが自分の佐伯幸三体験の最初でした。

(1966東宝)監督・佐伯幸三、脚本・藤本義一、製作・佐藤一郎、金原文雄、音楽・松井八郎、撮影・村井博、編集・諏訪三千男、美術・小島基司、照明・今泉千仭、録音・原島俊男、スチル・橋山愈、
出演・森繁久彌(森田徳之助)、フランキー堺(坂井次郎)、伴淳三郎(伴野孫作)、三木のり平(松木三平)、山茶花究(山本久造)、藤田まこと(伴野馬太郎)、淡島千景(景子)、池内淳子(染子)、大空真弓(由美)、乙羽信子(駒江)、野川由美子(鹿子)、北あけみ(紙子)、稲吉靖(白馬)、松山英太郎(五郎)、藤江リカ(安子)、千葉信男(由在巡査)、館敬介(駒山)、三遊亭小金馬(ゲスト)、安藤孝子(安藤女史)、星美智子(しるこ屋の女将)、北浦昭義(若い警官)、島碩彌(アナウンサー)、渡辺正人(解説者)、
製作=東京映画 1966.10.29 7巻 2,483m カラー 東宝スコープ


≪参考≫
1.1958.07.12 喜劇 駅前旅館 豊田四郎
2.1961.08.13 喜劇 駅前団地 久松静児
3.1961.12.24 喜劇 駅前弁当 久松静児
4.1962.07.29 喜劇 駅前温泉 久松静児
5.1962.12.23 喜劇 駅前飯店 久松静児
6.1963.07.13 喜劇 駅前茶釜 久松静児
7.1964.01.15 喜劇 駅前女将 佐伯幸三
8.1964.06.11 喜劇 駅前怪談 佐伯幸三
9.1964.08.11 喜劇 駅前音頭 佐伯幸三
10.1964.10.31 喜劇 駅前天神 佐伯幸三
11.1965.01.15 喜劇 駅前医院 佐伯幸三
12.1965.07.04 喜劇 駅前金融 佐伯幸三
13.1965.10.31 喜劇 駅前大学 佐伯幸三
14.1966.01.15 喜劇 駅前弁天 佐伯幸三
15.1966.04.28 喜劇 駅前漫画 佐伯幸三
16.1966.08.14 喜劇 駅前番頭 佐伯幸三
17.1966.10.29 喜劇 駅前競馬 佐伯幸三
18.1967.01.14 喜劇 駅前満貫 佐伯幸三
19.1967.04.15 喜劇 駅前学園 井上和男
20.1967.09.02 喜劇 駅前探検 井上和男
21.1967.11.18 喜劇 駅前百年 豊田四郎
22.1968.02.14 喜劇 駅前開運 豊田四郎
23.1968.05.25 喜劇 駅前火山 山田達雄
24.1969.02.15 喜劇 駅前棧橋 杉江敏男



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by sentence2307 | 2017-07-08 08:19 | 映画 | Comments(0)

ぶっつけ本番

昼過ぎから「半日出張」に出かける予定だった木曜日、たまたまその午前中に、以前から気になっていた佐伯幸三監督作品「ぶっつけ本番」1958が放映され、ようやく見る好機に恵まれました。

友人から推薦されて以来、意識しながら十数年ものあいだ、ずっと見る機会がなかったわけですから、この巡り合わせは、まさに「好機」といっても差し支えないと思います。

鑑賞前、ざっくりとした知識でも得ようかとネットで検索してみたのですが、その「ヒット」のあまりの少なさには、意外というよりも、ちょっと不吉なタジログものを感じました、「見る機会の少なさ」というものが、あるいは、こういうところにも象徴的に表れているのかなと、チラっと思ったりもしました。

それでも、だいたいの雰囲気を知る情報だけは得ることができました。

ざっとこんな感じです。

≪戦後の混乱期、ニュース・カメラマンとして活躍した松井久弥の、カメラマンとしての逞しく厳しい生涯を描いた異色作で、同僚の水野肇と小笠原基生の原作を笠原良三が脚色し、佐伯幸三が監督した。

終戦後、戦地から戻り、ニュース映画会社に復職した松木は、突撃的な事件カメラマンとして著名な数々の事件現場(下山事件、メーデー事件など)を迫真の映像でとらえて高い評価を受けたが、品川駅で引上げ列車を取材中に列車にひかれて殉職した。

作品には、随所に彼が撮った実写映像が挿入され、迫力ある戦後動乱期を回顧する歴史的ドキュメンタリーの趣きもある作品である。≫

そして、映画を見始めてすぐに松井久弥(劇中では「松木徹夫」です)の最初のスクープとなる下山事件・総裁轢断現場の激写のクダリで、あの綾瀬・北千住間の生々しい現場の実写映像が挿入されています、ああ、このフィルムも松本久弥の仕事だったのか、これなら確か熊井啓の「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」にも一瞬衝撃的に使われていたアレだなと気が付きました。

そこには、後進の多くの優れた映像作家たちの心を震わせる緊迫した冷然たる時間がそのまま切り取られたようなワンショットが写し込まれていました。

あるいは、「三鷹事件列車転覆」、「伊勢湾台風による大洪水」、「オイルタンカー火災」、「メーデーのデモ隊と警官の皇居前衝突」、「洞爺丸沈没」、「相模湖の内郷丸遭難」、「第五福竜丸の被爆者死去」など、それらどの事件の「迫真の映像」も、いささかも揺るぐことなく、それぞれに圧倒的な迫力で当時の緊迫した死の気配を臨場感をもって伝えています。

しかし、その迫力に満ちた映像が世評で高く評価されればされるほど、松木への同業者からの風当たりは強く、仲間内の申し合わせを無視する「抜け駆け野郎」と陰口をたたかれ、スクープ狙いのその孤高の突撃スタイルは、そのたびに同業者からの熾烈な批判に晒され続けていることも描かれています。

オイルタンカーの火災現場を、生命の危険を冒してまでスクープ撮影に成功した松木は、会社の幹部とともに意気揚々と試写に臨みます。

当然、迫力に満ちたそのスクープ映像を皆から称賛されるものと思っていた松木に、しかし、管理職や同僚からの非難が集中します。

「たったこれだけかね」と山田製作部長は松木に尋ねます。

「たったこれだけかって、600フィートも回したんですよ」と松木は部長の冷ややかな言葉を訝しく思いながら抗議します。

山田部長「これじゃ燃えている船が映っているだけで、客観性もなにもないじゃないか」とさらに指摘します。

小林製作課長「客観描写っていうのはな、人物を描き込むってことだよ。例えば、事故を見守る人たちとかね。これじゃ客観描写の欠落って言われても仕方ないぞ」

同僚「いくら松木でも、今度のやり方は反対だな。子供を危険に晒したり、巻き添えにして、燃えているオイルタンカーまで小舟を漕がせたそうじゃないか? そんなスクープ精神は、根本から間違っていると思わないか」

しかし、松木は、この身内からの非難の渦中にあるときでさえ「いまの俺には、ほかにはなにもできないから、この仕事に体を張るしかないんだ」と内心思っていたに違いない、と自分的には確信しています。

たしかに、映画では「そう」は、描いていません。いや、むしろ「逆」かもしれません。

ストーリー的にこの映画を追えば、松木は、人間味を欠いた「スクープ精神」を非難され、少し反省して、「孤児の親探し運動」の人間味あふれるニュース映画を撮り(この仕事で彼は実際に高い評価を得ています)、「改心」して人間的に「成長」したかのように描かれていますが、しかし、それはあくまで「映画」として話を整えただけなので、実際の松本久弥はどうだったかといえば、それは、ラストの「列車で轢死」という事実が証明しているように思えて仕方ありません。

松木は、相変わらずスプーク狙いのために、がつがつと、ひとりホームから線路に降り立ち、危険も顧みず、線路上を彷徨いながら、格好のアングルを探しているそのサナカに列車にひき殺されました。

そして、その直前、同じ取材をしている同業者から、またしても「抜け駆けするなよ」と皮肉を言われ、松木はそれを無視してやり過ごすというシーンも描き込まれています。

このラストは、松木という男のハングリーさが、最初から最後まで、なにひとつ変わっていなかったことを示している証左ではないかと思えて仕方ないのです。

サラリーマンなら、与えられた仕事をこなすだけで、自分の好みで「仕事」を選ぶことなど、とてもできるわけがないことくらい常識です。

その仕事の履歴をつなげて、それがあたかも人間的な成長の軌跡であるかのように描くこの行き方は、なんだか脚本の巧みなウソに嵌められたような嫌な違和感を覚えました。

この「自分の違和感」が、どこから始まったのか、この映画を少しずつ巻き戻しながら探してみました。

メーデーの皇居前騒乱の現場取材で大けがを負った夫・松木を気遣い、妻・久美子は病院で「いつまでもあんな危険な職場にいたら心配だ」と、不安を夫の上司に話す場面がありました。

そこで山田製作部長が「こりゃあ、なんとかせにゃあいかんな」と小林課長(佐野周二の好演がひかります)と話す場面があり、そのすぐあとに松木が、風物を撮る仕事(明らかに閑職です)に職場替えされて、刺激のない仕事に心底腐って、飽き飽きしている場面が描かれていますが、すぐに国会詰めの部署に回されて、紛糾する国会乱闘を夢中になって取材するという場面に続き、松木は改めて事件現場を取材する仕事の充実感を味わい、その喜びを嬉々として妻に話す場面に繋がっていきます。

事件取材ができる仕事の充実を嬉しそうに語る夫の笑顔を見ながら、妻は「あなたは、やっぱり、そういう仕事が好きなのね」、そして、「実は、自分が職場転換を会社にお願いしたのだ」と告白します、松木は激怒し、「自分が今までどんな気持ちで『風物』を撮っていたか、その気持ちがお前に分かるかと」と言い捨てて、家を飛び出す場面です。

ここで松木が怒るのも無理はありません、仲間が嬉しそうに事件取材に飛び回っているのを横目で見ながら、意に添わぬ「風鈴や金魚」を撮っていたわけですから、話の筋は十分に通っています。

しかし、彼がなぜ「国会詰め」(この仕事は明らか事件現場です)にこんなにも早く戻されたのかが不思議でした。

会社は、彼の身の安全や体の心配をしたから(奥さんからの申し出もありました)彼のことを気遣って「風物」に配転したのではなく、なにかの「ほとぼり」が覚めるまで事件現場から意識的に彼を遠ざけていただけなのではないか、という気がしてきました。仕事上のトラブルに巻き込まれたときなど、事態が沈静化するまで一時配転させる(時期がくれば戻すという前提です)ということなら、会社ではよくある話です。

TV業界に転職する仲間(親友・原もそのうちの一人です)の送別会のあとの二次会で、松木は小林課長に「自分の職場転換は、誰が指示したのか、妻が願ったからか」と問いただします。

「そんなわけないだろう。まさか会社が、奥さんの意見を入れて人事なんか動かすと思うか。君の職場転換を具申したのは自分だ」と小林課長は答えます。

驚いて「どうして」と松木が問い返すと、

小林課長は、「これから、TVの速報性にはかなわない時代がくる。君のニュースには迫力や驚きはあるが、感動がない。これからどういうものを撮ればいいか、自分でよく考えろ」と諭します。

ここで自分の職場転換が妻の希望だったのかという疑念は否定され、迫りくるTV時代に対抗するためにはどうすればいいのか考えろという話に(強引に)引き戻されます。

そう諭されて考え込む(かに見える)松木の描写に、自分の違和感は増幅しました。

それは、時代がどのように動こうと、松木がそんなものに捉われて仕事をしたことが、かつてあっただろうか、という思いからです。

彼は、事件現場にいち早く駆け付け、誰もが躊躇するような危険な場所に踏み込み、誰にも撮れない現場を激写した熱血漢です。

警察が張った規制線のさらに遥か後方から「あちらに見えるのが事件現場です」などととんでもない見当違いの場所から安全に中継するチャラチャラとダレきった愚劣なTV報道なんかとはワケが違う。

いまのTVにできることといえば、お笑い芸人の馬鹿笑いを3台のカメラで必死になって追いかけるくらいが関の山ですから。

どのような時代がこようと、誰よりも「踏み込んで撮る」姿勢で撮ってきた松木にとって、TV時代の到来など何ほどのことでもなかったはずです。

この男と、その仕事にとって、TVの隆盛は、果たしてそれほどの脅威だったのか。

どんな職場であろうと、身の危険を冒してでも、突撃取材することが、この男の仕事のやり方である以上、「TVとは、違った方法」など、最初からとるにたりないものだったと思います。

ですので、この一連のやり取りは、なんだかとてもおかしい、不自然と感じた所以です。

TVの速報性は、確かに「脅威」だったに違いありませんし、それに、入場料をとって見せるニュース映画に比べれば、ロハで見られるTVニュースの廉価性の脅威というのも確かにあったでしょう(しかし、この二つが、TVが芸術性から見放され、猥雑で無様な弱体とアンモラルな荒廃を招いたことも明らかで、このことはいつか機会があれば別のときに話したいと思います)。

しかし、当初から松木(松本久弥)が目指していたものが、そもそも速報性なんかでもなければ、「廉価」でもなかったのは明確です。

「下山事件の轢断現場」にしても、「三鷹事件列車転覆現場」や「伊勢湾台風出水現場」や「オイルタンカーの火災現場」や「メーデーのデモ隊と警官の皇居前衝突現場」にしても、また、「洞爺丸沈没」、「相模湖の内郷丸遭難事件」、「第五福竜丸の被爆者死去」など、そのどれをとっても、『君のニュースには迫力や驚きはあるが、感動がない。』の言葉が当て嵌まるとは思えません。

彼のニュースが多くの人々の気持ちを引きつけ捉えたのは、まさにその≪迫真の映像によって、驚きや感動≫を与えたからです。

そういえば、小林課長の「そんなわけないだろう。まさか会社が、奥さんの意見を入れて人事をすると思うか」も言わずもがなで、あまりに当然すぎて奇異な感じさえ受けます。

そして、その転換の理由が何かといえば、

「ニュースが記録と思っているうちはダメだ。本当のニュースキャメラマンになって欲しいんだ」という小林は、なんとも抽象的な理由しか述べていません(元々「ない」のだから、理由など述べられないというのが本当のところかもしれませんが。)。

そこで、ふたたび、松木の「風物撮影」への職場転換の話に戻しますね。

なぜ彼は「一時的」とはいえ、唐突な職場転換をさせられたのか、なんらかの差しさわりがあって、事件取材のセクションから、当分のあいだ遠ざけられたのではないか(会社ならよくある話です)という仮説を立ててみました。

このコメントを書き始める直前に行った「検索」で、映画「ぶっつけ本番」でヒットした事項が気抜けするくらい少なかったことを書きました。文頭に戻って読み返してみると、それを「意外というよりも、ちょっと不吉なタジログものを感じました」と表現しています、なんだか尋常じゃありません。

実は、その「数少ないヒット」のなかで、二つの記事に出会っています、それを紹介しておきますね。

少し長文の引用になるので、その引用文の最後につける予定にしている一文をここに書いておきますね、つい忘れてしまいそうなので。

≪なるほど、なるほど。それでたまたま飛んできた投石に当たって負傷したとしておく方が、すべてにわたって好都合だったと、こういうわけですね。これで、自分の疑問も氷解しました。≫


★引用(文中、松本久弥の名前を目立たせるために墨付きパーレンで囲いました。)

まず最初の引用です、昭和26年3月15日付けの「第010回国会 法務委員会 第10号」議事録となっています。
当日の議題は、3点「犯罪者予防更生法の一部を改正する法律案(内閣提出第五二号)」、「有限会社法の一部を改正する法律案(内閣提出第一〇〇号)」、「犯罪捜査及び人権擁護に関する件」で、その3つ目の「犯罪捜査及び人権擁護に関する件」の中でこんな質疑が交わされています。
「○上村委員 まず第一に、三月七日に東京都北区の朝鮮人学校において、その前に行われた朝鮮人の不当な捜査に対する事件真相発表演説会というものが持たれました。そのときに、朝鮮人の会合する者二千人、これに対して約三千の警官が参りまして、それを解散しようとしたのでありますが、その光景を写さんといたしまして、日本ニユースのカメラマンの【松本久彌君】がそこへ行つて撮影しておつたのでございます。ところがその撮影が当時の警官の気に入らぬために、そこで暴行を力えられ、右後頭部に非常に強烈な打撃を加えられて、鮮血淋漓たる状態になつて昏倒したのでございます。この事実を一体法務府ではお調べになつておりますか。お調べになつたとすれば、暴行を加えた警官の人たちを取調べておるかどうか、そういう点について詳細の御説明を願いたいのであります。
(中略)
○上村委員 ここに【松本久弥】自身の手記が私どもの方へ届いておりますが、これによるとカメラのサックを忘れて来たので、それを届けに労働者風の人が来て、そいつを受取つた。そうするとそばにおる二人の警官がいきなり、どういう理由ですか、そのカメラのサックを届けたところの青年に手錠をかけてしまつた。そして自分の持つておるカメラをとろうとするので、自分は同業の朝日の記者を呼んだ。そうするとそれがどういうふうに向うへ聞えたか、いきなりそばにおる制服の警官が自分を、こん棒でもつて右の後頭部をたたいた。そして自分はその間に足がよろめき頭が混濁して来た。こういうふうにはつきり言つておるのであります。そうするとそれに対しては、今警視庁と捜査機関としては、そういう点を見のがしておるのでございますか。そういうのを基準にして捜査を進めておるということでございますか。
(中略)
○猪俣委員 これはちつと法務行はうかつでございますよ。そうなつております。そこで当時の新聞を見ますと、トップに出るような大事件について、ニュース写真が載つておらぬのはふしぎだというようなことを、新聞記者が自嘲的に書いておる。それはおわかりにならなければそれでよろしい。そうすると、これは法務府でもごらんになつておらぬと思うのでありまして、これをぜひひとつ法務府でもごらんになつていただきたいし、これは法務委員長に私お願いがあるのですが、あとで国会でこのニュースを映写してもらいたいと思います。どういう理由でこれが一般に映写されないのであるかわかりませんが、事実映写はできないそうであります。
 そこでなおいまひとつ法務府にお尋ねいたしますが、この【松本久彌】が王子駅前の岸病院にまだ入院加療中であります。ところが警視庁の捜査第二課の田島領四郎という警部補がしよつちゆう行つて、お前の傷はぼくらがなぐつたんじやない。あれは石が当つたんだぞということを言い聞かせておる、こういうのであります。一体自分たちがなぐりもせぬのに、病院に行つて、かような病気見舞においでになることは、殊勝なことであるけれども、ちつと異例だと思うのであるが、この辺について何か事情をお聞きになつたことはございませんか。

そして、引用の二つ目です。

青丘文庫月報(第264 号 2012.11.1 1)とあります。
「朝鮮戦争中の1951 年2 月と3 月に米軍政部と日本政府当局による都立朝鮮人中高等学校への武力弾圧が行われた。それを『警視庁史』はこのように記している。
〈2 月23 日占領目的阻害文書を所持した都立朝鮮人中・高校の生徒を検挙し調べたところ、同校内で印刷していることが判明したので、2 月28 日早朝に同校の捜索を実施し多数の印刷物を押収した。翌日、それを不当として朝鮮人が抗議に押しかけ、3 月7 日同校において「真相発表大会」という無届集会が開催された。主催者に対し大会中止を勧告したが応じずに集団暴力行動を行ったので実力で解散させ首謀者を逮捕した。〉
3 月7 日約700 名の警官が出動し校内に突入した際、多くの生徒・教員以外にも取材中の日本映画社カメラマン【松本久弥】も警棒で頭を殴られ重傷を負った。【松本】は翌日、事件に関する一切を布施に委任した。3 月の中・下旬の国会法務委員会では上村進、羽仁五郎らがこの事件を取り上げ、報道の自由の侵害と警官の暴力行為を追及し、ついで4 月27 日には暴行した警官を刑事告発している。
しかし警視庁は警官の暴力を認めない姿勢であるので、同年11 月に東京都と警視総監田中榮一を相手に「謝罪状及びこれに附帯する慰謝料請求」という民事訴訟を提訴することになり、数回の公判が開かれた。
しかし結局この裁判は1960 年に取下げられている。裁判の中心人物である布施が1953 年に病死し、原告【松本久弥】自身も1956 年事故死したこと、さらに警官の暴行を立証するのは非常に困難なことなので、敗訴の判例が出るのを避けるためにも取下げることにしたのではないかと推測される。」

なるほどね、これじゃあメディアもビビッてドン引きするわな。

「はい、こちら事件現場です」なんて呑気なこと言ってる場合じゃないしね。


(1958東京映画)製作・佐藤一郎、山崎喜暉、監督・佐伯幸三、脚本・笠原良三、原作・水野肇、小笠原基生「ぶっつけ本番 ニュース映画の男たち」、撮影・遠藤精一、音楽・神津善行、美術・北辰雄、録音・酒井栄三、照明・伊藤盛四郎
出演・フランキー堺(松木徹夫・ニュースキャメラマン)、淡路恵子(松木久美子・徹夫の妻)、大谷正行(松木隆・長男三歳)、二木まこと(松木隆・長男七歳)、板橋弘一(松木明・次男)、小沢栄太郎(製作部長・山田)、佐野周二(製作課長・小林)、仲代達矢(キャメラマン・原)、増田順二(キャメラマン・川崎)、堺左千夫(キャメラマン・ドンちゃん)、天津敏(キャメラマン・小山)、守田比呂也(キャメラマン・大木)、中村俊一(企画部員・後藤)、佐伯徹(企画部員・長谷川)、内田良平(企画部員・関口)、吉行和子(編集部員・飯田マサ子)、光丘ひろみ(女事務員・北村)、山田周平(他社のキャメラマン・森)、沖啓二(他社のキャメラマンB)、木元章介(他社のキャメラマンC)、三谷勉(他社のキャメラマンD)、水の也清美(アパートの主婦)、黒田隆子(病院看護婦)、塩沢登代路(赤線の女)、中原成男(宗谷船員A)、鷲東弘功(宗谷船員B)、池田よしゑ(相談所の先生)、坂内英二郎(院長)、磐木吉二郎(父親)、川内まり子(産婦人科看護婦)、森静江(産婦人科看護婦)、田辺元(運転手・平さん)、

配給=東宝 1958.06.08 10巻 2,712m 白黒



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by sentence2307 | 2017-07-02 08:37 | 映画 | Comments(0)