世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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この作品を見る前も、そして見た後も、やはり原題の「Assassination(暗殺)」では、作品の全容を伝えるタイトルとしては、なんだか相応しくないのではないかという思いにずっと捉われていました、

この映画が描いているものを「暗殺」と言い切ってしまったら、なんだか元も子もないような気がしたのです、この映画が描いているものは、社会から疎外された孤独な青年がずっと抱いてきた夢としての偶像(義賊ジェシー・ジェームズ)をただ汚すものでしかない現実に存在する卑小な者(びくびくと追手から逃げ回る無様で小心な犯罪者)を否定する行為として、あの殺害があったわけですから、ここは無理な直訳に捉われず、ずばり「否定」でもよかったと思うし、具体的に「殺害」としてもよかったのではないかと思ったのです。

いままでだって映画のタイトルをつけるうえで「直訳」に拘ったり囚われたりしたことなんて、ただの一度もなかったじゃないかという思いも当然ありました。

なにせ、アメリカから遥か遠く隔たっている極東の、肌が真っ黄色な東洋人からすると、「暗殺」ときたら、そりゃどうしてもリンカーンやケネディを思い描いてしまうわけで、地政学的ギャップから逃れられないという悲しい現実もあり、その思考の東洋的限界が、「暗殺」などという大そうな政治的なタイトルになじめず、極端に言えば拒否したい(いまでも、ですが)気持ちになったのだと思います。

追われる犯罪者ジェシー・ジェームズの疑心暗鬼をブラッド・ピットが暗く重厚に演じ、その「偉大な」犯罪者の疑心暗鬼に、まるで炙られ追い立てられるようにして、「義賊・ジェシー・ジェームズ」への失意を殺意にまで変質させる暗殺者ロバート・フォード(ケイシー・アフレックの名演が光ります)の苛立ちと深い孤独を繊細に描いたこの死の影に覆われた物語が、そのまま当時のアメリカの国情・「時代の苛立ち」を反映したものでもあったことがよく分かりました。

この物語の背景には、北軍に敗れた南部の鬱積と憎悪のはけ口として、南北戦争に参加した犯罪者ジェシー・ジェイムズを、まるで鼠小僧のように崇拝し、「義賊」としてイメージすることで、当時の沈滞の中にあった南部の救いとして社会的な必要性から生み出された妄想だったとすれば、たとえそれが仮に「ジェシー・ジェイムズ」でなかったとしても、ほかの誰かでもよかったのだというその「空虚」を、この作品「ジェシー・ジェームズの暗殺」は精密に描きだしているのだと思いました。

深い劣等感のなかで社会から疎外され傷ついた孤独な青年が、唯一の心の支えとして仰ぎ見た「義賊ジェシー・ジェームズ」が、追手から逃げ回る小心な疑心暗鬼に囚われている臆病者にすぎないことの失意と失望が、やがて「射殺」という否定にまで高揚していく孤独な復讐の物語として見れば、やはりこの映画のタイトルは、「ジェシー・ジェームズの暗殺」などではなく、理念をも込めて「落ちた偶像」的なものにすべきだったのではないかと考えた次第です。

こんなふうに自分としては、この作品に深く思い入れ、また、感動もしたのですが、しかし、この作品に対する感想の多くが、まずはどれも「長い割には、とても退屈だった」という前置きから始められていることを知り、とても驚き、そして愕然としました。

しかし、この「愕然」は、なんだか以前にも似た経験をした思いがあったので、ちょっと考えてみて、そしてすぐに思い出しました。

テレンス・マリック監督の衝撃作「ツリー・オブ・ライフ」2011です、きっと同じブラッド・ピットが主演した重厚な演技に通い合うものがあって、すぐに連想することができたのだと思いますが、あのときも、多くの人の意見は「なんだ、こりゃ」みたい感想が多かったと記憶しています。

もちろん、この「なんだ、こりゃ」は、そのままこの作品に「ドン引き」した観客の辛辣な評価と惨憺たる反応に直結したわけですが。

「ツリー・オブ・ライフ」の評判がすこぶる悪かった理由のひとつには、善良な好人物しか演じてこなかったあのブラッド・ピットに、親に逆らう子供に逆ギレして子供を殴りつけ徹底的に痛みつけるという暴力的で横暴な父親を演じさせ、作品を鑑賞する以前に、その異常さが多くのファンをげんなり(嫌悪です)させて最初から拒絶の姿勢を誘発させてしまったからに違いありません。

子供への暴力描写は、自分をも含めて、多くの鑑賞者を居たたまれない思いにさせ、その拒否反応は、作品そのもの・トラウマを抱えた子供たちが煩悶し、自殺の衝動を超えながら成長し、やがて再生をはたすという、映画の内実を鑑賞させることもなく、物語の核心に至る以前に、観客の気持ちを閉ざさせてしまったことにあるからかもしれません。

この「子供への暴力」の場面は、「ジェシー・ジェームズの暗殺」にもありました。

疑心暗鬼になったジェシー・ジェームズが、裏切り雲隠れした男を追って、父親の行方を否定するその息子(少年です)に、感情を失ったような冷ややかさで、仲間が止めるのも聞かずに執拗に何度も殴りつけ痛みつける場面です。

狂気にでも囚われていないかぎり、そんな惨いことは、とてもできるものではないという演出の思いが込められた場面なのは分かりますが、見る側としてはその現象自体に堪えられないものがありますし、ブラッド・ピットが二度までもこの「親からの暴力」に執拗にこだわるのは、もしかしたらここに、ブラッド・ピット自身のトラウマがあって、彼の「なんらかの訴え」が込められているのではないか、などと勘ぐってしまうし、それがどのようなものであれ、それ自体の重さが鬱陶しく感じてしまったくらいでした。

しかし、いわば、ここまでは、この作品に感動した表向きの「公式的な」感想です。

実は、自分の感激した部分は別にありました、この映画の付録のように付け足された暗殺者フォード兄弟の後日談の部分です。

ロバートとチャーリー兄弟は、ジェシー・ジェームズを射殺した顛末を芝居に仕立てて巡業します。

いまから見れば、そのグロテスクさは相当なものがあるのですが、娯楽の乏しかった当時とすれば、巡業芝居のなかでも多くを占めた「きわもの芝居」のひとつだったかもしれませんが、事件の当事者が演じるというその異色さで、客を呼びこむ話題性としては、とびぬけたものがあったのだろうと思います。

しかし、実際は、映画の中でも描かれているとおり、客の反応としては、世評そのままの、どこまでも「義賊」を後ろから射殺した「卑怯者」という非難の込もった関心以上のものではありませんでした。

兄弟は、観客のその冷ややかな視線に常に晒され、非難に徐々に追い詰められ、兄チャーリーは自らの銃で脳髄を撃ち抜き、ロバートも市民のひとりに撃ち殺されます。

せめてもの救いは、かつて自分が背中を撃ち抜いて殺したジェシー・ジェームズと違い、正面から撃たれたことで、少なくとも自分が殺される瞬間をその目で確認することができたくらいの差しかありませんでしたが。

この「事件の当事者が、その事件を芝居仕立てにして巡業した」というクダリに大変興味を持ちました。

いやいや、そもそも芝居の成り立ちとは、多かれ少なかれ、そうしたキワモノから成り立っているのではないかという思いを強く持ちました。

そして、このような芝居なら、日本にもあったのではないかと、ちょっと調べてみたくなりました。

しかし、どのように調べ始めたらいいのか、その取っ掛かりが掴めません。

あれこれ思い悩んだすえに、思いついたのは、中川信夫の「毒婦高橋お伝」でした、あの映画の最後は、どうだっただろうか、

あの阿部定だって、劇団を組織して、自分の関わった「あの事件」を芝居にして地方を巡業したなんてこともちょっと聞いたことがあるような気もしてきました。

そこで手始めにwikiで「高橋お伝」を検索してみました。

そして、すぐに自分の見込みが、甘すぎたことを痛感させられました。

まず、こんなクダリがありました。

「(高橋お伝の)処刑の翌日から「仮名読新聞」「有喜世新聞」などの小新聞が一斉にお伝の記事を「仏説にいふ因果応報母が密夫の罪(「仮名読」)」、「四方の民うるほひまさる徳川(「有喜世新聞」)」といった戯作調の書き出しで掲載した。読売の自演により、口説き歌として流行した。これが後の「毒婦物」の契機となる。明治14年(1881年)4月、お伝三回忌のおりに仮名垣魯文の世話で、谷中霊園にもお伝の墓が建立された(遺骨は納められていない)。」

そして「十二代目守田勘彌、五代目尾上菊五郎、初代市川左團次、三遊亭圓朝、三代目三遊亭圓生らがお伝の芝居を打って当たったのでその礼として寄付し建てたという。」くらいですので、こういう話を芝居がほっておくわけがないのは当然だったのです。

それに、映画としても、以下に掲げる作品がつくられているのですから、なにをかいわんやです。

『高橋お伝』(1912年 福宝堂)
『お伝地獄』前中後編(1925年、監督:野村芳亭、高橋お伝:柳さく子 松竹下加茂撮影所) 
『高橋お伝』前後篇(1926年、監督:山上紀夫、高橋お伝:五月信子 中央映画社)
『高橋お伝』(1929年、監督:丘虹二、高橋お伝:鈴木澄子 河合映画製作社)
『お伝地獄』(1935年、監督:石田民三、高橋お伝:鈴木澄子 新興キネマ京都撮影所)
『毒婦高橋お伝』(1958年、監督:中川信夫、高橋お伝:若杉嘉津子 新東宝)
『お伝地獄』(1960年、監督:木村恵吾、高橋お伝:京マチ子 大映東京撮影所)
『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』(1969年、監督:石井輝男、高橋お伝:由美てる子 東映京都撮影所)
『毒婦お伝と首斬り浅』(1977年、監督:牧口雄二、高橋お伝:東てる美 東映京都撮影所)
『ザ・ウーマン』(1980年、監督:高林陽一、高橋お伝:佳那晃子 友映)
『紅夜夢』(1983年、監督:西村昭五郎、高橋お伝:親王塚貴子 にっかつ=アマチフィルム)


まあ、最初は、高橋お伝で思わしい結果が得られなければ、すぐさま「夜嵐おきぬ」にあたりをつけて、それでも駄目なら「鳥追お松」に立ち寄ってから、「花井お梅」まで行ってみようかななどと考えていたのですが、こうまでポピュラーな存在なら、あえて検索してみるまでもないかと、なんだか意欲も気力も失せました。

しかし、負け惜しみではありませんが、これって、どれも「本人」が演じたものってわけじゃありませんよね。

自分が当初目指したのは、「事件の当事者が、その事件を芝居仕立てにして巡業した」という事例検索なのですから、やっぱりこれとはちょっと違うわけで、と考えていた矢先、リアルタイムで読んでいた吉村昭の小説「赤い人」(講談社文庫)の末尾で、こんなクダリに遭遇しました。

少し長くなりますが、重要なので転記してみますね。

「樺戸集治監開設と同時に収容された五寸釘寅吉の異名を持つ西川寅吉は、空知監獄署でも7回の脱獄を企て、捕えられて網走監獄署に服役していた。かれは無期が3刑、有期徒刑15年が2刑、懲役7年、重禁錮3年11月それぞれ1刑の罪を課せられていた。
その後、かれは別人のように穏和な人物になり、同囚を親身になって世話し、看守にも礼儀正しく接し、読書を好んだ。その傾向は年を追って強まり、行状査定は良から最良に進み、賞を受けることもしばしばで、署内屈指の模範囚になった。
大正13年9月3日、72歳という高齢と悔悟の念が極めて強いことが認められ、異例ともいうべき仮釈放が彼に伝えられ、出獄した。それは新聞にも報道されたが、たちまち彼の周囲に興行師が群がった。そして、札幌に事務所を持つ新派連続劇を上演していた新声劇団大川一派の誘いを受けて参加した。
かれは、浪曲師のように布を垂らした机を前に、自らの一代記を述べる。その脚本は警察の保安課の許可を得たもので、犯罪予防の社会奉仕と唱われていた。
かれは、興行師から興行師に渡され、「五寸釘寅吉劇団」と称して東京の人形町喜扇亭、三ノ輪三友亭、八丁堀住吉をはじめ九州、台湾にも巡業し、武州鴻の巣で興行師に捨てられ、故郷の村に帰った。昭和10年、網走刑務所からの問い合わせに、村役場から、
「・・・現在ニ於テハ老衰シ労働不能ノ為、本籍自家ニ閑居シ温厚ナリ。而シテ本人ハ元ヨリ無産ニシテ辛ウジテ生活ヲナス」
と、回答が寄せられ、その後、老衰による死が伝えられた。」

ほらね、あったでしょ、自分が言いたかったのは、これなんですよ、これ!


(2007 WB)監督脚本・アンドリュー・ドミニク、原作・ロン・ハンセン、製作・ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、リドリー・スコット、ジュールズ・ダリー、デヴィッド・ヴァルデス、トム・コックス、マーレイ・オード、ジョーディ・ランドール、製作総指揮・ブラッド・グレイ、トニー・スコット、リサ・エルジー、ベンジャミン・ワイスブレン、音楽・ニック・ケイヴ、ウォーレン・エリス、撮影・ロジャー・ディーキンス、編集・ディラン・ティチェナー、カーティス・クレイトン、衣装デザイン・パトリシア・ノリス、製作会社・ワーナー・ブラザース、プランBエンターテインメント、ジェシー・フィルムズ、スコット・フリー・プロダクションズ、アルバータ・フィルム・エンターテインメント、バーチャル・フィルムズ、原題: The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford
出演・ブラッド・ピット(ジェシー・ジェームズ)、ケイシー・アフレック(ロバート(ボブ)・フォード)、サム・シェパード(フランク・ジェームズ)、メアリー=ルイーズ・パーカー(ジー・ジェームズ)、ジェレミー・レナー(ウッド・ハイト)、ポール・シュナイダー(ディック・リディル)ズーイ・デシャネル(ドロシー・エバンズ)、サム・ロックウェル(チャーリー・フォード)、ギャレット・ディラハント(エド・ミラー)、アリソン・エリオット(マーサ・ボルトン)、マイケル・パークス(ヘンリー・クレイグ)、テッド・レヴィン(ティンバーレイク保安官)、カイリン・シー(サラー・ハイト)、マイケル・コープマン(エドワード・オケリー)、ヒュー・ロス(ナレーション)、

第64回ヴェネツィア国際映画祭男優賞(ブラッド・ピット)
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 (2007年)助演男優賞(ケイシー・アフレック)
全米批評家協会賞助演男優賞(ケイシー・アフレック)
サンフランシスコ映画批評家協会賞作品賞、助演男優賞(ケイシー・アフレック)
シカゴ映画批評家協会賞撮影賞(ロジャー・ディーキンス)
セントルイス映画批評家協会賞助演男優賞(ケイシー・アフレック)、撮影賞(ロジャー・ディーキンス)
第12回フロリダ映画批評家協会賞:撮影賞(ロジャー・ディーキンス)
ヒューストン映画批評家協会賞:撮影賞(ロジャー・ディーキンス)
第80回アカデミー賞助演男優賞(ケイシー・アフレック)
第80回アカデミー賞撮影賞候補(ロジャー・ディーキンス)


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by sentence2307 | 2017-10-15 16:30 | 映画 | Comments(0)

哀愁

むかし、ある映画を見ていたときのことですが、その映画が相当につまらない作品だったらしく、すっかり集中力を欠いてしまい、傍らに置いてあった文庫本に手を延ばして、いつしか映画そっちのけでその本を夢中で読んでいました。

映画に「END」マークが出てからも、ビデオを停止する気さえ起きず、そのままテープを回転させていたら、突然、画面にジョン・フォード監督作品「怒りの葡萄」の、あの感動のラストシーンが映し出されたので、びっくりしたことがあります。

つまり、一本のテープに何度も映画を重ね録りしていた結果、上映時間の長い作品のラストシーンの部分だけが残った状態になっており、消去されなかったそのわずかな最後の場面が連続して(というのは、「怒りの葡萄」のほかに「道」と「哀愁」のラストシーンが続いて録画されていました)流れてきたというわけです。

それはまるで、感動のラストシーンばかりを集めたダイジェスト版を見ているような、ちょっとしたサプライズ体験でした。

いままで見ていた映画が印象の薄い「いまいち作品」でテンションが下がりまくっていただけに、なおさら印象を強くしたのかもしれません。

ちょうど、「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストシーン・神父が風紀上よろしくない場面をカットした上映禁止の「キス・シーン」が立て続けに流れたあの感動の場面をじっと見つめている感じとダブルものがあったからでしょうか。

その「怒りの葡萄」、場面はジョード一家が、やっと自由で公平な国営キャンプに落ち着くことができて、さあこれから暮らしも安定すると思っていた矢先、真夜中に巡回している警官たちの密談を聞いてしまったトム(ヘンリー・フォンダ)が、身元を警察に嗅ぎつけられ明日にも逮捕されるかもしれないと知り(彼は前にいたキャンプ地で殺人を犯しています)、夜陰に乗じて逃げようとする直前の僅かな時間に、母親(ジェーン・ダーウェル)と濃密な言葉を交わす緊迫した別れのシーンです。


「トミー、黙って出ていくのかい」

「どうすべきか分からない。外へ出よう。警察が車のナンバーをチェックしていた。誰かにバレたんだ。でも心の準備はできているよ」

「座って」

「一緒にいたかったよ。住むところを見つけて、母さんに喜んで欲しかった。幸せな顔が見たかったけど、もう無理だ」

「お前ひとりくらい、かくまえるよ」

「殺人犯をかくまうと、母さんまで罪に問われる」

「わかったよ、これからどうする気なの」

「ずっと考えていた、ケーシーのことをね。彼が言ったことや、彼がしたこと、そして彼の死にざま、目に焼き付いている」

「いい人だったからね」

「俺たちのことも考えていた。豚のように生きる人間と眠っている豊かな土地、広大な地主の土地。10万の飢えた農民・民衆が団結して声を一つにすることができれば」

「そんなことしたらケーシーの二の舞だ」

「遅かれ早かれ、俺は捕まるよ、そのときまで・・・」

「えっ、トミー、誰かを殺すんじゃないだろうね」

「そんなつもりはないよ、だが俺は、いずれにせよ無法者さ。でも、こんな俺にもできることがあるはずだ。それを探し求めながら不正を正していきたいんだよ、自分でもまだはっきりとは分からないんだ、なにをすればいいのか。まだ力不足だからね」

「この先、どうなるのかしら。もし、お前が殺されても、母さんには分からないじゃないの」

「ケーシーがいつも言ってたよ。人間の魂は大きな魂の一部なんだとね。この大きな魂は皆につながっている。そして・・・」

「だから、何」

「たとえ暗闇の中であろうと、俺はいつでも母さんの見える所にいるよ。飢えている人が暴動を起こせば、俺はそこにいる。警察が仲間に暴行を加えていたら、そこにもいる。怒りで叫ぶ人の間にもいるさ。夕食が用意されて喜びに満ちた幸せな子供たちの所にも俺はいる。人が自分で育てた物を食べて、自分が建てた家で安らぐ時にも俺はそこにいるんだ」

「よく分からないわ」

「俺もだよ。でも、ずっと考えていたことさ。手を出して。元気でね、母さん」

「お前もね。ほとぼりがさめたら、また戻ってきてくれるだろうね」

「もちろんだとも」

「あまりキスなんか、したことないけど」

「じゃあ、母さん、行くね」

「元気でね。トミー、トミー」


何度でも繰り返して見てきた素晴らしい場面です。

これらのセリフを筆写しながら初めて気がついたことですが、このラストが僕たちに与えた高揚感は、決して「言葉の羅列」だけにあるのではなく、ヘンリー・フォンダの抑えた名演があったからだと今更ながら実感しました。


つづいてフェリーニの「道」のラストシーンが映し出されています、いまではすっかり老いたザンバーノ(アンソニー・クイン)が侘しい夜の海岸で泥酔し、悲しみの果てに寂しく死んだという捨てた女・ジェルソミーナの思い出に打ちのめされて、その失ったものの大きさと、神に見捨てられた絶望的な孤独の深さとに慄然として号泣する場面です。

おびただしい凡庸な作品に取り囲まれ、ほとんどが失望と嫌悪しか経験できないような繰り返しの毎日の中で、なぜ自分は相も変わらず映画を見続けようとしているのか、かつて自分を決定的な感動で映画に引き寄せた「感動と動機」の原点に生で触れる思いがして、改めて思いを新たにした素晴らしい体験でした。


そして、続いて映し出されたのが、マーヴィン・ルロイ監督の「哀愁」です。

実は、自分は、今でもこのラストシーンの部分だけはyou tubeで繰り返し見ています。

バレエの踊り子マイラ(ヴィヴィアン・リー)は、ウォータールー橋でロイ・クローニン大佐(ロバート・テイラー)と出会って恋に落ち、しかし、大佐はすぐに出征しなければならないために、慌ただしく結婚を約して、ふたりは別れます。

やがて、待ち続けるマイラの目に飛び込んできたのはクローニン大佐の戦死記事。

絶望し、生きる意欲も失い、「もう、どうでもいい」という虚脱と、そして生活苦から、マイラは娼婦となって夜の街頭に立ち始めます。

そんなある夜、駅の雑踏で適当な客を探すマイラの前に突然、戦地から戻ってきたクローニン大佐が現れます。「僕が帰ってくるのが、よく分かったね」と彼は微かに訝りながらも、喜びでたちまち掻き消されてしまうその「真の理由」が、後々に彼女の破滅・自殺の原因として暗示されている、なんとも痛切なラストシーンです。

どんな好色な相手の淫らな要求にも、いかようにも応じることができるしたたかな娼婦の、客を淫らに誘う薄笑いの表情が、クローニン大佐の突然の出現によって、一瞬にして清純だった「あの頃の乙女」に立ち戻るヴィヴィアン・リー生涯の名演技です、何度見ても見飽きることも色あせることもありません。

しかし、あの時、この突然の出会いがよほど嬉しかったにしろ、娼婦として客待ちしている人間が、あんなふうに突然豹変できるものだろうかという疑念に微かに捉われたことがありました。

自分の頭の中にはそのとき、卓越した日本の映画監督の幾つかの作品が交錯していたのかもしれません。

例えば、溝口健二演出なら、喜びのあまり駆け寄って抱擁するなんてことは、まずはあり得ません。

それでは、大佐と別れたあとで彼女が体験しなければならなかった過酷な過去を、すべて無視し・否定することになる、溝口健二のリアリズムにとっては到底考えられない理不尽な演出になってしまいます。

自分が娼婦にまで身を落とさなければならなかった原因のひとつは、荒廃した戦時下の社会にひ弱な女性が、なんの手当もされずに突如無一文でひとり放り出されたことにあります。

裕福らしく見える大佐なのですから、婚約した以上、もう少しどうにか生活に困らないだけの手当をしてあげることもできたのではないか、経済力を持たない踊り子にやがてどのような過酷な未来が待ち受けているか、少しも想像できなかったクローニン大佐の迂闊と無邪気さが、マイラの苦痛と堕落の因となったわけで、その意識をマイラもまた少しでも持っていたとしたら、まずは「憤り」をぶつけて掴みかかるくらいが当然で、溝口健二もそのように演出したに違いありません、少なくとも「喜びのあまり抱き着く」なんて演出は、まずはあり得ない・理不尽な行為と考えたはずです。

それなら、小津演出なら、どうだったか、駆け寄る大佐に冷笑を浴びせ、客として一夜を共にし、金を受け取ってウォータールー橋で別れさせたかもしれません。別れがたく後ろを何度も未練がましく振り返る男と、一度も振り返ることもなく毅然として立ち去る女、架空の小津作品を妄想しながら、これも違うなという思いもまた、意識のどこかにありました。

実は、自分の気持ちは、ずっと、成瀬巳喜男監督作品「驟雨」のラストシーンに占められていました。

妻(原節子)は、夫とデパートの屋上で待ち合わせますが、遠目から、夫が上司の夫婦と話している姿を見つけます。

華やかに着飾っている上司の妻に引き換え、自分のみすぼらしいナリを恥じて、妻は物怖じしながら物陰に身を隠すというシーンです。

それを思うと、娼婦として客を誘っていることの意識がマイラにあれば、その延長線上で考え得る行為は、「憤激」や「冷笑」よりも、むしろ「物陰に身を隠す」方が、なんだか最も相応しいように思えてきました。

あえてドラマを動かさずに、日常の揺れを繊細に撮り続けた成瀬監督が、果たして全編にわたるヴィヴィアン・リーのヒステリックな演技をどう抑え込むことができたかは、ちょっと想像することはできませんでしたが。


哀愁 (1940 MGM)
監督製作・マーヴィン・ルロイ、製作・シドニー・A・フランクリン、原作戯曲・ロバート・E・シャーウッド、脚本・S・N・バーマン、ハンス・ラモー、ジョージ・フローシェル、撮影・ジョセフ・ルッテンバーグ、美術・セドリック・ギボンズ、編集・ジョージ・ベームラー、挿入曲・別れのワルツ
出演・ヴィヴィアン・リー(マイラ・レスター)、ロバート・テイラー(ロイ・クローニン大佐) 、ルシル・ワトソン(マーガレット・クローニン) 、ヴァージニア・フィールド(キティ) 、マリア・オースペンスカヤ(オルガ・キロワ) 、C・オーブリー・スミス(公爵) 、ジャネット・ショー(モーリン)、レオ・G・キャロル、ジャネット・ウォルド(エルサ)、ステフィ・デューナ(リディア)、ヴァージニア・キャロル(シルヴィア)、レダ・ニコヴァ(マリック)、フローレンス・ベイカー(ビータース)、マージェリー・マニング(メアリー)、フランシス・マクナーリー(ヴァイオレット)、エレノア・スチュワート(クレイス)、



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by sentence2307 | 2017-10-01 10:26 | 映画 | Comments(0)